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魔界闘神伝  作者: 和和和和
魔界闘神伝編
298/305

正義の復活





「あちらの均衡が崩れた――いえ、元に戻ったようですよ」


 後頭部から伸びる四枚の羽のような闇。その中で不気味に蠢く瞳を向けてくる闇の神位第四位――至高神が一柱「災禍神・カルマ」の声に、相対していた光の至高神「時空神・デスティニー」は、その凛然とした視線に険な光を灯す

 豊満で肉感的ではあるが、細身で華奢な体躯をした災禍神は、身の丈にも及ぶ分厚く巨大な大剣を振り回して、タールのような粘性を帯びた黒い力を放つ


 空を塗り潰し、世界に浸透するかのようなその闇の神力――「災禍(カルマ)」がその威を振るい、時空神を暗黒と凶禍で捉える

 全てのものに不運が等しく訪れるように、逃れることを許さず死と滅をもたらす凶禍の力が時空神(デスティニー)を呑み込む

 不幸のように攻撃の意志を持たず、因果すらない理不尽な禍事をもたらす災禍の力は、神能(ゴットクロア)でありながら、災禍神(カルマ)の意思とは無関係に知覚も対処も許さないその特性によって敵を滅ぼさんとその力を振るう


「――っ」

 しかし、半透明のヴェールを纏う緩やかなに波打つ金色の髪を翻す時空神は、その名の通りの時空を司るその力を以って、回避できない凶運の力を理の埒外へと破棄する

 それだけにとどまらず、突如空間に生じた時空の揺らぎが光の剣となり、重苦しい粘性を感じさせる闇を従える災禍神(カルマ)を四方から貫く

「あなたの時空干渉。――この場所に、過去からずっと(・・・・・・・)刃を存在させていた(・・・・・・・・・)のですね」

 その名の通り、時間と空間、運命を司る時空神は、過去、現在、未来、可能性の全てそのものでもある。故に時空神が望めば、その全ては過去からその場所に存在し、力を過去からあったことにすることが出来る

 その力を以って、先程までなかった力を最初からそこにあったかのようにして顕現した光の剣が災禍神(カルマ)を貫くと同時に、内側から砕け散る

「ですが――このやり方は、分が悪いのではないですか?」


 だが、この程度ことで凶災の身たる災禍神を害することはできない。それどころか、事象的にあらゆる災悪が振りかかり、光の剣はその力そのものを喪失させ、自壊させられてしまった

 むしろ、最初からそこにあったことにして、知覚の外か放たれた先の一撃は、不運と凶事を司る災禍神の領分でもあるために、却ってその力を通常よりも大きく相殺されてしまっていた


「ふふ」

 微笑と共に地を蹴った災禍神(カルマ)は、凶つ禍の力によって神速を超越した神移によって瞬時に時空神(デスティニー)の懐へと入り込み、その分厚く巨大な刃を振るう

 粘性を持つような闇が時と運命を絡めとり、神速を越えた破滅の災いを斬撃としてもたらすが、時空神の光はその一撃を完全に防いでみせる

「……!」

 それに小さく目を瞠った禍の神に、時空神がその武器である金色の錫杖を向けた瞬間、煌めく光が災禍神を呑み込み、天を衝いて迸る


 時間と運命を司る神が放つ光は、この場――この時間、世界に災禍神が存在する因果律を拒絶し、その存在ごと禍の神を滅消する力を持つ

 更に、運命を司る神は全ての事象の選択肢を支配し、「災禍神が滅びる」という一つの確定した事実へと現象を収束し導いていく


「あらあら、これは少し苦しいですね」

 見ることも知ることもできない運命の光によって確定した未来へと棄却されんとする災禍神は、その穏やかな美貌に微笑を浮かべて災禍の闇を解放する

 その闇が運命に禍をもたらして滅ぼすのを見て剣呑な光を灯した双眸を向ける時空神(デスティニー)と、後頭部から伸びる闇の羽の中にあるものも含めた災禍神(カルマ)の視線が交錯する


