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魔界闘神伝  作者: 和和和和
天上界編
282/305

世界集結





『撤退だ』


 神形(エスタトゥア)達の神である文明神からその命令が送られて来てからしばらくの時が流れたにも関わらず、リオラ達特級(アリストス)達はそれを実行できずにいた


(こいつさえいなければ……っ)

 相次ぐ予想外の出来事に加えて任務の中断と失敗――その事実に内心で肩を落とすリオラは、その最大の要因である人物に剥き出しの敵意が宿った視線を向ける

 その視線を向けられた神魔は、そんな敵意など意にも介さず、リオラが与えられた神器――「神を殺す力を持つ剣」を、純黒の滅闇を注ぎ込んだ大槍刀によって圧倒する


 今回、文明神がサンクセラムを利用して天上界に侵攻したのは、その日願成就のために、光魔神と神器神眼(ファブリア)の力を欲したからだ

 だが、神器もなく神器(神々の力の欠片)を持つ特級(アリストス)神形(エスタトゥア)四人を圧倒する異常な実力を持つ悪魔神魔とその伴侶桜、そして突如乱入して神化した紅蓮を筆頭とする想定外の事態によって戦力の優位性と拮抗が崩れ、その目的を達成するのは限りなく不可能となっていた


(しかも、よりにもよって……)

 だが、撤退をしようにも相対する神魔の力に圧倒され、中々その機会に恵まれずにこの状況にまで陥ってしまった

 内心で苦々しげに舌打ちをしたリオラは、自分達と同じように矛を収め、事態の進展を窺っている神魔から、突然の闖入者たる二つの勢力へと視線を動かす


 天空に座すのは、九世界の王を筆頭とする実力者達。そして、文明神の力で隔離されたこの空間へと続く道を開いた人物――円卓の神座№10「護法神・セイヴ」とその眷属達

 そしてその護法神が視線を向ける先にいるのは、巨大な角と瞳のない白い目を持つ大男――円卓の神座№9「覇国神・ウォー」とその眷属達だった

 そして覇国神が属する組織十世界のメンバーと、同じくそこに属している異端神――円卓の神座№2「反逆神・アークエネミー」とその眷属たる十人の悪意の化身達だった


「護法神様や、九世界の皆様。ご挨拶が後回しになってしまうことをお許しください」

 対極に位置するが故に、覇気に満ちた視線と柔和な眼差しを向ける護法神と火花を散らしている覇国神を手で制した十世界盟主「奏姫・愛梨」は、そちらへ深々と一礼して理を入れると、顔を上げてリオラ達神形(エスタトゥア)に微笑みかける

「お久しぶりです。文明神様もご健勝のことと存じ上げます」

 神形(エスタトゥア)達の視線が、遥か別世界にいる文明神に伝わっていることを承知した上で、皮肉などではなく、純粋に礼節を以って語りかけてくる愛梨に、特級(アリストス)の一人であるリオラが露骨に不快感を露にする

 ミルトス、クレメウス、ベヘネヴィーラ――残る三人の特級(アリストス)神形(エスタトゥア)達も、リオラほどではないが、愛梨へ歓迎していない視線を向けていた

「積もる話もありますが、こうして相まみえる機会を得られたのです。是非ともお話をさせていただきたいのですが、いかがでしょうか?」

 天上界王城一帯を隔離し、攻撃を仕掛けたことに批判的な意見を持ちながらも、愛梨はそれを糾弾せずに自分達の理解を深める話し合いを求める

「はァ!?」

 いつもと変わらず、対話による歩み寄りを求める愛梨の言葉に、リオラはここまで溜まりに溜まった苛立ちを発散するように不快感を露にした恫喝するような声を発する


 リオラの本心としては愛梨を攻撃したいところだが、愛梨の周囲には十人を超える神片(フラグメント)と神位第五位の神格を持つ覇国神と悪意の王、そしてそれを上回る最強の異端神である反逆神がいる

