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魔界闘神伝  作者: 和和和和
天上界編
281/305

王と家臣





 閉じていた瞼をゆっくりと開くと、そこには金色の髪をなびかせた一人の女性が、清楚な所作で佇んでいた


「……奏姫か」

 その姿を見て、それが誰なのかを理解して声をかけると、金色の髪をなびかせた女性は花のような微笑みを浮かべる

「はい」

 その呼びかけに応えた奏姫――「愛梨」は、自身が相対する巨漢の瞳のない白目(・・・・・・)が自分を捉えているのを感じる

 自身の倍はあろうかという体躯。加えて屈強で猛々しさに満ちたその人物は、向かい合うだけで押しつぶされてしまいそうな覇気を放っていた


 「覇国神・ウォー」。――最強の異端神〝円卓の神座〟に名を列ね、№9を戴く戦の神。それが、今愛梨が向かい合っている大男だった


「創界神争で敗れ、主君をも守れなかったこの敗残の神になんの用だ?」


 まるで荒れ果てた荒野に咲く一輪の花のように目を引く華やかな存在を映した目を眩しげに細め、覇国神は重低音の声で問いかける


 異端神でありながら、創世の神に忠誠を誓った「神臣(ヴァザルース)」たる覇国神は、創神神争において、主君たる神――「破壊神」が創造神に敗れてから、この辺境の世界に身を置いていた

 そんな自分に、神の巫女姉妹その四女にして末妹である奏姫の来訪に、覇国神は自虐めいた声音で訊ねる


 覇国神が破壊神の神臣(ヴァザルース)であるように、覇国神の対を成し、対極に位置する異端神――円卓の神座№10「護法神・セイヴ」もまた、破壊神の対であり対極たる神「創造神」の神臣(ヴァザルース)だった

 つまり創界神争は、覇国神にとって護法神との戦いを己が主君に託した代理戦争に等しいものだった。――その結果が、破壊神の敗北だった以上、覇国神にとってそれは自身の敗北そのものだったのだ


「――では、単刀直入にお願いいたします。私は、誰もが笑いあって生きていける平和な世界を作りたいと考えています

 覇国神様にも、是非参加していただきたいのです」

 胸に手を当て、穏やかな声音で訴えかけてくる愛梨を瞳のない双眸で映す覇国神は、一つ炎のような吐息を吐いて言う

「……争いの無い世界に、よりによって儂を選ぶことはあるまい」

 その場に座したまま語りかける覇国神の低く重い声にも愛梨は微動だにせず、真っ直ぐにその姿を見つめる


 この場にいるのは覇国神だけではない。その神片(フラグメント)である七戦帥(セブンスウォー)に、その眷属である戦兵(レギオン)の軍勢、祭祀(ブレス)をはじめとする戦巫女達――いわば、覇国神に列なる全戦力が揃っている

 大して、瞳のない目に角を持った戦の神と眷属達の中に佇む愛梨はただ一人。全方位から注がれる視線とこの場に渦巻く力はまさに圧倒的の一言であるにも関わらず、神の巫女の末妹である女性は竦んだ様子さえ見せずに平然と覇国神に相対していた


「儂は覇国神。戦争と征服を司る神。お前の唱える世界とは対極にあるような存在だ。それともお前の言う平和は、力によって全てを屈服させ、戦う力を奪って支配することか? それならば確かに儂が適任だろうがな」

 その豪胆さを賞賛するように、地鳴りを思わせる低い声で語りかけた覇国神は、牙ののぞく口端を吊り上げて微笑を浮かべる


 争いがない世界を平和と呼ぶのなら、強大な力で全てを屈服させ、その後に自らのみが力を持って支配すればいい

 事実覇国神とは、それを成すための〝戦争〟を司る神であり、大義の下の抹殺たる征伐や略奪と征服、支配をも司っている


「いいえ。私の望む平和な世界は、誰もが争わず、幸せに生きていくためのものです」

 まるで試しているようにも聞こえる覇国神の問いかけに、愛梨は小さく首を横に振って応じる


 先に覇国神が示した平和も一つの平和であることは否定できない。だが、愛梨が求めているのは、対話によって成される平和

 死と屍の上に作られる平定による平和ではなく、異なる価値観、異なる存在が互いを理解し合い、尊重し合い、その正義と信念を一つのものとして手を取り合うことで生まれる死も屍も積み上げることのないものだ


