創造神
(これが、創造神様――)
(なんて存在感なの!?)
祭壇の上に鎮座する玉座の前に佇む創造神の姿を瞳に映す桜と瑞希は、その存在を前にして畏敬のあまりに身じろぎ一つできなくなっていた
最初に生まれた神にして、世界の創造主にして頂点たる神位第一位の女神。
たおやかにして清楚な淑やかな立ち振る舞いからは威圧感のようなものは一切感じられないというのに、自らの存在の根源が、最大級の敬服を以って威服することを理解させられてしまう
嫉妬や対抗心を抱くことすらおこがましく、敵意を抱くことすらできない絶対的な存在。意思や存在ではどうすることもできない、もっと根源で絶対的な部分がこの絶対なる神を害することはもちろん、あらゆる非恭順を不能としていた
(わたくしが浅はかでした。この方の前でわたくしに何かができるなどと)
(もう、強いとかそういう次元の存在じゃない――!)
今にも平伏してしまいそうになる意思を奮い立たせ、かろうじてその場に両の足で立っている桜と瑞希は、自分達に全く意識を向けていない光の絶対神を仰ぐしかできなかった
(神魔様――?)
決して侮っていたわけではなかったが、ここに来る前にした己の決意がいかに無意味なものだったのかを無力感と共に思い知らされた桜は、なんとか神魔へと視線を向けて違和感を覚える
創造神を見る神魔は、胸を押させて呼吸をわずかに乱している。だが、その表情を浮かべさせているのは、畏怖や絶対な存在への委縮などではなく、親愛やそれ以上の感情――それこそ、一目で恋に落ちたかのようなものであることは桜には一目瞭然だった
「…………」
桜からの視線に気づくこともできない神魔は、創造神に対して特別な感情を抱く自分に困惑しながらも、その姿から目を離すことができずにいた
そんな神魔の視線を受け止め、穏やかに微笑む創造神は次の瞬間には彼我の距離を無にし、もう一人の破壊神に手が届く位置にまで近づいていた
「ようやくお会いできました――わたくしの最愛の人」
「!?」
神魔の正面に移動し、視線を交錯させた創造神がその白い頬をかすかに赤らめて紡ぐ思慕の情に満ちた言葉に、桜と瑞希は驚愕に目を見開く
当然それは神魔も同じことであり、その世には存在しえない完璧な美が顕現した創造神の告白に等しい言葉に対して、息を呑む
「何を驚くことがあるのですか? 創造神とあなた――〝破壊神・カオス〟は、原初にして根源たる〝絶対なる渾沌〟から生まれた最初の存在」
そんな神魔を見つめながら、同じくその伴侶である桜と瑞希にも聞かせるべく一言一言を紡ぐ創造神は、目を細める
「対極にして対となるもの――世界で最初にして永遠の伴侶なのです」
「!」
創造神の口から紡がれるその言葉に、神魔と桜、瑞希は息を呑む
「絶対神であるわたくしが愛することができるのは同じ絶対神の破壊神だけ。そして同様に、わたくしを愛することができるのも、同じ絶対神である破壊神だけ。
あなたとわたくしは、この世に生まれた瞬間から――いえ、あなたの場合はこの世に存在する前から、わたくしと番うことが定められているのです」
最初に生まれ、世界と全てを生み出した二柱の絶対神――「創造神・コスモス」と「破壊神・カオス」は単なる対極ではなく、伴侶としての対一性の顕現でもある
あまりにも美しいものには触れることが出来ないように、絶対の美と存在の顕現である創造神を愛することが出来るのは同格の存在である破壊神だけ
それゆえに二柱の絶対神は、互いを伴侶とし合う夫婦神なのだ
「……っ」
心情や運命ではなく、理として番うことが定められているという創造神の言葉を否定しようにも、限りなく破壊神として完成している神魔は、自身の内から湧き上がる感情によってそれを事実だと認めざるを得ない
(絶対神が愛することが出来のは同じ絶対神だけ。ということは、もし神魔様が完全に破壊神として覚醒された場合、わたくし達は――)
「ご心配には及びませんよ。あなた達の心は通じ合い、あなた達の命は分け合われ、あなた達の存在は通じ合っている――ですから、あなたが破壊神となっても彼女達との関係は変わりません」
