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魔界闘神伝  作者: 和和和和
天上界編
271/305

天躙の軍






 天上界王城から遠く離れた空。光と時空を超える神速を持つ全霊命(ファースト)がそこに向かって飛んでも永遠にたどり着くことが出来ない天頂に輝く月の光が、世界という枠を超えて降り注ぐ空に、空間を越えてやって来た面々は、眼前に広がっている光景を見て息を呑む


「これは……」


 慄くように声を零した天使シャリオの眼に、天上界王城を包み込むようにして存在している半透明の球体膜が映る

 水泡を思わせるその空間は天上界王城全体を包み込んでおり、それぞれの内側と外側を空間的に隔離しているのがその場にいる者達には知覚できていた


 十世界からやってきたのは、天使シャリオ、そしてそのチームメイトである堕天使ラグナ、十聖天の一人にしてマリアの実母である「アリシア」

 雪のように白い髪をした天上人「北斗」が率いる十世界に属する天上人の軍勢と、少し前に大貴との決着のために十世界を抜けた紅蓮だった


「姫や覇国神様の危惧した通りということですね」

 それを見たアリシアがその眼差しに険を乗せると、苛立ち混じりに舌打ちをした紅蓮が、全霊の魔力を込めた太刀をその膜に叩き付ける

「――チィっ」

 純然たる破壊の意思が込められ、それに従って神格の許す限り森羅万象、概念の全てを滅ぼす一撃が撃ち込まれるが、泡のような半透明の膜はその力でさえ微塵も揺るがない

 渾身の斬撃が全く通じないその膜に歯噛みした紅蓮は、神速の斬撃を魔力の波動を絶え間なく叩きつけるが、やはりその結果は同じこと

「やめろ。無駄だ」

「……大貴との戦いを邪魔しやがって」

 シャリオの鋭い声に刃を止めた紅蓮が、その膜の向こうにいる焦がれてやまない好敵手を幻視して言い捨てるのを聞きながら、アリシアは静かに思案を巡らせる

「やはり、これは空間を隔離して干渉を封じる結界ですね。姫に連絡してお尋ねしたのですが、覇国神様が呼び寄せようとした堕天使達が外の世界から入ってこれずに立ち往生しているそうです」

 思念通話で簡潔に現状を説明したアリシアは、愛梨から得た情報を簡潔に伝える

「破壊することはできないのですか?」

「少なくとも、全霊命(私達)の力では困難でしょうね。神器ならば――」

 シャリオに訪ねられたアリシアは、その結界に手をかざして光力を発現するも、それが実を結ばなかったのを見て静かに告げる


 自身の力で空間を開こうとしたアリシアだったが、全霊命(ファースト)として最高位の神格を持つ原在(アンセスター)であるその身を以ってしてもこの結界を通ることは不可能だと証明されただけ

 ならば、他にどんな手段を用いてもただの全霊命(ファースト)がこれをどうにかすることはできない。可能性があるとすれば、神の力――愛梨が持つ神器などしかない


「不可能だ」


「!」

 しかし、その言葉に響くように返された声に、その場にいた全員が驚愕を顔に張り付けて、弾かれたようにそれが聞えた方向を見る


 そこにいたのは、いつ現れたとも知れない漆黒の衣に身を包んだ一人の男。鼻から下を黒い布と牙のような装飾がついた黒い面で隠し、額部分だけの銀兜からは天を向いて曲がる二本の白角が生えている

 その隙間から除く双眸には瞳がなく、それがその人物が覇国神に列なる戦の眷族であることを雄弁に物語っている

 手と足を黒い装甲で覆い、肩から垂れる二枚のマフラーのような衣と腰から垂れる服の裾を翻らせるその存在は、こうして直視しているというのに見失ってしまいそうな希薄さと、生きている限りまとわりつく死の匂いを思わせる不気味さを兼ね備えていた


「『襲撃者(レイダー)』……様」

 知らぬ間に突きつけられていた刃のような不気味さのあまりに、忘れかけていた敬称を付け直したアリシアは、その人物――円卓の神座№9「覇国神・ウォー」が神片(フラグメント)七戦帥(セブンス・ウォー)」の一角「襲撃者(レイダー)」の名を呼ぶ

