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魔界闘神伝  作者: 和和和和
天上界編
277/305

神と王





「――神」


 真紅の髪と漆黒の衣を揺らめかせて佇む悪魔紅蓮だった存在――闇の神の一柱神位第六位の神格を有する「殺生神・スレイ」の存在に、天上界は静寂に包まれていた


 大貴達、九世界、堕天使、十世界、文明神の眷族――その全てが先程まで繰り広げていた戦いが嘘だったかのように言葉を失い、まるで時が止まったかのように殺生神となった紅蓮を見つめていた

 遥か創世の神代に、一時だけこの世界に存在し、今この世にある全てを生み出し、全てを司る完全なる存在。その力の脈動が、天上界に渦巻く


(この力、この存在感――間違いなく〝神〟だ)

 その姿を見、力を知覚した堕天使王ロギアは、かつて十聖天の長として戦っていた闇の神の力を思い返して険しい視線を向ける


 光と闇の神々によって行われた創界神争が終わりを迎え、世界の形を定めると同時に不可神条約を敷いて世界から去った創世の神々、その一柱――殺生神・スレイを前に、誰もが言葉を発することが出来ずにいた

 その名の通り殺戮を司る闇の神。その力は、否応なく死を実感させ、常にその命に刃が突き立てられているような恐怖を刻み込んでくる

 わずかに身じろぎしただけでも、突きつけられた死の刃が自分を貫いて終わりをもたらすかのような生と死の境界を錯覚させる力を前に、誰もが声を失っていた


「あれが、真の神器の覚醒――〝神化〟……」

 その中で、一際紅蓮の姿に意識を奪われているのはマリアだった。その身に神を宿す真の神器たるマリアにとって、神となった紅蓮の姿は、自分の未来の可能性の一つと相似だ


 紅蓮が神となることが出来たのは、その身を神の器――真の神器としたから。


(俺達全霊命(ファースト)に神が封じられた時、生まれ変わる神と俺達の神能(ゴットクロア)が神和して神としての器を作り上げる

 その状態で全霊命(ファースト)が死ぬと、存在の枷を失った神がこの世界に再臨する――それが、真の神器の力)

 闇の神の一柱として神化した紅蓮を見据えながら、天界の姫リリーナと天界王の使いでここへやって来た四煌天使の一人、ノエルはその姿に思索を巡らせる


 完全存在(オリジン)の名にふさわしく、絶対神に列なる光と闇の神々は、例え死んでも死ぬことはなく、何度でもその名と力を継承して生まれ変わることができる

 そんな神々が復活しないよう、神代の神々は自身が倒した神を、世界にある別のなにかに封じ込めた。神を封じた器――〝神器〟は、神を復活させる依り代となる


(私も、あんな風に――)

 真の神器となってて神と化した紅蓮を見据えるマリアは、その姿に自身を重ねて沈痛な面持ちで目を伏せる

 自らの存在に宿った光の神。自分が死ぬことで、自分も紅蓮と同じように神となる――その事を思わぬ形で見せつけられたマリアは、胸を締め付けられるような思いに沈痛な表情を浮かべる

「マリア」

 そんなマリアの肩に手を置いたクロスは、それに気づいて視線を向けてきた想い人に真剣な表情を向け、一度頷いて見せる

 天界からの使者「ノエル」に真の神器として天界への帰還を求められているマリアに、自分と共に生きるように求めたクロスは強い眼差しでその意思を伝える

「――クロス」

 言葉にせずとも伝わってくる自分を守ろうとしてくれるクロスの意思に、マリアはこんな状況だというのに、その頬をかすかに赤らめて、安堵したような微笑みを浮かべる

 そんなクロスとマリアの様子を少し離れた場所で見ていたアリシアは、禁忌の存在として生まれた娘が心から信頼できる人を得て一人の女性としての幸福を得ていることに、目元を綻ばせるのだった


「まるで、世界が怯えてるみたい」

 その頃、詩織は結界の中で一人、異常な静寂を感じながら、不安な表情で小さく声を零す

 詩織の位置からは、殺生神となった紅蓮の姿は見えにくいが、ただならぬ事態が起きていることだけは分かる

「神魔さん、大貴――」

 胸の前で祈るように握りしめた手に込める力をわずかに強め、不安に彩られた表情で外を見る詩織は、いつものように、ただ事態を見届けるしかなかった


「――ッ、ざけないでよ! こんなの聞いてないわ」


 真なる神の現臨――その事実に沈黙していた世界の静寂を破ったのは、金色の髪を持った文明神の眷族「リオラ」の声だった

 神を殺す力が具現化した神器の剣を持ち、光魔神(大貴)と戦っていたリオラは、神魔に圧倒される同胞達の加勢に回るべきか逡巡している最中に現れた〝神〟に、感情を露にする


