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魔界闘神伝  作者: 和和和和
人間界編
38/305

人間界王と人間界の事情





「うわぁ……」

 深紅の巨竜艦「テスタロッサ」から降りた詩織は、思わずため息のような声を漏らす。それを聞いていた大貴は、内心で全面的に双子の姉に同意していた。

 そこにはヒナの護衛たちと同じ制服を纏った軍人らしき人々が、左右一列に並んで最上位の敬礼で道を創っている。

「少々大袈裟と思われるかもしれませんが、御容赦ください。我らの神の御来界に、皆歓喜しているのです」

 小声で囁いたヒナは、王族にして次期王というだけはあり、なんら臆することなく慣れた様子そこを歩いていく。

(き、気まずい……)

 さすがに軍人だけあってよく訓練されており、まるで壁のように並んだ屈強な兵士達に直立不動で見送られるのは、詩織のような小市民にはかなり心苦しい体験だった。

(それにしても……若いな)

 しかし、心苦しい思いをしながらも好奇心のままにその壁を構成する軍人たちを見ていた詩織は、内心で感嘆のため息をついていた。

 若いのだ。両サイドを埋め尽くす軍人たちの外見は、総じて二十代から三十代ほど。まれに四十代ほどの人も見かけるが、ほとんど年老いた人を見かけない

(階級の低い人だけがやってるのかな……?)

 そのやり取りを見ていた詩織は、漠然と『そう言えば、深紅の巨竜艦「テスタロッサ」の艦長「クーロン・ラインヴェーゼ」も若かったな』などと思案する

「到着早々申し訳ありませんが、これより皆様には人間界王様と謁見をしていただきます。父も光魔神様とお会いできるのを首を長くして待っておりますよ」

 場を和ませようとしたのか、ヒナは軽い口調で大貴に微笑みかける。

「……はぁ、俺あんまり偉い人と話すの得意じゃないんだけどな」

「大丈夫ですよ。光魔神様は、我らの神なのですから。むしろ、この世界で一番偉いのはあなたなのですよ。自信を持ってください」

 渋い顔でため息をついた大貴を見て、ヒナは口元に手を当てて上品な笑みを浮かべる。

「それもちょっとな……」

「では、参りましょうか」

 ヒナに誘われてドックから城の中に入ると、そこにはどこまでも続くのではないかと思われるほどの赤い絨毯が敷き詰められた廊下が続いていた。

 高い壁の両側にある大きな窓から光が差し込み、白い壁に反射してまるで煌めいているかのように見える。しかし決して眩しくは無く、優しく包み込むような光が廊下を満たしている。

「綺麗……」

「この少し先に、転移装置ポータルがありますので、それで謁見の間まで移動します」

 感嘆の息を漏らす詩織の言葉に、ヒナは静かに微笑んで応じる。


 転移装置ポータルとは、深紅の巨竜艦にも搭載されていた円形の台座。ポータル同士を魔法で繋ぎ、繋がったポータルへと、空間を跳躍して瞬時に移動する事が出来る技術の事だ。

 この城のように、移動が困難な巨大建造物に設置されていたり、重要な施設や場所への立ち入りを制限する目的で人間界では広く普及している。


「人間界は、九世界で唯一の『技術立先進世界』です。九世界の中で最も進んだ科学と魔法を持ち、他の世界への技術提供なども行っているため、人間だけは、必要最低限しか交流のない九世界の中で、唯一他の世界へのある程度自由な往来を許可されています。」

 歩きながら、ヒナが簡単に人間界の説明をする。


 実は、九世界同士の交流は極めて弱い。

 全霊命ファーストが支配する八つの世界は特にそれが顕著で、王や一部の重臣を除けば、他世界に戦闘以外の理由で関与する事はほとんどないと言ってもいいほどだ。

 そのため、法によって禁止されている訳ではないが、九世界に所属する者達が、特に理由もなく他の世界へ行く事はほとんどない。仮に他の世界に渡った場合、それだけで敵と見なされてしまう。