 そこに込められた警戒心などに気付いていながらも、襲撃者(レイダー)はそんなことは意にも介さず、眼前に存在する半透明の球体を見据えて声を発する

「我が力を以ってしてもこの中には入れぬ上に、中を見通すこともできん。これはおそらく、奴自身(・・・)が展開しているものだ――このあたりは、かの神の得意とする(・・・・・・・・・)ところだからな」

 戦神の眷族の中で潜入や諜報に特化した能力を持ち、死神と同じく神能(ゴットクロア)を知覚されない特性を持つ斥候(スカウト)の頂点ともいうべき神片(フラグメント)である襲撃者(レイダー)の言葉に、それを聞いた全員が息を呑む

 神位第六位の神に等しい神格を持つ襲撃者(レイダー)が言うならば、神器でも破ることができないという証。それはつまり覇国神か反逆神の力を借りなければ中へ入れないという事実の証明でもあった

「なんとかなるのか?」

「ラグナ……?」

 それが言い終わるが早いか、響くように聞こえた声にシャリオはその眉を顰めて怪訝な眼差しを向ける

 問いかけの声の主はラグナで間違いない。だが、その声は微かに震えており、それはまるで溢れださんばかりの感情を抑え込んでいるかのようだった

「――ッ!?」

 だが、この状況でなぜラグナがそのような反応を見せるのか分からない。普段淡泊な反応を見せることが多いラグナの激情に疑問を覚えたシャリオは、その横顔を見てかける言葉を失っていた

 そしてそれはシャリオだけではなく、同じチームで行動していた紅蓮はもちろん、アリシアや北斗たち天上人も同じだった


 眼前に立ちはだかる半透明の結界を睨み付けるラグナの瞳には炎のように燃え上がる感情が浮かんでいるかのよう。

 そこに宿っている感情は読み切れないが、怒りや憎悪、殺意といった強いものが絡み合い、そしてその中に一抹の悲しみが垣間見える

 強く唇を噛みしめ、砕けんばかりに強く拳を握るラグナは険しい形相で結界を睨み付け、感情のままに溢れださんとする黒光を懸命に抑えつけているようだだった


「……けた」

「?」

 ラグナの激情に気圧されている面々の前で、そんな視線など意にも介さないとばかりにラグナの口から激情に震える声が零れる


「やっと見つけた……!」


「クハハハハッ」

 ラグナの表情に誰もが一瞬言葉を失った時、真っ先にその沈黙を打ち破ったのは、他ならぬ紅蓮の嬉々とした笑い声だった

「いいね。スカした野郎だと思ってたが、そんな顔もできるのかよ! いや、違うな。そっちがてめぇの本性だろ」

 ひとしきり笑い終えたところでその笑みの余韻のある表情でラグナを見据えた紅蓮は、機嫌がよさそうに

語りかける

 これまで平静な表情に押し隠されていたラグナの本心と激情を目の当たりにしたことで、これまで抱いていた拒否感を親しみへ転換した紅蓮は、口端を吊り上げて不敵な笑みを向ける


「いいぜ。丁度行く先が同じなんだ。俺が道を開けてやる」


「!?」

「紅蓮?」

 神器や神片(フラグメント)の力を持って突破不可能だと判明したばかりだというのに、自信に満ち溢れた様子で告げた紅蓮の言葉に、表情の伺いづらい襲撃者(レイダー)を除くその場にいる全員が怪訝な表情を向ける

 そんな一同の訝しげな視線を受けながら瞼を伏せた紅蓮は、その思念を魔力に乗せて語りかける

(思念通話? だが誰と……?)

