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魔界闘神伝  作者: 和和和和
天上界編
260/305

この世界について






 九世界の一角を成す天上界。その中核をなす天上界王城の内部空間は、いくつかの領域に分けられており、その中に様々な環境を内包している

 そんな領域の一つ――かつて天上界の人属半霊命(ヒューマレイス)である天上界人が暮らしていた都市群を内包した空間にある天を衝くかつて庁舎として使われていた建物が、今回大貴達が滞在している場所だ


 そして、そのビルの中層にある一室を使うことにした大貴は、会議室を思わせる長テーブルと椅子が並んだ部屋で窓の外に顔を向けながら神妙な顔を浮かべていた

 霊的な力を用いる技術がある天上界人達の建造物は、長い時間風雪に晒されても朽ちることはなく、まるで今この瞬間も人が暮らしているかのよう



《――隠し立てをする意味はなさそうですね》


 まるで時間から切り取られたような印象を受けるその一室に座っていた大貴は、意識の中に返ってきたその声を受けて、左右非対称色の瞳を抱く目に剣呑な光を抱く


 大貴の思考に返ってきたのは、九世界の一つ「人間界」を総べる女王、人間界王「ヒナ・アルテア・ハーヴィン」の声

 かつて光魔神が作り出した至宝至宝冠(アルテア)によって人間の神(大貴)と通じ、世界の隔たりを越えて尚言葉を交わすことができるその声が、大貴の意識に厳かな声音で語りかけてくる


《光魔神様のお考えの通りです。九世界の各王の方々は、世界の歪みの元凶とされる神魔様を危険視しております。無論、私も例外ではありません》

 意識の中に伝わってくるヒナの言葉に耳を傾ける大貴は、自分の推測が肯定されると、窓の縁に乗せた拳を軽く握りしめる


 先程天上界を訪れた際、大貴達に接触してきたのは、天界からの使者。天界最強の天使である四聖天使の一人「ノエル」。

 そして彼女が告げたのが、その身に神を宿す〝神器〟たるマリアを天界へと帰還させ、その命を奪うことでその内側に封じられた神を解き放つという計画だった


 マリアの身に宿るのは、神位第五位「主神」の神格を有する光の神の一柱「慈愛神・ラヴ」。それほどの神格を持つがゆえに天界に於いて切り札としての意味合いが強かったその力を今天界――九世界が振るうことにしたのは、十世界ではなく世界全てを脅かす元凶とされる神魔を滅ぼすためだという大貴の予測は、今こうしてヒナによって肯定された

 先に滞在していた地獄界において、神魔が神の力の欠片である神器をその魔力のみで圧倒したこと、そしてその力に共鳴したときに感じた〝闇〟が大貴の脳裏に思い返される


「……あいつを、殺すのか?」

 あの時感じたものを考えれば、少なくとも神魔になにかがあると考えざるを得ない。あの名状しがたい滅びの恐怖を思い返した大貴は、その一言を絞り出すのが精一杯だった

《それは分かりません。ですが、それが世界を守るために必要であるのならば、その可能性は除外されるべきではないと考えます》

 そして、そんな大貴の不安など知る由もないヒナは、その声のこわばりをただ仲間を失うことを拒む意思だと受け取った上で、人間界王としての見解を述べる


 この世界にいつの頃からか存在する〝歪み〟。それは、本来芽生えるはずのない異なる存在の間に芽生える愛と、それが結実する混濁者(マドラス)――そして、生まれるはずのない〝最も忌まわしきもの〟である天上界王・灯

 その原因となる歪みの起源が神魔にあり、それを放置することで世界が一層歪んでいくのならば、それを解消するために力ずくで排除する選択は王として考えておかなければならないことだ


「ただ、一つ分からないことがあるんだが、神魔は、昔光魔戦争の後に生まれたって言ってた。でも、歪みはそれよりも前からあるんだろ? それはどう説明するんだ」

《確かに、それは王の間でも多少意見が分かれたことです》

 世界を隔てて思念で通じ合うヒナに語りかける大貴がその疑問を口にすると、それに同意を示す答えが返される


 神魔と世界の歪みについて考えを巡らせていた大貴は、これまで知りえた情報を全て思い返しながら正当性を精査する中で一つの疑問に至っていた

 以前神魔は、地球にいた時に自分を「聖魔戦争の後の生まれ」だと言っていた。同様にマリアは「異神大戦の前の生まれ」と申告している。九世界の歴史では、異神大戦の後に聖魔戦争が起きている。しかもその間の間隔は億や兆では利かない

