MALICIOUS CRADLE:親愛なる敵対者
額の中心から生える漆黒の角と漆黒の髪。黒の双眸を持つ黒の戦鬼にして地獄界の王たる「黒曜」は、携えた太刀に純黒の闇を斬閃と共に波動として解き放つ
神威級神器「終死末」によって神に等しい神格を得た最強の鬼の斬撃波が、全てを滅ぼす終滅の力を以って迸る
しかし、触れるものを終わらせる力を持つ闇の斬撃は、白く穢れた悪意の斬閃によって相殺され、血潮のように天空にまき散らされる
汚らわしく悍ましい白の悪意を纏う刀身を持つ剣を手にしているのは、司祭服を思わせる霊衣に身を包み、純白の髪を頭の後ろで一つに束ね、額には漆黒の鱗のような硬質で形作られる翼に似た紋様を持つ男――悪意の神片「先導者」だった
「――〝終焉の闇〟の力をそうも簡単に破る、か。やはりお前が悪意の中核なんだな」
闇の極神の一柱「終焉神・エンド」の力に列なり、自らの存在を死と滅びと終末そのものとする力を持つ神器の力を発動した自身の攻撃を一刀の下に相殺した先導者を見据え、黒曜は抑揚のない声で呟く
終焉の闇の欠片を得た今の黒曜の力は、触れるもの全てを終わらせることが出来る。防御力は死に絶え、強度は滅ぼされ、命は失われ、力には終滅が訪れる
触れるだけで防御も強度も力も関係なく滅殺する力を、先導者はなんら苦も無く相殺して見せた。それは、いかに同等の神格を持っていたとしてもできることではないのだ
「あなたにそう言ってもらえるのは光栄だが、それは買いかぶりというものだよ」
自身を「悪意の中核」と評した黒曜の言葉を受け、皮肉めいた笑みを浮かべた先導者は、その手に携えた両刃の剣を軽く弄んで言う
「ただ、悪意の本質は、それ単体の悪性ではない。感染し、拡大し、集まること。そうすることで、悪意は
天に爪を立てるものとなる
故に〝先導者〟たる私は、悪意を導き、指向性を与えることでその力を増大させる力を持っている。――つまり、この世界にいる悪意の力を私は少しずつ束ねて自身の力にしているというわけだ」
(共鳴に似た様なものか)
自身に集った汚白の悪意の力を見せつける様にしながら不敵な笑みを浮かべた先導者の言葉に、黒曜はわずかにその視線を険しくする
悪意の最も恐ろしい所は、一つ一つは弱いことでも、集まることで強大な力となること。特に悪意は、自らの弱さから逃げ、自らを正当化するために、声を張り上げてその意思を拡散していくもの
寛容に沈黙する強者や、限界まで歯を食いしばって耐える弱者とは違い、軽々しく不満を口にし、弱さや立場のなさを盾に自らが気に入らないことに横柄に振る舞う悪意の性質を束ね、導くのが先導者の力
四散していったとはいえ、この世界に満ちる悪意の残滓を取り込み、自らの力とした先導者は、その力を以って黒曜を攻め落とさんとしていた
「悪意を以って紡がれたものが国家の柱を揺るがすことも悪意の世界ではある。ならば、私の悪意が王たるあなたを落とすことが可能であることも必然だ」
穢れた白い悪意を注ぎこんだ剣を振るい、神速を以って肉薄した先導者の斬撃を受け止めた黒曜は、刃越しに伝わってくるその強大な力にわずかに眉根を寄せる
「……っ、舐めるなよ」
全身から終滅の闇を迸らせ、力まかせに刃を弾いて先導者を吹き飛ばし、体勢を崩した黒曜は今度は自分から斬撃を見舞う
「――!」
全てに終わりを与えるその刃で先導者の胴を横薙ぎにしようとした黒曜だったが、警鐘を鳴らす知覚に従ってその場から離脱する
その瞬間、先程まで黒曜の頭があった場所に、頭上から飛来した人物が持つ鹿の角を思わせる刺又を通り抜け、白枯の大地に突き立てる
「……っ」
