境界を司るもの
「おおおおおおおっ!!」
光と闇、相反しながらも決して相殺する事も、交わることもない力をまとった刃が閃く。
「……やるな!」
光魔神となった大貴の刀を棍で受け止めた臥角は、不敵な笑みを浮かべる。
大貴の斬撃を受け止めた衝撃波が広がり、天を歪ませて相殺され、砕け散った力の残滓を舞いあげていた
「だが、まだまだだ」
精悍な顔で言い放った臥角から漆黒の魔力が噴き上がり、その力の圧力が大貴の刃を押し返す
「っ……!」
黒白の力を纏う刀身をへし折ってしまうのではないかと言うほどのその力の圧力に、左右非対称色の翼をはためかせて身体を反転させて捻った大貴は、体勢を無理矢理斜めに逸らしてその勢いのままに刀を振りぬく
「……!」
もし、人間が同じ事をしていれば、ほとんど力が入らず、体勢を維持する事も出来ないであろう一撃。
しかし、あらゆる現象を意のままに顕現させる事が出来る神能の特性によって、以下なる体勢からでも十全の力での攻撃ができる。
「ほう……神能の力の使い方も随分慣れてきたな」
しかし、相手もまた同じく神能の力を使う者。必然、大貴の攻撃を完全に見切り、漆黒の魔力を帯びた棍を回転させ、刀を弾くと同時に武器から左手を離し、その手のひらを大貴に向ける
「っ!」
その手のひらに収束される高密度の魔力を知覚した大貴は、瞬時にその場から距離を取る。
刹那。大貴が今までいた場所を臥角の手から放出された魔力の砲撃が、光を遥かに凌ぐ速度で通過し、隔離された空間へ吸い込まれていく。
「……以前と比べて、視覚に頼らず、ちゃんと知覚で戦闘しているな」
「それはどうも……ッ!」
淡々と言った臥角の言葉に、魔力の砲撃が掠めた肩口から煙を立ち昇らせる大貴が半ば吐き捨てるように言い放つ。
この世界で最強の力である神能は、光を遥かに超え、世界最速の移動を全霊命に約束する。
存在そのものが最も神格の高い「霊」の力で構成されている「全霊命」は、視覚も聴覚もこのゆりかごの人間とはまったく異なる仕組みで出来ているため、たとえ光を越える動きであろうとも、視力で捉える事ができる。
しかし全霊命は、それに加えて「未来視」を併用している。その正体こそが「知覚能力」。相手の身体に流れる神能を感知し、読み取る事でその動き、行動の予測を取ることができる。
全霊命の戦いにおいて、相手の力を知覚し、先を読む事は、基本中の基本にして奥義でもあるのだ。
「……一つ、聞いてもいいか?」
「何だ?」
臥角の言葉と様子に、どこか腑に落ちない表情を浮かべた大貴は、戦意を維持しつつも刀を下ろす。
「紅蓮といい、お前といい……何で俺にアドバイスみたいな事をするんだ?」
大貴の脳裏に甦るのは、かつて戦った紅蓮の言葉。
戦いに迷っていた大貴に、紅蓮は怒りを露にしながらも、まるで何かを教えようとするかのように戦っていた。
――まるで、大貴の光魔神としての成長を促そうとしているかのように。
「……ゆりかごの毒を消すためだ」
その大貴の質問に、澱みなく答えた臥角の口調、態度からは一切の偽りを感じない。
「その、ゆりかごの毒って何なんだ?」
大貴は、今まで何度も聞いてきたその言葉を臥角に問いかける。
もちろん、今までその言葉が気にならなかった訳ではない。しかし、それを聞こうとする度に、ことごとくはぐらかされてきたのだ。
「九世界最底辺――ゆりかごの世界に蔓延する毒だ」
「最底辺……!?」
「ああ、このゆりかごは、世界としても、そこに生きる生命も半霊命として最下級の――九世界で最も劣った存在だ」
「それが……このゆりかごに生きる命が、毒だって言いたいのか!?」
問い詰めるように語気を強めた大貴の視線を受け流し、臥角は不敵な笑みを浮かべる。
「この世界に存在するものは、元を辿ればすべからく神から生まれている」
「……?」
不意に口を開いた臥角の言葉に、大貴は困惑した表情をわずかに見せる。しかしそれに構う事無く、臥角は話を進めていく。
「全霊命と世界は神から生まれた。半霊命は、神から生まれた『世界』から生まれた。九世界の人間は、光魔神から生まれた……」
