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魔界闘神伝  作者: 和和和和
地獄界編
256/305

十世界出神






 世界の狭間に浮かぶ大陸都市。――世界から争いを無くし、全ての者が手を取り合って共存する恒久的平和世界の実現を目指す「十世界」本拠地たるその場所の最奥に、組織の主だった者達が集いつつあった


 十世界の盟主たる「奏姫・愛梨」。そしてその傍らには、十世界に属する二柱の異端神――円卓の神座№2「反逆神・アークエネミー」と№9「覇国神・ウォー」が鎮座している


「随分と、仰々しいメンツだな」

 十世界に属していることは知っているものの、滅多に出てくることがない二柱の異端神が並んでいる姿に、妖界総督たる双閣が口を開く

 光魔神との戦いの中で十世界の中でも要職にある者達が何人も命を落とした。かつて妖界総督だった「クラムハイド」、冥界総督だった「真紅」、そして地獄界総督だった「火暗(かぐら)」。彼らの後にはその次席にあった者達が座り、今この場に集まっていた


 同じ円卓の神座に数えられていながら、神敵たる反逆神は他の全ての神から嫌悪される存在であり、例え同じ組織に属していても、覇国神とは決して良好な関係ではない

 だが、それらの神が奏姫を挟んでとはいえ肩を並べ、さらにその周囲にはその神片(フラグメント)達が顔を並べていることが、今回の集会の重要性と異常性を表していた


「アーウィンはどうした?」

 十世界の各世界担当となる者達が顔を並べている中で、天界総督を任された天使「アーウィン」の姿が見えないことに、妖精界総督である「ニルベス」が口を開く

「アーウィンさんは来ません」

 しかし、その問いかけに答えたのは十世界の盟主たる姫――「奏姫・愛梨」だった。静かだが心の芯にまで響く澄んだ声音で語りかけた愛梨は、先の言葉で小さくざわめく同胞達に向かって言葉を続ける

「先日アーウィンさんから天界の代表を辞させていただきたいとたっての願いがありまして、今日から新しい方に来ていただくことになりました」

 そう言って十世界のメンバーに語りかけた愛梨は、幹部たちが集うその背後へ視線を向けて、微笑みながら声を発する

「入ってください」

 その言葉と共に扉が開き、そこから腰の位置よりも長く伸びた紅色の髪に、四対八枚の純白翼を持つ天使の女性が室内へと入ってくる

 白い布を幾重にも重ねた様な霊衣に身を包んだその姿は、司祭のような敬虔さと清廉さを見る者に感じさせ、その心を表したかのような優しげな面差しからは、深い慈愛の情を感じ取ることができる

「ご紹介いたしましょう。彼女が新しい天界総督です」

「お初にお目にかかります。『アリシア』と申します。新参の至らぬ者ではございますが、アーウィン様から賜った大役に恥じぬ働きをしたいと思いますので、お力添えをお願いいたします」

 愛梨に紹介された紅髪八枚翼の天使――「アリシア」は、その場に集まっている十世界の幹部たちを見回すと軽く頭を下げて丁寧に礼をする


 天使の原在(アンセスター)――「十聖天」の一人であるアリシアは、かつて人間界の人間との間に愛慕の情を抱き、その間に子供を成すという禁忌を侵した天使。

 その罪を重く見た聖人に狙われ、聖人の原在(アンセスター)である天支七柱の内二人を倒すも捉えられ、先日愛梨に救出されるまで聖人界にある九世界唯一の全霊命(ファースト)専用監獄「聖浄匣塔(ネガトリウム)」最下層に幽閉されていた

 そんな経歴を持つアリシアが、九世界全ての者の友和と混濁者(マドラス)をはじめとする禁忌の存在を受け入れる理念を示す十世界(愛梨)に同調したのは、ある意味当然の流れだったのかもしれない


「――アリシア。十聖天のアリシアか」

 その身体から迸る強大にして神聖な光力を知覚した十世界の幹部達から声が漏れる中、ゆっくりと歩を進めたアリシアは、あらかじめ決められた天界総督の席へと流れる様に美麗な所作で腰かける

