この世界の全て
暗黒神によって隔離された世界。天を覆いつくす二つの力のせめぎ合いによって悲鳴を上げているかのような軋音が響く中、大地に展開された黒白の結界の中に佇む女性は憂いを帯びた瞳で空を見つめていた
「光魔神様――大貴さん」
胸の前で手を組み、祈るような眼差しを送るその女性――人間界王「ヒナ・アルテア・ハーヴィン」は、人間の創造主にして、自らが最も愛慕う人を想いながら、この極限の戦いを見届けようとしていた
※
天を裂くように広がる白黒一体となった力の翼。白き光であり、黒き闇。白き闇であり、黒き光である金色の鎧を纏うその翼を広げた光魔神エンドレス――大貴は、完全に覚醒した太極の力を纏って飛翔する
先端に行くほど白くなる黒髪の上に角と王冠、二つの形を併せ持つ金色の角冠を輝かせる大貴は、身の丈にも及ぶ金銀の刀身を持つ太刀を振るって、その極大の力を解き放つ
「オオオッ!」
神速で振るわれた太刀の一閃と共に、完全に覚醒した太極の力が斬撃の波動となって迸り、混じり合うことのない純粋な黒と白が世界を塗り潰す
黒白の神極の力が向かう先にいるのは、極彩色の輝きを内包した透明に近い結晶質の長髪をなびかせた神敵――「反逆神・アークエネミー」だった
「光魔神!」
世界で唯一決まった魂と姿を持たない神が、その神能である「反逆」の力を最も強く発現できる、美しく醜悍な面差しを持つ中性的な男の姿を取った反逆神は、その手に携えた大槍刀の斬閃によって大貴の太極を相殺する
自在に形を変え、あらゆる形状に代わる反逆の力が形を変えた反逆神の武器である大槍刀の斬撃が天を引き裂き、その力を刻み付けていた
(世界の全てである唯一の力。――時間、空間、概念、理、この世に存在する全てのものは奴のもの……! この私でさえも例外ではない)
大貴の攻撃を相殺してみせた反逆神は、自身の武器である反逆の大槍刀の刃の先が太極によって取り込まれているのを一瞥して、不敵に嗤う
円卓の神座№1「光魔神・エンドレス」の神能である「太極」は、光と闇の両質を同時に備え、全ての存在全ての力と共鳴することができる唯一の力
そして、完全な神格を取り戻した今の大貴は、時間や空間とも共鳴して取り込んでおり、世界の全てを支配している
故にその力は回避することも防ぐこともできず、触れたものを全て太極として取り込むことができる。――そしてそれは、唯一絶対なる神の敵対者である反逆神であっても例外はない
「フフフッ」
「何がおかしい!?」
思わず笑みを零した反逆神は、世界と共鳴することで空間の全てを把握し、まるで最初からそこにいたかのように神移してきていた大貴の斬撃を受け止める
光魔神となった大貴の純黒白の太極と反逆神の力がせめぎ合い、力の火花を散らせる様をその凶々しい双眸に映した反逆神は、自然と笑みを零していた
「気分を害してしまったのなら謝ろう。――私の知らないお前が、私の知る光魔神の力を十全に使いこなしていることが嬉しくてな
またこうしてお前と相対し、戦うことができる。世界の全てそのものであるお前と戦うことで、私の存在が満たされる」
かつての光魔神の姿を想い重ねた反逆神は、この世界で唯一自身と同等の神格を持ち、自分の全力を過不足なくぶつけて戦うことが出来る大貴に向けて言い放つ
その刃から放たれる反逆の力が、悪意さえをも取り込む太極の力を相殺し、あふれ出した力が無数に迸る閃光となって大貴へと襲い掛かる
「お前は最高の敵だ」
「白々しいやつだ」
敵意に満ちた喜びの言葉とともに放たれた悪意の力を太極の力を注ぎ込んだ太刀の斬閃で相殺した大貴は、その力と同じ黒白の視線で神敵たる反逆の神を見据える