 さすがにそれらを相手に神器を一つ持っている自分が抗えるはずがないことくらいは分かる


「聞こえているだろう。文明神(サイビルゼイト)。今すぐこいつらとお前の玩具どもを下げろ。さもないと――」

「ッ」

 その視線を巡らせ、瞳の無い白い目に睨まれたリオラ達特級(アリストス)神形(エスタトゥア)は、そこから感じられる殺気の予兆を眼差しに戦慄し、身を強張らせる


 明確に殺意を示しているわけではないが、指示に従わなければそれを実行するという脅迫――当人からすればただの忠告は、覇国神がその気になれば一瞬で実現する未来の光景だ

 破壊と蹂躙、征服を主とする戦争の神からの言葉に、死を恐れない神形(エスタトゥア)達には絶対的な敗北が確信として思い知らされる


「――それは願ってもないことじゃ。協力者の首領が殺されてしまった今、妾達もこれ以上の戦いは無意味じゃと考えていたところじゃからな」

 やがて、四人の中で最も古い特級(アリストス)であるベヘネヴィーラが、覇気による恐怖によってよる焼き付いた喉からその言葉を絞り出す

 それは事実上の敗走なのだが、協力関係を結んだサンクセラム――その首領であるレイラムが死んだことを強調することで、その意味合いを弱めている。無論、サンクセラムに属する者たちはまだ生きているが、それこそ、知ったことではない


 実際四人には文明神から撤退の命令が下されていた。神魔に阻まれ実行できなかったそれを行うのに何の支障もない

 加えてこの戦場に送り込まれている神形(エスタトゥア)達も大量に入るが無尽蔵ではない。すでに膨大な数を失った今、これ以上の損失は避けたかった


「よろしければ、是非お話の機会を」

「悪いが遠慮させてもらおう」

 一瞥一言で神形(エスタトゥア)達を退けた覇国神に不満気な視線を向けた愛梨の言葉に、早々に撤退を始めたベヘネヴィーラ達は取り付く島もないといった語調で応じる

「そうですか……では、またお会いいたしましょう」

 その言葉に残念そうに肩を落とした愛梨だったが、気を取り直した様子で明るく柔和な笑みを浮かべる

「――っ、待て!」

 それを見て、咄嗟に引き止めようと声を荒げるラグナだったが、リオラ達はその声に耳を貸すことなく、速やかに天上界王城の天に浮かぶ門の中へと入っていく

 大量の神形(エスタトゥア)達、そして四人の特級(アリストス)達を呑み込んだ円形の門は、その内側に開いていた時空の道を閉ざし、その場で自壊して欠片も残さずに消滅する

「――っ」

 ようやく出会えた文明神の眷族達を取り逃がした悔しさに、ラグナはその拳を握り締めて歯噛みする

「っ、撤退だ!」

 一方、文明神と眷属達から見限られたサンクセラムの光の存在達は、それに遅れて解放された空間から次々に離脱していく

「おーおー。滑稽だねぇ」

 その様子を見ながら、九世界の王達の後に続いて世界に顕現してきた黒翼の堕天使が、その姿を見て愉快そうに嘲笑する

「普段は光の存在こそがこの世で唯一の存在とか偉そうに言ってるくせに、異端神の力を借りたばかりか、無様に敗走とはねぇ

 ま、所詮お前たちは、自分達の憎しみと無力を闇の存在に責任転嫁して押し付けてるだけ。光の存在にあるまじきつまはじき者ってことだ」

 レイラムを失って逃走するしかないサンクセラムの光の存在達は、明らかに挑発している堕天使の言葉に憤りを噛みしめながらも、それに答えることなく即時離脱を行うしかない

 十世界と王達が来たことで戦場は膠着状態になったが、下手に動けばその力の矛先が自分達に向く可能性がある。そうなれば、サンクセラムは一瞬で崩壊してしまうことは明白だった


