ただ、この世界に生きている
光のそれをはるかに超える速さと、一撃が世界を滅ぼす程の力を持った白い光と黒い光の乱舞。天空を切り裂き、無数の光の流星が空中を縦横無尽に駆け巡る。
「そんな攻撃は効かないよ!!」
自分に向かって飛来してくる光の矢を手に持った大剣で切り払って粉砕し、空中に光力の粒子を撒き散らせた椰子白が、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「まだです!」
自分の放った光力の流星が砕かれたことにも全く動揺せずに、マリアは自身の武器である杖に光力を収束し、光の砲撃として放つ。
直径十数メートルに及ぶであろう純白の光の砲撃が、聖なる加護を宿して椰子白に向かって迸る。
「ハハハハハハハハッ!!」
マリアの光力砲にその身を晒す椰子白は、美青年と評されるほどの整った顔立ちに似つかわしくない獣の笑みを浮かべると、手にした大剣を軽く振るう。
椰子白の武器である大剣の刃は、まるでチェーンソーのように超光速で回転し、圧倒的な殺傷力と破壊力を生み出す
空間自体を轢き割いているかのような刃が、狂喜の唸りを上げ、その凶悪な殺傷力をその根源を成す力のまま顕現させてマリアを呑み込まんと荒れ狂っている
「はああっ!!!」
目にも止まらぬほどの速さで回転する椰子白の武器の刃は、その回転によって生み出される暴虐な破壊力を容赦なくマリアの光の波動にぶつける。
光力の光と、神速で回転する魔力を帯びた刃がぶつかり合い、神能の欠片を、火花のように舞い散らせた
「……っ!」
世界を抉り取るような破壊力を持つ椰子白の刃は、その圧倒的なまでの破壊力を存分に発揮し、マリアの聖なる光をその凶悪な刃によって削り取っていく
知覚と感覚で自身の力が侵食され、破壊されるのを感知して目を細めたマリアは、椰子白によって砕かれた自身の光力が乱舞し、やがてその「力」を失って世界に溶けていくのを見ながら次の攻撃に備える
「僕はね、戦うために十世界に入ったんだよ」
マリアの光を砕いた椰子白は、暴虐な力を見せつけたチェーンソーのような大剣を弄ぶように手で回して言い放つ
純然たる殺意に彩られた捕食者を思わせる笑みを浮かべて言い放つ椰子白のそのあどけなさを残す端正な顔立ちとは対照的な狂気すら感じさせる攻撃的な表情が浮かんでいた
「九世界から敵視されている十世界なら、戦う理由にも、相手にも事欠かない。悪魔はもちろん、天使をはじめとする光の全霊命とも戦う機会がある。それを与えてくれる十世界は、僕にとって極めて都合がいい組織なんだ」
純白の翼をはばたかせ、天空を舞い踊るように飛翔するマリアに視線を向けた椰子白は、その後を追うようなことはせず、歓喜に満ちた声で淡々と言葉を紡いでいく
「……それが、あなたの戦う理由ですか!?」
歓喜に目を輝かせている椰子白の言葉を受けたマリアは、それに嫌悪感が滲む抑制の利いた声で応じる
「そうさ! 『戦うために戦う』!! それが僕の戦う理由だよ!!」
「そんな事……」
柳眉をひそめ、その儚げな美貌に理解とは真逆の感情を浮かべた天使に獣の表情で歓喜の声を言い放った椰子白は、そrねい反論しようとするマリアを手で制する
「そういう話をすると、君たちみたいな奴は僕の事を『戦闘狂』って称するんだ」
「……!」
まるで自分の言葉を先読みしたように応えた椰子白に小さく目を瞠ったマリアの目の前で、その手に握られたチェーンソーを思わせる大剣の刀身から金属が外れるような音が響く
「君達が知ってる奴で言うと……紅蓮とか、あの辺の奴はその戦闘狂って呼ばれ方を特になんとも思っていないか、むしろ賞賛と受け取っている節がある……けどね、僕は違うんだ」
「……?」
今までの口調とはうって変わり、低く地を這うような声で言った椰子白が武器を一振りする。
それと同時に、刃の端から鋸の歯のようなものが飛び出し、刀身とつながった鞭のように空中を縦横無尽に欠け回り、舞い踊る。
「刃が……!」
「僕は戦いに美学を求める。戦い方、戦術、対戦相手……全てにね。だからこそ、僕は戦いに、戦う自分に誇りを持っているんだ!!」
大剣の刀身から伸びた鋸の刃のような刀身が、超速でチェーンソーのように回転を始め、限りなく無音で唸りを上げて、大気と空間を削り取らんばかりの唸りをあげる