 サンクセラムと協調した文明神は、その目的――「神器・神眼(ファブリア)」と「光魔神」を手に入れるために、万全ともいえる準備を行っていた

 対光魔神としてリオラを筆頭に、神器を持つ四人の特級(アリストス)神形(エスタトゥア)に、光の力に対する極強耐性を持つ衆級(デーモス)神形(エスタトゥア)の軍勢。

 堕天使王ロギアと一部の堕天使という想定外の事態はあったがそれも誤差の範囲。その目的は必ず実現されるはずだった


 だが、蓋を開けてみれば文明神が張り巡らせた結界を破壊され、十世界の軍勢の侵入を許したばかりか、たった一人で三人の特級(アリストス)を圧倒する力を持つ悪魔と、その力に共鳴して同等の力を発揮する桜色の髪の伴侶と、文明神の想定を超える事態が多発していた

 その極めつけと言わんばかりに顕現した「神」に、四人の中で最も直情的なリオラが声を上げるのは必然とも言えた


「…………うし」

 そんな周囲の反応など気にも留めず、神として生まれ変わった自分の身体を観察し、手を握ったり開いたりしていた紅蓮は、一通り確認したところで拳を握り締めて顔を上げる

 紅蓮という人格を残しながらも、魔力から神力へと神能(ゴットクロア)が変化したことで根底から存在が変わった自身の具合を確かめた殺生神は、おもむろにその双眸を動かす

「――……」

 殺生神となった紅蓮が視線を向けたのは、生涯の好敵手と定めた大貴ではなく、特級(アリストス)達と戦っていた神魔

 漆黒の目に抱かれた真紅の瞳でその姿を見た紅蓮と、それを受けた神魔は、まるで互いに何かを感じ取ったかのように視線が交錯させる


「さて。時間も限られてる(・・・・・・・・)ことだし、さっさと終わらせねぇとな」


 時間にしてほんの一瞬、一言も言葉すら交わさずに神魔に意味深な視線を向けていた紅蓮は、瞼を閉じることでそれを意識の果てへと追いやると、改めて大貴を見据える

 瞬間、知覚するものに死を確信させる闇の神力が吹き上がり、その手の中へと収束して形を成していく


「――殺戮神」


 厳かな声と共に紡がれた言葉と共に、紅蓮の手の中には漆黒の直刃の刀身を持つ太刀が顕現する

 紅蓮の存在が戦いための形を取った武器、そして神として生まれ変わったことで神生したその武器は、殺生神が持つもう一つの名を冠していた

「さぁて。文明神の人形ども、さっさと失せろ。――今、この場で皆殺しにされたいか?

 自神の武器たる黒刃の太刀の柄を握り締め、そこに殺生の概念そのものである闇を満たした紅蓮は、天を埋め尽くす神形(エスタトゥア)達に向けて声をかける

 その名の通り、殺生を司る神である神である殺生神(スレイ)は、その力に長けている。神力(その力)によって届けられたその言葉がただの虚言などではないことは、誰もが理解していた


「――っ、フ、アハハハハ」


「何がおかしい?」

 殺害に特化した神力、そして神位第六位というこの場の誰よりも高い神格――実質死の宣告に等しい言葉を発した紅蓮に返されたのは、リオラの嘲笑だった

「あんた、ばかぁ?」

 虚勢などではなく、心から笑っていることが伝わってくるその反応に眉を顰めた紅蓮に、腹を抱えるリオラは斜に構えた視線を向けて(そし)