その言葉に、神魔と桜、瑞希の心の内に生じた憂いを見越しているかのように、創造神は聞かれるまでもなく答えを述べる
契りによって魂――存在を交換し、共有し合った以上、仮に神魔が破壊神となっても、桜と瑞希から愛情が失われることはない
それは神魔が悪魔という存在を経てきたからこそできる奇跡だった
「話を戻しましょう。かつて、わたくしと破壊神は創界神争で戦いました。しかしそれは、憎しみや敵意によって行ったわけではなく、共に全知全能であるわたくし達の力の世界における領分を定めるために必要だったからなのです」
懐古と寂寥と愛おしさに目を細め、神魔と封じられている破壊神を重ねた創造神は、苦しい胸の内を明かすように言の葉を紡いでいく
創造神の神力である「創造」と破壊神の神力である「混沌」は、共に絶対の力。全知全能にして完全無欠であるが故に、全てができてしまう
故に互いの力を侵食し、相殺し合うことで世界における創造と混沌が同時に存在する理を定めるために創界神争が行われたのだ
「ですが、その戦いで破壊神は、一人でありながら二人に分かれてしまいました」
かつて世界の在り方を定めた戦いを思い返した創造神は、もう一人の破壊神である神魔を瞳に映して言う
同じく全知全能だったために、破壊神のその行動を読み切れなかった創造神は、当時の己を悔いるように告げ、そしてその結果生まれた神魔に慈愛の眼差しを向ける
「わたくし達絶対神は世界そのもの。どちらかが命を落としてしまえば、対となる絶対神共々世界は滅び去り、再び渾沌へと還ってしまう
故に、世界の維持のためには、二人になった破壊神を一人に戻す必要があります。――ですが、わたくしにはどちらかの破壊神を選ぶことはできませんでした」
創界神争で勝利した創造神が破壊神を滅しなかったのは、愛しているからという理由に加え、どちらかが死ねば、自分を含めた世界の全てが完全にリセットされてしまうため
だから創造神はこの神界で待ち続けていた。世界へと逃げたもう一人の破壊神の種が息吹き、封じられた破壊神を呼び覚まして、一柱一神のあるべき形へ戻ることを
(神魔様と破壊神様、どちらも等しく愛しておられるが故にどちらかを選べない――だから、残る方を二人に選ばせようとなさっておられるのですね)
その言葉を聞いていた桜は、同じ女として創造神の想いに共感していた
創造神にとって、破壊神は唯一無二。自分と対等であり、自分が尽くすことのできるかけがえのない人
破壊神から生まれたとはいえ、もう一人の破壊神も比べられないほどに等しく愛していた創造神に、それを選ぶことはできなかったのだ
(絶対神である彼女にとって、手に入らないものや失うものなんてないのでしょうけど、好きになった男だけはどうすることもできないなんて……ままならないものね)
この世の全てを意のままにできる創造神にとって、選択や取捨はないようなものなのだろうが、唯一愛する男だけは思い通りにできないことに、瑞希はわずかばかりの共感を覚える
完全であるが故の創造神の欠点を垣間見た桜と瑞希が声を出せないまま視線を向けるのと、神魔が声を発するのはほぼ同時だった
「じゃあ、僕をここに呼んだのは――?」
絶対神の神圧の中でも委縮することなく声を発する神魔に、破壊神としての片鱗を改めて感じ取った創造神は、花のように微笑んでその問いかけに応じる
「創生以来、三柱の絶対神が存在する歪さを続けてきた世界はもはや限界。これ以上世界を支え続けることはできません
だからこうしてお会いできてとても嬉しく思います。あなたが破壊神となる前に、勝つにしろ負けるにしろ、あなたのことをわたくしが破壊神と等しく応援することができるように」
そう言って語りかけた創造神は、神魔の存在を自身に刻み付けるように深い慈愛を宿す透明な視線を向ける
これから神魔はもう一人の破壊神として、封じられた破壊神と戦い、唯一の破壊神を決める戦いに赴くことになる
その戦いに万が一勝利すればいいものの、負ければ神魔という存在は破壊神に取り込まれて完全に消滅してしまうだろう
