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魔界闘神伝  作者: 和和和和
天上界編
280/305

最後の決着





 混じり合うことのない黒白の力と、暗黒色の漆黒がせめぎ合うと、まるで世界が慄いているかのように空と大地が軋む

 そこで向かい合うのは、光と闇の神格を等しく有する世界で唯一の存在「光魔神・エンドレス」たる大貴と、創世の神々の一柱、闇の神位第六位()の一角「殺生神・スレイ」となった紅蓮


「ちゃんと俺の力と共鳴して、神の領域に来たな――この感じだ」

 全てを合一する太極の力が自身の闇を取り込み、大貴の神格が自神と等しくなったのを確認した紅蓮は、嬉々とした様子で獰猛な笑みを浮かべる

 自身を殺せる者と、殺し合うために向かい合った紅蓮は、最も死に近いが故に燃えるように感じられる自身の生にその力を滾らせる

「――」

 太極の力を注ぎ込んだ太刀の切っ先を向けた大貴は、左右非対称色の双眸に殺戮の闇を司る神となった紅蓮の姿を映し、意識を研ぎ澄ませる

「始めるぜ、大貴。油断して一撃で死ぬんじゃねぇぞ」

 純然たる殺意に染まった笑みを浮かべて言い放った紅蓮は、同時に地を蹴り、その神格に許された神速によって大貴へと肉薄する

 文字通り神の速度たる神速を以って時間と距離を超越した大貴と紅蓮は、互いに一点の揺らぎもない純然たる殺意に満ちた刃を振るう


 黒白の太極を帯びた太刀と、殺生の闇が注がれた剣がぶつかり合い、相殺し、せめぎ合う力が世界を二分するかのように塗り潰す

 太極と闇、異端神と神――同等の神格を持つ二つの神の力に込められた意思が、世界に破壊をもたらして荒れ狂う


「――ッ」

 一瞬の均衡の後、自身の太極を斬り裂くように紅蓮の刃が迫ってくるのを見て、大貴は瞠目する

 触れたものを取り込み、自身の力へと変える太極の力が闇によって切り裂かれていく。――共鳴によって同等の神格を得ても尚凶悪な力を発する神の闇に、大貴は直感的に危険を覚えた

(この力、まるでさっき(・・・)の――)

 太極の力を斬り裂いて迫ってくる闇の剣を見た大貴は、それに先程まで戦っていた神形(エスタトゥア)――「リオラ」が持っていた神殺しの剣と酷似したものを感じ取る

「くっ」

 咄嗟に太極の力を空中に収束し、黒白の極砲として放った大貴は、太刀を返して刃を弾くと同時に、更なる力の弾幕で紅蓮を牽制しながら距離を取る

 無数に放たれる太極の砲撃を殺生の闇を纏う剣で打ち消し、時には拳で叩き落としてみせた紅蓮は、距離を取って太刀を構える大貴に向けて口端を吊り上げる


「なに驚いてるんだ? 今の俺は殺生神なんだぜ?」


 これまでも同格の相手と戦った時に多少経験しているだろうが、それ以上の劣勢を同格の相手相手にはじめて感じていることを見て取れる大貴に、紅蓮はさも当然のように言う

「俺の神力〝殺生(スレイ)〟は、殺す(・・)力。殺す、ってことはそういうことだろ」

 殺生の神力によって形作られた、自分自神の戦う姿()たる剣を軽く振るった紅蓮の言葉に、大貴は左右非対称色の瞳に理解の色と剣呑な光を宿す

(そうか。こいつの力は〝相手に勝つ〟力なのか)


 殺生神の神力「殺生(スレイ)」は、その名の通りこの世に存在する「殺す」という概念そのものともいえる力

 殺すということは、命を奪うこと、そこにあるものの価値や能力を失わせること。そして、その神理そのものである殺生(スレイ)は、相手の力や能力を殺す(・・)ことができる


「そうだ。殺す側にいるってことは、それだけで相手より強い(・・・・・・)ってことなんだよ。つまり俺は、同格の奴相手なら必ず優勢を得られるってわけだ」

 自らの力を誇示するように紅蓮がその神力を解き放つと、その身に纏われる殺生の闇が、まるでその力を誇示しようとしているかのように周囲の世界を殺し、空を、大地を闇に染め上げていく

