人間界
「まあ、よく似合うわよ。詩織」
「……っ、そう?」
微笑む薫の言葉に、詩織は自分が纏っている衣装に目を落とす。
(コスプレみたい……ちょっと恥ずかしいな……)
詩織が纏っているのは、ゆりかごの世界では見かけないデザインの衣装。白地のブレザーに似た服は、燕尾服のように背中側で二つに分かれており、それは足元まで届くほどの長さになっている。
それに黒のスカートとタイツ、ブーツに似た履物を合わせた詩織は、素材が違うのか、とても着心地がよいそれらを来てやや照れくさそうな表情を浮かべていた。
霊衣に似たその服は、ヒナのドレスのような服、ヒナの護衛の着ている軍服のような堅苦しい物と比べて少々ラフに見える事から、私服のようなものなのかもしれない
「あの、何でこんな服を……?」
やや照れくさそうに衣装を着た詩織は、この服を差し出してきた張本人――ヒナに視線を向ける。
事の発端は、詩織が大貴と一緒に人間界に行く。と言った事だった。「弟だけでは心配だし、神魔達の事も気になるから」とお願いし、ヒナにやや強引に了承してもらった際に「では、これに着替えて下さい」と渡されたものだ。
「その服には、『魔法』が施されていますので。」
「……魔法?」
首を傾げる詩織に、ヒナがさらに説明を続ける。
「私たち半霊命が持つ霊的な力――全霊命で言えば神能に当たる力を、『界能』といいます。
神能に比べれば、極端に能力の低い界能ですが、一つだけ神能には無い利点があります。それが『魔法』と呼ばれる技術です」
本来、霊の力というのは、「存在」の力そのものであり、一切の霊がいなく世界の万物万象に宿っている。それこそ、目に見えない微生物や、風、土、空間のようなものまで、「霊」の力を宿していない者は存在していないと言ってもいい。
神能とは、その中で最も神格の高い力であり、全霊命のみが持つ力の総称だ。
当然、物質の身体を持つ半霊命にも「界能」と呼ばれる霊の力があるが、全霊命の持つ神能と比べると、「格」「力」全てにおいて遥かに劣っている。
「魔法とは、特殊な技術で霊的な『回路』を設置し、そこに界能を注ぎこむ事で、設定された概念能力を付与する霊的技術の総称です。
例えば『斬ったものを焼き尽くす剣』、『永久機関』などですね。物理的限界を、霊的に超えさせた物理機構を実現させる事が出来ます」
ヒナの説明に返事を返す詩織だが、その口調は乾いており、全くその話を理解していないのが手に取るように分かる。
「へぇ、そうなんですか」
(何言ってるかさっぱりわからない……)
つまり、「魔法」とは科学で言うところの「回路」を「術式」という形で霊的な力に置き換えた物を総称する。
科学では機械が行う処理を、霊的な力へ置き換える事で、物質の限界を超えた現象を引き起こす技術といえる。
本来科学とは、「世界の理を解き明かし、その理にそって現象を顕現させる」技術だ。例えば、「火」を起こそうとした場合、「何故火が起きるのか」を考えて、理解することで、それを技術に応用する。
しかし、霊の力は、科学とは真逆で「自らが世界の理を定義」する技術。何故「火が起きるのか」を考えるのではなく、「火がある」という現象を、物理法則や過程を無視して顕現させる。
そして、物理を越えて現象を引き起こす「霊」の力を、現象を起こすために最適化された科学の回路に見立てて組み込む事で、物質が越えられない物質の限界を霊的に超越したものこそが、霊と物質の融合技術――「魔法」なのだ。
ヒナは、全く説明を理解できていない詩織に、さらに説明を続ける。
「その衣装には、『結界』の能力が織り込まれていまして、詩織さんを常に守護しています。……そうですね、かなり粗悪な霊衣のようなものと思って下さい」
「結界……って、人間界はそんなに危険なところなんですか?」
ヒナの説明に、詩織が息を呑む。
結界を言われて詩織の脳裏に真っ先によぎるのは、神魔やクロス達が「防御」のために展開するもの。
そのため、詩織がヒナの言葉から感じたのは、これまでは戦闘時にのみ使っていた防御用の結界を日常的に使うという事であり、その考えが、人間界と危険という概念を直結させる要因となっている。
しかしヒナは、詩織の言葉を軽く首を横に振って否定する。
