愛縁奇縁
「政略結婚って、どういう事ですか!?」
クロスの言葉に、動揺を隠せない様子で詩織が訊ねる。
「言葉の通りの意味だ。人間界としては、大貴……というか光魔神と少しでも強い繋がりを形式的に持っておく必要があるからな」
「な、何でですか?」
紅茶を一口すすったクロスの淡々とした言葉に、詩織が疑念を向ける
全霊命と半霊命の婚姻が禁じられているのは、詩織も知っている。だからこそ自分は、愛する相手に気持ちを伝える事が出来ずに、苦しんでいるのだから。
しかし、そうであるにも関わらず、人間界が半霊命である人間が全霊命である光魔神と婚姻関係を結ぼうとしている事は、詩織にとって決して他人事ではない
「……全霊命と半霊命の交雑は九世界では禁忌だ。だが、光魔神だけは例外なんだよ……何しろ、全霊命の力に列なる存在そのものが、半霊命なんだからな」
詩織の考えを見透かしているかのように、クロスが言う
九世界が全霊命と半霊命の婚姻を認めていないのは、それらが全く別の存在だからだ。――「仮に意志疎通ができたとして、人間と犬の婚姻を認めるのか?否。」という考えの元に成り立つその法律は、人間と光魔神の間においてはその意味を若干異にしている。
人間界の人間は、光魔神の力に列なる純粋な被造物。本来全霊命として生まれるはずだった人間は、光と闇という相反する力を存在として固定させるため、意図的に存在のレベルを半霊命にまで落とされて被造された存在。
故に存在の力の根源的な部分――魂に決して弱くない因果関係を持っている。即ち、光魔神と人間は全霊命と半霊命であっても、全く異なる存在とは言い切れないのだ。
「っ、で……でも全霊命と半霊命が関係を持ったら、半霊命の方は死んじゃうって……」
クロスの言葉に、詩織がわずかに声を荒げる。
男女の肉体関係は、古くは「契り」と呼ばれるように、互いの存在の力を互いに交換し合い、存在の根幹に互いの存在の欠片を楔として打ち込む行為。
しかし、全霊命の持つ霊的な力は、半霊命のそれとは比べるべくもない純度と格、無限の規模を誇る。そのあまりにも絶大な力は、半霊命にとっては、とても受け入れる事が出来ないほどに強大な力。
故に、全霊命と半霊命が契りを交わせば、半霊命の方が全霊命の霊格を受け止めきれず、その命を落としてしまう。
それがある限り、全霊命と半霊命が結ばれる事は無い。愛し合えば相手を殺し、殺させる事になるこの「愛の呪い」は、互いの存在という変えようも、抗いようもない場所に深々と突き刺さっているのだから。
詩織は、神魔に想いを馳せながら、わずかにその手を震わせる。届かない想いを抱き、忘れられない愛に苦しむ詩織にとって、光魔神と人間の婚約は、神魔への結ばれてはならない想いに、苦しみ耐えてきた今日までが否定されるようなものだった。
それが分かっているマリアは、あえて冷淡に、そして残酷に、抑揚のない声音で詩織に現実を突き付ける。
「ええ。いくら光魔神でも、それは例外じゃないと思います……でも、忘れてませんか? 大貴さんは人間になる事が出来るんですよ?」
「っ!!!」
マリアの言葉に、詩織は言葉を失う。
確かに、全霊命と半霊命の契りの呪いは、光魔神と人間の間でも有効だ。
しかし、光魔神には他の全霊命にはない「人間になる」能力がある。人間界の人間と等しい存在になるその能力によって、光魔神は人間と契りを交わす事が出来る半霊命になる事ができる。
故に、光魔神そのものとは契りをかわせなくとも、光魔神が姿を変えた人間となら契りを交わす事が出来る。
マリアの言葉に打ちのめされている詩織に、マリアの話を引き継いだクロスが言葉を続ける
「近いうちにある七大貴族ってやつらとの顔合わせ……そこで大貴が光魔神だって宣言すれば、そういう話が、それこそ延々とやってくるだろうな。その前に王族の誰かと婚約関係を結んでおけば、それを事前に回避しやすいだろ?」
大貴が人間界に来た時に交わした約束。人間界の平定のためにその名と存在を使えば、それを知った貴族たちが大貴と関係を持とうとするだろう。
