闇の神・光の神
《貴様は、これでいいのか?》
強く、非難の感情を込めて投げかけたその言葉に、その男――「魔界王・魔王」は一度も振り返ることもせずに応じる
《これでいいのかではない。これが、結果なのだ》
背中を向けたまま応じる悪魔と魔界を総べる最強の皇魔に、ゼノンは固く握りしめた拳を戦慄かせて視線を向ける
《創造神に封印された破壊神様を復活させることを諦めるというのか? あの戦いの敗者として、光の存在に屈したままでいいのか!?》
叫び出したくなる衝動を抑えていることがありありと伝わってくる声音で訊ねてくるゼノンに、魔王はようやく金色の視線を向ける
《それが現実だ。長い戦いと数えきれない多くの犠牲の上に作られたこの世界を、再び戦火で滅ぼすわけにはいかない》
創界神争の中、創造神に敗れ封じられた闇の神の頂点たる破壊神を復活させることを望むゼノンに対し、魔王が返す答えはいつも同じだった
創界神争が集結すると共に、九世界の形は自然と定まっていった。勝者である光の存在が世界を管理し、闇の存在は敗者として生き続けるしかない
魔王はそれを戦争の結果として受け入れていたが、ゼノンはそうではなかった。破壊神を解放し、闇の存在の復権を果たす――それこそが、ゼノンを突き動かす衝動の根源なのだ
《そうか。ならばお前はいつまでも敗者のままでいるといい。――俺はこの命ある限り、破壊神様に忠誠を尽くす》
《待て》
ゼノンがそう言い切ると、これまで背を向けていた魔王が振り返り、その手に漆黒の刃を持つ大槍刀を顕現させる
漆黒よりも暗い暗黒色の両刃。その柄や装飾は簡素でありながらも美しく、まさに最強の悪魔に相応しい武器を携えた魔王に、ゼノンもまた自らの武器である大槍刀を顕現させて応じる
《強がるなよ魔王。お前も本当は負けたとは思っていないんだろう? 俺はまだ戦える。俺達はまだやれる――破壊神様は敗れたが、決して負けたわけではない! 光が闇に勝っているわけではないのだとな!》
《――勘違いするな。世界の安定のためには、お前の力が必要なんだ》
互いに魔力を解放し、神に最も近い闇をせめぎ合わせる魔王とゼノンは、その視線と共に思いを交錯させて火花を散らす
《なら、力ずくで止めてみろ》
※
(あの時、お前は俺に止めを刺さなかった――いや、刺せなかった。それは親友だった俺への感傷か、あるいはお前の中にも本当は俺と同じ気持ちがあったのかもしれないな)
記憶の奥底にある遠い昔の決別の時を思い返したゼノンは、眼前に広がっている光景へと視線を向けて昂揚する感情のままに口端を吊り上げる
(どうだ、魔王。俺は今、神の御許へと辿り着いているぞ)
悪魔としての己の存在を棄て、闇の神の一柱――「裂砕神・ブレイク」として神化したゼノン見据える先には、かつて神に最も近い悪魔だった自分が使えた偉大なる闇の神の頂点へと続く鍵が険しい顔で佇んでいた
闇色の空と朽骨を思わせる白い大地だけが続くこの世界にいるのは、もう一人の破壊神たる神魔を中心に、九世界、十世界、終焉神、暗黒神を筆頭とする闇の神々達。
そして、それぞれ創造神、破壊神へと下った神臣――「覇国神・ウォー」と「護法神・セイヴ」の異端神二柱とその眷属達だった
「大貴と……ヒナさんがいない」
一瞬にして世界を覆った暗黒の後に生み出された世界を見て息を呑んだ詩織は、周囲を見回して姿が見えなくなっている大貴とヒナを案じる