 つまり、その間神魔が生まれる前から世界の歪みが存在していたことになる。()ならまだしも、今この瞬間に存在していないものが、時空の流れを逆流して過去に介入しているとはさすがに考えにくかった


《結果的には、確かな答えを得ることはできなかったのですが、その情報が真実だと仮定した上で考えるならば、「それができるが故の歪みの元凶」であるか、「その原因となる何かが何らかの形で移動している」――つまり、受け継がれ、継承されている。あるいは、彼こそがその歪みが凝縮して生まれ出た存在そのものではないかという推論が出ています》

「…………」

 思念を介して返されたヒナの答えに、大貴は眉を顰めて思案を巡らせる


 大貴が考えた程度のことなど、九世界の王達も当然考えついている。神魔が世界の歪みの元凶――「全てを滅ぼすもの」であると仮定して考えた場合、最も可能性が高いのが先にヒナが述べた三つの推論だった


 今存在していないにも関わらず、過去に歴史を与えていたが故の世界の歪みの元凶。

 あるいは、世界に歪みをもたらす〝なにか〟は、何らかの方法で継承され、今それを神魔が宿しているという可能性

 そして、世界にあった歪みが長い年月を経て、存在として確立されたものこそが神魔なのだという可能性


 無論、いずれも確証はないが、そうではないことを証明する反証も存在しない。だからこそ、九世界の王は最悪の事態を想定し、神器(マリア)を呼び戻す結論を下したのだ


「つまり、それを踏まえた上での確認ってことか」

《そうなります》

 そこに含まれる九世界の王達の意図までを理解して告げた大貴の独白に、ヒナはそれを肯定する言葉を返す


 九世界の王達からすれば、世界の歪みは今後の世界のことを考えて放置することのできないものであり、対処できるならば早々にしたいと考えている

 しかし、一方的に与えられた情報に踊らされるなど愚の骨頂であるため、今世界の王達は先の推論を検証し、確証としようとしているのだ


「なら、一つだけ確認させてくれ。神魔がその元凶だっていう情報をお前達に教えたのは誰だ?」

 自分の意見では神魔を殺させない根拠とするには弱いことを悟った大貴は、最後に一つ最も疑問に感じていたことを訊ねる


 神魔が「全てを滅ぼすもの」――この世界の歪みの元凶であることを知っている者など限られている。現に、その何者か(・・・)によって情報がもたらされるまで九世界の王達ですらそのことを知らなかった

 ならば、九世界の王達のそのことを押して、見ようによっては世界の情勢を大きく動かしたのは誰なのか。それは、今回の一件を考えていく上で決して無視できないことだった


《――……》


 本来ならそのような重大な案件について、情報が開示されることは期待できない。だが、ヒナ――光魔神(自分)を神とする人間の王である「ヒナ・アルテア・ハーヴィン」ならばそれについて何かしらの答えをくれるのではないかという期待が大貴にはあった

 無論無理に聞き出すつもりはないため、断られればそこで諦めるつもりだったが、ヒナもそんな大貴の思惑までをも読み取って、深い沈黙を返す


 九世界王会議の場において、その情報提供者がどの程度の重要度で扱われ、その発信源をどの程度秘匿するのかという取り決めにもよるが、深い沈黙を守るヒナの逡巡が、それが決して軽いものではないことを雄弁に物語っていた


《――今回、その情報を提供してこられたのは……》


 大貴とヒナの間に深い沈黙と静寂が続き、やがて自身の中で決断を下した人間界王は、その情報をゆっくりと言葉として紡ぎ出す

 それは、決して大貴を慕う一人の女としての決断ではない。これから世界で一致団結して世界の歪みの元凶に対応するためには、詳しい経緯などを知ってもらっていた方が有益だと判断したからだ