「久しいですね。……ゼノン様とお呼びすればよろしいでしょうか?」

「勝手にしろ」

 席の関係で魔界総督を務めるゼノンの隣になったアリシアは、横目でその姿を捉えながら語りかける

 片や悪魔の原在(アンセスター)である皇魔の一人、片や天使の原在(アンセスター)である十聖天の一角。当然二人には、世界創世の頃からの面識があった

 親しみの念の込められた微笑を向けるアリシアと、素っ気なく応じるゼノン――一見和やかなやり取りをしているように見える二人だったが、その内には互いに何かを牽制し合うような空気が生じていた


「さて、全員が揃ったところで話を始めさせてもらおう」


 しかし、そんな懐かしく新しい天使と悪魔のいがみ合いもほんの一瞬の事。全ての幹部が揃ったところで鷹揚に口を開いた覇国神の重厚な低音声が場にいる全ての者を反射的に引き締めさせる

「今回、皆に集まってもらったのは他でもない。我ら十世界がこの世界に恒久的平和をもたらすために、障害となるものを排除するための決議を求めるためだ」

 厳格な響きを帯びた声でこの場にいる全ての十世界幹部達に今回の議題内容を簡潔に告げた覇国神は、瞳のない白い目で軽く横を一瞥して口を開く

「――帝王(エンペラー)

 その声に答えて現れたのは、覇国神の力に列なる眷属の長。七人の神片(フラグメント)の一人である「帝王(エンペラー)」だった

 王冠のような角と王威を示すような金色の霊衣に身を包んだ帝王(エンペラー)は、自らの神の視線を受けると、空中にとある映像を映し出す

「まずはこれを見てもらおう。これは先日地獄界に余が赴いた際に実際に見てきた現実の光景だ」

 先日命を落とした地獄界総督「火暗(かぐら)」に代わってここに来ている黄の護鬼(ごき)――「桐架」を一瞥した帝王(エンペラー)が映し出されたのは、自分が見てきた一部始終だった


 神の領域を司り、あまねく攻撃を防ぐ力を持つ神器「神覇織(ヴァルクード)」を持つ悪魔霊雷(れらい)が光魔神と行動を共にする悪魔〝神魔〟と戦い敗れるまでの一連の流れ。

 余計な問題を起こさないように、霊雷(れらい)が十世界に潜入していた英知の樹(ブレインツリー)のスパイであることなどの情報を排除したその映像がこの場にいる全員に見せたのは、ただの全霊命(ファースト)に過ぎない神魔が、その魔力によって神の力である神器を破壊し、勝利する姿だった


「聡明な諸君らならば、この意味が理解できるはず」

 一通りの映像を流し終え、この場にいる全員――十世界盟主である愛梨までも――が驚愕と困惑に沈黙する静寂を作り出す中、覇国神がそれを打ち払うようにして声を発する

「悪魔が神の力を使わず神器を正面からその力のみで撃破した。それは、この世の理に反することだ。そしてそんな力を持つ者を野放しにしておく危険も十分に理解してもらえるものと思う」

 ただの魔力を以って神器の力を超越する神魔の力と存在は世界に理にとっての脅威というだけではない。全ての神器を使うことができる十世界盟主奏姫・愛梨にとってもその力と存在を脅かす危険因子だ

 十世界に属する者は、その理念に同調する者と愛梨個人を慕う者とに分かれ、圧倒的に後者の方が多い。自分達が大切に思う〝姫〟を危ぶませる存在を許容することなどはできるはずがない

「待ってください。覇国神(ウォー)さん。だからといって彼を滅ぼすなど私は許容できません。私達の目的は全ての人々が手を取り合い、平和に暮らせる世界を作ることです

 私達がするべきことは、神器を倒せる人物に危機感を覚えてそれを排除することではありません」

 覇国神の思惑の通り、神魔への危機感と敵意にこの場にいる多くの者が意識を向けた時、それを打ち消すように愛梨自身の清浄な声が響く

 愛梨にとって、神魔が自分の力や命を脅かすことなどさした問題ではない。神魔とも言葉を交わすことで心を通じ合わせることができると信じる愛隣の声音からは、危機感のようなものの片鱗さえ感じられなかった