「人間界は、この世界よりはるかに高位の世界です。当然、世界全体が保有する霊的な力も桁が違いますし、そこに住む生物の持つ界能は、あなた達よりもはるかに優れています。
普段のままで人間界に行ってしまったら、環境に耐えられずに死ぬか、体中に菌類が繁殖して一日と経たずに命を落としてしまいますよ?」
「……っ!」
ヒナの説明を聞いた詩織と薫の顔が青ざめる。
通常、空気の中には目に見えない微生物やカビの胞子が漂っている。人間は、それを免疫によって撃退しているが、当然それは人間界でも変わらない。
しかし、世界としてゆりかごの世界よりも遥かに上位に位置する人間界に住む半霊命は、そんな菌類ですらゆりかごの人間を上回る霊格を持つために、ゆりかごの世界の半霊命が無防備にそんな世界に立ち入れば、たちまち苗床にされてしまうのは明白だった
だからこそヒナが渡した衣装には、物理的な意味で身を守るという意味もあるが、それ以上に、そうならないための「結界」が張り巡らされているのだ。
(向こうに行った瞬間にカビの苗床か。確かに、笑えないな……)
その光景を想像しているのか、真っ青になっている詩織と薫を見て、大貴は内心で呟く。
本来、全霊命であれ半霊命であれ、その存在が持つ霊的な力――即ち存在の力が強いほどその力も強くなる。
九世界の中で、最も霊的に格の低いゆりかごの住人は、大気中に満ちている微生物やカビのような生物を拒むほどの力も持たない。
しかし、それはあくまでも「ゆりかごの人間」に限った話であり、正統な人間界の人間である人間状態の大貴やマリアの人間体には、そのような事前策は必要ない。
「それと、これを」
「これは……?」
絶句している詩織に、ヒナが一枚のカードを差し出す。
それは、手のひら大の綺麗なカード。しかし、ただの紙製ではなくその横に端子のようなものがついており、大き目のSDカードのようなものである事が一目で分かる。
「これは、『装霊機』です。使用者の界能に融合させる事で、後天的に様々な魔法を行使する事ができるようになる技術で、人間界では広く普及しているものです。
とりあえず、ここにはその服と同じ結界の能力がインストールされていますので、これを身体に融合させて頂ければ、服を変えて頂いても、脱いでいても、常時詩織さんの身が守られた状態にする事ができます」
「ああ、そうじゃないとお風呂とか困りますもんね」
ヒナの説明に納得している詩織に、ヒナが言葉を付け足す。
「本来は、財布や、空間収納、通信機などを能力としてインストールするものです。今は結界だけですが、必要ならば後天的に付与させて頂きます」
装霊機は、この世界で言えば携帯電話、あるいはパソコンのようなものだ。界能に融合させる事で、使用者の意思一つでそこにインストールされた様々な魔法――「能力」を行使する事が出来る。
一般的には、ヒナが言ったように「財布」、空間を歪曲させて物質を質量や大きさを無視して収納する「空間収納」、「通信機」などといった機能を搭載するが、詩織のように結界をはじめとした戦闘補助技術を積む事も少なくない。
簡単な説明を終えたヒナが、詩織の肌に装霊機の端子部分を押し当てると、装霊機本体が、量子化して詩織の身体に溶け込んでいく。
「ありがとうございます」
体に完全に溶け込んだ装霊機に驚嘆しつつ、ヒナに礼を述べている詩織の様子を見ていたクロスは、わずかに目を細める。
(あの服にしろ、装霊機にしろ、ゆりかごの人間には「気」が足りなくて、ほいほい使えるようなもんじゃない。性能を多少落としてゆりかごの人間でも使えるようにしたってところか。
まるで最初から誰かが人間界に来る事を想定していたような……というよりも連れて帰るつもりだったのか? ……どっちにしても準備のいい事だな)
内心で感心しながら、クロスは同じ事を思ったらしいマリアと視線を交わす
装霊機には、魔法の機構が組み込まれている。つまりその発動には、界能が必要とされるという事。当然、使われる能力が強いほど使用される界能の量も多くなる。
しかしゆりかごの人間の力では、さほど強力でない能力を発動させることも難しいはずなのだ。しかしその程度の事をヒナが知らないはずはない。つまり、それを詩織に使わせるだけの根拠があるという事になる。