そこに込められた純然たる意思が大地を砕くのを睥睨した黒曜は、自身と先導者の間に割って入ったその人物――「平等を謳うもの」の姿に忌々しげに目を細める
髪と一体化した鹿のそれを思わせる角を持ち、温和な雰囲気を感じさせる「平等を謳うもの」は、自身へと振るわれた黒曜の斬閃を回避して飛翔する
「……!」
空中へと移動した平等の悪意が小さく反応して視線を動かすと、そこには「冥界王・冥」が純然たる滅意を迸らせた黒い闇を大鎌の形状として整えて肉薄していた
「俺を放っておいて、こっちにちょっかい出すなんて余裕じゃねぇか」
微細なウイルス型の武器を押し固めた大鎌に、自身の神器――「死神羽」によって獲得した死の力を注ぎ込んだ冥はその刃を最上段から振るう
神速で振るわれた大釜の刃を悪平等が刺又を思わせる形状をした杖で受け止めると、そこに込められた死滅の神の力が相殺されて黒い火花を取らす
「いえいえ。余裕なんてありませんよ。ただ、殺せない人を殺すのも大変なものですから」
死の神である「冥府神・デス」の力の欠片たる神威級神器を発現させた今の冥は、存在自体が死人のそれになっている
死んでいる者を殺すことができないのは自明の理というもの。同等の神格を以ってしても、それが容易ではないことから、平等を謳うものは先導者と共闘して黒曜を先に葬りさらんとしたのだ
「ハ! よく言うぜ、テメェの悪意はそういうのを無効化できるんだろ!?」
温和なその表情に微笑を浮かべ、涼しい顔で言う平等の悪意の言葉を一笑に伏した冥は、鎌とは別に自らの武器を翼のように形どって叩き付ける
一つの武器で無数の形状を取るウイルス型武器がその力を存分に振るい、平等の悪意を地面へと叩きつけて爆塵を巻き上げると、冥は手にしていた鎌の柄を伸ばし、鞭のようにしてそこへ叩き付ける
死の力が凝縮された鎌が撃ち込まれると、その力によって爆塵が一瞬にしてかき消され、そこに叩き落されていた平等の悪意が、刺又の杖でその一撃を受け止めていた
自身の斬撃を受け止めたばかりか、先程の一撃でも傷らしい傷を負った様子のない平等を謳うものを険しい視線で射抜く冥は、両耳につけられた死神の羽飾りを揺らして咆哮すると共に大鎌を爆散させ、無数の宙に浮く黒剣へと変える
「平等を謳い、自分より上にいる奴を自分のところまで引きずり落とす。――相手の力の特性を阻害するのがお前の力だろ」
冥の意思に従って形を変え、その力を振るう黒剣の群れが全方位から一斉に悪平等へと襲い掛かる
しかし、その刃はことごとく悪平等の身体に触れる寸前で悪意の嵐の洗礼を受けてその力を殺ぎ落とされてしまう
神敵の神片の一角――「平等を謳うもの」は、その名の通り、平等を振り翳して他者を不当に侵害する悪意
平等とは等しいことではない。今この瞬間、この時における優劣勝敗に対し、等しく接することだ。だが平等の悪意は、それを否定する
生まれ、才能、努力、容姿、財産――変えられないもの、変えるべきではないものを否定し、自身がそれを持たないことを妬み、僻み、欲し、他者の持つそれらを当たり前のように手に入れられると驕る
それを体現した平等の悪意たる「平等を謳うもの」は、その性質のままに他者の権利を蹂躙する
力の持つ特性を拒絶し、その強さを認めない。――その結果、悪平等の力は他者の力が持つ特性や能力を無力化、弱体化することができるのだ
「さすがは冥界王様。よく見ていらっしゃる」
自身の力によって、〝死〟という力を弱体化させた剣を身体に無数に突き立てた悪平等は、そこからかすかに血炎を立ち昇らせながら不敵な笑みを浮かべる
