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魔界闘神伝  作者: 和和和和
人間界編
46/305

黒き千年と緋蒼の白史






 人間界の中枢を担う人間界城……そこに設けられた自身の執務室でヒナは、ゆったりとした椅子に腰かけながら、質素ではあるが女性が使うには、ややいかついという印象を受ける黒塗りの机に向かっていた。

 空間に浮かんだ無数の画面に向かい合いながら、黙々と業務をこなしていたヒナは、不意に机の上に降り立った小さな白竜を見止める。

 子犬ほどの大きさで、スマートな体型をした白い小竜は、人間界十二至宝の一角「至宝竜・ザイアローグ」。遥か古から人間界王と行動を共にしてきたザイアは、城内を自由に出入りする権限を与えられており、執務室や貴賓室など、そこにでも自由に出入りする事が出来る

「キュウ……」

 ヒナの近くに降り立った白竜は、意気消沈といった様子で消え入りそうな声を漏らす

 その寂しそうな声を聞いたヒナは、苦笑交じりに小さく微笑むと、仕事を中断してそっとザイアに手を差し伸べる。

「ザイア」

 その声に応じて膝の上に降り立った小白竜を優しく撫でながら、ヒナは目に見えて寂しそうな表情を見せるザイアに優しく囁きかける

「光魔神様がいなくて寂しいのですか?」

「キュゥ……」

 その言葉に頷くように、今にも消えそうな小さな声を漏らしたザイアの気持ちを見通しているかのように、ヒナは諭すように語りかける

「そんなに心配しなくても、大貴さんはすぐに戻ってみえますよ」

 その言葉に、まるで「本当に?」と訊ねてくるかのように顔を上げたザイアの目をまっすぐに見つめ、ヒナは小さく頷いてみせる。

「フフ」

 その時ふと聞こえてきた笑みに、ヒナは自分の席に対して直角に設置された机に座っている人物を見る。

 そこに座っているのは、ゆるやかなウェーブのかかった金色をなびかせる整った顔立ちの美少女。ヒナの実妹でもあるシェリッヒ・ハーヴィンだった。

「リッヒ?」

「申し訳ありません、まるで父親の帰りを待ち詫びる子供と、それをなだめる母親のようでしたので」

 愛称で実妹を呼んだヒナの怪訝そうな様子に、リッヒは苦笑を噛み殺すように微笑む

「なっ、……」

 その言葉に、ヒナの顔が一瞬で茹で上がる。

 確かに自分と大貴は現在婚約者候補になっていて、うまくいけばいずれはそういう関係になるとは分かっているが、まだそこまでは進んでいないなどという支離滅裂な思考がヒナの脳裏を駆け巡る。

 聡明で冷静な姉が、珍しく取り乱した様子を見て、リッヒは嬉しそうでありながらも、意地の悪い笑みを浮かべて、ヒナに追い打ちをかける。

「まるで、本当の夫婦のようですね」

「か、からかわないでください」

 その彫刻のように美しい顔を真っ赤に火照らせ、狼狽する姉の様子を見てリッヒは愛らしい笑みを浮かべる。

 姉であるヒナの幸福を心の底から祈っているリッヒにとって、生涯を添い遂げる相手が誰であれ、姉が好意を寄せる相手である事は喜ばしい事なのだ。恥じらって視線を逸らしている姉の様子を見つめるリッヒは、この縁談がうまくいってくれる事を心から願ってやまない。

「そうでした、ヒナ様。ドルド様が御到着なされたそうです」」

 しばらく、滅多に見れない姉の可愛らしい姿を満足気に見つめていたリッヒは、すぐさま表情を引き締めてヒナに話しかける。


 シェリッヒ・ハーヴィンの人間界城内での肩書きは、「執政官補佐」。その名の通り、王族や貴族の執政を補助する事務的役割を主にこなす執政官補佐は実力だけではなく、事務能力の高さも要求される職務であり、リッヒはその分野において人間界の中でも五指に入ると言われるほど優秀な補佐官だ。

 強制されている訳ではないが、人間界王城内では、例え身内であろうとも公的には上下関係を強調する風潮があるため、例え実の姉であっても、リッヒは職務上の関係で話しかける際には、「ヒナ様」と呼んでいる。


「そうですか……これで六帝将(ケーニッヒ)の方々は、全員揃われたという事ですね」

 リッヒの言葉を聞いたヒナは、すぐさま思考を切り替えて普段通りの涼やかな表情に戻って呟く。

六帝将(ケーニッヒ)に、七大貴族……これほどの方々が一堂に介するなど、何万年もなかった事ですね」

「ええ、ですが、世界各地に散っていた人間界の主戦力がこの地に集結する事で、目の及ばない場所で暗躍する者達が動きだす可能性も捨てきれません。それでは本末転倒ですので、油断は禁物ですよ」

「心得ております」

 リッヒの言葉に、ヒナが神妙な面持ちで応じる。


 人間界の貴族とは、王によって実力を見止められた者。その主な仕事は、果てしなく広大な人間界に散り、人間界王の意に反しない中で自由な裁量によって、担当地区を統治する事にある。

 法的、実力的抑止力であり、かつその中でも最高位に位置する六帝将(ケーニッヒ)と七大貴族が一時的にでも抜けるという事になれば、それだけ地方に潜んでいた危険分子が動き出す可能性があるという事を意味している。


「分かっております。貴族の方々も全員を集める訳ではありませんから、抜けた分を補えるように軍の騎士と兵を配置してあります。人間界王様には既に許可を得ておりますが、ご確認なされますか?」

