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魔界闘神伝  作者: 和和和和
天上界編
270/305

釈きむれし者達






 天空に迸る無数の爆発が天上界の夜天を鮮やかに染め上げるのを見た天上界王灯は、その爆発を作り出した張本人へ視線を向ける

 そこに佇んでいるのは、弓型の剣と琵琶のような楽器型の武器を手にした天上界王相談役「霞」。自身が生み出した天力の爆発でその姿を照らし出される霞の静かで冷たい眼差しに、灯は思わず息を呑む

(霞のこんな顔、初めて見ました)

 普段から穏やかに微笑んでいた記憶ばかりの霞が、戦闘の際に見せる凛とした面差しに驚きながら、灯は同時に胸の奥がくすぐったくなるような感覚を覚えていた

 霞がそんな顔をしてくれているのは、自分を守るため、そして自分を貶める者達に怒ってくれているからだ


 光と闇の全霊命(ファースト)の間に生まれた〝最も忌まわしきもの〟である自分に対して、霞はいつも優しく、姉のように、母のように――家族のように感じられる

 天上人からも白い目で見られる中で、温かな心で接してくれる霞は、灯にとって心の支えであり、よりどころでもあるのだった


「気を抜いては駄目ですよ。この程度で倒せるほど易くはないですから」

 自身の横貌を見ていた灯に気付いたのか、空を見上げながら霞が静かな声音で語りかけてくる

「はい」

(そうです。守られてばかりいるわけにはいきません。私は天上界王なのですから)

 天上界に弓を引かれたこともそうだろうが、自分のためにも怒ってくれる霞の温かさを感じながら、灯は自らも霞を守りたいと願って視線を戻す


「く……ッ」


 そしてそれを待っていたかのように、天力の爆発の中からそれに呑み込まれていた光の存在達――この世界から闇を滅ぼすことを望む〝サンクセラム〟に属する者達が姿を見せる

 霞が自身の天力で構築された糸で拘束し、それを炸裂させて生じさせた爆発の直撃を受けたサンクセラムの光の存在達は無傷というわけにはいかず、身体の至る所に焦げ跡や傷を負っている


「追撃の手を緩めるな!」


 光の存在は、その力を以て自身や他人を癒す力に長けている。回復の間を与えないためにも、霞が先制して生み出した天力の爆発から逃れたサンクセラムに、邑岐(おうぎ)が咆哮と共に天力の波動を放つ

 自身の武器である三又の刃を持つ龍爪槍から純然たる滅意に染め上げられた天力の波動を放った邑岐(おうぎ)が狙うのは、サンクセラムの中心人物たる天使「レイラム」だった

「させるか!」

 しかし、そこに割り込んで邑岐(おうぎ)の天力波を相殺したのは、頭上に光輪を浮かべたグラデーションのかかった山吹色の髪の男だった

 萌黄色の双眸を輝かせ、その手に携えた三日月斧(バルディッシュ)のような形状をした武器を携えたその人物を見据えた邑岐(おうぎ)は、顔をしかめる


「――〝威蕗(いぶき)〟」


「久しぶりだな。邑岐(おうぎ)。まだ、そんな奴に忠誠を誓っているとは、恐れ入ったよ」

 自身の名を呼ばれた山吹色の髪の天上人――「威蕗(いぶき)」は、灯を睥睨した瞳に嫌悪の色を浮かべて嘲るように邑岐(おうぎ)に言う

「貴様こそ、かつてこの世界で一軍の指揮を任されるほどの立場だったにも関わらず、法も理も無視したそのような集団に身を落とすとは、呆れ果てて物も言えん」

「ハハッ、そんな奴に忠誠を誓う世界にいるよりはずっとマシだ。――分からないのか? そんなものを王として祭り上げた時点で、お前達もこの世界もこの世界に生きるものとしての矜持を捨てた様なものなんだよ」

 サンクセラムに属する威蕗に軽蔑の眼差しを向ける邑岐(おうぎ)に対し、最も忌まわしき者を王として戴く天上界を蔑む言葉が返される


 威蕗は、サンクセラムに属する前は天上界で一つの軍を任されるほどの立場と実力を兼ね備えた天上人だったが、最も忌まわしき者である灯を王とすることに反対し、天上界を去った人物だった

