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魔界闘神伝  作者: 和和和和
人間界編
35/305

終わりを告げる来訪者






「世界が動き始めたましたか……」

 金白色の蛍が舞う。癖のない金色の髪を揺らし、薄く紅で彩られた唇が淡々と言葉を紡ぐ。

「人の思いは、歯車のようにつながっている。一つが動けば、やがてそれに連動して周囲の歯車が動き、やがて世界すら動かす」

 そっと掲げた手から一点の曇りもない純白の光の粒子がこぼれ、世界に溶けていくのを見送って、光輝く金髪の女性は、静かに息をつく。

「『光魔神』――世界に投げ入れられた波紋は、世界を形作る歯車を動かし、世界を動かすに至りました。そう……今こそ全てが終わり、ここから全てが始まるのです……」

 優しく澄み渡った聖なる福音のような声を紡いだ女性の足元に広がっている透き通った水面には、光魔神、神魔、クロス、詩織、マリア、桜の姿がはっきりと映し出されていた。





 九世界。それは、この世界に数え切れないほどにある世界の中で、その中心的役割を担う神に最も近い存在――「全霊命ファースト」が統べる八つの世界と、最強の異端神「光魔神」の力の系譜に連なる存在「人間」が統べる世界を総称した世界の中枢たる「九つの世界」。そして同時に、この世界全体の名。

 そんな九世界の一つ、「魔界」。四種の闇の全霊命ファーストの一つである「悪魔」が支配する世界。


 その世界には、青々と茂った深い密林に囲まれた天を貫く巨大な山脈がある。しかし、それはただの山脈ではない。その果てしなく続くその山脈は、木のような温もりを感じさせる金属によって作られた巨大な「城」。

 地平の果てまでも続く、標高一万メートルを越える山脈のような城は、一言で言えば洋風の城を基調に、和風の城を組み合わせたような外観をしている。

 ――そこは、「魔界城」。九世界の一つ「魔界」を統べる最強の悪魔、「魔界王」が住まう城。



 その中で最も高い山。もはや天を貫かんばかりの頂きを持った魔界城の中枢にある「謁見の間」。そこには、玉座に座った一人の悪魔の男と、その玉座の斜め前方に佇む悪魔の女性。そして玉座より一段低い位置に一人の悪魔の男がいた。

「……手間を取らせるな」

 玉座に座った悪魔が、手すりに肘をついて視線を向ける。背の中ほどまであるやや逆立った一点の曇りもない漆黒の髪。そこから覗く金色の眼光は、息を呑むほどに美しく鋭い。

「いえ、『魔王』様」

 その視線の先で跪く男女合わせて2人の悪魔。口を開いた男の方の悪魔の言葉を、一歩後ろに下がって跪いている女悪魔は無言で聞いている。

 男たちの前で玉座に座すこの男こそ、全ての悪魔の頂点にして魔界を統べる「魔界王」と呼ばれる人物その人だ。威風堂々と玉座に座す黒髪金眼の男は、最強の悪魔と呼ぶに相応しい威圧感と、魔界の王に相応しい威厳を兼ね備えている。

「では、これより罪人の捕縛に、『ゆりかごの世界』へと向かいます」

 男はそう言うとゆっくりと立ち上がり、背後に控えていた女もそれに倣うように立ち上がる。

 瞬間、二人を取り巻くように異なる世界同士をつなぐ「時空の門」が開き、それが消えた時には、今までそこにいた二人の悪魔の姿は跡形もなく消え失せていた。

「しかし皮肉な運命ですね。……こんな形で再会(・・)する事になるとは……」

 魔王と呼ばれた玉座の隣。そこで凛と佇む美女が視線を魔王へと送る。


 魔王の傍らに佇む女性は、清楚な顔立ちに、着物とドレスを合わせたような形状の丈の長い霊衣を身に纏い、見る者全てが息を呑むような美貌に、まるで夕日に染まる稲穂を思わせる腰まで届くやや赤みがかった橙色の髪が印象的な美女。