「それが遺言か? ――っ!?」

 リオラの言葉に息を吐き、これ以上付き合うつもりはないと殺傷の神闇を解放しようとした紅蓮だったが、周囲に奔る光の幾何学紋様を見て小さく目を瞠る


「あんた、この界離を行ってるのが誰だと思ってるのよ?」


「これは……っ」

 小馬鹿にした口調でリオラが言うまでにも、紅蓮、そして大貴の周囲を突如発生した幾何学の紋様が包み込んでいく

「――!」

 ほぼ同時に行動し、それぞれの力を乗せた斬撃を叩き付ける紅蓮と大貴だったが、二人を取り巻く光の幾何学紋様陣は、それに全く揺らぐ気配はなかった

私達の神(・・・・)からのお言葉よ。ありがたく聞きなさい――〝お望み通り、二人だけを別の空間に棄ててやるから、そこで好きなだけ殺し合っていろ〟」

 そんな二人の抵抗を嘲笑うかのように、リオラは男の口調を真似ているのか、後半をわざと半音低くした声で告げる

 言うべきことを言い終えたリオラは、無邪気とも取れる笑みを浮かべると、幾何学の紋様陣が織りなす空間に囚われた大貴と紅蓮に向けて小さく手を振る


「バイバーイ」


 明るい口調で告げられたその言葉と共に幾何学紋様陣が収束し、一瞬の瞬きを残して大貴と紅蓮をこの世界から消し去った





「ここは――」

 一瞬目の前が光ったと思った次の瞬間、眼前に広がっているのは、荒野のような剥き出しの平坦な大地がどこまでも続いている空間だった


「閉じ込められたな」


 先程までいた天上界とは明らかに違うその空間に知覚と視覚を巡らせる大貴の耳に、同じように周囲を見回していた紅蓮の言葉が届く

 先程のリオラの言葉を思い返し、自分達に何が起きたのか、早々に結論を下した紅蓮は、腰に手を当てて小さくため息を吐く

「そういやぁ、この辺りを封鎖してるのは文明神って話だったな。俺の力じゃ、ここは破れねぇか」

(神の力をもらって浮かれすぎたな。こんなしょうもねぇミスをやらかすとは……)

 天上界を「文明神」が封鎖しているというのは、天上界王城の空間に入る際に分かっていたというのに、その介入に思い至らなかった自分に、紅蓮は自身の浅はかさを反省する

 天上界を封鎖していた空間を破ったのも自分であることを思い返して苦い表情を浮かべた紅蓮は、文明神の干渉に小さく舌打ちをする


 神の神格は、決して覆ることのない神格の差。同じ一位階でも神位第六位と神位第五位の間には、〝神と全霊命(ファースト)〟、〝全霊命(ファースト)半霊命(ネクスト)〟ほどの絶対的な力の差がある

 文明神の神格は「神位第五位」相当であり、いかに真の神――完全存在(オリジン)となったとはいえ、神位第六位の神である殺生神(紅蓮)がその力の壁を越えられないのは必定、世の理だった


「まあいい。これが最後の戦場だってのはしまらねぇが、どんな形であれ、邪魔する奴もいなくなったんだ。早速始めようぜ、大貴」

 一息に意識を切り替えた紅蓮は、そのまま大貴に向かい合うと有無を言わさぬ戦意を宿した眼差しを向ける

 あのままあの場にいれば、大貴との戦いのために文明神の眷族達を皆殺しにしただろうが、こうなってはそれはできない。ならば、二人きりになった大貴と思う存分戦うことが紅蓮の中で最重要事項となるのは当然だった

「――っ」

 そう言って紅蓮を構築する神力が自身へと向けられた純然たる戦意に染まってくのを知覚した大貴は、それに表情を引き攣らせる


 殺生神となった紅蓮の神能(ゴットクロア)――「殺生(スレイ)」は、その神格の差も相まって、大貴に自身の逃れ得ない絶対的な死を確実な事実として見せつけてくる

 今紅蓮と戦えば、一瞬さえも保たずに消滅させられてしまう事を大貴は否応なく理解していた


 絶対的な死の力を前に竦む心を奮い立たせ、膝を屈しないように佇んでいた大貴の前に、紅蓮から伸びた殺生の闇が人翔けれ、ゆっくりと移動してくる

「さぁ、大貴。俺がお前に力を貸してやる」

「?」

 自身の力の一欠を大貴の前で止めた紅蓮は、それを指して語りかける


「お前が取り込めるように神格を抑えた。その力を使って共鳴しろ」


 今の神格のでは、普通に戦って大貴の太極(オール)で紅蓮の殺傷(スレイ)の力に共鳴することはできない。

 だからこそ紅蓮は、あえて自身の力を共鳴できるようにして差し出し、自身と対等の状態になった大貴と全力での決着をしようと考えていた


「俺はお前を殺したいわけじゃない。俺はお前に殺されたいわけじゃない。――ただ、お前と死力を尽くして戦いたいだけだ」

 大貴に勝利する自信が紅蓮にあるわけではない。ただ、互いに死力を尽くして勝利と生存か、敗北と死か、己の力に委ねる戦いの中にこそ、紅蓮は自らの存在意義を見出しているのだ