「まだです!」


 その声が発せられたのは、正義神が黒影神の闇によって喰われ、その存在が喪失した瞬間。

 しかし、神格によって超過した時間に身を置いていた二柱の女神の耳にその声が届いたのは、こうして何度繰り返したか分からない力を交え終えた瞬間だった


慈愛神(ラヴ)


 その声の主が先程神化してこの世界に再臨したばかりの光の主神の一柱であることを知覚した時空神(デスティニー)災禍神(カルマ)が一瞥を向ける中、十二枚の純白の光翼を広げたマリアが、黒影神(エクリプス)が作り出した暗黒へ向かって飛翔する

「逃がすか」

 自身に背を向けて神速を以って飛翔する慈愛神(マリア)に静かな声で告げた「滅亡神・ロスト」は、因果を辿り滅びをもたらすその力を解き放つ

 同位神格の神として、光と闇の対極に位置する存在として、敵としての関係性を因果を辿り、滅びの現象をもたらす闇が攻撃という概念を越えた事象として発生し、慈愛の女神を呑み込む

「く……っ」

 その神名が示す通り、絶滅と根絶を司る滅びの闇に呑まれたマリアだったが、その力を慈愛の護りによって防ぎ、傷つきその身をながらも強引に突破する

 その身を滅闇で傷つけられ、血炎を上げながらも、マリアはその攻撃を繰り出した滅亡神ではなく、蝕の闇に呑まれた正義神の許へと向かう

「っ!」

 だが、そんなマリアの思惑を阻むように、因果を辿って神移してきた滅亡神と、影の力を以ってその距離を無にした黒影神が立ちはだかる

 滅亡神は、身の丈にも及ぶ長さを持つ分厚い刀身の鉈、黒影神は大鎌、それぞれその神力が戦う形となった武器に神格の闇を纏わせ、正義に続き慈愛の神を滅ぼさんとその刃を薙ぎ振るう


 しかし、その二つの神闇の斬撃がその身に届く寸前、慈愛神(マリア)は、白の柄に金色の装飾、輝く宝珠を備えた杖を構えて光の結界を展開する

 あらゆるものを守る慈愛の力によって展開された光の結界に二つの斬撃が炸裂し、滅と蝕――一点の淀みもない二色の神黒の闇が漆黒の空をより黒い黒に切り分ける


「――!」

 純黒と極黒の闇が迸る中、その目を細めた滅亡神と黒影神は、自分達の神力の中で光の結界によって自らを守る慈愛神の姿を見る

 光を喰らう蝕の闇とこの世の悉くを滅絶させる闇によって光の結界が食い破られる中、慈愛神(マリア)は、自分を滅ぼそうとする二柱の闇神とは異なる場所にその意識と力を置いていた


 その力の行く先を正しく知覚している滅亡神と黒影神が意識を傾けると、慈愛神となったマリアが生み出した光が、蝕の闇の中から輝ける力を救い上げていた

 まるでゆりかごのように光を包み込む慈愛の光が蝕の闇の中から出現するのを知覚で捉えた滅亡神(ロスト)は、その身を傷つけながらも事を成した慈愛神へと視線を移して言う


「正義神の力を囲った(・・・・・)か。だが――」

 マリアの目的を正しく理解している滅亡神は、それをさせまいと絶滅の闇を纏わせた大鉈を横薙ぎに振るう

 因果を辿る神速を越えた滅亡神の斬撃が暗黒神によって作られたこの世界の天を両断したかのような軌跡を刻み付ける

「思い通りにはさせん」

 滅亡神が放った天断の斬撃を受けたマリアは、慈愛の守りをもってしても防ぎきれなかったその滅斬の威力に胴から血炎を拭き上げながらも、十二枚の翼を広げて二柱の神を振り切らんとする

 天空に光輝な輝きが生じ、そこから放たれた極大の滅光と十二枚の翼から放たれたおびただしい数の閃光が二柱の闇神へと迸り、数えきれないほの光爆を生み出して黒い空に星のような無数の煌きを生み出す