 楚々とした花というよりは、艶やかに咲き誇る大輪の花といった印象を持つ女性だが、決して派手な印象は無く、むしろ清楚な雰囲気を携えてそこに存在している。


 その瞳に若干の愁いの色を浮かべて視線を向けてくる美女を一瞥して、魔王は玉座に身を預けながら表情をわずかに綻ばせる。

「そんな顔をするな、『シルエラ』。随分と久しぶりに会うんだ。――成長した姿を見せてもらおうではないか」

「……はい。あなた……」

 魔王の言葉に、シルエラと呼ばれた赤みがかった橙色の髪の美女が、静かに応じる。

 魔王の妻であり、魔界の王妃でもあるシルエラは、夫の言葉にわずかに視線を細めると、遠い異界の地にいる「その人物」に思いを馳せて遥か高い位置にある謁見の間の天井に視線を向けた。

「何故……」

(何故、あなたはそんなところにいるの? ……桜。)





 その頃、ゆりかごの世界――その中にある「地球」と呼ばれる青い星の上空に、その世界の人間には知覚できない世界を繋ぐ門が開き、その中から二人の悪魔が姿を現す。

 一人は腰まで届く漆黒の髪をなびかせる金眼の男。もう一人は、艶やかな黒髪を頭の後ろで一つに束ねた緋色の眼の女。

「ここが、ゆりかごの世界か……報告の通りだな」

 眼下に広がるゆりかごの世界の都市を一瞥し、知覚によって目的の存在を捉えた男は、静かに呟くと背後に控えた女悪魔に声をかける

あちら・・・に連絡は取ってあるな?」

「抜かりなく。こちらが任務を達成し次第・・・・・、接触していただく予定です」

「そうか……では行くか」

「はい」

 その言葉に短く応じた女は、不愉快そうに眼下の町を見下ろして眉をひそめる

「……嫌な所」

 その独白は、静かにこの星の大気に溶けていった。





「っ、!!」

「おい、嘘……だろ? 何だこの馬鹿でかい魔力は!!」

 二人の悪魔が現れたのと同時刻。界道家でくつろいでいた神魔と桜、そしてクロスとマリアが飛び起きる。

「っ、どうしたんですか?」

 その様子にただならぬものを感じた詩織が訊ねると、クロスが顔をしかめて簡単に説明する。

「魔力が二つ……。しかも、片方はかなり大きい。あの茉莉って女よりもさらに」

「っ!!」

 その言葉に、大貴と詩織は同時に息を呑む。

 十世界に所属する悪魔である「茉莉」は、単体ではここにいる誰よりも強い力を持っていた。かつて茉莉を退けられたのは、神魔と桜の魔力共鳴があってこそ。

 しかし、今回現れた悪魔は、その茉莉すら遥かに凌駕する力を持っている。その戦いがこれまで以上に厳しいものになると容易に予測できる。

「詩織さんはここに残ってください」

「そんな、私も……っ」

 緊張で強張った桜の言葉に詩織が反論するよりも早く、静かだが反論を許さない桜の視線が詩織を射抜く。

「今回の相手は、これまで以上の敵です。私たちにあなたを守って戦う余裕はありません!」

「っ……」

 その目は、詩織に対して明らかに「足手まといだ」と訴えていた。そして、自分が無理をしてついて行っても神魔達の邪魔になるだけだという現実を詩織につきつける。

「分かり、ました……」

 自分のせいで神魔達が傷つくことや、まして命を落とす事になるのならば、自分が行かない方がいいという事くらい詩織にも分かっている。

 懸命に感情を押し殺しながら、詩織は拳を握りしめ、桜色の髪を翻して背を向けた桜に声をかける。

「でもっ!」

 詩織の言葉に、桜の足が止まる。

 戦いで傷つくこと、命を落とす事。それを今まで誰かの後ろから見てきた詩織は、今度はそれがさっきまでここにいた誰かになるのではないかという不安と恐怖を懸命に押し殺して、今出来る限りの笑顔を桜に向ける。