臥角は静かに言葉を続け、そしてその視線が大貴をまっすぐに射抜く。
「なら、ゆりかごは何から生まれた?」
「っ、どういう……!?」
臥角の言葉に、大貴は目を見開く。
「その答えに辿りつけば、お前が知りたい事が分かるはずだ」
「……なっ?」
「十世界と戦い続けろ。そこに答えがある」
「……そんな言葉で、俺がお前たちの都合のいいように動くと思ってるのか!?」
臥角の言葉を振り払うように、手を大きく横に薙ぎ払って大貴が言い放つ。
紫怨や臥角の目的が、自分の力の覚醒にある事は分かっている。自分に宿った力が、それほどに強大なものだというのは、おおよそ自覚している。
しかし、それと「覚醒したいか」という事、さらに言えば、十世界と敵対して戦う事は決してイコールではないのだ。
「……お前、どうして紅蓮がここにいたか分かるか?」
「……っ!」
臥角の言葉に、大貴は息を呑む。
紅蓮との最初の邂逅を思い起こせば、紅蓮は大貴の中に光魔神を宿している事を知らなかった。にも関わらず、九世界非干渉世界である「ゆりかごの世界」に、紅蓮はいた。
「……それは……」
言葉を詰まらせる大貴に、臥角がたたみ掛けるように言葉を紡いでいく。
「十世界の目的……『全ての世界を統一し、争いの無い世界を創る』――十世界の盟主、『姫』のこの目的に賛同している者は、実はほとんどいない」
「っ!?」
「現在、十世界全体に所属している者たちは、そのほとんどが単純に姫への好意から姫につき従っているにすぎない。……そして姫への好意を持つ者達は、姫のために、姫の意思を無視してある物を探している」
「ある物……?」
息を呑んで、その言葉を反芻した大貴に、一拍の間をおいて臥角が重々しい口調で言い放つ。
「神器だ」
「しん、き……?」
「かつてこの世界を生み出した光と闇の神……『創造神・コスモス』と『破壊神・カオス』。その二柱の神が創界神争で戦った時に、その力から生まれた神の力を宿した器物――それを総して『神器』と呼ぶ」
創界神争――それは、世界最初にして九世界最大の戦争。九世界の歴史の中で唯一、神が起こし、神が戦った世界全土を巻き込んだ創世戦争。
「光の絶対神である創造神と、闇の絶対神である破壊神。その名の通り、創造と破壊を司る二柱の神の戦いによって、その力の残滓から被造される事無く生まれたのが、『異端なるもの』と『神器』。
光にも闇にも属さない無の存在である異端なるものとは異なり、神器は神の力の破片が器物として具象化した物……つまり、それ自体に神の力が宿っている」
「……!」
その言葉に目を見開いた大貴を見て、臥角が淡々と言葉を続ける。
「理解したか? つまり、紅蓮もそのためにこのゆりかごの世界に来ていたという事だ」
紅蓮は元々、神器を探して、それが隠されている可能性が高い「九世界非干渉世界」であるゆりかごの世界にやってきていた。そしてそこで、たまたま光魔神を見つけたのだ
「分かるか? このゆりかごの世界ですらそうなのだ。すでに九世界全土に十世界の活動が行われている。
――確かに、お前は自分の意思で戦う時を決められるかもしれない。だが、結果は同じ事だ。このままなら、いずれお前は十世界と戦うことになる」
「……何でそんな事が分かる?」
まるでそうなる事を確信しているかのように言う臥角に、大貴が眉を寄せる
「姫の理想は、確かに耳触りはいいものだ。だが、それは確実に世界に戦乱を巻き起こし、このゆりかごの世界であろうとも例外なくその戦火に巻き込むだろうからな」
「……まるで、見てきたような言い方だな」
「ああ、見てきたからな」
「っ!?」
大貴の言葉に、臥角は淡々とした口調で応じる。
「『世界の全てのものが、手に手を取り合うことができる争いの無い世界』。……そんなものが本当に実現するとでも思っているのか?」
「……さあな」
棍棒を構え、再度臨戦態勢を取った臥角を見て、大貴も刀を構える。
「――不可能だ」
