文明神攻
「文明とは、〝共有されるもの〟」
眼前に広がる天上界の光景を見ながら、一人の男が淡泊な声で呟く
金属的な光沢を感じさせる長い白髪をなびかせ、ガウンを思わせる厚手のマントを羽織ったその人物は、しかし今天上界にはいない
男が見ている天上界の光景は、協力者を通じてその場に設置した〝門〟を介して見ているもの。画面というよりは視界といって遜色のないその景色を前に口端を吊り上げて男――「文明神・サイビルゼイト」は誰にともなく語りかける
「生み出され、作り出されたものは、分け隔てなく全てのもの恩恵を与える。〝建造物〟も〝道具〟も〝兵器〟も。――つまり、私が生み出した力は、神器のような例外を除けば、すべからく我が眷属の力となる」
文明とは、生まれ発展し、そしてその中に人を内包しその恩恵を与える。そうして作られた技術は、そのコミュニティ――あるいは文明を守り発展させるために使われる
故に文明神には、「力や能力を分け与える」能力があり、更に「文明を共有する」こともできる
「故に。私が取り出し、分け与えた眷属達には、輝きによってさらにその力を増すとかいう、かの神の力の一端が宿っている
天使と天上人ばかりの君たちには特に相性が悪いだろう? 私が実現し、我らが手に入れた文明を是非とも君達の力で試させておくれ」
天上界から世界を隔てて送られてくるライヴ映像を見ながら、文明神は滔々と語り、その場にいる敵という名の愛すべき被験者たちに語りかける
「君も君の力の宿った我が傑作達の活躍を見守っていてくれよ、〝輝望神〟。いや――」
光を得てさらに力を増す特性を持つ神の力を得た眷属達が、これまで試すことのできなかったその力を発揮している様を嬉々とした様子で観察する文明神は、不意にその声音を低いものへと変えてゆっくりと振り返る
そこにあるのは、天地を貫かんばかりの極太の柱。その内側には溶液が満たされており、その中には幾何学模様を描き出す光によって拘束された純白の衣を纏った美女がいる
眠っているかのように瞼を閉じ、微動だにしないその美女は、三つ編みにしたおさげのような長い桃色の髪を溶液の中で遊ばせながら、文明神の問いかけに沈黙を返す
「ユフィ」
※
光が刃を形作る剣と刃を合わせ、それを力任せに弾き飛ばしたクロスは、純白の翼を羽ばたかせて飛翔しながら、相対する神形達を睨み付ける
自身の全霊を込めた一撃をどれほど加えても傷らしい傷を負わない神形達は、一方で堕天使達の攻撃には極めて脆い。それは、先程堕天使の一人「ザフィール」が言っていたことを確信づける事実だった
「本当に光の力を無効化してやがるのか……!」
完全に無効化はしていないが、クロス達天使の光力ばかりか天上人の天力まで、光の力をほとんど受け付けない神形に思わず苦々しい舌打ちを零してしまう
(とはいえ、あいつらが撃ってくる攻撃やあいつら自身の攻撃に、光の力を吸収するような能力があるわけでもないか……)
何度か打ち合って収集した感覚を整理しながら思案を巡らすクロスは、上空を飛翔する神形達が、先程まで持っていた光刃の剣からライフルへと持ち替えて攻撃を繰り出してくる
自身に向けて放たれた無数の閃光をかいくぐり、光力の結界と斬撃でそれを打ち払いながら、同時に天空を舞う数えきれない飛翔体から放たれる追撃を翼から放った光の流星群で迎撃しながら、クロスは苦々しげに舌打ちする
「しかも次から次へと武器をほいほい取り替えやがって……!」
文明神の眷属である神形達は、皆同じ姿をしているばかりではなく、全く同じ形状の武器をいくつも同時に顕現させている
剣、ライフル、盾、槍、斧、飛翔する独立機動体――本来全霊命が一人につき一つしか持っていない武器を、全く同じ形状で一度に複数装備しているその姿が軍勢を成す様は、圧巻ともいえるものがあった
「一つの神格ではなく、群体を成した神格兵器――なるほど、言い得て妙なものね」