《堕天使王・ロギア様です》


「――堕天使王」

 ヒナの口から告げられた情報提供者の名前に、大貴はその左右非対称色の双眸に剣呑な光を灯す


 堕天使王ロギアは、かつて天使の原在(アンセスター)「十聖天」の筆頭であり、最強の天使だった人物。九世界に比肩する力を持つとされる堕天使界を総べる王でもあるそんな人物から情報が持たわされれば、確かにその説得力は高いだろう

 加えて堕天使王ロギアは、以前から世界の歪みの原因を調査するために、自分の手の者を使って探らせていた。そんな人物ならば、何らかの手段で神魔が全てを滅ぼすものであると知りえたとしても疑問はない


《正確には、堕天使王ロギア様の使いとして来られた堕天使の方でした。――たしか、〝ロザリア〟様と》

「――ッ!」

 しかし、次いでヒナから告げられた言葉に、大貴は思わず息を詰まらせる


 九世界王会議の場に現れ、王達に神魔のことを告げたのは、堕天使王ロギアから言伝を受けてきたという堕天使――「ロザリア」だった

 そして、ロザリアといえば、かつて両親と接触した天使であり、自分に光魔神の力を託した人物だと聞いている。予想だにしていなかったところから、思いもよらない人物の名前を聞いた大貴が驚愕するのも当然のことだろう


《大貴さん?》

「いや、何でもない」

 そんな大貴の反応を至宝冠(アルテア)を介して感じ取ったヒナは、それを案じて声をかける

 人間の神(光魔神)としてではなく、大貴へと呼びかけたヒナは人間界王としてではなく、一人の人間の女として遠い世界から想い慕う人へ言葉をかける


《大貴さん》


 厳かに整えた声音で大貴へと呼びかけたヒナは、こうして言葉を交わせる心の距離と乖離した物理的な距離を思いながら声を紡いでいく

《神魔さんのことがどうであれ、今九世界はかつてないほどに大きく動いています。〝九世界(私達)〟、〝十世界〟、〝英知の樹(ブレインツリー)〟――果ては、異端神をはじめとしたそれ以外の勢力までが動いて来ることが考えられます》


 天界が神の器であるマリアまでをも呼び戻す決断を下したのは、「世界の歪み」という不確かなものを巡り、世界がどう動くかわからないからという一面もある

 九世界、十世界、英知の樹(ブレインツリー)――果ては、以前現れた蒐集神のような世界の勢力、存在の動きがまったく想定できないほどに、「世界の歪み」というものは九世界において問題視されていた


《私達も、いつ何時何が起きてもいいように準備を整えております。くれぐれもご注意ください》

「――あぁ」

 一人の人間として自分の身を案じ、世界の王として世界を案じるヒナの言葉に、大貴は抑制のきいた声で応じると、窓の外に広がっている天上界王城内の都市領域の光景を瞳に映す


 だが、その一方でヒナの言う「いつ何時何が起きてもいいように」というその言葉が、何を意味しているのか大貴は理解していた



 即ち、神魔は今この世界に存在するあらゆるものから、危険視される潜在的な〝世界の敵〟として認識されつつあるのだ、と。





 天上界王城内に無数に存在する「玉座の間」。ここは、城内の空間を仕切って無数の環境を内包させた天上界王城の中にあって数少ない〝ただの部屋〟だ

 かつて天上界が戦場となった際、この世界に生きる半霊命(ネクスト)の種を根絶やしにされないために王城内作られた他の空間と違い、ここだけは王の私室にして、謁見の間――徹頭徹尾、王のためだけに作られている


 あえて人工的な城としての内装を施すことなく、蓮花の咲く湖に囲まれた幻想的な世界として成立させているこの玉座の間という空間に座す天上界王・灯は閉じていた瞼をゆっくりと開いて花のような笑みを浮かべる


「お待ちしておりました」

 そう言って微笑みかける灯の視線の先にいるのは、光魔神大貴と天使マリア。――対話を交わすべく集まった者達だった

「下がってください」

 ここまで大貴とマリアを案内してきた天上人「真響(まゆら)」と、自身の背後に控えている天上界王相談役「霞」に声をかけた灯は、二人を下がらせると玉座の役目も兼ねている四阿から軽やかに飛び降りる