「随分と機嫌がいいな。まさか、もう勝った気でいるんじゃないだろ?」

「――あぁもちろんだ。これからお前と戦うんだ大貴! お前こそ、負けた気になるんじゃねぇぞ!」

 その力を前にしても臆することなく戦意に満ちた視線を向ける大貴に、紅蓮は嬉々とした様子で口端を吊り上げる

 昂揚する感情に突き動かされるように紅蓮が神闇を注ぎ込んだ剣が振り抜かれると、その軌道上全てが殺生の黒闇によって薙ぎ払われる

「――ッ!」

 世界を黒に染め上げ、形あるもの、命ある者、存在するもの全てを殺す闇の力に、大貴はそれすらをも取り込む太極の力を以って応じる

 全霊の力を振り絞り、紅蓮が自分を殺すために放たれた殺神の闇すらも太極によって取り込んだ大貴は、太極(オール)によって自らのものとした力を解き放つ

「オオオオッ!」

 相手の力を取り込み、自身の力を加えてそのまま返す光魔神たる大貴にだけ許された殺闇の奔流を前にした紅蓮は、喜びと殺意が同一のものとなった戦意を漲らせて力を振るう

「そうだ! そうこなくちゃなァ!」

 共鳴されたことで自分の(もの)ではなくなった殺生の闇をさらなる力で打ち砕いた紅蓮は、それに紛れて肉薄してきた大貴と視線を交錯させる

 同等の神格を殺す力を完全に取り込み切ることが出来ず、その身体に傷を負っている大貴は、それに構わず黒白の力を纏った太刀を振り下ろす

「ウラァ!」

 それを真正面から迎え撃つ紅蓮と大貴が刃を斬り結び、互いの力が火花を散らす

 せめぎ合う刃を切り返し、神速で斬撃の乱舞を放つ大貴と紅蓮は、生と死が刃一枚の薄さで存在する命の境界に自身を晒すことで、その意思と力を研ぎ澄ませていく

「どうした!? 俺よりも長いこと神の力を使ってるはずなのに、随分とどんくせぇじゃねぇか」

「言ってろ!」

 刃を切り結びその力が相殺されて飛び散る度、太極の力が殺生の闇と共鳴してその力を取り込んで傷を癒していく

 だが、相手の命を奪うことに特化した殺生の闇は、太極の回復よりも早く、大貴の身体に傷を刻み込んでいく


 一方で、太極を殺してその命を奪わんと迫る紅蓮の闇も、太極へと取り込まれることで神の力で構築されたその身体に無数の傷も刻み付けられていた

 だが紅蓮はそれに怯むことなく、互いの刃が閃く死線へと躊躇わずに踏み込んでいく


「ハハハハハッ、そうだ! これだよ!」

「――っ」

 互いに命を削り合う刃と力の応酬に紅蓮が殺意と充足感に満ちた咆哮を上げ、神速の斬閃と共に殺生の闇を凝縮した黒の波動を放つ

 全てを殺す闇を太極の刃で斬り裂いた大貴は、眼前に迫っていた紅蓮の刃を紙一重で回避し、肩口から血炎を上げながら、斬撃を返す

(回復が遅い。こいつの力の特性か? しかも――)

