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魔界闘神伝  作者: 和和和和
人間界編
39/305

称号を持つ者達




「こちらです」

 王との謁見をなんとか終えた大貴達は、謁見の間よりも城の深部にある広間にいた。

 部屋を彩るシャンデリアのような明り。一面に敷かれた高級感漂う絨毯と家具、調度品の数々。それら高級であろう品物も、決して派手ではなく質素にさりげなく配置された落ち着いた雰囲気になっている

「こちらは貴賓室になっておりまして、お客様の御来城の折にご宿泊いただく場所になっております」

「うわぁ……広い……」

「個人用の小部屋も備え、皆さま全員が、快適に過ごしていただけるようにしてございます」

「なんて言うか、もっと狭い部屋は無いのか……?」

 その部屋を見て、頭に白い小竜を乗せた大貴がため息をつく。

 通された広間の広さは、明らかにちょっとした喫茶店ほどはある。子供がいれば端から端まで走って遊びそうな広い部屋を見て、ごく一般的な地球の家庭で育った大貴が、少しうんざりしたようなため息を漏らしたのも無理は無いのかもしれない。

「何を仰るのですか? 本来でしたら、光魔神様専用のお屋敷を用意しなければならないところです」

 しかし、当然のようにヒナが返した言葉に、大貴は内心でため息をつく

「なあ、ヒナ……さん」

「ヒナとお呼びください。光魔神様」

 自分達の神である光魔神に話しかけられるのが嬉しいのか、どこか浮かれているようにも見えるヒナが微笑む。

 しかも、悪気も悪意もなく、むしろ好意でしてくれている事が分かっているため、大貴にはそれを拒否する事もできない。

「様付けは止めてくれないか? どうも慣れないんだ」

 せめてもの妥協案を示した大貴だが、ヒナはそれも微笑みながら容赦なく拒絶する。

「そういう訳には参りません。そういえば、光魔神様はごく普通の家庭で育たれたのでしたね。確かに突然特別扱いされて、気を重くしておられるのはお察しいたします。

 ですが、我等としても、神である光魔神様に対等以上の口を聞くなど、恐れ多いのです。どうかご容赦ください。」

「……っ」

 ヒナに懇願するような目で見つめられると、大貴にはもう何も言えない。

(早くも完全に手綱を握られてるわね……)

 その様子を見て、詩織がそんな感想を抱きながら、詩反論も拒絶も出来ずに渋い顔をしている大貴に、意地の悪い笑みを向ける。

「……だって。光魔神様」

「だから、からかうなって」

 大貴の言葉を聞いた詩織は、そのままヒナに視線を向ける。

「ところで、魔界の事なのですが……」

「っ、何か分かったんですか?」

 先ほどまでの大貴と詩織の姉弟のやり取りを優しく見つめていたヒナは、「ヒナ」という一人の人間の表情から、この世界の「姫」のそれへと切り替えて話題を変える。

 その言葉を聞いた詩織は、顔色を変える


 大貴を人間界に招く事を条件に、「九世界非干渉世界への無許可滞在と干渉」の罪で魔界に連行された神魔と桜に対し、人間界が魔界へ法的に減刑と酌量と求める取引を行っている。

 ただ祈り、待つ事しか出来ない自分の無力さを呪い、もどかしさを感じながらも、詩織はただそれをし続けている。


「こちらからの願いに対し、熟慮はしてくださると返答をいただいています。処分に関しては、正式には決まっていないので、決まり次第連絡が来る手はずになっております

 成果も結果も出せていない現状で、楽観的観測を持たせるような事を言うべきではないと思ったのですが、一応御報告はした方がよいかと判断いたしましたので……」

「そう……ですか……」

 ヒナ報告に、詩織は死刑ではなかった安堵と、未だに結果が分からない不安で両分された表情を浮かべる。

 恐らくはずっと不安にさいなまれ続けていたであろう詩織は、それでも努めてそれを表に出さないようにしている。そんな姉の精神的な疲労を、姉弟として過ごしてきた大貴は案じる