 それを見たシャリオは紅蓮の行動の意味を考えるが、それに対する答えは出ない


 順当に考えるならば、この結界を破壊できるのは覇国神か反逆神だけになるのだが、出かける前のやり取りから考えるに期待はしづらく、能動的に協力してくれるとは思えない

 よしんばそうだったとしても、あれほど紅蓮が言い切るような根拠は得られないはずだ。シャリオを筆頭に同じ疑問を抱く面々の視線を受けながら、紅蓮はその思考の中で相手に語りかけていた


「――一度も二度も同じだろ? 一瞬でいいんだ」


 相手が渋っているのか、口端を吊り上げて誰の耳にも届くように口を開いて嗤った紅蓮は、相手に向かって言葉を続ける

「それに、俺はこれが最期(・・)なんだ。あんた達の駒になってやるんだから、そのくらいの懐の深さを見せてくれよ――」

 淡々と紡がれるその声は、どこか達観したような物憂げな響きを帯びており、まるで弔辞を読み上げているかのよう

 そうやって「誰か」に語りかける紅蓮は、祈りとも挑発とも取れる声音で最後の言葉を紡ぐ


「〝カミサマ〟」


 その言葉が発せられた瞬間、まるで契約が結ばれたと言わんばかりに紅蓮の背後の空間が裂け、そこから漆黒の闇が溢れ出す

「っ、この気配は……」

 紅蓮の呼びかけに応えて現れたどこまでも黒く深い闇を目にした十世界のメンバーは、それを知覚して表情を凍てつかせる

 その闇が何なのか、ほとんどのものは分からない。だが、そこから感じられる力にこの場にいる全てのものが恐怖のあまりに身体を小刻みに震わせる


「この力は……あなた、まさか――!」


 そしてこの中でこの力が何なのか、()のものであるのかを理解したのは、創世の時代から生きてきた天使の原在(アンセスター)――十聖天の一人である「アリシア」のみ

 その力を知覚したアリシアは、今にも逃げ出したくなる意思と身体を懸命にその闇の前に留めながら、紅蓮へ視線を向ける





『進軍せよ』


 己の存在に列なる眷属にして自身が作り出した存在でもあるユニット――「神形(エスタトゥア)」の一人、白い騎士を介して告げた円卓の神座№4に名を置く異端神「文明神・サイビルゼイト」の声と共に、天を覆いつくすほどの軍勢が一斉に鋼の翼を広げる


 一部の半霊命(ネクスト)文明が作り出した機械仕掛けの人形「ロボット」やゴーレムなどを彷彿とさせる生物とはかけ離れた無機的な存在感を持ち、全身鎧を纏った騎士を彷彿とさせるそれらは、鋼の翼を広げてその神能(ゴットクロア)を発現させていた

 この世界で唯一、全霊命(ファースト)を創造できる文明神の力によって生み出されたそれら〝神形(エスタトゥア)〟は、機械の様でありながら生命であり、生命体でありながら命を持たない。にも関わらず、存在の力である世界最強の霊格「神能(ゴットクロア)」を備えた存在だ


「来るぞ、油断するな!」

 それを見た天上界王補佐「邑岐(おうぎ)」が声を上げると同時に、天上人達がその力である天力を解放し、大貴もクロスやマリア、リリーナと共にその力を解放する

「くそ、やっぱこうなるのかよ」

 自身の力たる光闇の黒白――「太極(オール)」の力を解放し、太刀を握り締めた大貴は、今まさに開かれた戦端に小さく舌打ちをする


「当然だ」


 その声に答えたのは、一瞥を向けてフィアラ、デュオス、ザフィール、オルク、カトレア、ロザリアを

動かした堕天使の王「ロギア」だった

 その一声で大貴の意識を自身へと向けさせたロギアは、軽く空を仰いで天を覆いつくすほどの大群をなす全く同じ姿の機人型、金髪の少女と銀髪の美女、白い騎士の姿をした神形(エスタトゥア)を瞳に映す

「文明神は、性質としては反逆神と覇国神に似か寄った神だ」

「――!」

 ロギアの口から告げられた言葉に息を呑む大貴の傍らに、漆黒の翼を広げて移動してきたロザリアが王その言葉を引き継ぐようにして言う

「文明とは、ある意味において、世界の理に背いて知恵あるものが作り出すもの。そして文明を得たものはある業の理を背負うことになります――即ち〝戦争〟の宿命を」


 ロギアとロザリアが言うように、「文明神・サイビルゼイト」は「文明」を司る神。そして文明とは、自然の理とは違うものを、知恵あるものがその理から逃れんとするために作り出すという意味において神の在り方に逆らう反逆神の意義に近しいものがある