「――光の存在の面汚しどもめ」


 屈辱を噛みしめながらサンクセラムに属する者達が一斉に世界から離脱すると、愛梨はその堕天使の方へと視線を向けて窘めるように声を発する

「タウラさん」

「咎められるいわれはないよ姫。俺は反吐が出るほどにこいつらが嫌いだって知ってるだろ?」

 しかし、そんな愛梨の注意に反論した堕天使――十世界堕天使総督「タウラ」は、肩を竦めて軽い口調で言うと、次いでその視線を天に浮かぶ堕天使王へと向ける


「久しぶりですね、王」


「相変わらずのようだな」

 敬語を使っているが、敵対の意思が透けて見える慇懃な言葉遣いのタウラに、ロギアはその鋭利な眼差しを向ける

「堕天使タウラ。王に弓引いたその身で我らの前に現れるとは、覚悟はできているのでしょうね?」

 そこへ割り込んできたのは、堕天使王の側近の一人たる堕天使の女性。絡み合う枝のような矛槍を携えたその堕天使の女性の敵意と警戒を隠さない声に、タウラはその表情から笑みを消して応じる

「フィアラ様か。あなた達みたいに黒い翼に誇りをもっている人や、自分で白い翼を棄てた奴には分からないでしょ? 黒い翼を持って生まれただけで、天使からも闇の存在からも敵視される俺達の気持ちなんて」

 注がれフィアラの敵意と同じだけの敵意を向けて応じるタウラは、自身の背から生える黒い翼を一瞥し、周囲にいる堕天使達へさりげなく視線を配る

「堕天使は王が光を闇に染める神――〝堕神・フォール〟から得た力によって生み出した、本来は存在しない全霊命(ファースト)

 なら、王が死ねば堕天の呪いが解けるかもしれないって考えるのは当然だろ?」


 堕天使は、「生きた神器」とも呼ばれる堕天使王――十聖天筆頭だった「ロギア」が、闇の神位第六位の一柱たる神「堕神・フォール」の加護によって自分と同じ天使の光を闇に堕落させたことで生まれた、天使の亜種

 堕天使の第一世代となる者達は、ロギアとの盟約を結んで光の存在である白い翼を棄てたのだが、二代目以降はそうではない。両親、あるいは片親が堕天使であることによって、望まずに黒い翼をもって生まれた者も多い。

 そしてそれが理由で光からは裏切り者として忌み嫌われ、闇の存在からも敵視されるとなれば、黒い翼を良く思わない堕天使が生まれるのは必然ともいえる流れだった


 その中でタウラは、自身と同じ志を持った堕天使達を集め、かつて堕天使王ロギアを滅ぼすために反乱を起こした過去を持っている

 一度堕天使すれば、二度と白い翼を取り戻すことはできない。だが、ロギアの力によって堕天使が生まれるのなら、ロギアを殺すことで堕天使が白い翼を取り戻せる可能性に、タウラは賭けたのだ。――その結果は、戦力の半数以上を失い、堕天使界から逃走する完全な敗北だったが、


「貴様……」

「よせフィアラ」

 不遜なタウラの言葉に憤りをあらわにし、戦意を高めるフィアラをロギアの低い声が抑制する

「タウラさんもですよ。ロギア様に対して失礼な事を仰るのは感心しません」

 ロギアがフィアラと止めるのとほぼ同時に愛梨が先程のやり取りを優しい口調で窘めると、タウラは拗ねたようにそっぽを向く

「白い翼を取り戻す術は、私が見つけて見せると言ったはずです。堕天使王様の命を奪うより、同じようなことができる神器の力に賭けた方が建設です」

「分かってますよ。やれやれ」

 しかし、それにも構わずに話を続ける愛梨に応じたタウラは、そのまま十世界に属する堕天使達を連れてロギアの元から離れていく

「――さて、これで一通りの面通しは済んだかな?」

 それを見届けた神敵の眷族の先頭に立つ褐色の肌の男は、その言葉と共に自らの悪意の神能()を自身の身の丈にも及ぶほど巨大な刀身を持った太刀として顕現させると、それを一閃させる

 通常の神能(ゴットクロア)のように事象を拒絶するのではなく、この世の理の全てに逆らい、害することによって自らが望む世界を顕現させる凶々しい黒が吹き荒れると、何もない空間に亀裂が入り、そのまま破壊される


「――大貴」


 破壊された空間から現れた大貴の姿に、詩織は安堵の表情を零す

 その身にいくつもの傷を負って血炎を立ち昇らせてこそいるが、命に別状はない大貴は隔離された空間から解放されて、劇的に変化している戦場に瞠目する

「お久しぶりです。光魔神様」

(十世界? それにあっちは九世界の王達だと――?)