破壊神を伴侶とするからこそ、共に世界に生まれた破壊神とは違うもう一人の破壊神を等しく愛するために、創造神はこの面会の場を設けたのだ
「今日までわたくしはずっとこの時のために動いてきました。破壊神を復活させるために、封じた破壊神を暗黒神達に持ち出させ、もう一人の破壊神の復活を待ち続けたのです
もっとも、干渉を必要最低限にしたために、あなたまで破壊神が継承され続けることになってしまいましたが」
闇の極神達が言っていたように、創造神の目的は最初から破壊神の復活にあった。そのために、元々神界に保管していた破壊神の封印を闇の神々が持ち出すのを容認し、もう一人の破壊神の行方を追い続けた
だが、創造神が干渉せず世界の流れにその在り方を任せた結果、破壊神は復活することなく今日を迎え、後がなくなった今代、復活のお膳立てをすることでようやくその目的にたどり着くことができたのだ
「ですが、ようやくわたくしの悲願が叶う時が来たのです」
破壊神の復活、創界神争以来離れ離れになっていた伴侶との再会――悠久にすら等しい時間を待ち続けた計画の成就を前にした創造神の微笑に、神魔は絞りだすように声を発する
「勝手なことを。僕が言われるままにあなたを受け入れるとは限らないでしょ!?」
望んでもう一人の破壊神として生まれてきたわけではない。破壊神となることを決めたのは自分の意志。さらに、仮にそれが定められたことであっても創造神と伴侶になるかを決めるのは自分自身だと、神魔は己を奮い立たせるようにして言う
今日の自分があるのは、もう一人の破壊神――「全てを滅ぼすもの」であった自分の存在が故であることは重々承知している
それを否定するつもりはないが、それでも自分なりに自分で生き方を選んで決めてきた自負がある神魔は、声を荒げるようなことはせずとも、強い語気で創造神に意見を示す
「そうですね……もちろん、あなたに受け入れていただけるように努力いたします」
神魔の言葉に目を細めた創造神は、ただ一人、愛することができる人を前にして創世以来の高鳴りを覚える胸にそっと手で触れて、謳うように声を紡ぐ
「もしあなたが破壊神となられたならば、わたくしはあなたにとって三番目の伴侶。創造神であることに驕ることなく、一人の女としてお二人に引けを取らぬようにしたいと思っております」
ここにきて、ようやくその視線を神魔から桜、瑞希の二人へ向けた創造神は、先に伴侶となった二人に敬意と羨望を抱きながら言う
「……とはいえ、そういう愛の形があるのは知っておりましたが、まさか自分がそのような立場になれるとは思ってもおりませんでした」
干渉することこそないが、九世界の同行を見守ってきた創造神は、多夫多妻制止についての知識を有し、理解もある
だが、破壊神ただ一柱のみを愛し、一柱しか愛することができない自分が複数の伴侶の一人となることに、創造神は世の巡りがもたらす奇縁に感慨を覚えずにはいられなかった
「わたくしからの話はこのくらいなのですが、なにか聞きたいことはありますか?」
創界神争の集結から張り巡らされて来た気が遠くなるような壮大な計画を一通り告げた創造神が花のような笑みを浮かべる
(聞きたいことっていうか、物申したいことは山のようにあるんだけど、今更言ってもしょうがない……創造神の感覚ってことか)
それを見た神魔は、破壊神のみを愛し、全ての被造物を等しく愛するが故の創造神の感覚に内心でため息をつくが、今更何を言っても無意味だと結論を下す
神魔に自分なりの想いがあるように、創造神も絶対神としての価値観の下、自分なりに行動していただけに過ぎない
こうして今ここにいる自分と周囲の環境、出会いと経験も悪くないと思っている神魔には、今更創造神へ恨み言を並べるつもりもなかった
「……いいえ」
「そうですか。では――」
神魔の答えを聞いた創造神は、途中まで発した言葉を止めて、桜と瑞希へさりげなく一瞥を向ける
金白色の睫毛に縁どられた瞼を伏せ、その双眸に再び神魔を映した創造神は、薄く紅を引かれた花唇を開いて言の葉を紡ぐ
「破壊神を決める戦いへ赴きたいと思いますが、万全の状態で望んでもらうためにも少し時間を設けましょう