「そういう訳にもいかないのですよ、姫」

「……賢聖(コマンダー)さん」

 しかし、そんなどこまでも純粋で、傷つくことも裏切られることも恐れない気高い愛梨の意志に横から異論をはさんだのは、覇国神に列なる神片(フラグメント)――「賢聖(コマンダー)」だった

 中性的な顔立ちに、戦の神の眷族の特徴である瞳のない目を愛梨に向け、十世界の盟主たる姫と視線を交錯させた賢聖(コマンダー)は、各世界を代表する幹部達に向き直って改めて言葉を発する

「皆様も聞いたことはあるでしょうが、この世界には歪みが生じています。本来異なる種族の間に生まれるはずのない愛情と命。彼は、その〝原因〟に深く関係している!」

「――!」

 自身が告げた真実に各世界の総督達が大なり小なり反応を示しているのを見回した賢聖(コマンダー)は、その力で上空に一つの映像を映し出す

「その証拠がこれです」

 その声と共に示されたのは、先の地獄界での戦いにおいて戦場に現れた戦乙女を彷彿とさせる麗しい騎士の姿だった

「彼女は〝救世主〟――護法神の神片(フラグメント)です」

 その姿を見て、一瞬ざわめきを生じさせた各世界の総督の反応に我が意を得たりとばかりに目を細めた賢聖(コマンダー)は、追い打ちをかけるようにそこに映し出された人物の正体を告げる

「――!」

「護法神は創造神の神臣(ヴァザルース)。その力に列なる者があの場にいたということは、そこにかの絶対神の意思があることの証明にほかなりません」

 映像に映し出された護法神の神片(フラグメント)救世主(オラクル)」となったシルヴィアの姿を一瞥した賢聖(コマンダー)は、この場にいる全員に向けて語りかける


 征服と拡大をもたらす「戦」を司る覇国神と、安定と繁栄をもたらす「守護」を司る護法神は、いわば光と闇、天使と悪魔のように相反する対極の存在

 そして創界神争においては、それぞれ破壊神、創造神と光と闇の神位第一位(絶対神)の下で戦った

関係にある。それであるがゆえに、覇国神の眷族達は護法神の眷族の事を良く知っているのだ


「自らが定めた不可神条約により、神の意志は直接世界に示されることはない。しかし、かの神に仕える神に列なる神片(フラグメント)が世界に干渉してきたということは、そこに何らかの形で創造神の意思が介在していることを疑う余地はないはずです」


 破壊神を下し、創界神争に勝利した創造神は、その意思を以って世界に神の意志を示すことを禁止する「不可神条約」を示し、光と闇それぞれの絶対神に列なる神々はこの世界から姿を消した

 しかし、この世界からその存在と意志を消して尚、神はこの世界を見ている(・・・・・・・・・)全霊命(ファースト)半霊命(ネクスト)、世界全てを平等に慈しみ愛する神の目は、それであるがゆえに特定のなにかや誰かに注がれることはなく、滅びさえをも見届けてきた


 だが、今回は不可神条約は、直接、あるいは間接的に神の意志を示すことさえしなければくぐり抜けることができる

 創造神の場合は、自らに忠誠を誓った神臣(ヴァザルース)――護法神とその眷属に行動を代行させることで、その意思や目的を果たすことができる

 そのうえで神の神格を持つ護法神の神片(フラグメント)が現れたということは、そこに創造神の意志が介在していることの証左といえる。ならば、あとはそこにどんな意図が含まれているのかを、読み取り、推察すればいい


「そして、創造神が動くほどの異変となれば――お分かりいただけますね?」

 特定の誰か、あるいは種族などが滅びてもそれも世の仕組みと見届ける神であろうと、九世界全てが異常をきたし、滅びへと向かうならば創造主として干渉してくる可能性は多分にある