恐らくは「特注品」。本来は使用者に最適化し、強化するために用いられる手段を、能力を下げる方向で行った物が詩織に提供されている。
「これで準備は終了です。では、参りましょうか」
微笑んだヒナの言葉に、詩織は薫に視線を向ける。
「本当にお母さんはいかないの?」
「う~ん……行きたいのは山々だけど、お父さんの事もあるし……私の代わりに詩織が行ってきて」
不安そうに見つめてくる詩織に、薫は小さく笑いかける。
「大丈夫。何かあったら大貴も、クロス君達もいるんだから大丈夫よ。」
「……うん」
詩織の不安を打ち消すように優しく言った詩織は、そっと娘の頭を抱き寄せる
「気をつけて行ってくるのよ」
「……うん」
「頑張りなさい」
頷いた詩織の耳元に、薫はどこまでも優しく、慈しむように囁く。
「……うん」
その言葉の意味する事に気付いた詩織はわずかに顔を赤らめ、その後に小さく頷いて見せる。
それを見ていたヒナは、そのまま視線をクロスとマリアに向ける。
「では申し訳ありませんが、天使のお二人も私たちの艦に乗ってくださいますか? このゆりかごの世界へは、秘密裏に来ておりますので、天使の方々を伴って帰るのは避けたいのです。マスメディアへの対応も面倒ですから」
「分かった」
(人間界にもマスコミってあるのか……)
頷くクロスとマリアの横で、大貴は人間界と自分達の世界の意外な共通点に感心していた。
「では、後の細かな話は艦の中でしたいと思いますので、早速参りましょうか」
全霊命には、自分達の力で次元をを超えて別の世界に移動できる能力があるため、事前にクロスとマリアにその移動手段の使用をしないように願い出たヒナが話を打ち切るのをまって、大貴が訊ねる。
「で? 艦ってのはどこにあるんだ?」
「はい」
その言葉に頷いたヒナは、ゆっくりとした動作で空を指差す。
「――衛星軌道上です」
艦があるという衛星軌道上へは、大貴が光魔神としての力で生み出した白と黒の結界にヒナとその二人の護衛、詩織を包み込み、クロスとマリアはその横を同じ速度で上昇している。
ヒナ達は別の手段で地上に下りて来たらしいが、たっての希望もあって大貴がヒナ達を運ぶ事になり、詩織もそれに随伴する事でこのような移動手段を取っている。全霊命にとって、大気圏も宇宙空間も、なんらその行動を妨げる要因にはなりえないのだから、この程度は造作もない事だ。
「なんだか感激です。光魔神様のお力で運んでいただけるなんて……」
人目に触れないように、不可視と不感知の概念を付与された結界の中に包まれて、小さくなっていく地上を見ながらヒナが感激の声を上げる。
光よりも早く飛翔できる全霊命にとって、地上から衛星軌道上までの移動なら、本来一瞬もかからないのだが、ヒナ達のためにあえて速度を落として飛翔している。
「そんな大層なものか?」
「はい。……あ、見えてきました。あれが私達の艦、オールド級高機動戦艦『テスタロッサ』です。」
嬉しそうに目を細め、大貴の言葉に可憐に微笑んだヒナは、上空を見上げる
「あれが、ヒナさん達の艦……」
そこにあった艦に、大貴と詩織が同時に息を呑む。
まるで翼の生えた竜を彷彿とさせる全体的にシャープな流線形の外観。金色の装飾を施された深紅の装甲。その姿は、まるで天を飛翔する紅蓮の竜のような威厳を感じさせる。
何よりも目を惹くのは、その大きさだった。目測程度でしかないが、豪華客船よりも一回り以上大きな艦の前では、大貴達はまるでノミか何かになったような錯覚に見舞われる。
「……結構でかいな。何でばれないんだ?」
テスタロッサと呼ばれる竜のごとき巨大艦を前に、思わず声を漏らした大貴にヒナが微笑み返す。
「この世界の技術では、目視はおろか感知も不可能な隠蔽能力を搭載していますから。光魔神様達のように強い力を持つ者には通じませんが」
「……そういうもんか」
「そういうものです」
生まれて初めて見る巨大な紅い巨竜のごとき艦を、感嘆の息をつきながら見上げている大貴を見るヒナは、優しい笑みをたたえて見つめる。
その時、テスタロッサの先端部側面の装甲が開き、出入り口が顔を出す。それを確認したヒナは、優美な仕草でそこを指差す
「あそこへお願いします。」
「分かった」
ヒナに促され、大貴とクロス、マリアは、詩織とヒナ達を包んだ結界ごと、紅竜艦に開いた扉の中に入る。
