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魔界闘神伝  作者: 和和和和
人間界編
41/305

皇の愛娘





 それは、過去の記憶。桜と出会う前、神魔がまだ一人で魔界を放浪していた時の事。


 産業が存在しない九世界では、「世界を一つの軍隊として、そこに生きる者は全て世界――王に仕える軍人」であるという「軍界王制」と呼ばれる制度を取っている。

 しかし、世界中に住む天文学的な人数の全霊命ファースト達が常時仕えている必要も無いため、王の城と世界の運営に限られた数の常備軍以外の者たちは、召集がかからない限り自由に生きる事が出来る。


 神魔も基本的には、そうして一人気の向くままに生活していたのだが、ある時期行動を共にしていた者達がいた。


《あ、あの……『お兄さん』って呼んでもいいですか?》

《え、何で?》

 黒い髪を束ねた紗茅さやかが、両手の指を絡ませながら恥ずかしそうに言うのを見て、神魔は首を傾げる。

《何でって言われても……お兄ちゃんだからです》

《フフ、それは素敵ね》

 紗茅の言葉に同調して、紅い髪をなびかせた静かな色香を纏った女性――呉葉が苦笑をかみ殺す。

《ちょっ、さ、紗茅さやか! 呉葉も!》

 その言葉に、顔を赤らめて動揺した声を上げるのは、腰まで届く赤紫色の髪に緋色の鉢巻き、着物のような霊衣を纏った女性。

 清楚な美しさと、可憐な可愛さを同時に併せ持ち、桜の花のような目をしたその女性は、感情表現豊かで親しみやすい雰囲気を纏っている。

《え? ……まあ、いいけど》

《よかったね、お姉ちゃん》

 自分の呼び方など気にも留めていない神魔が頷くと、紗茅が嬉しそうに赤紫の髪の女性に微笑みかける。

《……っ》

《どうしたの? 風花》

 その言葉に俯いてしまった赤紫色の髪の女性――「風花」は、神魔の言葉に顔を一気に茹で上がらせる。

《な、何でもないの! 神魔の馬鹿》

《え、何? 何で怒られるの?》

《知らない。もう……》

 神魔の言葉に、可愛らしく頬を膨らませた風花が視線を背けると、なんの事か分からない神魔は一層深く首を傾げる。

 風花という女性は、神魔にとっては気の置けない親しい友人。客観的に魅力的な異性だとは思っていたが、神魔自身は風花に対してそれ以上の感情――恋愛感情を抱く事は無かった。



 ――そんな風花が自分にそういった気持を向けてくれていると知ったのは、風花が命を落とすその瞬間だった。




「そっか……二人は今ここにいたんだね」

「はい。その人が……」

 懐かしい人物との再会に目を細める神魔に、紗茅は小さく頷いて神魔の隣にいる桜に視線を向ける。

「うん。僕の一番大切な人だよ」

 その言葉に、優しくほほ笑んだ神魔の言葉を聞いた桜が、紗茅と呉葉の二人に深く礼をする。

「お初にお目にかかります。桜と申します。……風花さんの事は、神魔様より伺っております」

「……そう、約束守ってくれてたのね」

 その言葉で、桜が一通りの事情を察している事を理解した呉葉は、その眼をわずかに目を細めて神魔と桜を交互に見る。

「きっと、お姉ちゃんも喜んでいると思います。……ただ……」

 呉葉に倣って交互に神魔と桜を見ていた紗茅が、二人の様子を見て目を細め、わずかに唇をかみしめる。

「ただ、神魔さんの隣にお姉ちゃんがいないのは、少しだけ……少しだけ悔しいです」

「うん、ごめん……」

「謝らないでください。私たちは、神魔さんの幸せを喜んでいるんですから」

 神魔の言葉に、紗茅はわずかに首を横に振って、微笑む。

 今にも涙を流しそうなほど、悲痛な表情を浮かべた紗茅の言葉に、神魔は小さく目を伏せてからもう一度微笑みかける。

「……ありがとう」

 その様子を優しく見守っていた呉葉は、そこに水を差すのを躊躇うように一度目を伏せてから瑞希に視線を送る。

「あと、瑞希。……魔王様がお呼びよ。二人を連れてくるようにと」

「……そう、分かったわ」

 その言葉に、瑞希は一瞬怪訝そうな表情を浮かべるが、それを振り払っていつものように氷麗な表情で応じる。


 魔界城に連行されてきたといっても、魔界王が直々に会う事などない。

 ほとんどの場合、判決が決まり次第、それに基づいて誰かが刑を執行しに――つまり、処刑しに現れる。労働奉仕になった場合でも、その直属の上司になる人物がやってくるだけで、魔王と直接謁見する事は無い。