 最上段からの斬り下ろし、袈裟斬り、薙ぎ払い、斬り上げ、斬突――神速で放たれる紅蓮の斬撃を捌き、時に回避する大貴は、知覚が闇に染まる感覚に小さく歯噛みする

「気付いたか!? 殺す神()を見れば、見た者は死ぬ! 目が! 耳が! 感覚が! 知覚が殺されて死んでいくんだよ!」

 咆哮を上げ、力任せに刃を振り下ろした紅蓮の力が炸裂し、殺生の闇が天を衝いて唸る

「――……ッ!」

 それを紙一重で回避した大貴が距離を取ろうとした瞬間、その眼前には投擲された剣の切っ先が迫っていた

 黒い流星となって迫っていた剣を太極の波動で受け流すことで強引に回避した大貴だったが、それを囮に肉薄していた紅蓮に腕を掴まれる

「オ、ラァ!」

「っ」

 そのまま力任せに大貴を引き寄せた紅蓮は、神の闇を纏わせた反対側の拳を抉るように撃ち込む

 神速で放たれた拳を回避しきれないと判断した大貴は、瞬時に折り曲げた黒白の翼で紅蓮の一撃を受け止める

「ぐっ」

 太極の力を結界状に織り成して受け止めた拳は、しかしそれを貫いて衝撃をもたらし、大貴は苦悶に顔を歪め、その力のままに吹き飛ばされて地面を割り砕く

 隔離された世界の地面が二つに割れ、その衝撃によって巻き上げられた瓦礫と粉塵が降り注ぐ中、紅蓮は頬に刻まれた一筋の傷を軽く腕で拭う

「あの一瞬で反撃を決めてきやがった。――やるじゃねぇか大貴」

 拳で殴り飛ばされる一瞬の間に放たれた頭部を狙った太刀の突撃による一撃を回避した紅蓮は、砕け散った大地の先にいる大貴へ向けて不敵な笑みを浮かべる

 その頬に刻まれた傷はその間にも神力の闇によって瞬く間に()えていっており、その言葉が終わる頃には完全に元通りの状態になっていた

「――っ」

 殺生(スレイ)の力による影響に同等の神格で抵抗し、太極の力で取り込んだ大貴は、紅蓮に捕まれた腕とその力を直接撃ち込まれた翼が動かなくなっているのを確かめて苦々しげに歯噛みする

(触れられたらこうなるわけか……これは、治るのに少しかかるな)

 死を与える殺生の力をその身で味わった大貴は、一度深く息を吐くと、神の闇を放出する紅蓮を左右非対称色の瞳で見据える


(これが、本物の神か――!)


 これまで、神の力の欠片である「神器」を何度か目にし、その理不尽なほどに強大な力を目の当たりにしてきたが、その大元である真の神の力に畏怖を覚える

「この程度でビビるなよ?」

 そんな大貴の心中を見透かしたかのように、低い声で語りかけてきた紅蓮は、殺生の闇を纏わせた太刀を構えて言葉を紡ぐ

「神ってのは、絶対神のユニットみてぇなもんだ。俺の神力(スレイ)も、突き詰めれば破壊神の混沌(カオス)の中にある一つの特性に過ぎない

 それはつまり、上の神格にいる神の力は、俺の力と同じ特性を俺以上の強さで持っているってことだ。この程度で止まってるようじゃ、ここから先(・・・・・)へはいけないぜ」

 まるで発破をかけているかのように、低く抑制した声で言う紅蓮の言葉に、大貴はその視線に剣呑な光を宿す

「まるで、神と戦うことになるみたいな言い方だな」

「野暮な話な話をしちまったな。変な考えを持たせちまってたなら悪いが、どっちにしろ俺に負ければお前は死ぬんだから関係のない話だ」

 大貴からの問いかけに肩を竦めてみせた紅蓮は、戦闘を再開することを示唆するように、剣を持った腕を軽く動かす

(神の力――)

 これまで敵味方問わずに覚醒を示唆されてきたが、一向に光魔神として覚醒する兆しは見えない


 光魔神の本来の神格は神位第四位と五位の中ほど。未だ未覚醒の大貴は、神器や神の力と共鳴することで神位第六位と同等以上の力を得ることが出来るが、それもまだ本来の力からすれば遠く及んでいない

 かつて体感した神位第五位の領域の戦いを思い返す大貴は、紅蓮に切っ先を向けて構えた太刀の切っ先から立ち昇る黒白の太極を瞳に映して思案を巡らせる


 その一瞬の思考の隙に肉薄していた紅蓮を太刀の斬閃で迎え撃ち、数えられないほどに交わした刃を切り結ぶ

 せめぎ合う刃から死を与える殺生の闇と、生も死も光も闇も全てが混然一体となった太極の力が吹き上がり、神の意思と力によって顕現した事象が相手のそれを凌駕せんと荒れ狂う

 物質、霊質、世界、位相、因果、概念、理――ありとあらゆるものを思うままにする神の力が、大貴と紅蓮その存在の一片までをも食い尽くさんとする


「なんで十世界をやめた?」

「あン?」

 眼前に迫ったあらゆるものを殺し、ただ死を振りまく闇を太極の斬閃で打ち払った大貴は、自分への戦意に瞳を輝かせた紅蓮に疑問をぶつける

 死すらをも取り込む太極の理で自身の黒よりも深く禍々しい鏖殺の黒闇を突破した大貴は、自分と戦うために神となった紅蓮に向けて全霊の力を解き放つ

「俺と戦うのに、そこまでする必要があったのか!?」

「つまんねぇこと聞くなよ。お前が覚醒したら、もうお前とこうして()り合えないだろ。姫が神眼(ファブリア)を使って、今の世界を知ったらもうお前と戦えなくなるかもしれないだろ