全方向から自身へと迫る閃光を自身の身の丈に等しい大剣で薙ぎ払った天使――四煌天使の一角である「ノエル」は、自身へ肉薄していた神形と刃を合わせて静かな声音で言う
文明神の眷族である神形は、〝シリーズ〟ごとに同じ外見をしており、全く同じ神格と能力を複製されていることは、世界的にも知られている
この世で唯一、自らの意思と力で眷属を形作り、生み出し、量産することが出来る文明神の手によって生まれたユニットは、人間が作る兵器のように定められた武装を武器として自在に行使することができる
全霊命と同等の神格を持ちながら、個々の意思も持たず、全く異なる存在の定義を持つもの。――〝神格を持つ兵器〟それが神形なのだ
「――っ」
光の力が限りなく効果を示さない以上、肉薄しての接近戦は不利だと判断したノエルは、神形の刃を神格の差にものを言わせて力任せに弾き飛ばし、光力の砲撃を叩きつけながら離脱する
しかし、神形が展開する半透明の障壁と盾は、十聖天を除けば最強の天使の一角であるノエルの攻撃さえ、無傷で凌いでしまうほどだった
(まさか、文明神がこれほどまでの力を手に入れているなんて……っ)
神形が放ったアンカーのようなものがついたかぎ針の刃を紙一重で回避したノエルは、それが掠めてできた傷にかすかに眉を顰めながら小さく歯噛みする
(このままでは――)
「……あらゆる光を得る輝望神の力をこのように使うとは、全く忌々しい」
最強の天使であるノエルを始め、天上人達を圧倒する神形の力を睥睨していたサンクセラムを総べる天使「レイラム」は、その力に小さく吐き捨てる
神形達の力の根拠となっている「輝望神・レガリア」は、光の神位第五位〝主神〟の一角をなし、十大神の一柱として数えられる神
光と闇にそれぞれ五柱ずつ、計十柱存在する神位第五位主神の一角である輝望神は、闇の絶望神と対を成す神であり、希望と奇跡を司る輝きの神
あらゆる闇を打ち払い、世界に光明をもたらすその神の力の一端を用いて光の力を封殺する文明神の手法に、内心で憤りを覚えながらもレイラムはその感情を務めて押し殺す
文明神が持つこの力があるが故に、今サンクセラムは天上界に対して極めて優位な状況を得ている。そして、今成すべきことを遂げるには、不本意ながらこの力は極めて利用価値が高いと認めざるを得なかった
(いずれ、貴様らの手から輝望神様を取り戻してやる。だが、今は――)
「貴様を滅ぼす絶好の機会だ」
光の神を冒涜する文明神とその眷属達に睨むように一瞥を向けたレイラムは、その手に携えた純白の大槍刀に全霊の光力を注ぎ込み、戦場を翔ける
その神格に比例した速度で飛翔するレイラムが向かうのは、戦場に佇んでいる天上界王灯――光と闇の全霊命の間に生まれた、この世に非ざる存在
「!」
「覚悟しろ!」
自身へと向かって来るレイラムを知覚し、天力を受け付けない神形達が席巻する戦場を見ていた灯は、その視線を向ける
「させません」
レイラムの攻撃など、放っておいても灯が身に纏う薄桃色の羽衣の形状をした常時発現型武器が自動で防いでくれる
だが、だからといってそれを看過するなど天上界王の護衛としてはあるまじきこと。その間に立ちはだかるように割り込んだ霞は、弓剣を琵琶に沿えて弾き、天力が凝縮した糸を放つ
琵琶の大きさからは考えられないほど破格の量が束ねられた天力糸は、槍のような形状として縒り合され、そこに込められた純然たる破壊力と意思を容易に窺わせる
その一撃はいかにレイラムといえど無視できない破壊力を秘めたもの。神格としては遜色のない強さを持つ霞の攻撃を回避しないなど本来は選択肢としてあり得ない
「っ!」
しかし、その瞬間、まるでレイラムの盾になるかのように盾を顕現させた神形の一機が立ちはだかり、霞の糸束槍の一撃を受け止める
文明の神能によって構築された半透明の障壁を展開する盾を以って霞の全霊の一撃
を受け止め、その存在に宿る光の力を限りなく無力化できる神の力の断片を以って攻撃をほぼ完全に無力化する
「――しまっ……」