 それは、実際に体験した・・・・・・・瑞希自身が一番よく知っている。だからこそ、瑞希は例外的なこの二人の扱いに、疑念を持たざるを得なかった。


(例外的な連行命令といい、この二人は一体……?)

 内心で疑問を抱きながらも、瑞希はそれを口にする事無く、牢の扉を開いた。



 魔界城「玉座の間」。魔界を統べる最強の悪魔である魔王が座すその場所は、巨大な山脈のような魔界城の高い位置にある。

 端から端まで一キロメートルはあろうかという広大なその部屋の扉の真正面。部屋全体を見渡せるように高い位置に作られた玉座の上に座す最強の悪魔は、扉の向こうに待ちわびたその人物の魔力を感じて口元を歪めた。

「……来たか」

 その声を合図に、玉座の正面に作られた頑強な扉がゆっくりと開き、その向こうから瑞希と、瑞希に連れられる神魔と桜が姿を現す。

「……うわぁ」

 部屋に入った神魔は、そこに並んだ錚々そうそうたる面々を見て思わず声を漏らす。


 玉座に座る巨大な角を携えた漆黒の髪の悪魔は、最強の悪魔「魔王」。

 その隣に座る亜麻色の髪の美女は、魔王の妻である魔界王妃「シルエラ」。

 玉座の下に控える四本の角を持った白髪の悪魔は、魔界軍総帥「ゼオノート」。

 玉座に近い壁にもたれかかっている長い黒髪を後ろで束ねた童顔の悪魔は、魔界王の第一子にして、魔界でも屈指の実力を持つ悪魔「爾王ジオ」。

 そして爾王の隣にいるのは、神魔を圧倒した実力者である魔界王の第二子「ベルセリオス」。


 そこにいる面々は、悪魔なら――否、九世界の者なら知らない者はいないほどの者たち。

《魔界王も含めて、五人の「皇魔こうま」の内四人まで揃ってるなんて……暇なのかな?》

《この面々を前に、それだけ余裕のある事を仰れるなら大丈夫ですね》

《ここまできたら、もう開き直るしかないからね》

 思念で桜と会話した神魔は、そこにいる面々を見て内心でため息をつく。


 「皇魔」とは、魔界において最強の悪魔に与えらえる称号であると同時に、本来は「闇の神」から最初に生まれた悪魔の始祖――「最強の五人の悪魔」を指す呼び名だ。

 しかし、その最強の悪魔である「皇魔」たちも、九世界の長い歴史の中で起きた大戦や戦いの中で命を落としており、五人の皇魔の中で、神から生まれた最強の原種悪魔は「魔王」とその妻「シルエラ」、そして魔界にはいない「最後の一人」のみ。

 本当の皇魔が命を落とし、その名を継承した「爾王」と「ゼオノート」は、原初にして最強の悪魔に限りなく近い実力を持つ者としてその称号を名乗る事を許されている


 神魔を圧倒したベルセリオスでさえ、真の皇魔はもちろん、その名を継承した三人の皇魔前では脆弱で矮小な存在でしかない。今神魔達の真正面にいるのは、紛れもなく九世界の頂点に位置する者たちなのだ。