しかし、その剣は本来持つべき力を大きく殺がれており、文字通り悪平等の表面を傷つけた程度の傷しか与えられていなかった
「――チッ」
それを見て忌々しげに舌打ちをした冥は、悪平等の身体に突き刺さった短剣を全て回収し、自身の周囲に影のように従える
(こいつ単体の相殺にしては、効果が大きすぎる。となると、やっぱりあいつか――)
同等の神格を持つが故に自身の力が相殺されるのはやむを得ないことだが、同時に自分の力もまた悪平等の力を相殺していなければならない
だが、その割合に異常を覚えた冥は、その原因であろう存在――「先導者」へと一瞥を向ける
「どうする地獄界王。あっちは、共闘する気満々みたいだぜ?」
悪意を束ねることでその力を強化する先導の悪意の権化を見ながら口を開いた冥の言葉を受けた地獄界王「黒曜」は、互いの力を干渉し合わせている二人の悪意を交互に見比べて嘆息する
「なら、こちらもそうするしかないだろう?」
通常、同じ力であっても他人の神能と干渉させることはできない。にも関わらず、神能の唯一の干渉手段である共鳴もなく、互いの力を乗増する反逆の悪意の力に嫌悪感を露にした黒曜の答えに冥は嬉々とした様子で声を上げる
「そう言うと思ったぜ!」
黒曜の言葉に嬉々とした様子で答えた冥が纏う闇が翼のように広がり、死の力が凝縮された無数の羽剣が先導者と悪平等二人に向けて放たれる
死そのものとなった最強の死神の放った羽群に紛れ、終焉となった最強の鬼が純黒の闇となって神速で二つの悪意へと迫る
「無意味なことを」
しかし、それを見ても何ら動じることのない先導者は、自分達と同じように共闘する冥界王と地獄王の姿に口端を吊り上げて嘲笑を浮かべる
それを証明するように、掲げられた悪平等の杖から放たれた悪意の奔流が、悪しき平等に基づいて死羽の力を殺し、そこに紛れる黒曜をも戒める
それを見て汚らわしい白の悪意を纏う剣を構えた先導者は地を蹴り、時間と空間の概念を超越して黒曜へと斬撃を放つ
悪意を束ね、自らの力とする悪意は共闘する悪平等だけではなく、その力の及ぶ限り――この暗黒世界に散った悪意達の力までをも束ねて、黒曜へと振り下ろされる
「……っ!」
自身を含めて九人分の悪意が宿った斬撃をかろうじて受け止めた黒曜は、天を衝く凶々しい白の悪意の力に全身を打たれて歯噛みする
神に敵対する悪意の力が、神に最も近く、そして今神の力の欠片を以って神の領域に踏み込んでいる王へと容赦なく迸り、その存在を世界から滅却せんとする
「お前達のそれは、ただ共闘しているだけ。だが、我々は力を合わせているのだ。その意味の違いが分からないわけはないだろう!?」
純然たる滅意に染め上げられた刃に凶白の反逆の力を注ぎ込む先導者は、拮抗する力とせめぎ合う刃がまき散らす力の火花の先にいる地獄界王へと向けて言い放つ
同じ共闘であっても、ただ一人と一人でしかない黒曜と冥とは違い、二人の悪意はその力を相互に干渉させて強化している
先導の悪意と平等の悪意の力がそれぞれを高め合い、そしてその二つの力を以って黒曜と冥の力に干渉する。その結果、同等の神格でありながら、二つの悪意は個でしかない二人の王の力に対して若干の優勢を獲得しているのだ
「――十分だ」
しかし、勝ち誇ったように言う先導者の言葉に耳を傾けていた黒曜はおもむろに口を開いて小さく独白する
「!?」
その言葉に怪訝に眉根を寄せた瞬間、せめぎ合う刃から迸る力が噴出し、先導者の斬撃を力に任せて押し戻していく
(これは……っ、〝死〟の力! 冥界王の武器を刀身に絡ませていたのか)
自身を吹き飛ばした力が地獄界王の終滅の力だけではないことを知覚した先導者は、それを可能とした手段を瞬時に理解して瞠目する