「……っ!」
すべてを斬殺する狂気をはらんだ刃が、椰子白の斬閃に合わせて宙を抉り、一直線にマリアに向かって奔る
神能によって、この世のあらゆる縛りから解放された刃は、そこに全てを滅ぼす意思を宿し、まるで意思を持っているかのようにマリアにその牙を剥いて襲いかかる
「僕達全霊命にとって……いや、この世界において『戦う』という事は、『生きる』という事に等しい。なぜなら、『戦う』という事は、互いの存在理由をぶつけ合い、互いの魂と信念を競い合うという事だからだ!」
椰子白の咆哮に応じるように、超光速で天を奔る椰子白の刃が、鞭のようにしなりながらマリアに襲いかかる。
「っ!!」
咄嗟に光力で結界を構築したマリアだが、椰子白の攻撃はそれを上回る圧倒的破壊力をもって結界を削り取り、マリアの肩を掠める。
「くっ……!」
チェーンソーのような刃は、マリアの華奢な体を容赦なく削り取る。その暴虐な猛威によってもたらされる痛みに、マリアは一瞬顔をしかめる
血炎を上げる自身の肩口を一瞥するマリアの視界の端で、椰子白はマリアの身体を抉り取った刃を、手元に引き戻す
「半霊命のように、食事も、医療も必要とせず、寿命がない僕達にとって、戦う事だけが自分達の存在を確かめる唯一の手段。半霊命が美味な食事を求め、堪能するように。僕達は、より優れた戦いを求め堪能するんだ!」
高らかな声と共に、椰子白が大剣を振るうと、その刀身から伸びるチェーンソーのように回転する刃が、鞭のようにしなりながら、マリアに向かって襲いかかる
「っ!」
全ての法則を無視し、ただ目の前の獲物を刈り取るためだけに天を奔る椰子白の攻撃を回避しながら、マリアは砲撃の概念を与えた光力を、天を衝く純白の柱のような極大の聖光砲として椰子白に向けて放つ
闇に対して圧倒的な優位性と破壊力を併せ持つ聖なる光の攻撃に怯むことなく、椰子白が真正面から放った回転刃の鞭が聖光の砲撃と真正面からぶつかり合い、炸裂した光と闇の力が天を貫き、その彼方まで立ち昇る
「……だからこそ! 僕は、自分の事を『戦闘狂』なんて呼ばれたくは無いね。僕は、いわば戦いに美学を求める『美戦家』なんだ」
マリアの光力砲を相殺した椰子白は、獣のような凶悪な笑みを浮かべてマリアを一瞥する。
「……美戦家?」
椰子白の歓喜に満ちた笑みを受けたマリアは、その眉をひそめて口を開き、哀愁に似た感情のこもった声で話しを始める。
「戦いに美学を求めるなど、愚かな事です」
「……へぇ?」
哀れむような目で、悲しみにくれた表情を浮かべるマリアに、椰子白は浮かべた微笑を崩す事無く口端を吊り上げる
「戦いとは、命を懸け、恐怖に震え、そうしてでも守りたいもののために力を振るう事です。命を懸けてでも成し遂げたい事があるからこそ私たちは戦い、相手の願いを打ち砕いて命を奪います。
だからこそ、私たちはそれに理由をつけてはいけないのです。“自分の願いのために相手を殺した。”その事実だけを冷徹に、客観的に受け入れ、生き延びなければなりません。――命のやり取りを美化するなど……許されざる傲慢です!」
マリアの一点の曇りも無い真っ直ぐな目と心を真正面から受け止めた椰子白は、歓喜と呆れが半々に混じった様子で応える。
「そんな事は重々承知しているさ!! ゆりかごの世界の住人じゃあるまいし、戦う理由に正義とか、神の思し召しなんて理由を一々語るつもりは無いよ。
ただ、僕は戦いに『美学』を求めているのさ。殺すからこそ、相手をより華々しく散らせ、殺すからこそ自分をより一層美しく魅せる。自らの命と、相対した相手の命をより一層華々しく! 美しく魅せる! それが僕の戦いなのさ!」
言い放った椰子白は、チェーンソーのように回転する刃の鞭をマリアに向けて容赦なく放つ。
「そんな事……!」
鞭のようにしなり、チェーンソーのように回転する椰子白の刃を光力の杖ではじいたマリアは、憤りに似た感情を宿した瞳で椰子白を睨みつける。
「戦いに正邪はない。そこにあるのは、ただ己の力と、魂をぶつけ合う余計な雑念のない純粋な命のやり取りだけだ。命をかけて戦うその瞬間、全ての命は『今、ここに生きている』と高らかにその存在を証明する!!