「ご苦労だったな、瑞希。下がっていいぞ」

「……はい」

 玉座に座す漆黒の髪の男――魔界を統べる最強の悪魔である「魔王」に深々と一礼した瑞希は、そのまま神魔と桜の後ろに下がり、扉の前に控える。

「そんな遠くに立っていては話し辛いだろう? こっちへ来たらどうだ」

「…………」

 魔界王の言葉に視線を交わした神魔と桜は、そのまま玉座の前まで移動して膝を折る。

「……久しぶりだな、桜。とは言っても最後に会ったのは随分昔だったがな」

「お久しぶりです、魔王様」

 覇気に満ちた金色の目を細めた魔界王の言葉に、名指しで呼ばれた桜は、姿勢を崩す事無く、恭しく一礼する

「父上、その女と知り合いなのですか?」

「……ベルセリオスか」

 親しげに言葉を交わす魔王と桜を見て、玉座の下にいたベルセリオスが怪訝そうな視線を向ける。

「彼女はね、父さんの隠し子なんだよ」

 ベルセリオスの言葉に、肩を並べていた爾王が不敵な笑みを浮かべる。

 爾王とベルセリオスは、共に魔王の実子。爾王の方が兄なのだが、弟であるベルセリオスの方が背丈も高く、顔立ちも大人びているため、何も知らない人が見れば兄と弟が逆だと思うだろう。

「なっ!?」

 爾王の言葉に、ベルセリオスが息を呑む。


 多夫多妻制である九世界には、必然的に「浮気」「不倫」といった概念そのものがないため、隠し子というのは珍しい。堂々と複数人の伴侶を持てるというのに、わざわざ隠す必要がないからだ。

 何よりベルセリオスが驚いているのは、全霊命ファーストにとって「隠し子」とは「混濁者マドラス」を暗喩する言葉。表に存在してはならない子どもを守るためにその存在を隠す。――法に厳格で、王の中の王とまで呼ばれる魔王がそんな事をするとは考えられなかった事が大きな要因だ。


 驚嘆の表情を浮かべているベルセリオスを見て、魔王の傍らに控えるシルエラはため息をつく

「爾王、適当な事は言わないの」

「はぁい」

 たしなめるようなシルエラの言葉に、ベルセリオスは隣で肩を震わせている兄に非難の目を向ける

「……嘘、なんですか兄上?」

「嘘じゃないよ。ただの冗談」

「似たようなものでしょう?」

「いやいや、嘘と冗談は似て非なるものだよ」

「……もういいです」

 ベルセリオスの言葉に、悪びれもなくさらりと答えた爾王と剣呑な表情を見せるベルセリオスを横目に、シルエラは口を開く。

「彼女は、今は亡き皇魔――『久遠くおん』と『涅槃ねはん』の娘よ。あなたたちとは従兄妹のような関係になるのかしらね?」

「……っ!」

 その言葉に、今度はベルセリオスだけでなく爾王もわずかに目を瞠る。


 闇の神から生まれた悪魔の原種は全部で5人。「魔王」、「シルエラ」、「ゼノン」、「久遠」、「涅槃」。悪魔の始祖とはいっても、皇魔と呼ばれる5人の悪魔たちは、血縁関係を持っていない。

 悪魔に限らず、全ての存在の「原種」は、あくまでも「種族の全ての原型」となった存在という意味であり、伴侶になることもできる。

 そのため、シルエラの言うように、魔王やシルエラと同じ「皇魔」を両親に持っていても、桜は爾王とベルセリオスとは血縁を持っていない赤の他人と言う事になる。


 桜の素性を知ったベルセリオスの視線の先では、玉座に座った魔王が桜に声をかけていた。

「お前たちの両親を殺した『ゼノン』の捜索は今も続けている……残念な事に、未だ消息は掴めていないがな。だが、俺がこの落し前は必ずつけさせる」

「ありがとうございます……」

 魔王の言葉に、桜はわずかに目を細める。


 桜の両親の命を奪った「ゼノン」は、最強の悪魔「皇魔」の一人であり、その中でも「魔王」に次ぐ力を持つ実力者だ。

 この世界でゼノンを殺す力を持つ悪魔は、魔王以外には存在しない。――故に魔王の言葉は、魔王が直々に手を下す事を意味している。


「そういえば、姉の方はどうしている? 確か『撫子なでしこ』だったな」

 魔王の言葉に、桜は目を伏せてから澱みなく答える。

「姉とは、その時以来音信不通です……生きているとは伺っておりますが」

 全く憂いのない表情を浮かべた桜の言葉に、魔王は硬い表情のままで穏やかな声をかける。

「そうか、ならいい」

 そう呟いた魔王は、桜の隣で全く動じた様子もない神魔を一瞥する

「……そっちの男は、お前の事を知っているらしいな」

 桜が皇魔の直系の娘であると知っても、神魔は一切動じた様子がない。

 ずっと行動を共にしてきた桜の素性に全く興味がないとは考えられないため、神魔のその態度は桜の事を知っているという事を意味している。

「はい。生涯を添い遂げると誓った時に、わたくしの全てをお話ししております」

 魔王の言葉に、桜は目を伏せて応じる。


 愛するという事は生涯を共にする事を望む事。大和撫子と呼ぶにふさわしい桜にとって、神魔は心も体も捧げた唯一無二の存在であり、桜が自らの存在の全てを委ねた人物。

 決してそれを言葉にする事は無いが、自分の「全て」を神魔に伝え、自分の「全て」を神魔に捧げる。そうして、文字通り神魔のものになる。――それを望み、それを願って、桜は神魔と共にいる。