冥界王・冥の武器は極小のウイルス型。それを黒曜の刀身に乗せ、力を抑えた状態でこの状況まで隠し、意志を送ることでそこに込められた力を解放したのだ
決して共鳴や相乗効果などがあるわけではない。だが、混じり合うことなく同時に放たれた同格の神格を持つ者二人分の力の波動は、先導者を押し戻すのに不足はなかった
そしてその一撃で先導者の態勢を崩した黒曜は、そこへ全霊の力を込めた斬撃を横薙ぎに叩き付ける
「――ッ」
しかしその斬撃は、寸前で先導者の剣に防がれ、穢れた白い悪意の火花をまき散らせてその身体を吹き飛ばすのに留まる
終焉の力に吹き飛ばされた先導の悪意が大地に叩き付けられて粉塵を巻き上げる傍らで、悪平等へと肉薄した冥が死の鎌を振るう
「お前達こそ、俺達を侮ってるんじゃねぇぞ? 例え力を合わせられなくても、共に戦うことはできるんだからな」
死黒の斬撃を跳躍して回避するも、その切っ先が無数に分裂して自身を追って龍のように迫る刃を刺又の杖で捌く悪平等に、冥が低い声で言い放つ
瞬間、天を衝いて迸った死の波動に呑み込まれた悪平等は、それを力あるものから権利を略取する平等の悪意によって相殺して距離を取る
「えぇ、よく存じておりますよ」
集まることで力を増す悪意のようなことはできないが、死と終焉の力を合わせて戦う冥界王と地獄界王に平等を謳うものは、叛意に満ちた好戦的な笑みを浮かべて応じる
「だからあなた達は恐ろしいのです」
まるで意図したかのように、同時に口を開いた悪平等と先導者は、同時に神速を以って移動し、互いの動きを補佐し合うようにして攻撃を仕掛ける
その状態で放たれるのは、二人の悪意による反逆の砲撃の乱舞。収束された極大の砲撃が直線に、あるいは弧を描くように迸るも、各々の力を解放した黒曜と冥が斬閃と砲撃として放った力が迎撃し、相殺する
「……ッ!」
こうなることを見越していたかのように、わずかに視線を険しくした先導者と悪平等は、視線を鋭くして黒曜と冥に激突する
神速で撃ち交わされる刃と共に力の火花を散らせ、そこに込められた神の力がもたらす重い衝撃が二人の悪意を、その力ごと吹き飛ばす
冥と黒曜――二人が持つ神器によって獲得した力である死も終焉も、命あるもの、存在するものが逃れることのできない絶対的な理。
その力の本体である神ならばそれを喚起し、触れることなくそれらを与えることが出来るが、欠片に過ぎない神器にはそれほどの力はない
だが、その力そのものと化した二人の力は、悪意に死と終わりを与え、先導と平等――神理を穢す力を掃滅していく
(さすがは王。この強さは単純に神器の力によるものではない――その心と意志の強さに起因するものだ)
「だが!」
地獄界王・黒曜の持つ「終死末」と冥界王・冥の持つ「死神羽」――二つの神威級神器によって生み出された純黒の神の力の欠片は、その内側から迸った白く穢れた悪意によって相殺される
「――!」
裂帛の気合と共に、集めた悪意を一つのうねりと変えて打ち消した先導者に、黒曜と冥は一瞬だけ瞠目する
「我々は、社会を、国を、世界を――神を崩し、腐らせ、滅ぼす要因となる悪意。神の直系たるあなた達との戦いこそ、我らが存在の真理にさえ等しい
何しろ、悪意たる私達はその名の通り〝悪〟。ですがそれは、一般的に悪と呼ばれる異なる正義を意味するものではなく、許されざるもの。世界全ての敵因としてのものですからね
ならばこそ、我々は戦うのです。あなた方という強さと正しさを否定するために」
「それは、こっちの台詞だ!」