 そこに先程自分が述べた〝世界の歪み〟が関係していると告げた賢聖(コマンダー)が視線を巡らせると、十世界の総督達はそれに一定の同意を示していた


「そうです。そして、それが事実ならば、可及的速やかに排除しなければならない」


 まるで刑を言い渡すかのように断じる賢聖(コマンダー)の声が議場に響いた瞬間、愛梨はそれを否定するべく声を上げる

「待ってください。彼が本当にそうであるとは言いきれないはずです。世界にありえないものだから――そんな理由で彼を殺めるというのならば、それは混濁者(マドラス)とその両親を抹殺する今の世界の在り方となんら変わらないではありませんか」

 賢聖(コマンダー)の言い分は正しいのかもしれない。だがそれは、愛梨にとって受け入れるわけにはいかない提案だった


 その理由は、まず一つに先程賢聖(コマンダー)が述べた神魔の危険性が事実かどうかは判然としないこと。だが仮に救世主(シルヴィア)に訊ねようと、創造神に問いかけようとそれに是という答えが返されることはない以上、それを決定づける結論は得られない

 そして二つ目に、「世界にあってはならないものだから」という理由で神魔を滅ぼすならば、それは混濁者(マドラス)とその両親を滅ぼす九世界のやり方と同じになってしまう。それは、十世界が掲げる理念に反することだ


「確かに、姫の言うことも一理はある。だが、賢聖(コマンダー)の言い分にも正当性はある」

 その時、これまで覇国神とその眷属が提案することと愛梨のやり取りに耳を傾けていた妖界の代表である二本角の妖怪――「双閣」が口を開き、重厚な声音で応じる

 そして、愛梨に絶対の忠誠を捧げる双閣の言葉に首肯を以って応じた妖精界総督「ニルベス」がそれを受けて疑問を口にする

「仮に賢聖(コマンダー)が言ったことが事実だとしたら、その元凶を殺さないのは何故だ? 彼奴を送り込んできた創造神がその世界の歪みを正そうとしているのなら、その悪魔を殺すべきなんじゃないのか?

 それをわざわざ、神庭騎士(ガーデンナイト)救世主(オラクル)にしてまで守るのは、いささか不自然に思えるのだが」


 もし神魔が世界にとって許されない存在であるのならば、護法神の眷族である救世主がその命を殺めても問題はないはず。

 だが実際はその真逆。命を奪って滅ぼすどころかその命を守るように立ちまわっている。更にこれまでの情報から、何度か接触のある護法神の眷族――「神庭騎士(ガーデンナイト)」が救世主の正体であることも分かっている

 もし賢聖(コマンダー)のいう通りの思惑ならば、その接触と行動の意味が合致していないように思えるのも当然のことだった


「だとすれば、この悪魔には創造神が神片(フラグメント)を出してまで、守る価値があるということになります。それはなんでしょうか?」

 その質問に対し、しばし――それこそ、ほんの一瞬にも満たない時間考える様な所作を見せた賢聖(コマンダー)は、別の視点からの切り口を告げる

「……さぁな」

「では、こう考えるのはどうでしょう? 不可神条約がある以上、神が世界に対してその危険を告げることはない

 もし、この悪魔が世界を歪める元凶だったとして、ただ殺すだけでは(・・・・・・・・)意味がないのだとしたら。

 この悪魔を護法神の神片(フラグメント)が守ったのならば、我々は間違いなくその行動に神の意思を見るでしょう。そうすることで、我々――この世界に生きる者に、なにかを知らしめようとした、と」

 まるでそんなやり取りを想定していたかのように、賢聖(コマンダー)は瞳のない目で総督達を見回して己の考えを提示する


 救世主が助力するならば、それは世界の街ではなく神魔が世界の歪みの原因でないとする考えが成立するならば、逆説的に神魔という悪魔には創造神が自身の神臣(ヴァザルース)である護法神に神片(フラグメント)を遣わさせてまで守る理由があることになる

 仮に賢聖(コマンダー)達が推測したように、神魔が世界を歪める存在ならば、その命をただ殺すだけでは意味がないのかもしれない。もしその推論が違っているのならば、神魔には創造神が神臣(ヴァザルース)を動かしてまで守る理由がある