「……なるほど」

 迷いなく、澱みなく、わずかな笑みすら浮かべる桜の言葉に、魔王はその目を懐かしげに細める。

 神魔の隣に寄り添う桜の姿は、過去に何度か会った事があるに過ぎない魔王にすら、最初からそうだったのではないかと思わせるほど自然であり、当然のように神魔に寄り添うその姿は、魔王に懐かしい存在を思い出させる。

母親(涅槃)によく似ているな。》

《ええ。本当に……》

 言葉には出さず、シルエラと思念で会話した魔王は自然と口元をほころばせる。

《……幼いころに死に別れたとはいえ、血のつながりとは面白いものだ》

《あの二人の教育の賜物でしょう》

 シルエラから帰って来た言葉に、一瞬思案した魔王は桜に重なる涅槃の姿に目を細める

《……そうだな。よほど理想的に見えたんだろう》

《はい……》


 生まれた瞬間から、必要最低限の知識を持っている全霊命ファーストは、同時に一定の自我を生まれた時点で保有している。

 しかし、最終的にその個性や性格を確立するのはやはり環境だ。桜の性格は、母である涅槃によく似ている。それだけ桜にとって涅槃や久遠の在り方が理想的で、そのようになりたいと願ったのだと想像できる


「……しばらく見ないうちに、いい女になったな」

「お褒めにあずかり光栄です」

 一瞬の沈黙の後にかけられた魔王の優しい声に、桜は恭しく頭を垂れる。


「…………」

(父上は、あの娘と話がしたくて連れてくるように言ったのか……)

 その様子を見ていたベルセリオスは、桜と神魔を生きたまま連れてくるように言った魔王の真意に若干肩透かしを食らい、魔王の真意を探ろうとした自分の労力がいかに無駄だったのかを理解して、内心でため息をついていた。

「もしかして彼……」

 その隣で笑みを浮かべている爾王は、ベルセリオスに聞こえないような小さな声で呟くと、桜の隣にいる神魔を見つめる

(……深雪みゆきの息子、かな? 魔力の波長はよく似てるけど……)

 ふと頭によぎったその考えは、この場で必要がないものだった事もあって、爾王はそれを口にする事無く目を伏せる


「だから、そんなお前たちを裁かねばならない事は残念だ。……私的な理由で刑を軽くはしてやれんぞ」

「……心得ております」

 魔王の言葉に、桜が応じる。


 世界の頂点に立っているからこそ、世界を動かす法には誰よりも厳格であらねばならない。――それは九世界の共通概念であり、魔王の王としての矜持そのものでもある。

 いかに桜が身内に近い存在であるとはいえ、それを理由に魔王が刑を軽くする事は無い。そのような事をすれば、法の価値が揺らぎ、最悪の場合失われてしまう事にもなりかねない。


 だからこそ、魔王は身内であっても……否。身内であるからこそ、最も残酷な決断をしなければならない。王として、法を司る者として、世界を統べる者として。

「……話ができてよかった。俺の話はそれだけだ。もう、下がっていいぞ」

 その言葉に一礼した神魔と桜は、来た時と同じように瑞希に連れられて部屋を後にする。

「……少し驚いたわ。まさかあなたが皇魔の直系の子とはね」

 神魔と桜の背後から、瑞希はその氷麗な表情を変えずに淡々と言う。

 皇魔は全ての悪魔の祖。しかし決して全ての悪魔を生み出したという訳ではないため、皇魔の血に列なる者は現時点では魔王とシルエラの子供たちだけに限られている。

 そして、皇魔の血に列なる直系の子供たちは他の悪魔に比べて潜在的に強大な者を秘めており、強くなると言われている。ベルセリオスはもちろん、最強の悪魔の一人に数えられる爾王を見ても、皇魔同士の子供の潜在能力の高さは納得がいくものがある。