わたくしは門の前で待っておりますので、準備ができたら来てください。それまでこの城の中で自由にしていただいていて構いません」
意図して一歩分の距離を取り、神魔と桜、瑞希に向けて語りかけた創造神は、淡い燐光を帯びる金髪を揺らめかせて身を翻す
まるで最初からそこにいなかったかのように創造神の姿が掻き消えた白い室内だけが神魔達の眼前に残され、空中に漂う金白色の蛍だけがそれが現実だったことを証明している
「ごめん桜、瑞希」
光の蛍が世界に溶けて消えるだけの時間の沈黙を置いてから神魔が発した第一声に、桜と瑞希はそれぞれに応じる
「いえ」
「まさか創造神があなたの伴侶なんてね」
いたわるようにたおやかな声音で答えた桜に続き、瑞希がわずかばかり困惑する自分を落ち着かせるように言う
三人の意識の中には、この世界の創造主にして最も美しく、最も強く、最も尊い神の姿と言葉が反復されていた
「それで、いかがなさるのですか?」
まるで焼き付けられたように残る光の絶対神の告白に意識を満たされる桜は、神魔の様子を窺いながら問いかける
その言葉には具体的な内容を示すものはないが、神魔と瑞希にはそれが「創造神を伴侶として受け入れるのか」という意味であることが分かっていた
「――あの人を見た時、なんていうか凄く特別な気持ちになったんだ。桜と初めて会った時みたいな」
桜の問いかけに、深く息を吐いて肩を落とした神魔は、観念したように淡々とした口調で答える
それが有り体に言えば、創造神に一目惚れをしたという意味であることを分かっている桜と瑞希は、沈黙を守ったまま神魔の答えを待つ
創造神を見た瞬間、神魔はこの人物が自分にとって特別な存在だということを感じてしまった
それは生物が食事をするような、心臓が鼓動を刻むような――否、もっと根源的で原初の位階から生じる衝動であり、その事実は神魔の中でごく自然に、当然のこととして受け入れられていた
「その気持ちに嘘はつけないよ――ごめんね」
どういう事情があるとはいえ、自分が創造神を愛してしまっているという事実を認めざるをえない神魔は、桜と瑞希に自らの考えを伝える
今創造神を拒絶することは、自分の想いを偽ることになる。それが定められたものであるとしても、神魔には自らの心を否定することはできない
「神魔様が謝罪なさることなど何一つございません。ですが、ただ――」
神魔の言葉に目を伏せたまま応じた桜は、躊躇うように数度視線を上下させると、かすかに頬を上気させながら、言葉を続ける
「少しだけ……ほんの少しだけ嫉妬してしまいました」
桜も瑞希も、多夫多妻制度を敷く世界に生きているため、複数の伴侶を娶ることに一定の理解がある。事実二人は、共に神魔の伴侶として互いを認め合っている
だが、創造神は最初から――神魔と結ばれる運命を持ち、結ばれる理を持った女性。神絶の美貌と絶対の神力を有する最も神々しい神と神魔がそのような関係にあると言われれば、いかに桜とて心穏やかではいられなかった
「…………」
その胸の内を明かし、自分の勝手な想いを告げた申し訳なさ不安に視線を伏せる桜と、それに同意を示す瑞希を交互に見た神魔は、目を伏せて二人へ向かい合う
自分ではどうしようもないこととはいえ、創造神との関係が二人の表情を曇らせていることに罪悪感を覚える神魔は、謝罪と気遣いを込めた優しい声音で自分の気持ちを伝える
「こんなことが慰めになるか分からないけど、創造神が生まれる前から決まっていた伴侶だったとしたら、桜と瑞希は僕が、僕自身の気持ちで好きなった人だよ
だから、気にするなっていうわけにはいかないかもしれないけど、二人にはこれからも僕と一緒にいて欲しい」
それは、神魔の偽らざる気持ち。創造神と生まれながらに伴侶となる運命であったとしても、自分が選らんだ伴侶は桜と瑞希なのだと伝えるもの
「神魔様」
「神魔」
気恥ずかしさを押し殺した真摯な言葉と、そこに込められた想いは桜と瑞希の心を打ち、二人の表情を柔かなものに変える
どちらからともなく歩み寄り、その距離を縮めた神魔と桜、瑞希は互いに身を寄せ合って、その温もりを確かめるようにする
(二人のためにも、僕は必ず破壊神になる)