 前に言ったはずだ。〝俺は俺の目的のために十世界にいる〟――俺の目的が果たせないなら、もうあそこにいる意味はない!」

 大貴の言葉を一蹴し、それと同時に斬撃を斬り払った紅蓮は、死を与える殺生の闇を奔出させる


 紅蓮が十世界に属していたのは、世界から敵視されている組織に身を置けば大手を振って他の世界の者達と戦えると考えたからだ

 ただ闇雲に戦いを吹っ掛けなかったのは、戦いをこそ望んでいるのであって、死を望んではいなかったから。

 十世界盟主である愛梨のことを多少なりとも気に入っていたという理由もあるが、それもその戦望より優先するものではない


 当初は滅びたはずの異端神「光魔神」として興味を持っていただけだったが、大貴を自身最高の好敵手と定めた紅蓮にとって、この結果は至極当然のものだった


「そこまでお前に狙われるようなことしたつもりはないんだがな!」

 斬撃と共に黒白の力を収束した大貴が広げた翼から炸裂する極撃を放つと、紅蓮は殺生の闇を帯びた手で力任せにそれを引き裂いて相殺する

「気にするな! 俺の勝手な執着だ!」

 その手を太極に取り込まれながらも、それを微塵も意に介さない紅蓮は、戦意に彩られた獰猛な咆哮を上げて死を与える闇を解放する

「迷惑な話だ!」

 感覚を殺し、力に死を与えてくる殺生(スレイ)の闇を太極で中和した大貴は、吸収しきれなかった力でその身を傷つけられながらも、太刀を突き放つ

「もっとだ! もっと俺にお前の力を見せてみろ! お前の全力をぶつけてこい!」


 紅蓮の純粋なまでの渇望は大貴にとって与り知らぬものだったが、不思議と刃を交えることに忌避感はなかった

 愚直なまでに自分との戦いを求め、力が及ばなくなって諦めるのでもなく神となってまでもただ純粋に戦いに生きるその姿勢に共感はできずとも、大貴は不思議と嫌いになれなかった


「――結局お前の考えを叩き直すことができなかったんだな」

 笑っているように口端を吊り上げた大貴は、剣撃が踊り、砕け散った力が乱舞する中で紅蓮に言う

 どこか悪友を窘めるようにも聞こえるその声に口端を吊り上げた紅蓮は、極限まで余計なものが殺ぎ落とされた純粋な力の応酬の中で吠える


「当たり前だ! 神になろうが、悪魔だろうが、俺は俺だ! テメェもそうだろうが!」


「っ」

 殺生の闇が身体を叩き付け、その斬撃の威力を受け流して吹き飛ぶように距離を取った大貴は、左右非対称色の翼を広げて態勢を整える

(そうか。そういうことだったのか……)

 そこに息つく間もない突進してきた紅蓮が放った滅殺の闇を太刀で打ち払った大貴は、口端を吊り上げて笑みを零す

「どうした?」

「いや、つくづく、お前には色々教えてもらってるなと思ってな」

 神速で迫った紅蓮は、大貴の口元に浮かんでいた微笑に興味を気付いて横薙ぎの斬撃と共に語りかける

 戦いを言葉とし、戦いの中で言葉を交わす紅蓮に自嘲めいた笑みを浮かべた大貴は、太極の力を斬撃に乗せて返す

「殺す気がなくなったとか、白けること言うんじゃねぇぞ」

 自身へ迫った黒白の力の奔流を掴み取って殺し、刃を突き立てんとした紅蓮の剣を毛筋ほどの傷で回避した大貴は、太極(オール)の力を解き放ってさらに太刀を振り薙ぐ

「勝手なこと言うな。俺は一度もお前を殺したいと思ったことはねぇよ!」

 一方的に好敵手認定され、神となってまで襲い掛かられることへの不満や自身の内に湧きあがる憤懣を純然たる殺意へと変えて研ぎ澄ませた力が天を衝き、殺生神を押し流す

 自身の身体に絡みついて共鳴し、神すらをもその存在ごと取り込まんとする太極の力流を力に任せて引き剥がした紅蓮は、血炎を上げながら死を与える神の闇を解き放つ

「クハハッ! いいぜ、大貴! 俺達は分かり合えたんだ!」

「ああ。俺達は分かり合えなかったんだよ」

 理解し合えないことを理解し、分かり合えないことを惜しむ紅蓮と大貴は互いに相手を見据え、それぞれが手にしている武器を握り直す


 戦いはいつまでもは続かない。


 相手の力、命、存在、その全てを取り込み、自分のものとする大貴の太極(オール)の黒白の力に相対する殺生神

 あまねくものを殺し、死を与える紅蓮の殺生(スレイ)の闇に相対する光魔神。


 相手自身であり、その心そのものである力と向き合っていた二人は、まるでその時が迫っていることを知っているかのように純然たる意思を宿した鋭い眼差しと共に刃を向けて向かい合う