 翠金の髪を揺らめかせ、純白の衣と半透明の羽衣を翻らせて地に降り立った灯は、視線を同じ高さとした大貴とマリアに微笑みかける

「このようなところで立ち話もなんですし、場所を変えましょう」

 そう言って歩を踏み出した灯は、この領域を満たす清流と明鏡止水の湖にかけられた龍を彷彿とさせる橋を渡って、大貴とマリアを先導する

「飛んで行ってもいいのですけれど、私はこの風景が好きでこうして歩くのが楽しみなのです。夜の方がきれいなのですが、こうして明るい中で見るのも趣があっていいものですから」

 この空間は霊的な力で拡張されているためにかなり広い。目的地まで空を飛ぶなり、空間を転移する門を作れば移動も容易なのだが、灯はこの景色の中を歩くことを好んでいた


 光を生むような蓮花に、天上界の半霊命(ネクスト)である「天獣」――その一種である蛍を思わせるそれそのものが発光する性質を持つ小さな虫が時折空を舞う様は幻想的で、まるで別世界に迷い込んでしまったような不思議な感覚を抱かせる

 場外の天候を反映しているため、昼のように光が揺蕩い彷徨う湖面の世界をしばらく進んだところで、大貴達はそこに佇んでいる小さな四阿へと案内される


「これは公的なお話ではありません。私は天上界王としてではなく、一人の天上人としてお話させていただきます。

 ですので、光魔神様とマリアさんも話しやすい口調で話してもらって構いません。私はこれが普通の言葉遣いなのでそうさせていただきますが」

 その四阿の中へ入った灯は、大貴とマリアに座るように促して穏やかな声音で語りかける

 四方が吹き曝しになっているが、小さなコテージほどの広さを持っている四阿に入った灯は、手元に空間を開き、そこからポットとカップを人数分取り出してお茶を淹れ始める

「これは、この天上界の香草で作るお茶です。よろしければ召し上がってください」

「いただきます」

 ほんのりと甘い香りを立ち昇らせる香草茶を差し出してきた灯の厚意に、大貴は目礼を返し、マリアは感謝の言葉と共に一口含む

 鼻腔を通り抜ける優しい香りが身体を癒してくれるようなその味を一口堪能した大貴は、その香りが残っているように感じられる口を開いて、今回この場を設けてもらった要件を切り出す


「示門からよろしく伝えてくれって言伝を預かってる」


「そうですか……示門は元気にしていますか?」

 率直に大貴から用件を伝えられた灯は、カップを持つ手を一瞬強張らせて、どこか憂いを感じさせる笑みを浮かべる

「ああ。あっちでうまくやってるみたいだ」

 あまり他人のプライベートを吹聴して回る趣味はないため、椿のことや家族のことを細かく話すようなことはしなかったが、それだけで灯は十分に大貴が伝えようとしたことを理解し、異なる世界にいる闇の全霊命(ファースト)たる弟へと想いを馳せる

「きっと、大きくなっているのでしょうね。もうずいぶん会っていませんが、きっと立派な男性になっているのでしょう」

 そういって微笑ましげな笑みを浮かべた灯は、幼い頃ほんのわずかな時間だけを過ごした最も忌まわしきものの片割れたる双子の弟の幸福を心から祝福して言う

 自身の記憶の中にある遠い日の示門の幼い姿を懐かしみながら目を細めている灯を見据える大貴は、これから伝えなければならないことを思い返して、一瞬だけ表情を硬くする


「あと、火暗(かぐら)が死んだ」


「――!」

 意を決して告げたその言葉を聞いた灯は、先程まで浮かべていた笑みを慈愛の笑みをたたえた顔から一瞬で消し去って目を丸くすると、やがてその表情を哀愁めいたものへと変えて目を伏せる

「そうですか、父が……」

 もはや遠い記憶にしかない父の姿だが、灯はその顔も広い背中も全てをしっかりと覚えている。それだけの愛情を注がれ、それを感じていた頃がありありと思い出される程度には、父――火暗(かぐら)の事を思っていた