短く言い放った臥角は魔力を噴き上げ、大貴に一瞬で肉迫する。
光を遥かに超える速さ、時間すら存在できない程の神速で間合いを詰めた臥角は、魔力によって強化された棍を薙ぎ払う。
「っ」
その棍の一撃を刀で受け止めた大貴は、その衝撃に顔をしかめる。
臥角のあまりに重厚な攻撃力を完全に受けきることができず、その衝撃で宙に踏みとどまっている状態から、わずかに横に押し込まれる。
「そもそも、平和とは……幸せとはなんだ?」
「……っ!?」
臥角の言葉に、大貴はハッとしたように眼を見開き、臥角の棍を白と黒の力を帯びた刀で弾き飛ばす。
「この世界で、平和や戦いの無い事を望んでいない者などいるのか? 誰だって出来る事なら戦いたくないだろうし、死にたくもないだろう。
だが、そう思っていてもそうならないのは、誰かが間違っているからなどではない。同じように望んでいても、その形が違うからだ」
「っ!」
身体を軸に棍を旋回させた臥角の追撃をいなしながら、大貴はわずかに唇を噛み締める。
平和や争いの無い世界――。誰もが憧れ、誰もが夢見る世界。
しかし、誰もが願っているはずのその世界は、有史以来実現した事は無い。なぜならば、「平和」、「争いの無い世界」……掲げている目標は同じでも、その具体的な中身が違うからだ。
例えば、この地球で多くの国家が世界平和を望んでいても、どの国家も「自分の国が中心となって、自分たちの思い描く平和」を実現しようとするからこそ、平和は成就しない。
どれほど願っていても、平和や争いの無い世界など、漠然としていて曖昧なものでしかない。
「誰もが幸せを望む。だが、その形は全ての者が共有しているわけではない。さらに、世界最強になれる者が一人しかいないように、願いの形によっては、共有が不可能なものもある。」
「ぐっ……」
臥角の棍が嵐のように旋回し、大貴に次々と叩き込まれる。
幸せの形は、一定ではない。平々凡々な家庭に幸福を見いだす者もいれば、お金に幸福を見いだす者もいる。
「そして人が幸せと呼ぶ物の大半は、他者を見下し、優越感に浸って得るものだ」
臥角が静かに、淡々とした口調で言う。
――「誰かと比べて自分は何かが優れている。だから幸せ」、「誰かは、こんな不幸な目にあった。自分はそんな事も無くて幸せ」。
家庭、平穏、評価、資財、成果……いずれにしろ、他人より優れている時、他人の不幸を見たときに人は幸福を感じ、幸福を覚える。
即ち、幸福はイコールで誰かの不幸の上に成り立っている。
「……皮肉な話だとは思わないか?」
臥角の棍の乱撃と大貴の刀がぶつかり合い、魔力と太極の力の残滓が宙空に舞い散る。
「幸せを手に入れようと願うほど、他人の幸福を踏み躙る事になる。平和を望むほど、戦火を巻き起こす。」
かろうじて臥角の攻撃を捌く大貴は、不意に刀の柄から左手を離し、臥角に向けた手のひらから白と黒、光と闇の力を両立させる太極の力の砲撃を放つ。
「……だからこそ、十世界の悲願は成し得ない。」
その砲撃を、身体を半身捻って回避した臥角は、身体を倒れこませながら、お返しとばかりに魔力砲を放つ。
「っ!」
光と闇の力を同時に宿した砲撃を紙一重で回避しながらの臥角の砲撃が、一瞬反応が遅れた大貴を捉え、漆黒の爆発を引き起こす。
「く、そっ……!」
世界を容易く滅ぼすほどの闇の力が、巨大な暗黒の太陽を生み出し、隔離された空間を軋ませる。
その魔力の渦をかき消し、距離を取った大貴を一瞥して臥角は息をつく
「まだ、殺す事に抵抗があるようだな。力の殺意に若干の曇りがある」
「……っ!」
存在そのものが神能である全霊命は、意志と肉体を同一のものとして保有している。意志の力で制御さる神能で戦う全霊命は、半霊命には決して持ち得ない完全にして純然な殺意を攻撃力として戦っている
殺意が弱ければ攻撃力が弱くなり、神能の能力にも支障をきたす。そしてそれは力が拮抗しているほどに、首を絞める事なるのだ
「……さて、お前を光魔神として覚醒させるためにはどうしたらいいんだろうな?」
距離を取った大貴を一瞥して、臥角は小さく息をつく