即座に反応した二人の王がそれぞれの力を収束し、極大の暗黒砲として放つが、先導者と悪平等二人の悪意がそれを正面から相殺して見せる
それぞれの力に込められた純然たる滅意が相殺されたことで世界に現象として顕現し、破壊をもたらすと共に大地を砕いて空を引き裂く
王達は悪意の、悪意には王達の力の、それぞれ相殺された力の余波が衝撃波として押し寄せ、身体を叩きつけて唸りを上げる
「――二人揃うと厄介だな」
相殺された力の嵐が収まり、先程までの荒々しさが嘘のように世界が凪ぐと、自分達の攻撃をことごとく凌ぎ、相殺すらしてくる先導と悪平等の悪意の化身を見る冥が淡泊な声で言う
「お前にも分かったか」
「馬鹿にするなよ?」
その言葉に感心したように独白した冥は、横から差し込まれて来た黒曜の言葉に肩を竦めると、自分達が相対している二人の悪意の一人「先導者」を見据える
「奴の悪意は、自分を常に優位な位置に設定するもんだ。――ま、奴の悪意を考えれば、合点のいく能力だろ」
先導者は、先導の悪意を司る神敵の神片。先導とは悪意を導き、束ね、増大させる力だが、そのために悪意に〝自らの価値を与える〟力を持つ
少数派や特殊な者達には〝多様性〟や〝権利〟、〝自由〟といった特別性を。弱者には〝選民思想〟をはじめとする存在のしての価値を吹き込み、その悪意を煽る
自らが認められるべき存在であり、価値があるのだと信じることで、法や理に反する悪意を抱くもの達は自らの正当性と掲げ、自分達を虐げる正しきものたちに叛旗を翻し、悪逆な叫びをあげる
その力を体現する先導者の力は、自らの価値、存在、力としての優先度を常に他者よりも高い位置に定めようとする力を発揮する
死や滅び――そういった絶対的な力に対してもそれは例外ではなく、他者の力よりも自らの力の概念の優先度を高くする。それによって、同等の神格を持ちながら、他の力に対する優位性を主張し、確保しているのだ
「先導の悪意が力を優先し、平等の悪意が俺達の力を奪う。――半共鳴状態にある二人の力が、俺達の力に対して優位な状態を作り出しているわけだ」
二人の悪意が共闘することによって生じる力の関係を簡潔に総括した黒曜の言葉に同意しつつも、冥はしかしなんら動じることなく、口端を吊り上げてみせる
「面白ぇ。ますますその力を真っ向から打ち破ってやりたくなるってもんだ」
「……単純な奴だな」
楽しいことを好む愉快主義者の一面を持つ冥の言葉に、黒曜は呆れたように嘆息する
「なんだ? なにかあいつらに勝ついい案でもあるのかよ?」
それを横目で見ていた冥が不満気に視線を向けると、二人の悪意をその双眸に映した黒曜がその口端を小さく吊り上げる
「いや。お前に賛成だってことだ」
どのみち完全な力である神能の能力には、神器のようなつくべき死角や欠点はない。神の領域に踏み込んだ存在にとって、戦いの勝敗とは、自らの神格、そして神能を総べる意思によって左右されるものだ
作戦も駆け引きも関係ない。ただ神格と力こそが自分達の勝敗を分かつものであることを知っている黒曜と冥は、互いの力を解放して二人の悪意へと向かっていく
「オオオオッ!」
死と終焉、先導と平等の悪意の力が神速を以って正面からぶつかり合い、神の領域にある力がその威を世界に顕現させる
純然たる意思に込められた滅意が現象となって世界を震わせる衝撃が収まりきらない内に、肉薄したそれぞれの武器と力が再び激突し、絶大な力の渦となって吹き荒れる
荒れ狂うその力の中心では、神の力と悪意の力が相殺し合う黒曜と先導者、冥と悪平等が各々の武器を合わせた状態で膠着していた
武器と武器がせめぎ合う金属音と共に、視線を交錯させる王と悪意――神の欠片と神敵の欠片は、自分達にとっての絶対的で不変なる敵を滅ぼさんとする