「悪あがきを」

 しかし、慈愛神(マリア)が放った癒滅の光撃も、破滅を司る神と光を喰らう神の力によって相殺され、ほとんど傷を与えることが叶わなかった

(滅びた神は、絶対神の許へ還り、最誕の時を待つ。それをああして阻んだということは――)

 慈愛神となったマリアの慈滅光撃を相殺した滅亡神(ロスト)は、絶滅の闇を注ぎ込んだ大鉈を振るい、十二枚の翼を持つ愛の女神へと続く因果を辿って暗黒の斬撃を撃ち込む


 完全存在(オリジン)である神は不滅の存在。仮に今の命を終えても、絶対神が存在する限り、その力と名を継承して何度でも生まれ変わることができる

 かつて神々が争った創界神争では、その特性を封じるために倒した神を何か別のものに封じ、神器へと変えてきた

 その神の理によって、滅びた正義神はそのままにしておけば光の絶対神である創造神の許へと還ることになる

 だがマリアは、慈愛の光でその力を包み込むことで、正義神の力が創造神の許へと還るのを阻み、この世界、この場所へ引き止めた。そして、そんなことをする理由は一つしかない


(正義神を復活させるつもりか)

 マリアの目的を正しく理解した滅亡神(ロスト)は、血炎を立ち昇らせながら飛翔する姿を睥睨すると、自らの神力である絶滅の闇を解放する


 絶対神の許へ還った神が再誕するには、年単位での時間が必要になる。だが、紅蓮がそうだったように、全霊命(ファースト)に神を封じ、その存在と人格を利用することで即座に神を復活させることが可能になる

 かつて自分達が紅蓮にしたのと同じ手段を取ろうと考えている慈愛神(マリア)が黒影神の束縛を振り切り、正義神を封じた光を連れて結界の方へと向かっていく姿を見た滅亡神は、因果を辿る神移によって瞬時にその間合いを詰め、最上段から大鉈による絶撃を見舞う


「――っ」

 回避も防御も許さない滅亡の闇に影を踏まれたマリアは、それを知覚すると慈愛の光を解放して自らの存在を守る

 滅亡の闇を注がれた大剣と慈愛の光を注がれた錫杖がぶつかり合い、全てを滅ぼす滅亡と全てを慈しむ慈愛の力がせめぎ合い、光と闇が折り重なって天を衝く


《クロス!》


「マリア……!」

 天を二分する滅亡と慈愛の光を見ていることしかできず、固く握った拳を震わせていたクロスは、思念を介して届けられる想い人の声に小さく息を呑む

 慈愛神となったマリアが神々の戦いに参加してから、ずっとその姿だけを追っていたクロスは、脳裏に響く声に結界によってみることが可能となっている慈愛の神光を仰ぐ

「クロスさん? ――きゃあッ」

 そんなクロスの様子に違和感を覚えた詩織が声をかけた瞬間、耳をつんざくような衝撃――マリアが展開した結界が軋む衝撃が奔り抜ける

「――殲滅神様」

 マリアの結界を軋ませた存在を光の護りの中から捉えたリリーナは、かすかに強張った声でその名を呼ぶ 護法神の結界を一撃で破壊したほどに強大な殲討力を持つ神の一撃によって、慈愛神となったマリアの結界が軋み、亀裂が奔っていた


 だが、光の主神の中で最も守護と癒しの力に長ける慈愛神の護りは、殲滅神の一撃を防ぎ、その侵攻を阻んでみせる

 それでもそれで終わりではない。一撃で破壊できなかったのを見て取った殲滅神・カタストロフは、光の結界に滅びそのものの顕現であるその身で触れ、更にその力を注ぎ込む


「――っ」

 結界に接触した殲滅神から迸った滅びの闇が慈愛神の結界の表面を迸ると、詩織をはじめとして、その中にいる全員がその力に表情を引き攣らせる


 それは逃れ得ぬ絶対の終わり。死と破壊、破滅と滅亡。自身と自身に列なる全てがこの世から消えて無くなることを確信させる力そのもの

 そして、その力に耐えかね、マリアが展開した慈愛の結界が悲鳴を上げる。それを見た詩織達は、この守りが途切れた時が、全てのが潰える終わりの時であることを否応なく理解していた――。