「姉貴」

「大丈夫……私に出来るのは信じて待つ事だけだから」

 気を使う様子を見せず、いつものように声をかける大貴に、詩織は努めて平静を装って微笑む

「実際どうなんだ? 神魔達の減刑は……」

 姉からヒナに視線を戻した大貴に、ヒナは目を伏せて首を小さく横に振る

「それは、魔界王様の御心次第ですから……」

 人間界がしたのは、魔界に対して神魔と桜の減刑と酌量を求めただけ。それはあくまで強制ではなく、お願いという色の方が強い。

「――まあ、これは俺の私見だが……」

 その場に生まれた重々しい空気に耐えかねたのか、クロスが口を開く

「魔界王は、王の鑑みたいな奴だ。――強く気高く、世界のためを第一に考える。法にも厳しいが、情にも厚いって噂だ。人間界からの要請を無下にする事は無い。……確率から言えば半々ってところだな。」

「私もそう思います」

 クロスの言葉に、マリアも同意を示す。

 魔界と天界――「悪魔」と「天使」は互いに対をなす光と闇の存在と言われている。必然的に有史以来天地と悪魔はもっともよく争い合う光と闇の急先鋒同士。

 クロス達にはさすがに面識はないが、魔王の話は実力とカリスマ、知性を兼ね備えた王の中の王として語り継がれている。

「半々……か」

 小さく呟いた大貴は、無言で目を伏せているヒナに視線を向ける

「ヒナ」

「はい」

「ありがとな」

「……勿体ないお言葉です」

 大貴の言葉に、ヒナはわずかに目元に光る物を浮かべて微笑む。

 神魔と桜の罪は、ヒナにとっては光魔神を人間界に招く口実。大貴にとっては、その罪を減刑するためにヒナ達を利用したようなもの。それぞれが出来る事をして、互いに利益を手にしようとしているだけだ。

 ヒナがいなければ、神魔達が助かる道を見いだす事も出来なかった。だからこそ大貴にとってヒナは恩人。感謝こそすれ、責める気持ちなど一切ない。

「っ、そうでした……皆さまにご紹介しておきたい者がおります」

 大貴の言葉に感無量といった表情を見せていたヒナは、ふと何かを思い出したように口を開く

「紹介したい人……?」

 詩織が首を傾げていると、ヒナの言葉を待っていたかのように、部屋の扉が開き、そこから一人の女性が洗練された所作で入室してくる。


 扉の向こうから現れたのは、人形のように顔立ちが整った美女。ガラス細工のように透き通った琥珀色の瞳が印象的な女性は、顔と手の先だけが素肌を晒しており、それ以外は、まるでメイド服のような形状をした金属製の装甲――あるいは、鎧と思しきものに包まれている。


「『ロンディーネ』と申します。よろしくお願いいたします」

 ロンディーネと名乗った女性は、その場にいた全員を見まわすと深々と頭を下げる。

「彼女は、『魔動人形マキナ』といって、科学と魔法の技術によって生み出された『独立自我保有型』の魔導機械生命体です。

 皆様の身の回りのお世話をはじめとした家事全般をこなし、必要とあれば護衛として戦闘も行ってくれます。……まあ、皆さまには必要がないでしょうが」

 そう言って、ヒナは小さく微笑む。

 そこにいるのは、天使二人に、人間の神。詩織を除外しても、人間界全土の軍事力を単体で上回る全霊命ファーストが三人もいるのだから、護衛などあってないようなものだ。

(って、あの人ロボットみたいなものなの!? どう見ても人間にしか……いや、地球人よりも美人だけど)