 当然、ヒナの抱く懸念は人間界中の全員が認識を同じくする事だ。リッヒ自身、人間界の主戦力が抜けた穴を補うための配置を考える命令は人間界王とヒナから受けている。

「……そうですね、お願いします」

「はい」

 頷いたヒナの言葉に、リッヒは空間に展開した画面(ディスプレイ)のデータをヒナの元へと転送する。

「……いかがでしょう?」

「これなら、数日間は持ちこたえられそうですね」

 画面(ディスプレイ)に視線を滑らせるヒナに、リッヒは静かに問いかける。

 配置の変更に関しては、既に人間界王から了承を得ている。貴族を集まるまでの日数が短い事から、大規模な配置の変更はされていないが、強力な戦闘力を持つ者を小規模に移動させる事で、日数不足を補った形を取っている。


 ひとまず安堵の息をついて、ヒナがその画面を消すと、それを合図にしたかのように、ヒナの正面に開いている画面(ディスプレイ)に、小さなアイコンが点灯する。

「通信? ……ロンディーネから?」

 大貴と共に街に出ているロンディーネから通信が入った事に、一抹の不安を覚えつつ、ヒナはアイコンに触れて通信回線をつなぐ。

 ロンディーネの通信は、画像と音声を同時にやり取りするテレビ電話のようなものであったため、ヒナの前に開いたウインドウには、王宮仕えの侍女のバストショットが映し出される

「どうしたのですか?」

 画面に映るロンディーネを見て、ヒナは万が一の事態が発生したのではないかという懸念を押し殺しながら、神妙な面持ちで尋ねる。

「ヒナ様。至急ご報告したい事がございます」

 変化に乏しいロンディーネの表情に、わずかな動揺が浮かんでいるのを見て、ヒナは視線を細める。

 魔道人形マキナには人格があり、心がある。ロンディーネが感情を読み取りづらいポーカーフェイスなのは、ロンディーネが魔道人形マキナだからではなく、個人の性格と、侍女としての訓練によって後天的に生じているものに過ぎない。

 故にある程度慣れてこれば、ヒナのように雰囲気や所作のわずかな差異から、ロンディーネの感情の機微をある程度読み取る事が出来るようになるのも、道理だった。

「何でしょう?」

 一瞬唇を引き結び、言い澱むような所作を見止めた事で、何か大きな問題が起きたのだと確信したヒナの視線に答えるように、ロンディーネは躊躇いがちに口を開く

「実は――……」





「竜人……」

 ロンディーネが一通りの報告を終えると、その内容にヒナは表情を強張らせ、リッヒは柳眉をひそめて、その美貌を険しいものにする

「間違いなく竜人だったのですか? 他の種族と見間違えたのでは?」

 一瞬の沈黙を破って紡がれたリッヒの言葉には、ロンディーネの報告を信じていないというよりも、そうであって欲しくない、間違いであってほしいという希望的観測が込められていた

「確かに、一瞬の事ではありました。ですが、おそらく間違いないかと……」

 しかし、その希望的観測を、ロンディーネの淡々とした言葉が遮る

「そんな馬鹿な!? あれは、まだ・・存在していなかったはずですよ!?」

「シェリッヒ、落ち着きなさい」

 思わず動揺の声を漏らしたリッヒを、沈黙を破ったヒナの静かな声が窘める。

「……失礼しました」

 その言葉に冷静さを取り戻したリッヒに、ヒナが画面に映しだされたロンディーネから視線を外す事無く淡々と言葉を紡ぐ。

「……いるという事ですよ」

 わずかに剣呑に視線を細めたヒナは、一瞬言葉を止めてから、口を開く

「『バルバロス・ハーヴィン』の遺志を継ぐ者が」

「……!」

 その言葉に、リッヒとロンディーネは表情を強張らせる。

「ヒナ様は、黒き千年の再現を試みている者がいると……?」

 恐る恐る訊ねたリッヒの質問は、画面の向こうにいるロンディーネの心中をも如実に表している物でもある。

「関係があると決めつけるのは早計です。ですが関連付けずに考えるのは難しいでしょう。

 バルバロス・ハーヴィンの研究(・・)は、その本来の計画としては失敗していますが、ある意味では(・・・・・・)成功しているのですから」

「……ヒナ様」

 重々しく口を開いたヒナの言葉に、リッヒとロンディーネは唇を引き結ぶ

「いずれにしても、竜人が現れたのならば、一刻も早く止める必要があります。『黒き千年』を再現する訳には参りません」

「はっ!」

 ヒナの凛とした言葉に、リッヒとロンディーネが応じる。

 もしも竜人を生み出した者が「バルバロス・ハーヴィン」の遺志を継ぐ者であるのなら、最悪の場合「黒き千年」が再現される事になる。

 この場にいる誰もが、それを避けるべき事態だとはっきりと理解し、認識していた

「竜人の事は、こちらで調べましょう。……舞戦祭(カーニバル)の方への対応は、ご本人がお決めになられた事です。光魔神であるという事を明かさない条件で許可をしてください」

「かしこまりました」

 ロンディーネが恭しく応じると同時に回線を切り、画面(ディスプレイ)を閉じたヒナは、凛とした視線をリッヒに向ける

「ロンディーネからの情報と併せて、人間界王様に報告の後、調査班を作って調べさせてください」

「はい」

 頷いて部屋を出ていくリッヒを見送ったヒナは、感情の読み取れない強い意志の籠った真剣な面持ちで窓の外に視線を向けた。





 それから数時間後。九世界の太陽と月を司る天に煌めく神器「神臓(クオソメリス)」の光が弱まり、世界に夜を誘おうとする時間になって、大貴と詩織、ロンディーネは人間界城に帰還した