しかし、事前に光魔神と王族の誰かが婚姻関係を結んでおけば、多夫多妻制の制度を取っている以上それを止める事まではできないだろうが、少なくとも抑制し、減らす事は出来る
「それって……王族の人たちが、大貴の力を利用されないように王族の誰かを犠牲にするって事ですか?」
一瞬の沈黙の後、やや口調を翳らせた詩織の問いに、クロスは一瞬思案してから応じる
「ま、悪い見方をすればそうなるか? とは言っても、人間界からしたら有意義な事だろうし、大貴の意志を無下にする事も無いだろ……ただ」
「ただ?」
「多夫多妻制だからって、大貴が片っ端から手をつけるんなら問題は無いだろうけどな」
「大貴は……そんな事しません」
クロスの言葉に、詩織は不機嫌そうに唇を尖らせる。
王族を婚約者にする最大の理由は、大貴へのアプローチを可能な限り抑えるため。しかし、大貴がそれを気にせず、次々に手を出すならそういった防衛策も必要ない。――もっとも、大貴がそれをするとはクロス自身も思っていないのだが。
「なら、そういう事だ」
(それに、その方が都合がいいだろうしな)
霊の力は『存在の力』そのもの。その力の絶対値は生まれた瞬間から決まっている。
それはあくまで「個性」だが、優れた血筋の元に優れた子が生まれやすいというのもまた事実。親の力が強いほど、潜在的に強い子供が生まれやすいという現実も無視はできない。
人間体になった光魔神と人間の交雑でどれほどの力を持った子供が生まれてくるかは未知数だが、万が一『ハーヴィン』以上の力を持つ子供が生まれるようなら、子供が増えて世界が混乱する前に、王族としてはその情報を取得し、事前に対策を取りたい事だろう。
内心で独白したクロスは、先程から一切動じた様子を見せないロンディーネに視線を送る。
さすがは王族付きというべきか、魔動人形である事を差し引いても、ロンディーネのポーカーフェイスぶりは見事の一言に尽きるものだった。
「……ま、これは全部俺の推測だけどな」
クロスがこの話はこれで終わりとばかりに言う。
この話は、あくまでもクロスの予想と推測に基づくものに過ぎない。事実かどうかも分からない事をこれ以上予想で話していても仕方のない事だろう。
「じゃ、じゃあ……仮にクロスさんの言うとおりだったとして、大貴の相手は? 相手は誰なんですか?」
「……おそらくヒナさんでしょうね」
「ええ!?」
マリアの言葉に、詩織は思わず声を上げる。
「そうじゃなきゃ、人間界の次期王が直々に城の案内をしたり、世話係をする訳ないと思うぞ?」
「……そう言えば、そうかも……」
クロスに言われた詩織は、一連のヒナの行動を思い出して納得する。
自分たちの神である光魔神への敬意。そう言われればそれまでだが、人間界の次期王でありながら、光魔神の世話役をしたり、城の案内をかって出たりと、ヒナの行動には敬意以外の意志が働いているようにも感じられる
「どちらにしても、あくまでも推測です。今はお食事にしましょう?」
考え込んだ詩織を見て、マリアは優しく微笑みかける。
「……はい」
マリアの言葉に頷いた詩織は、テーブルに並んだ料理を口に運びながら、大貴と寄り添い合っていたヒナの姿を思い出す
(……あの二人、どことなくお似合いだったのよね……)
もしかしたら、もしかするかもしれない。そんな事を考えながら、詩織は料理の味に舌鼓を打った。
「あ、やっぱり美味しい……」
一方その頃、大貴は図らずもクロスと詩織が交わしたいた会話と同じ内容の話を、人間界王「ゼル・アルテア・ハーヴィン」から聞いていた。
「……という訳です」
「なるほど、大体分かった」
大貴がゼルから聞いたのは、人間の姿でなら光魔神である自分が、この人間と関係を持てる事。そして七大貴族のお披露目でその存在が知られれば、大貴と婚姻を結ぼうと大勢の人が押し掛けるであろう事。それを可能な限りに抑制するために、次期人間界王でもあるヒナを伴侶とする事だった。
(確かに、いくら九世界が多夫多妻だろうと、王の伴侶に手を出すような奴は中々いないだろうな)
「もちろん、それだけではありません。あなたとヒナの婚姻は、この人間界の人々にとって希望の光となるでしょう」
ゼルが念を押すように言う。