神敵にして、悪意の化神である反逆神の力はこの世の全てに敵対する力。全ての事象を拒絶し、世界の理に反逆するその力は、この世の全てであり、あまねく事象すら己の者とする光魔神の太極の対極にある
神に敵対する悪意の力と、それさえをも合一せんとする太極とがせめぎ合い、互いの力をより強く世界に顕現させる事象の名残が大貴の周囲に星のように瞬いていた
「光魔神感じているか? 今ここに世界の全てがある」
自分と大貴の周囲、そしてこの世界の全てを満たす太極と反逆の力を見回すようにして、反逆神は感慨深げに言う
この世界で唯一光と闇の神格を等しく有し、全を一として共鳴して取り込む太極と、この世の全てに敵対する反逆の力――それは、まさに世界が始まる前の姿の縮図だといっても過言ではないものだった
「随分な言い分だな」
「お前はその力で何を成す?」
この世で唯一、自身と拮抗する敵としての存在となった大貴の咆哮を受けた反逆神は、その口端を吊り上げて言う
「今のお前なら世界の全てと共鳴し、支配することも容易だ。時間も空間も越え、その全てを太極で満たすことができる。
――そう。例えば、死んだ姫を生き返らせることはおろか、姫が最期まで夢見ていた恒久的世界平和も実現できるかもしれないな」
完全に覚醒した自分の力を把握している大貴に、反逆神はその端正な顔を美しく歪めて甘美な響きを持つ言葉を囁きかける
世界の全てと共鳴し、その全てであることができる光魔神エンドレスの太極の力を以ってすれば、反逆神の言うように、死んだ愛梨を生き返らせることも、世界を一つにすることもできるだろう
愛梨を殺したのは、神位第六位の神の力。ならば、神位第五位と神位第四位の中間にある反逆神の神格を持ってすれば、その死を覆すのが不可能ではないことが、同等の神格を持つ神となった大貴には本能とも言うべき根源的な感覚で理解することができた
それだけのことができる――否、できてしまうという事実が、反逆神の言葉と共に、大貴の心に重くのしかかってくる
「俺がそんなことをすると思うか?」
だが、そんな反逆神の試すような言葉に自らを戒めるように深く息を吐いた大貴は、その一言を以って神敵の言葉を切り捨てると共に、黒白の翼を広げて飛翔し、最上段からの斬撃を放つ
世界そのものと共鳴する今の大貴にとって、間合いも距離も――神速でさえも取るに足らない。光魔神となった大貴にとっては、世界の全てがその自分自身にさえ等しいものだからだ
「そうだろうな。全てであるが故に、お前にとって世界は常に一つというわけだ」
「世界が一つになることと、世界を一つにすることは違うってだけだ」
どこか皮肉めいた口調で言う反逆神が放った悪意の力の極大砲を、大貴は太極の力を纏わせた太刀の斬閃で受け止める
敵対にして、この世の全てを蹂躙する悪意の力とすら共鳴した大貴は、その力一部を取り込んで自らのそれへと変えると、斬閃と共に黒白の奔流として反逆神へと撃ち返す
太極の力は、個であり、全であり、変化であり、不変であり、矛盾であり、合理。分かり合えず、異なっていながらも、それらは決して違うものではないことを大貴はこれまでの経験から知った
世界とは、異なるものをあまねく受け入れる器。この世にあるものは、全てなくてはならないもの。そしてこの世にないものもまたこの世にあり、この世にあるものは無くなることはない
同じでないからこそ時に争いや不和をもたらすが、それらもまた正しく世界を成す理の一つであることに変わりはない
「世界の全てであるお前にとっては、神への叛逆たる悪意でさえも、認め、受け入れるべきものか――やはり、生まれ変わってもお前はお前のままなのだな」