「ならば無意味なことだ。儂にとって〝戦〟とは存在意義そのもの。それが存在しない世界を作るということは、儂の存在を否定するに等しい」

 愛梨の答えを受けた覇国神は、興味を感じていないことが伝わってくる感情の抜け落ちた抑揚のない声で言う


 覇国神は「戦争の神」。それは、戦争が好きだとか、本人が望んでいる望んでいないといった次元の話ではない

 戦争という世界の理を体現し、それそのものたる神格が事象に人格と姿を得たものが覇国神なのだ


「いいえ。それは違います。だからこそ、私は真っ先にここへ――あなたの許へ参りました」

 もはや話すことさえも億劫だとばかりに、先の申し入れを拒否する色合いの強い様子を見せる覇国神に、愛梨は優しくも凛と響く声で応じる

 その言葉に覇国神が感情の一片を瞳のない目に灯すのを見た愛梨は、自分の気持ちが伝わるように、一言一言に思いを込めて言葉を紡ぐ

「争いのない世界によって真っ先に否定されるのは、〝戦争〟を司るあなたのような方です

 ですが、私が望む平和は〝全ての異なる人々が手を取り合い、分かり合うことで生まれるもの〟です。それは、当然戦争(あなたがた)も例外ではありません」

 この世界から争いを失くし、誰もが笑って生きていける世界にしたいと願う愛梨だが、自身が提唱した恒久的平和世界に存在してはならない者など断じていない

「争いのない世界に、争いを司る神が必要か?」

「はい。私は争いを否定したいのではありません争いを肯定した上で(・・・・・・・・・)争いの無い(・・・・・)世界を作りたいのです」

 試すような覇国神の問いかけに、愛梨は自分の素直な気持ちを言葉にして答える

「神によって作られたこの世界は、とても合理的で、残酷なほどに平等です。勝者、敗者、強者、弱者、光、闇、善と悪、世界と個人、全霊命(ファースト)半霊命(ネクスト)――あらゆるものが、変えようのない運命と変えられる運命の中で、等しく生きることを許され、循環と円環を以って存在している

 この世界に平等などないという人もいますが、それは自分達の種族、自分達の視点で世界を見るからそう思うのです。

 神の視点で見れば、この世界は全ての命が平等に生きている――もし、不平等があるとすれば、それはきっと(私達)が作り出すものなのでしょう」

 その整った美貌に憂いを浮かべ、ままならぬ世に思いを馳せながら言葉を紡ぐ愛梨を、覇国神とその眷属達は見定めるように見つめる


 平等とは等しいことではない。

 違っていることによって生まれる均衡をこそそう呼ぶのだ。そしてだからこそ、全ての生きとし生けるものは自由な意思を持ってこの世界で生きていることが出来る


「私達は、神によって生み出され、神が世界に定めた理を重んじています。ですが、〝戦わない世界を作ってはならない〟という理は存在しません」

 手のひらから零れ落ちていく砂か水を見送ったかのよな表情で告げた愛梨は、その手を握り締めて何ものをも取りこぼすまいとする決意を感じさせる真剣な表情で言う

「神々が作り出したのは、〝全てのものが等しく生きられる世界とそれを動かす神理(システム)〟――ならば、神ならざる私達は、ただその示された道の通りに生きるのではなく、自ら考え、望み、作り出すことなのだと思います」