「秘密にしておいてくださいね」

「……ええ」

 照れたようにしながら優しくほほ笑んだ桜に、瑞希は一瞬の間をおいて頷く

(そう、長くはないかもしれないけどね……)

 心の中で静かにそう呟いた瑞希は、二人を伴って牢に帰っていった。



「それで、彼らへの刑罰はどうするのですか?」

 神魔と桜が部屋を出ていくのを見送ると、玉座の隣に控えていたシルエラが魔王に視線を向ける。

「人間界から、彼らの減刑を求められていますが?」

「……そうだったな。とはいえ、九世界非干渉世界への干渉は、本来極刑だ」

 シルエラの言葉に同調するように進言したゼオノートの言葉に、魔王は重々しい口調で応じる

「――たしかに人間界の願いを無下にする訳にもいかないが、それ以上に、世界の方を犯した罪を軽視する事はできんな」

 小さく呟いて、魔王は思案を巡らせる。

 九世界非干渉世界への干渉という法の重さを順守しつつ、可能な限り人間界の要望にも応える。極刑より軽くするならば、軽くなり過ぎないようになければならないし、軽くし過ぎるようならば極刑に処すべきだろう。

「……さて、どうするかな……」

 思案を巡らせる魔王は、口元にわずかな笑みを刻んだ。






 人間界城を案内してもらい、戻って来たころにはすでに日が暮れていた。周囲を夜の帳が包み込み夜空には、地球の物とは明らかに違う……しかし、地球の物よりも遥かに美しい星空が広がっていた。

 満天の星々が煌めく幻想的な人間界の夜空を室内の窓から見上げていた詩織は、難しそうな表情で小さな唸り声を漏らした。

「……う~ん……やっぱりだ」

「どうした、姉貴?」

 そんな姉に大貴が訊ねると、詩織は夜空と大貴を交互に見て口を開く

「……うん、どうでもいいことかもしれないけど、太陽と月の位置が変わってないような……」

「太陽と月の位置……?」

 自分でもおかしなことを言っていると思っているのか、やや躊躇しがちに詩織は言葉を続ける。

「夕方の時、空が赤くなったでしょ? でも太陽は高い位置にあったままだったの」

「……それ本当か?」

「うん、綺麗な夕焼けだなって空を見てたら、空の高い位置にある太陽が真っ赤に輝いてたから……ずっと気にしてたの」

 怪訝そうな表情を浮かべる大貴に詩織が頷く。


 ヒナに城の中を案内してもらっている時、世界を深紅に染め上げた夕日の美しさに空を見上げた詩織は、天の高い位置にある太陽が深紅の光を放っているのを見ていた。

 地球では、夕焼けは太陽が地平の彼方に沈む時に見えるもの。しかし人間界では、天高い太陽が時と共にその光を深紅のものへと移り変わらせ、世界を緋色に染め上げていた。


「……そんな事あるのか?」

 詩織の言葉を疑っている訳ではないが、信じきる事が出来ないといった様子の大貴が確認するように視線を向けると、それを受けたクロスはさも当然のように口を開く

「普通、太陽と月は動かないだろ?」

「……は?」

「……そう、なんですか?」

 当然のように言ったクロスの言葉に、大貴は眉間に皺を寄せ、詩織は唖然とした様子を浮かべる。

「ゆりかごの世界で暮らしていらっしゃったお二人には意外かもしれませんが、太陽と月は同じもので、位置を変えないというのが、九世界の常識なんですよ」

 クロスの言葉を引き継いでマリアが優しく微笑む

「太陽と月が同じ……?」

「九世界の天に浮かび、世界を照らす光源……あれは、『神臓クオソメリス』という神器しんきなんです」

「神器ってのは確か……『創造神・コスモス』と『破壊神・カオス』が戦った時にできたとかってやつだな」

「詳しいですね。確かまだ神器については何も話していなかったと思うのですが……」

 驚いたように目を丸くするマリアに、大貴は静かに応じる

「ああ、前に戦った奴が教えてくれたんだ」

 大貴の脳裏によぎるのは、かつて戦い、大貴が初めて殺した相手――「臥角」。臥角は、十世界がその神器というものを集めていると言っていた

「それにしても、神器っていうからてっきり物なのかと思ってたら、太陽まで神器だとは思わなかった」

 大貴には、神器というものがどういうものなのか具体的には分からないが、その名前の印象から「物」を連想していた大貴は、太陽までが神器である事に素直に驚きを見せていた

「そうですね。詳しい話はまた今度という事にして……世界を照らす光源である『神臓クオソメリス』は、文字通り『世界の中心』に在り、世界の昼と夜を司り、世界を(あまね)く照らすもの