 その中で、ある程度自由な世界の往来を認められている人間は、九世界の中で他の世界と最も強い関係性を持っている。


(まあ、全霊命ファーストがいる世界には、産業なんてないらしいからな)

 わずかに翳っているように見せるヒナの表情を見て、大貴はある程度、人間界の事情を察していた。


 人間界が技術を発達させたのは、全霊命ファーストの力の前で半霊命ネクストである自分達がいかに矮小な存在かを知っているからだ。

 力で及ばないのならば、知識やそれ以外で対抗するしかない。先ほどの戦艦の群れをはじめとした目も眩むほどの軍事力も、人間の弱さ――あるいは劣等感が生み出したものなのだろう


 そんな事を考えていると、ヒナがふと足を止める。

 ヒナが足を止めたのは、床に埋め込まれた水晶のような物の上。それと同じものを巨竜艦の中で見ていた大貴達には、それが床に埋め込まれた転移装置だとすぐに理解できた

 それに倣ってその上に立った大貴達は、床の装置から発生した光に包まれ、その場から一瞬にして姿を消した。



「この先が謁見の間です」

 転移装置によって移動した大貴達は、荘厳な扉の前に移動していた。

 鉄のように重々しいが、ただの金属のような冷たい印象は無い。まるで木製の扉のような温かさを感じるその扉の前で立ち止まったヒナは、大貴に視線を向ける。

「謁見の間は、王への来客を最初に出迎える場所でして……本来でしたら、貴賓室などにお通しするべきなのですが、なにぶんその部屋では少々狭かったもので……申し訳ありません」


 そもそも謁見の間は、王への拝謁を申し出た人物……つまり、王が招いたのではなく、王に会いに来た来客を最初に出迎え、その人物の話を聞き、処遇を見極める場所だ。

 その人物が危険人物である事までも考慮し、大勢の護衛や、戦闘出来るだけの空間を確保されたその部屋に、王が招いた客人――しかも、人間の神である光魔神を招くのは失礼に当たる事だ。



「……その言い方だと、この扉の向こうにはかなりの人数がいる事になるんだが……」

 しかし、大貴にとってヒナが懸念しているような事は大した問題ではない。むしろそれ以上にヒナの言葉に嫌な予感を感じていた。

「はい。王をはじめ、人間界の重臣重鎮たちが大勢控えております」

「……勘弁してくれないか」

「こら、お姫様にタメ口聞かないの」

 自分の予想が的中していた事に頭を抱える大貴の言葉使いを、詩織が注意する

「構いませんよ。この世界の頂点は光魔神様です。私も含めて、この扉の向こうにいる者達も――王ですらも、光魔神様より格下です」

 しかし、詩織の言葉にヒナが微笑み返す。

 ヒナの言う通り、光魔神は全ての人間の神。人間の中にあって、その王ですらその存在には遠く及び得ない

「そうなんですか……じゃあ、諦めなさい。大貴」

「他人事だと思いやがって……」

 ヒナの言葉に、光魔神がこの人間界でどれほどの存在なのかを再認識した詩織の言葉に、大貴は深いため息をつく。

「では、中に入りましょう」

 ヒナに促されて扉の前に立つと、荘厳な扉が静かな音を立てて内側に開いていく。

(自動ドアなんだ……)

「キュウッ」

「っ、なんだ!?」

 扉が自動で開いた事に詩織が感嘆の息を漏らしていると、その中から飛び出してきた「何か」が、大貴の顔に張り付く。

「……竜?」

 それを見た詩織が呟き、顔に張り付いたそれを捕まえた大貴も、同様に目を丸くする。

 大貴の顔に張り付いていたのは、白い体に黒い角、黒い紋様の入った子犬ほどの大きさの竜。小さな翼を羽ばたかせる小竜は、甲高い声を上げて嬉しそうに大貴の周りを飛び回る。