次の戦い――封じられた破壊神との戦いに敗れれば、神魔という存在は失われてしまう。それを分かっているはずの桜と瑞希へ想いを寄せる神魔は、勝利と共に愛する伴侶の許へ帰ってくることを自分自身に刻み付けるように言い聞かせるのだった
九世界へと続く門を呼び出す祭壇の前に佇み、金白色の燐光を帯びる長い金髪に天頂の光を受けていた創造神・コスモスは、瞼と共に薄く紅を引いた花唇を開く
「――準備はいいですか?」
背後を振り返ることなく問いかけてから反転した創造神の動きに合わせて、その身に纏われる純白の衣がわずかに揺れる
全てが始まり、全てが終わる戦いに赴く重みを秘めた神妙な神声を向けられた神魔、そしてその両隣に佇む桜と瑞希は、創造神の問いかけに一つ頷くことで動じる
三人の視線に込められた確固たる決意を読み取った創造神が鷹揚に一つ頷くと、天頂に輝いていた神臓から光の球体が飛来し、祭壇の上で世界を繋ぐ門を形作る
神の住まう世界と神が被造した世界を結ぶ荘厳な門扉が開くと、創造神は神魔達へと視線を向けて神々しい微笑を浮かべる
「では参りましょうか」
※
世界と世界の狭間に広がる空間に生まれた仮初の世界。〝時空の狭間〟などと呼ばれ、永遠とも、泡沫のような時に様々な世界の風景を映す空間――その一つが、破壊神の封印を持って神界を逃亡した闇の神々の拠点を隠すものだった
一面に広がるのは純白の雲海に、豊かな緑や清からな水を抱いた大陸のような大地から、小さな岩塊までが重力など存在していないかのように浮遊する世界
天を覆う厚い雲から光が差し込むその神秘の空間に、闇の神々と光の神々、そして九世界の王達を筆頭とする十名ほどが顔を揃えていた
「…………」
「慈愛神・ラヴ」となったマリア、「正義神・ジャスティス」となったクロス、そして天界の姫であるリリーナへと落ち着かない様子で視線を配る詩織は、光魔神として覚醒した大貴に軽く肩を叩かれて視線を向ける
「大貴」
「大丈夫だ」
神魔達が神臓の許へ向かった後、そこに残った者達は矛を収めた闇の神々に続いてこの場所までやってきていた
それから今までこの何もない空間で待ち続ける間、神界へ向かった神魔達の身を案じ、これから行われる破壊神を決める戦いと、様々な不安を抱える詩織は、静かだが強い大貴の声音に支えられて頷く
「――来たか」
目を閉じ、迷走するようにして静かに待っていた闇の極神が一柱――「終焉神・エンド」が口を開くと、それを証明するように世界を繋ぐ門が開き、そこから四つの影が姿を現す
終焉神の声と世界門につられてその場にいる全員の視線が向けられ、詩織はそこにいる人の姿を瞳に映して息を呑む
(神魔さん……!)
両隣に桜と瑞希を連れて世界門の中から現れた神魔に視線を向けた一同は、その後から現れた人物に言葉を失う
一点の穢れもない純白の霊衣に、淡い燐光を帯びた金色の髪を揺らめかせるこの世に存在することが信じられないほどに神々しい美女。
何もない空間に足を着く度、空が波紋のように揺らいで、その足跡を空に残す神然の美貌を持つ神の降臨に世界は時が止まったかのような静寂に満たされていた
「あれが、創造神……」
その超然な存在感は、初見の大貴であっても何ものなのかを理解させられるほどのもの。
ただただ圧倒され、根源から平伏してしまう絶対なる存在――神位第一位たる神が、創界神争の終結以降初めて九世界へと降臨した光景に誰もが目を奪われ、固唾を呑むしかなかった
「大貴君、それにクロスとマリアさん」
「リリーナ様に九世界の王達もいらっしゃいますね」
「魔界王・魔王」、「天界王・ノヴァ」、「地獄界王・黒曜」、「天上界王灯」、「冥界王・冥」、「聖人界界首・シュトラウス」と最強の聖人「マキシム」、「妖界王・虚空」、「妖精界王・アスティナ」、「堕天使王・ロギア」、「人間界王・ヒナ・アルテア・ハーヴィン」――自分たちを待っていた早々たる面々を見て、神魔と桜、瑞希は歩を進める
そこにいるのは九世界の王達とその伴侶、原在達九世界の頂点たる支配者達に加えて、天界の姫であるリリーナや神魔の実母である「深雪」といった縁のある人々