 愛梨には、世界の理を非難するつもりは微塵もない。

 だが、例え世界の理がそうだったとしても、それを選ばないことを選択できる意思を自分たちは持っているのだと知っていた

 それを、神に敵対する悪意に等しいもの言う者もいるだろう。だが、悪意ならざる否定の意思を持つことができると愛梨は確信して言う


「だから私は、分かり合いたいのです。存在、生き方、正義、信念、心、その全てが異なっていても、互いに分かり合い、許し合うことはできるはずです。私達には、そのための思いと力があるのだと私は信じています」

 胸に手を当て、思いのままに紡がれる意志の熱を帯びた声で訴えかける愛梨に、覇国神は瞳のない白い目を細める

「私は、覇国神様達に争い以外の存在意義を見出してほしいなどとは申しません。私の願いのために戦ってほしいわけでは決してありません

 争いが、ただ殺し、奪うためのものではないと知り、確かめたいのです。私達の思い一つで世界が変わり、私達も変われるのだということを」

 戦争の神である覇国神とその眷属の存在を全面的に肯定した上で、それでも個人、信念、愛情の違いからくる戦いを止められると信訴する愛梨にここまで耳を傾けていた覇国神は瞼を閉じて口を開く


「誰もが何をも失わないことを望み、何をも得られることを望むとは、随分と都合のいい言い分だ――矛盾しているな」


 誰もが分かり合える争いのない世界を実現したいという愛梨の願いの本質を見抜いた覇国神が非難とも嘲笑とも取れる感情が一抹混じった声で言う

「そうですね。私の願いは理想論で、綺麗ごとで……きっと論理が破綻していると言われることです」

 覇国神の指摘を自分自身でも理解している愛梨は、核心を衝くその言葉に眉を顰めると、寂寥めいた苦笑を浮かべて言う

「それが分かっているのなら、なぜその道を行く?」


 愛梨の願いは、誰もが思っている至極当然のことだ。そしてそれを自覚しているのなら、覇国神もそれ以上非難するつもりはない

 世の中は所詮こんなものだと分かった風な顔をして、何かをすることを諦めることが必ずしも正しいことではないのも真理なのだから


「世界がそうあってほしいと思うからです」

 覇国神の問いかけにその手を握り締めた愛梨は、胸の中にある想いを言葉に変えて告げる

「分かり合えない理由は分かります。争う理由も納得はできませんが、理解はできます。それでも私は諦めたくありません。だって――」

 自分の気持ちを確かめるように胸に手を当て、一言一言思いを込めて紡ぐ愛梨は、まっすぐ覇国神を見つめて慈しむように微笑む


「みんな、同じこの世界に生きているではないですか」


「――奇特な奴だ」

 愛梨のその言葉に、覇国神はしばしその姿を眺めて口を開く


 これまで紡がれた言葉に偽りも何の打算もないことは、その澄んだ瞳を見れば感じられる

 その純粋な想いが、通常ならば一笑に伏してしまうような荒唐無稽な綺麗ごとと理想論も、聞くに値するものへと昇華させていた

 それと同時に創界神争で主を失い、長い時を永遠にこの場で生きていくよりも、その純真さに免じて多少ほだされてやってもいいという気分が覇国神の中で徐々に大きくなってくる


(まるで戦場に咲く花だな)


 争いを司り、戦場を生きてきた覇国神には、愛梨が掲げる理想がこの世の理の無情さの前に儚く散ってしまうことが手に取るように見える

 だが、単純に神の巫女だからという理由だけではなく不思議と惹きつけるその美しい理想は、荒れ果ててすすけた戦場の中で凛と咲く一輪の花を思わせ、戦火に摘み取られるのが惜しくも思えてくる