――これほど、純粋で美しい生命の鼓動に出会える場所が他にあるかい?だからこそ、僕は戦いに美学を求めるのさ!!」
愛しい何かを抱きしめるように両手を広げ、恋人に気持ちを伝える言葉にも似た感情を込め、椰子白は高らかに声を吠える。
「たとえ生きることが戦うことだとしても! 戦いを賛美し、鼓舞すれば、それはより大きな戦いの火種となり、さらなる争いを生むことになります!」
「賛美? 鼓舞? ……僕はそんなに思いあがってないよ。ただどうせ戦うなら……どうせ命をかけるなら、自分の信念や美学を持っていたいと願っているだけさ」
戦いを求める男は、自身の内から湧き上がる感情を抑えきれない様子で口元に笑みを浮かべる。
「……そんなものは、世迷言です」
「戦う理由なんて、人それぞれだろ? 僕には僕の。君には君の戦う理由がある! 君だって、九世界にその存在を疎まれる混濁者でありながら、九世界のために戦う君だけの『戦う理由』があるはずだ!!」
戦場に立つ者、戦う者には、すべからく戦う理由がある。それは「死にたくない」というような生の執着から、「何かを護りたい」という想いまで。
そこに善悪などなく、ただ己の魂を恐怖に沈めても、その身体にどれほどの苦痛を刻んでも、その手を血に染め、憎しみを向けられてでも戦う――敵を「殺す」理由。
「戦わない奴なんて、生きながらにして死んでいるようなものだ!!」
高らかに言い放った椰子白が、大剣を一薙ぎするとその斬撃の軌道に合わせて、鞭のようにしなるチェーンソーのような刃の荊が、マリアに向かって一直線に空を斬り裂く。
触れたもの全てを抉り取る凶悪な刃は鞭のようにしなりながら、縦横無尽に天を駆け回り、マリアに向かって襲いかかる。
「戦う理由……私の……」
その攻撃を光力の波動で弾いたマリアは、椰子白の言葉を反芻して目を細める。
「そうだ! 僕たち全霊命には、迫害という概念は無いに等しい。全霊命が混種である混濁者に抱く感情は、種としての嫌悪感――即ち、自分達の『種』を強く保存するために不要なモノを排斥する概念……「淘汰」だ!
だからこそ、全霊命は混濁者を憎んでなどいない、迫害する事も、虐げる事も、罵る事もない。ただ、その存在そのものを嫌悪しているんだ」
「っ、そんな事……」
椰子白の言葉が、マリアの心を抉り、マリアは目を細めて唇を噛みしめる。
そんな事は、誰に言われるまでもなく混濁者であるマリア自身が一番よくわかっている。自分は――混濁者は「忌み嫌われている」のではなく、「存在そのものを拒絶されている」のだと。
「だからあるだろう!? 君にも。存在そのものを否定されながら、存在し続ける『理由』が!」
「……そうですね」
目を伏せて椰子白の言葉に応じたマリアは、光力によって強化した杖で、宙空をかける狂った獣のような刃を薙ぎ払う。
マリアによって弾かれた刃の鞭は、そのまま地面に突き刺さると、大地を砕いて塵に帰し、砂塵と粉塵を天空に間欠泉のように巻き上げる。
触れたモノを一瞬で砂塵レベルまで分解し、轢き殺す刃の破壊。しかし、今目の前で起きたそれは、神能の力ではなく、武器そのものに込められた椰子白の純粋な「殺意」が世界に顕在化したもの。
神格を持つ神能に込められた全霊命の最高位の霊格が、霊格的に低い世界に対して作用した結果、力によるそれとは全く違う破壊をもたらしているのだ
砂塵のように砕かれ、間欠泉のように吹きあがる隔離空間の地殻を背にしながら、マリアは椰子白に視線を向ける
「私には、戦う理由と呼べるほどのものはないのかもしれません」
「……!?」
マリアの独白に、椰子白は眉を寄せる。
「混濁者である私にとって、生きる事は自分の存在理由を問いかけるものでしたから」