「全力でやろうぜ」


 愚直なまでに実直に、ただ自分との戦いを求める紅蓮の言葉に、大貴は自然とその表情を緩めていた

 戦わない選択をすることもできるかもしれない。戦いになった時、生き残るにはこうするよりほかに道がないのも事実――だが、今の大貴の胸中には、状況に迫られて仕方なくではなく、少なからず紅蓮と同じ気持ちが湧き上がっていた

「後悔するなよ」

「しねぇよ。俺は、これこそを望んでたんだぜ」

 自分の力と共鳴した大貴の太極(オール)の神格が高まり、全霊命(ファースト)の限界を超えて神位第六位に等しいものへと昇華されるのを見つめながら、紅蓮はその口端を吊り上げて満足気に笑うのだった





 大貴と殺生神となった紅蓮が消失した天上界の光景を映し出している画面を見据え、軽く掲げていた手を降ろしたその人物の背後から、メイド服を思わせる衣に身を包んだ女性が姿を現す

「文明神様、なぜ標的である光魔神までを結界の中に閉じ込めてしまわれたのですか? かの神だけを閉じ込めることもできたはず」

 仮面とも、バイザーとも取れるもので顔の上半分を隠したメイド姿の女性は、その人物――円卓の神座№4「文明神・サイビルゼイト」に訊ねる


 文明神は、自身がこの世界における新たな絶対神となるというその目的のために、光魔神を手中に収めんとしていた

 サンクセラムに力を貸し、天上界を隔離して神形(エスタトゥア)の軍勢を送り込んでいるのもそのためだ

 だというのに、光魔神を殺そうとしている殺生神と一緒に隔離した。それによって、万が一光魔神殺されるようなことになってしまえば、その悲願は頓挫してしまうだろう


「奴が真の神器になったとして、私の空間隔離を破るなど不可能。それができたということは、誰かがそれをしたということだ」

 そんなメイドの女性に対し、文明神は背を向けたまま神妙な声で答える


 奴というのは、先程殺生神へと神化した悪魔、紅蓮のこと。光と闇の絶対神に列なる創世の神々とはいえ、神格の差を覆すことが出来ない以上、文明神の結界を砕くことはできない

 だが、実際に文明神(サイビルゼイト)が展開した世界を閉ざす結界は、外から力づくで破壊され、十世界を内側へ招き入れている。それはつまり、それを行なうことができるだけの力を持つ者が力を貸したことの証拠だ


「結界の外には、覇国神の襲撃者(レイダー)がいたが、当然それでもあれを破るには足りない。つまり、奴の後ろにはそれができ、なおかつそれを私に知られないだけの力を持つ者がいるということだ」