「お前の理想は過酷だぞ」

 しばしの熟考を経て発せられた覇国神の言葉が意味するところを感じ取り、眷属である戦兵(レギオン)達がざわめく中、愛梨はその白い目に答える


「元より覚悟の上です」


「……そうか」

 自分の心を曝け出すように答えた愛梨の言葉に、覇国神はゆっくりと腰を上げる

「どうせやることもない。お前の理想が叶うのを見届けるのも一興やもしれんな」

 その言葉に愛梨は、花のようにその美貌を綻ばせると、胸に手を当てたまま恭しく頭を下げる

「はい。ご期待に添えるよう、私は私の願いを貫くことをお約束いたします」

「今この瞬間より、儂はお前の傍らでお前の夢を見届けよう――」

 瞳のない白い目で愛梨を見据え、小柄なその身体を倍する巨躯で見下ろした覇国神は、重厚な響きを帯びた声で宣誓するように語りかける


「お前の願いが(つい)えるまで」





「レイ、ラム……っ」


 さながら、桜の花弁が舞うような斬撃と魔力の軌跡を携え、それと同じ色の長い髪をなびかせて淑やかに佇む和装の女性が薙刀を振るうと、その前に儚く散った天使の光が天へ吸い込まれるようにして溶けていく

 光を崇拝し、闇を滅ぼすことを悲願とする者達の最大勢力たる「サンクセラム」を率いていた天使「レイラム」だった光力が失われ、知覚から消失すると、そこに属してた者達は隠しきれない絶望をその表情に浮かべる


「どこを見ている!?」

「どこを見ているのですか!?」


 しかし、自分達を導いていた者を失った悲嘆に暮れている間を与えることはなく、サンクセラムに属する天上人「威蕗(いぶき)」と、天上界を裏切った元宰相「叢雲」に、戦意と覇気に充溢した者達の声た叩き付けられる


「――ッ!」


 それを受けてそれぞれの武器を構えると、威蕗(いぶき)には龍爪の矛を携えた天上界王補佐「邑岐(おうぎ)」が、叢雲には弓剣と琵琶を持つ天上界王相談役「霞」がその力を叩き付ける

 それぞれの武器と共に清浄なる天力を叩き付けられた二人は、輝いているかのようなそこに込められた純然たる意思に歯噛みする

(こいつ、さっきまでと勢いが違う――!?)

(灯様に触発されている!?)

 決して神格が高くなっているわけではなく、強くなっているわけでもない。だが、二人から放たれる天力の清烈な波動は、先程まで刃を交えていた相手とは別人のようだと、威蕗(いぶき)も叢雲も感じていた


 その理由は、ほぼ確実に天上界の空を埋め尽くす文明神の眷族――「神形(エスタトゥア)」をことごとく屠っていく天上人の王「天上界王・灯」の破軍のごとき戦闘が関係していることは明白だった

 光の全霊命(天上人)闇の全霊命()の間に生まれた、生まれるはずのない存在、〝最も忌まわしきもの〟である天上界王が王として発起し、戦う姿に触発されて臣下として続くこと

 その意思に突き動かされる二人の意思と力には、かつてないほどの気迫と気力が宿っていた


「灯様がこの世界のために戦っているのというのに、貴様ら如きにかかずらっているわけにはいくまい!」

 天力によって輝く龍爪の矛を一閃させた邑岐(おうぎ)の清浄な光をかろうじて結界で防いだ威蕗(いぶき)は、その覇気にたじろぐ

「私達も、灯様に続かせていただきます」

 その傍らでは天力の糸が奔り、それぞれが意思を持っているかのように叢雲へと襲い掛かる。それを金色の矛で斬り裂いて切り抜けていく叢雲だが、刃と接触する意図が天力の力を炸裂させて輝く爆発が連続で発生させる

「く――っ、舐めるな」

 しかし、威蕗(いぶき)もただ圧倒されてばかりではない。一時はその気迫と、レイラムを失ったことでの動揺で緩んだ戦意を再び高め、天力を解放して|邑岐(おうぎ)を迎え撃つ