「よほど、神にしたい奴がいるらしいな」

「っ」

 その特性ゆえに、単純な破壊力で勝る滅亡神の力を慈護の光で受け止めるマリアは、口端を吊り上げる神の言葉に息を呑む


 滅亡神と黒影神――同格の神を二柱同時に相手にしては、いかに守りの力に長けているとはいえ慈愛神(マリア)に分が悪いのは自明の理

 その差を埋めるために滅びた正義神を復活させようと考えるのは当然の思考の帰結だが、先程の挟撃では、自身が滅びる可能性さえあった中、傷ついてまで正義神の存在の確保を優先したマリアの行動は滅亡神の目にはいささか不自然に映った


「お前の男か」

「っ」

 神力を滾らせ、大鉈の刃を押し込みながら言う滅亡神の言葉に、マリアは小さく息を詰まらせる

「何も驚くことはないだろう? あらゆる因果を見ることが出来る俺なら、お前とあそこにいる天使が特別な想いで繋がっていることを知ることも容易い」

 分かりやすいほどに単純な――それだけ純粋なものでもあるマリアの想いを見て取った滅亡神は、関係性と因果を識るその瞳に、結界の中にいる天使(クロス)との繋がりを映して告げる

「恥じることはないだろう? 常に愛しい者のことを考え、想っているが故にその身が傷つくこともいとわず、神の存在を守ろうとした

 そして、それは同時にお前達が信じるもう一人の破壊神様をも守ることになる――まさに慈愛の神に相応しい心の在り様だ」

 武器と力をせめぎ合わせ、相殺し合う力の軋点でマリアと視線を交わす滅亡神は、その力である滅びの闇によって慈愛の光を滅ぼしながら言う

「お褒めに預かり光栄ですが、それは買いかぶりというものですよ」

 皮肉ではなく、言葉通りの意味と心情をもって告げられた滅亡神の言葉に、どこか自嘲めいた微笑を浮かべえて応じたマリアは、神闇の力の圧にその美貌を歪ませながら言葉を紡ぐ


 慈愛とは、誰かを大切に思い、愛おしむこと。守るべきもの、愛するものが幸福であることに自らの幸福を見出す想い

 突き詰めた見方をすれば、命あるものは誰しも自分のためにしか生きていない。人を愛するのも、護りたいと願うのも、幸せを求めるのも、それは結局自分がそう望むからだ

 だが、人は誰か別の誰かを想うことで繋がり合い、他者の幸福を自分のものとし、自分を幸福にすることが出来る

 誰かが幸福であることで心が満たされていく。自分一人では、何を持っていても虚しさだけが募っていくだけ

 全てのものに向けられるもの、そして国家や特定の集団、あるいはただ一人に向けるもの――それぞれ違う想い方があり、それらを慈しむ気持ちが紡がれて命あるものは世界を作り上げていく――即ち、慈愛とは〝始まり〟であり〝繋がり〟なのだ


「私は、ようやく手に入れた幸せを手放したくないだけです」

 ずっと想い続けたクロスとようやく心を通わせた時のことを思い返し、自身の人生の中で間違いなく最も幸福な気持ちを噛みしめたマリアは、慈愛の光で滅亡の闇に抗う

「そうか」

 自身と対極に位置する慈愛の神となったマリアの、一人の女としての覚悟が込められた言葉に、滅亡神は小さく笑みを浮かべる

「だが、悠長にしている時間はないぞ?」

「っ」

 一度目を細めた滅亡神(ロスト)の言葉に、マリアははるか後方――クロス達を守る自身の結界が、殲滅神の闇によって悲鳴を上げているのを知覚する

(クロス、リリーナ様、お母さん――)

