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魔界闘神伝  作者: 和和和和
人間界編
36/305

別れと出会いと出立の決意






「……っ」

 眼前に広がっている光景の前に、大貴は言葉を失ってただ立ち尽くしていた


 戦いはさほど長引く事は無かった。あまりに圧倒的なベルセリオスの力の前に、神魔はなすすべもなく瀕死に追いやられ、それに動揺した桜が瑞希に追い詰められる

 ほぼ一方的な制圧でしかないその戦いの結果は、日の目を見るよりも明らかであり、そして必然ともいえる結末が目の前にあった


「神魔、桜……」

 地面に仰向けに倒れている神魔の身体からは、おびただしいほどの赤い炎が立ち昇り、空気に溶けて消失していく

 しかし、その身体が力の粒子となって崩れる事は無く、それが神魔の命がまだこの世に繋がっている事を確かに証明していた

「神魔! 桜!!」

 余りにも弱り切った神魔と桜の魔力を知覚して思わず声を上げた大貴に、地に倒れ伏した二人の身体が微かに震えて反応を示す


 いかなる精神的、肉体的苦痛を受けようとも、全霊命ファーストは気絶することはない。

 それは、魂と身体と力の全てが等しい最高位の霊的な存在である全霊命(ファースト)の存在としての特性であると同時に、距離も時流も位相も、この世の法則の全てを無視ししたレベルで行われる全霊命ファースト同士の戦いにおいて、一瞬であろうと気を失うという事が死に直結する事になるためだ


 当然、全身から血を噴き上げ、瀕死の状態になっているとはいっても神魔と桜には、等しく二人には意識は存在していた

(あれだけ殺気を込めた攻撃をして、殺してない……さすがというか、なんと言うか)

 反応することで精一杯というところまで二人を追い込みながらも、その命を繋ぎ止めている状態を見たクロスは、それを成したベルセリオスと瑞希の手腕に内心で驚嘆と感嘆の入り混じった息をこぼしていた


 圧倒的実力差があるにも関わらず、ベルセリオスは手加減していても容赦はしてない。しかしその全ての攻撃に純然たる殺気と殺意が込められていたにも関わらず、神魔は死んでいない。

 殺意と殺気に満ちた・・・・・・・・・攻撃をしながら・・・・・・・殺さない・・・・。意志と概念の正ベクトルを発生させたまま、逆ベクトルの事象を顕現させる。それがどれほど難しい事なのか、それはクロスには――いや、全霊命ファーストにならばよく分かる。


(これが、九世界の最強クラスの実力か……)

 否応なく見せつけられたその圧倒的な力と業を前に内心で毒づいたクロスは、わずかに眉間に皺を寄せる

(強すぎる……多分、俺たち全員で戦っても……っ)

 神魔とベルセリオス、桜と瑞希の戦いを見ていた大貴は、相手の強さを知覚できるからこそ、ベルセリオスの圧倒的な強さをはっきりと思い知らされていた

 例え自分とクロス、マリアの三人が加わって戦っていたとしても結果は変わらなかったと断言できるほどに、ベルセリオスの力は隔絶されたレベルのものだった。

「くそ……何で俺は……っ」

 神魔達が目の前で傷ついているにもかかわらず、何もすることができないでいる自分の無力さと敗北感に大貴はその身を震わせて歯噛みする


 円卓の神座と呼ばれる最強の異端神十二柱の中でも別格の力を持つ存在であるはずの「光魔神」の力を持ちながら、何もできない

 その事実に打ちのめされる今の大貴にとって、「最強の異端神」などという称号は自身の滑稽さ際立させるだけのものでしかなく、その最強の力を全くと言っていいほどに使えない自分自身への嫌悪と憤りの源泉でしかなかった



「さく……ら……」

 まるで炎に包まれたかのように血炎を立ち昇らせる神魔は、うっすらと目を開いて力なく霞む金色の瞳で、瑞希の足元に倒れている最愛の女性を見据える。

 絞り出した声は、誰にも聞こえないほどに微かな言葉。しかし、その言葉は桜の耳には確かに届いていた

「神、魔……様」

 うっすらと目を開いた桜は、その視線の先にいる最愛の人の姿を見て、整った表情に苦悶の表情を浮かべる


 瑞希の二刀一対の刀「雪月花」の一振りによって腹部を貫かれ、地面に縫い付けられて動く事もままならない桜は、それでも自身の無力さを嘆き、神魔に手を伸ばそうとしていた

 そんな健気な桜の姿を一瞥した瑞希は、その氷麗な表情を崩さないままで真紅の血炎に包まれる淑やかな桜色の花へ穏やかな声で涼やかに語りかける


「あなたは愛する人のために……その想いを守るために強くなれる人……でも、大切な人は同じだけあなたの強さの枷にもなる。一対一ならあなたが勝っていたかもしれないわね……」