 愛梨の声に視線を向けると、そこにはいつものように柔和な笑みを浮かべた奏姫と、反逆神、覇国神二柱の神が自らの眷族を連れて勢ぞろいしている

 さらに別の方向には、これまで魔界王を除いて面識のある九世界の王達と、神庭騎士(シルヴィア)理想郷(ユートピア)ら、面識のある者達が、それと同等の神格を持つ者達、そしてそれを隔絶した存在――護法神と並んで存在していた

《大貴さん》

人間界王(ヒナ)まで来ているのか)

 他の存在達の圧倒的な神格によって感じられないが、至宝冠(アルテア)を介した思念通話によってヒナまでもがいることを認識した大貴の視線は、やはりというべきか因縁というべきか、不思議と反逆神とその眷属達――中でも、覇国神と同等の神格を持つ褐色肌の青年へと吸い込まれていた

「お前は……?」

「俺の名は、〝マリシウス・マリシオン〟。――悪意を振りまくものマリシウス・スキャッターの王だ」

 他の神片(フラグメント)達と比べても明らかに神格の違う隔絶した力を持つ人物に大貴が警戒心も露に訊ねると、その人物――悪意の王「マリシウス・マリシオン」は鷹揚とした声で応じる

「悪意の……王」

(こんな奴もいるのか――)

 悪意の王マリシウス・マリシオン――神位第五位の神格を持つ神片(フラグメント)に、大貴は左右非対称色の双眸に険な光を灯す

「見事に育っただろう光魔神。そいつは、お前達のいた場所(・・・・・・・・)を含めたゆりかごの世界によって育まれた悪意だ」

「っ!」

 悪意の王の姿に警戒を強めた大貴の反応を楽しむように、反逆神(アークエネミー)が口端を吊り上げて酷薄な笑みを浮かべる


 大貴と詩織が暮らしていた地球やそれを内包する「ゆりかごの世界」は、反逆神の息がかかった世界の総称

 数多存在するその「ゆりかご」は、遥か遠い昔に命を失った「悪意の王」の命を引き止め、蘇らせ、育むための文字通りの「揺り籠」だった

 話には聞いていたそれが形を持ち、自我と神格を得て眼前にいることに、大貴は言い知れぬ感情を抱いかざるをえなかった


「期待しているかもしれないから、あらかじめ言っておくが、悪意の王(こいつ)が生まれたからと言ってゆりかごの世界から悪意が消えてなくなることはない。

 あそこは、マリシウス・マリシオンの神格を下敷きにして作り出した悪意の吹き溜まり。俺にとっての繁栄型(チャイルド)ユニット達の暮らす箱庭だからな」

 希望を弄ぶかのように打ち砕いた反逆神は、大貴の反応を愉しみながら喉を鳴らす

 欠片(クオリア)と呼ばれるユニットしか持たない反逆神が、神への悪意を以って生み出したのがゆりかごの世界。たとえその礎となった悪意の王が甦ろうとも、その世界に沁みこんだ微小な悪意は二度と消えることはない

「――っ」

 神敵らしい悪辣な言い回しに左右非対称色の双眸に険な光を灯した大貴は、内側に湧きあがってくる正常な敵意を噛み殺す

 反逆神と光魔神の間に一瞬生じた一触即発の空気を敏感に読み取った愛梨は、その話の腰を折る意味でも本題を切り出す

「まずは、協定を破って時間よりも早くお尋ねしてしまったことをお許しください。皆様のお力や勝利を疑っていたわけではないのですが、いてもたってもいられず、皆の反対を押し切ってお尋ねさせていただきました」