 何より文明神が危惧しているのは、天上界王城一帯を隔離した空間を破壊した際、それを行ったはずの〝力〟を一切認識できていないことだった

 誰が封じ込めていた天上界王城一帯の空間を破壊し、十世界と紅蓮達を侵入させたのか、文明神の力を以ってしても未だ分からない

「まさか、それは……っ」

 そして、そんな文明神(サイビルゼイト)の言葉を受けたメイドの女性は、それがどんな存在を指しての者であるのかを察して息を呑む

 それが指し示している可能性に思い至り、声を強張らせたメイド姿の女性の反応を背中で受け取りながら、文明神は眼前に映し出されている無数の画面を見つめたまま口を開く


「真の神器に、得体のしれない力を持つ悪魔。世界は今、〝神界〟すら含めて、この世界とここにいる者達を中心に動いているということか」


 その視線を険しくし、剣呑な眼差しを向ける文明神の前には無数の画面があり、それぞれが異なる景色を映し出している


 天上界王城周辺と、そこで行われているリオラ、ミルトス、クレメウス、ベヘネヴィーラ達特級(アリストス)を中心とした各戦場


 そして天上界に滞在している十世界。そして世界の外でこの領域へと入り込もうとしている九世界各王が率いる軍勢と、十世界に属する堕天使達

 十世界では、天上界に起きた異変を察知した愛梨が天上界王や光魔神達の許へと駆け付けようとするのを覇国神が立ちはだかって引き止めている


 愛梨を宥める覇国神と、天上界の外にいる九世界の王達に接触した護法神は、こちら――彼らからすれば、なにもない虚空へと視線を向けている

 同等の神格を持つ戦と守護の異端神二柱が見つめるその先には、こうして世界を監視し、観察する文明神がおり、彼らが監視に気付いていることを物語っている



 文明神と同等の力を持つ覇国神と護法神が見られていることに気付くのは不思議なことではない。空間も世界も隔てて、交錯するはずもない視線を絡ませた文明神(サイビルゼイト)は、改めて天上界での戦いに視線を向ける

 光魔神である大貴ばかりではなく、十世界、異端神、殺生神となった紅蓮、そして単身で神器を圧倒する力を見せつける神魔、九世界の王達――今まさにこの天上界が世界の中心となっていることに、文明神はその目を細める



「っ!?」


 しかし次の瞬間、とある画面の一つに映し出された光景を目の当たりにした文明神(サイビルゼイト)は、大きくを瞠り、驚愕を露にする

「馬鹿な!」

 画面にかぶりつくかのように、前のめりになって食い入るようにそこを見る文明神の反応に、メイド姿の女性が怪訝に眉を顰める

「文明神様?」

 しかし、そんな声など聞こえていないかのように画面を睨み付ける文明神は、そこに映ったものを見て肩を戦慄かせる

「そこまでするのか、反逆神(アークエネミー)!」

 双眸を見開き、怒りに声を震わせた文明神は、絞り出すようにして言い放った言葉を聞こえるはずもない相手に向けて言い放つ

 さすがに声は聞こえていないはずだが、覇国神や護法神同様、見られていることに気付いているその人物――円卓の神座№2にして、唯一絶対なる神の敵「反逆神・アークエネミー」は、文明神の言葉を見透かしているかのように酷薄な笑みを浮かべていた


「呼び起したのか! かつて神によって滅ぼされたお前の最強の眷族――〝悪意の王(マリシオン)〟を!」





「大貴が消えた……!?」


 大貴と紅蓮を中心にして突如出現し、展開された光の幾何学紋様陣が収束すると共に、強い光を残して二人の姿が見えなくなったことに、詩織は不安を口にする

《ご心配には及びません。あれは、おそらく文明神が世界を隔てて用いた空間隔離。大貴さんは、彼と一緒に別空間に閉じ込められたのだと思います》

「桜さん」

 しかし、そんな不安を見越していたかのように心に直接響く桜の声を聞いた詩織は、わずかに胸を撫でおろして安堵に似たため息を零す

 大貴の無事が分かったからといって事態が好転したわけではないが、一瞬よぎった最悪の事態が回避されていただけでも、詩織の心に一抹の安らぎを覚えるのは十分すぎる理由だった


 中にいる者に知覚を共有させることが出来る結界の影響か、魔力に乗せた声を心を直接届けられた桜の淑やかな声音が不安を和らげてくれるのを詩織は実感していた


(あれが、〝神〟……)


 大貴が殺生神と共に世界から消失しても、一旦水を差された戦場に再び戦火が灯るわけではない


(これまで見てきた異端神とは全然違うな)

 これまで九世界を見て回って来た中で、何度か殺生と同等の神格を有する異端神や、同格の力を得られる神威級神器の発現を見てきたクロスだったが、真なる神はそれらとは全く違った印象を存在の髄まで刻み付けるかのようだった


「……ッ!」

 しばしの静寂が隔離された天上界を支配する中、レイラムは完全に神の降臨に呑まれていた自身に気付いて忌々しげに唇を噛み締める


 光と闇という違いがあるとはいえ、殺生神はこの世界を創造した二柱の絶対神に列なる正統なる神。

 その存在は、天使や悪魔といった全霊命(ファースト)にとっては創造主に等しく、最下級にあたる神位第六位とはいえ、その存在を目の当たりにすれば存在の根底に根付いた本能よりも原始的な感覚が畏怖と崇敬を抱かざるを得ない