 桜に向けられるその言葉は決して皮肉などではなく、その姿を見て感銘を受けた瑞希の本心から出た純粋な称賛だった



 桜は瑞希と戦っている時も神魔のために戦っていた。しかし同時に、神魔が命の危険に瀕する事でその能力を著しく低下させていた。

 それは、意識的な無意識の恐怖。自らの存在理由と言いきれるほどに神魔を心から愛する桜にとって、神魔の存在は何よりもかけがえのないもの。それを失う事、それが永遠に失われてしまう恐怖が目の前の敵を斃すという意志を上回ってしまったが故の結果。


 桜と戦った瑞希は、それでも桜の強さがそこにある事を正確に見抜いていた。ただ最愛の人のために献身的に尽くす事で生まれている桜の強さは、その根幹を揺るがされると恐ろしいほどに脆い。

 しかし、だからこそ最愛の人のために戦う時、桜の強さは何よりも強くなる。もしも桜が最愛の人を傷つけられて怒り狂うような性格だったならば、瑞希は桜に敗北していたかもしれない。――だが、桜は何よりも最愛の人を失う事を恐れていた

 仮に桜が瑞希を斃していても、ベルセリオスには及ばなかったのは間違いないだろう。それが幸か不幸かは分からないが、それでも今あるこの結果だけが確かな事実であり現実だった



「……そこまで想える人がいるというのは、少し羨ましいわね……」

 桜から神魔へ視線を移した瑞希は、その氷麗な表情をわずかに綻ばせて優しい笑みを浮かべる


 自分のために愛し、自分以上に愛する。献身的に奉仕し、それを何よりの幸福とする。――愛の理想の一つでありながら、なかなか実行できないそれを、実に幸せそうに実行する桜と、それを一身に受ける神魔。そんな二人に、瑞希はわずかに……しかし確かに興味を抱いていた。


「いえ、それは私も同じ・・・・――そうであると信じたいわね……」

 神魔と桜の姿に自身の過去を重ねて一瞬表情を曇らせた瑞希は、水晶のように透き通った緋色の瞳に天を仰ぐ

 そうしていると、神魔と桜が漆黒の闇の球体に取り込まれ、二人を取りこんだ球体が重力を無視して浮遊したかと思うと、そのままベルセリオスの横へ吸い寄せられるように移動する

「捕獲完了……帰るぞ、瑞希」

「はい」

 自らの魔力で結界を作り出し、その中に二人を封じ込めたベルセリオスに、瑞希が静かに応じる

 ベルセリオスの横に浮かんだ二つの球体は、漆黒の闇の封印結界。大貴にも、クロスとマリアにもその中に封じられた神魔と桜の様子をうかがい知る事は出来ない

「待ってくれ!!」

 二人が合流し、その正面に時空の門が開くと同時に上がった声に、ベルセリオスは背中越しにその声の主――大貴に意識を向ける。

「……なんだ?」

 その声に高圧的に返されたベルセリオスの視線と言葉に、その強大な魔力を知覚した大貴は押し潰されてしまいそうな重圧に顔をしかめる

 しかし、大貴はベルセリオスの存在の重圧に耐えながら、それに怯むことなく、強く意志を以って魔界の執行者に相対した

「二人は……どうなるんだ?」

「魔界の法によって裁かれる事になるな」

 今回ベルセリオスと瑞希が地球(ここ)へ来たのは、九世界非干渉世界であるゆりかごの世界に違法に滞在していた神魔と桜の捕縛のため

 当然、それを執行した後は二人は魔界の法を犯した罪を償わなければならない――淡々と発した短い言葉の中にその意志を込めたベルセリオスの言葉の意図を理解しながらも、大貴はその拳を握りしめる