 清浄な輝きを帯びた威蕗(いぶき)の三日月斧を、邑岐(おうぎ)の龍爪の矛が受け止め、相殺される天力が煌めき、純然たる殺意のままに世界に破壊を顕現させる

「ぐ……ッ!」

 しばらくは火花を散らして拮抗していた二つの刃だったが、元々の神格の差から徐々に邑岐(おうぎ)がその膂力で威蕗(いぶき)を圧倒し始める

「私もお前と同じだったよ」

 刃に圧され、苦悶の表情を浮かべる威蕗(いぶき)は、邑岐(おうぎ)の声を受けるが早いか、三日月斧を振るって一旦距離を取る

「私も、綺沙羅様を王として尊敬していた。あのお方以外の王など考えられなかった――。たとえ、自分が天上界王の代理をしていた時もそうだった」

 それを追うことなく言葉を発した邑岐(おうぎ)は、龍爪の矛を構えると、そこに天力を充填していく

「綺沙羅様が生きて戻ってこられたとき、心底安堵したよ。これでまたこの方を王として戴くことが出来る。その下で忠誠を尽くすことが出来る

 鬼とのことも、その間に生まれた子供も関係ない。どんな手段を用いても、私がこの方を王として支え続けて見せると意気込んでいた」


 その感情が何だったのか邑岐(おうぎ)自身にも分からない。

 ただ綺沙羅に心底敬服していたのか、あるいは一人の女性として慕っていたのか――ただ、確かなことは邑岐(おうぎ)にとって綺沙羅がそれほどに尊い人物だったということだ

 綺沙羅が灯を連れて帰還した時も、邑岐(おうぎ)はその胸中で決意を固くしていた――もっとも、願いは、綺沙羅本人に否定されることになるが。


同じ(・・)だったよ――」

 自身の存在そのもので形作られた龍爪の矛を天力で金色に輝かせた邑岐(おうぎ)は、それを強く握りしめると、威蕗(いぶき)に向けて投擲する姿勢を取る


《ありがとうございます。邑岐(おうぎ)

《ありがとうございました》


 その脳裏甦ってくるのは、自らその手に欠けた敬愛する王が最期に見せた穏やかな微笑と、そしてそれを終えた後に自分を迎えた新たな王の悲しい微笑――母娘ということもあるだろうが、一人の人として重なる心の在り様を持つ面差しだった


「ヌ、ウゥンッ!」

 その思いを託すように投擲された龍爪の矛は、天力の輝きを放って一直線に威蕗(いぶき)へと向かっていく

「――!」

 邑岐(おうぎ)自身の輝きにすら等しい神速の光を回避しきれないと判断した威蕗(いぶき)は、天力の結界を展開してそれを真正面から迎え撃つ


 投擲された龍爪の矛を受け止めた瞬間、そこに込められた破壊の力が相殺されて炸裂し、三又に分かれたその切っ先によって結界の光が削られていく

 対消滅することによって薄くなった結界に亀裂が入り、やがてその切っ先が威蕗(いぶき)の力を凌駕して貫く


「……っ!」

 結界を貫通して彼方へと消え去った金色の光によってその身体を穿たれた威蕗(いぶき)は、その口から大量の血炎を吐き出す

 反対側が見えるほどの穴を身体に穿たれた威蕗(いぶき)は、回復の及ばない致命傷に自らの敗北と死を実感する

「ただ一つ、お前と私に違うところがあったとすれば――何を託されたかの違いだったのだろう」

 命を喪失し、その身体が天力へと還元されて崩壊していくのを見ながら、邑岐(おうぎ)は静かに語りかける

 その意識と知覚を、遠い昔と、今の灯の両方へ向けた邑岐(おうぎ)は、その手に龍爪の矛を再度顕現させて目を伏せる


 天力の光となって溶けていく威蕗(いぶき)を見つめながら、邑岐(おうぎ)は自らが仕えるべき王に二度も出会えた幸福に一時、この戦場を忘れて浸るのだった




「く……っ」

 連続する天力の爆発に身を焼かれた叢雲は、その光を振り解きながら後退し、眼鏡のような装飾越しに切れ長の目を細める

 その視界に映るのは、光を受けて輝く純白の糸の煌き。天力によって構築されたその糸群をかいくぐり距離を取った叢雲に、先回りしていた霞の斬閃が襲い掛かる


 弓を思わせるしなった形状をした剣が神速で空を滑りくるのに寸前で反応した叢雲は、園武器である金の矛でその一閃をかろうじて防ぎ、その衝撃に端整な顔を歪める

 その一撃への返礼とばかりに空中に現出した無数の光輪から収束された天力の極光が放たれるが、霞はその手に携えた琵琶から生み出した天力糸で繭のように自らを守ってその一撃を全て無力化する