臥角の目的は、あくまでも大貴を完全な光魔神として覚醒させることにある。ただ倒せばいいというものではないし、殺してしまうなど論外だ
「俺の記憶には、こんな時の対処法はないからな……。やはりここは無難に、命の限界まで追い込むところから始めてみるか」
そう結論付けた臥角は、大貴に棍の先端を向けて純然たる殺気を放つ。
「……やっぱ、そうなるか」
臥角の答えをある程度予期していた大貴は、軽口を叩きながらも、険しい表情を浮かべる。
「出来るだけ急いで覚醒してくれ。もし追い込んでお前が覚醒しないようなら、次は精神的に追い詰めなければならなくなるからな」
「っ!」
臥角の言葉に大貴の眼が見開かれ、同時に臥角が大貴に肉迫する。
刹那。魔力によって強化され、超絶なる破壊力を宿した臥角の棍が、まるで漆黒の閃光のように大貴に向かって放たれる。
それに合わせて白と黒の相反する力を宿した刀が閃き、天を穿つほどの臥角の一突を弾き、その軌道を力任せに捻じ曲げる。
「……ほう」
「精神的に追い詰めるってのは、関係無い奴に手をかけるってことだよな」
「おおむね正解だな。お前にとって親しい者の命を掌握し、それを盾に覚醒を促す」
「っ、お前……!」
さも当然のように言う臥角に、大貴の纏う力に怒気が混じる。
それが効果てきめんと判断したのか、臥角は精悍な表情にわずかな笑みを浮かべる。
「怒りや憎しみが眠っていた力を覚醒させるのはよくあることだ。……まして、俺たち全霊命の力、神能は、魂から生まれる力。限界を超えた感情の昂りで覚醒する確率は捨てたものではないと思うぞ」
「そんな事、させると思うか……!」
静かに言い放った臥角に向かい合った大貴は刀を構え、光と闇の力を同時にもつ太極の力を噴き上げる。
「どうやら、やる気になったようだな。……その調子で早く覚醒してくれ」
言い放った臥角は、一瞬で大貴との間合いを詰める。
「っ!」
(さっきまでよりも、ずっと疾い……!)
一瞬にして目の前に現れてた大貴が瞠目し、臥角が暗黒の力を帯びた棍を薙ぎ払う。
大貴が反応するよりも速く振りぬかれた臥角の一撃が世界を真っ二つに引き裂き、魔力と棍の衝撃が大貴の身体に容赦なくたたきつけられる。
「ぐあっ……!」
身体をへし折らんばかりの臥角の棍の一撃に、大貴の口から血炎が噴き上がる。同時にその威力を受けきることができなかった大貴の身体が吹き飛ばされ、漆黒の流星となって地面に墜落する。
「……神を殺せるのは、神だけだ。」
地面に墜落した大貴が巻き上げた破壊の衝撃を眼下に見下ろしながら、淡々と呟いた臥角が魔力を棍に収束させる。
「取り返しがつかない事になる前に、十世界を正さなければならない……世界の秩序を守るために」
言い放った臥角が棍を捻りながら突き出すと、棍から螺旋状に渦巻く魔力の渦槍が放たれ、爆発の中心に突き刺さる。
圧倒的な霊的破壊力を内包した魔力の渦槍が地上の爆発をかき消し、その矛先で大貴が光の力を纏わせた刀で臥角の攻撃を受け止める。
「ぐっ……!」
「光の力だけを使う……なかなか器用だな」
それを見た臥角が、精悍な表情で呟くと同時にその周囲に、漆黒の星が生まれる、
「だが、俺が見たいのは、そんな小手先の力ではない」
臥角の咆哮と同時に魔力の星が極大の砲撃となって迸り、空間を貫くかのように一直線に大貴に向かって奔る。
「……っ!」
臥角の砲撃が大貴を捉え、漆黒の爆発を生み出す。一つ一つが世界を滅ぼすほどの破壊力を有する魔力砲が生み出した破壊の波動が、漆黒の柱となって天を衝く。
「まだまだ……!」
漆黒の柱が天を衝く中、臥角は漆黒の流星となってその漆黒の柱へと一直線に飛翔する。
刹那すら存在しないほどの間に漆黒の柱の中に突入した臥角は、その中に存在する大貴の力を知覚し、そこへ棍による容赦ない一撃を叩き込む。
刹那、漆黒の柱が歪に歪み、その中から大貴が地面に対して平行に数十メートルも吹き飛ばされ、地面に数回激突してようやく止まる
「くそっ……」
(強い……!)