「それは……どのくらいの罪になるんだ?」

 確かに神魔と桜は法を犯した。それが二人の意志だったとしても、その理由の中に自分の存在があったことは否定できない

 法を犯した事実をなかったことにする気はない。しかしだからといって、「法を破ったから仕方がない」などと割り切ってこのまま見送ることなど大貴にはできなかった

「――……」

 返答によっては、今にも自分に向かってきそうな気概を放つ大貴を平静に見つめたベルセリオスは、その問いかけに感情のこもっていない抑揚のない声で答える


「普通は極刑だ」


「なっ!?」

 ベルセリオスの言葉に目を見開いた大貴がクロスに視線を向けると、クロスとマリアが無言で首肯を示す

(まあ、だからこそ・・・・・解せないんだがな……)

 狼狽する大貴に視線を向けるベルセリオスは、捕らえた神魔と桜を封じている漆黒の結界に視線を移し、わずかにその目を細める


《二人共殺さずに連れて来い》


 それがこの世界に来るにあたって、魔界を統べる王であり、最強の悪魔である父から下された厳命だった


 本来極刑に処される罪人は、いちいち連れて帰るような事はせず、その場で殺す事の方が圧倒的に多い。

 二人に何か秘密があるのかと考え、あえて戦ってもみたが、これといった特別な要素は見当たらなかった。強いて言えば、二人ともその力にまだかなり伸びる余地を残しているといった程度の事に過ぎないのだが


(……まあいい。帰って訊けば済む話だ)

 自分の中にあった疑念を意図的に振り切ったベルセリオスは、肩越しに光魔神を金色の視線で射抜く

「そうだ、光魔神。一つ言っておく事がある」

「……なんだ?」

 警戒感を露にする大貴を特に気にした風もなく、ベルセリオスは用件を言う。

「この結界を解いた時、そこに俺たちとは別の客人・・が来ている筈だ」

「客人?」

 訝しげに眉を寄せる大貴を一瞥したベルセリオスは、わずかに口端を上げて微笑を浮かべる

「縁があったらまた会おう」

 そう言い残すと、ベルセリオスと瑞希は時空の門の開き、その向こうへと姿を消す

「クロス……」

「ああ」

(客人……だと?)

 空間の扉が閉じ、ベルセリオスが発していた圧倒的な威圧感から解放された大貴の前で、クロスとマリアが視線を交錯させる

(まさか……来てる・・・のか?)

 もしもクロスやマリアが想像した通りの人物が「来て」いるのなら、大貴と――否、光魔神と合わせない訳にはいかない

 ベルセリオスが言い残した「客人」にある程度の目星をつけているクロスとマリアは、互いに顔を見合わせて大貴に視線を向ける

「大貴、結界を解くぞ」

「……ああ」

 クロスの言葉に、大貴は神魔と桜のために何もできなかった自分を責めながら小さく頷くことしかできなかった

 力なく返された声と同時に、世界を隔離していた空間が解け、クロスとマリア、大貴は通常の空間へと帰還する




「あなたが光魔神様ですね」


 空間隔離が解けると同時に、先程と同じでありながら戦いによる損傷が一切ない現実の世界へと回帰した大貴達は、穏やかな声に出迎えられる

「……っ!」

 その穏やかな響きを伴う澄んだ女性の声に視線を巡らせた大貴は、そこで自分達を待っていた人物を見て息を呑む



 そこにいたのは、まるで何者かが意図的に作ったのではないかと錯覚するほどに整った美貌を持つ女性。

 しかし、確かに絶世と呼ぶにふさわしい美貌を持ちながらも、その女性の美しさは桜やマリアといった全霊命(ファースト)の女性が持つ現実離れした手の届かない神聖な美しさとは違う親近感を抱かせるものだった


 腰まで届く艶やかな漆黒の髪に白くきめ細やかな柔肌。ドレスと着物の中間にあるような衣にその身を包んだその美女は、落ち着いた大人の女性らしい佇まいの中に年頃の少女のようなあどけなさを感じさせる

 そして、その美貌に聖女のような微笑を浮かべた黒髪の女性は、大貴の視線を受けると同時に、気品を感じさせる所作で頭を下げた



「お初にお目にかかります。私は『ヒナ・アルテア・ハーヴィン』と申します。そしてこちらは私の護衛の方々です」

 自らを「ヒナ・アルテア・ハーヴィン」と名乗ったその女性は、目を瞠るほどに洗練された所作で恭しく一礼すると、背後で控えていた二人の人物を簡単に紹介する

 ヒナの美しさと存在感の前に霞んでいたことは否めないが、その体勢を崩さず、知覚も遠くもない距離から美女を守る姿は、護衛と呼ぶにふさわしく、軍人のような印象を受けるものだった