 殲滅(カタストロフ)の闇によって自分の大切な人たちを守る結界が守りの力を殺され、大きな亀裂が奔るのを感じ取ったマリアは、十二枚の翼を広げて光を爆発させた

「く……っ」

 自らの身が傷つくこともいとわず、全解放した慈愛の光によって因果を辿り、強引にクロス達の許へと神移しようとしたマリアだったが、滅亡神(ロスト)の大鉈はそれをかいくぐって純白の翼の二枚を斬り落とす

「逃がすか」

 その手応えにその視線をわずかに険しくした滅亡神(ロスト)は、その形を失って純白の光の粒子へと還っていく翼の欠片を瞳に映しながら、マリアの因果を辿って滅亡の事象を発現させる

「っ」

 翼を斬り落とされた痛みに耐えながら、因果を辿っていたマリアは追い打ちをかけるように届いた滅亡の力に抗う


 因果を逆行し、望むままに滅びを与える滅亡(ロスト)と同様に、慈愛(ラヴ)の力は因果を束ね、望むままに命を守ることができる

 即ち、慈愛神の力が及ぶ限り、因果で結ばれた存在は何をしても死ぬことがなくなる。痛みも、傷も、死も――その全てが因果に溶け、繋がりに支えられるのだ


「凌いだか、だが!」

 同等の神格を持ち、対極に位置するが故に必然的に自身の絶滅の力に耐えたマリアに声を発した滅亡神(ロスト)の瞳は、慈愛の結界が殲滅の闇によって崩壊するのを捉えていた

「――……」

 慈愛神の結界を破壊した殲滅神(カタストロフ)は、慈愛の光が力を失って世界に溶けていくのを見ながら、三つの目でその場を睥睨する


 抗い得ぬ滅びをもたらす力そのものである殲滅神を前にしたクロス達は、その圧倒的神格の前に戦意を抱くことすら許されず、その場に踏みとどまっていることしかできない

 「天界王・ノヴァ」、光と闇の原在(アンセスター)達でさえ屈する神圧を放つ殲滅神は、その場に目的の人物――神魔がいないのを見て、軽くその手を伸ばす


そこ(・・)か」

 空間によってその存在を隠していることを容易く看破した殲滅神は、その空間を破壊して神魔を引き摺り出さんとする


「まだです!」


 だがその瞬間、因果を辿ってこの場へ神移したマリアが、間一髪のところで慈愛の神光を注ぎ込んだ杖を殲滅神に叩きつける

 自身の大切なものを守り、それを害するものを無慈悲に滅ぼす慈悲の滅光が煌めき、純白の光流がうねりとなって迸る

「――!」

 しかし、マリアが放った慈愛の光が純黒の神闇によって滅ぼされ、その中から傷らしい傷を負った様子のない殲滅神が現れる

 自身が放った慈愛の光さえをも滅ぼす滅びの神の存在に小さく瞠目するマリアに三つの目で一瞥を向けた殲滅神(カタストロフ)は、その大剣を横薙ぎに振るう

「くっ……」

 殲滅神放った神閃を、自身の武器である杖と慈愛の結界で防いだマリアだったが、絶大な破壊力を有するその一撃は、それを力に任せて破壊する

 殲滅の闇によって破壊された慈愛の力が消滅する中、その力は純然たる殺意を持つ神圧で滅してしてもおかしくない全霊命(ファースト)と詩織の存在を、確かにこの世界に繋ぎとめていた


「ッ!」


 滅びの力で負った傷から血炎を立ち昇らせ、苦悶にその美貌を歪めるマリアの視界に、その名から向かって来る殲滅神の大剣の切っ先が映る

 その神格に比例する神速と、その神力による滅約の因果の下で放たれた刺突は、事象として回避も防御も許さない絶死の一撃


 マリアはその刺突を六枚の翼によって受け止め、自身への直撃を防ぐ

 正義神がそうであったように、同格の神の前では絶対の生を担保する慈愛の力さえも無に帰してしまう。自身の存在すら危うくなる危険を持つその力を翼で受け止めたマリアは、その痛みの中で慈愛の力を紡ぐ