全身の至るところから血炎を立ち昇らせ、歯噛みした大貴は、さらに肉迫してきた臥角の姿を見止めて刀を構える
「っ!」
「ムンッ!!」
腕を捩じり、棍に回転を加えながら放つ臥角の突き。その攻撃には、触れるもの全てを跡形もなく抉り取り、粉砕するドリルを連想させる凶悪な破壊力をはらんでいる
大貴は、臥角が放ったその一撃を刀の刃で受け止めていなす。まるで大河の流れを変えているかのような衝撃と重さが大貴の身体に容赦なく襲いかかり、それを歯を食い縛って堪える
「ぐっ、なんて力してやがる……っ」
「まだ覚醒しないようだな」
大貴を見て冷淡に言い放った臥角は、棍を持つ手を持ちかえると、そのまま棍で大貴を刀ごと横薙ぎにする
「っ!」
「力の出力を0から100へと極端に移行させ、力のベクトルを直角に変える。……これも初歩的な技術だ」
淡々と言い放った臥角の棍がまるで噴火した火山のように魔力を噴き上げ、大貴を刀ごと真横に吹き飛ばす
「ぐあっ!!」
望むままにあらゆる事象を現象として顕現させる。――端的な言い方をすれば、あらゆる法則や束縛を無効化する神能の持つ特性は、戦闘時にも大いに発揮される
たとえば力を出力し、徐々に上げていくのではなく、使用していない全くの0状態から、完全稼働の100へ。……即ち、停止した状態から最高速への瞬時の移行や、縦に振りおろした100の力を、全く削ぐ事無く直角に軌道を変えるなど、力の出力、方向変化などが代表的だ
(っ、こいつ……下手したら神魔より強いんじゃねぇか!?)
弾丸のように吹き飛ばされながら、内心で毒づいた大貴は、左右非対称の翼をはばたかせ、そのまま天空へと上昇する
(本気なら……俺をとっくに殺してるってことか!?)
隔離されながらも、本当の世界のように無限に広がっている隔離空間の空へと飛翔しながら、大貴は自嘲の笑みを浮かべる
全身から立ち昇る血炎と、絶え間なく襲ってくる痛みが自身の窮地と死へのカウントダウンを伝えてくる
(覚醒……本当に俺の中にそんな力があるのか?)
空中で静止し、眼下を見下ろしながら大貴は刀を握る手に力を込める
今まで、色々な人に言われてきた――光と闇を同時に行使する「世界最強の神の力」。しかし、覚醒した時からどれほどの時間だ経とうとも増大する事はなく、その兆しも見えない。
それを不都合と感じた事は無く、それでも今までなんとか戦えてこれた。――しかし今相対している相手は、大貴に今の力では勝つ事ができないと感じさせるには十分すぎるほどの実力を持っている。
「どうだ? 覚醒の兆しは見えたか?」
大貴を追うように天へと昇って来た臥角は、大貴と距離を取って静かな口調で問いかける。
「……あいにくと、な」
口端から血炎を立ち昇らせながら、自嘲交じりに言った大貴の言葉に臥角は目を伏せる。
「力を望め。俺たちの力は己の意思で制御する力だ。今ある力で世界を切り拓こうとするな。より大きな力を求めろ……そうすれば、お前の中に眠るお前自身の『本当の力』も応える筈だ」
「……力を、求める」
「そうだ。誰かを守るにも、信念を貫くにも力がいる。……俺たちが光魔神の力を求めるようにな」
自嘲するように嘆息した臥角は、遠くを見ているようなどこか切ない目で大貴を見据える。
「本当は、自分たちが戦うのが一番いいというのは分かっている。……だが、努力や、奇跡や、絆で超えられるほど神の力は脆弱なものではない。
神を殺せるのは神だけだ。……だから、お前に希望を託す」
(かの神がいつまでもおとなしくしているとは思えないからな……)
まるで全幅の信頼を寄せる仲間に語りかけるように、まっすぐ言い放った臥角の視線と、その言葉に込められた意志を受け止めて大貴は目を伏せる。
臥角の脳裏によぎるのは、先導者、平等を謳うものをはじめとする悪意を振り撒くものとその神・反逆神の姿。
(万が一、反逆神が動くならば、その抑止力足り得るのは光魔神ただ一柱だけだ)
「随分と信頼してもらえているんだな」
臥角の眼と言葉、魔力に込められた揺るぎない意志を受け取った大貴は、純然に研ぎ澄ませた戦意を解く事無く、静かに言葉を紡ぐ。
「……ああ」
精悍な表情を崩す事無く言った臥角の短くも、偽りのない言葉を受けた大貴は、小さく息を吐いて臥角をまっすぐに見つめ返す
「俺は、昔言った事がある」
「……?」
怪訝そうに眉を寄せた臥角に、大貴は淡々と言葉を紡いでいく。
「『出来ないって言われたら、やらないのか!?』ってな」
「……!」
「正直、お前の言ってる事が間違っているとは思わない……でも十世界の理想も悪くないって思える」
真正面からその心をぶつけてきてくれる臥角だからこそ、大貴は偽りのない自分の本心を述べる。
臥角の言葉は正しいのだろうと思う。しかしそれでも、十世界の掲げる「全ての世界が手に手を取り合う、争いの無い平和な世界」を叶えられるならば……と考えている。
例えそれが、実現しえない虚構だとしても……。
「だから、俺は自分で決める。十世界の理想と、九世界の正しさを見て、他の誰でも無い俺自身の意思で……!」
大貴は臥角に向けて、力強くそう言い放つ。
誰かの言葉に流されず、しかし決して蔑ろにすることもせずに、自分の目と心で決めて戦う。それこそが、かつて大貴が自分で決めた自分の戦う理由。
「好きにしろ。元々そのつもりだ」
大貴の言葉に抑揚のない口調で応じた臥角は、棍を構えて全身から漆黒の魔力を噴き上げる。
「……全力で貴様を殺す。精々死なないように覚醒するんだな……!」
臥角の言葉度と同時に、乱回転させた魔力が棍に収束し、触れる者全てを破壊する破壊の闇渦を作り出す。
純然たる殺意が形を帯びた破壊の力の渦を前した大貴は、渾身の力を刀に注ぎこみながら目を閉じる。
(もし……もし俺に力があるのなら……今ここであいつに勝つ力を……!)