今も、極神の存在による威圧感は健在だが、最初ほどの息苦しさは感じない。かろうじて周囲に気を配れる程度の余裕はあるが、今も心臓が停止してしまいそうなほどの圧迫感が詩織を襲っていた
それができるのは、自分を守っている結界がもう一人の破壊神である神魔が展開したものであることにも理由があるのかもしれないと、詩織は漠然と考えていた
「魔界王様も――いえ」
そんな詩織の声を聞く瑞希も、自分と共にこの世界に来た魔界王・魔王が消えていることに気づき、その凛とした切れ長の目に鋭い光を灯す
魔界王妃「シルエラ」は、自身の伴侶が姿を消している理由を正しく理解し、共に来た「爾王」、「ベルセリオス」、「ゼオノート」――魔界の最大戦力達へ視線を配っている
「天界王様」
「ああ。神威級神器を持つ者と、反逆神、その眷族達も姿を消している」
同様にその事実を知覚した天界の姫「リリーナ」の言葉にその実父である「天界王・ノヴァ」は、この場から消えた者達の共通点を即座に見出して、自身の伴侶である天使の原在の一人を見る
「――ただ一人、例外を除いて、ですね」
伴侶であり、天界王であるノヴァの視線を受けたアフィリアは、一度頷いてその視線をこの場に取り残されている「悪意の王」――〝マリシウス・マリシオン〟へと向ける
暗黒神が、彼だけを排し損ねたはずはないため、悪意の王は意図してこの場に残されたことになる
だが、その理由は至極簡単。反逆神の神片を束ねる王たる悪意の神格は、神位第五位相当。隔離したこの場でその相手ができる者がいないのがその理由であると考えるのは、決して間違ったものではないだろう
「あら、ロギアもいなくなってしまったのね」
そんな暗黒神によって選別された者達が集まっている様子を見て残念そうに言うのは、神位第六位の神格を有する闇の神の一柱たる女神「堕神・フォール」
天使王ロギアを堕天使にし、さらに天使を堕天使へと変える力を与えた女神は、自身が恩寵を与えた唯一の存在が別の世界へと誘われてしまったことに、寂しさを漂わせていた
「愛しい男がいなくなって残念だったわね」
そんな堕落の神に、からかうように眼帯をした女性が微笑を向ける
闇の女神――神位第六位「呪祟神・カース」の言葉に一瞥を向けた堕神は、その目を不機嫌な色で染め上げて独白する
「悪意の連中、ロギアに何かあったら、ただではおかないわ」
「そうね。それより、始まるみたいよ」
暗黒によって隔てられた別の場所にいるであろうロギアを幻視して言う堕神の言葉を聞いた呪祟神は、正面に広がっている光景へと視線を戻す
「これは、破壊神様の復活をかけた神の戦い。神臣以外の異端神と九世界の王達には別の場所に行ってもらったわ」
そこでは、わずかな動揺こそあったものの、混乱することなく事態を正しく理解した九世界の者達に、そのための時間を与えていた闇の極神の一角たる暗黒神が、厳かな声で語りかけてその意識を自分へ向けさせていた
(どういうことだ……?)
だが、その言葉を聞いていたクロスは、暗黒神の態度に疑問を覚えて眉をひそめる
(あいつらの目的は神魔のはず。なら、俺達まで同じ空間に閉じ込める必要なんてない――なにか、目的があるのか? それとも、俺達なんていてもいなくても同じってことなのか?)