「必ず、全員で生きて帰ってきてください」

「…………」

 詩織の言葉に応えず、桜の姿が詩織の眼前から一瞬にして消失する。

 人間には知覚できないほどの速さで移動した桜が今までいた場所を見つめながら、詩織はわずかに震える身体を抑え込むように自分自身を抱きしめる。

 桜が応えなかったのは、生きて帰ってこれる確証がないからだ。約束できない事を勝手に約束する事はできない。そしてそれは、「誰か」が死ぬかも知れないという事を暗に暗示していた。

「心配するな」

 震える詩織の肩に、大貴が手を置く。

「大貴……」

 不安と恐怖に今にも泣き崩れてしまいそうなほど、弱々しい視線を向けてくる姉に、まっすぐ視線を向けた大貴は、穏やかな口調で、しかし決意を込めた声で誓う。

「俺が死なせない」

「……うん」

 大貴の言葉に、堪え切れなくなった涙をこぼした詩織に背を向け、光魔神の姿になった大貴は一瞬にしてその姿を消す。

「詩織……」

 その一連の流れを部屋の外から見守っていた薫は、詩織の元へゆっくりと歩み寄る。

「何で、何で私はこんなに……っ」

 ずっと感じていた自分の無力。ただ守られる事しかできず、死地に向かう家族や友人、そして愛する人を見送ることしか出来ない自分の弱さに打ちひしがれる詩織の目からは、とめどなく涙が溢れる。

「詩織……」

 そんな愛娘を優しく抱きとめた薫は、清々しいほど晴れ渡った青空へ沈痛な表情を向けた。



(少し、安請け合いしすぎたか……っ)

 光魔神の姿になった大貴は、人間の姿の時には感じる事すらできなかった強大な魔力を知覚し、まるで心身の全てが軋み、押し潰されるかのような圧倒的存在感に慄く。

 その力が世界に影響を及ぼしていないところを見ると、まだ敵も臨戦態勢を取っていない事が分かる。もしもこのレベルの全霊命ファーストが空間隔離なしで殺気や闘気を放てば、この星が消し飛ばされるだけでは済まない。

(っ、こんなデタラメな力を持った奴に勝てるのか……!?)

 その強大な力を知覚し、全身が訴えてくる警告を無理矢理押し殺して神魔達の元へ辿りついた大貴は、その視線の先に二人の悪魔を見止める。

 界道家からさほど離れていない町の上空に佇むのは、男女二人の悪魔。二人ともが漆黒の髪を持ち、男の方が前、女が一歩後ろに下がって神魔達と対面していた。

「光と闇の神能ゴットクロアを同時にもつ全霊命ファースト……なるほど、あれが光魔神か。」

 大貴の姿を見止めた男の方の悪魔が、金色の瞳を持つ目をわずかに細める。

「っ……!」

 その男を前に、大貴は全身が凍りつくような感覚を覚える。後ろの女もかなりの実力だが、この男はそれを遥かに凌駕している。大貴がこれまで出会った中では、間違いなく最強の力を持っている男を前に、霊の力で構成された光魔神としての大貴の全身が、恐怖と警戒に震えるのが分かる。

「おま……」

「下がれ、光魔神。今の我らは、お前に用があるのではない」

 大貴が声をかけようとした瞬間、まるで大貴が何を言うのか分かっていたかのように眼前の前の男は、声を荒げる事無く淡白な口調で言い放つ。

「なっ……!?」

 紅蓮にしろ紫怨にしろ、これまで大貴が戦ってきた相手は必ず大貴が――光魔神が目的だった。しかし、目の前の男は大貴になんの関心もないように視線を逸らす。

 光魔神と目覚めてから無かった事態に、わずかに動揺を見せる大貴を気にもせず、悪魔の男が口を開く。

「改めて自己紹介をしよう。魔界所属の悪魔・『ベルセリオス』だ」

 強大な力を持つ悪魔の男が名を名乗る。


 腰まで届く漆黒の髪に金色の眼。理知的な面差しと野性味が同居するやや中性がちな鋭い顔立ちは、美青年という表現がよく似合っている。

 洋装と和装の中間といった印象のやや黒みがかった青い衣装の上に、黒い陣羽織とコートを合わせたような羽織を纏い、その肩部には鈍い金色の鎧を身につけている。


「同じく、瑞希みずきです」

 ベルセリオスの背後に控える悪魔の女性が、自身の胸に手を添える。


 癖が無く、一点の曇りもない腰までも届くような純黒の髪を頭の後ろで一つに束ねた髪型。芸術的な造形で形作られた顔立ちは、緋色の眼を抱くややつり上がった切れ長の目の印象のためか、凛として清廉とした印象を見る者に与える。