 唖然として、ロンディーネを見た詩織は、来ている物以外人間と大差ない――むしろ人工のものである分整った容姿に、驚愕の表情を浮かべる。

 その横で、大貴に向き合ったヒナは、その胸に手を当てて微笑みかける

「それと、光魔神様に関しては私がお世話をさせて頂きます」

「いや、俺は別に……」

 この世界の姫にして、次期王であるヒナに「お世話させてもらう」と言われて恐縮する大貴に、ヒナが視線を向ける。

「王の命令ですから、拒まれては私が王に怒られます。どうか、容認していただけませんか?」

「……っ」

 絶世の美人であるヒナに懇願された大貴がそれを拒めるはずもなく、大貴は無言でその願いに首肯の意を示す

「ありがとうございます」

 大貴の許可を受けて、微笑んだヒナが「よろしくお願いします」と頭を下げるのを見ていたクロスは、誰にも聞こえないように小さく呟く。

「……なるほど」

「キュウッ」

 大貴の頭に止まった白い小竜「ザイア」が、それを祝福するように歓喜の声を上げたのを見て、口元に手を当てたヒナが小さく微笑む。

「あらあら、すっかりザイアに気に入られているのですね」

「これ、なんとかならないのか?」

「はい。……ザイア、こっちに来てください」

 頭から離れてくれない小竜に困惑する大貴に言われ、ヒナがザイアに手を差し伸べる。

「キュイッ」

 しかしヒナが手を差し伸べても、ザイアは断固拒否と言わんばかりに顔を背ける。

「……普段は私か、父の言う事ならすぐに聞いて下さるんですが……無理のようです」

 さすがに驚きを隠せない様子で、ヒナが申し訳なさそうに言う

 その一方で、大貴の頭に乗ったザイアは、御満悦といった様子で大貴の頭の上で丸くなり、身体を擦り寄せる。

「た、大貴。私も触っていい……?」

 白い小竜の可愛らしい仕草に胸をときめかせる詩織は、目を煌めかせてザイアを見る。

 竜とは言っても、大きさは子犬ほど。シャープでスマートな体型をしているその姿は、まるで子猫のように愛らしく、思わず可愛いと叫んでしまいそうになるほどの説得力がある。

「……何で俺に許可を取る?」

「そうよね。ザイアちゃん」

 呆れたような大貴の言葉に軽く返して詩織が手を差し伸べると、それに触れられるのを拒むようにザイアが飛翔する。

「……あれ?」

「ザイアは、この王宮でも、王をはじめとした限られた人にしか懐かないんですよ。歴代王の肩にその身ありと謳われる神聖な竜ですから」

 ザイアに逃げられ、やや悲しい表情を浮かべて肩を落とす詩織を、ヒナが慰める。

 元々ザイアは、その愛らしい姿に反して人に懐かない。ザイアが懐くのは人間界王とごく一部の人間に限られる。これほど気に入られている大貴の方が珍しいのだ

(やはり、光魔神様がいいのですね……・)

 詩織の手が離れたのを見ると、ザイアは再び大貴の元に舞い戻り、肩に止まる。

「そういえば、『至宝竜』って呼んでましたよね」

 ザイアに触れなかった事に肩を落とす詩織は、気を取り直すようにヒナを見る。

「ええ、この人間界が創世され、人間を生み出した光魔神様が、人間のために作り出された究極の力――『十二至宝』の一つです」

「じゃあ、この子、人間が生まれた頃から生きてるんですか?」

「はい、そうなりますね。多分、この人間界で一番長生きなんじゃないでしょうか」

 驚愕に目を見開く詩織に、ヒナが微笑むのを見て、ふと大貴が思いついたように訊ねる

「……そういえば、光魔神が創ったって言ったな」

「はい。ザイアにとって、光魔神様は親なのですよ。ですからよく懐くのでしょうね」

「キュゥイッ」

 その通りと言わんばかりに歓喜の声をかげたザイアを見て、大貴は小さくため息をつく

「いきなり子持ちか……」

 言いながらも、大貴の表情はまんざらでもないように見える。

(ま、あいつ面倒見はいい方だからね……悪い気はしてないんだろうけど)