この暗黒の世界を作り出している暗黒神の目的はもう一人の破壊神である神魔であることに疑いの余地はない
ならば、大貴や反逆神、九世界の王達にしたように、かんけいのない是認を纏めて別の世界に隔離してしまえばそれで済むはず。わざわざここにクロス達を残しておく必要などない
もっとも、神位第三位という神格を持つ暗黒神にとって、ここにいるメンバーなどいないのと同じ。その気になれば、頭の中で思うだけで殺し尽くせてしまう暗黒神にとって問題にもならないことなのかもしれないが
(どのみち、俺達にできるなんて、なにもない――)
そのことは、かろうじて言葉を交わすことはできるものの、極神の神格の前に戦意も闘志も抱くことさえ出来ないクロス達にも身に染みて分かっていることだ
そう考えているのはクロスばかりではないが、この場にいる者達にできるのは自分達の無力を噛みしめることしかない事実を覆すことはできない
(神魔――)
神魔に想いを寄せていながらも、それを遠巻きに見してることしかできない瑞希は、極神の存在の神圧の中、祈るようにその姿を見つめる
「これでいいでしょう?」
そして、そう言って言葉を締めくくった暗黒神が声を発した瞬間、闇に閉ざされたような空が斬り裂かれ、そこから眩い光が差し込んで来る
「ッ!」
まるでご来光のように黒い空を斬り裂くその煌きに誰もが息を呑む中、口端を吊り上げた暗黒神はその視線を空へと向けて独白する
「絶妙のタイミングね。さすがは創造神」
その声に答えるように、闇の空から注ぐ純白の光の中に無数の人影が現れる
十数人にもなるその軍勢の先頭を行くのは、男女二人。
一人は、腰まで届くほどの長さを持つ癖のない朱緋色の髪をなびかせた美女。巫女服と振袖を合わせたような純白と赤の調和が美しい和装の衣に身を包み、その背に鮮やかな赤い髪に映える金色の装飾に彩られた純白の八枚翼を広げ、そこから溢れる純白の軌跡に極彩色の輝きを宿している
まさにこの世のものとは思えないという形容が適した想像を絶する美貌を携えるその美女と並んでいるのは、線は細めでありながら、野性的な雄々しさと理知的な冷静さが同居した精悍な面差しの男性だった
腰まで届く白い髪は、光の当たる角度によって微妙に色合いを変える真珠とも宝石とも取れる輝きを宿して、その身を橙金色の鎧と白のコートで包んでいる
金色の翼にステンドグラスを彷彿とさせる極彩色の羽を持つ金属質の四枚翼をその背に持ち、煌めきの燐光を従えていた
「あれは……」
「光の神々よ」
闇の祖から光を従えて現れた存在を見て息を呑む詩織に、瑞希が答える
空から差し込む神聖な光の眩しさにその切れ長の目を細める瑞希は、それら光の神々を見据えながら言葉を続ける
「一番前にいる二柱の神が光の二極神――女性の方が『天照神・コロナ』、男の方が『摂理神・プロヴィデンス』よ」
その言葉を聞く詩織は、光の神々を率いて現れた女神「天照神」と男神「摂理神」の直視しがたいほどに神々しい姿に目が眩むような感覚を覚えていた
そんな詩織に、瑞希はまるで神話を語り聞かせるように、光の二極神に続く神々の名を告げていく
「そして、彼らのすぐ後ろにいるのが、光の四大至高神よ」
天照神、摂理神の後に続くのは、長い白銀の髪を煌かせた男性。鮮やかな翠を基調とした司祭服を思わせる霊衣を纏い、宝玉が嵌められた鎧を随所に纏っている
その背に天使が持つ翼のような形をしているが、精霊の翅のようになっている半透明の翼翅を三対六枚備えたその神の名は、光の神の神位第四位「至高神」の一柱――「世界神・ワールド」
それに続くのは、波打つ金色の長髪を持つ美しき女神。金色の縁取りがされた純白のドレスを纏い、その動きに合わせて頭と背に纏う半透明のホワイトヴェールを翻している
黄金比のように均整の捕らえたその極上の美身に鎧を纏い、切れ長の凛とした面差しは高潔な意志を感じさせる女神の名は、光の至高神が一柱――「時空神・デスティニー」
癖のない長い鮮やかな桃色の髪を揺らめかせ、空をゆっくりと移動するのは、額に宝珠を持ち、薄紅の化粧で目元と唇を彩った美貌に慈愛を浮かべた美女
光で形作られた翼を広げ、白を基調としたドレスの上に華やかな色合いの打掛のような衣をショールのように羽織った霊衣をなびかせるその女神の名は、――「命霊神・ライフ」