自身へと迫るこの世界の全てである太極の力を反逆の力によって打ち払った反逆神は、世界に唯一の無貌の神としての存在を体現した悪意の力によって、その武器を巨大な多頭の龍へと変えて大貴を迎撃する
嬉々とした感情をその端正な顔に浮かべた反逆神の言葉と共に牙を剥き、金属質の光沢をもつ龍の顎が前後左右から大貴へと迫り、その口腔から放たれる反逆の力が凝縮された極大の砲撃が天を射抜く
「それは違う」
世界の理を蹂躙し、この世界から抹消する神敵の力を黒白の力翼を羽ばたかせて潜り抜けた大貴は、そんな悪意とすら共鳴する太極の力を以って天を絶つ斬撃を放つ
「俺は、お前が知ってる光魔神じゃない! 地球人として生きて、神魔やクロス達と九世界を巡って十世界や愛梨と出会ったから今の俺になったんだ」
ゆりかごの世界の中、神敵の眷族として生まれ、光魔神を宿し、神へと至った今日までの日々を思い返した大貴は、その全てに感謝を抱いて太極の力を解き放つ
「俺の中には、お前と同じ反逆の意思がある。でも俺はそれを否定しない。――なぜなら悪意もお前も、この世の敵であっても、不必要な存在じゃないからだ!」
太極と反逆の力がせめぎ合う中、自らの力を砲撃として収束して龍の咢を薙ぎ払った大貴は、再び空間と時間を己のものとして反逆神へと迫る
神能に乗せて届けられる大貴の声に、極彩色の輝きを宿す宝珠のような髪を揺らめかせた反逆神は、多頭の龍を操ってそれを阻むと共に声を上げる
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。だがお前の言う通りだ!」
太極と反逆の力がぶつかり合い、火花を散らす様をその双眸とその瞳の中にある無数の眼に映した反逆神は、龍として行使していた武器を大槍刀の形へと変えて大貴へと叩き付ける
自らが認めない限り、世界のあらゆる現象と事象の束縛を拒絶する反逆の力が込められた斬撃が神速すらをも越える一閃となって振り落とされると、世界と共鳴することでそれを知覚していた大貴が、寸前でその一撃を受け止める
「く……ッ」
「悪意は世界が不完全で不平等だから生まれるのではない」
自身の斬撃が受け止められたのに怯むことなくその力を解き放った反逆神は、そのまま刃を振り下ろして大貴を両断せんとする
しかし同等の神格を有する上に世界そのものと共鳴し、己自身としているため、それを知覚した大貴は、その斬撃が届く寸前に半身を捻り太刀で受け止める
各々の武器を構成し、そこに込められた太極と悪意の力が火花を散らし、せめぎ合う刃が硬質の金属音を立てる
悪意を取り込まんとする太極、太極に反抗する反逆の力が渦を巻き、原初の如き光景を作り出す
「神は、この世界に正しくないものがあることを許した」
せめぎ合う刃を振り払い、渦巻くその力を霧散させた反逆神は、その一撃で態勢を崩した大貴へと襲い掛かり、大槍刀の切っ先を鞭のようにしならせて放つ
「絶対神達ならば、この世界を完璧なものとすることが出来たはずだ。もし神がそんな世界を作れば、神敵は存在しなかっただろう
――だが、神はそれをしなかった。不完全なものや異分子、不確定なもの――あらゆるものが存在し、干渉する余地を残した。正しく強くあることだけを是とせず、自らの存在意義のために強いものを落とそうとする卑屈な悪意を認めた」
まるで生きているかのように空を奔った大槍刀の矛先が大貴を捉え、その威力のままに吹き飛ばす手ごたえに口端を吊り上げた反逆神は、更に自身の周囲に生み出した無数の力球から収束された悪意の砲撃を放つ
「っ」