その表情に隠しきれない悲しみを浮かべてマリアが微笑む。
混濁者とは、「存在を許されない存在」。理屈ではなく。理由ではなく。人格ではなく。存在として望まれない存在。
本来、両親ともども殺されてしまう事が多い混濁者だが、マリアの場合は天界の王宮で隔離されていたために、命を狙われるという事はなかった。
しかし、それでも混濁者である自分を見る天使たちの視線が、自分が望まれない存在である事を暗に、しかしはっきりと理解させてきた。
「……じゃあ、君は一体何のために戦っているんだい?」
怪訝そうに眉をひそめて、椰子白は目を細める。
十世界にも混濁者はいる。だからこそ、彼らがたどる凄惨な人生も、報われない人生も聞いた程度には知っている椰子白にとって、マリアの答えは承服しかねるものだった
「そんな事は簡単です……」
一瞬、陽だまりのように柔らかな微笑みを浮かべたマリアの脳裏に蘇るのは、いつも変わらずに少年のような無邪気な笑みを向けてくれるクロスの姿。
クロスと共に過ごしてきた時間は、マリアにとってとても安らかで穏やかな時間だった。隣にクロスがいるだけで、この世界で生きていいのだと実感することができた。
「『戦う理由』は見つけられなくても、私には『死にたくない理由』があるんです。だから……」
澄んだ目で、マリアは真正面から椰子白を見据える。
「生きているために戦うんです!!」
マリアの身体から、聖浄な純白の光が噴き上がる。
全てを洗い流すような純白が、まるで白い太陽のように煌めき、世界から全ての色を純白に染めて奪い去っていく。
「くっ……!」
咄嗟に魔力で結界を織り上げ、自身を包み込んだ椰子白は、マリアの放った聖光がその結界ごと魔力のその刃の隙間から椰子白に降り注ぎ、その身体を聖なる光で浄化していく。
光の力は、闇の存在に対して圧倒的な優位性と攻撃性を併せ持つ。聖なる光の力に照らされるだけで、闇の存在はその心身にダメージを受けることになる。
「生きるために……か。クク、まだまだぁ!!」
聖なる光に身体を焼かれる苦痛に顔を歪めながらも、椰子白はそれ以上に歓喜の声を上げて大剣から延びる刃の鞭をマリアに向かわせる。
「っ!」
白い光を噛み砕きながら向かってくる荊の鞭を回避したマリアは、神速飛行と、急停止、軌道の直角変更を繰り返しながら翼に収束した光力の砲撃を放つ。
マリアの四枚の翼から放たれた光の雨が複雑な軌道を描く流星群が、椰子白の刃の鞭に迎撃されて煌めく光の爆発を引き起こす。
「生きているために戦う、か……混濁者らしいといえば、らしい答えなのかもしれないね」
聖光の爆発を漆黒の波動で吹き飛ばし、輝く流星群を打ち落としていく椰子白は、マリアに獣の笑みを向ける。
「戦い」という愉悦に浸っているといった様子の椰子白を見て、マリアは自身の武器である杖――「エーデルフロス」に光力を注ぎ込む。
「でも、それは戦う理由じゃない。その存在に意味を持たない混濁者が、自分自身で自分の存在を肯定する詭弁だよ」
マリアの言葉を嘲笑った椰子白は、触れるもの全てを引き裂くチェーンソーのように回転する刃の鞭を放つ。
まるで意思を持っているかのように向かってくる椰子白の攻撃を回避しながら、マリアは自身の光力を開放し、手にした杖に収束させていく。
「そうかもしれませんね。でも、私には……」
身体から噴き上がる光力によって純白に煌めくマリアは、目の前の椰子白から視線をそらさず、自分自身へ向けた言葉を噛みしめる。
「……次の一撃で決めるつもりだね……!」
マリアの高められた光力と、その眼に宿った必殺必勝の意思を感じ取った椰子白は、目を細める。
(私には、私を認めてくれる人がいる……!)