「絶対神の復活の前祝いに、神に最も近い全霊命が命を落とすというのは中々趣があるとは思わないか?」
「思わないな。ただ、今日ここでお前達が滅びて終わりだ」
まるで共鳴するように、同胞たる悪意から力を集めて、一つの悪意のうねりとする先導者の軽薄な言葉に、黒曜は好戦的な笑みを浮かべた黒曜が応じる
その傍らでは、ウイルス型の武器を大鎌の形状へと押し固めた冥が、悪平等を三つの目で射抜いていた
「これまで姫を盛り立てて、随分好き勝手やってくれてたじゃねぇか。ここらが、悪役の引き時だろ?」
「いえいえ。たとえそうだとしても、せめて要の一つでも落として散るのが、我々の美学というものですよ」
各々が渾身の力を込め、刃を合わせる王と悪意は、自身の存在の全てをかけて相手を攻め滅ぼさんとする
武器が拮抗すれば、縦横無尽に迸る力の砲撃を。それが防がれれば、また武器による攻撃を。――自らの神格の許す限りに攻撃を重ねていく時間と空間を超越する力の応酬は、もはや数という概念を失い、己が相対する敵を滅ぼさんとする事象となる
そこにあるのは、純粋な力と意志。決して交わることのない者同士が、ただ己の敵を滅ぼさんとするだけのもの
それは、ある意味最も簡潔な一つの世界の縮図。世界の趨勢と統治を司るものと、それを貶めんとするもの。――果てしない時の中で数えきれないほど繰り返され、そして今日のそれを作り出した、世界の理にも等しいものだった
「――!」
敵対者として立ちはだかる先導の悪意と平等の悪意の力に傷つきながらも、黒曜と冥はその戦う意志を微塵も緩めることはない
先導に束ねられた悪意が身を裂き、平等によって理不尽に自らの力を殺がれ血炎を上げながらも、二人の王は神敵の眷族を滅ぼすべく力を振るう
そしてその時は訪れる
幾度となく繰り返された力の激突――それによって敵対者としての本分を全うする二人の悪意は、自らの存在が満たされるこの時に無意識に口端を吊り上げていた
自身が対する強者に悪意を向けながら、敬意を以って敵対する王に先導者は白い悪意を纏った剣を振るって全霊の突貫を行う
「!」
自らの神格が許す限りの神速を以って向かってくる白く強大な悪意を、黒曜は終焉の黒闇に染まった太刀を一閃させる
しかし、その純黒の斬撃は虚しく空を切る
幾度もの激突を経て、真正面から打ち合い続けた先導者は、この瞬間これまでの戦いの全てを囮に黒曜の斬撃を回避すると、そのままその傍らをすり抜けて冥の許へと向かっていく
それに小さく目を瞠って振り向いた黒曜の視線と知覚は、まるで図ったかのように悪平等が冥の攻撃を回避して自身へと向かってくるのを捉えていた
実際にこの瞬間を見計らっていたのだろう。真正面からの打ち合いを囮に互いの相手を交換した二人の悪意と同時に二人の王もまたそれを追って地を蹴る
冥へと迫る先導者、そして黒曜へと襲い掛かる悪平等。二人の悪意がそれぞれの力を宿した武器を振るう
「!?」
それは戦略として決して間違ったものではない。それを卑怯と罵る者はいないだろう。だが、それ以上に悪意としての本質から正面切っての戦いを避けた二人は、しかし即座にその目を瞠る
(こいつ、俺を――)
(私を――)
それぞれの視線の先にいる二人の王を見た先導者と悪平等は、まるで静止したように感じられる空白の時間の中で息を呑む
(見ていない!)
黒曜と冥が今まさに相手を交換して襲い掛からんとしている自分の姿を見ていない事実に二人の悪意は畏怖を覚える
(なぜ、我々を恐れない!? 互いを信じているからだとでもいうのか?)