臥角に言われたように、力を望む。
まるで自分の力に語りかけるように意識を力の奥底まで沈めていき、今まで見る事すらしてこなかった自分の神能――太極へと意識を沈めていく。
全霊命にとって神能とは、自分自身そのもの。決して特別なものではない。その力そのものである本人が望めば、神能はそれに応えてくれる。
――刹那、まるで心臓が力強く脈を打ったかのように、力が鼓動した。
(っ、この感覚……!)
大貴は、自分の魂の底から湧き上がってくる感覚に既視感を覚える。
それは、大貴が初めて光魔神に覚醒した時に感じたものと同じ「力の脈動」。――まるで力が自分に語りかけてくれているかのような感覚。
「オオオオオオオオオオオッ!!!」
臥角の棍から、乱回転する巨大な魔力の渦が生まれ、全てをその漆黒の顎で破壊し、消滅させる破壊の渦が空間すら消滅させながら大貴に向かって放たれる。
まるで世界に空いた穴を思わせる全てを滅ぼす破壊の渦を見た大貴は、自分の数倍はあろうかという破壊の渦に怯む事無く自身の力を開放する。
「おおおおおおおっ!!!」
白と黒、光と闇の相反する力を同時に行使する太極の力を刀に収束させた大貴は、自分に向かって飛来する破壊の渦に躊躇う事無く飛び込む。
「っ、真正面からだと!?」
全霊の力を持って放たれた破壊の渦に飛び込んだ大貴に、臥角は目を見開く。臥角の渾身の力を込めた破壊の渦は、いかに全霊命といえど、呑みこまれれば命を落とすのは必至の威力を秘めている。
いかに光魔神であろうとも、今の未覚醒の状態ではそれは変わらない。それを分かっているはずの大貴が、何の躊躇も無く破壊の渦に飛び込んだ事に、臥角は驚愕を隠せなかった。
(一体何のつも……っ!?)
大貴の思惑を掴みあぐねていた臥角は、声を失う。
「な……っ!?」
臥角の目の前で、全身全霊を込めて放った破壊の渦が爆散し、巨大な力の台風となって舞い踊る
その台風の中心にいるのは、左右非対称色の翼を広げた大貴――光魔神の姿。その身体から放出される太極の力が臥角の魔力に混じり合い、まるで惑星の周りを回る衛星のように臥角の魔力を自らの力に巻き込んでいく
(っ、馬鹿な……俺の魔力を太極の力に還元し、自分の力として取り込むだと!?)
目の前で起きている信じられない事実に、臥角はただ我を忘れる
臥角が放った魔力は、大貴の太極の力と混じり合い、魔力だった力が太極へとその力を変化させ、取り込まれていた
「馬鹿な……っ」
精悍な顔を驚愕に染めながら、臥角は目の前で起きている信じ難い事実に言葉を失う。
「っ……!」
(――っ、そうか! 奴は、光魔神は……)
しかしそれでも冷静さを失わない臥角は、光と闇の力を両立させる白と黒の渦の中心にいる大貴に視線を向ける。
光魔神はこの世界で唯一、光と闇の力をを同時に持つ全霊命。
即ち、光魔神とは「光と闇」、「善と悪」、「生と死」、「裏と表」。――相反しながら、互いに現象を補完し合う現象を司る神。
例えば、コインの裏をいくら削っても、コインの裏が表になる事は無い。表があるからこそ裏があり、裏を消すには表も消す必要がある。
それは光と闇、善と悪においても同様。この世の全ての人が善人ならば、そもそも「悪」という概念が生まれる筈もなく、悪が無いという事は「善」という概念も同時に発生しない。
(対極に位置する現象の中間……「境界」を司る神……!!)