そして、紅と白の鮮やかな二色の髪を持ち、白いコート状の衣の上に、金と銀の二色が調和した輝く鎧を纏った青年
凛々しく毅然とした表情で、金銀色の鋼翼をその背に従え、側頭部に四本の角が伸びる兜冠を持つその神の名は――「平等神・イコール」
二柱の極神に次いで神々しい光を纏って光臨した四柱の神に続き、青、赤、紫の輝きを放つ三つの光が顕現する。それは、神位第五位――〝主神〟に数えられる光の神々だった
青い光に身体を輝かせて飛来したのはお、蒼髪を戴く頭部に巨大な双角を備えた兜冠を備え、その身を鎧に包んだ温和な面差しの青年――「自由神・フリーダム」
赤い光にその身を輝かせるのは、純白の鎧に白いマントをなびかせる厳めしい表情を浮かべた精悍な顔立ちの男。
燃える炎を思わせる赤い髪はさながらその苛烈な心の在り様を表しているかのよう。その側部に浮遊する巨大な両刃剣を二振り従えたその神の名は――「正義神・ジャスティス」
そして、紫の光に身を輝かせるのは、その背に翼の生えた金色の光背を従えドレスを思わせる霊衣に身を包んだ美しき女性だった
癖のない長い紫紺の髪には水晶のような髪飾りを備え、極彩色の虹彩を持つ瞳で世界を見つめる女神こそ――「永遠神・エターナル」
(主神が三柱しかいない――一つは、〝ここ〟にあるから……)
光と共に天空から降り立った三柱の主神を見上げるマリアは、自身の胸を強く掴んで唇を引き結ぶ
「マリア……」
「――……」
空に現れた光の神々を見るマリアの悲壮な面差しに、クロスとアリシアは不安の色を宿して視線を向ける
光と闇の神はそれぞれが対になっており、必ず等しい数だけ存在する。そのため、闇の主神と同様に、光
の主神も全部で五柱存在する
だが、天あら降り立ったのは三柱のみ。残る二柱の内「慈愛神・ラヴ」は、神器たるマリアの存在の中に眠っている
(ユフィ……)
そして、マリアと同様に五柱の主神を見る堕天使「ラグナ」は、真の神器としてここにいない光の主神――「輝望神・レガリア」を宿していた想い人を思い出していた
そして、青、赤、紫三色の光となって降臨した三柱の主神に続くのは、無数の光――神位第六位の神格を持つ光の神々だ
緩やかなウェーブを描くライムグリーンの髪を揺らめかせ、全てを見通すような澄んだ眼差しをした妙齢の女神――「大賢神・ウィズダム」
金色の髪に白銀の鎧を身に纏い、左腕から旗を思わせるマントを翻した眉目秀麗な青年の姿をした男神――「栄光神・グローリー」
司祭服を思わせる純白の衣に身を包み、金糸のようなきめ細やかな長い髪を揺らめかせる神聖な存在感を持つ女神――「聖浄神・クリア」
額に花を思わせる紋様を持ち、肩ほどまでの長さを持つ淡いピンク色の髪を風に遊ばせる可憐な女神――「陽生神・ハピネス」
純白の衣に身を包み、ライトブラウンの髪を揺らめかせ、肩からは金色、腰から純白の翼を広げる柔和な面差しをした女神――「葬礼神・グレイヴ」
額に宝珠を持ち、足元まで届くほどに長い薄水色の髪を二つに結わえたあどけない少女の姿をした女神――「祈想神・イマジン」
肩ほどの長さで切りそろえた白銀の髪を揺らし、白を基調としたドレスに包むその身を金色の装飾で彩った豊満な身体つきの女神――「超克神・ライズ」
足元よりも長く伸びている純白の髪を三対六枚の翼とし、白い衣の上に紅輝な鎧を纏って佇む精悍な面差しの男神――「真理神・トゥルース」
逆立った白髪に口髭、巌のような頑強さを感じさせる巨躯の中に繊細さを宿す豪気な印象の男神――「造形神・クラフト」
主神に続いて九柱の光神が降り立つと、それを舐めるような視線で見ていた闇の極神の一柱――「暗黒神・ダークネス」は、その先頭に立つに赤い髪の女神に語りかける
「久しいわね、天照神」
闇を司る自神と対になる光の神である天照神に余裕すら感じさせる微笑を向けた暗黒神は、次いでその眼差しを鋭いものに変える
「主神が二柱、神が二柱こちらの方が多いわね。あなた達に勝ち目があると思っている?」
「――……」
暗黒神の問いかけに、天照神はその美貌にたたえた微笑を崩すことなく応じる
そんな天照神の反応に小さく肩を竦めた暗黒神は、その視線をゆっくりと移動させ、光の神々の後方――神位第六位の神達の中にいる一柱で止める
「神臓の神界側の門番の聖浄神まで連れてきているってことは、これが今のあなた達の全戦力なのでしょう?