 無論、文明によって作り出された文化も法も、弱肉強食や生々流転、生者必滅といった世界を支配する神の理を逃れることはできない

 そのため、反逆神のような神への敵対というよりは、自然の中で分岐した自然とは異なる形での繁栄と評した方が適切なのだろうが、自然にあるものに抗うという点において反逆神のそれに近似した概念を内包していることは事実だ


「文明を得るということは、文明同士の戦い――つまり、〝戦争〟を行うようになるということ。捕食や生存のための闘争ではなく、相手の文明とそこに属する者を殺すべく戦う意志を得るということでもありますから」


 そして、文明を得ればそれと同時に必ず「戦争」を手に入れることになる。

 自然界で主流となっている個体同士、あるいは群れを代表した者同士の「闘争」とは異なり、国家、都市、信念、そういった単位でまとまった者達が、それと異なる同じものに集った者達と戦うのが「戦争」

 戦える者も戦えない者も等しく敵とし、相手の国土や領域(縄張り)を標的に行われる戦争は、文明を得たものに必ず課せられる対価だ


 それはもちろん全霊命(ファースト)も同じ。信念を掲げ、知恵を得たものは自分が寄るべとする〝世界〟のために、それと異なる世界と戦う〝戦争〟の業をその身に負うことになる

 文明神もまた然り。そして文明が持つ「戦争」という一面を持つが故に、今この場に自らの眷族の「軍勢」を揃え、その意思を貫くべく戦闘を始めたのだ


「そろそろ、話は終わりだ。我々も討って出るぞ」

 一言、二言言葉を交わし、ごく短い時間で文明神という神の性質を理解したであろう大貴を一瞥したロギアは、漆黒の翼を広げると迫りくる神形(エスタトゥア)の軍勢を見据えて言う

「――〝ウェストリア〟!」

 堕天使の神能()である闇に染まった光――「光魔力」を解放したロギアは、その力を自身の戦う形としてその手に具現化する

 黒光が収束して顕現したのは、漆黒の刃と金色の装飾を持つ槍。漆黒に染まりながらも、どこか神々しさすら感じさせるその武器を携えたロギアは、天を覆いつくす神形(エスタトゥア)へと向かっていく

「オオオッ!」

 黒槍の一閃と共に、闇色に染まった純黒の光が閃き、全霊命(ファースト)として最高位にある神格の力が神形(エスタトゥア)を呑み込み、その存在を跡形もなく消滅させる

 全霊命(ファースト)と同等の力をB持つ神形(エスタトゥア)達は、その攻撃を防ぐべく結界のような衝撃を展開するも、ロギアの黒光はそんなものなど存在しないかのように終極を振りまいていた