「さすがですね、光魔神様。もう『ザイア』に気に入られるなんて」

 その光景を見て、ヒナは優しく目元を綻ばせる。

 大貴に嬉しそうにじゃれつくザイアと呼んだ小竜は、本来この人間界でも、王と次期王をはじめとするごく一部の人間にしかなつかない神聖な・・・存在。

 しかし、大貴が光魔神である事とザイアの存在を考えれば、目の前の光景は必然なのだが、なぜか自然とこぼれる笑みを止める事は出来なかった。

「この子、ザイアっていう名前なんですか?」

 大貴に視線を送っているヒナに、詩織が声をかける

「正確には、『ザイアローグ』です。『至宝竜・ザイアローグ』」

「至宝……?」

「その話は後でしましょう。王がお待ちです」

 扉の前での立ち話を遮り、ヒナに連れられて部屋の奥へと移動する。

 扉の先に広がる謁見間の奥は一段高くなっており、広間全体を見下ろす事が出来るようになっている。そこに置かれた玉座には一人の男が悠然と座り、その両側には二人の女性が佇んでいる。


 玉座に座る男は、金色の紋様で縁取られた蒼い厚手のマントを羽織り、薄い金色の髪をオールバックにして、髪と同じ色の豊かな口ひげを蓄えている。

 その頭には、天を衝く角のような金色の王冠を戴き、その王冠の存在感に振り回されない風格と威厳を持ち、まさに王としてこの場に君臨していた。


「よく来て下さいました、光魔神様。私は、人間界王を任されております『ゼル・アルテア・ハーヴィン』と申す者です。」

 大貴の姿を見止めたゼルと名乗った人間界王は、玉座から立ち上がり軽く頭を下げる。

 深々と平伏する事や跪く事はなかったが、王という立場かなければそうしていたかもしれないと思われるほどの畏敬の念が、その言葉にははっきりと宿っていた。

「い、いやちょっ……」

(大貴も大変ね……いきなり王様に頭下げられるなんて……)

 苦笑をかみ殺しながら、困惑する大貴を見て楽しんでいる詩織の視線の端で、王の隣にいた女性の一人が前に一歩進み出る

「人間界王妃『フェイア・ハーヴィン』と申します」

 亜麻色の髪を結い上げ、整った顔立ちをした美女が目を瞠るほどの所作で優美に一礼する。その姿は、二十代と言われてもすんなりと受け入れられるほどに若々しく、活力に満ちている。

(若っ! でも王妃って事は、王様の奥さんで……ヒナさんのお母さん!? あの若さで!?)

 詩織がその美しさに目を奪われていると、反対側にいた女性が前に出る。

「『シェリッヒ・ハーヴィン』と申します」

 ウェーブがかかった金色の髪を黒いカチューシャで抑えた、人形のように整った顔立ちの美少女がフェイアと同じような所作で一礼する。

「彼女は私の妹です」

 シェリッヒと名乗った少女が一礼するのを見て、ヒナが小声で大貴に囁く。言われてみれば、儚げな風貌や顔立ちがどことなく似ているように見える

「此度は、我等の神であるあなた様をお呼び立てするような無粋な真似をいたしました事を、お許しください」

 ゼルの言葉に困惑する大貴を見ながら、気付かれないように周囲を見回した詩織は、息を呑む。

(それにしても、すごい数の人……)

 名乗ったのは、ハーヴィン――つまり、人間界の王族。しかし、周囲を見回せば、先ほど名乗った三人以外にも、部屋の両側やいたる所にこの城で働いているらしい人々が顔を連ねている。

「光魔神様。本題に入る前に、一つお願いしたい事があるのですが」

「……?」

 不意に声音を鋭い物に変えた王の言葉に、ヒナまで含めたその場にいた全員が、怪訝そうに眉をひそめる。

「不躾なお願いとは存じますが、光魔神様がゆりかごの世界などに転生するはずがないと、半信半疑の者もいるのです。よろしければ、その力をこの場にいる者たちの前で披露していただけませんか?」