私達がゼノンに集めさせた真の神器の中には、当然光の神を封じたものもあった。――こちらは、そちらの戦力を把握しているということよ」
神界の門番を任される聖浄神の姿を確かめて不敵に笑う暗黒神は、勝利を確信しているといった様子で天照神に語りかける
ゼノンに真の神器を集めさせていた闇の神々は、その過程で集めた光の神を封じた真の神器を保管し、創造神側の戦力をある程度把握していた
それは、来るべき時――つまり、今まさにこの瞬間に封じられた破壊神を復活させるという自分達の願いを成就させるためのもの
その目論見の通り、光の神々の全戦力が自分達のそれよりも小さいことを見て取った暗黒神が勝ち誇ったように言うのも当然のことだ
「それがわたくし達が退く理由にはなりえません」
しかし、そんな暗黒神の不敵な笑みに動揺した様子もなく、天照神は淑やかな声音で応じる
その言葉が決して強がりではないことを知っている暗黒神は、朱緋の髪を揺らめかせる光の女神に剣呑な色を宿した視線を向ける
(確かに、実際数で劣る光の神々が不利なことは間違いありませんが、まだ十分に逆転の目はあります)
闇と光、性質こそ異なるが戦意を起こさせることのない同質の神圧に晒されながらその話を聞いていたリリーナは、二柱の極神の女神達の会話の意図を正しく理解していた
神の神格を表す神位は、一つ違えば全霊命と半霊命と同等かそれ以上に隔絶した存在となる。
それは即ち、いかなる手段を用いても傷つけることが出来ず、抗うこともできない絶対的な存在として上位の神位の神が君臨していることを意味している
確かに数の上では互角。そして神位が同じならばその実力は互角。つまり、この中で最高位の神たる極神が戦い、そのどちらかが命を落とせば、全ての戦況を覆すことは容易だ
「そうね。私が終焉神、どちらかをあなた達が殺すことができればこの優位性は簡単に覆る――もっとも、それが簡単にできると思っているのなら、心外も甚だしいけれど」
リリーナばかりではなく、この場の全員が理解している至極単純なその道理を当事者たる神々が分からないはずもなく、暗黒神は天照神に応じる
確かに、どちらかの極神が落ちれば戦況は変わる。むしろ、それこそがこの戦いの本質と言い換えてもいいほど
だが、それであるが故にそれが最も困難な手段となる。かつて創界神争で創造神と破壊神の決着がつくまでにどれほどの年月を費やしたか、知らぬ神はこの場にいないのだ
「一つ聞きますが、あなた達は創造神様が今日まで何もせずにいたと思っているのですか?」
「――!」
全ての呑み込むその闇の神圧に戦意をわずかに混じらせた暗黒神に怯むことなく、天照神は静かな声音で問いかける
「あなた達も言っていましたよね? 〝創造神様の目的は破壊神の復活だ〟と。ならば、破壊神の封印を持ってあなた達が神界を離れた時、この状況を想定していなかったと思いますか?」
「――……」
天照神の言葉を聞いてその柳眉を顰める暗黒神は、それを否定することができなかった
光の神位第一位たる創造神はまさに全知全能。過去も未来も、全てを識ることが出来る。それを覆すことが出来るとすれば、同等の神格を持つ破壊神くらいのもの
二柱の破壊神による世界の歪みから世界を守るため、終焉神と暗黒神の蠢動を黙認し、不干渉ながらもその目的の実現を容認してきた創造神が、不可神条約に抵触しない範囲で対応策を講じているという可能性は十分にある
「あなた達が、自らの息がかかった存在に真の神器を集めさせていたように、創造神様もこの時のために手段を講じておられたのですよ」
数という戦力の優位性を誇示した暗黒神にその美貌に湛えた微笑を崩さぬままに答えた天照神に一瞥を向けられたもう一人の光の極神――「摂理神・プロヴィデンス」が悠然と前へ歩み出る