「――あなたは、私と似ていますね」

 天力の極光を全て防いだ霞は、その爆発の隙を伺って距離を取っていた叢雲を見据える

 あえて天力に乗せず叢雲の耳にも聞こえないように爆発の炸裂音に重ねて掻き消えるようにした小さな声と共に、霞は空を奔る

(あなたは灯様への忠誠として、最も忌まわしきものを王と戴いたこの世界に正しく罪を与えようとした。そして私はあの方を守るために十世界にすら身を置いた――いつ、あの方がこの世界に居場所を失くしてもいいように)

 琵琶から放った天力糸を無数に縒り合わせ、無数の槍のような形状となって叢雲へと迸っていくのを見送って霞は叢雲と自分を重ねる

(ですが、あなたはこの世界のために、私は私の自己満足のためにあの方を理由にした)

 自身の天力糸を金色の矛で切り抜けていく叢雲に天力の爆撃を重ねながら、霞は戦いの中で自分との違いを重ねる


《霞。私のところへ来ませんか?》


 舞うようにその距離を詰めて周囲に顕現させた光輪から光の砲撃を放ち、叢雲へと迫っていく霞の脳裏に響くのは、遠い日の先代天上界王「綺沙羅」の声


 永遠を生きることが出来るからなのか、個人の実力と人柄を重要視するからなのか、あるいは神に眷属であり兵として生み出されたからなのかは不明だが、いずれにしろ全霊命(ファースト)の文化の中では、血筋などはあまり重要視されない。

 だから霞は、あまりその事実を自分から広めるようなことはしていない―自分が―綺沙羅とは違う天上人の原在(アンセスター)八光珠(やつみたま)」を両親に持った天上人だということを。


 そんな霞にとって、綺沙羅は心から尊敬する憧れの人だった。

 両親が戦争で命を落とし、「自分の下で働かないか」と綺沙羅に誘われて以来、霞は綺沙羅を王として崇めながら心の中で母のように慕って仕えてきたのだ


 そして同時に後悔し、自分を責めていた。あの日――霞が地獄界王黒曜との戦いで姿を消すことになるあの戦いが、戦場に赴いた自分を助けるためのものだったことが。

 だからこそ、霞は灯を王として献身的に仕えた。自分が守れなかった母が遺した愛し子を今度は――今度こそ自分が守るのだと。

 だからそのために十世界にも身を置いた。その全てが灯を免罪符にして自分の罪悪感を和らげるためのものでしかないと分かっていながら。


(――けれど、それも今日で終わりです。灯様はもう私がいなくても立派に王として務めていくことが出来るでしょう)

 その力を振るい、この世界を守るために神形(エスタトゥア)を滅ぼしていく灯を知覚の端で捉えながら、霞はその表情に一抹の寂しさを残した微笑を浮かべる

(だから、私は灯様のためにこの世界を守りましょう)

 王として立った灯の姿に思わず緩んでいた表情を引締めた霞は、臣下として最後の務めを果たすためにその力を振るう

「叢雲。この世界の空に、あのようなものを持ち込んだ罰を受けてもらいます」

「――ッ」

 天上界の美しい空を埋め尽くす神形(エスタトゥア)への憤りと共に、叢雲へと切迫した霞は弓剣を振るう

 それを金矛が迎え撃ち、大きく弧を描いた刃とまっすぐに伸びた刃がぶつかり合い、天力の火花を散らして輝く

「……っ」

 その輝きの中、霞は手にした琵琶を横薙ぎに振るい、叢雲の側胴部へと撃ち込む

 霞の天力が戦う形として具現化した琵琶はそれ自体もまた武器であり、叢雲を打ち据えると同時にそこから広がった光の糸がその身体と武器を絡めとる

(これは、封印の光……!)