 先程、真っ先に殺生神となった紅蓮に暴言を吐くことができたリオラは、異端神に属する眷属(ユニット)だったことも、大きいのだろう


 しかし、レイラムが率いる組織である「サンクセラム」は、光を崇拝し、闇を滅ぼすことを望む者達が集った集団。

 その長である自分が、神とはいえ闇の存在に臆し、あまつさえ意識を奪われてしまっていたことに、屈辱を怒りを禁じえなかった


「――一時はどうなることかと思ったが、しっかりと役目を果たしてくれているようだな」


 殺生神となった紅蓮がもたらしていた殺意が消えたことで、世界に落ちていた静寂が徐々に和らいできたことも手伝って、レイラムは自身を落ち着かせるように息を吐いて笑う

 殺生神を前にして胸中を支配していた死の恐怖と不安を吐き出すように深い息を吐いたレイラムは、自身が抱いたそんな感情を吹き消そうとしているかのように口端を吊り上げて好戦的な笑みを浮かべる


 その名の通り、あらゆる存在を殺す力を持つ殺生神がその気になれば、この場にいる者達は皆殺しにされていただろう

 互いの利益のために協力関係にあった文明神が殺生神を他の空間へ隔離したことは、それとは異なる目的を持つレイラム達サンクセラムにとってはまさに朗報というべきものだった


「さあ、皆の者! 光の正義を証明し、最も忌まわしき者を王として戴く天上人達に、その愚かさを思い知らせてやれ!」

 神器からの覚醒とはいえ、神の降臨は九世界にとって最高級の一大事。しかし、そんなことなど後回しにしたかのようなレイラムの声に叱咤され、サンクセラムに属する光の存在達、そして異端の眷族たる神形(エスタトゥア)達が戦意を再燃させる

「皆の者! 灯様を守れ!」

 その言葉に反抗するように、天上界王補佐役たる天上人「邑岐(おうぎ)」が声を荒げると、それを受けた天上人達が、それぞれの武器を手に天力の清浄なる光を解放する

「……っ」

 サンクセラムたちはまだしも、全霊命(ファースト)として最上位に近い力を持つ者の光の力さえ、ほぼ無力化できてしまうほどの耐性を持つ神形(エスタトゥア)達に怯む様子を見せない臣民の姿に、天上界王たる灯は胸を締め付けられるような思いに駆られていた

 その口がかすかに何度か開閉し、「自分のことよりもそれぞれの命を守り、生き抜いてほしい」という願いを言葉にすることが出来ずにいた


《いいのですよ》


「!」

 その時、天力を介した思念通話によって入り込んできた声に目を瞠った灯は、その声の主――天上界王相談役である「霞」へと向ける

《あなた、王として私達家臣の心を汲んでくれようとしていることは分かります。ですが、あなた自身の気持ちを私達に伝えれてくれればいいのです

 私達はあなたに王として(・・・・)振る舞って欲しいのではありません。そんなことをしなくても、あなたは王なのです。王として戴かれたあなた自身の気持ちこそが、私達にとっての王意なのです》

 琵琶のような武器と、弓のような剣を携え、空中に天力の糸を張り巡らせて神形(エスタトゥア)と戦いながら心へ送り込まれてくる霞の言葉を噛みしめる様に唇を引き結んだ灯は、ゆっくりとその視線を戻してそこに佇んでいる一人の天上人へと向ける

「……叢雲さん」

 たっぷりと一呼吸分の間を置き、砕け散った空間の中から現れた天上界宰相――「叢雲」を見据えた灯は、その表情を曇らせて呼びかける


 周囲に神形(エスタトゥア)を従えた叢雲の姿を見れば、彼が文明神、引いてはサンクセラムとも繋がっていたことは容易に想像できる

 天上界王である灯は、叢雲がサンクセラムらを監視する役割を担っていたことも知っているため、その接点には思い至るところはいくつでもあった


「あなたに落ち度はありません」

 憂いを帯びた悲しげな眼差しで、「自分に王としての器が足りなかったから裏切ったのか」と問いかけているような灯の視線に、叢雲は小さく首を横に振って答える

「我々が誤ったのです。天上界の存続のために、あなたに王という苦しみを背負わせてしまった。――これはその罪を雪ぎ、その罪に裁かれる我らの罰。あなたにはなんの関わりもないことです」

 自分がサンクセラムに協力し、天上界を裏切った理由を簡潔に述べる叢雲の声音には、なんの感情も宿っていなかった

「例え綺沙羅様と同等の神格を持っていても、あなたはあなた。あなた自身の神格と適性を蔑ろにするべきではなかった」

 光の全霊命(天上人)闇の全霊命()の間に生まれた、本来生まれるはずのない〝最も忌まわしき者〟。本来なら王位はおろか、生きていること、引いては存在していることすら許されない