「……随分時間がかかったな」

「ルカさんとの打ち合わせと、光魔神様の武器を揃えるのに随分時間がかかりましたからね」

 大貴の言葉にロンディーネが応じる

 ルカと共闘の約束を取り付けた後、大貴はルカと会って簡単な打ち合わせをし、その後、ロンディーネに付き添われて武器屋で本格的な武器を選んでから、戻ったためにそれなりの時間がかかっている。


 大貴の武器は、王城から出すという話もあったのだが、王城で使われている武装は、一様に優れた技術者によって作られる特注品。

 一般の武器と比べて少々目立ちすぎるため、街で武装を揃える事になったのだ


「でも、武器って言っても、基礎的なものばかりなんですよね?」

 その会話を聞いていた詩織が、そう言って首を傾げる。


 二人の買い物に付き合っていた詩織は、ロンディーネが大貴に合わせて購入した武装を一通り見ている

 ロンディーネが選んだ武装は、少々性能は高めだが、それ以外はこの世界では基本的な……いわゆる初心者向けの基本装備一式だったのだ。


「ええ。光魔神様の基礎能力の高さは王族(ハーヴィン)以上ですから。下手な小技を覚えるよりも、単純な基礎で力押しした方が有益なんですよ。時間もありませんしね」

「そうだな。全霊命(ファースト)の戦いの感を下手に鈍らせたくないし、俺もこういうのが性にあってるよ」

 頷いたロンディーネの言葉に、大貴も同意を示す。

 人間界での戦闘技術は、気と、魔法と、科学を融合させたハイブリット型を基本としている。本来は経験と訓練によって、いくつか得意な戦術を考案し、伸ばしていくものらしいが、大貴に用意された手段は、その本来の「気」の強さを活かした限りなく全霊命(ファースト)に近い戦闘手段だけだ。

 本来なら、戦術や知識において、一歩以上遅れを取っているはずにも関わらず、なにやら手応えを感じているらしい大貴の様子を見て、詩織はふっと口元を綻ばせる。

「ふぅん……じゃあ、期待できそうね」

「何が?」

 首を傾げた大貴に、詩織は小さな笑みを送る。

「決まってるでしょ? 優勝の配当金。あんたに賭けてあげるからしっかり勝つのよ」

「姉貴……」

 得意気に言った詩織に、大貴はやや呆れたようにため息をつく。

 それが詩織からの応援だと分かってはいるが、詩織と人生を同じだけ生きていている大貴には、その言葉が、半分以上本気だというのも分かってしまう。

「ふふ……っ、あれは」

 その様子を微笑ましそうに見ていたロンディーネは、三人で歩いている廊下の向こう側からこちらにやってくる人影を見止めて、思わず足を止める。

「ロンディーネ?」

 その様子に怪訝そうに眉をひそめた大貴と詩織は、ロンディーネの視線を辿り、廊下の反対側からやって来る男女合わせて六人の人影を見つける

 黒髪の女性を中心として歩み寄ってくる六人が纏っているただならぬ気配に、大貴は無意識に身体を強張らせる。

 大貴達に向かって歩いてくる六人の男女からは、強い気の力を大貴ですら感じる事は出来ない。しかしそれが限界まで力を抑え込んでいるからなのだという事を、大貴の知覚能力と目の前の六人が放つ強者特有の威圧感と存在感が証明している。

「……誰ですか?」

「人間界特別戦力、『六帝将(ケーニッヒ)』の方々です」

 ロンディーネに促され、大貴を残してその身を通路のわきに移動させた詩織は、深々と頭を垂れるロンディーネに倣って、歩み寄ってくる六人に頭を下げる。

「そんなに固くならなくても結構よ」

 二人に声をかけた中央の女性は、大貴の前に立ち止まると、胸に手を当てて深々と頭を下げる。

「お初にお目にかかります。人間界特別戦力『六帝将(ケーニッヒ)』が長。『ミレイユ・ハーヴィン』と申します」

 黒い髪を肩の上で切り揃えた艶やかな女性が恭しく言う。

「同じく『ドルド・ハーヴィン』」

 白いひげを蓄え、まるで王者のような風格を漂わせる威風堂々たる初老の男が、視線で敬意を払う。

「『シャロ・ハーヴィン』です」

 まるで敬礼をするように、ピンク色の髪をツインテールにした少女が、満面の笑みを浮かべる。

「『クーラ・ハーヴィン』と申します」

 聖母の様な包容力を感じさせる女性が、浅葱色の髪を揺らして穏やかに微笑む。

「『ストラド・ハーヴィン』ッス」

 髪を編み込んだ褐色の肌の青年が、緊張感を感じさせない軽快な口調で微笑む。

「『マクベス・ハーヴィン』だ」

 無精ひげを生やした男が、気だるそうに頭を掻きながら言う。


「……あの、六帝将(ケーニッヒ)って何ですか?」

 その六人が順に大貴に挨拶をするのを横目に、詩織は小さな声で隣にいるロンディーネに囁くように問いかける。

「……ところで、その六帝将(ケーニッヒ)って何なんだ?」

 時を同じくして、詩織と同じ質問をした大貴に、ミレイユは静かに答える。

「……緋蒼の白史(ヴァイセ・イーラ)の後に設立された、人間界特別戦力です」

緋蒼の白史ヴァイセ・イーラ?」

 ミレイユが言った聞き覚えのない単語に、大貴と詩織は同時に怪訝そうに眉をひそめる。その反応をあらかじめ見越していたのか、ミレイユはその表情を崩す事無く言葉を続ける

「人間界の王は、十二至宝の一つ『至宝冠・アルテア』によって選ばれるというのはご存知ですよね?」

「……ああ」

 ミレイユの言葉に、大貴は小さく首肯を示す。

至宝冠(アルテア)の決定は絶対。当代の王ですら、その選定に異議を唱える事はできません。そうして、至宝冠(アルテア)によって王が選ばれてきたのですが、人間界の歴史上でたった一度だけ、至宝冠アルテアが、同時に二人の王候補を選んだ事があるのです」