 そんな大貴の様子を見た詩織は、内心で小さく呟いていた。

「では、皆さまに『カード』を」

「はい」

 ヒナに促されたロンディーネが、その場にいる全員に一枚ずつカードを手渡す。

「この貴賓室の個室の鍵です。城の中で行動するためのパスにもなっておりますので」

「なるほど……でも、何で大貴のだけ色が違うんですか?」

 手渡されたカードは、ヒナの説明によるとカードキーや、個人認証として用いる物らしいが、大貴の物だけが、詩織やクロス、マリアに手渡された蒼いカードとは違い金色に輝いている。

「皆様のカードは、効果期間の限られた物です。滞在期間が終了し次第、その効力が失われるようになっており、機密に触れるような場所への入室は許可されません。

 ですが、光魔神様の物は、その効果が永続され、さらにどんな機密も無条件で鑑賞できるようになっております」

(大貴の扱いだけ私達と違う。まあ、仕方ないんだろうけど……)

 人間の神である光魔神は、この世界の人間にとって特別な存在。そのため、大貴の扱いだけが特別になるのは、それだけ光魔神を人間界の人々が崇めているという事だろう。

 ヒナの説明に、詩織と同じような事を考えているらしい大貴だが、もう諦めているのか、渋い顔をするだけでそれ以上何も言おうとしない。

 その横でクロスとマリアはそれが当然とばかり、そのカードを自分達の光力に融合させていく。

(あ、なるほど……装霊機グリモアで使うんだ……)

 それを見ていた詩織は、納得してカードを身体に押し当てる。

 同時に、詩織の界能ヴェルトクロアに融合した装霊機グリモアにカードが吸収されて消滅し、そのカードの機能がインストールされる。

(便利なもんだ。あんなふうにも使えるのか……)

 それを横目にしながら、大貴もクロス達にならって自身の太極オールの力に、カードを概念として融合させる。


 装霊機グリモアは、霊的な力に融合させる事で、財布や荷物入れ、通信機などとして機能する。霊の力に概念として融合させて行使するため、戦闘中でも手放しで行使でき、戦闘での破損を避ける事が出来るメリットがある。

 しかし元々装霊機グリモアは、お金などをはじめとしたあらゆる物質や物体を、自身の神能ゴットクロアに概念、あるいは情報体として取り込み、それを自在に引き出し、やり取りする全霊命ファーストの能力を参考にして作ったものだ。

 そのため、全霊命ファースト神能ゴットクロアを用いる事で、装霊機グリモア用に作られた機構を使う事が出来る。


 クロス達に倣って金色のカードを取りこんだ大貴に、ヒナが穏やかな声音で話しかける

「光魔神様、これからご予定はございますか?」

「いや、特にないけど……何でだ?」

 大貴の言葉を聞いたヒナは、大貴に微笑みかける。

「もしよろしければ、城の中を御案内させて頂きたいと思うのですが……いかがでしょうか?」

「そうだな……じゃあ、お願いできるか?」

 暫し逡巡した大貴だが、このままここにいても特にする事もないと考え、ヒナの提案を受け入れる。

「はい、誠心誠意務めさせていただきます」

 大貴に提案が受け入れられた事に、ヒナが満面の笑みを浮かべる。

 うっすらと朱に染まったその表情には、光魔神たいきと行動を共に出来る純粋な喜びが滲み出ていた。

「あの、私も行っていいですか?」

「ええ、どうぞ」

 詩織の言葉に、ヒナが微笑む。

「俺はここで待たせてもらう。――目立つからな」

 クロスが染み一つない純白の翼を軽く動かして見せると、マリアも小さく頷く

「人間界の城内です。……滅多な事は無いでしょうから、私もここに」

 二人は、大貴の護衛のためにここに来ている。

 しかし、ここで大貴をわざわざ護衛する必要がないのも事実だ。いざとなったなら知覚で分かるのだから、その時に動けばいい――二人の考えはそれで共通しており、実際それで十分だった。