「ハーヴィン……しかも『アルテア』ですか」

「……?」

 ヒナのことは知らずとも、その「名」を知っているらしいマリアの反応に大貴が訝しげな視線を返すと、クロスが口を開く

光魔神(お前)の力に列なる存在……人間界の・・・・人間だ」

「……!」


 自らの力に列なる存在を生み出す「ユニット能力」。光魔神のその力によって生まれ、九世界の一角を担う「正統な人間」。

 確かに知覚を向けてみれば、外見こそこのゆりかごの世界――「地球人」と大差ないが、その存在を成す霊の力は確かに根底を異にしているものだった


「そちらには、天使の方々もいらっしゃいますし、ここでは人目に付きます。もしよろしければ、場所を変えて頂けませんか?」

 そのやり取りを見ていたヒナは、一瞬その瞳に理解の色を宿すと穏やかな声で微笑みかける

(なるほど、情報の通り光魔神様としての記憶は持っておられないようですね。ということは、この方は以前の光魔神様とは別の光魔神様ということですか)


 その力に列なる存在である人間界の人間(自分達)を知覚していながらも理解できない大貴の姿を見たヒナは、その記憶から以前の光魔神としてのそれが失われていることを確認する

 その記憶が失われているのか、未だ眠っているだけなのかは判断がつかないが、それがあるかないかでは説明などが変わってくる

 以前の光魔神ならば当然知っているであろう情報も失っている可能性を理解したからこそ、ヒナはこれからの対応を事細かに説明するために場所の変更を提案したのだ


「……家でいいか?」

「願ってもない事です」

 決して歓迎しているようには聞こえない大貴の言葉にも嫌な顔一つせずに応じたヒナは、むしろ感謝の意に満ちた表情と声音で恭しく一礼するのだった



               ※



「神魔さんと桜さんが逮捕……しかも死刑って……」

 界道家に帰った大貴達に事のあらましを聞いた詩織は、今にも倒れてしまうのではないかと思うほどに青ざめた表情で小刻みに身体を震わせる

「九世界非干渉世界への滞在というのは、そんなにも重い罪なの?」

 好意を寄せる人が突然いなくなり、さらに処刑されると知って平静を保てるはずはない。動揺を禁じえない詩織をいたわるように見た薫は対面する位置に座っているヒナにおもむろに問いかける

「はい。というよりはわざわざ捕らえに来るような罪状なら、基本的に極刑に処されると言った方が適切ですが」

「……どういう意味?」

 その言葉に首を傾げる薫に、ヒナは見ている者さえ反射的に背筋を伸ばしてしまいそうなほど美しい姿勢で出されたお茶を一口含む

「簡潔に説明しますが、全霊命ファーストの方々が支配されている世界では、基本的に全てが自己責任なのです」

 そうして唇を湿らせたヒナは、手にした湯呑みを机の上にそっと置くと、その視線を大貴と詩織たちに向けて言葉を続ける

「少々乱暴な言い回しをすれば、殺すなら殺されても文句は言うな。欲しいものや叶えたい願いは自分の力で叶えなさい。殺されるのは弱いからだ。といったところでしょうか」

 分かり易いように意味を咀嚼して伝えるヒナの話術に、詩織と大貴、薫はいつの間にか引き込まれるようにその話に意識を傾けていた

「ですので、彼ら全霊命(ファースト)がわざわざ捕えに来るような罪状ならば、基本的に極刑に相当するのです」


 基本的に生死すらも自己責任となるという事は、それだけ世界が個人に関して干渉してないという事も意味する。

 いわば生きるも死ぬも、どう生きるもどうやって死ぬも自由。そんな世界で「世界」がその権威を以って干渉するほどの罪となれば、当然それほど・・・・の罪という事になる。


(……なるほど。基本的に何もしなくてもいい全霊命ファーストの世界には、産業は皆無といってもいい。……つまり、そういう事にかかわる犯罪は起こるはずもない。――となると、起きうる犯罪は限られてくる……)

 ヒナの言葉の意味を正確に受け取り、大貴は目を細める。


 食事も、睡眠も娯楽であり、何もしなくても生き続けられる全霊命ファーストには、例えばこのゆりかごの世界で横行するような経済的な犯罪は起こり難いはず。つまり、全霊命ファーストの世界で起こる犯罪はもっと実力行使的なものが大半になってくるだろうと、大貴は考えたのだ。