「……!」

 ミレイユの言葉に、大貴と詩織はわずかに目を見開き、ロンディーネは目を細めてわずかに唇を引き結ぶ。

「かつての歴史の中で、常に一人だけを王として選定してきた至宝冠(アルテア)が、二人の王を選んだという異例の事態に、人間界は対応に困惑し、様々な思惑が絡み合った結果、人間界は分裂し、混乱と混迷の時代に陥ってしまいました。

 それが緋蒼の白史(ヴァイセ・イーラ)。後にゆりかごの世界を(・・・・・・・・)生み出す(・・・・)事になった戦争です……まあ、人間界の黒歴史と言ったところでしょうか」

「っ!」

 触り程度の事だろうが、人間界の暗部をさらりとした口調で言ったミレイユの言葉に、大貴と詩織は表情を強張らせる。


 緋蒼の白史(ヴァイセ・イーラ)の事は、調べればすぐにわかる事。あえてそれを光魔神(大貴)に教えたのか、いつか知られるのだから、早いか遅いか程度だと考えたのか、あるいはその両方か

 いずれにしても涼しい表情でその事実を教えたミレイユは、興味深そうに大貴の反応を伺っている



《ゆりかごは、何から生まれた・・・・・・・?》



 その頃、ミレイユの思惑とは関係なく、大貴の脳裏にはかつて戦った臥角の言葉が甦っていた

(ゆりかごの世界は……人間が(・・・)生み出した!?)

 臥角が自分に問いかけてきた質問への答えに、沈黙している大貴を見て、ミレイユは怪訝そうに眉を寄せた物の、その心情を詮索するような事をせずに、言葉を続ける

「……そしてその過ちを繰り返さないために、人間界王の命令に直接左右されず、独自の権限で人間界を守護する役目と権利を与えられた存在――それこそが、我々六帝将(ケーニッヒ)です」


 緋蒼の白史(ヴァイセ・イーラ)によって、人間界全土は大きな被害を被る事になる。そこまで事態が混迷を極めたのは、王候補が二人いたという異例の事態と、それへの対処が人間界内で統一化されなかった事

 具体的には、王名十三家と、貴族達の間での意見の食い違いをはじめ、そこに様々な思惑が絡んだ事が原因だった。


 そしてその過ちを教訓とし、人間界は、人間界王、貴族をはじめとするあらゆる存在に対して中立であり、何よりも人間界全体の秩序を維持するために、客観的に事態を見て、時には人間界軍であれ止めるための存在として「六帝将(ケーニッヒ)」を作り出したのだ


「その時の教訓を生かし、我々は十二至宝を一つずつ与えられています。蛇足ではありますが、六帝将(ケーニッヒ)がハーヴィン姓を持っているのは、ハーヴィンの名を冠する事が出来るほどの力の持ち主にしか、十二至宝が使えないからです」

 ミレイユが端的に言う。


 緋蒼の白史(ヴァイセ・イーラ)までは、十二至宝全てを人間界王が保有していた。しかし、その事件以降、人間界中枢の抑止力として生み出された六帝将(ケーニッヒ)には、抑止力を持った中立的存在で在るために、「至宝」が与えられている。

 光魔神が作り出した「十二至宝」は、半霊命ネクストが持ちうる最強の力。一つで世界の抑止力になり得るそのあまりに強大な力と引き換えに、十二至宝の使い手にはその代償として、並みの人間では一生かけても生み出せないほどの膨大な量の力が要求される。

 王族以外から選ぶという考えもあった六帝将(ケーニッヒ)だが、いざという時に武力介入できるほどの実力を持つ者など、ハーヴィン姓を持つ者しかいなかったため、六帝将(ケーニッヒ)は王と次期王以外で最も強い力を持つハーヴィンが選ばれる事になったのだ。


「……それで、その六帝将(ケーニッヒ)が俺に何の用なんだ?」

 妖艶な笑みを浮かべているミレイユに、ある程度事態を理解した大貴が問いかけると、目の前の妖艶な美女は、わずかに意外そうに目を丸くしてから、口元を綻ばせる。

「何の用と言う事もございませんが、我等の神の御尊顔を拝したいと思うのは当然の事です」

「…………」

 その言葉に大貴の表情が一瞬にして渋いものになる。分かってはいるが、自分がまるで客寄せパンダのような見世物になっている事が居心地が悪くて仕方がないといった様子だ。

「此度の神は、敬われるのが苦手というのは本当のようですね」

「からかわないでくれないか……」

 小さく笑みをこぼすミレイユを見た大貴は、眉間にしわを寄せて渋い表情を浮かべる。

 その様子を表情を見つめていたミレイユは、不意に表情を引き締めると、深い海溝の様に底の見えない視線でを大貴を見つめる。

「しかし光魔神様が現れたという事は、かつて緋蒼の白史(ヴァイセ・イーラ)の争乱の中で失われた二つの至宝……『至宝剣・セイオルヴァ』と、『至宝珠・イグニシス』もその存在に引き寄せられて現れるやもしれませんね」