 自身の神能()に乗せることで、声を荒げずとも天上界王城一帯にその清涼な声音を響かせた愛梨は前置きとして謝罪の弁を述べる

 それが示す主な相手は灯を筆頭とする天上界の天上人達。そしてこの場にいた堕天使王ロギアなどの堕天使達全員へ向けたものだった

「全ては私の狭量さ故。どうか寛大なお心でご容赦願いたく思います」

 故に、その中で最も責任ある立場にいる灯へ視線を向けた愛梨は、軽く腰を折って頭を下げる

「――かまいません」

 許しを乞うその言に灯が厳かな声音で応じると、愛梨は頭を上げて微笑を浮かべる

「感謝したします。本来でしたら、早々に皆様のご同意を集め、約定を果たすべきかと思いますが、天上界王様達は先の戦いのお疲れがあることと存じ上げます。

 しばしの休息を置いて再会することをご提案させていただきたいのですが、いかがでしょうか?」

「……そうですね」

 その視線が一瞬傷ついた光魔神(大貴)へと向けられるのを見た愛梨は、その意図するところを正しく理解して頷く

「では、私達はこの庭先をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

 天上界王の許可を得た愛梨が視線を向けると、反逆神達をはじめ、先にこの場に来ていた北斗をはじめとする天上人達とタウラ達堕天使、十世界に属する者達が続々とそれに従う

 その中で覇国神とその眷属達だけは、九世界の王達と共に来た護法神としばし視線を交わしていたが、名残を惜しむように背を向ける


「光魔神様」


 一旦休息の時間を置くことになり、それぞれの陣営が動きを見せる中、愛梨に呼び止められた大貴は、そちらへと視線を向ける

「紅蓮さんはどうされましたか?」

 そう訊ねてくる愛梨だが、その表情は憂いを帯びてわずかに翳っており、聞かずともその答えを知っているかのようだった

 それでも一抹の可能性を信じようと願っているのであろう愛梨が、祈るように向けてきたその言葉に、大貴は静かな声で応じる

「……俺がここにいるのが答えだろ」

「やはりそうですか」

 大貴が告げたその言葉に、悲しみを隠せない様子で目を伏せた愛梨に、シャリオ、ラグナ――紅蓮と行動を共にしてきた者達も、それに倣って黙祷を奉げる


「あいつは笑って死んだよ」


 愛梨がどう思っているかは想像がつくが、少なくとも紅蓮は負けたことを悔やみながらも満足して逝ったのだと大貴は告げる

 その死をただの敗北として終わらせたくないという大貴の思いを汲んだ愛梨は、それに無言で深く一礼することで答えるのだった





「灯様」


 十世界との合意形成がされたことによって、戦場に弛緩した空気が流れ始めていたその時、不意にそれを破るように霞が神妙な面持ちで口を開く

「霞……?」

 その声に振り向いたところで膝を折り、深く首を垂れて跪いた霞から醸し出される尋常ならざる気配に、灯は無意識の内に息を詰まらせていた


「私は、十世界天上界総督です」


「――!」

 そして、その口から紡ぎ出されたその言葉に、灯だけではなく、邑岐(おうぎ)をはじめとする天上界の天上人達が瞠目し、二人のやり取りに目を向ける

 それだけではなく、北斗をはじめとする十世界に属する天上人達もまた、灯と霞の様子を遠巻きに見守っていた

「今まであなたをたばかっておりました。どうぞ、厳罰に処してください」

「どうして……ですか?」

 目を伏せ、まるで日常会話と変わらない様子で淡々と自らの背信を告白する霞に、灯は王として個人として向かい合う

 その「どうして」には、どうして十世界に所属したのかという意味だけではなく、「なぜ今その事実を告げたのか」、「なぜ隠しておこうと思わなかったのか」など複数の意味が含まれていることは明らかだった