創生種子(ジェネシスメイカー)!」


 マリアが力を行使するのと同時に、慈愛の力に守られていた正義神の力が光となって迸り、神圧の暴威に成す術もなく耐えているクロスへと注ぎ込まれる

 だが、その一瞬の間を衝いてはじめからそこに存在する影のように神移してきた黒影神(エクリプス)が、マリアの首を落とそうとその武器である大鎌を振るい、漆黒の刃を神速で滑らせた


「――!」


《俺を、正義神に――!?》


 慈愛の神光によって自身に宿された神の力が鼓動を打ち、天使としての存在を書き換えていく熱を感じたクロスは、先程思念の中で交わしたマリアとのやり取りを思い返していた

《そう。神の力を使えば、今すぐクロスを正義神として復活させることができる。リリーナ様やお母さんに頼んでもいいけど》

《約束だもんな》

 脳裏に響いてくるマリアの言葉を半ば遮るように、クロスは一も二もなく了承と肯定の意志を伝える


 思念を介して伝わってくるマリアの声は焦燥に彩られているような響きを帯びており、結界越しに見える戦いを追っていたクロスにはそれが一刻の猶予もならない状態にあるが故のことだと察しがついていた

 実際、同格の神と戦いながら滅びた神を確保し、二柱に増えた敵を振り切りながらこうして思念通話を行っているのだから、それも当然のことだろう


《ごめんなさい》


 そしてそれは、マリアが慈愛神となった時、自分が神となって必ずその許へ行くと約束したクロスにとって願ってもないことでもあった。

《お前のために戦える。お前と一緒に戦える。俺にとっては、それが一番大切なことだ》

 まるでマリアに抱きしめられているような慈愛に満ちた光を感じるクロスは、その温もりに身を委ねて新しい光に自分の意識を溶け込ませていく


「!」


 慈愛の光が新たなる神の鼓動を刻むと同時に、未だ収まらない輝きが迸り、マリアの首へと滑り込んでいた黒影神(エクリプス)の刃を掴み取る

 ほんの薄皮一枚、わずかにその白い肌に食い込んだところで止められた光喰の黒刃に一瞥を向けたマリアは、その輝きが収まっていくのを見て涙で潤んだ瞳を細める


「よくも、マリアをこんなに痛めつけてくれたな」


 愛おしむようにその輝きを映し、慈しみの視線を向けたマリアの双眸には、創生の光の中から現れた最愛の人の姿がはっきりと映し出されていた


 これまでと同じ金色とクロスそのものの顔立ち。だが、その存在はマリアの創生によって天使から神のそれへと確実に神化していた

 天使だった時には確かにその背にあった純白の翼が消え、代わりに金色の意匠と宝珠で飾られた剣のような翼が光を帯びてその背から伸びている

 鎧と衣を併せ持つ純白の霊衣には真紅の装飾が鮮やかに映え、胸の中心には剣とも十字架とも取れる真紅の宝珠が輝くその姿こそ、マリアの力によって新しく生まれ変わったクロス――「正義神・ジャスティス」だった


「クロス……」


 その姿を映したマリアの瞳が憂いと幸福の入り混じった感情で揺れ、神となったクロスがその神力――あらゆる敵を葬り去る正義の光を放つ

「――再誕したか」

「マリア!」

 黒影神(エクリプス)滅亡神(ロスト)殲滅神(カタストロフ)が、それぞれの闇で正義の光を相殺する中、マリアはクロスの言葉にその言わんとするところを理解し、慈愛の光でこの場にいる全てを包み込む