「――!」

 この戦いが始まってから変わらぬ状況、二人だけの世界に意識と力を研ぎ澄ませていた紅蓮は、今までと決定的に違う事態が生じていることに気付く

(これは――)

 紅蓮が構える剣の切っ先の先にいる大貴から放たれる太極の力が、先程までとは全く異なる活性を見せ、両の手で握られた太刀の許で燃え上がるように噴き上がっている

(太極の力が、大貴自身を取り込もうとしている!?)

 それを見た紅蓮は、大貴の両腕が太極の力そのものに置き換わったかのようなエネルギー状態となっていることに、心中で驚愕を覚える

(まさか、太極の力(オール)は自分自身までも太極として取り込めるのか!? それとも、身体も、武器も、魂も、自分を形作る全て(・・・・・・・・)を力として共鳴させたのか――?)

 決して自分を傷つけることが出来ない神能(ゴットクロア)の理を超越した力を発揮していると考えた紅蓮は、一瞬心中に生じた波紋のような乱れを即座に落ち着かせる

「ククッ。そうこなくっちゃなァ!」

(面白ぇ――)

 一瞬だけ困惑したものの、大貴が見せるその力に即座に愉悦を覚えて喉を鳴らした紅蓮は、神と化した自身の力を解放し、死をもたらす闇をまき散らす

「いくぜ、大貴」

「――」

 剣を構えた紅蓮は、自身の問いかけに太刀を構えることで応じた大貴に口端を吊り上げて、殺意に満ちた満面の笑みを浮かべる

 同時に地を蹴り、その神格が許す限りの神速によって距離と時空を超越した紅蓮は、その場で構えたままの大貴へ死を齎す闇星となって肉薄する

(速さで競り合えば、俺の殺生(スレイ)が必ず上回る。それを見越してのカウンター狙いか!)

 時間の存在しないほどの速度の中、自分を迎え討つ姿勢を取った大貴を見て紅蓮はその狙いを察する


 殺生神の神能(ゴットクロア)である「殺生(スレイ)」は、相手を殺す力。そしてそれ故に、常に相手に対して上回る特性を持っている

 それは速度、威力といった反応においても適応され、同格の力を持つ者同士で戦えば、常に優位性を確保されることが担保されているということ

 これまでの戦いでそれに気づいている大貴は、あえて移動、斬撃の速度や威力に寄った戦法を避け、それが介在しにくい刹那の攻防に勝機を見出す事を決めたのだ


(いいぜ。なら俺は、正面からそれを打ち破るだけだ!)

 万物万象の全てと共鳴し、自身へと取り込んで己の力へと変える太極の力を解放し、自分を待ち構える大貴の思惑に真正面から挑むべく、大貴へと迫った紅蓮は死を与える闇を纏わせた剣を最上段から振り下ろす

「オオオオオオッ!」

 そして、それを待ち構えていた大貴も、紅蓮の斬撃に合わせる様に太極の力によって腕と共鳴し、無数の糸のように織り合わせる黒白の糸によって結ばれた太刀を弧を描くような軌道で斬り上げる