確かにゼルは、ヒナと大貴を婚約させようとしている。だがそれは、ただの建前だけの言葉ではないのだと、その言葉が雄弁に語っていた。
「でもなぁ……」
腑に落ちないような表情を浮かべる大貴に、ゼルは怪訝そうな表情を向ける。
「もしや、すでに想い人がいらっしゃるのですか?」
「いや、そうじゃなくて……何ていうか、こういう政略結婚っていうのはちょっと……それに、まだ結婚とか考えた事もないし……」
大貴の言葉に、ゼルをはじめとした王族の面々がなるほどと小さく頷いて見せる。
大人びているために、少し上に見られる事も多いが、大貴はまだ十五歳。来年高校に上がる予定の大貴にとって、結婚などまだ遠い未来の話でしかなく、自分の事として意識した事すらなかったのだから、この話に困惑するのも当然の事だった。
「確かに。光魔神様はまだお若いと伺っております。……ですが、ヒナもまだ齢二千程度の若輩者ですから、私としては丁度いいと思っていたのですが」
「……二千!?」
「はい」
思わず訊き返してしまった大貴に、ゼルは当然の事のように頷く。
(俺の百倍以上……)
神魔やクロスといった全霊命と過ごして、また同じように全霊命になった大貴からは、既に年齢という概念はほとんど失われている。
そのため、どう見ても二十歳前後にしか見えない絶世の美女が 何千年、何万年、何億年生きていようとも、疑問も抵抗も覚えない
「はい。界能も、神能ほどではありませんが、世界の理を退ける力があります。その力が強いほどに老いを退け、若さを保つ事が出来るのです。
全霊命のように、殺されるまで永遠に生きられるという事はありませんが、我らハーヴィンの名を冠す者の寿命は、おおよそ数億年以上になります」
「……なるほど」
(道理でこの世界にいる奴が若いと思った……そういう理屈か)
界能に神能と同じく若さを維持する能力があるのならば、ヒナの両親であるゼルとフェイア、出会った人々が一様に若々しい容姿をしていたことにも十分に納得がいく。つまり彼らは見た目が若いだけで、実年齢は確実に数千歳以上になっているという事だ。
大貴が頷いたのを見たゼルは、組んだ手の上に顎を乗せて、言葉を続ける
「まあ、年齢の事は置いておいたとしても、我らはこの世界を統べる王族です。そして王の子供に王の資質があるとは限りません。
ですが、王たる者、世界と民への責任として世界を牽引していく存在であるべきだと考えます。血筋が全てではないとはいえ、よい血筋から良い子孫が生まれやすいというのもまた事実です。そのために、少しでも良い相手を伴侶として選ぶのは当然の事なのです」
ゼルの言葉に、大貴は一瞬思案してから口を開く。
「……まあ、何となく言ってる事は分かる」
優れた親の子が、親と同じかそれ以上に優れているとは限らない。しかしそれでも血筋にこだわって滅んだ王国も数知れないだろう。
対して、王が冠っている冠――「至宝冠・アルテア」によって選ばれる人間界王には、単純な血筋という理由が通用しない。それがあるからこそ、血筋の上に胡坐をかく事無く、人間界の王族たちは王としての責任を持ち続けているのかもしれない。
血筋に溺れ、力に溺れれて世界を牽引する資格を失えば、至宝冠に選ばれる事がなくなる。そのためによき王であろうとする王族が自らに課した枷こそが、「優れた子孫を残す」という考えに集約されているようにも見える
「……けど俺は、理解はしても納得はできないな」
「ほう」
大貴の言葉に、ゼルがわずかに眉を寄せ王の威厳に満ちた思慮深い表情を浮かべる。
確かに、世界を導く者の立場としてはゼルの言う事は正しい。親子の情や、個人の感情ばかりを重要視して、支配する世界に損害を与えるようでは元も子もない。
世界のために、そしてそこに住む数え切れないほどの人々のために、時には自分の感情や都合を押し殺す事が必要な時もあるのだろうと、頭では分かる。
自分とヒナが婚約する事がどれほどの意味を持ち、価値を持つのか、分かっている訳ではないが、分からない訳でもない。――それでも大貴は、自分と、何よりヒナの気持ちを蔑ろにはしたくないと考えていた。
「餓鬼っぽいって思われるかもしれないけど、俺は結婚するなら、互いの気持ちがあった方がいいと思ってる。だから……」