その時、横から伸びてきた神形の腕に装備されたアンカーが霞の腕を貫き、激痛をもたらしくてくる
そのまま強力な力で引き寄せようとしてくる神形に抵抗するべくその場に踏みとどまる霞だが、その腕を貫いたアンカーの刃は簡単に抜けない
自身と神形を繋ぐアンカーを斬り落とそうと、霞は琵琶と対になっている弓型の剣を力任せに叩き付けるが、光の力を無力化する全霊命と同等の神格を持つ兵器は微動だにしない
「霞!」
その時、神速で肉薄してきていた灯がもう一つの武器である金色の剣を一閃させて、霞を貫いていたアンカーの鋼綱を両断する
瞬間、本体から分離したことで形を保てなくなったアンカーの刃は、霞の腕に突き刺さったまま形を失って神能の粒子へと還っていく
「ありがとうございます、灯様」
「いいえ」
血炎を上げる傷口に天力を集中させ、傷を癒しながら恭しく感謝を述べる霞に、灯は静かに応じてその身を翻す
「オオッ!」
その瞬間には、すでにレイラムが灯との距離を零にしており、白く輝く光力を注ぎ込んだ大槍刀を力任せに叩き付けてくる
それを軽く振るった剣の一閃で迎撃した灯は、そのまま構わずに神格と力に任せた斬撃でレイラムを力任せに弾き飛ばす
「く……っ」
空中に弾き飛ばされた衝撃で大きく崩れた体勢を瞬時に立て直したレイラムは、小さく歯噛みする
(まさか、力任せに神形の身体を傷つけるとは……天上界王の肩書は伊達ではないということか)
光の力をほぼ無効化する特性を持っているにも関わらず、神形を両断せしめたその力に、さしものレイラムも驚愕を覚える
いかに「共有」の特性を以って、輝望神の力、その一端を与えられているとはいっても、全霊命と同等の神格しか持たない神形にその力を十全に使いこなすことはできない
加えて、神能が有する神格の限りにこの世に望むままの事象と現象を引き起こすことが出来る力が相殺し合えば、並の神形では最上位の全霊命である灯の攻撃を防ぎきれないのも同義だった
「っ!」
そして、その一瞬の隙に灯はその刃が届く場所までレイラムとの距離を縮めていた灯は、天力を注ぎ込んだその刃を最上段から振り下ろす
天上人の原在、その頂点に位置する存在の神格を受け継いだ灯の清烈無比な天力を知覚して息を呑むレイラムに正常な光を帯びた刃を叩きつける
「ぐ……ッ!」
その斬撃が直撃する寸前、光力の結界を展開し、純白の大槍刀を構えて防御態勢を取ったレイラムだったが、灯の剣はそんなことなど意にも介さず、それらを力任せに破壊する
天力を帯びた刃が光力の結界を砕き、純白の大槍刀に亀裂を淹れて、あふれ出す力がレイラムの身体を袈裟懸けに斬り裂いて真紅の血炎を吹き上げさせる
(浅かったですね。ですが、逃がしません)
だが、寸前のその抵抗によって致命傷を免れたレイラムが純白の翼を羽ばたかせて離脱するのを見送りながら、灯は追撃の斬撃を放つ
振り下ろした刃は、あらゆる法則を無視する神能の特性によって斬り上げられ、その斬撃に合わせて天力の刃が放たれる
これまで放たれた灯の攻撃は、どれもすべてレイラムを一撃の下に滅ぼすことが可能なほどの威力を誇っている
必然その天力の斬撃もまたその力を有しており、血炎を立ち昇らせるレイラムを滅ぼすべく、神速を以って迸る
だが、灯の斬撃が今まさにレイラムに命中しようとした寸前、盾と障壁を展開した神形が三体割り込んでくる
光の力を著しく減衰させる力を宿した神形によって阻まれた天力の斬撃が砕け散り、そこに込められていた純然たる意思が破壊の衝撃波となって顕現し、レイラムを打ち据える
灯が自身の斬撃が阻まれる様を視認し、知覚するとそれと同時に、天空から飛来した銀髪の美女がその手に顕現させた身の丈に等しい巨大な槍を最上段から振り下ろす
巨大な刃を備えた斬撃が命中する寸前、灯が纏う薄桃色の羽衣が閃いてその刃の一撃を阻む
ぶつかり合う二つの神能が火花を散らす中、更に周囲に出現した無数の光星から収束された力の砲撃が応酬し、更に灯の斬撃が光となって天を衝く