 灯が即位した当初は渋々ながらも反抗心を露に従っていたが、その王としての器を見限って離反し、サンクセラムに属することになった背景がある


「分かっているはずだ。その女は王の器じゃない。いくら力があるからといって、そんな奴を王として仰ぐなど俺にはできない」

「灯様の王としての器が分からんとはな」

 決して交わることのない平行線の意見をぶつけ合う邑岐(おうぎ)と威蕗は、それぞれの武器に天力を漲らせて、神速で肉薄する

 その神格に比例した神速で肉薄し、三又の矛と三日月斧がその刃を打ち合わせると、二人の天力が相殺され、天を揺るがす衝撃が奔る

「この世にあるまじき存在を認める気か!? あの女はこの世界から排除するべきものだろうが!」

 義憤に燃える瞳と声で純然たる意思で染め上げられた三日月斧を振り抜いた威蕗の力に、邑岐(おうぎ)はわずかに体勢を崩す


 光と闇の全霊命(ファースト)の間に子供は生まれない。本来愛情すら生まれるはずがないというだけで忌むべきことだというのに、天上人と鬼の間に生まれた命が、この世の理に準じたものであるはずはない

 いかに原在(アンセスター)の力を持っていようと、この世の正しさのためにも灯を生かしておくべきではないのだ


「そうだ。だが、灯様を王とするために、世界の条理を否定するのではない! それを受け入れた上で私はあの方を王と定めたのだ!」

 追撃のために振り下ろされた威蕗の三日月斧を横薙ぎに打ち払った邑岐(おうぎ)は、砕け散った天力の燐光を瞳に映しながら、空中に収束した天力の光球から砲撃を放つ

 その言葉を肯定しつつも、灯こそが天上界の王に相応しいと確信する邑岐(おうぎ)の天力砲を、結界障壁で阻んだ威蕗は、定めたものを浄滅させる光の奔流を凌ぎ切って三日月斧を握る手に力を込める


「残念だよ。お前が王の代行のままだったら、こんなことにはならなかっただろうに」


 冷たい視線で睥睨する威蕗の三日月斧の刃に、邑岐(おうぎ)が振るった三又の矛の刃が接触し、眩い光と衝撃波を巻き起こす

 その戦いの横では、それをすり抜けて迫るサンクセラムの光の軍勢と、天上界の天上人が至る所で激突し、その衝撃によって生じる戦光の星を夜天に煌かせる

「邪魔だ!」

 その中を一条の閃光となって通り抜けるのは、サンクセラムのリーダーたる天使「レイラム」。他と比べて優れた神格を有する光愛の天使は、その純白の翼を羽ばたかせて標的たる天上界王灯へと迫る

「ぐ……ううッ、俺の力が取り込まれて……!?」

「――っ!」

 この世で唯一光と闇を等しく備える神能(ゴットクロア)――〝太極(オール)〟の力でサンクセラムの光の力全てを同一化し、自身の力として取り込んで制圧していた大貴は、灯の許へと向かうレイラムを知覚の端で捉えて黒白の力を解放する

「待て、光魔神」

「!」

 しかし、それを寸前で呼び止めたのは、この戦いに参加することなく一歩退いた位置で見ていた堕天使の王「ロギア」。

「どういうつもりだ?」

 かつて最強の天使だった堕天使の王は、左右非対称色の瞳を向けてその意図を問い質そうとする大貴に向けて、不敵な笑みを返す

「助太刀は不要だ。彼女は天上界の王。あの程度の輩に後れを取ることはない」

 その視線の先では、純白の大槍刀を携えた天使レイラムが、その神格に比例した神速で世界の理を超越して灯に迫っていく

「無礼な方ですね」

 それを冷ややかな視線で見据えた天上界王相談役「霞」は、弓型の剣と琵琶を携えて灯を守るべくその力を振るわんとする

 しかし、その霞を手で制したのは、他ならぬ灯自身。小さく目を瞠る霞に微笑みかけた灯は、自分へと迫るレイラムを仰ぐように顔を上げる

「オオオッ!」

 ただその場に立ち尽くす灯へと肉薄したレイラムは、全霊の光力を込めた純白の大槍刀を最上段から力任せに振り下ろす

 敵と定めた全てをことごとく滅ぼす聖なる滅光を纏わせたレイラムの大槍刀がなにもせず立ち尽くしている灯へと迫り、そして次の瞬間硬質な音を立てて弾かれる

「――ッ!」

 自身の神格と純然たる戦意の全てを込めて放った斬撃を易々と弾かれたレイラムは、砕け知った自身の光力の欠片が粒子となって世界に溶けていくのを視界の端で捉えながら、灯を守るように踊る薄桃色の羽衣を睨み付ける