 人間界は、他の世界と最も強い関係を持ち、ある程度自由な往来を許可されている。しかし、人間が他の世界に行く事は多いが、その逆はほとんどない。

 いくら力を抑えていても、天使が城内をうろつけば否が応でも目につく。もちろん、その気になれば姿を見えなくする事も可能だが、そこまでする必要もない。


「お召し物と装霊機グリモアでございます」

 目立たないようにと言われ、人間の姿を取った大貴に、ロンディーネが服とカードサイズの機械を差し出す。

 詩織に渡した物とは異なり、性能を人間界の人間に合わせた服と装霊機グリモアを大貴が装備したのを見届けたヒナは、大貴と詩織に視線を向けて花のように微笑む。

「――では参りましょう」





 離宮を出た大貴達は、ヒナに先導されて居住区を出た廊下を歩いていた。大貴の肩には、白い小竜が我が物顔で陣取っている。

 時折すれ違う人々がヒナに一礼し、ヒナもそれに笑顔で返す。光魔神の事はまだ王宮でさえ一部の人間しか知らないらしく、大貴に挨拶をする者はいない。

 そうしてヒナを先頭に歩いていると、廊下の反対側から宙に浮かぶ水の玉に魚のような下半身を入れた美女がやってくるのが目に入る。

「っ、人魚だ……」

 魚のようでも、イルカのようでもある下半身に、目を瞠るような上半身。しかし、それ以外は水かきやヒレなどがある訳ではないその女性とすれ違った詩織が、目を輝かせてその後ろ姿を見送る。

 地球では空想上の存在に過ぎない人魚が実在している事に、興奮を隠せない詩織とは裏腹に、ヒナの表情にはわずかな影が差していた

「……ヒナ?」

 その様子を訝しんだ大貴が視線を向けると、その翳りを一瞬で払ったヒナが微笑む。

「彼女は、『夜の王族サングライル』の血族です」

「サング……?」

「七大貴族の一角です」

 一瞬だけ浮かべていた影を消し、普段と変わらない表情を見せるヒナの言葉に大貴は「七大貴族」という言葉を思い出して訊ねる

「七大貴族ってのは確か、人間界を統治しているって奴だったよな……」

 人間界王「ゼル・アルテア・ハーヴィン」が言っていた人間界を統治しているという「七大貴族」。その時の会話を思い出していると、ヒナの言葉が大貴の意識を現実に引き戻す。

「はい、七大貴族は、王族ハーヴィンに次ぐ権力を持つ貴族達の総称――王によって選ばれた貴族です。……ですが」

「ですが?」

 一瞬言葉を詰まらせたヒナは、先ほど消していた悲痛な色を持つ影を帯びた表情で、口を開く

「彼らは……人間の罪の証。負の遺産なのです」

 先程までの口調と違う重々しい口調。「負の遺産」という言葉が、そこに孕む大きな「何か」を否応なく感じさせる。

「どういう……?」

「はあっ!!」

 それを訊ねようと、口を開いた大貴の言葉を、力強い意志の籠った声がかき消す。

「何?」

 まるで地響きを思わせる一糸乱れぬ声が大気を震わせる。男女の声が入り混じったその声に廊下から外を見ると、眼下に広がる広場のような場所で、大勢の人間が武器を振っているのが見えた。

 人数は総勢三百人ほど。稽古中なのか、二人一組になって模擬戦を繰り広げているように見える。

「ああ、『騎士』の方々ですね。訓練をなさっているのでしょう」

 それを見たヒナは、小さく微笑んでから口を開く

「人間界に軍人として仕える者には、大別して『騎士』と『兵士』がいます。

 強力な界能ヴェルトクロアを持ち、単体でその戦力を振るうのが『騎士』。界能ヴェルトクロアはあまり強くなくとも、科学や魔法を併用し、統率のとれた戦術で戦うのが『兵士』です」

「なるほど……戦い方の差なんですね」

「はい」


 界能ヴェルトクロアは、神能ゴットクロアと比べて遥かに弱いが、それと同様の能力を持つ。――つまり、自身の力の許す限り、自らの望むままに現象を引き起こす事が出来る能力だ。

 それは、力が強ければ強いほど、強力な現象を引き起こす。そして現象そのものを支配するが故に、霊の力は物理に対して絶対的な優位性を誇り、物量の差を質によって覆す事が出来る。