炸裂する力の爆発と斬撃の奔流、それらの中から姿を現した白銀の髪の美女――「ミルトス」は、槍を携えて灯を見据える
「あなたは……」
灯の視線を受けたミルトスは、そこに含まれる諸々の感情に答えるように口を開く
「姉さんはああ言っていましたが、私個人としましては、あなたにこそ注意を払うべきだと考えるのですよ。天上界王様」
この戦いが始まる前、文明神の眷族のリオラは、自身が光魔神を、白い騎士をしたクレメウスに堕天使王ロギアを、そしてミルトスには他の堕天使を任せた
ここにいる神形達は光の力に対して圧倒的ともいえる優位性を持っている。故にそれに影響されない存在である堕天使をリオラが警戒したのも当然のことだろう
だが、ミルトスはそんな光の存在である灯を最も警戒していた。――それは、神形に与えられた光を無力化する能力を以って尚その力を示している現状を見れば明らかだろう
「貴様……っ」
「あなた一人で勝てる相手ではありません」
その言葉に、レイラムが抗議の意味を込めて睨み付けてくるが、ミルトスは抑揚のない淡泊な声でそれを切り捨てる
たとえ禁忌の存在であろうと、灯が全霊命として最強の一人に数えられる存在であるのは疑いようがない。レイラムの神格で正面から倒すことは不可能だろう
「ですから、私も助力させていただきますだけです。――神器起動〝裏因果〟」
「――!」
厳かに紡がれた言葉に、灯が息を呑むのと同時にミルトスの身体から漆黒の風が吹く
だがそれは、嵐のように激しいものではない。まるで草を揺らすそよ風にように弱いその黒風は、それ自体が破壊力や殺傷力を持っているとは感じさせないものだった
「参りますよ」
「――ッ!?」
静かにミルトスが呟いた次の瞬間、その存在が自身の間合いに入り込んでいるのを見て、灯は驚愕のあまりに目を見開く
「なっ――!?」
(花霊輪牙が反応しない!?)
いつの間に間合いに入り込まれていたこともだが、ミルトスが携えていた槍の刃が自身の首筋にまで迫っているというのに、自動で防御を行う羽衣型の常時顕現武器が全く反応していないことに灯は戦慄を覚える
「灯様!?」
ミルトスの槍が横薙ぎに一閃され、真紅の血炎の欠片が天を舞うのを見て、霞が叫ぶように声を上げる
そんな霞の動揺を衝くように神形達が襲い掛かるが、琵琶から伸びて天力糸がその動きを妨げて、回避の隙を作り出す
「――っ」
そんな霞の視線の先では、紙一重で首筋の薄皮一枚を斬られたに過ぎない灯が空を水平に飛びずさり、ミルトスから距離を取る
交わしきれなかった斬撃でつけられた首の傷から血炎を立ち昇らせる灯は、追撃をかけるでもなくその場に足を置いて空に佇むミルトスに険しい視線を向ける
「私の初撃を躱すとは――さすがは天上界王といったところですね」
灯の鋭い眼差しをその身に受けるミルトスは、淡白な声音で一言そう呟くと振り抜いた槍を構えて静かに口を開く
「私に宿る神器『裏因果』は、闇の主神の一柱である『黒影神・エクリプスが持つ特性の欠片です
その能力は一言で言えば〝影〟。つまりは認知しえない因果。影がすべからく全てのものに付き従うように、この神器はその距離を無にし、知覚されることはない。――いかに自動でその身を守る武器であろうと、あなたに触れる影まで阻んだりはしないでしょう?」
不敵な笑みを浮かべて言うミルトスの言葉は、軽い声音とは裏腹にその強大な力の重圧となって灯に伝わってくる
ミルトスが持つ神器「裏因果」は闇の神位第五位の五柱の一角をなす影と蝕の神「黒影神・エクリプス」の力の欠片。
影とは光あるところにあまねく存在し、この世にあるものに必ずある実在しない因果。あらゆるものから影が生じるように、その神器はその対象の影となり、影が触れても誰も意に介さないようにその死を知覚から外す
先程の一撃も灯は紙一重で回避して見せたが、本来はあの斬撃を攻撃として認識できないのが常。ミルトスの一撃を攻撃と認識し、回避しただけで驚嘆に値することなのだ