「これが、ロギア様の……」

 かつて最強の天使だった者の隔絶した力を目の当たりにしたリリーナが息を呑む中、漆黒の翼を広げたロギアがそこから数えきれないほどの光の流星群を放つ

 神速で奔る黒光は縦横無尽に天を翔け、まるで意志を持っているかのように神形(エスタトゥア)の軍勢に炸裂して、極大の爆発を引き起こす

「――っ」

 天地を無に帰さんばかりの黒い力の波動と、そこに込められた純然たる意思を知覚して目を細める大貴の傍らに、漆黒の翼を広げたロザリアが寄り添って来る

「あなたは私が守ります――〝アーロルメギスト〟!」

 厳かに紡がれた言葉と共に、ロザリアの手に金色の装飾が施された漆黒の大弓が顕現し、その装飾に備えられていた隼を思わせる鳥が羽ばたく

 一見装飾にしか思えなかった黒隼はまるで命を得たように空を舞い、たおやかに差し伸べられたロザリアの手へ降り立つ

「…………」

 自分を光魔神へと導き、天使から堕天使となったロザリアに寄り添われた大貴が少し困惑するなんか、その手に止まっていた黒隼が翼をはためかせて天空へと昇っていく

 それを見送るよりも早くロザリアが自身の武器である弓を構えると、金色の鏃を備えた矢が具現化して暗く眩い光魔力を引く


 ロギアとは別方向から向かってくる神形(エスタトゥア)に標的を定めたロザリアは、黒光を纏った矢を放つ

 空を裂く澄んだ音と共に放たれた黒光の矢は、速度と距離を超越する神速を以って神形(エスタトゥア)に肉薄し、その結界に突き刺さって破壊の衝撃をまき散らす


「さあ、行ってください」

「!」

 凝縮された黒光の炸裂による破壊の力と、純然たる戦意が世界に発現して生じさせた衝撃に髪を揺らしてた大貴は、ロザリアの声で我に返る

 左右で黒と白の色の割合が違う黒と白の翼を広げ、太極の力を纏った大貴は、その神格が許す速さの限りを以って神形(エスタトゥア)へと肉薄し、全霊を込めて太刀を振るう


 全てが例外なく同じ姿をした神形(エスタトゥア)は、それを見るなり自身の眼前に神能(ゴットクロア)を凝縮した障壁を展開して大貴の斬撃を防御する姿勢を取る

 光と闇を等しく備えた太極の黒白が障壁とぶつかり合い、力の火花を散らすがそれも一瞬のこと。いかなる力とも共鳴し、己のものとして取り込むことができる太極の力がその威を振るい、障壁に込められた神格が大貴のものへと取り込まれていく


「オオオオッ!」

 気迫の声と共に太極の刃が振り抜かれ、共鳴された力が太極と一体となって神形(エスタトゥア)を薙ぎ払う

 本来不可侵のはずの自身の神格が付与されたその力は、神形(エスタトゥア)の守りを突破してその存在をことごとく滅ぼす


 ある者は太極に呑み込まれ、ある者は破壊されて機械で形作られたようなその身体が神能(ゴットクロア)の粒子へと還っていく


 だが、それで神形(エスタトゥア)の軍勢の動きが止まることはない。ある者は神能()を刃とする剣を顕現させ、ある者は砲身の長い銃を形作り、様々な武装を以って大貴に迎撃を仕掛けてくる

 ガトリング砲のような砲身から放たれる神能()の弾丸による弾幕をかいくぐり、それすらも太極の光闇に絡めとり、自身の力へと変えていく大貴は、それを束ねた黒白の渦波を斬撃と共に放って神形(エスタトゥア)の軍勢を薙ぎ払う