 そう考えていた大貴の言葉を、ヒナの声が現実に引き戻す。

「九世界非干渉世界への干渉以外の例を挙げれば、『世界への反逆』、『生命倫理の無視』などといったものになります。

 これらは、世界の摂理として例え可能だとしても越えてはならない最後の一線です。もし、それを犯すようならば、わざわざ生かしておく必要はない。……こういったものが九世界での『罪』なのです」

「じゃあ……神魔さん達は本当に……」

「そうとも言い切れないとは思いますよ」

 さらに青ざめる詩織に、ヒナは表情を崩さずに声をかける。

「……え?」

「本来でしたら、あの場でそのお二人を殺していてもなんら問題はありませんでした。ですが、それをあえて・・・連れ返ったとなれば、そこには魔界側の何らかの意図があるのかもしれません」

「じゃあ……」

「これはあくまで、私の楽観的な観測にすぎませんが」

「……っ」

 ヒナの言葉に一瞬顔に朱が差した詩織は、すぐさま奈落の底に突き落とされて、口をつぐむ。

(どうやら、危惧していた質問・・・・・・・・はされないようですね……)

 青ざめた顔を見せる詩織を見て、ヒナはその質問がされない事を確認する。


 九世界の「法」とは、即ち「摂理」に限りなく近い。節理とは、世界にある絶対的な神の掟。「弱肉強食」、「等価交換」、「生死」、「時空」といった、決して覆されるべきでない世界の理。

 そういった事情まで気付いたかは分からないが、先ほどの説明を理解していれば、辿りつけたはずの、あまり辿りつかれたくはない結論がある。


 ――即ち、「九世界非干渉世界に干渉する事」が、摂理に反する・・・・・・という事実に。


 必然的にヒナの意図を悟っているクロスとマリアは質問をしてこない。大貴もそこまでは思考が及んでいないのか、あえて聞かないのかは分かりかねるが、それを問いかけてはこない。

 ただ、ヒナにとってその「理由」を話す事にこれといった問題がある訳ではない。聞かれれば素直に答えるが、聞かれないならわざわざ説明する必要がないと考えている程度だ。

(光魔神様は、不完全な覚醒であるが故に、全霊命ファースト特有の「知識の継承」も行われていないのでしょうか……? 或いは、他の理由があると見るべきか……少々判断しかねますね)

 目の前の大貴を一瞥したヒナは、一瞬よぎったその考えを頭の隅に追いやる

「……では、そろそろ本題に入らせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「ああ……」

 ヒナの許可を求めるような視線を受け、同様と困惑を隠せないながらも、大貴は冷静に頷く

「その前に、改めて名乗らせて頂きます。人間界次期王位継承者『ヒナ・アルテア・ハーヴィン』と申します。以後お見知りおき下さい」

 軽く会釈をしたヒナの言葉に、薫が驚いたような声を上げる。

「次期王位継承者、って……お姫様って事?」

 確かに目の前にいるヒナは、高貴な気品を携えており、王族と名乗っても納得できてしまうほどの存在感を有している。

「『ハーヴィン』は人間界の王族の証。『アルテア』は、人間界王と次期人間界王しか名乗る事を許されない名です」

 目を丸くして驚嘆の表情を見せる薫に、マリアが説明を加える。

「つまり、次期人間界王が直々に来たってわけか」

 どこか皮肉めいた口調で大貴が言うと、ヒナはそんな事を気にとめた様子もなく、穏やかな笑みを浮かべる

「我ら人間の神である光魔神様に、拝謁を賜るのです。本来でしたら人間界王が直々に来なければならないような事ですよ」

「……で、用件っていうのは何なんだ?」

 自分に向けられるヒナの視線に居心地の悪さを感じる大貴は、照れたような、バツが悪そうな口調で続きを促す


 ヒナにしろ、先ほどからヒナの後ろに控えている二人の男女にしろ、大貴に対して向ける視線は、明らかに他の面々に向けるものとは異なったものだ。

 確かに目の前にいるのは、転生しているとはいえ、ヒナ達人間を生みだした「神」。歓喜に加え、崇拝に近い感情もこめられた視線は、より一層大貴に居心地の悪さを与えていた。