「――私の攻撃はあなたにとって攻撃とはならない。ですがその攻撃は、当然あなたの命を奪うだけの力があるのですよ」
涼やかな面差しを崩すことなく花唇を開いて静かに言葉を紡いだミルトスがそう告げ終えた瞬間、その存在は当然のように灯の背後へと移動していた
「っ!」
本来二人の神格の差を考えればミルトスの動きに灯が反応できないなどということはない
だが、日に照らされたものに影が生じるように、神器裏因果の力を発現したミルトスは、さながら影のように指定した対象に移動することができる
影のようにそこにあるという神速を超越したその移動は、意識しない限り自らの影を捕えられないように、さしもの灯も寸前まで反応することができない
移動と同時に攻撃されないのは、それが移動を含めた行動ではなく、位相における事象的干渉であるべき位置を変化させているために、動作が付与できないからだろう
当然のようにそこに在るために、知覚に一切反応しないミルトスの神速の斬撃が灯を捉え、刃に注がれていた神能が炸裂して天を震わせる
「……!」
しかし、槍による一撃を撃ち込んだミルトスは、自身が放った斬撃が灯の肌表面で受け止められているのを見止めて息を呑む
小さく目を瞠るミルトスが生み出したすきを逃さず、灯は辺り一面を埋め尽くす天力の烈光をもう一つの武器である剣に込めて解放する
灯が放った天力の斬閃が天へと昇る様な光となり、そこに込められた最強の天上人の力と意志が天上界に破壊の力を顕現させる
「……っ」
その一撃に呑み込まれて尚、力任せに清浄な光から逃れて飛びずさったミルトスは、その身に纏う霊衣を焦がす端整な眉をかすかにひそめる
「体表面に結界を展開するとは、さすがは守りに長けた天上人、いえ天上界王様といったところですね。それに――」
斬撃が命中する瞬間、その接触面となる肌に密着するように瞬時に結界を展開して防ぎ、反撃を行ってきた灯に、ミルトスは掛け値なしの賞賛の言葉を送る
この対処法が思いついても、並の全霊命ではミルトスの攻撃を攻撃として認識できないために意味を成さない。それができるのは灯の卓越した神格と戦闘センスがあればこそのものだった
そしてさらに灯は自らの天力を発動させ、その身体を光で染めあげる
「やはり、気付きましたか」
自らの身体を輝かせ、その名の通り〝灯り〟となった灯を見据えたミルトスは、感情の見えない瞳を抱く目をわずかに細めて淡泊な声を向ける
「あなたの力が影なら、そんな影ができないようにすればいいのです。あなたが影なら光で消し去ってしまえばいい――そういうことでしょう?」
その視線に答えるように、自らを輝かせた灯が静かな声音で応じる
ミルトスの持つ神器「裏因果」には灯が指摘したような欠点がある。影は光があればこそ生じるものだが、光を受ければ消えてしまうものでもある。同様に闇の中にも影は存在できず、そうすることによってもその力を著しく阻害することが可能になる
それは、神の完全な能力を持たない神器であるが故の欠点の一つだった
「それと、おそらくあなたの移動には時間に対する縛りがあるはず。一度その神器の力で移動すると一呼吸分ほどの間を置かないと再び使えませんよね?」
「さぁ、どうでしょうか」
加えて、その神器の持つもう一つの欠点を予測して言う灯に、ミルトスはその表情を崩すことなく淡泊な声音で応じる
(さすが、見抜いてきますね)
灯が言うように、影の力を利用した存在の位相移動は連続で使えない。本来ならその一撃で相手を仕留められるのだから欠点にもならないが、裏因果に対応できる灯にはそれが露になってしまう
たった数合のやりとりで自身が持つ神器の力に対応し、対処してきている灯に内心で感嘆しながら、ミルトスは槍を構える
「ですが、それで私と裏因果の力の全てを見抜いたと思っていただいては困りますよ。それに――」
そう言って視線を動かしたミルトスにつられ、警戒しながらもそちらへ意識を傾けた灯が目にしたのは、光の力に対する極めて強い耐性を持つ神形に圧される天上人達だった