 灯が纏っている薄桃色の羽衣は常時顕現型の武器。自動で灯を守り、その気になれば攻撃にも転じられる攻防一体の衣だった

 その力によって攻撃を弾かれたレイラムを静かに見据える灯は、自身の手に収束した天力を一振りの剣として顕現させると、その刃を閃かせる


「――ッ!」

 灯の剣に宿った天力の持つ神格と、それが発するであろう破壊の力を知覚して顔をひきつらせたレイラムは、全ての光力を以って結界を展開しながら、その斬撃の軌道から力任せに逃れる

 瞬間、天を裂いて奔った天力の斬閃に結界を両断され、掠めた光で傷を負ったレイラムは、肩口から吹き上げる血炎を一瞥して忌々しげに吐き捨てる

「腐っても天上界の王か……!」

 距離を取り、間合いを図って滞空したレイラムが先程受けた傷に治癒の光を灯すのを先程から一歩も動くことなく見据える灯は、剣の切っ先を下げて口を開く

「降伏してください」

「――ッ」

 静かな声で呼びかける灯の言葉に、レイラムは音が出るほどに強く歯を食いしばり、憐れなものを見るようなその瞳に義憤の眼差しを返す


 レイラムも決して弱くはない。むしろ、全霊命(ファースト)の中でもかなり上位の神格を誇っている。だが、それでも相手が原在(アンセスター)と同等の神格を持つ灯の前では、その力の差はあまりにも厳然としたものだった


(忌まわしき者が……ッ)

 そして、その事実がさらにレイラムの怒りを加速させることになる


 この世界で唯一光と闇の全霊命(ファースト)の間に生まれた存在である灯は、その母親――先代天上界王にして、天上人の原在(アンセスター)「八光珠」の中で最強を誇った「綺沙羅」と全く同等の神格と力を有しているのだから

 そんなこの世の理として生まれてはならない存在が世界で最も強い光の力を持っていること。それこそが、光の存在と力を尊ぶサンクセラム――レイラムにとって何よりも許しがない光への冒涜だった


「天上界の民達よ。貴様らは、斯様な王の下にいて恥ずかしくないのか!?」


「いいえ」

 怒りと苦悶に顔を歪め、声を上げたレイラムに神速で肉薄した霞は、天力を注ぎ込んだ弓剣を叩き付ける

 その一撃を純白の大槍刀で受け止めたレイラムの動きを予測していた霞は、反対の手に持っていた琵琶を持ち替え、その胴の部分で横薙ぎに殴りつける

「灯様は誇るべき王です」

「――ッ!」

 自身の天力を糸として織り成し、力を伝達させる以外に、霞の持つ琵琶はそれ自体が盾、さらに槌のような武器としても機能する、複数の武器の特性を合わせ持つ複合型の武器

 弓剣と対を成す琵琶の一撃を瞬間の反射で受け止めたレイラムは、その接触の隙に光力の砲撃を至近距離で叩き付けてその隙に離脱する

「く……ッ」

 純白の翼を広げて態勢を整えたレイラムは、先に自身が放った光力の砲撃を琵琶を盾にして無傷で凌いで見せた霞の姿に苛立たしげに舌打ちをする


『苦戦しているようだね』


「――!?」

 その時、突如響いた中性的な声に、その場にいた全員が視線を向ける

 大貴達、天上界、堕天使たち、そしてサンクセラムのメンバーまでもの視線を集めたのは、天空に出現した門の中から現れた一人の人物だった

「あれは……?」

 左右非対称色の瞳を抱く目を細め、険な眼差しを向ける大貴の目に映ったのは、空に開いた門から現れた数人の人物だった


 一人は金色のロングヘアに漆黒のドレスを纏い、天真爛漫な笑みを浮かべた十代前半といった印象を抱く外見を持つ少女。

 一人は肩までの長さを持つ輝くような白銀の髪に、白を基調としたスーツと着物の中間にあるようなデザインの衣を纏った女性

 そして三人目は、白を基調とした全身鎧を纏った騎士の如き姿を持つ人型。その背には光背を思わせる装甲と鋼の翼が備わり、黒を口調としたマントを翻させている


「ロボット……?」

「違う。文明神のユニット〝神形(エスタトゥア)〟だ!」

 それを見て、思わず口から零れた率直な感想を零した大貴に答えたクロスは、空から現れた二人の女性と一機に視線を向けて歯噛みする

(しかも、あの外見からみると特級(アリストス)か)