「父はやはり、私のために十世界に身を置いていたのですか?」

 そんな父がこの世から去った事実を知った灯は、自分を責めているような表情で大貴に問いかけてくる


 九世界の間には最低限の交流しか存在していないが、王ともなれば十世界のような世界全体にとって脅威となる組織や、注視すべきものに関する情報は入ってくる

 そのため、父である火暗(かぐら)が十世界に入り、その中でリーダー的な位置にいたことは灯も承知していた


 そして、父がなぜ十世界に身を置いたのかも灯には容易に想像がつく。

 あの日――自分と母が地獄界に降り立った天上界からの使いによって、連れ戻されることになった日、火暗()はそれを拒み、六道の鬼に抑え込まれていた

 背を向け、世界を繋ぐ門へと足を踏み入れようとしていた自分と母が背中で感じた父の愛情と想いは、今も灯の胸にしっかりと刻み付けられている


「いや。多分自分のためだ」


 しかし、そんな灯の耳に返されたのは、大貴からの抑制された穏やかな声だった


「自分が家族と暮らしたいから世界を変えようとした。――だから、あんたのためじゃない」


 先に滞在した地獄界で、大貴は火暗(かぐら)との接触はないに等しい。ただ、最も忌まわしきものである示門の父であるという情報を聞いて、その願いの在り様と心の行く先を知っているだけだ

 だが、それでも分かることはある。それは十世界に属したのも、世界を変革しようとしたのも、火暗(かぐら)という鬼が自分の願いのために行ったこと。それがたとえ()のためだったとしても、

それは灯自身には何の責任もないことなのだ


「お優しいのですね」

 誰かのためであっても、あるいはそうであるからこそ、その心はそれを唱えた者自身にあると強めた語気で言う大貴の言葉に、灯はその目元を綻ばせて優しく微笑む

「ですが、きっと私も父と同罪です。父が世界を変えられるのなら、十世界がこの身を許すのならば、そうなっても構わないという思いが消えません」

 自らの罪を告白するように、その胸の奥底に沈溜していた感情を吐露した灯は、最も忌まわしきものとして生まれた自身の手に視線を落として言葉を続ける

「私は、世界を変えようとは思いません。ですが、心のどこかでその世界を願っている私がいる」

 王という立場にある者として、あるいは世の理の正しさを理解するがゆえに自らが行動を起こすことはないが、それでも心のどこから自分という異常な存在が世界に肯定されることを望んでいないのかといえば灯にはそれを否定することはできなかった


「――あなた方はどうですか?」


 王という立場にありながら世界が否定されることを望む己の弱さと、自ら成すことをしない滑稽さを嘲るように笑みを浮かべた灯は、その視線で大貴とマリアに問いかける

「理、世の成り立ち、そういったものを掲げて世界の在り方を諦め、不変のものとして尊ぶことは、とても正しいことでしょう

 ですが、もしも叶うなら――世界が今と違うもので、自分が今と違う自分であったなら、そう思ったことはありませんか?」


「あります」


 自らの存在の意義と価値を疑う疑問を灯から問いかけられたマリアは、しばらくの間を置いてゆっくりと言葉を紡ぐ

 天上界の王である灯が、自らその心の内を晒してくれている。そしてこの場にいるのはこの三人だけ。ならば、今自分の本心を偽る必要はない。――否、むしろ積極的に見せていくべきなのだと感じていた

「俺もないわけじゃない。でも、あんたみたいな人から見れば気に入らないかもしれないが、むしろ俺は今の俺でよかったと思ってる」

 開口一番に自らの心中を語ったマリアの言葉に触発されるように続いた大貴は、灯からのの問いかけを肯定して、それを否定する


 もしも今と違っていたらと考えたことはある。自分に光魔神の力が宿っておらず、あの日神魔や紅蓮と出会うことなく過ごしていたらどうなっていたのか、と

 だが、それは大貴にとって望ましいものではなかった。光魔神として覚醒し、今日までの戦いと出会ってきた人達。その全てがかけがえのないものだと感じられる

 しかしそれは、自分が〝光魔神〟という世界から求められる存在であったからだ。天使と人の混濁者(マドラス)であるマリアに、最も忌まわしきものの片割れである灯――世界に望まれず、排斥される運命にあった者達とはその意味が違うことも分かっていた