入ったそこは、大きな部屋のようになっており、その部屋の中央には軽く数十人は乗れるであろう、ポータルを思わせる円形の装置が置かれている。
「あの上に下りて下さい」
背後で開いていた扉と装甲が閉じるのを感じながら、大貴はヒナに示されたポータルの上に下り立つ。
クロスとマリアがそれに続き、全員が下り立ったのを確認したヒナは、自身の装霊機を意識のみで操作して手元の空間に手の平大の画面を開く。
「ここからメインデッキへ転移します。」
静かに言ったヒナが手元の画面を操作すると、足元のポータルが光輝き、一瞬にしてその場の全員を目的地へと「転移」させる。
移動した場所は、中央にポータルが置かれているだけの入り口と同じような部屋。一瞬、全く移動していないのではないかと錯覚するが、ヒナと二人の護衛はなんのためらいもなくポータルから降りて、その先にある扉の前へ移動する。
「こちらです」
ヒナに促されてその扉の前へ移動すると、扉が音もなく開く。
「……っ」
その先に広がっていた光景に、詩織は思わず息を呑む。
そこに広がっていたのは、宇宙だった。正確には、全方位を画面に覆い尽くされたために宇宙に包まれているかのような錯覚に陥ってしまう部屋。
そしてその宇宙には、無数の席と、空間に浮かぶ画面が浮かんでいる。その光景に見惚れていると、最も高い位置にある席から一人の人物が大貴達の前に下り立つ。
「お待ちいたしておりました、ヒナ様。光魔神様には、お初にお目にかかります! テスタロッサ艦長『クーロン・ラインヴェーゼ』です」
アルビノを思わせるほど白い髪と肌を持ち、他の乗員とは若干形の異なる服を纏った赤い眼の女性は、優美な仕草で胸に手を添えてヒナと大貴に恭しく頭を下げる。
(艦長さん、って女の人なんだ。しかも若くて綺麗な人……)
どう見ても二十代半ば以上には見えない美人が艦長と名乗った事に、詩織が驚きを隠せずにいると、ヒナがクーロンと名乗った艦長に、声をかける
「では、ラインヴェーゼ艦長」
「はっ! ではこれより、人間界に帰還する! 出航準備が終了し次第世界門を開け!!」
ヒナの言葉に頷いたクーロンが、鋭い声で指示を下すと、席についている乗組員たちが一斉に行動を開始する。
「天使のお二人は、お手数ではございますが、力は感知されないように抑えて下さい。」
クーロン艦長の指示の元、出発の準備を始めたのを確認したヒナは、クロスとマリアに視線を向ける。
「なら、俺も人間の姿になったの方がいいのか?」
「……っ!」
ヒナの言葉に答えた大貴は、その言葉に目を見開いた詩織には気付かなかった。
「いえ、光魔神様も力を抑えて頂いて、全霊命としてのお姿でお願いします」
「分かった」
ヒナの言葉に応じた大貴を見て、詩織はその表情にわずかに切ない色を浮かべる。
(人間の姿になったか……戻るんじゃなくて、なる……)
まるで、自分は人間ではなく、意図的に人間の姿を取っていると言わんばかりの言葉。そしてそれは間違っていない。光魔神となった大貴の本当の姿は、目の前の光魔神の姿であり、普段一緒に暮らしている大貴は、その力で人間の姿となっているにすぎないのだから。
大貴が光魔神として覚醒し、その話を聞いた時から分かっていた。大貴が自分たちとは違う存在になったのだという事。そしていつか自分達の届かない場所へ行ってしまうという事。
分かってはいたし、覚悟もしていた事だが、意識的にであれ、無意識にであれ、大貴が言った言葉でそれを再認識した詩織は、そんな大貴を見てどうしても悲しさを隠せなかった
「出航準備整いました。人間界へ帰還します」
クーロンの鋭い声と共に、発進シークエンスが開始され、深紅の巨竜艦「テスタロッサ」が音もなく起動する。
「世界門開きます」
乗組員の声と共に、テスタロッサの正面に、極彩色の渦が出現する。
それは、人工的に作り出された世界と世界を繋ぐ門。このゆりかごの世界から、人間界へといたる架け橋の入り口。
「テスタロッサ、世界門に突入します」
乗組員の言葉と共に深紅の巨竜艦が飛翔し、そのまま虹色の渦の中へと突入した。
深紅の巨竜艦が時空の門へ姿を消したのを見届け、そこに一つの影が姿を現す。