 その強大な界能ヴェルトクロアで、文字通り一騎当千の力を振るって戦うのが「騎士」。

 しかし、霊の力は生まれつきのもの。生来の力の差を埋める事はできない。それを埋めるのが、科学や魔法といった力。それを用いて、統率された動きや戦術を用い、個ではなく集団の力によって戦うのが「兵士」だ。

 どちらかが優れているという訳ではない。それぞれが長所と弱所を併せ持ち、共に手を取り合って人間界を守る守護の要なのだ。


「彼らは、人間界でも最強を誇る『第一騎士団』ですね。一人一人が、軍隊と同等以上の戦闘力を持つ精鋭たちです」

「へぇ……凄い人達なんですね……」

「確かに……感じる力の大きさが桁外れだな」

 誇らしげに言うヒナの言葉に、そこにいる騎士たちの界能ヴェルトクロアを知覚した大貴は、その力の大きさに納得して目を細める。

「へぇ、その姿でもわかるんだ?」

 人間の姿のままで、知覚した事に感心している詩織に、大貴はさも当然のように言う。

「ああ、光魔神の姿の時ほどじゃないが、この姿でも知覚能力は働くみたいだ。……特にあいつ」

「あいつ? ……って、あの髪の白い人?」」

 大貴に促された詩織が視線を向けると、騎士たちの訓練を眺めている白髪の男が目に入る。

 降り積もった雪のように白い髪をオールバックにしたその男は、その髪と同様に白い衣を身に纏い、蒼いマフラーをなびかせている。

「ああ、あの髪の白い男……あの中でも別格だな」

 そう言った大貴の言葉に、ヒナがわずかに微笑んで口を開く

「さすがですね、光魔神様。彼は、人間界軍総司令官――『大元帥』『ガイハルト・ハーヴィン』です。我が人間界軍が誇る最強の騎士でもあるのですよ」

「ハーヴィン……って、ヒナさんのお兄さんか何かですか?」

「いえ、違います」

 詩織の言葉を否定したヒナに詩織が首を傾げる

「世間的には「ハーヴィン」と一括りにされていますが、正確には『王名十三家おうみょうじゅうさんけ』と呼ばれる『十三』の『ハーヴィン家』があるのです」

「そうなんですか……」

 納得したように頷く詩織に、ヒナが話を続ける

(そういえば、神魔さん達も、名字を名乗った事ないな……あれは、名字がなかったからなんだ)

 その説明に神魔達もそうだったと思い至った詩織が一人で納得していると、その耳にヒナが紡ぐ話の続きが届いてくる。

「ハーヴィンに限らず、人間界の姓名は血筋の証明ではなく、世界が認めた力を持つ者に与えられる『称号』なのです」

「どういうことですか?」

 王名に付随して姓名の話へと移行したヒナの言葉に、大貴は怪訝に眉を顰め、詩織は説明を求める。

「そもそも、基本的に九世界の九つの世界には、他の世界のような『姓名』――ファミリーネームや個人の出自を管理するシステムというものが存在しません。

 何しろ、殺されない限り死ぬことはなく、その力の及ぶ限りあらゆる事象を意のままにできる全霊命(ファースト)にとって、自らの出自や血統を証明する必要はありませんからね」

「確かに」

 そんな疑問に応じたヒナの口から語られる言葉に、大貴と詩織が合点が言ったように呟く。

 確かに、永遠の命を持つものにとっては、自らの出自や血統などそれほど重要ではないだろう。

全霊命(ファースト)は神から作られたものであり、私達人間も半霊命(ネクスト)ではありますが、光魔神様につくられたという点で、その存在の発生は全霊命(ファースト)と同様のものです。

 九世界の存在は例外なく単一の種族民族であり、文化や文明に基づく思想の違いなどはありませんし、近しい血筋や存在は、知覚能力によって判別できます――つまり、家系などにこだわる必要がないのです」