そして、境界を司る神である光魔神の能力は、この世界にある全ての力の境界を取り払い、一つの現象として顕現させる。
光と闇はもちろん、あらゆる力を取り込み、まるで森羅万象のように全てを内包し、全てを己が力へと変える。――故に「太極」。そして「光魔神」。
この世界全ての力を象徴し、永遠に続く世界の理を司る……それこそが、最強の異端神「円卓の神座、№2「光魔神・エンドレス」の力。
「これが、『光魔神』――!!」
光魔神――大貴を見て息を呑んだ臥角の棍を握る手に、無意識に力が込められる。
「いくぞ」
「っ!」
大貴の言葉に臥角が目を見開く
臥角の力をも太極の力の渦に巻き込んだ大貴は、その力を自身の武器である刀――「太極神」に纏わせると、翼を羽ばたかせ、神速を以って世界を貫く
本来の自分の力に加え、臥角の魔力をもその力の一端として取り込んだ太極の力は、先ほどよりもさらに大きくなっていた
「おおおおおおおおおおっ!!!」
天高く掲げた刀が、光と闇――白と黒の力を宿して強大な力を巻き上げる。
「――来い、光魔神!!」
天から振り下ろされた大貴の刀に、臥角は渾身の力を込めた棍の一撃を放つ
刹那。研ぎ澄まされた純然たる「力」が、世界を一刀の元に両断した
「っ……」
目を細めた臥角は、目の前の光魔神――大貴を見る
その視線の先では、左右非対称色の翼を広げた大貴が、左右非対称色の瞳がまっすぐに自分を射抜いていた
(当然の結果か……)
そんな事を思いながら、口元に笑みを浮かべた臥角から深紅の血炎が、噴水のように天を衝いて噴き上がる
深々と自分の身体を切り裂いた大貴の刀を一瞥した臥角は、大貴の刀によって斬り落とされた棍へと視線を移すと、自分の命を斬り裂いた大貴に心からの称賛を贈る
「俺の、完敗だ……」
大貴の斬撃には、臥角の全身全霊を込めた魔力が取り込まれ、元々の力に上乗せされている。この結果は、ある意味で分かりきっていたものだった。
(自分の力の本質を得たか……だが、完全覚醒とまではいかなかったな……)
大貴は、光魔神としての自分の力の本質を見い出し、その能力を開花させた。しかしそれでも大貴から感じられる神能の力は、『神の領域』に届いていない。
(すまないな、紫怨……)
内心で紫怨に詫びた臥角は、自分の命を斬り裂いた大貴に視線を向ける。
「……臥角」
「そんな顔をするな……。俺は俺の意志でお前と戦い、そして敗れた。ただそれだけの事だ」
今にも泣き出しそうな表情を浮かべる大貴に微笑みかける。
(それにしても、対極と万象を一つに束ねる力か……もしかして光魔神なら……)
命の終わりを迎えた臥角の身体が、魔力の粒子となって構成を失っていく。
「ただ、願わくば……」
(十世界の理想も体現できるのかもな……)
「真に覚醒した光魔神を見たかったがな――大貴。」
自分を殺め、自分を終わらせた相手に笑みを向けた臥角は、大貴に見送られて魔力の残滓となって世界に溶けていった――。
※
「……相手の力を自分の力に出来るって事ですよね」
その様子を結界の中から見ていた詩織は、同様に天を見上げている桜へ視線を向ける。
「はい……とはいえ、あの能力ですら真の能力の片鱗にすぎないのでしょうが」
「えっと、そんなにすごい事なんですか? 確かに相手の力を自分の力に巻き込んで使うなんて、反則みたいなものだって分かりますけど……」
桜の声音が、やや硬い事に気付いて詩織が首をかしげる
「あの能力は、わたくし達、全霊命の常識で考えても、ありえない能力です」
「ありえない……?」
怪訝そうな表情を浮かべた詩織の視線を受けた桜は、それに小さく頷くと大貴を視界に収めたままその理由を告げるべく口を開く
「神能をはじめとする『霊の力』というのは、『存在』そのものです。その力そのものが自分自身であり、自分自身がその力そのものです
ですから、霊の力というのは、総じて自分の力以外と混ざり合うことはありません。……それが、九世界の常識です」
「……え?」
桜の説明に、詩織が息を呑む
存在の力そのものでもある神能は、自分自身に等しい。故にその力は他者と相入れる事が無く、他者と共有することができない
「二人の人物がそれぞれの霊の力を用いて出した現象は、例え本人たちの意志がどうであれ、重なり合った瞬間に反発し、相殺してしまいます
「えっと……合体技は無いって事ですよね?」
(合体技?)