ドレスのような衣装の上に、鎧をまとった戦乙女を思わせる風貌の美女――最強の異端神、円卓の神座・№10「護法神」の力に列なるユニット・神庭騎士の一人「シルヴィア」。
かつて大貴達の前に現れた騎士乙女は、巨竜艦が消えた時空の門が閉じるのを澄み渡った静かな視線で見送る。
《これでよろしかったのですか?》
思念会話と呼ばれる意志同士での会話――しかも、世界を越えて行われているその思念会話を介し、シルヴィアは疑問と懸念の声をその人物に送る
《これでは、あのお方の計画に支障をきたすのでは……》
《問題ない。この事態まで含めて、あのお方の計画だ。》
《では、私は……》
思念を介して送られてきたその言葉に、シルヴィアはその眼を剣呑に細める。
《ああ、シルヴィア。君はそのまま人間界に向かってくれ》
《御意》
思念通話を終了したシルヴィアは、一度目を伏せてから、その澄んだ水晶のような眼で遠くにいるであろうその人物を見据える
「今度は、あなたの片鱗を見られるのかしら……」
小さく呟いたシルヴィアは、世界を隔てた場所にいる「世界を滅ぼすもの」へとその思いを馳せながら、自身で生み出した空間の狭間の中にその姿を消す。
その様子を、蒼く輝く星だけがじっと見つめていた。
虹色に煌めく光の渦をくぐるのにかかった時間は、一瞬にも満たないほど。まるで景色が行き過ぎるように光り輝く世界が過ぎ去った次の瞬間には、どこまでも続く蒼い空が広がっていた。
「……わぁ」
そこに広がっていた光景に、詩織は思わず息を呑む。
眼下に広がるのは、見渡す限りの大地を埋め尽くす巨大な都市。地平の彼方まで広がるのは、白を基調とした天を衝く摩天楼の群れ。
決して無機質ではなく、ところどころに緑が息づき、自然と文明が調和した高度な文明で形作られているのが一目でわかる。
「……すごい……」
「ここが人間界の中心、王都『アルテア』です」
「……アルテア……?」
(それって、ヒナさんの名前の……)
ヒナの説明に首をかしげる詩織に、ヒナがさらに仕事を続ける
「そして、隣に見える大きな建物が、人間界王の住む城です」
ヒナの言葉に視線を向けると、そこには深紅の巨竜艦すら米粒のようにしか見えなほどに巨大な建造物がそびえ立ち、視界を埋め尽くしている。
まるで山のように高く、湖のように広いその白い建造物は、広大な庭園や広場をいたる所に兼ね備えた荘厳な美しさを持って佇んでいる。その外観は曲線を基本としており、その印象はまさに「城」というのが最適だ。
「これが、お城……」
(なんか、遠近感が狂いそう……)
周囲の空間を丸々と映しているメインデッキの内壁にはっきりと映る巨大な白い建築物を見て、あまりの大きさに詩織は息を呑む。
豪華客船より一回り以上大きな深紅の巨竜艦。その巨大な艦すら米粒のようにしか見えないあまりにも巨大な城。縮尺と遠近感が狂う様な大きさの建造物、被造物の数々に、詩織は目の前に広がる光景をただ見送っている。
「着艦を」
「はっ」
クーロン艦長の言葉に、乗務員が応じる。
見上げれば天を貫き、見渡せば果てが見えない。巨大や広大といった言葉では測りきれないほど大きな城の周囲を旋回した深紅の巨竜艦は、巨大な城の裏側へ回り込むと、その大地には地下へ続く巨大な門のようなものがあり、それが大きく口を開いている。
深紅の巨竜艦が地下へと続く門の中へと入ると、そこは戦艦がいくつも停泊するドックになっており、そこには深紅の巨竜艦と同じ型のものから、それより小さな物や一回り以上巨大な物まで多種多様な戦艦が停泊している。
「……っ」
まるで都市のように巨大な戦艦や、それをさらに一回り以上上回る艦が整然と並んでいるのを見て、詩織は思わず息を呑む。
圧巻。圧倒的。そんな言葉すら陳腐に思えるそれらは、この世界が持つ「力」の一端。それに目を奪われ、言葉を失っている間に、深紅の巨竜艦は、空いていたドックに入って停止する。
「着艦完了しました」
「御苦労。ヒナ様、到着いたしました」
乗組員に労いの言葉をかけたクーロンは、ヒナに視線を向ける。
「御苦労さまです。ラインヴェーゼ艦長」
クーロンに声をかけたヒナは、そのまま大貴に向き合い、深々と一礼する。
「ようこそ、人間界へ」
目を瞠るほどに美しい所作で恭しく一礼したヒナは、大貴に向けて穏やかな笑みを浮かべた。