 いずれにしても、確かなことは神魔という悪魔には、世界を去り、不神渉を貫いてきた創造神が干渉する理由があるということだけだ


「確かに、この悪魔に創造神が気にかけるだけの理由があるのは間違いない。だが、現状ではそれに結論を出すことはできないのではないか?」

「ならば、確かめるほかあるまい」

 賢聖(コマンダー)の言葉に一定の理解と同意を示しながらも、慎重な姿勢を崩さないニルベスの言葉に、これまで耳を傾けていた魔界総督たるゼノンが口を開く

「彼奴等の同行者のゆりかごの人間には、世界のあらゆる情報を識ることができる神器神眼(ファブリア)が宿っている。これを取り出して、その情報を得ればいい――姫の力ならばできるはずだ」

「確かに」

 ゼノンが告げた解決策に、十世界に総督達が合点がいったように反応を示す


 神魔の正体が何であれ、光魔神に同行しているゆりかごの人間――詩織に宿った神器「神眼(ファブリア)」の力があれば、事態を把握することができる可能性は高い

 神眼(ファブリア)の力があればこの世界に起きたあらゆる事象を知ることができる。ならば、それを手に入れるのは一つの解決手段であるはずだ


賢聖(コマンダー)の言うことが正しかろうと間違っていようと、ただ事態を傍観し、諦観していては取り返しのつかないことになるかもしれない」

 ゼノンの言葉を受けて口を開いたのは、愛梨の横に控える覇国神だった。

 牙の映えた口を開き、獰猛な声で言い放つ覇国神の重低音の声は、ここにいる全ての者の心を揺らすかのように震わせる


「我らは世界に姫の願う平和をもたらすことを誓った。だが、平和にするべき世界が滅びてしまってはなんの意味もない。今は、動くべき時なのだ!」


 ここにいる者達は同調であれ尊重であれ、平和を求め戦いを望まない愛梨の理念を軽んじることはない

 しかし、世界の形がどうあるべきかという前に世界そのものがなくなってしまっては何の意味もない。対話を望み戦う事を避けるあまり、世界を滅ぼしてしまっては本末転倒だ


「姫、ご決断を」

 覇気の籠った声で宣言した覇国神に視線を向けられ、意思を示すことを求められた愛梨は、この場にいる全員の視線を一身に受けながら思案に目を細める

(これが、死紅魔(シグマ)さんがおっしゃっていたことなのでしょうか……もしかしたら、死紅魔(シグマ)さんはこのことを知っていたのかもしれませんね)

 これまで何度か会ったことのある神魔を思い返し、その父であり今は亡き腹心でもある死紅魔(シグマ)が願っていたことを思い返しながら、愛梨は静かに瞑想する

(私が見た限り、神魔さんは人格的に危険な人物ではありません。ですが、心と力は時にことなるもの――かの神(・・・)がそうであるように、存在するだけで世界を滅ぼすこともあり得ない話ではないのでしょう)

 これまでの話は決して無下にできるものではない。特に神魔の存在が世界の歪みに関係しているというのならば、神の巫女の一人としても、あるいはこの世界に住まうものとしても捨て置けることではない

 愛梨は混濁者(マドラス)であろうと全ての命に幸福と平穏を望んでいる。神の巫女として異なる存在の間に愛情や子供が生まれることが異常であることは分かっていても、その命の尊厳を尊分ことを重んじているが、だからといって世界の歪みを放置しておいていいとも思っていなかった

「確かに、賢聖(コマンダー)さん達が言うように、様子見ばかりというわけにはいきません。戦うことを避けるあまり、守るべきものを失うことは避けるべきだと考えます」

 しばし逡巡を巡らせた愛梨は、重い口を開いて自分の思いを告げる

「ですが、世界を守るために何かを切り捨てることを私は望みません。仮に神魔さ――彼が世界の歪みの元凶であったとしても、最後までその命を救い、共存する道を諦めません」

 この場にいる全員に訴えかけるのは、決して命じるためではなく、愛梨が自分で自分の進むべき道を確かめるため

(それが、私の道。私が神魔さんや死紅魔(シグマ)さん、そして光魔神様に見せるべき、私の――私達の信じるものです)