「……?」

 その言葉に首を傾げ、答えるように視線を送った詩織に、ロンディーネは大貴と六帝将(ケーニッヒ)の六人から目を離さずに、小声で応じる

「ミレイユ様が仰ったように、本来十二在るはずの至宝は、人間界王様の持つ四つと、六帝将(ケーニッヒ)が持つ六つ以外の二つが所在不明になっているのです」

「……へぇ」

(行方不明の二つの至宝……か)

 ロンディーネの言葉に内心で納得していると、大貴と話しているミレイユの背後から、クーラと名乗った浅葱色の髪の女性が小さな声で、自分立ちのリーダーの女性に囁きかける。

「ミレイユ様、そろそろ」

「……ああ。あまり、引き止めてはヒナ様に怒られてしまうわね」

「……ヒナに?」

 クーラの言葉を受けて、ふと思い出したように言ったミレイユに、大貴はわずかに目を細める。

「ええ、光魔神様。ヒナ様がお呼びでしたよ」

「……ちゃんと用があったんじゃないか」

 艶やかな笑みを浮かべたミレイユが、つい先ほど「ただ顔を見に来ただけ」と言っていた事を思い出して、大貴は呆れたようにため息をつく

「いえいえ、『逆』ですから」

「…………」

 微笑みながら答えたミレイユの答えが、ヒナに頼まれて「呼びに来たついで(・・・・・・・・)に会いに来た」のではなく、「会いに来たついで(・・・・・・・・)に呼びに来た」という正確な意味で受け取って、大貴は小さくため息をつく

「そうか、わざわざ悪かったな」

「いえいえ。我々も、あなたに会い出来て光栄です。……ではまた、後日」

 大貴の言葉に軽く微笑み、ミレイユは他の五人を従えて歩き去っていく。六帝将(ケーニッヒ)の六人が、次々と大貴の隣を通り過ぎていく中、マクベスと名乗った男が、すれ違いざまに大貴の耳元に小声で囁く

「気をつけな。あんたと組みたがってたあの女。なんか理由(ワケ)ありだぜ?」

「……っ!」

 その言葉に反射的に振り向いた大貴だが、六人は背を向けて歩き去っていく

(あいつ、俺の事見てたのか?……)

 引き止める事もせずに、歩き去っていく六つの背中を見送る大貴は、脳裏をよぎったルカの姿と何故か今日の出来事を知っていたらしいマクベスに視線を送っていた




 その足でヒナが待っている執務室に移動した大貴達一同を先導してきたロンディーネは、扉の取っ手に手をかざして、インターホンを連想させる室内への直通回線を開く

「ヒナ様、ロンディーネです。光魔神様をお連れいたしました」

「ご苦労様です。開いていますからどうぞ」

「はっ」

 ヒナの言葉に応じて、扉が開かれた瞬間、室内から飛び出した小さな影が大貴の顔面に直撃し、すっぽりと包みこむ

「キュッ、キュウーーーッ」

「こら、ザイア。大貴さんにご迷惑をかけてはいけませんよ」

 大貴の顔に張り付いて歓喜の声を上げるザイアは、ヒナの言葉に渋々といった様子で離れて、大貴の肩にちょこんと降り立つ。

(かっ、可愛い……)

 大貴の肩に止まった小さな白竜の愛らしい仕草に、内心で悶絶しながら詩織は表情を赤らめる


 自分も触りたいところだが、ザイアは詩織に触れられるのを嫌がっているため、それを見ながら悶々とする事しかできない


 詩織がザイアに触れたくても触れられないもどかしさを噛みしめていると、執務室の椅子から立ちあがったヒナが、大貴に向かって優しく微笑みかける

「御帰りなさいませ。城下はいかがでしたか?」

「ああ、いいところだったよ」

 そう答えた大貴の言葉に嘘偽りは無い。優れた科学と、雄大が自然が高度なレベルが融合し、互いにその存在を昇華し合う街並み。

 街を歩く人々にも笑顔があふれており、目立ったマイナス面は見えなかった。もちろん、人が行う事である以上、完璧という事はあり得ないのだろうが

「ありがとうございます……ですが、ロンディーネから話は聞いております。色々大変だったようですね」

 まるで自分の事のように嬉しそうに笑みを浮かべ、深々と頭を下げたヒナが再び顔を上げた時には、その表情にわずかな翳りが浮かんでいた

「……まあ、な」

 大貴が簡潔に答えたのを見たヒナは、困ったように笑みを浮かべて大貴に視線を送る

「あなたのお気持ちも分からないではありませんが、くれぐれも、無茶な事はなさらないでください。あなたの身に万が一の事があっては事です」

「分かってる」

 大貴の意志を否定せずに、その身を案じるヒナと、ヒナの不安を受け止め、それを和らげようとする大貴

 互いが互いを思い合い、視線でその思いを交わすその様子は、二人の間にある強い絆を感じさせる

「そういうのは、二人きりの時にやってくれる?」

「……っ」

 しかし、二人の醸し出す雰囲気にいたたまれなくなった詩織の言葉に、二人は顔を赤らめて視線をあらぬ方向へ向けて、気まずそうに距離を取る。

「た、大貴さんをお呼び立てしたのは他でもありません。あなたを襲った人物が、竜人である可能性があるとロンディーネから報告を受けたらからです」

「……竜人?」

「なんですか、それ?」

 赤らんだ頬を隠すように執務机に手をかけ、動揺を押し殺して平静を装ったヒナの言葉に、大貴と詩織は揃って首を傾げる

 その問いに、部屋の中に一瞬沈黙が流れる。しかしそれを振り払うように、ヒナの言葉が紡がれていく

「その話は少々長くなるのですが……約数百億年前まで、現在七大貴族と呼ばれる存在は、『アークハート』、『グランヴィア』、『トリステーゼ』、『天宗(たかむね)』、『虹彩(ツァイホン)』、『レイヴァー』の『六大(・・)貴族』だったのです」