詩織の言葉を微笑んで流した桜は、その微笑を消して真剣な表情で詩織に語りかける。
「ですが、その常識には一つだけ例外があります」
「……例外?」
「以前、神魔様とわたくしが行った『魔力共鳴』を覚えておられますか?」
「……はい」
桜の問いに、詩織はかつて神魔と桜が茉莉と戦った時の事を思い出す。
あの時、神魔と桜は互いの魔力を「共鳴」させ、「強化」して戦い、実力的には狂気が無かったはずの茉莉と互角以上の戦いを繰り広げた。
「あ。あれが、その『例外』って事ですか?」
「そうです。神能の共鳴を行えるのは、契りを交わした男女……即ち、伴侶か深い男女の関係にある者に限られます」
桜の言葉に、詩織が目を見開く。
「全霊命と半霊命の交雑が禁止されている理由……あなたならご存知ですよね?」
「……っ!」
桜の言葉に、詩織の心に鋭い痛みが走る。
その「理由」を詩織が知らないはずはない。その「理由」こそ、詩織が想いを寄せる神魔への想いを断ち切ろうと苦しんできた「理由」そのものなのだから
「……全霊命と半霊命が関係を持つと、半霊命を殺してしまうから……ですよね」
「……その通りです」
消え入りそうな声で言う詩織に、桜は目を伏せてその「理由」を説明する。
契りによって、交換される霊の力は、通常行使される自らの存在そのものである力とは異なったもの
それは、例えるなら、半分のりしろを持った状態の力だ。この半分の「のりしろ」同士を重ね合わせ、二人の霊格を合わせる事で、両親の力を継承した新たな命の種となる。
そして全霊命においては、そののりしろを持った霊の力を交換する事によって、二人の神能に力の共感と共鳴、強化を可能とする回路を作り出す。
「……故に、契りを契りを交わした全霊命は、互いの神能を共鳴させる能力を得、互いの存在をより強く感じる事が出来るようになるのです」
「より強く……感じる?」
「相手の存在を自分の中に感じ、例えどれほど離れていても、その生死を認識でき、さらに世界を隔てていても『思念会話』を可能にします」
目に見えて意気消沈している詩織に構う事無く、桜はさらに言葉を続ける。
契りを交わした全霊命の伴侶は、互いの命を半分相手に預けた状態になる。だからこそ、例え知覚の及ばないどこか遠くで伴侶が命を落としても、それを敏感に感じ取ることができる。
さらに、本来「空間の壁」を隔てた異なる世界では行う事の出来ない「思念会話」を、空間の壁を隔てていても行えるようになる。
(そっか……それで、桜さんは……)
その桜の言葉に、詩織はかつての桜の言葉を思い出す。
かつて、神魔の事が「心配ではなかったのか?」と聞かれた桜は、「生きているのは分かっていた」と言っていた。……つまりそれは、契りを交わした者だけが認識できる互いの命を感じ取る力によるものだったのだ。
「話が少し逸れましたね。……つまり、伴侶以外の――いえ、例え伴侶であったとしても、攻撃の意思によって構成されているはずの神能を自分の力として取り込むなど、規格外としか申し上げられません」
「……!」
目を見開いた詩織に背を向け、天を仰いだ桜は目を剣呑に細めた。
(とはいえ、相手の方が十全の状態であったなら、こうはいかなかったかもしれませんが……)
今、この空間隔離を構築しているのは桜だ。しかし、ほんの一瞬前までこの隔離空間を生成し、維持していたのは「臥角」だった。
結界同様に構築と維持に意識と力を割かなければならない「空間隔離」を、発動して維持している者は全力を使えなくなる。
(……それも、実力の内という事でしょうか……)
上空にいる大貴に知覚と視線を向け、小さく内心で呟くのだった。
※
その頃、魔力の残滓となってこの世界から消え去った臥角を見送った大貴は、自分の手に視線を落としていた。
(もっと感じると思ってたのにな……)
大貴が自分の意思と手で命を奪ったのは、臥角が初めてだった。
しかし、命を奪ったという感覚は、大貴が想像していたものよりもずっと小さい。
命を奪った実感が無いわけではない。その事実も、感触も残っている。――「殺した」という自覚も十分にある。
「……俺は……」
もっと自責の念を感じ、奪った命の尊さに苛まれると思っていた大貴は、あまりに冷静にその事実を認識し、受け止めている自分自身に疑心暗鬼を抱いていた。
「もう、人間じゃなくなっちまったのか……?」
拳を握りしめた大貴の声にならない慟哭は、誰の耳に届く事無く波紋のように世界に広がっていった。