知覚によって二人が自分達に気付いているのは間違いない。だが、今まさに自分を滅ぼさんと襲い掛かる敵を前にしながらも、二人の王はなんら臆することなく先程まで自らが相対していた悪意の背だけを追っていた
その事実に、この奇襲を仕掛けたはずの二人の悪意は少なからず狼狽し、背後に迫る力と眼前にいる王に意識を裂かれる
「――ッ!」
そして次の瞬間、最上段から振るわれた先導者の刃が冥を捉え、突き出された悪平等の刺又が黒曜の身体を貫く
だが、それと同時に――否、ほんの一瞬怯んだ分だけ早く黒曜の太刀が先導者の胸の中心を穿ち、冥の鎌の刃が悪平等の首を斬り落としていた
肩口から入り込み、胸の中心近くまで届いた剣を受けた冥と、身体を穿たれた黒曜の眼前で、二人の悪意が血炎を上げる
空に噴き上がった赤い血炎の残滓は、さながら決着の狼煙。勝者への賞賛と敗者への手向けの花のように広がった赤い炎が世界に溶けていくのを、黒曜と冥は瞳に映していた
「――あァ、強いな」
背後から太刀で貫かれた先導者の言葉は、冥と向き合いながら自らを殺した黒曜へと向けられたものだった
「お前達が、常に正しく俺達の敵であってくれるからだ」
それを分かっている黒曜は、平等の悪意の刺又を身体に突き立てたまま、敵意と嫌悪、そして敬意の入り混じった厳かな声音で先導者に語りかける
「お前達は、俺達が打ち克つべきもの。目を背けることなく受け止め、そして自らの力で立ち向かい、越えていくものだろう?」
「――ふふっ、勝利を欲し、策を弄したが故に私達は負けるということですか。皮肉なものですね」
その言葉に、首を斬り落とされた平等を謳うものは、その双眸で互いが互いを貫いた体勢のまま止まっている決着の様子を俯瞰しながら、自嘲めいた声で言う
敵対者としての存在をまっとうし、その終わりの時を迎えた悪意の言葉を受け止めた黒曜の眼前で、悪平等の身体が力の粒子となって崩壊をはじめる
「見事だった」
そして、そんな悪意達に対して、冥界王・冥は敵対者への敬意を表した厳かな声音で言う
それに同意する黒曜と合わせて、敵対者からの賞賛を受けた先導と平等二つの悪意は、目を伏せるとゆっくり口を開く
「我らの存在は、あなた達によって生かされている。そしてまた――」
「お前達が、俺達の存在を生かしている」
たとえ、その存在が忌まわしきものであるとしても、その神能が嫌悪感を掻き立てるものであるとしても、互いがその存在を支え合っていることを知っている
「この決着は、終わりではない。我らは神の欠片。反逆神様が存在する限り、何度でもこの世に甦る」
自身の身体が形を失い始めるのを感じながら、先導者は自身を殺した最強の鬼と、向かい合う死神の王に向けて血炎を燻らせる口端を吊り上げる
「何万年、何億年先になるかは分からないが、またいつかお前達は私ではない私と相まみえることもあるかもしれないな」
悪平等の存在が完全に喪失するのを知覚の端で捕らえながら、先導者は自らの存在を構築する神叛の力が失われていく中で、王達に語りかける
いつか来るかもしれない日に期待を込めて予言する先導者は、その存在が失われる寸前に不敵な笑みを浮かべる
「今は、一時ゆりかごで眠るとしよう」
神敵にして悪意の神によって作られた世界。――悪意が還り、再び復活する時まで育まれる世界に思いを馳せながら、先導者は完全に消滅する
「……っ」
二人の悪意が消滅し、身体に突き立てられていた武器もがそれに応じて消滅すると、黒曜と冥は噴き上がる血炎と共にその場に膝をつく
「紙一重だったな」
あと少し遅ければ、悪意の刃によって相打ちに持ち込まれていたであろう薄氷の勝利に、苦悶の表情を浮かべながら言う黒曜に、肩口を大きく斬り裂かれた冥が、苦痛に歪めた顔で不敵に笑う
「だな。お互いに悪運が強かったってことだ」
致命傷に限りなく近い傷を受け、身体に注ぎ込まれた悪意の痛みに三つの目を細めた冥は、努めて明るい口調で応じる
ほんの一時、敵を倒した勝利の余韻に安堵していた二人の王は、即座にその表情を引締めると暗黒色に染まった空を見上げる
「こっちは終わったぞ」
この世界に散った王と悪意の神片との戦いが終了し、静寂が戻ってくるのを知覚しながら、冥と黒曜は他の世界で行われている戦いの行方を案じるのだった