 ゆりかごの世界は、光魔神の力に列なる人間界の人間とは異なる人間。もし転生するなら、人間界の人間が適当だという話は、以前神魔やクロスから聞いている。

 細かい事情を知らない人間界の人々が、その疑念を抱くのは当然の事だった。

「……どうすれば?」

 それを理解している大貴は、静かにゼルに言葉を返す

「ほんのわずか、力を解放して頂けますか? ですが、今ここにあなたがいると知られるのはあまり好ましくありません。城自体に力の感知を妨げる結界が施してありますが、あなたの力を隠せるほどの力はありませんので」

 光魔神の姿を維持している今の大貴は、ヒナに言われた通りに力を抑えている。


 全霊命ファーストの持つ神能ゴットクロア半霊命ネクストの持つ界能ヴェルトクロア。格が違っても、霊の力とは即ち存在の力。それを消す事は、この世に存在しない事を意味し、その力を完全に隠す事や消す事は原則として出来ない。

 しかし、それにも例外がある。霊の力は、微生物なども必ず保有している。もし人間の目に微生物が見えれば、視界が覆われてしまうように、それらすべてを知覚していては、周囲一面が知覚した存在で覆われてしまう。

 そのため、全霊命ファースト半霊命ネクストも、ある一定以上よりも弱い力を感知しないように、無意識で知覚から切り捨てている。

 つまり、意識的にその知覚の最低感知範囲よりも力を抑えれば、意識して感知範囲を広げない限り、知覚能力をすり抜ける事が出来る。

 これを「力を隠す」あるいは、「気配を消す」といい、現在、大貴は意図的にこの状態を作り出しているのだ。


「……分かった。言っとくけど、俺の覚醒はまだ不完全なままだ」

「存じております」

 ゼルの言葉に頷いた大貴は、クロスと軽く視線を交換して抑制していた力を解き放つ。

 存在の圧力だけで半霊命ネクストを殺してしまうほどの力を持つため、意図的にそうならないように繊細な制御によって調整した太極オールの力で、その場の全員を威圧する。

「ぐっ……!」

 世界を塗りつぶすほどの白と黒、光と闇の力の圧力。その圧倒的な力に、耐性の弱い者は膝をついて崩れ落ち、人間界王たちも、直立不動を保ちながら懸命に堪えている。

 大貴が力を解放したのは、ほんの一瞬。時間にすれば十秒程度の力の解放で、その場にいた者達の一割程度が膝をついていた。

「……こんなものでどうだ?」

「ええ、十分でしょう」

 ゼルは、大貴の力の圧力に屈して膝をついている面々に視線を向けて、どこか満足げな笑みを浮かべる。

 そのしてやったりといった表情に、ゼルが今膝を屈している者達に対して、「何か」を示したかったのだと、その思惑にクロスやマリア、大貴は薄々感づいていた。

「では、本題に入らせて頂きます」

 満足げな笑みを浮かべたゼルは、玉座に腰を下ろすと、再び力を抑えた大貴に視線を向ける。

「我らがこうして、あなたをお招きしたのには大きく二つの理由があります。一つはヒナから説明があったと思いますが、この世界に定住していただきたいという我等の願望と希望」

 大貴をまっすぐに見据えるゼルの言葉に、大貴たちは無言で耳を傾ける

「……そしてもう一つは、人間界統制のために、あなたの存在の力をお借りしたいのです」

「……存在の力?」

 大貴が怪訝そうな表情を見せると、ゼルはその説明を続ける。

「簡単に言えば、人間の神『光魔神』という名前です。……光魔神様は、十世界という集団を御存じですか?」

 その問いかけに無言で首肯すると、ゼルはそのまま話を続ける。

「九世界全てを一つの世界に統一する。――実に綺麗な、しかし実現不可能な夢物語に過ぎない理想を掲げる奴らは、当然この人間界にもその旨を伝えて来ています。

 しかし、そんな世界を作れば、世界はより混乱するでしょう。どんな世界を作ろうと、世界が不変では溜まった水と同じく澱み、腐ってしまう。――水は流れているからこそ清流なのです。