「俺は光魔神()だったから、色んな奴と出会って、色んな世界を見ることができた。もちろん、良いことばっかりじゃなかったし、後悔することもあった。――けど、それでも俺は今の俺に満足している」

 今日までの事を思い返した大貴は、光魔神となった自分自身のことを歓迎しているのだという気持ちをあらためて確認し、灯の問いかけの答えにする

「私もです」

 そして、そんな大貴の言葉に続くように、マリアは灯を見据えて微笑みを返すと、自身の胸に手を添えて自らの心に問いかけるように言葉を紡いでいく

「ご存知のように、私は天使と人間界の人間の混濁者(マドラス)であり、神器です。ですから私は生かされてきただけのだと知っています」

 四聖天使ノエル(天界からの使者)との一連のやり取りを聞いていた灯にはもはや隠し立てをする意味などないと分かっているマリアは、自らの出生と存在の秘密を語る

 本来ならこの世にいないマリアが今生きていられるのは、その身に宿った神があるからこそ。神を宿した母、そしてそれを受け入れた天界王達によって生かされて来た(・・・・・・・)ことをマリアは誰よりも知っている


「――ですが、それでも、生きることを望むに足る理由があります」


 しかし、今のマリアにはそんな自分であっても生きていたいと思えるだけの理由がある

 その心に浮かぶ一人の天使――クロスの姿を思い返し、自身の想いを噛みしめながら灯に語りかけるマリアは、自分達が何かに許されることを求めて生きるのではなく、生きるための理由を探すことこそが肝要なのだと確信していた


「そうですか、とても素晴らしいですね」

 同じくこの世に許されない存在であるがゆえに、マリアに深い共感を抱く灯は、そんな心の籠った言葉を受けて慈しむように微笑みを浮かべる

「あなた方が生きてきた中で培ったきた願い、触れてきた現実、そしてあなた達の求めるものがとてもよく伝わってきました」

 大貴とマリア、三人だけだからこそ話すことができた秘めた心の内側を聞くことができた灯はそう言って微笑みかけるその下で、二人の心の在り様に羨望を抱いていた


(私も、そんな風に生きることができたなら――)



 そんな灯の意識に甦ってくるのは、遠い人の記憶。

 母と共に天上界に連れ戻され、換金された部屋の中で二人寄り添い、地獄界に残された父と弟を思って過ごした日々の記憶と、そして自分の代わりに全ての罪の証として天上界王城の中庭で処刑された母の姿だった


 自分を守るために自らその命を差し出し、二度と還らない永遠の死の眠りに抱かれて天力の粒子となって世界に溶けて行った母の最期を絶望に染まった眼差しで見届けた灯は、同時に愛しい母を殺めた人物をその双眸に焼き付けていた


 三又に分かれた刃が特徴の槍矛を携えたその人物――それは、当時天上界王の代理を務め、今は自分の補佐をしている天上人「邑岐(おうぎ)」。

 愛する母を殺め、その死を見届けている邑岐(おうぎ)の姿を、灯は母の死によって空虚になった瞳でずっと見つめ続けていた





 大貴とマリアが灯と言葉を交わしている頃、天上界王城の外――竜のような橋道によって繋がっている別の神殿では、白雲の大地とその下に広がっている天上界の大地を見下ろせるテラスで、三人の男女が一つの円卓を囲んでいた

 その三人のいずれにも、頭上に光輪が浮かんでおり、彼らがこの世界を総べる光の全霊命(ファースト)――「天上人」であることを物語っていた


「灯様は、お力こそ綺沙羅と同等以上だが、未だ自らに自信を持っていない。だから我らの顔色を窺ってばかりだ」

 そんな中開口一番に言い放ったのは、三人の天上人の中で中心に当たる席に座っている精悍な面差しに厳格な表情を浮かべた天上人――天上界王補佐「邑岐(おうぎ)」だった

 どこから苛立ちさえ感じさせるその声音は、今日訪れた光魔神達の前で自分が声をかけただけで動揺を表していた灯への不満が滲んだものだった


「あなたが怖い顔をするからですよ、邑岐(おうぎ)様」

「この顔は生まれつきだ」

 今日に限らず、ことあるごとに同じような不満を聞き続けてきたこの場にいる三人の中で唯一の女性――「霞」は、微笑を浮かべながら邑岐(おうぎ)に語りかける

「そうですよ邑岐(おうぎ)様。周囲に怯えるのは灯様の生まれを考えれば致し方ないこと。灯様は綺沙羅様とは違うのですから、灯様なりの統治をしていただくべく補佐するのがあなたの務めではありませんか」