「私があなたを王として信じ切れなかったからです」

 最も忌まわしき者である自分のためなのではないかと、その瞳を灯火のように揺らした灯の考えを否定するように、霞は静かな声音で断じる

 声を荒げることなく、凪いだ声音と表情で自らの罪を告白する霞には、自らの断罪を求める苛烈なほどに確固な意志が宿っていた

「私は、先代の王綺沙羅様に幼少よりお世話になり、尊敬していました。その王を処刑したこの世界が許せなかったからです

 あなたを王として戴き、今日まで尽くしてきたのも、最も忌まわしき者であるあなたが王であることで、この世界に復讐できると考えたからです」

 その口から紡がれるのは、王の責任を問わせないための忠誠の嘘。自らの勝手な思いで、灯のためにと十世界に身を置いた忠臣の最後の忠義だった

「ですが、先のあなたの戦いを見て感銘を受けました。あなたならば、きっと良き王としてこの世界を導いていかれることでしょう――これは私なりのけじめなのです」

「――そうですか」

 霞のその言葉に、灯はわずかにその美貌を歪めて寂寞の情を乗せる


 灯はまるで首を差し出すように跪いている霞がおそらく嘘を述べていることを分かっていた。霞が十世界に身を置いたのは、自分を守るためであるということも予想がついている

 だが、それを追求することはしない。仮にしたところで霞はそれを頑なに否定し、先と同じ答えを繰り返すだけだと知っていたからだ


 無論確信があるわけでもない。霞の本心が分からない以上それは自分の勝手な思い込みである可能性は否定しきれず、それほど霞に思われているのだと口にするのは、まるで驕っているようで憚られる

 ただ一つ確かなことは、今灯に求められていることは、霞の心の奥を問いただすことではなく、天上界王としてその罪をいかに裁くかということだった


「――霞、今を以って天上界王相談役の任を解きます」

 しばしの思考の間を置いて口を開いた灯は、自分の足元で首を垂れて跪いている霞へ、務めて厳かな声音で沙汰を言い渡す

「はい」

 それを聞いた霞は、一切の反論は愚か、何の感情の揺らぎも見せずに王から下された言を粛々と受け入れる

「今までお勤めごくろうでした」

 頭上から降って来た労いの言葉に目頭が熱を帯びたのを感じた霞だったが、唇を強く噛んでその感情を押し殺す

 灯と出会ってから今日までの日々が次々と脳内に甦り、そしてその当時から変わりなく、そして王として成長したその姿に愛おしさに似た感情が胸を焦がしていた

「本来ならば極刑も考えられますが、今日までの働きと、先の功績に免じて罪を減じ――」

 それは、灯という人物の人となりを知り尽くしている霞にとって、ある程度予想していた通りの答えだった

 殺して欲しかったわけではないし、死を望んでいたわけでも決してない。もし、極刑(それ)が言い渡されるのならば甘んじて受け入れる覚悟だった霞に、灯はその罪に対する罰を告げる


「あなたを幽閉します」


 その不可解な罰に、霞は眉根を寄せる


 罪を減じたのはまだ分かる。しかし、幽閉というのは全霊命(ファースト)にとっては基本的に存在しない罰だった

 最も似たものは封印に当たるだろうが、封印には常にそれを維持するために力と意志を割き続ける必要があるため、意志を注がなくとも永続的に効力を発揮する〝理力〟のような特性を持たない種族(もの)が行うことは滅多にない

 聖人ならまだしも、天上人――その神能()である天力にはそういった特性はないため、そのような罰を下した灯に、霞は違和感を覚える


「幽閉場所は私の部屋。そこで私の個人的な相談役(・・・)として、労働奉仕を命じます」


「……!」

 しかし、そこに続けられた灯の言葉に、霞はその意図を理解して小さく目を瞠る

「異論はありませんか?」

 驚いて顔を上げた霞の目に映ったのは、自分を見て穏やかな笑みを浮かべている灯の慈愛の面差し

「その御判断は、王として不適格ではありませんか?」

 事実上先の判決に霞にとっての罰はない

 罪人を実質自分の裁量で推定無罪とし、自身の願望のために罰を与えることを体面にして自分の傍らに置くことは、世界の法と秩序を守るべき王として不適当ではないかという問いかけに、灯は苦笑を浮かべて応じる