 神圧から詩織と全霊命(ファースト)達を守り、そして闇の神々の標的である神魔をも守った光が白く世界を染め上げる

「大義神!」

 それと同時に力を解き放ったクロスからあふれ出した正義の光が、その手の中で戦うための形を成し、大剣として顕現する


 かつて天使だったクロスがそうだったように、正義神となってもその戦うための形たる武器は、身の丈にも及ぶ両刃の大剣として現れる

 全体は一点の曇りもない純白。真紅の光で彩られた刀身に、金色の装飾と宝珠で飾られた荘厳な意匠を持つその剣を握り締めたクロスは、正義の輝きを宿した剣を振るう


「オオオオッ!」

 これまで何もできずにいた無力感、神にするためとはいえ、マリアを自らの手で殺めた心痛を払拭するかのように放たれたクロスの正義光が斬閃と共に世界を両断するかのごとき力を振るう

 世界を総べる道義にして、敵をことごとく振るう力、そして戦うための意思である正義の力が、敵と定めたものを滅ぼすべくその威を示す


 誰もがそれを知っていながら絶対的に正しいものはなく、それでも例外なく誰もが絶対的に信じるその力が天を衝き、その輝きが一帯を呑み込む


「正義神・ジャスティスか――」

 理解、共感、畏怖――その光から感じられる正義の光が持つものに心を震わせる天使シャリオは、神と化したクロスの輝きに目を細めて独白する

 自身が十世界に所属するきっかけとなった出来事――友として、天使としてその正義を貫き、自らの前に立ちはだかったクロスの姿を思い出したシャリオは、その光に目を晦まされながら微笑を零す


「あいつらしいかもな」


 自分の知るクロスを思い返したシャリオは、マリアと生きるために神となったその後ろ姿に結界の中から視線を送り、祝福するような穏やかな表情を浮かべるのだった


「そうか。それがお前の正しさか」


 光の剣を振るい、殲滅神と刃を打ち合わせる「正義神・ジャスティス」となったクロスを見る四煌天使の一人である「アース」は寂寥の宿った穏やかな声音で呟く

 かつて正しいことを成し、それがもたらした望まぬ結果に苦悩していたクロスに正しさの在り方を諭したアースは、実弟が選んだ生き方(正義)に微笑を浮かべる

「しっかりやれよ」




「オオオオッ!」

 咆哮と共にクロスの正義の光に輝く大剣が閃くと、殲滅を司る神が黒闇を迸らせる大剣でそれを受け止める

 意思に伴う力と純粋な力――正義の光と殲滅の闇がせめぎ合い、相殺してそこに込められた純然たる神意が世界に破壊の現象をもたらす


 殲滅とは全てを絶やし滅ぼす力にして事象。そして正義とは、大義のために敵対者を滅ぼす光にして勝利の属性。

 ある意味において違いはなく、しかし決定的に異なる対極の力が世界を軋ませ、正義神(クロス)の双眸と殲滅神(カタストロフ)の三つの目が視線を交錯させる


「ふっ」

 まるでこの力の衝突を愉しむように微笑を浮かべた殲滅神が黒い剣から闇を迸らせると、全ての神位第五位(主神)の中で最も優れた破滅の概念の力がクロスを圧倒する

「……ッ」

 この世の全てを破滅させる闇の暴風に吹き飛ばされたクロスは、即座に態勢を立て直して踏みとどまる

 誰もが掲げながら、勝者だけがそれを誇示し、謳うすることを許されるように、正義とはそれだけで勝利の概念。しかし、それすらをも相殺し、超過してくる殲滅の闇にクロスは歯噛みする


「!」


 相対しているだけで心身を蝕む殲滅の闇を感じながら鋭い視線を向けたクロスは、しかし次の瞬間自らの首に黒い刃が迫っていることに気付いて息を呑む

 それは、黒影神(エクリプス)がはなった影の斬撃。自らの武器である大鎌の刃だけを、影として移動させて知覚回避不能の死閃だった

(しまっ……)