「なるほど。九世界は、最初から世界が国そのものってことか」

 さらに補足するように続けられたヒナの言葉に、大貴はその意味を正しく理解して呟く。

「仰る通りです」

 大貴のその言葉に、ヒナは恭しく目礼する。


 神、あるいは異端神から生まれた全霊命(ファースト)や人間界の人間にとって、神は有志に存在をしるものであり、世界そのものを一つの国として認識してきた。


 例えば地球のように、宗教や思想の違いによって生まれた数多の国が発展と衰退、統一と分裂を繰り返し作られたのではない。

 民の意志の根幹をなす世界観は最初から統一されており、民族や宗教の違いからくる諍いはない。

 良くも悪くも、国家や体制を形作る歴史が創世の頃から一貫して変わっていない。

 それはつまり、世界に生きる種族全ての者が限りなく近しい価値観と倫理観を最初から兼ね備えているということ。


「なるほど。それで、こういう世界観なのか」

 光魔神である大貴には分かるが、知覚能力があれば、人間界の人間や天使、悪魔など、同じ世界の存在を認識することは造作もない。さらに血の濃さを知覚で判別できれば近親相姦はない。

 ならば、確かに世界が個人の出自を管理を証明する社会を構築する必要などないだろう。

「民族やら宗教やら国やら、面倒な柵は最初からない。だから、九世界は能力主義ってことだな?」

「はい。そして、その力の証として、人間界は個人に『姓』を与えています」

 ここまでの話を理解した大貴の言葉に、ヒナはこれまでの総括的な意味合いで応える。

「だから、称号なんですね」

 それを聞いた詩織も、姓名が称号であるといったヒナの言葉の真意を理解して言う。

「その通りです。つまり『ハーヴィン』とは、血筋ではなく、『神に最も近い力を持つ人間』として、ある一定以上の力を持っている者のみが名乗る名です。――今では王名十三家に名を連ねる者達ですね。

 確かに遺伝の影響は無視できませんが、たとえハーヴィンの名を持つ者から生まれても、その力が弱ければ、『ハーヴィン』を名乗る事は許されません」

(結構シビアなんだ……)

 自らもそうであるためか、毅然とした態度でいうヒナの言葉に、詩織は心の中で呟く。


 神能ゴットクロアにしろ、界能ヴェルトクロアにしろ、その力の成長限界は生まれた瞬間に決まっている。

 もちろん強い親から生まれた方が、強い力を持つ子供が生まれる確率は高い。しかし、それがすべてではないのも事実。

 だからこそ、「ハーヴィン」と呼ばれる十三家は、とは、その血が偏らないように婚姻を繰り返し、神に最も近いその力と、限りなく純血に近い血統を維持している


「ってことは、人間界の王っていうのは一番強い奴ってことなのか」

 ヒナの説明を聞いていた大貴は、王家(ハーヴィン)の名を持つ人間界王の娘の横顔を見て、ふと思い至った事を口にする。

「そうじゃない? でも、実力主義の権力争いって、それはそれで大変そう」

 大貴のその言葉に、詩織はわずかに顔を曇らせて答える。

 力ある者にしか王家名(ハーヴィン)を名乗れないのなら、王はその中で最も強いものということになる。

 常に力で鎬を削っているのならば、王の座を奪われまいと研鑽を怠ることはできず、気の休まる時はないのではないかと心配になってしまう。

「いえ、それは問題ありません。王は、王が選ぶのではありませんから」

「え……?」

 しかし、大貴と詩織の言葉を、杞憂だとばかりにヒナが微笑交じりの軽い口調で否定する。

「人間界の王を選ぶのは、王がかぶっている王冠――『十二至宝』の一つにして、その中核を成す『至宝冠しほうかん・アルテア』です」

「アルテア……」

 その言葉を反芻する大貴の視線を受け、ヒナが小さく頷く。

「はい。王と次期王にのみ許されるミドルネーム『アルテア』とは、この至宝冠に選ばれた者の証です。至宝冠アルテアは『神意』を司る至宝。

 神の代行として最も相応しい者を王として選ぶと言われ、現に今まで選ばれた王は、完璧とはいえないまでも、善政と呼んで差し障りのない政治を敷いて来ました。――故に、至宝冠の決定に異議を唱える事は、王にすら許されません」