 琵琶から溢れだした天力糸に絡めとられた叢雲は、その光糸を構築する天力の性質を即座に理解して眼鏡の下で目を見開く


 琵琶から伸びる天力糸は、霞の天力が糸としての形を得たもの。今回そこに込められたのは、封印――相手の能力を封じ込めれる力だった

 神格的に拮抗している叢雲には、霞の天力封印も十分に効果を発揮しない。だが、その力が釣り合う一瞬の隙を逃さず、琵琶を手放した霞が両手で握り締めた弓剣で叢雲の胸の中心を貫く


「……お見事、です」

 胸の中心を貫かれ、そこから注がれる天力にその魂を破壊された叢雲は、口端から血炎を立ち昇らせて敗北に目を細める

 その表情はどこか穏やかに見え、まるで自らの反逆が灯の手によって阻まれたことに安堵しているかのようでもあった

「――少し先で待っていてください。私も、同じ反逆者としてあなたの後を追います」

 命を喪失すると同時に、その身体を構築している天力が形を保てなくなって光の粒子となって崩れていくのを見据えながら、霞は叢雲に向けて静かな声音で語りかけるのだった




邑岐(おうぎ)様、霞様……!」


 灯の側近中の側近である二人がサンクセラムに属する天上人を二人葬ったのを知覚した出雲と真響(まゆら)はその勝利に歓喜する

 そればかりではなく、天上界に属する天上人さらには十世界に属する天上人達までもが、その勝利に士気を高めていく


「……これで趨勢は決したな」

 光の力に対する極耐性を持ち、原在(アンセスター)級の神格を持っていない者にはまともにダメージを与えることも叶わない文明神の眷族「神形(エスタトゥア)」達の侵攻に怯んでいた天上人達の戦意が灯の奮起に触発されるように高揚するのを感じて、堕天使王ロギアは処理を確信して、薄く口端を吊り上げる

 ロギアが率いる堕天使達と神魔、桜による殲滅に加え、天上界、十世界を問わず、天使、天上人の光の存在達による懸命の抵抗もあり、物量と特性で圧倒的な優位性を獲得していた文明神の勢力に対し、怒涛の巻き返しを見せている

(このままいけば勝てる)


「――!?」


 誰の目にも勝敗がほぼ明らかとなり、このまま油断せずにいけば勝利を得られるという考えがロギアや灯の中に芽生えた瞬間、世界が震える

「なんだ……?」

 その衝撃に誰もが目を見開く中、視線を巡らせたクロスは、天上界の空に二か所(・・・)の亀裂が奔っているのを視認する

 クロスだけではなく、この場にいる誰もがそれに気づいて息を呑む


 空中に浮かぶオブジェクトを介して注がれる文明神の力によって隔離された天上界王城一帯を隔離する空間は極めて強固で、神位第六位相当の神格を以ってしても突破することはできない