「クロス!」


 すでに首にその刃を滑り込ませ、回避することが出来ないことを理解して死を認識したクロスの耳に、マリアの声が届く

 それと同時に因果を辿って紡がれた慈愛の力が、今まさにクロスの首を両断しようとしていた黒影神(エクリプス)の刃を防ぎ、その命を守る


「助かった」

「どういたしまして。私の方がほんの少しだけ、先輩だからね」

 正義の光で死をもたらす影をかき消したクロスの言葉に、マリアは安堵の入り混じった表情を浮かべて応じる

 この状況でわずかに茶目っ気を感じさせるマリアの言葉に笑みを噛み殺したクロスは、即座にその意識を研ぎ澄ませて研ぎ澄ませて声を上げる

「いくぞ」

「はい!」

 互いに互いを助け合うクロスとマリアは、正義と慈愛――それぞれの神力たる光を解放し、三柱の闇の主神達へ向けて光を収束する

 正義の粛清、慈愛の慈悲――敵と定めたものを輝きの中に滅却する無数の極光は、眩い煌きを放ちながら三柱の闇の神を捉えて炸裂し、そこに込められた純然たる戦意によって世界を揺るがす


「――っ」


 その極光の煌きが自然に消えるよりも早く、その中から噴き出した三色の純黒が光をかき消し、わずかにその身を焦がした三柱の闇の主神が姿を現すと、クロスとマリアは肩を並べて険しい視線を向ける

(やっぱり、数の不利は否めないか。このままだと、その内押し切られるな)

 分かりきっていたことだが、先の一撃でも牽制する程度しかできなかった滅亡神(ロスト)黒影神(エクリプス)殲滅神(カタストロフ)の三柱を前に、クロスは内心で歯噛みする

 同格の神格を持つ神を複数相手にするのは容易なことではない。神になったばかりではあるが――否、神になったからこそ、このままでは遅かれ早かれ力の均衡が崩れるであろうことを否応なく理解できた

(なんとか状況を変えないと――)

 ここにきて、ようやく斬り落とされたままになっていた翼を慈愛の光で復元させることに成功し、六対十二枚の白翼を取り戻したマリアは、杖を構えて意識を研ぎ澄ませる


 主神の数はこれ以上変えられない以上、このままでは押し切られてしまうことは避けられない。そのためには神位第四位「至高神」以上の神格の戦いで光の神が優勢となるように力の天秤が傾く必要がある

 だが、下位の神格では上位の神格の戦いに干渉することはできない。マリア達にできるのは、そうなるように願い、可能な限り戦い続けることだけだった


殲滅神(カタストロフ)。俺が新しい正義神(ジャスティス)の相手をするから、お前は結界を破壊して標的を手に入れろ」

「……分かった」

 一歩一歩足を進め、クロスと相対する位置へと移動しながら淡々と告げられる黒影神(エクリプス)の言葉を受けた殲滅神(カタストロフ)は、一瞬名残惜しそうな表情を浮かべてから承諾を返す


 殲滅神にとって、正義神は自身の対極に位置する神。相反するものを司り、永遠の敵として定められた存在だ

 その相手を別の神に任せるということにわずかな名残惜しさを覚えるが、今最優先されるべきはもう一人の破壊神である神魔の回収であることを理解している殲滅神(カタストロフ)は素直にそれに従う


「――!」

 殲滅神(カタストロフ)が結界を破壊せんと、その殲滅の闇を解き放つのを見据え、各々の前に立ちはだかった滅亡神(ロスト)黒影神(エクリプス)にクロスとマリアが歯噛みしたその時、結界に守られた空間の一部が歪み、そこから二人の人物が現れる


「神魔」

「瑞希さん」


 そこから現れた二人の存在を知覚したクロスとマリアは、背中を向けたまま肩越しに視線を向けてその名を呼ぶ

「――どうやら、私達がいない間に状況が動いたようね」

「そうだね」

 長い艶やかな黒髪を揺らめかせた瑞希の言葉に、正義神となったクロスを見た神魔は、眼前にまで迫っている神々の戦線に視線を向けて応じるのだった






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