「神魔、と言ったな?」
「――はい」
おもむろに名を呼ばれた神魔は一瞬息を呑むが、摂理神の神圧に委縮することも覚えることもなく、即座に気を振るわせて、普段通りの毅然とした振る舞いで応じる
「創造神様がお待ちだ。神界へ行け」
「――!」
摂理神の口から告げられた思いもよらぬ言葉に、神魔は元よりこの場にいるほとんどの者達が息を呑む
それを聞いていた暗黒神は、わずかに眉を顰めると、細めたその目に理解の色を宿し、一瞬その口端をかすかに吊り上げてから口を開く
「――なるほど。つまりこの世界から彼を逃がし、神界へと送り込めばそちらの勝ちということね」
その言わんとしていることを要約して理解した暗黒神の言葉に、摂理神と天照神が無言の肯定を以って相対する
「分かりやすくていいわ」
これまでと全く変わらない声音で目を細める暗黒神だが、その双眸は神魔と天照神を捉え、今手に届く位置にある目的を確実につかみ取らんとする意思を感じさせる
「神界への門の場所は知っていますね?」
「…………」
暗黒神へと視線を向けながら問いかけてきた天照神に、神魔は首肯で応じる
神の住む世界――「神界」へと続く門は、全ての世界の天頂に輝き、陽光と月光を注ぐ光源にして、世界の中心――「神臓」にあると、母深雪に教えられている神魔は、暗黒神によって作り出された光の見えない黒空を見上げる
「では、創造神様を焦らすのも悪いし――そろそろ始めましょうか」
互いの情報を開示し合ったところで、破壊神復活のための鍵たる神魔を前にした期待に心を高鳴らせる暗黒神は、開戦の言葉を述べる
「そうですね」
その言葉に淑として天照神が応じた瞬間、暗黒神のその手は神魔の肩へと触れていた
「――!」
単純な神格、存在そのものの差ということもあるが、一切反応することもできない暗黒神の移動に神魔が瞠目する中、純白の光が迸る
全ての闇を払う聖なる光の輝きに神魔へと触れた手を弾かれた暗黒神は、天照神を視線を交錯させ、まるで図ったかのように同時にその力を解き放つ
「闇黒神」
「光極神」
神魔を挟んで暗黒神、天照神それぞれの神力がもう一つの神名を名を持つ武器として顕現する
純黒の神闇を解放した暗黒神の手には、身の丈にも等しい長さを持つ黒刃の槍が、純白の神光を解放した天照神の手にもまた、薙刀のそれを思わせる光色の刃を持つ白杖が顕在していた
それぞれの武器の刃と共に白と黒、光と闇。――相反し、対極にあるが故に決して交わることのない二つの力がぶつかり合い、世界の根源、そして起源に近しい神力がせめぎ合って炸裂する
「光」と「闇」。この世を二分する力の象徴にしてにしてそれそのものでもある二柱の女神のそれを皮切りに、全ての神が一斉に動き出す
咄嗟に手を伸ばした終焉神・エンドの力が神魔の存在を捉え、触れる間でもなく自らの袂に手繰り寄せようとするが、それは同格の神である摂理神の力によって相殺される
「天理神!」
身の丈にも及ぶ刀身を持つ巨大な両刃剣を顕現させ、神速で肉薄してきた摂理神が最上段から刃を振り下ろすのを見据えた終焉神は、それに応じるように自らの存在の力を戦う姿として現す
「――終末神」
漆黒の刀身を持つ両刃の大剣が斬り上げられ、上段から迫っていた摂理神の刃とぶつかり合ってその力を対消滅させながら迸らせる
極神の女神が光と闇ならば、極神の男神たる終焉神と摂理神は、全てを終わらせる力と決して揺らぐことのない不変の理
「神魔様……っ」
この場の誰にも知覚することのできない神速と力を以ってぶつかり合う四柱の極神の力が放つ神圧に、桜は委縮しながらも、その渦中にいる最愛の人を想う