『助力をさせてもらおう、我らが同胞サンクセラム諸君』


「その声、文明神(サイビルゼイト)か!」

 この場にいる全員の視線を集めながら微動だにしない三人の神形(エスタトゥア)の内の一人である白騎士のような人物から発せられた言葉を聞いたレイラムは、その声の主に思い至って声を上げる

「――! あれが……!?」

「違う」

 それを聞いた大貴やクロスといった者達が怪訝に眉を顰めると、堕天使の王たるロギアが創世の時代から知る知識で答える

文明神(サイビルゼイト)のユニットである人形は、あいつ自身――その知覚と繋がることができる。つまりあいつらは文明神が俺達と接触するために差し向けた代行者。文明神自体は、あれを介して声を届けているに過ぎない」

「道理で。神の力を感じないはずだ」

 天の門から現れた三体の神形(エスタトゥア)から目を離さず、ロギアの説明を聞いた大貴は事情を理解して呟く

 現れた三人からは、以前円卓の神座と繋がった時に感じた底知れない神格を知覚することができない。最強の異端神である円卓の神座にしては弱すぎる神格もそれならば合点がいく

「うわ。なにかとても失礼な事を言われた気がしたわ。バラバラにしてやろうかしら」

「落ち着いてください姉さん。まだ文明神様(マスター)の話は終わっていません」

 そんな大貴のやり取りが聞えていたのか、金色の髪の小柄な少女が眉を顰めて不快感を露にすると、それを銀髪の美女が窘める

(姉妹……しかも、どう見ても年上に見えるあっちが妹なのか。全然似てないような気がするけど)

 老いも寿命もない全霊命(ファースト)にとって外見と実年齢など無関係だが、金髪の少女と銀髪の美女は姉妹というにはあまりにも見た目が違いすぎ、何よりその神能(存在)の質が違いすぎた

(なるほど。こんな強硬姿勢に出たのは、かの神と同盟を結んだからですか)

 そんな新たなる闖入者たちの様子を観察していたリリーナは、突然のサンクセラムの行動の理由を読み取る


 いかにサンクセラムが闇を滅ぼさんとする光の意思を掲げる者達が集まって集団とはいえ、勝てない相手に正面から戦闘をするほど愚かではない。

 実際そういう者達の集まりならば、とうの昔に闇の世界のいずれかに攻め込んでいただろう。今回サンクセラムが灯を滅ぼさんと天上界に攻め込んできたのは、その勝利の目途がたったから。――即ち、何らかの目的の下に文明神との協力関係を築くことに成功したからだと考えれ辻褄が合う


(北斗からの報告の通りですね。悪い予感というものは的中するものです)

 時を同じくして文明神ゆかりの三人を見据える霞は、北斗から思念通話で受け取った情報が最悪の形で的中したことに目を細める

(ただ、問題はかの神がなんのためにサンクセラムと手を組んだのか、ですね。文明神は間違っても彼らの思想に同調するような神ではないはず――)

 サンクセラムと協力する文明神の目的を思索する霞の視界に、天に開いた門から人型の人形――そのユニットである神形(エスタトゥア)の軍勢が姿を現す

「――なんて数だ」

 思わずこぼれたクロスの言葉が示すように、門から現れた神形(エスタトゥア)の軍勢の数はそれこそ桁外れ、下手をすれば数万、あるいは数十万にもなるほどだった

衆級(デーモス)……!)


 その姿は文明世界で用いられることのある「人型機械」を彷彿とさせるもの。先に現れた三人の内金髪と銀髪の姉妹とは全くかけ離れた外見をしており、強いて言えばもう一人の人型に近い

 二つの目に金属製の身体。鎧のような装甲に背には鋼質の翼を備えた文明神の軍勢は、全てが同じ姿をしており、機械の様でありながら生物のような存在感を持ち、そして全霊命(ファースト)と同等の神格さえを備えていた