さらに、九世界の王達よりも離れた場所から、円卓の神座№9「覇国神・ウォー」とその眷族達、そして同じく円卓の神座№10「護法神・セイヴ」とその力に列なる眷族――闇と光、それぞれの神に忠誠を誓った神臣の異端神達がうかがっていた
「ご苦労様です」
「天照神・コロナ」と「摂理神・プロヴィデンス」を筆頭とする光の神々がその場で膝を折って跪くのを見た創造神は、その歩を止めてから光の神々の主として労いの言葉を向ける
先の戦いで光の神となり、その一因となったクロスとマリアもそれに倣い、創造神・コスモスに頭を下げながら神魔達の様子をうかがう
「破壊神様の復活と、その結末を見届けてもらうために、九世界の王達と光魔神にもご列席いただいていますが、なにが問題がありますか?」
光の神々がそれに一層深く首を垂れるのを視界の端で一瞥した創造神は、その声にゆっくりと視線を動かして闇の神々を束ねる「暗黒神・ダークネス」と「終焉神・エンド」を見る
「いいえ。なに一つ問題はありません。新たな――そして、真の破壊神を決める戦いの結末を見届けていただきましょう」
闇の二極神には、改めて確認するまでもなく全知全能の力を持つ創造神がこの状況を見通し、その答えを返すことを確信していた
「そのお言葉、真に恐悦の至りでございます」
「世辞は不要です。早速始めましょう」
皮肉などではなく、神位最高位の神に対する純粋な畏敬を以って応じる暗黒神と終焉神に対し、創造神は絶対神に相応しい厳かな言葉づかいで応じる
創造神その言葉に闇の極神二柱が応じると共に空間に闇が差し、そこから神々しい金白色の光に包まれた球体が姿を現す
透き通った透明感を持つ光球の内側には極彩色の光が宿り、まるで息遣いのようにその中で不規則に踊っている
そして、その封印の外にはそれぞれから異なる神力を発する四つの暗黒色の球体が浮遊しており、一つ一つが破壊神による復活を待つ闇の神々の種であることが知覚できた
「あれが、破壊神の封印」
(あの中にもう一人の僕がいる)
それを見た神魔は、不思議な懐かしさと一体感を伴う感覚を覚えて自然と声が零す
自分がもう一人の破壊神であると聞いてから理解はしていたが、こうして封じられた破壊神を前にすると、その事実が不思議と神魔の中に合点を得ていた
そのため、神魔は創造神自身が解除するか、同等以上の神格を持つ者にしか解くことのできない絶対封印の中に眠る破壊神に意識を奪われていた
「では、今から破壊神の封印を解きます」
厳かな声で告げた創造神が軽く手を翳すと、神聖な金白色の光が解けて、その内に封じられていた闇が解放される
「――ッ!」
瞬間、世界の光が全て奪われ、純黒の闇のみが全てを染め上げる
根源と原初よりも古く、終滅の先にある〝絶対なる闇の理〟――「混沌」が、世界にその存在を示し、全てのものに終わりの始まりと全ての滅還を確信させる
神位第一位たる絶対神の神格を正しく発現させた混沌は、先に桜と瑞希が「神の寵愛者」の力を用いて行使したそれとは全く次元の異なるもの
全てを超越した原初の神闇が世界に再度降臨し、そしてその暗黒中から混沌そのものである存在がゆっくりと姿を現す
創造神と対になる絶対神の一柱として、見比べても遜色のないこの世のものとは思えないほど完璧な均整を持つ男神
全てを見透かすような金色の双眸で世界を見据え、理知的な印象と野性的な雄々しさを違和感なく同在させて昇華させたその面差しは、青年と大人の中間を思わせる
額と側頭部から生える角が天を衝き、腰まで届く闇よりも黒い長い黒髪と、金色の縁取りがされた黒衣が混沌の力に煽られて翻っている
霊衣と一体となった黒の鎧は、所々が角のような尖形をしており、全てを滅ぼす混沌を体現した攻撃的で凶々しい印象を見る者に与える
あらゆるものを寄せつけない絶対の力の顕現たるその姿は、畏怖と恐怖を振りまき、それでいて畏敬と崇敬の念を抱かざるを得ない神々しさを備えていた
「あれが、破壊神……!」
封印の中から現れた闇の絶対神――「破壊神・カオス」を前にした神魔は、自分そのものであるその姿と力に声を漏らすのだった