極神が放つ神圧の前では、一介の全霊命に過ぎない桜では、反抗の意思と力を持つことすら許されない
(神魔様の身に危険が迫っているというのに、わたくしは――)
極神の戦闘の渦中に神魔が巻き込まれているというのに、自らの武器である薙刀を支えにしてかろうじて立っていることしかできない自分の無力さに桜は唇を引き結ぶ
「――!」
その時、桜は自身の左手薬指にはまっている指輪に目を止める
なんの飾り気もないそれは、かつて姉からもらったものが形を変えた神器。そして、今の神魔と桜の魂を通じ合わせる力を持った絆の証だった
《桜》
その時、脳裏に神魔からの思念通話が届いて来る――否、正確にはようやく桜の意思にその声が届いたというべきだった
神魔からの声はずっと送られてきていた。だが、暗黒神と天照神、終焉神と摂理神――四柱の極神の戦いが生み出す光と闇の力の神圧に呑まれていた桜には、それすら届いていなかったのだ
「――っ」
《神魔様》
いつまでも返答がないことに不安の色を帯びていた神魔の声に、気を奮い立たせた桜が、極神の神圧によって委縮した声音を可能な限り平静に応じると、意識の向こうで安堵する感情が伝わってくる
まさに究極の領域にある極神の戦いの渦中状況でも自分の事を思ってくれている神魔に胸を熱くした桜は、意識の中で言の葉を紡ぐ
《わたくしが戦います》
《!?》
その言葉に思念の向こう側で神魔が息を呑んだのが桜には手に取るように分かった
神魔が思念通話を求めてきたのは、魔力共鳴を行うため。だが、神位第三位にある極神の力の前で、その力ではなんの役にも立たないことは明白
それでも、なにもしないよりはましだと神魔は共鳴を求めてきているのだろうが、今の桜にはもっと別の――真の力がある
(使いますか)
もう一人の破壊神である神魔を連れて、九世界の者達から離れた場所へと移動して戦っていた天照神は、桜の纏う空気がわずかに変化したのを知覚する
純白の光となって振るわれる天照神の刃を神闇を纏った黒槍で受け止めた暗黒神もまた、それに気付いて意識を向ける
「あれは――〝アンシェルギア〟?」」
全てを知覚できる暗黒の目によって、桜の左手薬指に嵌められたものがなんであるのかを理解した暗黒神が小さく目を瞠る
(そんな、どうやって!? あれは――)
創造神が講じていた手段がこれを指しているのだと瞬時に理解した暗黒神が瞠目したところへ、天照神の神白の滅光が撃ち込まれる
知覚することのできない規模を持つ力が吹き荒れ、そこに込められた神然なる意思が巻き起こす世界の崩壊に耐えながら、桜は自らの意識を左手薬指に嵌められた銀輪へと注ぎ込む
それによって銀の指輪が神器が目を覚まし、その力を発動するための状態となったのを感じ取った桜は、一度目を伏せて呼吸を整えると、想いを込めて言の葉を紡ぐ
「アンシェル!」
瞬間、銀の指輪がその力を発動し、桜を神黒の闇が包み込む
『――!』
その力が天を衝くと、戦いをはじめていた全ての神々が目を瞠り、暗黒色の力へと一瞥を向ける
「この神格、極神級!?」
「――まさか、アンシェルギアか!?」
そこから感じられる神位第三位に迫るほどの神格に光と闇の神々が知覚を震わせる中、天を衝く闇の柱が解けてその中から桜色の髪を翻した淑然たる美女がその姿を現す
長くたなびく桜色の髪はまるで輝いているかのよう。中心に宝玉を持つ花を思わせる装飾が両側頭部を飾り、水晶のような飾りが揺らめいている
振袖のように変化した着物は合わせが黒で全体が雪のように白く、そこに桜色の帯が美しい色合いを演出している
新たな霊衣を身に纏った桜は、桜花の彩を帯びた薙刀を携え、まるで一輪の花のように楚々として淑やかに佇んでいた