 世界を救うためになにかや誰かを諦め、切り捨てることを拒絶し、全てを救うことを望む愛梨は、強い決意の宿った視線と声でこの場にいる全員、そして十世界の全員に向けての宣言を上げる


「あくまでも、対話を最優先として解決を図ります。神眼(ファブリア)を譲り受け、真相を確かめることを第一目的に。たとえ失敗しても力ずくでの解決は認めません」


「――御意」

 愛梨が告げる愛梨らしい進路に、総督達が目礼を以って応じ、傍らに控える覇国神が重厚な声を以って応じる

「しからば、姫よ。此度の戦い。儂も出陣をさせていただく」

覇国神(ウォー)さん?」

 それと同時に抑制された声で告げた言葉に愛梨が怪訝な表情を返すと、覇国神はその瞳のない白目に自身より一回り小さな姫の姿を映して答える

「もし戦いになっても、儂ならばこの神魔という悪魔を御せる。それに儂が出れば、護法神が出てくるやもしれん。もしかしたら、その行動の真偽を答えてくれるやもしれん」

 単身で神器を越える神魔の今の力は決して侮れるものではない。今回の計画と愛梨の性格を考えれば、自身が赴くことは確実。

 ならば、十世界の要である愛梨を守る者が必要となり、神位第五位の神格を持つ覇国神が随伴するならば、ここにいる誰もが納得するだろう

「分かりました。くれぐれも無理はなさらず、必要以上の戦いは避けてください」

 その言葉を受けた愛梨は、神魔への危機感というよりも話の後半――護法神から話を聞けるかもしれないという部分に可能性を覚えてそれを了承する


 覇国神と護法神は対極に位置する対の神。互いに敵対し合う存在ではあるが、そこには世界創世から培われて来た敵意と、それに等しいだけの敬意と信頼があるはず。

 それでも創造神の意図を知れるかは分からないが、愛梨はそんな微かで淡い期待でも、可能性があるならば信じるに値することだった


「我が具申を受け入れていただき感謝いたします」

 これまで中々護衛を連れていくことを受け入れてくれなかった愛梨が、自身を随伴させてくれることを

認めてくれることに覇国神は感謝を述べる

 無論、愛梨の本意が護衛にないことは理解しているが、覇国神からすれば同行さえできれば結果的に同じことだった

「では、私も同行してよろしいでしょうか?」

 その時、覇国神の申し出に同乗するように軽く手を上げて穏やかな声で進言したのは、新しく天界総督に就いた十聖天の一人「アリシア」。

 周囲の視線を一身に浴びる金髪八枚翼の天使は、その提案の理由が分かっているであろう愛梨へと視線を

向けて微笑む

「私には、どうしても会いたい人がいるのです」

「ええ、構いませんよ。それが、あなたの目的でしょうから」

 アリシアという天使のことを知っている愛梨は、十聖天の一人である彼女がこの十世界へ入った理由を思い返してその提案を了承する

「ということになれば、やはり奴らが次に向かうであろう天上界で待ち伏せをするのが最も合理的だろうな」

 覇国神と天界総督となったアリシアが愛梨に随伴することが決まったところで、妖界の代表として来ている双閣が厳かな声音で口を開く


 これまでの大貴達の一連の動きを見てきている十世界からすれば、次の行動予測は容易に立つ。今いる地獄界から向かうとすれば、その行き先が天上界となる可能性が限りなく高いのは明白だった

 必然、双閣の言葉につられるように、この場にいる全員の視線が一点に収束される。――その先にいるのは、当然大貴達の次の目的地である「天上界」で活動する天上界総督がいるべき場所だった


「――『北斗(ほくと)』。(かすみ)は何をしている? いつもいつもお前を代理として出すばかりで、一向にこの場に顔を出さない。――天上界に十世界の理念を伝える総督という立場を任された意味と責任を理解しているのか?」

 しかし、そこにいる天上界の代表に対して妖精界総督たるニルベスから発せられたのは、憤りさえ感じられる非難の言葉だった


 今、この場に天上界の代表として来ているのは、総督を任された「霞」ではない。そればかりか天上界総督である「霞」は、今代理として顔を出している「北斗」にこういった場への出席を任せ、滅多に出てこない