優しい光を宿した目を細め、マリアは長い間共に過ごしてきたクロスの姿を思い浮かべる。
クロスは、混濁者である自分自身を受け入れてくれた。マリアには、クロスと出会ってからずっと抱いてきた感情がある。
数え切れないほどの時を共に過ごし、どれほど親しくなっても、開く事が出来ない心の奥底に押し込めた想いが。
(私は、ずっとあなたを見てきた……。この世界に望まれない私が、私らしく生きてこれたのもあなたと一緒にいたから……)
自分の想いを噛みしめたマリアは、ふっと口元に笑みを刻む。
生きている価値など必要なくてもいい。存在する意義などどうでもいい。ただ、自分が自分として生き続けていれば、その手に、自分の手が届くかもしれないのだから。
(私は、クロスの事が……)
マリアの胸に宿るのは、温かく、儚く、微かで、しかし強く揺るぎない想い。純粋に一途に灯った淡い想い。
その想いに応えるように、マリアの純白の光が天を衝いて煌めき、世界を純白に彩る。
マリアの身体から天に昇る滝のように噴き上がる光力は、天まで達すると舞い散る羽のように天空から降り注ぎ、マリアの聖廉とした光が、椰子白の心身を聖なる光の波動で焼き尽くす。
「ぐ、くっ、ククク……これだ。これだよ……!!」
光の力に焼かれる痛みに、椰子白の口から苦痛と歓喜の混じった声が漏れる。
今、椰子白の心と体を支配しているのは、生きるか死ぬか。勝つか負けるか。……極限状態での命のやり取りが生み出す生を感じ、死を恐怖する歓喜。
「分かるよね? 今、僕達の命が。心が。魂が。存在が……生に満ち溢れているのを!!」
自身の武器に渾身の魔力を込めた椰子白は、聖浄な光に身体を焼かれながら咆哮する。
光の力は闇の力に対して優勢。聖浄の力を高められた光の力は、その波動だけで闇の存在に対して害を与える。
「本当に哀れな人ですね」
自身の持つ杖に、光力を収束したマリアは、哀れみの目で椰子白を見据えると四枚の翼をはばたかせる。
「かかっておいで!!!」
光を纏い、煌めく流星となったマリアは、光力を収束させた杖を構えると、一筋の光の矢となって翔ける。
血走った眼でマリアに応じた椰子白は、渾身の魔力を込めた神速で回転するチェーンソーの刃を、自分の前で漏斗型に束ね、全てを粉砕するミキサーとする。
向かってくるマリアに向かってぱっくりと開かれた刃の渦。それは、そこに飛び込んできた愚かな獲物を一瞬にして粉砕し、消滅させる破砕の刃。
「貫きます!!」
しかし、それに全く怯むことなく言い放ったマリアの声に応じるように、杖の先端から噴き上がった純白の光力が翼のように展開する。
神能の力の神髄は『想う』事。いかなる攻撃も、いかなる守りも、心の強さ一つでその力が決まる。
望む限り全てを叶え、求める限り全てを拒絶し、信じる限り万象を顕現させる力が、マリアと椰子白の意思のもとに統制され、互いに互いを滅ぼすための一撃を生みだす
杖の先端から生まれた光力の翼は、まるで純白の傘のようにマリアを包み込み、光り輝く槍となって流星のように椰子白に向かって一直線に突進する。
「僕の刃に飛び込んでくるなんていい度胸だよ!! この刃で擂り潰されて、血の色に染まった真っ赤な花束にしてあげる!!」
光を貫く光となったマリアを、刃を漏斗状に束ね、ミキサー型にを作り上げた椰子白は、戦いと血に飢えた獣のような表情で迎え入れる。
「はあああっ!!」
光の槍となったマリアは、迷うことも、戸惑うこともなく、大きく開かれた刃の牙の中へと一直線に突入する。
瞬間。ミキサーのように回転するチェーンソーの刃の中に、光の流星が呑みこまれ、噛み砕かれる。