「あの王冠、そんなに凄いものだったんですね」

(ま、そんな風に王が選ばれるなら、王制もうまくいきやすいって事か)

 感嘆する詩織を横目に、大貴は内心で九世界の現状に納得する。


 王制は頂点の一人が世界を動かすため、民主主義のように会議だのなんだので執政が滞る事は無い。優秀な者を常に王として据え続けられるなら、最も優れた成果を出せる政治と言えるだろう。

 にも拘らず、地球の歴史でそれが芳しい成果を残せていないのは、良くも悪くも自分の子に権力を与えたいという親心で出来の悪い子供に王位を譲ったり、権力に飢えた重臣たちが幼い王を立てたり、世代を重ねていくにしたがい、王の器ではない者が王として君臨し、結果的に政治が腐敗していくからだ。


 だからといって民主主義を掲げて大統領制を敷こうと、人が人を選ぶ以上、「王の器」を見極める事は難しい。なぜなら、人に選ばれた(・・・・)王が、優れた王(・・・・)だとは限らないからだ。

 結果、長く続く政治はやがて停滞し、腐敗していくのだろうが、人の意志で王を選ばないのであればその心配は少なくて済む。――それが良い事か悪い事かは別として。



「そんなところで見ておられず、もう少し近くで見てはいかがですか?」

 その瞬間、不意に響いた声に詩織は思わず目を見開く。

「っ!!」

(嘘、いつの間に……!?)

 咄嗟に詩織が声のした方へ視線を向けると、先ほどまで下で騎士たちの訓練をしていたはずの白い髪の騎士が、いつの間にかヒナの横に佇んでいた。

 ヒナと大貴はそれに気付いていたらしく、特に驚いた様子は見せていない。ただし、ヒナは騎士に視線を向け、大貴はあえて逸らすという対極的な反応をしていた。


 雪のように白い髪をなびかせ、力強さの中にも優雅な気品を纏ったその男――人間界軍総指令「ガイハルト・ハーヴィン」は、勇者のような威風と、人を惹きつける存在感を宿して、天に浮かんだ月を思わせる金色の瞳を瞼の中に隠して一礼する。


「いえ、皆さんの修練の邪魔をするのは、憚られたものですから」

「御謙遜を。励みにこそなれ、邪魔になどなるはずはありません」

「何かお話があるのでは在りませんか? まさか、私に挨拶をするためだけにここに移動してきたとは思えないのですが……」

 ヒナの言葉に本心で答えたガイハルトに、ヒナが全てを見透かしたような視線を送る。

 いくらヒナが次期王であり、王女であろうとも、騎士の頂点であるガイハルトがわざわざ挨拶に来る必要はない。まして修練中なら尚の事だ。

「おや、手厳しいですね。……何、少々こちらの方に興味があったものですから」

 その言葉に軽く肩を竦めた男は、一転して鋭い視線を大貴に向ける

「ヒナ様、この方が……」

「はい」

 ガイハルトの言葉に、ヒナが小さく頷く。それだけでガイハルトは、大貴が何者かを瞬時に理解していた。

 ガイハルトは、王名十三家に列なるハーヴィンの当主の一人。当然光魔神の事も聞いている。ヒナと行動を共にし、肩にザイアが乗っているのを見れば、確信に近いものを抱くには十分だ。

「失礼いたしました。人間界軍総指令を拝命しております――『ガイハルト・ハーヴィン』と申します」

「……大貴だ」

 恭しく一礼してきたガイハルトに、大貴が小さく応じる。

 光魔神と答えなかったのは、まだ光魔神を公にしたくない人間界への配慮と、光魔神以外の呼び名で自分を呼んで欲しいというかすかな願望によるものだ。

「では、大貴殿。是非、私とお手合わせをお願いしたい」

「……は?」

 予想もしていなかった言葉に目を丸くする大貴を、ガイハルトの金色の視線がまっすぐに射抜いていた。



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