「そのようなことはありませんよ」

 おそらく霞が望んでいた罪ではないことを理解した上で、灯はそれに従う必要も意味もないのだと、最も忌まわしき者にして天上界の王としての意見を示す

「あなたは、もう金輪際自分の意思で自分を自由にできないのです。十世界にもいかせません。これからはずっと……ずっと私の傍で私のために生きてもらいます」

「……!」

 その瞳に優しく凪いだ色を浮かべ、これから自分のためだけに尽くして生きろと求める灯の姿に、霞はかつて自分に手を差し伸べてくれた先代天上界王・綺沙羅の幻影を重ねる

 かつて触れた懐かしい温もりに胸が熱を帯び、その瞳を揺らす霞に対して一度深く微笑んだ灯は、そっと手を差し出して優しく言の葉を紡ぐ

「よいですね?」

 心を洗い清めるような清浄な響きを帯びた声音で諭された霞は、自分を求めて差し出されたその手に応じる

「はい」

 かすかに声を震わせ、差し出された手に己の手を重ねた霞は、灯の温もりに目を伏せる

「あなた方も構いませんよね?」

 同じように霞の温もりを感じ、しばしその手の温度に目を細めていた灯は、おもむろにその視線を北斗――十世界に属する天上人へと向けて訊ねる

 その微笑みは穏やかで友好的な印象を受けるが、断るならば実力行使を以ってそれを実現しかねない確固たる意思が込められていた


「――どうぞご自由に」


 お願いではなく、ほぼ強要にして命令に等しい灯からの言葉を受けた北斗は、肩を竦めてそれに応じる

 灯の微笑みに気圧されたわけではないが、これこそが今まで自分達の盟主だった霞が今望んでいる――あるいはずっと求めていた答えなのだと感じ取った北斗には、それを断る理由がなかった


 そしてそれは十世界盟主である愛梨も同様で、灯の前に跪いた霞に穏やかな笑みを向ける

 穏やかに澄んだ奏姫の双眸を向ける愛梨は、自らの人生の全てを奉げるに等しい罰科を受けた霞の幸せな未来が見えるかのようだった


「よろしい、ですか……?」

 霞自身、十世界に罰を了承させた灯は、最後にその機嫌を窺うかのように邑岐(おうぎ)へと視線を向ける

 ここだけは今までと変わらない王の姿に、一度息を吐いた邑岐(おうぎ)は、しかしその口端を吊り上げて微笑を浮かべると、胸に手を当ててその場で膝を折る


「我が王の御心のままに」


 その言葉につられるように、出雲、真響(まゆら)ら、天上界の天上人達が次々に膝を折って忠誠と敬意を奉げていく



 光輪を戴く者達に傅かれる者達を見た九世界、十世界の者達は天輪を戴く王が今ここに本当の意味で降臨したことを知り、その様子を瞼に焼き付けるようにして見つめるのだった





 金色の光が蛍が舞う――。



 淡く儚い輝きだというのに、陽光の眩しい光の中でもはっきりとそれを見ることができる金白色の光は、風に戯れるように揺れて、やがて空へと溶けていく

 その光を生み出しているのは、燐光を帯びた癖のない長い金色の髪。純白の衣に身を包み、凛と淑やかに佇む女性――光の神位第一位(絶対神)「創造神・コスモス」から生み出されるものだった


「運命が、今一所(ひとところ)に集いました。今こそ、創世の時代より続くわたくし達の因縁を絶つ時――」


 九世界に非ざる異なる世界――「神界」に立ち、世界の全てを見通す瞳で今天上界に起きている事柄を見通す創造神は、神性を帯びたたおやかな声音で言葉を紡ぐ

 その神言に耳を傾けるのは、創造神の力に列なる光の神々達の姿だった


「全ては、創造神の手の内ということか」

 悠久に続いてきた運命と因果が、今この時になって結実した事の重みを理解する光の神々の下に、低い男の声が聞こえてくる

 その声に一瞥を向けた創造神の視線の先には、二つの人影――三つの角を持つ黒髪の男と、それに散歩下がって付き従う黒髪和装の美女が佇んでいた


「そのようなものではありませんよ。もしそうならば、今このような事態には陥っておりませんから。全てはあの時のわたくしの落ち度です」

 その二人――「ロード」と「撫子」、二人の悪魔の姿を見止めた創造神は、薄く紅を引いた花唇から先の言を否定する言葉を紡ぐ

 創造神の言葉が意味するところを正しく理解しているロードは、それに対して不敵な笑みを浮かべることで応じると、おもむろに口を開く


「それで、もうどちらを選ぶか(・・・・・・・)決めたのか?」


「――……」

 ロードからの問いかけにそ、その柳眉をひそめた創造神は、その超然たる絶世の美貌に物憂げな笑みを浮かべることでそれに応じる


 その微笑が何を意味しているのかを知っているのは、燐光を帯びた金色の髪を揺らめかせる創造神だけだった





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