 漆黒の髪とは対照的な雪のような肌が印象的で、可愛いというよりは、綺麗といった方が適切な印象を持つ女性だが、桜のような大和撫子系ではなく、クールビューティと評される類の美人だ。

 まるで時代劇で忍者が着ているような丈の短い白い着物のような服の上に、腰から下の部分が左右に分かれた黒い羽織を纏っている。


 美青年と美女。二人の自己紹介に、その場にいた全員……特に神魔と桜が顕著に反応を示す。

「っ、魔界……!!」

「察しはつくな? ……九世界非干渉世界への無許可滞在と干渉の罪だ。おとなしく同行してもらおうか?」

 自分たちが来た意味を、正確に二人が理解したと判断したベルセリオスは、神魔と桜を交互に指で指し示す。

「神魔様……」

 ベルセリオスの言葉に、神魔との距離をわずかに詰めた桜が、判断を仰ぐように視線を向ける。

「……話を聞いてもらうのは?」

 桜を安心させようと視線を送った神魔は、やや緊張した面持ちでベルセリオスに向かう。

「魔界に帰ったらいくらでも聞いてやる。」

 しかし、神魔の言葉にベルセリオスは聞く耳持たないといった様子で応じる。

 とはいえ、そもそも犯罪者を捕らえに来て、犯罪者の都合で見逃すような事をするような人物がいるはずがないのだが。

(……ま、当然か……)

 内心でそう考えていると、ベルセリオスが小さく息をつく。

「なるほど。どうやら承服しかねるといったところか。……まあ、なら無理について来てもらわなくてもいい」

 静かに言ったベルセリオスは、まるで抜き身の刃のような金色の視線をクロスに向ける。

「そこの天使。空間隔離だ」

「……っ」

 その視線に射抜かれたクロスが応じるよりも早く、ベルセリオスがその手に身の丈ほどもある巨大な片刃の大剣を召喚する。

「っ!」

 それを見たクロスは、ほとんど反射に近い感覚で空間を隔離する。

 そうして作られた空間には、変わらない町並みや景色がそのまま写し取られている。唯一違うのは、この世界にはここにいる面々以外に生きている存在がいない事だけだ。

「……散りあえず半殺しにして連れていくか」

 それとほぼ同時に、ベルセリオスの魔力が戦意と殺意に染まり、隔離空間を漆黒の魔力の奔流が埋め尽くした。

「っ、桜!!」

「はい」

 解放されただけで心身が轢き潰されそうなベルセリオスの魔力の威圧を振り払い、神魔と桜はそれぞれの武器を召喚する。

「っ!」

 大槍刀と薙刀を召喚した神魔と桜を見て、その手に自身の霊格が武器として具現化した刀――「太極神」を召喚した大貴の前に、マリアが立ちふさがる。

「待ってください」

「っ、どういう事だ!?」

 太極オールの力に戦意をみなぎらせた大貴は、突如目の前に現れたマリアに反射的に声を荒げる。

 瑞希と名乗った女の方はともかく、ベルセリオスの力は圧倒的。ここにいる全員でかかっても勝てるかどうか分からないほどの力を持っている事くらい、未熟な大貴にでも分かる。一刻も早く助力しなければ、この戦いはおそらく戦いと呼べるものにすらならない。

「この戦いに手は出すな」

「なっ……!?」

 瞠目する大貴に、クロスは表情を崩す事無く淡々と言葉を続ける。

「分からないのか? ここは九世界非干渉世界。――つまり、本来なら俺たち全霊命ファーストが干渉する事は禁じられた世界だ。

 俺とマリアがここにいるのは、お前を守る任務のために、許可を得ているからだ。だが、あの二人はそれがない。……つまり、完全な不法滞在だ。それを捕まえに来たあっちの方に道理がある」