 ――昼は『太陽』、夜は『月』として、全ての半霊命ネクストの生命を育むものです。あの光は世界の壁を越えて九世界全てに等しく降り注いでいるのです」

「なるほど……あの神器一つで太陽と月の二つの役割を果たしてるって訳か」

 マリアの言葉に、大貴が感嘆の息を漏らす。


 九世界の太陽であり月である神器――「神臓クオソメリス」は、全ての世界を照らし、昼と夜を生み出し、九世界全ての時を刻む物。

 その光に宿る生命の息吹こそが、九世界に神から直接生まれた全霊命ファースト以外の命を芽吹かせ、育んできた光そのもの。


「ええ、ですから地球へ行った時は驚きました。太陽と月が別のもので、しかも動いてるんですから」

 マリアの言葉に、大貴と詩織は言葉を失う

「……っ」

「少しは慣れてたつもりだったけど……九世界の常識って本当に私たちの常識とは違うのね……」

 世界の常識は地球の常識とは違う。神魔達と出会った時から感じていた世界の在り方の違いを改めて思い知った詩織がため息をつくと同時に、部屋の扉がノックされる。

「はい。どうぞ」

「失礼いたします。お食事をお持ちいたしました」

 詩織の言葉と同時に扉が開き、宙に浮かぶサービスワゴンを持ったロンディーネが洗練された所作で部屋に入ってくる

「ありがとうございます」

 詩織の目の前で食事の準備を始めたロンディーネを見ていた詩織は、思わず首を傾げる

「……あれ? 三人分しかない?」

 この部屋に止まっているのは、大貴、詩織、クロス、マリアの四人。しかしロンディーネが用意しているのはどう見ても三人分しかない

「はい、光魔神様。人間界王様が、お食事を兼ねて是非お話ししたい事があると仰られております」

 その言葉に応えたロンディーネは、深々と腰を折ってから大貴に視線を向ける。

「……それ、断れないのか?」

 王との会食など考えただけで気が滅入る大貴がため息交じりに言うと、ロンディーネは微笑んで応える。

「無論、光魔神様が拒否されるのであれば、我々はそれを強制いたしません。ですが、いずれは別の形でお話を。と王も申しております」

 食事というのはあくまでも建前でしかなく、人間界王の目的が自分との会話にあると理解した大貴は、先延ばしにしてもいい事はないと諦める。

 大貴の人間界での滞在期間は数日。人間界王と約束した七大貴族とのお披露目が未定である以上、その話を断わり続けたとしても王の方から直々に出向いてくるだろう。――何より、それが出来るほど大貴は図太く我が道を行く生き方は出来ない性格だった。

「……わかった。言っとくけど、食事のマナーとか知らないぞ?」

「御心配には及びません。食事は楽しく、命の糧となってくれる食材に感謝するというのが九世界の食の礼儀ですので」

 確認するように言った大貴に、ロンディーネは満面の笑みで応える

「あの……私達は駄目なんですか?」

 その会話に恐る恐る手を上げた詩織の言葉に、相手に不快感を与えずに拒否する洗練された微笑みでロンディーネが応じる

「申し訳ございません。光魔神様お一人で、と申しつけられておりますので」

「……そうですか」

 肩を落とす詩織に、大貴はロンディーネに聞こえないように配慮して小声で話しかける

「……姉貴、王様と食事なんてしたいのか?」

 気を遣って、肩身が狭い思いをするという印象しかない王との会食をしたがる姉の感覚に辟易する大貴に、詩織は拗ねたように口を尖らせる

「だって、王様の食事なんて興味あるでしょ?」

「食器などはともかく、王族の方々が召し上がっておられるお食事は、皆様のものと同じですよ?」

(……聞こえてたのか)