「私も負けていられませんね」

 そんな大貴の戦いに微笑ましげに目を細めたロザリアは、表情を引き締めて大貴と共に戦場に舞う黒隼に意識を向けると、自身の武器である弓から再び矢撃を放つ

 瞬間、本来放たれるはずだったその矢はロザリアの手を離れると共に消失し、大貴と共に飛翔する黒隼の口から出現し、神形(エスタトゥア)の頭部を射抜く

「――! こいつ、矢を呼び出せるのか」

 それを見た大貴は、自身の並飛する黒隼を一瞥し、ロザリアの武器の一部としての能力を理解する

 その視線で一度ロザリアを見た大貴は、それに気づいて穏やかな笑みを浮かべる堕天使から目を離すと

共に神速で肉薄してきていた神形(エスタトゥア)の刃を太極の力を纏わせた太刀で受け止める


「へぇ、あれが光魔神の太極(オール)かぁ」


 そんな大貴の戦いを見ていた金髪の少女――「リオラ」の言葉に、傍らに立つ白い騎士を彷彿とさせる出で立ちをした「クレメウス」が低い男声で答える

「全ての力と共鳴、同化し、相手の力を己のものにする力。我らが神が欲する〝力〟だ」

「――やはりいかに未覚醒とはいえ、円卓の№1を持つかの神を抑えるのは厳しいですね」

 鎧面のクレメウスが告げる言葉に、肩までの長さで切りそろえられた銀色の輝髪をなびかせる美女――「ミルトス」が涼やかな声音で応じる

「そうだね。やっぱ〝衆級(デーモス)〟には任せておけないね。私達、〝特級(アリストス)〟が出ないと」

 眼下で戦闘を繰り広げる全く同じ姿をした者達の戦いを見てそう告げたリオラは、その双眸で大貴を見据えて口を開く

「クレメウスは堕天使王をお願い。光魔神は私が、それ以外の堕天使はミルトスが相手して。あとは無視して(・・・・・・・)おいて大丈夫でしょ」

 同じ神に列なる軍勢と戦うこの世界の支配者たる天上人を冷めきった瞳で一瞥したリオラの言葉に、これまで腕を組んで微動だにせずにいたクレメウスがそのゆっくりと動き出す

「わかった」

 組んでいた腕をほどき、その身に纏う黒の衣を翻したクレメウスが抑制された声で堕天使王ロギアを見据えると、大貴を見て口端を吊り上げるリオラにミルトスが顔を向ける

「姉さん一人で大丈夫ですか?」

「当たり前でしょ。しっかり光魔神を捕まえて、それで文明神様に褒めてもらうんだから」

 姉妹でありながら自分より豊満で大人びた身体つきを持つ妹の言葉に頬を膨らせたリオラは、この戦いに勝利し、自らの創造主である神に褒められる自身の未来を思い描いて大貴を見据える


「神器起動・『神切(ジーン)』!」


 リオラが発した殺意に反応したのか、神形(エスタトゥア)の大群と切り結ぶ大貴が視線を向けるのと同時、少女の姿をした神形(エスタトゥア)は華やかな声で宣言する


 その声に答えるようにリオラが差し出した手の平の空間が開き、そこから少女の身の丈にも等しい長さの刀身を持つ両刃の剣が顕現する

 刀身と柄を縁どる装飾は輝かんばかりの金色。水晶のようになった金色の刀身の内側には白の小星を浮かべる黒が存在しており、まるで夜空を内包しているかのよう

 その刀身と柄の金色の装飾には紋様とも文字にもみえるものが刻まれれおり、剣の柄をリオラが握ることでそこに刻まれた字紋が青く輝く


「……ッ!」

「いっくよー!」

 それを見止めた大貴が息を呑むのと同時、自らが呼び出したその剣を手にしたリオラは、空を蹴って飛び出す

 その神格に比例した神速を以って大貴に肉薄したリオラは、手にした大剣を最上段から力任せに叩き付ける


 最上段から叩き付けられたリオラの金色の剣の一撃を、大貴はこれまでそうしていたように、太極の力を注ぎ込んだ太刀で迎撃する

 この世の全てと繋がり合い取り込むことができる光と闇を等しく内包する黒白の力が刀身に刻まれた文字を青白く輝かせるリオラの剣とぶつかり合い、その力を相殺させて純然たる意思による破壊の力によって天地を軋ませる


「な……っ!?」

(俺の力がかき消されてる!?)

 一瞬だけ拮抗した次の瞬間、自身の太極の力が徐々にリオラの持つ金色の剣に押され、斬り裂かれていくのを見て大貴は驚愕に目を瞠る

 金色の装飾に刻み付けられた紋字を青く輝かせた金色の剣は、あらゆる力に共鳴し、同化して取り込むことができるはずの太極の力の干渉すら退けていた


「なんのために私達がここに送り出されたと思ってるの?」


 自身の太極(オール)の持つ力が無効化されていることに狼狽する大貴の様子を嘲笑うように声を発したリオラは、金色の剣を握る手に力を込めて力任せに全てを取り込むはずの黒白の力を斬り伏せていく

「私の『神切(ジーン)』は、神を殺す(・・・・)能力が具現化した神器。神だけが神を殺せるように、この力はあなたの太極(オール)の力も無力化できるのよ」

「――っ」

 太極の力さえも斬り伏せる剣の神器を手にしたリオラの勝ち誇ったような言葉に、それを受け止める大貴は険しい表情で歯噛みする


 リオラの神器「神切(ジーン)」は、「神だけが神を殺すことが出来る」という神理の欠片であり、そのための力を持つ剣だ

 この世の頂点である神の力〝神力〟は神能(ゴットクロア)の上位互換であり、その特性はほとんど同じ。

 その神格が許す限り力を発揮するその力の干渉を相殺し、神による世界の改変、破壊と創造を殺す神が持つ神を殺すための力が大貴の太極を斬り裂き、その特性さえをも封じていた


「だからさぁ、さっさと諦めて私にやられちゃってよ!」

 力と存在に共鳴し、その力さえをも取り込む太極を無効化し、その刃を大貴へと迫らせながらリオラは嬉々として口端を吊り上げる

「く……っ」

(共鳴ができない。これじゃあ、コイツの力を利用できない……!)