大貴にとっての理想の夫婦は両親か、あるいは神魔と桜のような関係だった。
恋愛の機微など、大貴にはまだ分からないが、幼いころからずっと見てきた両親や、当然のように共に寄り添い、静かに時間と想いを重ねていく神魔と桜の在り方を見て、自分もそういう風でありたいと思っていた。
しかしその言葉を、聞いていたヒナは一度目を伏せてからゆっくりと口を開く
「失礼な事をお尋ねいたしますが、光魔神様は、恋愛で芽生えた愛以外は愛ではないとお考えですか?」
「……どういう意味だ?」
優しい口調で自分の言葉を遮ったヒナは、大貴の視線を受けると優しく諭すように言葉を紡いでいく
大貴がこの婚約を快く思ってないのは、そこに意志はあっても想いが伴っていないからだ。ならば、自分の想いを伝えればいい――
王族としては若いヒナも、すでに二千年の時を生きている一人の女性。いつか生涯を添い遂げる相手の事をずっと考えてきた。
どんな人と一緒になったら幸せなのか、どうすれば幸せな家庭を築けるのか――王族として、一人の女としてずっと抱いてきた「想い」をゆっくりと大貴に伝える。
「どんなに愛し合って結婚したとしても、些細な事で別れてしまう夫婦はいます。ですが、最初は望まない形だったとしても、互いが互いを想いやる事を忘れず、その間に確かな愛情を育む事ができれば、それは幸せな結婚生活になるのだと、私は考えています」
「……まあ、そう……かもな」
ヒナの言葉に、大貴が戸惑いがちに同意を示す
地球では、ヒナの言う様な事は確かに少なからず存在していた。愛し合って結婚した幸せ一杯の夫婦が些細な事ですれ違い、いつの間にか別居し、やがて別れてしまう。
愛したからといって、愛し続けられる訳ではない。ならば、愛し続けられる愛とは――人が望むような永遠の愛はどこにあるのだろうか――それに答えを出せる者はいないのだろう。なぜなら、人と同じように愛の形もまた、決して一つではないのだから。
ただ一つ共通するのは、互いを想いやる気持ちだけ。一夫一妻だろうと、一夫多妻だろうと、多夫多妻だろうと、大切なのはそういった「愛の形」ではなく、そこにある「愛情」。
「もちろん、王族としての使命感を全く感じていないといえば嘘になります。ですが、私は……」
そこまで言って言葉を止めたヒナは、頬を紅く染めて言葉を続ける
「私は……あなたとなら、よい伴侶になれると――なりたいと思えるのです」
「……っ」
ヒナの言葉に、大貴も目を見開く。
確かにこの縁談は、この世界のために、この世界の神と次期王を伴侶として取り持つ政略結婚だ。
しかし、だからと言ってそこになんの想いもない訳ではない。少なくともヒナは、大貴とならばよい夫婦になれると――漠然と、しかし確信にも似た感情をもって言える。
「だからこそ、こうしてあなたの婚約者に志願させていただいたのです」
「……ヒナ」
慈しむように噛み締められたヒナの言葉に、大貴の頬が朱に染まる。
「確かに私達は、今はまだ愛し合っていません。ですが、私達はまだお互いの事を何も知らないのです。……ですから、これをきっかけにしていただきたいのです」
「きっかけ……?」
「はい。光魔神様の事を私が知り、私の事を光魔神様に知っていただくきっかけです」
「……!」
ヒナの言葉に、大貴はわずかに目を瞠る。
「人間界の事情も、思惑も、そこに絡む父や世界の思惑も……何も考えず、私自身を見ていてください。私の姿を、私の声を、私の心を、光魔神様の目で見ていただいて、私を伴侶にできるかどうか……それだけを見て下さいませんか?」
慈しむように、優しく囁きかけたヒナの真剣な眼差しに、大貴は政略結婚という上辺の言葉に惑わされていた自分を恥じる
互いの意志がないからという理由で断るならば、それは相手の事を見ていないのと同じ。一目惚れも、偶然出会うのも、人に紹介されるのも、見合いも縁談も、全ては出会いの縁でしかない。
政略結婚も人と人の出会いの形の一つなのだ。何よりも目の前にいるヒナを見て、ヒナという人を知ろうともせずに、自分の意志が介入していない事だけを理由に断るなど、ヒナと、その心を踏み躙り、侮辱したようなものだ