「……!」

 ヒナの口から語られた事実に、大貴と詩織はわずかに息を呑む。

 そんな二人に視線を送るヒナは、悲しみや罪悪感に似たものをその表情にありありと浮かべて、言葉を続ける。

「人間は、常に全霊命(ファースト)の方々に劣等感を抱いて来ました。――半霊命ネクストでは及び得ない圧倒的な力。

 殺されない限り尽きる事のない命と、永遠の若さ。……何よりも万象を超越し、我々が多大な時間と犠牲を払って手に入れた科学や魔法。――何万年も、何億年も研鑽したにもかかわらず、その影すら踏む事が出来ない絶対的な存在

 その絶対的な存在への劣等感と、いつ自分達に危害を加えるのではないかという疑心を抱かず、信じ続けられるほど人間は強くありませんでした……」

 そう言って、ヒナはわずかに唇を引き結ぶ



 この世界に存在する無数の世界。その中核を担う九つの世界。その中で人間界を司る人間だけが、唯一の半霊命ネクスト

 故に人間は、九つの世界の中で最弱である自分達の存在に少なからず劣等感を覚え、高みに至ろうと努力と研鑽を重ねてきた。

 人間と共に九世界を担う全霊命ファースト達は、決して人間を軽んじている事は無い。半霊命ネクストだと見下す事もなく、不干渉を貫きながらも、対等の存在だと認めている。だが、それを信じられる――信じきる事は人間達には容易な事ではなかった


 人間界は九世界で最も発展した科学を持つ技術立先進世界。しかしそれは、全霊命ファーストと比べてあまりに脆弱な自分達の存在価値を、技術(そこ)にしか見い出せなかったからだ。

 全霊命ファーストの力は絶対。理想と夢想を現象として定義し、事象として顕現させる。この世のあらゆる法則は、すべからくその前で無力であり、何人もその力には抗えない

 気が長くなるほどの時間をかけて作り上げられた様々な技術や、研鑽された技や力が、「無効」と定義されるだけで、一切の効力を発揮しない絶望。全ての努力と結果が意味を成さない無力感。それを許容しろと言う方が無理だろう。

 そんな事はヒナ達にも分かっている。それでも、どれほどの絶望に晒されても踏み外せない道があるのも確かなのだ。



「そしてその恐怖と絶望に抗くべく、当時王名十三家の当主の一人だった男、『バルバロス・ハーヴィン』は狂気の道に落ち、人間を全霊命(ファースト)と同等以上の存在にするべく、禁術と人体実験を行ったのです」

「……!」

 ヒナの重々しい言葉に、大貴と詩織は息を呑む。


 恐怖と絶望のあまり、人の道を踏み外したバルバロス・ハーヴィンの行為には、時の王をはじめとした王族たちですら、他人事とは思えなかった

 いかに全霊命ファースト達にその気がないとはいえ、その絶対的存在を意識するなと言う方が無理なのだと分かり切っているからだ


 それでも、その行いは許容できる範囲を超えていた。人間を半霊命ネクストから、限りなく全霊命ファーストに匹敵する存在へと昇華させるために、バルバロス・ハーヴィンが行った研究と実験は、生命の創造、生命の改変を含む、命を操ろうとする禁断の技術だった。


「その過程で、人間と幻獣や魔獣などの存在を融合させて生み出されたのが、半獣人間……現在『サングライル』と呼ばれる亜人種なのです」

 ヒナの言葉が、静寂に包まれた執務室に響き渡る。


 人間を越える存在を創る研究の過程で、バルバロス・ハーヴィンが最初に目をつけた技術の一つが、「既存の生物と人間を融合させ、新たな種へと進化させる」というものだった。

 その研究の結果生まれたのが、現在「サングライル」の称号を与えられている「亜人種」達。人の身体に人ならざる生命の部位を併せ持っていたり、獣人の姿を取る事が出来る種族なのだ。


「当初、半霊命ネクスト全霊命(ファースト)と同等の存在になるための研究過程で生まれた亜人達ですが、結果は普通の人間よりも特性が強いだけの人間の亜種程度。……つまりは失敗でした。」

 獣種、鳥種を問わず、九世界に存在する様々な生物を人間の存在の根幹に融合させ、手っ取り早く人間の限界を超えた能力を持った人間を作ろうとした技術は、結果から言えばそれは失敗だった。