「っ」

 クロスの言葉に、大貴は唇を噛み締める。

 ゆりかごの世界は「九世界非干渉世界」。本来ならいかなる理由があろうとも、介入と滞在を許可されない世界。しかし、クロスとマリアに限っては、「光魔神」という九世界全体にとって大きな意味を持つイレギュラーの存在があったからこそ、特例としてこの世界に滞在している。

 しかし、神魔と桜は、九世界の法を犯してこの世界にいる。どんな理由があろうと、少なくともそれを公的に容認される理由は二人には無いのだ。

「まして……」

 さらに言葉をつづけたクロスは、眉を不快そうにひそめる。

「相手が悪すぎる……。『ベルセリオス』といえば、最強の悪魔・『魔界王』の次男だ。格が違いすぎる」

「なっ……!?」

 クロスの言葉に、大貴は目を見開く。

「……前に話したな? 俺たち全霊命ファーストは、この世界を創造した『神』から生まれた。最強の悪魔――『魔界王』は、『原在アンセスター』っていう、神から生まれた神に最も近い全霊命ファーストだ」

「霊的な力は、ある程度血筋に依存します。強力な親からは、強力な子供が生まれやすいんです。もちろん、それがすべてではないですが……彼がそうである事は、分かっていただけると思います」

 クロスの言葉に、マリアが続く。


 全霊命ファーストは、神から直接生まれているため、起源かみに近いほど強くなる「純種強勢」という性質を持っている。

 必然、神から直接生まれた原在アンセスターである魔界王は最強の悪魔。そして、その子供であるベルセリオスもその存在の片鱗を受け継いでいる事になる。――つまり最強の悪魔の実子であるベルセリオスは、単純にそれだけ最強に近いという事になる。


 そしてそれが、決して根拠のない事柄ではない事を、大貴が今まであった中で最強の神能ゴットクロアを持つベルセリオスの存在が証明している。

「……勝てないって言いたいのか?」

 そのあまりにも強力な魔力に圧倒されながらも、大貴はすぐにでも神魔達の元に駆けつけようと身構える。

 しかし、そんな事など看破しているクロスは、ただ決定されている逃れる事も、否定する事も出来ない「事実」のみを、淡々とした口調で冷淡に言い放つ。

「……勝てる訳がないって事だ。……マリア」

「はい」

 クロスの言葉に、感情を押し殺した悲痛な表情で頷いたマリアから光が迸り、それが聖なる光の結界となってその中に大貴を閉じ込める。

「なっ……!?」

「ごめんなさい。……あなたを彼らと――魔界の使者と戦わせる訳にはいかないんです……」

 先ほどクロスが言っていたように、この戦いはあくまで罪人の捕縛に来ているベルセリオスの側に正義がある。

 光魔神の護衛のためにここに来ているクロスとマリアにとって、ベルセリオスを邪魔して魔界と敵対するような事を容認する訳にはいかない。

「クロス! マリア!! お前ら……」

「黙って見ていろ」

「……っ!

 抗議の声を上げる大貴に、少し強い口調で言い放ったクロスは今まさに戦闘に突入しようとしている神魔と桜、ベルセリオスと瑞希に視線を向ける。




「さて……いくぞ」

 静かに言い放ったベルセリオスに、神魔と桜が一瞬で臨戦態勢を取る。

 ベルセリオスの身体から放出される圧倒的な魔力が世界を漆黒に塗りつぶし、その魔力が纏う純然たる殺気と破壊の意思が低位世界である物質世界に現象として顕現し、見渡す限りの大地を漆黒の中に消滅させていく。

「さく……っ!」

 その常軌を逸した魔力の奔流に、思わず声を荒げた神魔に一瞬にしてベルセリオスが肉迫する。

「二人同時に相手をしてやってもいいが、手間はかからないに越した事は無いからな。個別に倒させてもらうぞ」

 光はおろか、この世のすべてを振り払う「神速」。時も刹那も全てが存在しないその世界で語られたベルセリオスの言葉に、神魔はわずかに瞠目する。

「っ……!」

(この距離・・じゃ、桜と「共鳴」出来ないか……!)