自身へと迫る神叛の力の砲撃に歯噛みした大貴は、世界と同化した太極を喚起して空中で受け止め、全にして一なる力へと還元して消滅させる
「神は、自らに敵対し、あるべきものや正しさを貶める神敵すら必要としている――そして、それこそが本当の意味での〝正しさ〟なのだ」
自らの力が取り込まれたことなど意にも介さず、悪意の力を凝縮した斬撃を放って太極を相殺した反逆神は、大貴へ向けて神妙な面持ちで語りかける
「分かるか? 光魔神」
「自分を否定するものを認めるってことだろ」
大槍刀の斬閃を弾きながら大貴が言うと、その整った面差しに喜悦の笑みを浮かべた反逆神の双眸の中に規則的に配列されている小さな目が蠢く
見る者に恐怖や狂気を与え、そして根源的な嫌悪感を掻き立ててくるその瞳に視線を受け止める大貴は、神格を解放して、共鳴した世界と事象の全てを根源たる太極の一へと呑み込む極大の黒白渦を生み出す
「そうだ。悪意があるが故に、正しさの尊さを知ることが出来る。悪意を見て人々は正しさを考え、自らの生き方と在り方を見つめることが出来る
故に私は、これからも、そしてこれまでと同じように、世界と神の敵であり続ける。この世界の正しさを疎む悪意であり続けよう」
自身をも取り込まんとする太極の力に抗いながら、反逆神はそう言って手にした大槍刀を無数に枝分かれした矛先へと変えて大貴へ向けて放つ
そこに込められた悪意からは何の迷いもない純粋さが感じられるばかりか、自らが神に必要とされていることへの誇らしさのような感情すら感じられる
「く……ッ!」
自身へと迫る悪意の矛の切っ先を太極を帯びた太刀で弾き飛ばした大貴がそのまま斬りこもうとした瞬間、その武器全体に無数の目が生じ、そこから全方位に向けて悪意の力が収束された砲撃が放たれる
(反逆神の武器がさらに変化した!?)
変化した武器による拡散砲撃に大貴が息を呑むのと、悪意の力が凝縮された閃光が命中するのはほぼ同時だった
触れたものをこの世から抹消し、事象的に廃絶する悪意の力の閃光が大貴を捉え、その存在を構築する太極の力とせめぎ合って消滅する
「だから、私はまたお前を殺そう」
太極そのものであるが故に、触れたものを全て自神へと取り込む光魔神を存在を蝕む悪意の力によって傷つけた反逆神は、苦悶の表情を浮かべる大貴に向かって神移する
その目に映る大貴に、かつて自身が殺した「光魔神・エンドレス」の姿を重ねる反逆神は、悪意に染まった矛を身の丈の数十倍ほどにもなる巨大な剣刃へと変えて横薙ぎに振るう
「お前の思い通りになるかよ!」
世界の理を歪めながら迫る大剣が自身へと命中する寸前で小さく独白した大貴は、その太刀を振るって斬撃を受け止めると、戦意を全く失っていない双眸で反逆神を射抜く
天を遮るほどに巨大な剣の刃による反逆神の一撃を凌いだ大貴は、一瞬すら存在しない間にその間合いを詰めて最上段からの斬撃を見舞う
「もちろんだ。君が私の思い通りになっては何も面白くない」
純然たる戦意の下に放たれた大貴の渾身の斬撃が今まさに命中しようとした寸前、その武器を瞬時に大槍刀へと変えた反逆神によって防がれる
すんでのところで斬撃を防がれ、相殺し合う太極と反逆の力のうねりに歯噛みする大貴に、反逆神は静かな面差しを向けて口を開く
「――その逆もまた然りだろう?」
全てを合一する太極の力が武器ごと自分を取り込もうとするその威と共に大貴を弾き飛ばした反逆神は、悪意を破壊の閃光へ変えて放つ
世界の理に反する力が込められた閃光が事象を越えて自身へと迫るのを、太極の力で共鳴し、斬撃で相殺した大貴は、光である闇である翼を広げて神移する