 剣の神器によって太極(オール)の能力を封じられたことで、神器と共鳴することで神の神格を得ることができない大貴は、小さく歯噛みする


 サンクセラムに力を貸した文明神が標的としているのは、神器「神眼(ファブリア)」と「光魔神(大貴)」。

 そしてその目的を遂行するために最も効率のよい相手を遣わせるのは当然のこと。リオラとその神器「神切(ジーン)」は、今の大貴にとって天敵といえるほどに相性の悪い組み合わせだった


「させません」

「――!」

 瞬間、天を舞って飛来してきた黒隼からロザリアの放った矢がリオラへ向けて射出される

 それを知覚したリオラは、その場で身を翻して矢の一閃を回避すると、その動きに合わせて流れる金色の髪の隙間からロザリアを見据えて睨み付ける

「邪魔しないで!」

 攻撃を邪魔された不満のままに言い放ったリオラは、神殺しの剣に自身の神能(ゴットクロア)を注ぎ込み、斬閃と共に斬撃の波動として放出する

 それを迎撃するべくロザリアは二本目の矢を弓につがえて放つが、漆黒の光を帯びたそれはリオラが放った金色の斬撃とぶつかり合った瞬間、打ち消されてしまう

「――!」

 自身の力が込められた矢が軽々と破壊されたのを見て目を瞠り、漆黒の翼を羽ばたかせたロザリアが斬撃を回避するのを見て、大貴は険しい表情でリアらを見る

「なるほど、神の力だけじゃなくて普通の神能(ゴットクロア)にも有効ってわけか」

神能(ゴットクロア)なんて、半分神の力に足を突っ込んでるようなものだからね。全霊命(ファースト)の力が神格(・・)っていうことはそういうことでしょ?」

 神を殺す力を持つ剣が太極(神力)だけではなく神能(ゴットクロア)に対しても同様の効果を発揮することを理解した大貴に、リオラはその黄金の剣を手の中で弄びながら答える


 全霊命(ファースト)は〝神から最初にうまれたもの〟であり、この世で最も神に近い「神のユニット」。であるからこそ、その存在を「神格」として表す

 神器「神切(ジーン)」の力は、神を殺すことができる神の理。それは、神が同格の神の神力の影響を一定範囲無力化し、抗うことができることの証左そのもの。――ならば、その力が神能(ゴットクロア)に対して有効であることに疑う余地はない


「ミルトスとクレメウスが終わらせる前にこっちも終わらせないとね」

 神を殺す理が具現化した金色の剣を再び握り直し、あどけないその表情に冷酷な殺意を浮かべたリオラの言葉に、大貴とロザリアは緊張を高める

「なに?」

 ここには自分達以外に天上人、堕天使達が集まっている。中でもそれぞれの全霊命(ファースト)の祖である原在(アンセスター)の中で最強を誇る「堕天使王ロギア」と「天上界王灯」がいる

 たとえ圧倒的に数の上での有利があろうと、神片(フラグメント)を持たない文明神の眷族が容易に勝利できるはずはない。だというのに、まるでもう勝利を確信しているかのようなリオラの口調に大貴とロザリアは疑問を禁じ得なかった


「あのさぁ。私は光魔神(あんた)に対して有利な力を持ってるからここに派遣されて来てるんだよ? なのに、ここにいるであろう連中に対して文明神様がなんの対策も持ってないとなんで思ってるの?」

「――ッ!」

 口端を吊り上げ、嘲笑めいた口調で言うリオラの言葉に、大貴とロザリアは息を呑み、弾かれたように視線を向ける


 リオラが神の力を殺す神器()を持っているように、文明神は自身の目的を果たすべく、厳選した存在を送り込んでいる

 ならば、当然大貴以外の存在(・・・・・・・)への対策を行っていてもおかしくはない。リオラに言われてその事実に気付いた大貴とロザリアの視線の先では、まさにその最悪の想定が現実の光景となっていた


「オオオッ!」

 天上界王補佐を務める天上人「邑岐(おうぎ)」の武器である三又の刃を持つ龍爪槍から輝く天力の奔流が渦となって放たれる


 全霊命(ファースト)のみに許された純然たる意思によって指向性を与えられた天力は、向かい来る敵を薙ぎ払うべくその意思を事象として顕現させる

 神格によって顕現するその力は滅びの概念そのもの。事象も世界も神格が許す限り望むままに攻撃し、破壊することができる


 ――はずだった。


「ぐ……っ!」

 だが、その天力の光撃が直撃したにも関わらず、文明神の眷族たる神形(エスタトゥア)達は、全く傷を受けることなく、それを力任せに突破してくる

 全くの無傷というわけではないが、ほとんどダメージらしいダメージを受けていない神形(エスタトゥア)邑岐(おうぎ)は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる

(なぜだ! なぜ、攻撃が効かない!?)