 ベルセリオス武器である身の丈ほどの黒い片刃の大剣が振り抜かれ、漆黒の刃が世界を斬り裂き、強大な魔力が純然たる殺意を以って神魔を呑みこむ。

「神魔様!!」

 この場の誰をも圧倒的する力。九世界でも決して多くは無い最強に限りなく近いレベルの全霊命ファーストの力が神魔を呑みこんだのを見て、桜が声を上げる。

 この一撃で神魔が死んでいないというのは、桜の存在に溶け込んだ神魔の存在の欠片が教えてくれる。しかし、ベルセリオスの圧倒的な力を前に神魔が無傷でいられない事も分かっている桜は、愛する人の身を案じずにはいられない。



 九世界では一般的な常識だが、そもそも伴侶同士で互いの神能ゴットクロアを共鳴させ、増幅するという現象は、常時発生するものではなく、攻撃を一発限り強化するような使い勝手の悪いものに過ぎない。

 互いの放った攻撃同士を増幅させる程度ならまだしも、互いの力を瞬間的に高めるには、武器にしろ身体にしろ、必ず相手に触れなければならない。――神能ゴットクロアの共鳴を使う相手は、「個別に撃破」。これが戦術の基本だ。



「く、っ……」

 ベルセリオスの放った漆黒の斬撃波動の渦から強引に逃れた神魔は、防ぎきれずに受けた傷から血炎を立ち昇らせていながらベルセリオスから距離を取る。

「……ほう」

 多少の傷を負ってはいる者ものの、特に大きなダメージも受けていない神魔を一瞥して、ベルセリオスは口元に余裕の笑みを浮かべる。

 それは絶対強者だからこそ持ちうる圧倒的な力と存在感。相手の強さを神能ゴットクロアの知覚で判別できる全霊命ファーストにとって、勝てる可能性がある戦いと勝つ可能性のない戦いを判別するのは容易い。――そして、これは神魔には絶対に勝てない戦いだった。

「神魔さ……っ!!」

 咄嗟に神魔の元へ駆け寄ろうとした桜は、反射的に夜桜の魔力を纏わせた薙刀を構えると同時、桜色の髪を持つ大和撫子に神速の一閃が放たれる

「っ……!」

 強大な魔力の衝撃に全身を貫かれながらも、その神速攻撃を薙刀の柄で防いだ桜は、その攻撃の主――漆黒の髪を後ろで束ね、ややつり上がった切れ長の目を持つ凛とした女性を見る。

 氷麗とした表情を浮かべた瑞希と名乗った悪魔は、そのまま身体を回転させながら、反対の手に持つ細身の刀を振るう。

(二刀の武器……!)

 軽く目を見開いた桜は、瑞希の両手に握られた細身の刀による旋風のような斬撃を瞬間的に魔力を凝固させた結界で阻む。


 全霊命ファーストにとっての武器は、自身の力、存在そのものを「攻撃」という形に特化させたもの。本来は「一人に一つの武器形態」だが、それにも例外がある。

 それが「二つ以上の武器を一対の武器」とするその特殊な武器形態。二刀流、あるいは大剣と小剣といった大きさの違う武器を「一つの武器」と括って定義するこういった武器を持つ者は、ごく稀に存在する。


「男の心配をしている場合かしら? ……『雪月花せつげつか』!」

 静かに言い放った瑞希は、両手に持った細身の刀に魔力を纏わせる。

「ええ。わたくしはいかなる時でも神魔様の事を最優先に考えておりますので」

 表情の起伏が少ない氷麗な表情に、凛とした存在感を纏った瑞希は、まさにクールビューティ。それに対峙する桜は、優しげな面差しを緊張感で引き締めて、花のようなしなやかな美しさを纏う大和撫子。タイプの異なる二人の美女は向かい合い、互いに視線を交錯させる。