その様子は、さながら口を開けた猛獣の口に飛び込んだ獲物。回転する刃がマリアの身体を斬り裂いて引きちぎり、刃の渦に呑みこまれた純白の光から深紅の血炎がまるで炎のように噴き上がる。
「どうするんだい!? そのままじゃバラバラになっちゃうよ!?」
チェーンソーの刃によって形作られたミキサーの中で血炎を上げ、細切れになりかけているマリアに、椰子白は勝者の余裕ともいえる感情を込めた声をかける。
事実、神速回転する刃によって形成されている漏斗状の空間は、その全方位が武器になっている刃の喉。
自身の前方はもちろん、背後以外に出口のない刃の喉に呑みこまれたにも関わらず、マリアの意志は揺るがない。
「っ!!」
瞬間、椰子白は目を見開く。
刃の喉に飛び込んだマリアは、その身を刃に斬り刻まれながらも、怯む事無く杖の先端に収束させた光力を極大の砲撃として開放する。
漏斗状に展開された椰子白の刃の喉の中で炸裂したマリアの砲撃が引き起こした聖なる光の爆発は、刃の喉を内側から粉砕しようと、刃の喉の中で荒れ狂う。
「ぐぅっ……! 中々やるね」
内側から刃を粉砕しようとするマリアの力をなんとか抑え込んだ椰子白は、口元に笑みを刻みこんで刃の喉をさらに狭める。
純白の光を抱え込む刃の喉からはその光が漏れ、純白の光線が周囲に煌めいて舞い踊る
「まだまだです!!」
しかし、マリアの攻撃は止まらない。渾身の力を込めて、純白の光力を粉砕する刃の喉に光力の砲撃を放ち続ける。
「ぐっ……くっ……」
刃の喉の中で膨らむマリアの光力を全力で抑え込む椰子白は、身体から深紅の血炎を立ち昇らせながら苦悶の表情を浮かべる。
容易く世界を無に帰す程の純白の力が何度も何度も炸裂し、椰子白の作り出した刃の喉を聖なる光が浄化し、破壊しようとする。
「まったく……っ。可愛い顔してやる事がエグイね」
刃の喉に自ら飛び込み、内側から刃の喉を破壊しようとするマリアに椰子白が笑みを浮かべながら、歯を食いしばる。
神能は、それを使う全霊命の意志によってその効果を制御される全霊命そのものである力。
そのため、神能は決して自分自身を傷つけない。刃の喉の中で自身の光の力に呑みこまれても、その力がマリア本人に危害を加えることはない。
「けど! これを今までやった奴がいないわけじゃない!! それでも僕がここにいるのは、この戦術を僕の力が上回ったからだ!!」
言い放った椰子白の声に応じるように、刃の喉が狭まり、マリアの身体を神速で回転する刃によって傷つける。
「っ」
「バラバラになりなよ!!!」
刃の喉が狭まり、マリアの身体を引き裂き、削り取り血炎を巻き上げる。
「……あなたは、本当に哀れな人です」
静かに言ったマリアは、光の砲撃の放出を止め、手にした杖を回転する刃に突きたてる。
「なっ!?」
マリアの杖が食い込み、重厚な金属音と、不快で歪な音を立てて椰子白の刃の回転を阻害する。
回転を阻害された刃の喉は、それでも破壊の意思を順守しようと荒れ狂って波打つ。
「戦いでしか、自分が生きている意味を感じられないなんて……」
全霊命の武器は、力の強さと、意志の強さが強度と等しい。マリアの意志と椰子白の意志がせめぎ合い、互いの武器が魔力と光力の破片を散らせる。
「こんな事!? ハッ!!」
武器が相殺され、その武器を構築する戦意と殺意が飛び散り、魂にダメージが還元される痛みすら意に介さず、椰子白は高らかに咆哮する。
「僕だけじゃないさ! 全霊命は――いや、生きるって事はそういうことだろう!? なにより全霊命は、戦うために存在しているはずだ!!