 大貴に促されたヒナは、まるで自分の心の中を見透かしてもらおうとするかのように、澱みない澄み渡った目で、大貴をまっすぐに見つめる。

「はい。率直に申し上げます。……光魔神様に人間界へお越しいただきたいのです」

「っ……!」

 軽く目を瞠る大貴を横目に、その予想を立てていたクロスは平然とその言葉を聞き流す。

(やっぱりそうか……)

「なんで、大貴を……?」

「光魔神様は、我ら人間の神です。そのお方が現れたとなれば、お越しいただきたいと願うのは当然の事です」

 恐る恐る口を開いた薫に、ヒナは嘘偽りのない本心で答える

 光魔神は人間の神。ヒナの要求は、人間界としては当然のものであり、必然的なものだ。あえてストレートな言い回しを取ったのは、下手に嘘をついて、後々ばれた時に大貴の印象を下げないため

「もちろん、本音を申し上げれば光魔神様には、最終的に人間界にご定住して頂く事を検討していただきたいと思っております」

 ヒナの言葉に、薫と詩織の表情に動揺と困惑の色が浮かぶ

「定住……って人間界に住むって事?」

「はい。ですが、すぐにとは申しません。まずは、われらの世界を見て頂いた上で、という事です。」

 まるで自分の心をぶつけたかのように、澄んだ目を向けてくるヒナと視線を交錯させている大貴に、横からクロスが声をかける

「いいんじゃないか?」

「クロス……」

 大貴の視線を受けて、クロスは話を続ける

「前に言っただろ? お前は、いつまでもこの世界にいられない。なら、そのあと暮らす場所の候補として行ってみるのも悪くは無いと思うぞ」

「……」

 その言葉を聞いた大貴は、わずかに表情を曇らせる。

 殺されるまで最盛期を保って生き続けられる全霊命ファーストとして生まれ変わった大貴は、寿命に縛られるこの地球で生き続ける事は出来ない。

 すぐにではなくとも、いつかこの場所を離れなければならない大貴が次に住むための場所の候補としては、光魔神の力に列なる人間が支配する人間界は、最適な場所の一つと言えるかもしれない。

「……人間界は九世界の一つだったよな」

「はい、そうですが……?」

 難しい顔をして口を開いた大貴に、ヒナが怪訝そうな視線を向ける

「なら、神魔達の処刑を止められるか?」

「っ!」

 大貴の言葉に詩織が目を開き、大貴が神魔と桜の処刑を止めようとしている事を瞬時に理解する。

「それは……」

 大貴の言葉に応じようとした護衛を制し、ヒナがそれに答える。

「お願いする事は出来ます。ですが、最終的に彼らに判決を下されるのは魔界王様ですから、約束は致しかねます。仮に極刑は免れても、よくて数百年から数千年以上の労働奉仕になります。もう、お会いする事は……」

「労働奉仕……」

 労働奉仕とは、読んで字のごとく「世界」に所属して世界のために働く事。情状酌量の一環として、極稀に適応される事がある刑罰だ。

「九世界では一部の例外を除いて、犯罪に対する判決は、『極刑』『無罪』『労働奉仕』の三つしかありません」

「随分、極端ね……」

 ヒナの説明に、薫が息を漏らす。

「そうですね。ですが、そうせざるをえないのです」

 薫の言葉に応じたヒナは、その「理由」を説明する

「霊の力は、存在そのものが持つ力です。――特に世界最高位の力である神能ゴットクロアにいたっては、その発動を無効化する手段が存在しません。

 例外的に『封印』というものがありますが、霊的な力には、その発動に、意識と力を向ける・・・・・・・・必要があるという欠点があります」

「え……っと」

 首を傾げる詩織に、ヒナが説明を続ける。

「例えば『結界』を使用する際には、『意志』によって、『力』を防御の能力へと制御します。さらに一度結界を展開しても、それを維持している間は常に意志によって制御された力を注ぐ必要があります。