「……そう。男を助けに行きたければ、私を倒す事ね」

 桜の言葉を無表情に聞き流した瑞希が、感情のこもらない冷淡な口調で言い放つ。

「……そのつもりです」




「はあああああっ!!」

 大槍刀の巨大な刀身に込められた漆黒の魔力が、暴虐なる破滅の奔流となってベルセリオスに迸る。視界全てを埋め尽くすような圧倒的な漆黒。

 しかし、その力を前にしても居住まいを崩す事のないベルセリオスは、身の丈ほどもある片刃の大剣に魔力を注ぎ込む。

「……『裂空黒斬剣ゼルブレイヴァー』!!!!」

 ベルセリオスの存在が、攻撃のために武器として定着した形である大剣が閃き、天を貫く漆黒の竜巻が生まれる。

 神魔の力を遥かに超えた魔力の渦が荒れ狂い、神魔の放った漆黒の奔流を粉砕し、破壊し、引き千切り、消滅させる。

「……っ、やっぱりとんでもない、かな……」

 実力差が分かってしまうが故に分かる目の前に立つ者の絶対的な力。自分を遥かに超える力を前にして恐れながらも、神魔は怯える事無く目の前の男に向かい合う。

 目の前に立ちはだかる敵は自分の及ばないほどに強大。しかし、その存在がこの世界にはさらなる高みがあると神魔に告げる。

「でも……負けられないんだ」

 大槍刀を握る神魔の手に力がこもり、その表情に不思議と小さな笑みが浮かぶ。

 自分よりも強い存在と対峙する度、自分よりも強い者と戦う度、神魔の中に命への執着と共に、強さへの――力への渇望と、「もっと強くなれる」という確信にも似た感情が湧きあがる。

 その衝動に高揚しながらも、目の前の力への恐怖に冷えていく感情。矛盾しながらも矛盾しない二つの感覚に突き動かされる神魔の魔力は、さらに研ぎ澄まされ、充実していく。


 世界の理と事象の全てを超越し、神魔とベルセリオスがその刃を交える。

 光すら及ばぬ神速。世界すらも容易く滅ぼす力。神に最も近い存在だからこそ成し得る力がぶつかり合い、世界を軋ませる。


 しかし、二人の間にある力の差はあまりにも大きい。

「はあっ!!」

 天を引き裂く魔力の刃を受け、神魔の武器である大槍刀に亀裂が入る。

「ぐっ……!」

 自身の戦意、戦闘能力……そして魂そのものである武器に損傷を負うという事は、自身の魂を傷つけられるのと同じ。

 そのダメージに口の端から血炎を立ち昇らせる神魔は、瞬時に大槍刀の亀裂を修復する。

「いくら直しても同じだぞ? まあ、心が折れていないのは褒めてやるが」

 武器を瞬時に修復した神魔を見て、ベルセリオスがため息をつく。


 自身の魔力から構成されている武器は、破壊されたり、破損しても本人が生きている限り何度でも顕現させる事が出来る。

 確かに武器を破壊される事で魂にダメージは通るが、それで命を落とす事は無い。あくまでも「自身の戦意を挫かれ、砕かれた」という概念がダメージとして回帰されるためだ。

 しかしその武器の強度は、本人の意志の影響も大いに受ける。迷いがあったり、心が弱っていればそれに比例して武器の強度は下がり、さらに自分の首を絞める事になる。


「そんな事、分からないでしょ……!!!」

 苦痛に表情を歪めながら、神魔は揺るぎない意志を宿した金色の瞳でベルセリオスを射抜く。

「すぐに分からせてやるさ」

 心は折れなくても、ベルセリオスの力ならその力のままに、神魔を圧倒できる。

 当然十全の意志と力を持った武器を、真正面から力任せに打ち砕く事も可能になる。同等程度の力ならば全く欠けない武器を破壊できるという事は、二人の間にそれほどの力の差がある事を意味している。