 そして、霞の言に同調したのは、三人目の天上人。――細身の身体に中性的な面差しを持った青年のような容姿をした人物だった


 長い薄青色の髪から除く顔には金色の装飾が、まるでアンダーリムの眼鏡のように絡みついており、その面差しを知的なものにしている

 神能(ゴットクロア)で構築されたその身体が視力を失うことなどないが、眼鏡のような装飾を持つ霊衣を備えた姿の青年は、穏やかな声音で灯への不満を口にした邑岐(おうぎ)を窘める


「だとしても、あれから何十億年経ったと思っている? 〝霞〟、〝叢雲(むらくも)〟、貴様らが甘い顔をしてばかりいるからではないのか?

 いつまでもこのような様では、他の世界の王達に王ばかりではなく、この天上界までもが軽んじられるこになってしまいかねんぞ」

 しかし、そんな二人――女性天上人〝霞〟と、眼鏡をかけた薄青色の髪の天上人〝叢雲(むらくも)〟の悠長とも取れる言葉に邑岐(おうぎ)は厳格な響きを持つ重低音の声で言う


 邑岐(おうぎ)が苛立ちを露にするのはいつも同じこと。天上界王灯の王としての在りかただ。

 かつて、先代天上界王「綺沙羅」が失踪し、天上界から原在(アンセスター)がいなくなった際、王の代理を務め、天上界をまとめ上げて光魔戦争末期を戦い抜いたのが、他ならぬ邑岐(おうぎ)その人

 そんな人物から見れば、今の灯の王としての姿は不満に感じられるのだろう


 事実、天上界王灯は、王はいっても少し頼りない面がある。重要な決定などは邑岐(おうぎ)や霞といった側近の意見を仰ぐばかりではなく、先程の光魔神一行とのやり取りのように、横から口を挟まれると顔色を窺うように委縮し、その意見に流されてしまう傾向があった


 しかしそれも無理からぬこと。今天上界王を王として預かる灯は、天上人の原在(アンセスター)八光珠(やつみたま)」において最強を誇った綺沙羅と同等の神格を持ってこそいるが、中身までが同じではない

 それはそれで構わないのだが、光と闇の全霊命(ファースト)の間に生まれた世界最悪の禁忌たる混濁者(マドラス)――「最も忌まわしきもの」として天上界、ひいては世界そのものから向けられる敵意を豊かな感受性で受けて取って来た灯は、自分自身を主張するということをしなくなってしまっているのだ


「仰る意味は解りますが、こればかりは本人の事ですから。――どうなんですか、霞様?」

「灯様はとてもお優しい方ですから。もう少し時間がかかると思います。ただ――」

 天上界王相談役という肩書きを持つ霞と、意見を求めた叢雲が朗らかな笑みと共に言葉を交わす様子に、邑岐(おうぎ)はわずかに眉を顰める

 どこか呑気にも感じられる二人のやり取りは、邑岐(おうぎ)が感じている不安などを特に問題にもしていないかのようで、苛立ちにも似た焦燥を駆り立てられるものだった

「ただ?」

 しかし、霞の言葉の最後に付け足された注釈だけが気にかかった邑岐(おうぎ)がその先を促すと、現天上界王たる灯の心の寄る辺たる天上人の女は、静かな声音で応じる


「あるいは、何かきっかけがあれば、変わられるやもしれませんね」


 遠く、大貴達と言葉を交わしている灯へと思いを馳せた霞は、天上界王たる女性に秘められた王としての器を確信して、邑岐(おうぎ)と叢雲の二人に微笑みを配るのだった





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