 そしてその流れは、争いによって生み出されます。しかし、世界が争いのない世界へと統一された後に生まれる争いは、『技術開発』と『経済発展』の二極へと集約されるでしょう」

 断じるようにゼルが言う。


 世界や人は、不変ではなく、常に変わり続けている。そしてその「流れ」を生み出すのは、「争い」。命を奪いあう争いに限らず、経済、成績、技術など、その形は様々だ。

 もし、それらをしない争わない世界になれば、人は何もしなくなる・・・・・・・。――挑む事も、変える事も、変わる事も、競う事もせず、ただ与えられたものを享受し、それ以上のものを得ようとしないのなら、それを生きているとは呼ばない。それでは生きてすらいない・・・・・・・・


「しかし、それは未曽有の危機を招く選択肢なのです。本来それらを必要としない全霊命ファーストをその規格に押し込めれば、不満のみが蓄積し、どのような形で発散されるかも分かりません。

 さらには、経済的優位性を得るために、様々な非道な手段が横行する事になるでしょう。ただ陰湿で、悪質な手段で、相手を引きずり落とす混迷した世界になりかねないのです」


(なん、私達の事を言ってるみたい……)

 ゼルの言葉を聞いていた詩織は、漠然とそんな印象を抱いた。


 地球では、戦争を忌避し、政治をはじめとする様々な手段で世界を統治してきた。しかし、戦争をしなくても、人はいわば「経済戦争」とでも言うべきものを今でも繰り広げている。

 いかに利益を得るか、収益を上げるか。時に騙し、謀り、時に安全性やそれがもたらすであろう危険性に目を瞑って、国や会社、個人の利益を追い求めている。


 残酷な言い回しをすれば、戦争で死のうと、貧しくて死のうと、人が人を殺すという結果は何も変わっていない。


(だからって、戦争や殺し合いは嫌だけど……)

 もちろん、戦争を望んでいる訳でも、戦争をするべきだと思っている訳ではない。むしろ戦争は忌避されるべきだと思っている。

 だが、それだけではいけないのではないかという考えも、形のない漠然とした物として詩織の中に、確かに生まれていた。


「今の世界体系は、九世界創世以来から受け継がれてきた『摂理』に限りなく近いものです。無論、新たな変化を恐れ、拒んでいると取られるかもしれません。

 ですが、新しい風を入れる事が必ずしも最善の手段ではないのです。新しく入れた風が自分達に害を及ぼすものでないとは限らないのですから」

 ゼルが話を続ける。


 九世界の「法」とは、その下敷きに摂理を用いている。即ち、この世界が出来た当初からある――あるいは、神によって定められていた最も平等で、最も矛盾がなく、最も単純で、最も残酷な理。

 強い者が弱い者の上に立つ「弱肉強食」も、そんな節理の一つだ。より強い者が弱い者を支配して社会を作り上げる。九世界は、そうして世界を作り、殺す事を容認する代わりに、殺される覚悟を要求して世界を運営している。

 対して地球では、人間の都合のいいように法を作ったため、大きな矛盾が生じている。直接的な命のやり取りは禁じているが、結局のところ経済的、社会的強者が弱者を食い物にしており、「弱肉強食」の摂理から脱却できていない。むしろ、直接的ではない分、陰湿なのではないかとも思える。


 結局のところ、九世界と地球の法の大きな違いは、「喧嘩とイジメ。どちらかを取らないといけないなら、どっちがいい?」と訊いているようなものだ。――そこには、直接的か間接的かの違いしかない。


「さらに問題なのは、我等人間の中にも、それを分かっていながら・・・・・・・・、十世界に迎合しようとする者がいる事です」

 ゼルは、表情に険しいものを浮かべて、大貴を見据える。

 人間の中にも、十世界の考えに共感する者はいる。それは仕方のない事だとゼルも分かっている。十世界の掲げる理想の素晴らしさは、少なからずゼルの心にも響いているのだから。