 つまり、霊的な力を行使し、効果を維持し続けるには、常に発動条件のために力と意志を向けていなければならないのです」

 ヒナの言葉に、合点がいったように大貴が呟く

「そういえば、攻撃をかわされた時に、攻撃を中断したら攻撃の威力もなくなるな……」

 攻撃を回避された際に、その力へ力を注ぎ込む事を止めた瞬間に、力が粒子状になって消失したのを思い出した大貴に、ヒナが同意を示す

「はい。そして、それは封印も同様なのです。対象を封印した場合、その封印の維持に、常に同じ量の力を注ぎ込み続ける必要があります。

 当然、強力な力を持つ者にはそれと同等以上の力を持つ者が封印を施す必要があり、それにばかり貴重な戦力を割く訳にはいかないのです」

 ヒナの説明に、薫が納得して頷く

「なるほど、封印に人員と力を割く訳にはいかない上、力の発動を止める手段がないから、殺すか殺さないかっていう極端な判決をするのね」

「はい。さすがは光魔神様の御母堂様です」

 褒められてまんざらでもない顔をする薫を横目に、詩織が身を乗り出すようにヒナに詰め寄る

「でも! 労働奉仕になれば神魔さん達は、殺されなくてもいいんですよね!?」

「それはそうですが……」

 突然豹変した詩織の鬼気迫る様子に、ややたじろいだような様子を見せるヒナに、大貴は静かに声をかける

「……なら、それが俺からの条件だ」

「それは……人間界に来ていただくための、という事でしょうか?」

「ああ」

 詩織の鬼気迫る様子に困惑していたヒナだが、さすが次期王というだけあって大貴の言葉に、一瞬で表情を引き締める

「先ほども申し上げましたが、我々が頼んだからと言って、極刑が取り下げられる訳ではありません。可能性が高まる程度です」

「分かってる。でも、あいつよりも強い奴がいる魔界に今の俺が乗り込んでも、返り討ちにあうだけだ。なら、少しでも可能性がある方にかけるしかない」

 念を押すヒナに、大貴は小さく首肯を返して言う


 光魔神として覚醒した大貴は、知覚で相手の強さを測れるようになった。だからこそ、ベルセリオスのように、今の自分では絶対に勝てない相手が否が応でも分かってしまう。

 ベルセリオスにすら勝てない自分が、最強の悪魔である魔界王に勝てるはずはない。それを分かっていて魔界に乗り込むなど勇敢でもなければ、無謀ですらない。ただの自殺だ。

 だからこそ、今神魔達の極刑を止めるために大貴が出来るのは、これしかなかった。


「かしこまりました。では、その条件をお受けいたします」

「ヒナ様」

 大貴の決意を感じ取ったのか、その提案を受諾したヒナに、出会った時から会話をしていない背後の二人がさすがに困惑の声を上げる。

 その様子から、あまりよい事態ではないと判断した大貴達だが、ヒナは二人の言葉を軽く手を上げて制する。

「王へは私から説明します。それに、あくまで魔界王様に減刑を乞うだけです。大きな問題にはなりません」

「……はい」

 ヒナの言葉に、それ以上強く反論する事無く二人が引き下がり、さらにヒナは二人に言葉を続ける。

「では、艦に連絡を」

「はっ」

 その言葉に頷いた背後の二人は、手の平に魔法陣のようなものを出現させてそれを耳に当てる。どうやら、電話に似た通信機能があるらしく、そこに話しかけているのが見える。

「悪いが、俺たちは天界王から光魔神の護衛を任されている。俺たちも同行させてもらえるか?」

「はい。天界王様からもそのように伺っております」

 ヒナの言葉に、クロスはわずかに眉をひそめる。

(やっぱ、人間界に光魔神(大貴)の情報を流したのは、天界王か……)


「……ありがとう大貴」

 息をついた大貴に、涙を浮かべた詩織が心からの謝意を述べる。

 好意を寄せる相手が処刑されると聞いて、蒼白な顔をしていた詩織だが、ヒナが大貴の条件を呑んだ事で生まれた神魔達が助かる可能性と希望に安堵し、幾分か明るさが戻っている。

「姉貴のためじゃない。……神魔達にはいつも助けてもらってた恩があるからな。俺があの二人を死なせたくないだけだ」

 その言葉に、真剣な眼差しで大貴が答える。

 大貴は、姉が神魔に好意を向けているから助けたいと思っているのではない。神魔と桜を、他ならぬ大貴自身が助けたいと思っているのだ。

「うん……それでも、ありがとう大貴」

 詩織は、大貴の言葉の意味を十分理解している。しかし、それでも結果的に神魔達が助かるならば、それは間違いなく大貴のおかげだと感謝する詩織の言葉に、大貴は照れくさそうに視線を逸らす。



「……では、参りましょうか。人間界へ」

 その様子を優しい目で見守っていたヒナは、大貴とヒナの決意に静かな声音で微笑みかけるのだった




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