 存在と力、肉体と武器――神能(ゴットクロア)が持つ四つの特性を一つに統合した大貴が放った太刀の刃と、それすらをも殺さんと猛る紅蓮の闇が閃く


 刹那、太極(オール)殺生(スレイ)――大貴と紅蓮それぞれの刃に乗せられた神を殺すための神の力同士がぶつかり合う


 それは、純然たる意思に染め上げられた力が隔離された世界を満たして塗りつぶし、ただ二柱の神だけの世界へと塗り替えていくかのよう。


「――ッ!」

 極限の力の中に身を置く紅蓮は薄笑いを浮かべたまま、太刀を突き出す姿勢を見せている大貴を映していた双眸をゆっくりと下へ落とす

 自身が振り下ろした剣の刃を半身体をずらして肩口に受けた大貴の手から伸びる太刀の切っ先は、紅蓮の胸の中心に突き立ち、その存在をも太極へ還し取り込まんとしていた


 胸の中央に突き刺さった太刀に一瞬瞠目した紅蓮だったが、一層その口を吊り上げると、即座に死の力を纏ったその手でそれが自分の身体を貫通しないように掴み取る

 太刀そのものから殺生の力を注ぎ込むことで自身を取り込まんとする太極を力任せに抑え込んだ紅蓮は、そのまま死を与える闇を全霊で注ぎ込む


 手が斬れて血炎を吹き上げようと力を緩めることなく、死線の中から生を掴み取らんとする紅蓮の意思が殺生闇に伝わる

 一瞬の力の拮抗と均衡が崩れ、紅蓮の胸に突き刺さっていた大貴の太刀の刀身が中央から折り砕かれる


「……ッ!」

 自身の戦う姿そのものである武器を砕かれた反動が魂を傷つけ、その負荷によって大貴の口腔内から血炎

が溢れ出す

 だが、それでも大貴は怯まない。死を受け入れてなどいない強い意志に染め上げられた左右非対称色の瞳で紅蓮を射ぬく大貴はその手を強く握りしめる

 それが再び太刀(武器)を顕現させんとする力の律動であると感じ取った紅蓮は、それすらも構うことなく肩口に斬り込ませた剣に更なる力を注ぎ込み、そのまま大貴を両断しようとする


「――ッ!?」


 しかしその瞬間、紅蓮の胸の中心から生じた大貴の太刀がその身体を貫く


 自身の身体の中(・・・・)から生じた太刀に瞠目し、血炎を吐き出した紅蓮は、拳を握り締めている大貴へとゆっくりと視線を映す

 自身の剣を肩口で受け、血炎を上げている大貴の硬く握られた拳には何も存在していない。だが、神となった紅蓮の知覚は、握り締められた拳から伸びる太極の力の糸をしっかりと捉えていた


(これは、折れた武器を(・・・・・・)、しかも俺の体内でもう一度武器として顕現させたのか――!)


 折り砕かれ、力の粒子となって、太極()の欠片とmなって溶けていくはずだった太刀の欠片に無理矢理もう一度自分の力を共鳴させて武器として形作る――

 全て(・・)を一つにする特性を持つ「太極(オール)」の力だからこそできた力任せの荒業に加え、その〝共鳴〟の特性を利用して本来力が干渉できない他者の体内にあった刃の欠片にまで作用した結果、自分の体内で力が結ばれて太刀として再び存在を成したのだと、紅蓮は貫かれた痛みと衝撃の中で瞬時に理解する


(俺が太刀を壊したことで、大貴の力は世界に溶けかけ、なにものでもない(・・・・・・・・)力になりかかっていた――死によって失われた部分に干渉したのか……!)

 体内からの攻撃という、全霊命(ファースト)にとっては意識にもない予想外の攻撃に思考を白く染め上げられる中、紅蓮は大貴が見せた力に感動にも似た昂りを覚えずにはいられなかった


(お前は俺の力を――殺生(与えられた死)までも自分の(もの)にしたんだな……!)


「――っ」

 内側から湧き上がってくる尊敬の念に口端を吊り上げた紅蓮が行動を起こす半瞬前、自分の身体が傷つくこともいとわずにその懐へと踏み込んだ大貴は、殺生神の胸の中心から生えている柄を手に取り、そのまま太刀を斬り上げる