 所詮半霊命(ネクスト)半霊命ネクストをかけ合わせた程度で、全霊命ファーストと存在を並べる事などできなかった。

 しかし、他の半霊命ネクストと融合した「亜人」達は、人間よりも基礎的な能力が高く、ある意味においては成功と言えるだけの存在だった。

「そうして生み出された亜人達は、ある者は破棄され、ある者はバルバロス・ハーヴィンの研究材料として利用される事になります。

 破棄された亜人達の中には、生活の困窮や、恐怖と不信から人間を襲う者が続出し、バルバロス・ハーヴィンに生物兵器として利用される者がいました。

 彼らは確かに被害者でしたが、そういった印象が何も知らなかった多くの人間に強いマイナス印象を植え付け、結果的に人間と亜人の間には敵対関係が生じる事になったのです」


 この亜人生成の技術の完成系では、人間と獣の存在を融合させた「胚」を人工子宮内で育成して亜人の形まで育てるという手段が取られていた。

 いくら優れた技術であろうと、人格、及び人間として身体が完成している人間を使っては、融合がままならなかった。

 そのため、人格や身体が構築される以前に、他生物との生命的根源での融合が図られる事になったのだが、それがこの事態を悪化させる事になった。

 当然この技術で生まれた亜人達は教育も受けておらず、人間に形の似た獣のような個体が多くを占めいていた。知性と教養が皆無だった彼らは、それ故に人間との意志疎通を図る事が難しく、結果的に誤解と軋轢を増長させてしまったのだ


「……こうして勃発したのが、人間と亜人による約千年に亘る長い敵対と争乱――『黒き千年』と呼ばれる人間と亜人種達による戦争です」

 重い口調で紡がれたヒナの言葉に、大貴と詩織は何も言う事が出来ない。


 恐怖に狂った人間が禁断の技術によって創った亜人と、人との戦争。それは時には大規模な殺戮を生み出し、時には小競り合いを繰り返した。

 人間界の軍部が、その元凶がバルバロス・ハーヴィンだという事実に到達し、捕縛して研究を止めても収まる事は無く、完全な収束までに実に千年にも長い時間を要する事となった。


「……そして千年にも亘った戦争は、当時の人間界王によって人間と亜人種が和解する事で終結し、平均的に普通の人間よりも強い力を持つ亜人種達には、『サングライル』という姓が与えられ、当時の六代貴族と同等の権限を与えられた結果、現在の七大貴族になったのです」

 そうして戦争の終結と、全ての事実が明るみに出た事による人間界と亜人達の和解。当時の人間界王が全面的に謝罪する事で、「黒き千年」と呼ばれる王族(ハーヴィン)最大の汚点とも言われる大事件は一応の収束をみた。

 その後、人間界王は亜人種達に「夜の王族」――「サングライル」の姓を与えて七大貴族の一角へと取り立てたのだ。

 元々の人間の上位種として生み出されたサングライルは、平均的に人間よりも高い能力を持っており、七大貴族に数える事には実力的な問題は無く、人間界城が積極的に採用する人事を取る事で、対外的にも友好関係をアピールし、現在ではサングライルとの軋轢は限りなく小さくなっている。

「そう言えば、サングライルは負の遺産だって……」

 城内でサングライルの血族を見かけた際に、ヒナが言っていた事を思い出した詩織は、その意味を理解する


 確かに、そういう背景の元に生み出された「サングライル」は、人間の弱さと愚かさを象徴する「負の遺産」だろう

 ただ、その言い回しが適切かは、判断が分かれるところだろうと漠然と思いながら、詩織はわずかに唇を引き結んでいるヒナに視線を向ける


「話を戻しますが、『竜人』とは、その存在が生み出される前にバルバロス・ハーヴィンが討たれた事で誕生には至らなかった、竜の特性を持つ幻の亜人です」

「――っ!」

 続けたヒナの言葉に、大貴と詩織は目を瞠る。

 亜人を生み出した狂気の王族、バルバロス・ハーヴィンは、亜人に全霊命ファーストへ至る道は無いと気付いていた。とはいえ、その能力の高さを無碍にするのは惜しいと判断したのか、高い能力を持つ個体を選定し、護衛として支配下に置いていた。


 竜人とは、その名の通り半霊命ネクスト最強種として名高い「竜」と人間の亜人。最強の亜人として研究され、その実現前にバルバロス・ハーヴィンが処刑された事で、計画段階で頓挫した幻の種族だ


「当時、バルバロス・ハーヴィンの研究に加担していた者は、技術者・スポンサーをはじめ、全てが捕らえられ、処刑あるいは投獄されています。……光魔神様を襲ったのが本当に竜人であるのなら、それは間違いなく、黒き千年以降に何者かの手によって生み出されたとしか考えられません。」

 神妙な面持ちで言うヒナを前に、恐る恐る手を上げて詩織が問いかける。

「その人は、バルバロス・ハーヴィンって人と同じ事をしようとしているんですか?」

「……亜人では、人間を全霊命(ファースト)と並ぶ存在にする事はできません。手段としては行き止まりですが、目的としては通過点という事も考えられます」

 かつて繰り返された実験と、犠牲によって、半霊命(ネクスト)同士の単純な掛け合わせである亜人では、半霊命(ネクスト)としての存在の限界を越えられない事が証明されている。

 しかし、手段として考えず、目的への過程と考えるならば、可能性は別になる。あくまでも竜人の創造主がバルバロス・ハーヴィンと同じ事を目的としているという仮定を前提として、だが。

「……?」

「つまり竜人を創った奴は、人間を全霊命(ファースト)と同等の存在にするために、何かをしようとしてる。その目的を果たすために、例えば兵隊とかに使うために創ったって事だよ」