 神能()の光で形作られた刃を持つ剣を手に肉薄した来た神形(エスタトゥア)の刃を三又の龍爪槍で迎撃し、その力に弾かれて後ずさった邑岐(おうぎ)は、背後から迫る別の神形の攻撃を紙一重で回避し、肩口につけられた傷から立ち昇る血炎に眉を顰める


(――いや、それだけではない)


 傷から生じる痛みにわずかに顔を歪めた邑岐(おうぎ)は、剣をライフルに持ち替えた神形(エスタトゥア)が放つ攻撃を天力の結界で防ぎながら、その瞳に天を焼く純白の極光を映す


 邑岐(おうぎ)が見る光は、純白の翼を広げたマリアがその武器である長杖から放った光力の極撃によって引き起こされた浄滅の輝き

 しかし、その光の中から現れた神形(エスタトゥア)達は、その周囲に半透明の青い板状の障壁を展開しており、マリアの光撃を完璧に防ぎ切っていた


「クロス!」

「オオオオッ!」

 その隙をついて神速で飛来したクロスが全霊の光力を注ぎ込んだ大剣で横薙ぎの一閃を叩き付けるが、神形(エスタトゥア)の障壁はその一撃でさえ微塵も揺らぐことはない

「っ、なんだ、こいつら!?」

 自身の力が全く効かないことに舌打ちし、純白の翼を羽ばたかせて神形(エスタトゥア)達の砲撃をかいくぐりながら、天へと舞い上がる

 しかしその瞬間、天を切り裂くように黒翼刃を持つ円環が飛来し、神形(エスタトゥア)の障壁に激突し、そこに込められた黒光の衝撃を以ってその体勢を崩させる

「ムゥン!」

 三つの刃を持つ円環がブーメランのようにして一撃を見舞うと、そこへ黒翼を思わせる刃を持つ斧槍が叩き付けられ、神形(エスタトゥア)を肩口から袈裟懸けに斬り裂く

「やはりそうか」

 自身の一撃で神形(エスタトゥア)を両断した堕天使――「ザフィール」は、その鋭い目を顰めて険しい表情を浮かべる


「気を付けろ! こいつらは、光の力(・・・)を著しく減衰させるぞ!」


「――!?」

 神形(エスタトゥア)を一体斬り捨てたザフィールが声を上げると、灯をはじめとする光に属する者達が驚愕に目を瞠る




「――ずうぅっと、昔。文明神様は、ある天使の女を捕まえたの」


 堕天使を除けば、天上人、天使によって構成された者達が圧されている様に息を呑む大貴とロザリアに、神殺しの神器剣を携えたリオラが口端を吊り上げながら語りかける


「そいつは真の神器。つまり、〝神〟をその内に宿す女だった。そして文明神様は、長い年月を経てそいつの中に眠っている神の力の一端を取り出すことに成功したの」

 リオラの口から紡がれるその言葉は、明るく華やかな声音とは裏腹に不気味な響きを帯びて大貴とロザリアの耳朶に響く


「その神の名は、『輝望神(きぼうしん)・レガリア』。闇を払い光を灯し束ねる光の神力〝希望(ホープ)〟を持つ神よ

 その力や能力を取り出したわけじゃない。けれど、光の神からすれば、光力や天力なんて光の内に入らないでしょ? あいつらは、その光の神の加護を受けているの」


 大貴達に絶望を与えるべく、リオラはその口から光の存在を追い詰める神形(エスタトゥア)達が持つ力を懇々と告げる


「分かる? つまりあいつら(・・・・)の〝型式(シリーズ)〟は、光の力をほとんど無力化できるのよ」








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