 しかし、ゼルが問題にしているのは、十世界の理念を否定しながらも・・・・・・・、十世界を利用しようとしている・・・・・・・・・・者達だ。

「彼らの目的は、十世界が掲げる混濁者マドラスの容認。元々全霊命ファーストと比べて弱い半霊命ネクストである我等人間は、少なからずその力の差に恐怖を抱いて来ました。その結果、過ちを犯してしまった歴史も、この世界は確かにあります。

 全霊命ファーストに怯える者達は、現在認められていないその法を合法化し、人間と全霊命ファースト混濁者マドラスを、この世界の軍事力として囲い込む算段を立てているのです」

「なっ……!?」

 ゼルの言葉に、その場にいたヒナを除く全員が目を見開く。

 全霊命ファースト半霊命ネクストの間に子供を作る事は、九世界で禁忌とされている。そうして生まれた混濁者マドラスである子供は、世界から殺されるために生き続けなければならなくなる。

 それを、人間と天使の混濁者マドラスであるマリアを見て知っている大貴と詩織は、今忌み嫌われている存在を、自分達の都合で一時的に合法化して兵器として利用しようとしているという事に、憤りを隠せない。

「しかし、我らの側に現在九世界最強の存在である光魔神あなたがいると分かれば、そのような愚行に出る者を御する切り札になります」

 声音は静かだが、強い決意を込めた口調でゼルが言う。


 これを計画している者達をそこまで駆り立てるのは、全霊命ファーストに対する劣等感と恐怖。自分達よりもはるかに優れている全霊命ファーストがいつか自分達を攻撃してくるのではないかという疑心暗鬼に陥った者たちが、そのような大それたことを考える。

 しかし、そこに光魔神が現れれば話は変わる。

 異端とはいえ、神の名を持つ上、最強の異端神の中でも突出した力を持つ光魔神の力があれば、他の全霊命ファーストなどおそるるに足りないほどの力を得る。――そうすれば、そんな事を考える者達の数を大幅に減らす事が出来るだろう。

 光魔神の名と存在、その力は、そこにあるだけ・・・・・・・で、それほどに人間界に多大な利益をもたらす事になる。


「話は分かった。要は、俺を人間界を纏めるために使いたいって事だな」

「はい」

 大貴は口元に手を当てて、思案する。

 大貴にとっては、人間界という場所は、今のところ特に思い入れがある訳ではない。勇者や救世主を気取る訳ではないが、見捨てるという選択肢も無い。

 しかし、自分の名にそれほどの力があるとしても、有効に使わなければ意味がないだろう。

「……だとしても、どうするんだ?」

 大貴の質問の意図を正しく理解しているゼルは、それに対してあらかじめ用意していたのであろう案を答える。

「はい。光魔神様の許可をいただき次第、人間界を統治する『七大貴族』の主だった者達を招き、あなたを主賓に据えたパーティを催してその者達にあなたの存在を広めたいと思います」

 ゼルの言葉を補足するように、ヒナが話を続ける

「人間界は、王族を中心に、王によって認められた『七大貴族』が治めています。その者達を一つにまとめ上げれば、人間界全体の主だった者達の混乱を収拾する事も可能かと」

「……そうか」

 ヒナの言葉に、大貴は小さく呟く。


 王制を敷いているという事は、裏を返せば、世界に対して影響力を持つ人間がごく限られているという事。

 世界の権力者のどの程度が、ゼルの言う計画に加担しているのかは分からないが、その何人かを抑えるだけでも計画を妨げる事や、頓挫させる事は可能になるだろう。


「本来であれば、人間の世界の事は、人間王である私が解決すべき問題です。神であるあなたの名を利用しようなど、身の程を弁えぬ蛮行。

 全ては我が力が及ばぬが故。しかし、恥を忍んでお願い申しあげます。光魔神様、どうかそのお力をお貸し下さい」

 光魔神は、人間の神。確かに人間の被造主ではあるが、人間を統べるのは人間の務め。少なくとも、これまでの王達や、今日までのゼルもそうしてきたはずだ。

 ゼルにとってみれば、まるで親の七光に縋るようなもの。しかし、それでもゼルは王として、この世界を無用な争いに巻き込まないために、そして、兵器として飼われる哀れな混濁者マドラスの子を生みださないために、誇りも恥も捨てて()に懇願しているのだ。