「私は敵。そしてお前は全て。――私がこの世の全てを正しく敵にすることも、世界の中に世界に敵対する私がいることこそが、この世の在るべき姿なのだ」
太極の力によって空間と時間を己のものとした大貴へ語りかけながら、その武器を無数の天に舞う槍へと変えた反逆神はそれを解放する
反逆神の極彩色の輝きを宿す宝珠のような髪を揺らし、雨のように放たれた悪意が形を成した黒槍が流星のように天に軌跡を残しながら大貴へと迫りくる
「なら、俺は悪意も敵意も全部まとめて呑み込んでやるよ!」
自身へと迫る槍の雨を太刀の斬閃で弾く大貴が、存在の髄にまで響く衝撃を感じながら声を上げると、その隙に肉薄していた反逆神が穏やかな表情で応じる
「やってみるといい。それができるのなら、だがな」
「く……っ」
投擲した槍の一本をその手に掴み、横薙ぎにはなった反逆神の斬撃が角冠を捉えて亀裂を生じさせると、大貴の側頭部から血炎が零れる
だが、それに怯むことなく純粋な黒白が混じり合うことなく存在する太極の力を収束した大貴は、それを無数の極大砲撃として放つ
大貴自身の攻撃に加え、共鳴して同化した世界に干渉することで全方位から放たれた黒白の砲撃が、神速を越えた神滅の概念となって反逆神へと降り注ぐ
神すらをも取り込む黒白の力を全身を包む結界によって受け止めた反逆神は、広げた手を握る動作によってその意識を伝播し、事象として発現させる
「!」
反逆神の意思に応え、その力である武器――群槍がその形を変え、大貴をその中心に置いた巨大な花を思わせる形状として具現する
大貴がそれに気を取られたほんの一瞬の後に、まるで牙のようにその内側におびただしい刃を生やした花弁が蕾へと還るように空間を閉ざしていく
しかしその花が閉じ切る寸前で大貴は太極の力を解放して刃花弁の接近を阻み、一瞬の間を作り出すことによって神移してその刺刃の抱擁を回避する
だがまるでそれを見越していたかのように大貴が移動した先には反逆神が待ち構えており、その力を収束した波動を撃ち込む
「……!」
好敵手たる光魔神を捉えて炸裂した悪意の力の奔流をその双眸に映し、確かな手ごたえに口端を吊り上げた反逆神だったが、それを呑み込むように噴き上がるこの世で最も純粋で混じり合うことのない黒白の力に目を細める
その瞬間、反逆の奔流を貫いて伸びてきた太刀の切っ先を紙一重で回避した反逆神だったが、その刃はその頬に一筋の斬痕を刻み、結晶質の長髪をわずかに斬り落としていた
「オオオオッ!」
瞬く間に血炎を立ち昇らせる傷口が塞がっていくのを一瞥した反逆神は、その手中に呼び戻した武器を大槍刀の形へと変え、悪意の爆発の中から肉薄してきた大貴の斬撃を受け止める
刃がぶつかり合う硬質な金属音と力がせめぎ合う衝撃音が重複し、相殺された黒白の太極と反逆の力が空を塗り潰して、そこに込められていた純然たる滅殺の神意が世界に破壊をもたらす
「――クク。この世界の頂点ともいえるその力を存分に振るう感想はどうだ? お前の全力を受け止めてやることができるのは、この世界で私だけなのだぞ?」
光魔神となった大貴と反逆神の戦いは決定的な一撃はなくとも、太極と反逆の拮抗する力によって互いに存在を損亡し合っている
この世の全ての敵にして害悪たる己をすら取り込む懐かしい太極の神威に喉を鳴らした反逆神は、無数の目が規則的に並んだ瞳で大貴を見据えて言う
特異な神格にあるために、同等の神格を持つ者が一柱しか存在しない光魔神と反逆神にとって、己が全力を互角に振るうことが出来る存在の価値は計り知れない
今はもう一人の破壊神――神魔のことで世界に顕現しているが、神が世界に干渉することを禁じる不可神条約によって光と闇の神々がこの世界から去れば、九世界の頂点の力を持つ二柱だけが残されることになる