「――ガハッ……!」

 身体を貫く太刀が力任せに振り抜かれ、身体を袈裟に斬り裂かれた紅蓮は、天を衝くような血炎を上げて体を仰け反らせる

 そのまま倒れてもおかしくないほどの深い傷を与えられた紅蓮だったが、後方へよろめいたところでその二本の足で強く地面を踏みしめる

「フ、フフ……ククク……」

 自身の身体から吹き上がる血炎を見ながら喉を鳴らした紅蓮は、たたらを踏んで前かがみになっていた体勢を起こす

「!」

 顔を上げた紅蓮の目からは、先程まで灯っていた純粋な戦意が消え失せており、まるで諦観したよな穏やかで凪いだものとなっていた

 それが、紅蓮からの敗北宣言に等しいものであると受け取った大貴は、太刀を握る手の力を緩めて切っ先を下げる

「お前は見つけたんだな。お前がお前になるための道を」

 まるで何もかも見透かしたように柔らかな眼差しを向けてくる紅蓮に、かすかな寂寥感を感じさせる笑みを浮かべた大貴は口を開く

「――お前の敗因は、俺との戦いを求め過ぎたことだ」

 まるで別れを告げているような声音で語りかけられた大貴の言葉に、紅蓮は苦笑とも自嘲とも取れる寂寞の笑みを浮かべる

「あぁ、そうかもな。お前との戦いが楽しすぎて、もっと、ずっと、いつまでもお前と戦っていたい、何度でもお前と戦いたいって、俺はきっと心のどこかで思っていたんだ」

 太極の力に存在を取り込まれていることを感じ、死を与える殺傷の神たる自分に死が与えられたことを理解する紅蓮は、自分の手に視線を落として名残を惜しむ

 噛みしめるように紡がれるその言葉は、大貴と戦い決着をつけることを望んだ紅蓮の偽りのないもう一つの本心だった


「――感謝するぜ、大貴」


 自分の気持ちを見透かしているような大貴の言葉に笑みを浮かべた紅蓮は、満ち足りた表情で語りかける

「お前は、光魔神にならずに俺との戦いに答えてくれた。ただ、俺に勝つんじゃなく、俺の望みを受け入れて勝ってくれた――死ぬのは悔しいが、不思議と気持ちは穏やかだよ」

 太極の共鳴による影響か、極限の中で刃を交えたことが原因か、まるで心まで通じ合っているかのように相手の事を見透かせるようになった紅蓮は、あくまで対等の力で勝負に応じてくれた大貴に感謝を伝える


 光魔神の神格は、四位と五位の中間ほど。完全に覚醒すれば、互角の戦いを行うことはできなくなる

 未覚醒で、どれほど力が高まっても神位第六位までの神格しかない今こそが大貴と全身全霊を賭けた戦いができる期間だと考えたからこそ、紅蓮は今の決着を求めた

 自分が決めた最高の敵を、最高の好敵手として戦える機会を逃したくはなかった。そして大貴が気持ちにくれたことを感じ取った紅蓮の中には、万感の思いに彩られた感動にも似た感情が渦巻いていた


「お前とは違う形で会いたかった。そうしたら俺達は……」

「馬鹿野郎」

 死が迫り、その身体を形作る力が粒子となって溶けていく紅蓮の姿に沈痛な面持ちで表情を曇らせた大貴が絞り出すと、それを穏やかな声が遮る

「こうやって出会えたから、こうして戦って終われるんじゃねぇか」

 口端を吊り上げて分かり、満ち足りた表情を浮かべる紅蓮に、大貴は思わず息を吐いて肩を竦める

 

「どうしようもない奴だな」


 呆れ果てたような大貴の言葉に、悪戯めいた少年のような純真さを感じさせる笑みで答えた紅蓮は、不意にその表情を引き締めて深刻な表情で口を開く

「大貴。最期に、勝手な俺の我儘を聞いてくれるか?」

 それにつられるように大貴が目元に緊張を奔らせると、紅蓮は神妙な面持ちと声音でその我儘を告げる


「姫を守ってやってくれ」


「――?」

 それを聞いた大貴がその意味を掴みあぐねて眉根を寄せるのを見た紅蓮は、自分の最後の願いを託すことができた安堵に一つ息を吐く

 その時にはすでに紅蓮の身体はほとんどが力の粒子となって崩れており、あとは空中に浮かんでいる胸部と頭部だけが残っているような状態だった

「そろそろみたいだ」

 自分に迫ってくる死を、不思議なほどに安穏とした表情で受け入れる紅蓮は、今生の別れのそれとは思えない気楽な口調で大貴に笑いかける

「ありがとよ」

 その言葉と共に残されていた紅蓮の胸周りの胴部と頭部が闇の粒子へと溶け散り、黒い粒子となって世界に舞い散っていく


「楽しかったぜ、大貴」


 黒い雪のように儚げで、黒い涙のように哀愁を誘うその光景を見届けた大貴は、もう声が届くはずもない相手に語りかけるように、天を仰いで呟く


「――あぁ」


 最期まで自分の勝手に振る舞い、勝手に任せて散っていった紅蓮の最期を生きざまと共に看取った大貴の声は、誰もいない世界の中に溶けていった――。





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