天力の攻撃がほとんど聞かず、圧倒的な数を以って責めてくる神形達に攻撃を受けて血炎を上げる民達に、天上人の王である灯は息を呑む
「あなた一人でこの軍勢は捌ききれないでしょう?」
「っ!?」
傷つく民達に一瞬気を取られてしまった灯がミルトスの声で我に返った瞬間、その眼前には神形の一体が出現していた
「っ!」
「影の因果を利用して移動できるならその逆も可能であるのが道理というもでしょう?」
それを見て反射的に剣を振り抜き、神形を両断して消滅させた灯の眼前に、位相を移動して出現していたミルトスが槍を振るう
影の因果を利用した、相手の許へ移動できるならば、自らを影として本体となる〝もの〟を呼び寄せることが出来るのも道理
それを用いて灯に隙を作り出したミルトスの槍が一閃し、羽衣の自動防御が発動しないその攻撃が灯を捉えるのだった
※
「天上界王!」
それを見ていた堕天使王ロギアは、小さく声を発すると苦々しげに歯噛みし、その視線を自らが相対する敵へと向ける
そこにいるのは、両刃の大剣と身の丈にも及ぶ大盾を構えた白い騎士鎧を思わせる姿をした神形――「クレメウス」だった
漆黒のマントを翻らせ、神速で肉薄してきた白騎士の斬撃を己の武器である槍刀で受け止めたロギアは、その力に任せて黒い光を解放する
かつて最強の天使であり、全霊命として最強級の力を有するロギアが放った堕天使の神能――〝光魔力〟が迸り、白騎士を呑み込んで天を穿つ
神格を帯びた純然たる意思の下に放たれるその力は、世界に滅びを顕現し、相手の神格を滅ぼすための力が収束されたものだった
本来なら、〝特級〟である白騎士でさえ一撃で滅ぼすことすらできるはずの黒い滅光。――しかしその直撃を受けたクレメウスは、それをなんら意に介することなく通り抜け、その剣をロギアに向けて振り下ろす
「――ッ!」
力強いその斬撃を寸前のところで受け止めたロギアは、そのまま世界で最初に堕天使となったことで変じた漆黒の翼を広げ、闇に染まった光の流星群を撃ち込む
自身が放った闇光が炸裂し、夜空を塗り替える純黒の力の波動となって解放されるのを見ながら後方に飛びずさったロギアは、その中から姿を現したクレメウスが一切攻撃を受けていないのを見て取って険しい視線を向ける
「防御系の能力かとも思ったが、違うな。――力を等しくする神器か」
最も神に近く、最も強い存在の一人であるロギアの攻撃で並の全霊命が無傷でいられるはずはない
それを確かめるために放った黒光の流星が生み出した結果を見て取ったロギアは、クレメウスが持つ神器の力を読み取る
「ほう。さすがは堕天使王だな」
その言葉を受けたクレメウスは、賞賛の言葉を送ると共に左手に持っていた大盾を見せつけるようにする
「そうだ。これが、我が神器『没神汎神』の力だ」
神器の力は知られたところで容易に対処できるものではない。隠し立てをする意味もないことと、白騎士自身の性格も相まって自らの力を見抜いて見せたロギアに、自身が持つ神器について答える
「全霊命が持つ神能は、我らの存在そのもの。故にその力が我ら自身を傷つけることはない。
この神器は、その理を形としたもの。この盾は相手の存在の根源まで読み取り、全く同じものとすることで攻撃を完封することができる」
神能は全霊命そのものであり、その力で自分自身を傷つけることはできない
クレメウスが持つ神器「没神汎神」は、その理が具現化した神器。自身の存在を相手のそれと等しいものとすることで相手の神能を完全に封殺することが出来るのだ
「……なるほど」
その力を使ったからといってクレメンスがロギアと等しい光魔力を得るわけではない。しかもロギアの攻撃を受けなくなったからといって、クレメンスの攻撃もが効かなくなる訳でもない
没神汎神は、自らの存在が相手の存在に等しいという事象のみを発現させる神の力の欠片。――故にお前の攻撃は自分には効かないと暗に告げるクレメンスの言葉に、漆黒の光を纏う黒槍を構えたロギアは冷淡な眼差しを送るのだった