「失礼いたします」

 自然に応じたロンディーネに、姉との会話が筒抜けだったのを知って大貴が気まずい思いをしていると、扉の向こうから金色の髪をなびかせた美少女――ヒナの妹である「シェリッヒ・ハーヴィン」が姿を見せる

(あの人……確かヒナさんの妹さん)

「私が案内をさせていただきます」

 優美な所作で一礼したシェリッヒに誘われ、大貴は部屋を後にする。

「光魔神様、この世界はいかがですか?」

「ああ、いいところだな……」

 王の待つ部屋へ大貴を案内していたシェリッヒは、背後の大貴に肩越しに視線を向ける

「そうですか、それは何よりです。ですが、人間界も素晴らしいところばかりではありません。一度街に出てみるのもいいかもしれませんよ」

「街……か」

「はい。この城ではできない体験もできると思いますよ」

「そうだな……ところでシェリッヒ、さん」

「『リッヒ』とお呼びください。親しい者は私の事をそう呼びますので」

「いや、でも……」

 事も無げに言うシェリッヒの言葉に、大貴は困惑した表情を浮かべる


 |光魔神である自分に対して最大級の礼を尽くしたいという人間界側の言い分も分かるが、人に敬われる事に慣れていない大貴にとってはそれがとても居心地が悪く感じられる

 まして、外見上はともかく一応は年上である相手にため口をきくということが、意外と謙虚な大貴の精神を圧迫していた


「私ごときが身の程をわきまえない厚かましいお願いだとは思いますが、どうかお願いできないでしょうか?」

 言葉を濁らせる大貴だがシェリッヒから悲しげな色を帯びた瞳で見つめられ、懇願されると、ここで頑なに拒んで事態をややこしくするよりも適当に受け流しておいた方が楽なのではないかという心情にかられる

「分かった……ところでリッヒ、俺に話って何なんだ?」 

「それは……」

 大貴の言葉に不意に足を止めたシェリッヒは、大貴の方を振り向くと唇に人差し指を当てる

「ついてからのお楽しみです」

「……?」

 唇に人差し指を当てて、「内緒」という意志を示したシェリッヒが浮かべる満面の笑みに、大貴は怪訝そうな表情を浮かべた 





 その頃、大貴とシェリッヒが立ち去った部屋では、テーブルに座った詩織、クロス、マリアの三人にロンディーネが給仕をしていた。

 王の城に仕えているだけの事はあり、ロンディーネは視界や言葉を遮らないように動きながら水などを変えたりとごく自然に立ち振る舞っている。

「これ美味しい……」

 机に並べられた食事の数々は、地球にある料理にどことなく似ている。その料理の数々に舌鼓を打ちながら詩織がふと口を開く

「ところで、王様が大貴にだけ話って……一体何なんでしょうね?」

「ま。おおよその見当はつくけどな」

「え?」

 紅茶をすすったクロスの言葉に、詩織が視線を向けると、ティーカップから口を離したクロスは小さく笑みを浮かべる

「……決まってるだろ――」





 シェリッヒに連れられた大貴は、ポータルによって空間を跳躍して広大な城内を一瞬で移動し、金属製とも、木製にも見える重厚な扉の前に到着していた。

「……こちらです」

 シェリッヒの声と共に扉が自動で開き、二人をその内側へ招き入れる。室内はシャンデリア型の電灯の光に照らされておる、純白のテーブルクロスがかけられた長い机が置かれていた。

 約十メートルほどの長いテーブルには数々の料理が並んでおり、星の形に椅子が並べられている。その頂点に当たる入口から一番遠い位置に座っていた人物――人間界王ゼル・ハーヴィンが立ち上がり、大貴に声をかける

「よくお越し下さいました。光魔神様を呼びつけるなどという無礼な真似をいたしました事、心よりお詫び申し上げます」

「キュ、キュウッ」

 ゼルの言葉に応じるように、テーブルの上に陣取っていたザイアも大貴を出迎えるように可愛らしい声を上げる

「いや、そういうのは本当に止めてくれませんか?」

「そういう訳には参りません。王としてのけじめですから」

 王に頭を下げられる事になれない大貴が言うが、ゼルはそれを笑顔で聞き流す

「光魔神様、こちらへ」

 その言葉に渋い顔を浮かべている大貴を、シェリッヒが案内して大貴をゼルの真正面――二つ並んだ席の右側に座らせる。

「あ、悪い」

「いえ」

 大貴を座らせたシェリッヒは、そのまま机の左側の席に腰掛ける。星形に配置された机の椅子は全部で五つ。その内ゼル、大貴、シェリッヒの三人があと二人は座る場所がある事になる。