 ヒナの言葉の意味を掴みあぐねている詩織に、大貴がヒナの方を見たままで言うと、その言葉を肯定するように、ヒナが小さく頷いて見せる

「……!」

「もちろん、全ては仮定にすぎません。先入観を持って事に当たるのは危険ですが、切り離して考える事は難しいと、私は考えています。

 今、この世界にバルバロス・ハーヴィンの遺志を継ぐ者がいるとするならば、黒き千年のような悲劇を繰り返さないために、一刻も早くその者の正体を突き止めねばならないのです」

 瞠目する詩織を制するように、ヒナは凛とした口調で言う。

「……つまり、俺を呼んだのは、そいつを捕まえろって事か?」

 一瞬思案してから口を開いた大貴の言葉に、ヒナは小さく頷いて見せる。

 その表情が優れないのは、大貴を危険な目に合わせてしまう事への罪悪感や、これから起こるかもしれない「何か」を防がねばならないという、王族としての義務感と心労に起因しているのかもしれない

「はい。(ここ)にいる間は安全だと思いますが、万が一、また竜人に襲われるような事があれば、可能な限り無傷で生け捕りにしていただきたいのです。うまくすれば、竜人を創った者に辿りつけるやもしれません……お願いできますか?」

「……分かった。とは言っても、あんまり期待しないでくれよ」

 ヒナの苦悩を漠然と察し、大貴は柔らかな口調で応じる。

 今まで敵を倒すために戦ってきた大貴にとって、生け捕りというのは未知の領域だ。単純な戦いとは勝手が違うのだから、安易に安請け合いする事はできない。

「大丈夫です。当日の会場にはロンディーネや軍の者も向かわせますし、舞戦祭(カーニバル)には七大貴族の者もおりますから」

「そうか……分かった」

 ヒナの言葉に、小さく頷く。

 舞戦祭(カーニバル)は、賭博興行であると同時に、実力者を見つける場でもある。当然、その戦いと結果には、王族をはじめとした貴族達も一定以上の関心を持っている。

「では、今日はお休みになられるとよろしいでしょう。明日の舞戦祭(カーニバル)は、僭越ながら私もテレビ越しに応援させていただきます」

「ああ、みっともない所を見せないようにしないとな」

 ヒナの言葉に、大貴は微笑んで見せる。

「……そろそろ夕食の準備も終わっている頃でしょう。大貴さん、明日は大切な戦いなのですから、あまり遅くならない内にお休みになってくださいね」

「ヒナこそ、あんまり根を詰めるなよ」

 大貴にかけられた言葉に、ヒナはわずかに頬を赤らめながら目を細める。

「……ありがとうございます」

 大貴が自分を心配して気遣ってくれた事への嬉しさに頬を染めつつ、ヒナは部屋を出ていく大貴達を見送る



 大貴と共にザイアが出ていった事で、執務室にはヒナだけが一人残されている。静寂に包まれた部屋で佇むヒナは、ゆっくりと執務机に向かって、大きくゆったりとした椅子に腰を下ろす

「バルバロス・ハーヴィンの遺志を継ぐ者……一体何が目的なのでしょうか……」

 自分一人しかいない部屋で独白したその言葉に答えが返ってくるはずもなく、椅子に腰かけたままで、太陽の灯りが尽きて月に変わり、世界が完全に夜に包まれるのを背中で感じ取る


 ヒナは遺志を継ぐという言い回しをしているが、バルバロス・ハーヴィンと直接的な関わりを持っている人物である可能性が低い以上、竜人を創ったのは、バルバロス・ハーヴィンの「同調者(シンパ)」あるいは「信者」と言った方が適切だろう


 バルバロス・ハーヴィンの残した禁術に手を染めて、何かを成そうとする何者かの思惑に思考を傾けながら、装霊機(グリモア)の通信回線を開く。

「……リッヒ。そちらの準備はどうですか?」

「滞りなく。信頼できる諜報員を集めました」

 開かれた通信回線にバストショットで映し出されたリッヒは、ヒナの問いに恭しく頷いて見せる。

「分かりました。王族(ハーヴィン)、七大貴族を問わず、慎重に調査してください」

「はっ」

 簡潔に用件のみを伝えたヒナは、この事件に関わる最大の問題(・・・・・)に眉をひそめて、その整った表情に苦悶の色を浮かべる。

「亜人を作り出す術は、全て破棄したはず……残っているとすれば、人間界城(ここ)の禁書庫だけ……」 

 亜人を創りだすというのは、人間界の超絶なる技術を以ってしても簡単な事ではない。さらに、それらの技術は、それに関わる資料、情報と共にバルバロス・ハーヴィンの死後、全て破棄されている。

 ただし、後にその技術にかかわる事件や問題が起きた際に速やかに対応するため、人間界王城の「禁書庫」と呼ばれる様々な禁忌、危険物を保管している場所に、特殊情報として厳重に封印された上で、保管され、管理され、隠匿されている。


 (くだん)の竜人を創りだした者が、偶々人間界軍が見つけ損ねた資料を発見し、それをもとに竜人を再現したのならまだ問題は小さい。ヒナが想定している最悪の状況は、「王城内の人間が、その技術を盗んだ、あるいは利用した」という事だ。

 禁書庫の存在は厳重に秘匿されており、尚且つ禁書庫に入る事が出来るのは、王族(ハーヴィン)、七大貴族、一部の特殊役職や、特権階級の人間などに限られているのだ。つまり、ヒナの最悪の予想が当たっているのなら、その中に犯人がいる確率が高くなる


「……ただの思い過ごしであればいいのですが……」

 自身の考慮する最悪の可能性が外れていてくれる事を祈るように声に出したヒナの表情は、その言葉とは裏腹に暗い影を落としていた。







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