なぜなら僕達全霊命は、創界神争の折、神によって生み出された限りなく神に近い兵隊!永遠を生きられる完全な存在の代償として、永遠の争いを宿命づけられた存在なんだから!!」
口端から深紅の血炎を立ち昇らせ、椰子白がマリアを睨みつける。
全霊命は、生命として完全といっても過言ではない。老いることを知らず、限りなく死から遠く、命を維持するための休息も、栄養補給も必要ない。
しかし、だからこそ全霊命は、戦い続けばければならない。
「生まれてくることに意味なんてない! 生まれてきた意味がないからこそ、僕たちは生きるんだ――この世界に生まれてきたことを証明するために!!」
「……私が言いたいのは、そんな事ではありませんよ」
「何?」
狂気にも似た歓喜に彩られた椰子白の言葉を突き放したマリアは、刃の回転を阻害する杖に手を添えて自身の光力を注ぎ込む。
瞬間、マリアの杖の先端から純白の翼が広がった。
「なっ!?」
「……この距離なら、あなたの魔力も貫いて確実に斃せます」
淡々としたその言葉と共に、杖から生まれた純白の翼が砕け散り、無数の光の玉となってマリアの周囲に浮かぶ。
「お前、自分自身を囮にしたのか!?」
「……光の中で眠りなさい」
椰子白が声を上げると同時に、マリアの周囲に浮かんだ無数の光の玉が一斉に光を放った。
「う……おおおおおおおおっ!!!」
マリアの周囲に浮かんだ無数の光の玉から放たれたのは、極大の光力の砲撃。その無数の光が一つに折り重なって収束し、一つの極光として紡がれる。
視界の全てを埋め尽くす極大の光砲が椰子白に向かって収束され、次の瞬間、世界を純白が塗りつぶす。
「……私にはずっと一緒にいたいと思える人がいます」
純白の光に呑みこまれた椰子白に語りかけるように、マリアは淡々と言葉を紡ぐ。
その言葉は、マリアの光に呑みこまれた椰子白には届いていないだろう。しかし、それでもマリアはうわ言を呟くように言葉を紡いでいく。
「その人といるだけで、私は心が温かくなって……その人の事を思うだけで胸が一杯で苦しくて――そんな時、私は感じるんです……『私は今ここで生きているんだ』って」
慈愛に満ちた優しい光を宿した目を細めたマリアは、そのまま目を閉ざす。
「っ! ……ぁ……」
それと同時に、反射的に椰子白が張り巡らせていた魔力の結界が純白の極光によって破壊され、椰子白を神聖な光の中に呑み込む。
その瞼の裏に見えるのは、いつも通りの笑みを浮かべているクロスの姿。マリアが心から想い焦がれてきた人。
「たった一人。たった一人、心から想う人がいるだけで……それだけで十分なんです。私たちが生きている理由なんて……」
優しく諭すように言ったマリアが、閉ざしていた目を開くと同時に、世界を塗りつぶしていた純白の光が消える。
「ぁ……っ」
純白の聖なる光に焼きつくされた椰子白は、自身の敗北と死を理解する。
その事実を理解した椰子白の手から武器がこぼれ、その構成を失って魔力の粒子へと還っていく。
「僕が……負けた……?」
信じ難い事実に、思わず椰子白の口から漏れた言葉を合図とするかのように、椰子白自身の身体も魔力の粒子へと変わって世界へと溶けていく。
全霊命の「死」は、夢幻の如くに儚い。死は何も残さず、まるでそこには誰もいなかったかのようにその存在の痕跡が全て消え失せてしまう。
(あぁ、やっぱり綺麗だな……)
マリアの光力によって死を与えられ、自身の終わりと共にその形を失っていく自分の身体を信じられないほどに穏やかな心で受け止めていた椰子白は、自分自身がその幻想に解けていく様を見届けながら、薄く微笑んでその目を閉じた。
「……たとえ、この気持ちを伝えられないとしても……」
椰子白が消え去るのを見送ったマリアは、天を仰いで静かに呟いた。
時は少し遡る。
「はああっ!!」
「うおおおおっ!!」
白と黒の光が交錯し、ぶつかり合う。容易く世界を滅ぼすほどの力が、光をはるかに凌ぐ速さで何度もぶつかり合う。
白と黒の光は絡み合ってはもつれ、ぶつかり合っては離れを繰り返す。白い光はクロス。黒い光はハイゼル。純白の光を宿した大剣の刃と漆黒の光で輝く刺又の刃がぶつかり合い、天空に白と黒の光のヴェールを作り出す。
「くっ……!」
「残念だったな。知っているだろう?俺達、堕天使の力『魔光力』は、かつて光力だった力。魔に堕ちた光。だから、闇の力に対して絶対的な優位性を誇る光の力の優位性の影響をほとんど受けない」
「そんな事は言われなくても知ってるんだよ!!」
ハイゼルの刺又を打ち払ったクロスは、余裕ともとれる笑みを浮かべている堕天使を見て、怪訝そうに眉をひそめる
「……お前、混濁者だって言ってたな」
「ああ」
クロスの言葉に静かにうなづいたハイゼルは、クロスを真っ直ぐ見つめたまま、一瞬だけ間を置いてから口を開いた。
「……俺は、天使と堕天使の混濁者だ」
「なっ!?」
その言葉が、二人の間に波紋のように広がっていった。