 そのことに少なからず負い目を感じながらも、担がれた御輿の上で王として飾られている灯の姿を思い返しながら、叢雲は淡々と語る


「……そんなことはありません」


 しかしその時、天上界――あるいは、叢雲自身の絶望と失望を表したかのようなその声音に、かすかに肩を震わせた灯は、小さな声で言葉を絞り出す

 自信が感じられない委縮したような声音でその一言を発した灯は、怪訝に眉を顰めた叢雲をまっすぐ見据え、その気持ちを言葉に乗せて紡いでいく

「私は天上界王です。ここにいる全ての人はもちろん、あなたとも無関係であるわけがありません。この事態が私の至らなさ故でないはずはありません」

 一言一句に込めた思いを確かめるように、一つずつ丁寧に言葉を重ねていく灯は、自分なりの王としての責任と自負を言葉として重ねていく

 しかし、かすかに震えるその声は、その言葉に自身の存在意義を見出しているようであり、揺らぐ心情を露にしたような表情は、その心の動転を如実に表していた

「私は、私はあなたから見れば王として失格なのでしょう。……母や邑岐(おうぎ)さんと比べれば至らないことばかりなのだと思います

 あなたをそんな行動に走らせるほど、不安と不満を抱かせてしまった私自身の未熟さを恥じ入ります」

 どこか自嘲するように言い、しかしながらその中に決してぶれない芯を以て言う灯は、叢雲に向けてまっすぐその心の内を言葉で語る

「あなたが私を見限ったのは私の力不足です。ですが、私はまだ――いえ、決して、私を諦めたことはありません。だから――」

「あなたが、なぜ王位(そんなもの)にこだわるのですか?」

 縋るような声音でありながら、まるでそう染みつけられているかのようにあくまでも天上界王としての矜持を手放さずに述べる灯に、叢雲は微かに眉を顰めてその真意を訊ねる


「この世界が好きだから、そこに生きる人たちを守りたいからです」


「あなたに王であることを求め過ぎた我々の願望と期待が、あなたの心をそんな風に縛ってしまったのですね」

 それに返された灯の言葉に、叢雲は自責と憐れみに彩られた視線を向ける

 言葉には出していないが、灯が考えを改めて戻ってきてほしいと願っていることは、叢雲には手に取るように分かる


 最も忌まわしき者として生まれ、母を奪われ、その力ゆえに王についた灯を支えてきたのは、霞と叢雲だといってもいい

 ある意味で自らの禁忌の存在と未熟さを認めてくれる柱である叢雲に裏切られた事実が、灯の心に綻びを生じさせているのは明らかだった


「それは違います。私は私の意志で王であることを選びました」


「もういいのですよ」

「っ」

 まるで縋るようにも聞こえるその声に目を伏せて答えた叢雲は、動揺を隠せない灯に憐憫の情の込められた柔らかな視線を送る

「あなたが王でなければ、今の天上界はなかったでしょう。あなたがいなければ、この戦いは起きなかった。この戦いで死ぬ者もいなかった

 それでも、あなたは何一つ悪くない。全ての事柄の原因であり、元凶でありながら、あなたには一切の罪はないのです――ですから、全て終わりにしましょう。誤った天上界(この世界)天上人(我々)の歴史を」

 息を呑む灯に、優しく失望と諦観に満ちた声で語りかけた叢雲が軽く手を振ると、それに答える様に今まで事の成り行きを見守っていた神形(エスタトゥア)達が一斉に襲い掛かる


「…………」


 それぞれが武器を手に、自身へと向かって神速で飛翔して来る神形(エスタトゥア)が見えているにも関わらず、灯はただ呆然と見つめながら佇んでいるだけだった

 瞬く間に肉薄した神形(エスタトゥア)達が、光の剣を振りかぶり、最上段からその刃を振り下ろす


「違います」


 しかし次の瞬間、灯の前に立ち肌った影が、その斬撃の全てを受け止め、真紅の血炎を巻き上げる

「っ」

 その光景を目の当たりにした灯は目を見開き、血炎を上げながら崩れ落ちるその人物――霞の姿を、瞳に焼き付けていた





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