例え神敵であろうと、光魔神・エンドレス――大貴にとって、自身の存在を保証する寄る辺となるであろうことは想像に難くなかった
「――お前にとって、それが全てなのか?」
「なに?」
せめぎ合う力によって軋むような音を立てる世界の間を縫うように届けられた大貴の声に、反逆神はその端正な顔にわずかに怪訝な色を浮かべる
神能によって届けられる声は、いかなる音の中にあっても明瞭に伝わってくるが、その言葉は込められた大貴の意志によって一層その色合いを増しているように思える
「愛梨と一緒にいて、それでもお前の中にはそれしかないのか? 神の在り方が変えられないものだとしても、お前にとって敵意だけがお前の全てなのか?」
「――あぁ、そういうことか」
大貴のその言葉に、その言わんとすることを理解した反逆神は目を細める
それを見た大貴は、感情の抑制された声の淡泊なの響きと細められた双眸には、わずかに哀愁とも呼べるような感情が灯っているのを見逃さなかった
完全存在である神とは違い、異端神は厳密にいえば全霊命にあたる。だがその名に〝神〟とつく存在は、この世の事象と理そのものの存在といっても過言ではない
故に神であろうと異端神であろうと、自らが司る在り方を変えることはない。――できないと言い換えてもいいだろう
反逆神は敵対者であり、神敵。その在り方を否定することは、それこそ反逆神が反逆神たることを否定することに等しい
同じく神となった大貴にはそれが良く分かる。だが、だとしても神にとって自らの神力が表すものが自神の全てではないのだと大貴はその力と言葉で訴えていた
「姫は稀有な女だった。姫の志を継ぐ者や姫と同じ志を持つ者は現れるだろうが、あれと同じところに至れる者は、しばらく現れないだろう」
この世界へと還っていた愛梨のことを思い返した反逆神は、その記憶を噛みしめながら大槍刀の斬撃と共に大貴に悪意の奔流を叩きつける
「思想も主義は私とは相いれないものだったが、神敵たる私とは違う形で神が作り上げたこの世界に今とは異なる在り方を示そうとしていた
姫に言わせれば、〝世界に神が許した生きとし生けるもののの可能性を拾い上げる〟ということなのだろうが……」
その武器を剣、鎌と次々に変化させながら、怒涛の攻撃を繰り出す反逆神は、太極と反逆の力嵐の中で大貴と視線を交錯させる
淡々と紡がれる声音は一見これまでのそれと変わりないように思えるが、反逆神の力とすら共鳴する大貴には、そのわずかなその干渉を介して愛梨への確かな興味とその死を惜しむ感情が垣間見えていた
「あのまま姫が生きていれば、いつか私では作り出せなかった神に抗う世界の姿を目の当たりに出来たかもしれないというのに――惜しい女を失くしたよ」
敵となるのではなく味方となることで世界を変えようとした愛梨の可能性を惜しむ反逆神から放たれた巨大な突撃槍のような形となった武器の切っ先を受け止めた大貴は、高速で回転するその威力に歯を食いしばって踏みとどまる
「く……っ、!?」
だがそんな大貴の抵抗を愉しむかのように悪意の力は回転する突撃槍の切っ先を無数の刃へと変化させ、太極へと突き立てる
「――!」
その手応えに端正な顔のんかでその本質を表しているかのような悍ましい双眸を細めた反逆神だったが、すぐにその目が小さく見開かれる
その視線の先にあるのは、当然光魔神エンドレス――大貴の姿。無数の刃へと変化した武器の切っ先を受けながらも、その存在を構築する全なる太極によって反逆の力と共鳴していた
(これは、私の武器と共鳴して――)