『――さて。あらためて名乗るのも面映ゆいところではあるが、我が名は〝文明神・サイビルゼイト〟。そしてここにいるのは、私が手塩にかけて作り上げた軍勢である』

 全くそんなことは思っていないであろう白々しさすら感じさせる声音で、最初に現れた姿の違う三人の内の一人である白い騎士を介し、文明神(サイビルゼイト)が語りかける

『我々は、貴殿らが我が要求さえ呑んでくれるのであれば攻撃をする意思はない。やはり互いに無益な犠牲は避けたいところではあるからな』

「どの口で……っ」

 どこか芝居がかったような声音で話す文明神の言葉に、邑岐(おうぎ)は胸中に湧きあがる憤りを押し込めるように歯噛みする

 「要求を呑まなければ攻撃する」と暗に示唆しながら、無益な犠牲は避けたいなどという言葉を吐く文明神のそれは、実際に宣戦布告にさえ近しい脅迫だった


『我が要求は二つ。一つは神器神眼(ファブリア)の譲渡。そしてもう一つは、光魔神(エンドレス)だ』


「――っ!」

 天を覆いつくす軍勢を見せつけ、示威と共に武力行使も辞さない意思を示した文明神が告げたその要求に大貴と周囲の者達が息を呑む

「何のために? 光魔神はまだしも、今まで貴様が神眼(ファブリア)に興味を示したことなどなかったはずだ」

 そんな中、一人冷静さを損なわずにいるロギアは、天に浮かぶ代行者を介してその向こうにいる文明神に問いかける


 最近復活した光魔神はまだしも、神器「神眼(ファブリア)」が人間界に安置されていた頃、文明神がそれを欲して行動したことなどなかった

 加えて今、世界は存亡の危機に瀕しているかもしれない。明日訪れる奏姫の力でその原因を突き止めるためにも神眼(ファブリア)を渡すわけにはいかない


『優先順位が違っていただけだよ。だが、今は事情が変わったのさ』

 そんな至極当然とも思えるロギアの問いかけに、文明神は白い騎士を介して、肩を竦めていることが見えるような声音で応じる

『光魔神。君が生きていると分かった今となってはね!』

 演技をしているのか、素なのかは分からないが、声を張り上げて嬉々とした感情が宿った声音で言う文明神の言葉が、白い騎士から響く

 その向こうで踊っているのではないかと思えるほどに感情の高鳴った文明神の声とは裏腹に、場の空気はどこか冷たさを増しているかのよう

「――」

(文明神っていうから、もっとインテリっぽい性格かと思ってたら、全然違うな。こいつどこまで本気なんだ……?)

 場の空気や言動によって生じる感情の機微など意に介していないかのような文明神の言葉に苛立ちさえ募らせる大貴は、太刀を握るその手に無意識に力を込めてしまう

 「文明神」――その名の通り、〝文明〟を司る神であるその名を聞いた段階で、研究に没頭する学者のような性格を無意識に想像していた大貴は、予想を裏切るその性格に困惑しながらも、その真意を見抜けない不気味さに警戒を強める


『君達も知っての通り、私は神片(フラグメント)を持たない神だ。だが、代わりに私は唯一この手で望むままに我が眷属達を作り出すことが出来る』

 腕を組んだ直立不動の姿勢を崩さない白騎士を介して語りかける文明神の声は、その感情の昂ぶりも相まって強烈な違和感を以って響く


 円卓の神座№4「文明神・サイビルゼイト」は、全ての神の中で唯一、自身のユニットを無限に精製することが出来る

 人間が新たに光魔神から生まれないように、神から新たな原在(アンセスター)が生まれてこないように、通常神々は一度ユニットを生み出したならば、その後新しくユニットを生み出すことはできない

 繁栄型ならば、生まれたユニットたちが自らの力で繁殖し、繁栄していくのを見守っているだけであり、欠片型(クオリア)ならば、一定数を維持することしかできない

 だが、文明神だけは自らの手で(・・・・・)自身に列なるユニット「神形(エスタトゥア)」を生み出し続けることが出来る。――ただし、その代償として神の神格を持つユニットたる神片(フラグメント)を生み出すことはできないが。