 空いている席は、机の右側――シェリッヒの真正面に当たる席と、大貴の左隣の席の二つ。つまり、個の席にはあと二人の人物が来るという事だ。

(二人って言うと……ヒナと王妃か)

 今来ていない人物におおよその予想を立てた大貴は、どうやら現王であるハーヴィン一家の食事会に招かれた事を理解する

「どうされましたか?」

「いや……もう少し人がいるかと思ってたから」

「ああ、なるほど……実は、あまり大勢の人がいる前でするような話ではありませんので」

 合点がいったように頷いたゼルは、小さな笑みを大貴に向ける

(つまり内緒の話って事か……)

 聞いているだけで嫌な予感がひしひしと伝わってくるゼルの言葉に、内心でため息をついた大貴は、意を決して口を開く

「……で? それは一体どんな話ですか?」

「フム……申し訳ございませんが、少々お待ち下さい……まだ、準備が整っていないようですので」

(準備?)

 その言葉に大貴がわずかに怪訝そうな表情を浮かべたと同時に、入り口とは別に部屋の奥にあった扉が開き、そこから人間界王妃「フェイア・ハーヴィン」が優美なその姿を現す。

「お待たせいたしました」

「ああ、ようやく来たようです」

 ゼルの言葉にフェイアが現れた方へ視線を送った大貴は、フェイアの背後から現れた人物を見て思わず息を呑んだ。

「――っ」

 フェイアの背後から現れたのは、着物とナイトドレスを合わせたような純白の衣装を身に纏い、それとは対照的な漆黒の髪をなびかせたヒナだった。

(女は化粧で化けるって本当だな……)

 元々並はずれた美貌にさらに磨きをかけ、地球の来た時のような自然な感じのメイクから煌びやかながらも、派手ではない装いとなったヒナを見て、大貴は内心で驚嘆と感嘆の息をつく。


 ほんのりと薄化粧をしたヒナは、普段の清楚な雰囲気に加えて大人びた女性の淑やかな色香を纏っており、城を案内してもらった時とは別人のような印象を覚える。

 決して派手すぎず、地味すぎない露出の少ない白地の衣装は、ヒナの白磁のような肌と艶やかな黒髪を際立たせ、ただでさえ整った人形のような美しさを持つヒナを神聖な存在であるかのように錯覚させる

 

「失礼いたします」

 穏やかな川を流れる牡丹の花のように移動したヒナは、静かな口調で微笑んで大貴の隣の席に静かに腰を下ろす

「あの、こういうのは御気に召しませんでしたか……?」

 大貴の左隣に腰掛けたヒナは、大貴の視線に気づいてわずかに頬を朱に染めながら恐る恐る口を開く

「い、いや……よく似合ってると思う……ぞ」

 ヒナに訊ねられて、自分が思わずヒナに見惚れていた事に気付いた大貴は、動揺を隠すように咄嗟に視線をヒナから逸らす

「ありがとうございます」

 どこか不器用な大貴の褒め言葉でも、ヒナは頬を朱に染めて嬉しそうに目を細める。

 まるで花が咲いたような笑顔を見せる愛娘を見て、顔を見合わせたゼルは、フェイアと視線を交わしてから大貴に視線を向ける。

「光魔神様、お話というのは他でもありません……」

 大貴の視線が自分に向いたのを確認して、ゼルは言葉を続ける 

「ヒナを、あなたの伴侶として娶っていただきたいのです」

「……なっ!?」

 思わず目を見開いた大貴の隣で、ヒナは頬を紅く染め、フェイアとシェリッヒは穏やかな視線を二人に向ける

「キュ?」

 その中でただ一人事態を理解していないザイアが、愛嬌たっぷりに首を傾げた






「――政略結婚の話だ」

 クロスは、淡々と言葉を紡いだ。





 「魔王」というのは、悪魔の王の呼び名でも、役職名でもなく、「個人名詞」です。

 世界の王は、「~界王」と呼ばれるので、魔王の場合は「魔界王・魔王」となります。

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