血炎を立ち昇らせながらも、この世界の全てにさえ等しいその力によって反逆神の武器と共鳴する大貴は、顔を上げて視線を向ける
「そうか。それが聞ければ十分だ」
「…………」
不敵な笑みを浮かべる大貴の表情に勝利を確信したような意思を見て取った反逆神は、わずかに眉を顰めて怪訝な心情を示す
「あいつの想いが、お前をわずかにでもそう変えられたのなら、きっとあいつのしてきたことは無駄じゃなかった。
俺もお前を神敵としてではなく、俺の敵として倒すことが出来る」
自身の身体に突き刺さった刃を掴み、太極の力を解放した大貴の言葉に奏姫・愛梨の姿を幻視した反逆神は、武器を握る手に力を込める
神敵という神理の事象ではなく、自らの心で定めた倒すべき相手として戦う意思を示した大貴の力が、世界を黒白に塗り替えていく
「もう私に勝ったつもりか? 全がいる限り敵が失われることはない。分かっているだずだ――この世界の全てである光魔神の力こそが、敵対者である私の存在を保証していることを!」
触れるもの全てをも取り込む太極たる光魔神の力に叛逆する反逆の力が猛り、天地を軋ませる
弱さを正当化し、自らのために強者を貶めて引き摺り落とす悪意の力が、世界そのものである太極に抗い、害そうとその威を振るう
「知ってるさ。俺とお前は同じなんだ」
黒白と悪色がせめぎ合う中で口を開いた大貴が厳かな声音で告げると共に太極の力が迸り、反逆神は目を瞠る
この世で唯一光と闇を等しく有する神能たる〝太極〟が大貴の身体に突き刺さった悪意の刃と共鳴し、侵食していく
「っ!? これは、まさか――!」
自身の武器が――自分の存在と力が戦う形をとったそれが黒白に侵食されていくのを見て何が起きているのかを理解した反逆神は、その端正な顔にはじめて焦燥ともいえる感情を浮かべる
「反逆の力に、太極の力を与えたのか……!」
「そうだ。今からほんの一瞬の間、お前と俺は同じものになる」
太極の力によって身体に突き刺さっていた悪意の武器がその形を失うと、大貴は太刀を構えて翼を広げる
契りを交わすことなく全てのものと共鳴し、それを自分のものとすることができる太極が、敵の存在に自身の力を共鳴させることができるのもまた道理
今大貴の太極は、反逆の力を自分のものとするためではなく、反逆の力に太極の力を与えるためにその神威を振るっていた
「全ての敵であるお前が、全てと共鳴したらどうなるか――言うまでもないよな?」
「っ!」
共鳴した世界を移動した大貴の言葉に反逆神は思わず息を呑む
太極によって対極にある力が失われ、全てが等しく在る全極へと至れば、反逆の力はその神格を失うに等しい
必然、同格の神である反逆神ならばその存在を完全に呑み込まれることはないが、このほんの一瞬、悪意そのものたる反逆がその本質を中和されて失うことは避けられない
「これで終わりだ、反逆神!」
「光魔神……!」
その力を注ぎ込み、純粋な黒白の力を放つ太刀を構えて一直線に向かってくる大貴に、反逆神は大槍刀の形として顕現させた武器を最上段から振り下ろす
大貴の刺突と反逆神の斬撃がぶつかり合って一瞬拮抗するが、太極と共鳴したことで敵性を失っている反逆神の力はその威力を受け止めきれない
「オオオオッ!」
この一瞬の隙を逃すことなく、全霊の力を解放した大貴の刃が反逆の大槍刀を破壊し、そのまま胸の中心を貫く
「ぐ、ふ……ッ!」
大貴の刃に胸を貫かれた反逆神は、苦痛にその端正で中性的な顔を歪めて呻き声を零す
その手で刀身を掴んでこれ以上刃が突き刺さることを阻もうとするが、大貴の太刀は反逆神の身体を貫通しており、血炎を吹き上げさせている