「もし、光魔神様が私の事をお嫌いではないのでしたら、御一考下さると幸いです」
その言葉に、大貴はヒナを見る。
自分がヒナの事をどう思っているのかを、自分の心に問いかける。
最初に合った時。一緒に人間界に来た時。過ごした時間は一日にも満たない時間。それだけでヒナという人を見抜ける事は無い。それでも大貴は、自分がヒナに好意的な感情を抱いているのを知っていた
「そうだな。俺は、もっとヒナの事を知らないといけない。……それから答えを出さないといけなかったんだな……すまない、ヒナ」
大貴が頭を下げると、ヒナはわずかに首を横に振る。
「いえ、光魔神様の事を考えずに話を進めていたこちらが悪いのです。……ですから、これからお互いを知っていきましょう?」
「……ああ、そうだな」
優しく目を細めたヒナの言葉に、大貴は表情を綻ばせる
「あらあら、なんだか胸が高鳴ってしまいますね」
互いに視線を交わす大貴とヒナを見てフェイアが嬉しそうに微笑む。
「ウム、どうやら、縁談はまとまったようだな」
「……っ!!」
その言葉に視線を向けた大貴とヒナは、ゼルとフェイア、シェリッヒが三者三様の視線を向けているのを見て顔を赤らめる。
「キュウッ!」
一連の話の間、料理を前にしながらも口に出来ないジレンマに涎を垂らしていたザイアは、話がまとまったらしい事を察して、目を輝かせる。
「ですが、あなた……という事は、二人は婚約者候補という事になるのでしょうか?」
嬉しそうに頬を赤らめるフェイアの言葉に、ゼルは思案の表情を浮かべる
「そうだな……まあ、今はそのあたりが落とし所か」
「おめでとうございます、お姉様」
心の底からヒナの婚姻を祝福して目を輝かせるシェリッヒの言葉に、わずかに頬を赤らめたヒナはそのまま大貴に視線を向ける
「……よろしくお願いいたします、光魔神様」
ヒナの言葉に、大貴はわずかに語調を変えてヒナをまっすぐに見つめる
「その前に……一つ、条件がある」
「何でしょう?」
「俺の事は、大貴って呼んでくれ。様付けっていうのはどうも慣れないんだ」
大貴の居心地の悪そうな言葉に一瞬だけ目を丸くしたヒナだが、すぐに優しく目を綻ばせる
「……では、『大貴さん』でいかがでしょう?」
「ああ。それならいい」
優しく微笑んだヒナの言葉に、大貴が頷く
光魔神――大貴が望まないのは、様付け。とはいえ、自分たちの神であり、婚約者候補でもある大貴を呼び捨てにするのは、ヒナには憚られる。
「一応、私は立場のある身です。公の場では光魔神様とお呼びさせていただきますが、プライベートでは大貴さんと使い分けるという事でよいですか?」
「……まあ、仕方ないな」
ヒナの言葉に大貴も渋々といった様子で頷く。
確かに大貴は、ヒナをヒナとして見ると約束したが、それはヒナが王族であるという事実を無視するという事ではない。
生まれ、家柄、立場――生まれながらにヒナが持っているそれらも、間違いなくヒナの一部。ヒナという人、その心と共に、その身に背負ったものもヒナの一部として受け入れる事が、ヒナを知る事の第一歩だと大貴は考えていた。
「ありがとうございます」
そのやり取りを見ていたゼルは、その場にいる全員を見回す。
「さて、そろそろ食事にしようか」
「はい」
「キュ、キュウッ」
ゼルの言葉を待ちわびていたザイアが歓喜の声を上げる。ザイアには人の話を理解し、意志疎通を図る事が出来る程度の知性があるため、ある程度話の流れや空気を読む事が出来る。
人間界の思惑にどこまで明るいかは不明だが、とりあえず話の間テーブルの上に並んだ食事に一切手をつけていない程度には人間の会話に気を使う事は出来る
(……なんかいいように使われているような……)
ようやく食欲を満たす事が出来、テーブルの上に並んだ料理にがっつくザイアを横目に、満足げなゼルやフェイア、シェリッヒの満足げな表情に、大貴はゼルとヒナにうまく丸めこまれてしまったような感覚を覚える
「大貴さん?」
「あ、いや……何でもない」
(……まあ、いいか)
しかし隣で微笑むヒナの笑顔を見た大貴は、自然と笑みを浮かべていた