 それがわかってしまった大貴は、深々と頭を下げるゼルを見て、大きなため息をついて視線を横にずらす。

「……また、晒しものになるのか。……俺は人の注目を浴びるのは苦手なんだ」

「光魔神様……!」

 遠回しに同意を示した大貴の言葉に、ゼルの目に歓喜の光が宿る。

(ま、あんたならそう言うでしょうね)

 ゼルに深々と頭を下げられなくても、目の前で困っている人を大貴が本当の意味で見捨てられない事は、生まれた時からずっと一緒に過ごしてきた詩織には手に取るように分かる。

 光魔神になって、色々と変わって来たが、その心の根元では何一つ変わっていない大貴を見て、詩織は安堵の笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。では早速手配を」

 ゼルの言葉に、壁に控えていた数人が一礼して部屋を退出していく。

「パーティは、可能な限り早く開きます。それまではこの世界を見て、お過ごしいただきたく思います。――ヒナ」

「はい」

 ゼルの言葉に、ヒナは恭しく一礼する。

 最初から時からそうだったが、ヒナはゼルの事を父と呼ばずに「人間界王様」と呼んでいるし、ゼルもまるで臣下のようにヒナに接している。それが王族としてのやり方なのか、公私をしっかりと分けているらしい。

「光魔神様に関する事を全てお前に一任する」

「かしこまりました」




「……ふぅ、これで世界の大局は維持できそうだ」

 ヒナが大貴達を連れて去っていったのを確認して、ゼルは眉間に寄った皺を揉みほぐすようにしながら大きくため息をつく。

「ご苦労様です」

 疲れた息をつくゼルの肩にそっと手を置いて、フェイアが優しく微笑みかける

「そろそろ、ヒナに王位を譲るべきかもしれんな」

「……お父様」

 気弱な父の言葉に、金色の髪を持つヒナの実妹――「シェリッヒ・ハーヴィン」が、喪に伏すような表情を見せる。

 娘の懸念に、ゼルは真剣な眼差しで言葉を紡ぐ。

「わたしは、長く王位(この場)にいすぎたのかもしれん……『神の意志・・・・』がヒナを示した時点で、いずれはそうなるべきなのだからな」

 そう言ったゼルは、大きく息を吐いてから鋭い視線でヒナ達が去った扉を一瞥する。

「だから、その前に可能な限り憂いを取り除いてやりたいものだ」

「……ええ、そうですね」

 目を細め、穏やかな口調で言ったゼルにフェイアが応じる

「光魔神様の助力を得られたとはいえ、油断は禁物だ」

 しかし、フェイアの言葉にゼルはその表情に険しいものを浮かべる。

「この問題は、一歩間違えば、取り返しのつかない事になりかねん……それこそ」

 目を細めたゼルは、人間の神である大貴――光魔神の後ろにいたゆりかごの人間の事を思い出す。


 ゆりかごの世界に現れた正統な人間の神「光魔神」の実姉であり、ゼルをはじめとする人間界の正統な人間とは事なった異質な人間――ゆりかごの人間である「詩織」の姿を思い出し、ゼルの目に剣呑な光が灯る。


「かつて、我々人間が・・・・・ゆりかごの世界を・・・・・・・・生みだしてしまった・・・・・・・・・ように……」

 広大な謁見の間に重々しく響いたその声には、後悔や懺悔といった贖罪の感情と言うよりも、憤りに似たものが宿っていた。





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