「はああっ!!」

 夜桜の魔力が嵐のように吹き荒れながら瑞希に向かって迸る。

 まるで夜の闇に散る桜吹雪のような力の暴風に臆することなく突っ込んだ瑞希は、その力を両手に持った二本の刀に注ぎ込んでその嵐を粉砕する。

 砕け散った桜吹雪の衝撃に、その氷麗な表情をわずかに苦痛に歪めた瑞希に桜の薙刀の刃が弧を描いて放たれる。

「っ!!」

 一切の混じり気を持たない純然な殺意を宿した桜の斬撃が、思わず息を呑んでしまうほど優美に放たれたのを見て、瑞希は瞬間の反応で桜の薙刀を片方の刀で受け、反対の刀で斬り返す。

 完全に桜の魔力を読み切って、二撃の命中までの誤差が完全皆無の返し技。しかし、その攻撃は桜の虚像を斬り裂くに留まる。

(こんなところで時間をかけていられないというのに……っ!)

 瑞希から距離を取った桜は、平静を保ちながら、内心では焦燥を隠せなかった。





「……桜と瑞希って女の力は、ほとんど同等だ。勝敗は紙一重ってところか」

 その戦闘の様子を見ながら、クロスは冷静に戦況を分析する。背後では、マリアに結界内に封じ込められた大貴が声を上げているがそれは黙殺する。

「だが……」

 小さく呟いたクロスは桜と瑞希の戦いから、勝ち目のないもう一つの戦いへ視線を向ける。




「はああっ!!」

 世界を闇に閉ざす漆黒の力が放たれ、その威力に世界が闇に閉ざされる。

「ぐっ……!」

 圧倒的な力の力の奔流からはじき出された神魔は、全身から血炎を上げ、手にした漆黒の大槍刀には無数の亀裂が入っていた。

 満身創痍とまではいかないが、反撃の機会も見出せずに危機に追い込まれているのは誰の目にも明らかだった。

「言っただろう? 何度やっても無駄だと」

 一瞬にして間合いを無にしたベルセリオスが、天に高々と漆黒の大剣を掲げる。

 全てを凌駕し、万物を滅却せしめる意志を収束された漆黒の魔力が天を貫く。あまりにも強大な力の波動が空間を捻じ曲げ、一縷の光の存在すら許さない闇が最上段から振り下ろされる。

「っ!!」

 満身創痍の神魔には――万全の状態であっても回避すらできない一撃が無慈悲に振り下ろされ、大槍刀ごと神魔の身体を斬り裂く。

 深紅の血炎が噴水のように噴き上がると共に、砕けた漆黒の大槍刀の破片が宙を舞い、それが魔力の粒子となって消失していった



「神魔様っ!!」

 それを敏感に感じ取り、桜が声を上げる。

 神魔と存在を交換し合い、限りなく深いレベルで融合している桜は、神魔の存在を知覚能力以上に敏感んに感じ取ることができる。

 特に神魔の命にかかわるような危機は、特に顕著に桜に伝わってくる。今まさに最愛の人が手の届くところで生命の危機に晒されている事は桜の精神と集中を著しく殺ぎ落としていた

「っ!」

 刹那、桜はほとんど反射的に身体を捻る。

「っ」

 完全に神魔にばかり向けられていた知覚が自身の身に迫る危機を感知し、それを咄嗟に回避した桜を無数の斬撃が掠め、血炎が舞い上がる。

「……余所見をしている場合なの?」

 氷麗な表情を向ける瑞希に、桜は焦燥と動揺と怒りの入り混じった視線を向ける。眼前の桜を冷ややかに見据える瑞希の鋭い眼は、すでに勝利を確信していた。





「神魔とベルセリオスの力の差は圧倒的。……追い詰められていく神魔に気を取られ過ぎて、桜も本来の力を発揮できない。……そろそろ、終わりだな」

 元々分かり切っていた結果。

 神魔達とベルセリオスの間にある絶対的な力の隔たり。そしておそらくは神魔を瀕死に追い込んでいく事で、桜の力を大きく削ぐための二対二。――全てがベルセリオスの手の平の上だった。

「……っ」

 その言葉を聞いた大貴は言葉を失い、マリアは悲痛の色を浮かべて目を伏せた。




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