『文明とは作り上げるものであると同時に、世界の理を識り、それを利用し、世界の在り方を拒み、共有され発展するもの。

 たとえ神器であろうと、その力を使えるように調整した神形(眷属)を作り出すことが出来る――ここにいる三人のように!』

 嬉々とした感情に彩られた文明神の声が、その発生源である白い騎士と金髪の少女と銀髪の美女を示しているのは明白

 まるで自慢するように、自らの傑作たる神形(エスタトゥア)の三人を紹介した文明神の言葉に、大貴はその意味を理解して息を呑む


 世界にある理や定理の下に技術が成立するように、文明とは世界を構築する理ぬ乗っ取り、それを利用することで自然とは異なる叡智を世界に顕現させるもの

 自然物を加工して金属などを作り出すように、文明とは「第二被造」――無から生み出すのではなく、今あるものを理によって変質させて別のものへと変化させる――創造を司る概念。


 それを司る文明神は、その理に従って世界に最初からあり、世界を構築する「神」の力に干渉し、それを引き出すことが出来る存在の性質を持つユニットを作り出すことが出来る

 神威級神器や神そのものの力を使うことはできないが、文明神はその力を持って神器の能力を利用することが可能なのだ


『よって! 神に約束された被造の力に列なる他の神々とは違い、新しくそれとは違うものを作り出せる私こそ、この世で最も絶対神に近い異端神といえるだろう』

 自ら断定し、言い切った文明神の自信に満ちた言葉が白騎士を介して放たれ、その行動を促す意思の根幹にあるものを明らかにする


 自然にあるものから異なるものを被造することで生まれる文明を司るが故に、文明神はあらゆるもの――神能(ゴットクロア)に等しい神格を持つ眷属を〝創造〟することさえできる

 その力は、確かにある意味で世界を創造することであり、この世界を創造した絶対神の成したこと次ぐといえるかもしれない


『ならばこそ! 私こそがこの世界を総べる新たな絶対神となるべきだ! 神のいなくなったこの世界で、私が絶対神に代わる存在となり、この世界を創りあげるのだ』


 力強く自らの野望と目的を宣誓した文明神の言葉が――あまりにも単純で、あまりにもありきたりな野望という願望が、それを聞く者達の耳朶を叩く

 文明とは世界に自らの世界――都市やコミュニティを作ること。自然の条理とは異なる人の意思によって作られた法約によって管理されたそれは、神ならざるものによる創世の模倣だ


『文明とは、絶対神が世界に託した想像の〝種〟。それを拾い集め形にできる私こそが、絶対神の後継としてこの世界を管理するにふさわしい! と、そうは思わないかな?』

 加工や技術、霊の力の法則に則って自然界から人工物を生成し、世界に定められた理の中で自分達の文化を創造する〝文明〟を司る神として、サイビルゼイトはこの世界を自らの創造の下に収めるべく、大貴達をはじめとした全員に語りかける

「――よく言う。要は、この世界を自分の実験場にしたいだけだろう」

 だが、その言葉に対してロギアの冷ややかな言葉が返される


「我達はもう神を必要とはしていない。我らが我らの意思と力で世界を育んでいくことにこそ、意味があるのだ」


 文明神の言葉に偽りはない。自らが絶対神に代わるものとなるというその意思は、絶対神に及ぶ力を手に入れんと欲する開発や研究といった探求の衝動に根差した文明の衝動といえる

 だが、だからこそ、それを受け入れることなどできない。この世界はすでに神の手を離れ、そこに生きる者達の意思によって歩み出している


 確かに絶対神を筆頭とする光と闇の創世の神々から完全に脱却しきれているとは言えないが、それでも神に寄るばかりではいられないのだと誰もが知っている

 各々の種族が作り出した世界も、その幸福も繁栄も、あるいは憎悪や敵さえもが、神の手を離れた者達が作り出した、「この世界の〝文明〟」なのだから


『素晴らしい! そう。それこそが〝文明〟! 世界、国家、種族――その数だけある神の手を離れた者達が作り出す〝世界創造(ワールドメイク)〟だ!』

 この場にいる者達の意志を代弁するかのようなロギアの言葉に感銘を受け、文明神が白い騎士の向こう側から歓喜に彩られた言葉を叫ぶように紡ぐ

 文明を司り、その全てを愛するが故に、今ある文明の全てを尊ぶ文明神の恍惚とした声がその喜びを謳っていた

『だからこそ、私があまねくそれらを束ねる神になろう! 絶対神に及ばずとも、この世界を預かり、創造を繰り返しながら、生み出された者達の更なる文明の発展を見守らなければならない!』

 その言葉に陶酔したように答える文明神は、過去の文明、今の文明、そして発展し、派生していく全ての文明へと思いを馳せて自らの成すべきことを再確認するように言葉を紡ぐ


『そしてそのためにこそ、君の力が必要なのだよ、光魔神』


「!」

 興奮冷めやらぬまま弾むように放たれた呼ばれて身構えた大貴に構わず、文明神は白い騎士の向こうで演説するように語る

『自分以外全てのものと同調し、それを自分のものとできる〝太極〟の力! それがあれば神器とすら共鳴し、〝神に等しいもの〟さえも作り出すことができるはず!