「――見事だ光魔神。どうやら私の負けらしい」
結晶質の髪を揺らした反逆神は、太刀の刀身を介して注ぎ込まれる太極の力が自身を取り込んでいくのを知覚して、血炎を燻らせる口端を吊り上げて大貴に言う
この世の理に反する反逆神の力は、自らが認めない限りその身に与えられるあらゆる事象を拒絶し、無効化することが出来る
だが、その反逆の特質も、共鳴によって存在に全てを与えられたことで敵対の神格を損なってしまっている今、十分な結果をもたらすことはできない
「楽しい時間だった。久しぶりに」
神敵たる敵対者は力の本質を大きく殺がれているが故に、同格の存在である光魔神の力にもはや抗うことが出来ないことを理解している反逆神は、自らの敗北と死を受け入れているかのような穏やかな眼差しを大貴へ向ける
その凪いだ声音と紡ぐ反逆神は、自らの存在意義そのものである敵対が終わってしまったことを惜しんでいるようなわずかに哀愁を帯びた表情を浮かべていた
「ゆっくり眠れ。反逆神がいなくなっても、悪意はこの世界の一部だ」
「そうだな。お言葉に甘えて少しの間休ませてもらうとしよう」
慰めるような大貴の言葉に目を細めた反逆神は、安堵したような表情を浮かべるとゆっくり瞼を閉じていく
それに応えるように、胸を貫く太刀からあふれ出す太極の力が神敵たるその存在を取り込み、たった一つの――すべてが存在する世界へと還元していく
「!」
その時、反逆神の結晶質の髪が不自然に揺らめき、後頭部から悪意が濃縮された塊がゆっくりと顔を出す
悪意たる反逆の力が凝縮されたそれを知覚した大貴が小さく目を瞠る前で、閉じていた瞼を開いた反逆神は、口端を吊り上げて嗤う
「また会おう」
そう言い残して反逆神の後頭部に生じた悪意の塊が流星のように飛び去ると、太刀にるら抜かれた身体が膨張して場う初する
触れたものを叛滅させる反逆の力をまき散らして炸裂した反逆神は、太極の力に呑み込まれてその純粋な黒白の中へと溶けていく
「逃がすか――」
自身の存在の大半を囮に一部を逃がしたのを今の大貴が見落とすはずもなく、反逆神を取り込んだ太極を纏う太刀を構える
共鳴によってこの世界の全てを知覚下に置いている今の大貴にとって、反逆神の最後の抵抗など取るに足らないもの。
今この場から放つ力で、その存在を完全に滅却せしめることが可能だ
「!?」
だがその瞬間、暗黒色の空と枯骨色の大地が広がるこの空間そのものが、轟音と共に震えて揺らぎ亀裂が奔る
ただ何らかの力によって破壊されたのではなく、天が裂け、地が砕けることで位相がずれているその光景は、この世界そのものが空間ごと壊れたことを物語っていた
「なんだ!?」
(世界が崩壊してる!?)
完全に光魔神として覚醒した自分と反逆神が力を合わせても破壊することができないであろう、神位第三位「暗黒神・ダークネス」が作り出した世界の空間に生じた破壊の亀裂に、大貴は思わず息を呑む
「ヒナ!」
存在の髄まで響く重い衝撃に周囲を見回した大貴は、戦いに巻き込まないよう、遥か離れた場所にいたヒナが世界の崩落に巻き込まれようとしているのを知覚して太極の結界で包み込む
「大貴さん……」
自身を守ってくれた太極の結界に安堵のついた息をついた人間界王――「ヒナ・アルテア・ハーヴィン」は大貴へと視線を向けて独白する
ヒナを守り、隔離されていた世界が崩壊していくのを知覚しながら、外から伝わってくる力に剣呑な視線を細める
「この感覚……あっちの決着がついたのか?」
この空間に隔離されている間、外の様子を知覚できなかった大貴は、もう一人の破壊神たる神魔を巡る神々の戦いが、少なくとも大きな変節を迎えているのを確信していた