 その空間が砕かれ、隔離された天上界王城一帯のこの空間が世界に合流しようとしている事実に、誰もが事のなりゆきを見守っていた


 そしてその視界の中で隔離空間が二か所崩落し、砕かれた時空と文明の神力の奔流が空からなだれ落ちてくる


「きゃあああっ」

 力を失った神能(ゴットクロア)の奔流と共に雪崩込み、破砕された時空の嵐に呑み込まれた詩織は思わず声を上げしまう

 それを直視した詩織は自分が押し流されてしまうような感覚を覚えるが、崩壊した時空の力はその身を守る結界によって阻まれる


「――この力は……っ」


 時空の崩落によって生じる空間の嵐の中、リリーナは隔離されていた空間が失われたことで知覚できる外の力に目を瞠る

「――っ」

 一瞬だけ世界を駆け抜けたその時空の嵐が消失すると、神魔と相対していた神殺しの剣を持つ特級(アリストス)神形(エスタトゥア)――「リオラ」は、忌々しげに歯噛みする


「九世界の王達――しかも、護法神だと」

 空に空いた穴から現れた者達を見た堕天使王ロギアは、その存在達を双眸に映して独白する傍ら、それと共にやって来た人物を知覚した桜が淑やかな声音で言う

「瑞希さん……」


 そこにいるのは、天界、魔界、地獄界、聖人界、冥界、妖精界、妖界、人間界――天上界を除く八つの世界の王を筆頭とする原在(アンセスター)や実力者達

 そして、彼らをこの世界へと通したのは、神位第一位「創造神」の神臣(ヴァザルース)にして、最強の異端神「円卓の神座№10・護法神セイヴ」とその眷属たる七人の神片(フラグメント)を筆頭とする者達だった


 金色の髪をなびかせ、光と共に微笑を湛えた護法神を筆頭に、各世界の王を筆頭とする全霊命(ファースト)達、そして超高度な技術によって作り出された巨大な飛行艦が天上界王城の空から現れる


「――姫」

 そして、もう一方の空を破壊して入って来た者達を知覚した十世界に属する天上人――「北斗」は、その時空の風の名残にその長い金髪と白い霊衣を揺らめかせる盟主の姿に息を呑む

「遅くなってしまい申し訳ありません。覇国神(ウォー)さんを説得するのに時間がかかってしまいました」

 そう告げた愛梨の背後には、愛梨に倍するのではないかと思われるほどの体躯に、天を衝く捩じれた巨大な角を持つ大男が、身の丈にも及ぶ大槍刀を携えて佇んでいた

 その後ろに眷属である七人の神片(フラグメント)と兵士を従え、鬣のような髪と髭、口端から生える牙に瞳のない白い目を持つその大男――最強の異端神円卓の神座№9「覇国神ウォー」は、その顔を上げて天に浮かぶ護法神を見据える

「これはこれは、因縁の再会というわけだ」

 戦争を司る覇国神と、平定を司る護法神――神として対極に位置する二柱の異端神が視線を交わすその背後から、薄笑いを浮かべた男がゆっくりと歩み出てくる

 血のように赤いコートを羽織り、その顔には革製のベルトのような者を巻いたその人物は、この場にいる全ての者の知覚に、根源的な嫌悪感を抱かせる

「〝神〟が相手とは、まさに我々の出番じゃないか」

 円卓の神座№2にして、唯一絶対の神敵――「反逆神・アークエネミー」が喜悦と敵意の入り混じった笑みを浮かべると、その背後に十の悪意の神片(フラグメント)が顕現する

(あれは――)

 そして、反逆神の眷族達の中に一人、遅れてやってきた九世界の王達も含めてこの場にいる全員の注目を

集める異彩を放つ存在がいた


 その姿は中肉中背の褐色肌の青年。全霊命(ファースト)特有の現実離れして整った顔立ちにどこかあどけなさを残し、柔和な笑みを浮かべたその面差しからは深い思慮が感じられる

 その切れ長の双眸には金色の瞳が抱かれ、褐色の肌には真紅の紋様が浮かんでいる。その身に纏う霊衣は黒を基調とした衣に、骨を思わせる白い鎧が備えられたもの

 側頭部からは天を向いてそそり立つ白い角が伸び、その首周りには白毛のファー。背には堕天使のそれに酷似した漆黒の翼が三対六枚生えている


反逆(リベリオン)の力を持つ神位第五位(主神)級の神片(フラグメント)だと!? まさかあれは……」

 反逆神のすぐ後ろに佇む人物を知覚し、その存在を構築する桁外れのおぞましさを持つ悪意に瞠目した堕天使王ロギアは、その正体に即座に思い至っていた



悪意の王マリシウス・マリシオン!?」







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