 神格(力と能力)が必要なのだ! 神片(フラグメント)を作り出せない私が、自らの限界を超え、そして全霊命(ファースト)でも神でも、異端神でもない、それに等しいものを生み出すためにも!』


「――っ!」

(そうか。大貴の力で神器と共鳴して自分の創造の力の神格そのものを底上げする気か)

 力強く宣言した文明神の言葉を聞いたクロスは、大貴がこれまでの戦いで神器と共鳴したこと、それによって神位第六位(神の神格)を得ていたことを思い返す


 大貴――円卓の神座№1「光魔神・エンドレス」の神能(ゴットクロア)である〝太極(オール)〟は、この世界で唯一、光と闇の両質を持つ神格の力

 その名の通り、〝(オール)〟であるその力は、相手の力に共鳴し、自分のものとしてしまうことが出来る。そしてそれは神器でさえ例外ではない


「そんなことが……」

「いや、実際に実現できるかどうかは分からない。だが、可能性があるのならあいつはそうする。――あれはそういう神だ」

 その口から語られるこの世に存在しない神を生み出す計画に息を呑んだ大貴に、クロスの言葉が飛ぶ


 神器――欠片とはいえ、神の力とすら共鳴できる太極の力を使えば、文明神は自身の神格の限界を超えて〝神〟の領域にあるものを創造できる可能性がある

 無論それはやってみなければわからないし、どれほどの時間を要するのかも判然としないこと。だが、それが文明神の歩みを止めることなどありはしない。

 何故なら、無為に終わるかもしれない研究を重ね、失敗と試行錯誤を繰り返すこともまた文明を発展させるための重要な事柄であり、文明神が司るものなのだから


神眼(ファブリア)を求めるのは、その研究のためか」

『然り。この世界の全てを識ることができる神器の力を使えば、世界の成り立ちを知り、あまねく全ての文明を知り、そしてその全てを我が叡智として私の私による私だけの文明世界――〝神天地〟を作り出すことができる』

 そしてそれと同時にもう一つのものが持つ意義について理解したロギアに、文明神は厳かにさえ聞こえる声音で肯定する

「そのために、サンクセラムを利用したのだな」

『利用というのは人聞きが悪い。君たちも知っての通り、私には監視がついているのでね。下手に自分で動くことが出来ないから、互いの利益のために協力関係を結んだのさ』

 その目的を理解し、それに対する非難めいた的な感情を抱きながら唾棄するように言い捨てた邑岐(おうぎ)の言葉に、文明神は素知らぬ声音で応じる

 とぼけているようでもあり、本気で言っているようでもある神位の計れないその声にレイラム、そしてサンクセラムの光の存在達も複雑な表情を浮かべているが、文明神とその眷属の力を当てにしている彼らは沈黙を守ったままそのやり取りを見守っていた


『光魔神。神が作りたもうたこの世界で、私が絶対神とは違う新たな絶対神となる力を貸してもらいたい――返答はいかに?』


 自らのユニット「神形(エスタトゥア)」の一人である白い騎士から手を差し伸べられるように向けられた文明神の言葉に、大貴は手にしていた太刀の切っ先を向ける

「聞くまでもないだろ」

『……そうか。できれば実力行使は避けたかったのだがな』

 光と闇が同在する黒と白の太極の力の奔流が大貴から噴き上がり、そこに込められた純然たる戦意を知覚した文明神は、心底残念そうな声音で呟く

『リオラ』

「はーい」

 自らの神である文明神に呼びかけられた金髪の少女が、その双眸を爛々と輝かせながら、危機感のない声で応じる

『ミルトス』

「は」

 次いで名を呼ばれた銀髪の美女が抑揚のない事務的な声音で応じる

『クレメウス』

「ははッ」

 そして最後に白騎士の名を呼んだ文明神は、その外見に相応しい忠義を感じさせる声音を聞きながら、三人に命令を下す


『進軍せよ』





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