 愛梨に忠誠を誓う者や、十世界の理念を成さんとする者からすれば、その態度は容認しがたく、小さくない不満を抱くのも無理からぬことだと言えるだろう


「無論、霞も大変申し訳なく思っている。今回の会議の話は俺の方からしっかりとしておく」

「貴様らはいつもそうやって――」

 そして、これまでもそうしてきたように、素っ気ない言葉でうわべだけの謝罪を口にする北斗に、双閣やニルベスといった十世界と愛梨に対する思い入れの強い者達が苛立ちを言の端に乗せる

「そのくらいにしてあげてください。霞さんにも立場があるのですから」

 しかし、その怒りが発奮される前に、他ならぬ愛梨が静かな声で場を諌めると、各総督達は口にしようとしていた言葉を呑み込んで引き下がる

 実際、文句を並べたところでなにかが変わるわけではなく、忠誠や貢献の形はそれぞれ違うのだからこれ以上何を言っても意味がないのは事実だった

「おっと、そういえば俺からちょっとばかり忠告があるよ」

 そうして場の重い空気がわずかに悪くなりかけたその時、そんな空気を呼んでいないかのような、どこかおどけた声が議場に響く

「――『タウラ』」

「どうも天上人が頻繁に〝サンクセラム〟に接触してきてるらしいんだよね」

 「タウラ」と呼ばれたその声の主は、自分の名を呼んだ北斗に向けて、自身が切り出した「忠告」を告げる

「『サンクセラム』――あのレイラムを筆頭とする光の過激派(・・・・・)だったな」

「闇を滅ぼすことに執着した愚か者共め」

 聞き覚えのある名前に魔界総督であるゼノンが、この場で認識を共有する意味を込めて自身の知識の中にある「サンクセラム」について告げると、同じ光の全霊命(ファースト)であるニルベスが憤りを露にする

 サンクセラムは、闇に属する者達を滅ぼそうとする光の者達の集団。各光の世界の意向を無視し、闇に属する者達を滅ぼし続ける者達だ

「そ。それにどうも、俺達の王(・・・・)も動きだしたらしい」

 そして、二人のその言葉に同意を示したタウラが更に言葉を続けると、それを聞いた十世界の総督達に小さなざわめきが生じる

堕天使王(ロギア)が?」

 タウラは十世界に属する堕天使を総べる者。その王ということは、つまり「堕天使」の王たる「ロギア」のことだ

「――……」

 その名を聞いたアリシアは、かつて自分達十聖天の頂点に立ち、天界を総べていた最強の天使の名に、無言のまま目を細める

「ちょくちょく報告は上げてたと思うけど、具体的な時期は分からないけど、元々あいつらはちょっと前から何か動いてはいたんだよねぇ。でも、このタイミング、もしかしたらさっきの話と関係あるかもよ?」

 同じ堕天使として、堕天使王の動向を気にかけていたタウラは、これまでとは違う動きを見せ始めた堕天使王(ロギア)達の根幹に、今十世界が動こうとする理由が関係しているのではないかとも推測する

 なにか暗躍していた堕天使王、神を殺す悪魔――それに危機感を覚えた十世界がこうして動いたように、ロギアも何らかの手段でそれを知ることができたなら、自分達が話し合ったのと同じ理由で動いた可能性は十分にある

「確かに、ロギアは十聖天の長。神に最も近い天使だった男だ。――神の動向に気を配っていても不思議ではない」

「そうですね」

 タウラの言葉に同意を示すように、悪魔の原在(アンセスター)の一角であるゼノンが答えると、十聖天の一人であるアリシアも神妙な面差しで頷く

「そうか。ならばその言葉、胸に留めておこう」

 その話と反応を見据えた覇国神は、鷹揚な態度で頷いて応じると、この場に集った十世界の総督達を見回して訊ねる

「他になにか質問や言いたいことのある者はいるか?」

 その問いかけに、十世界の総督達、反逆神、愛梨――この場にいる全ての者達が沈黙を以って答えると、覇国神はそれを肯定と受け取って一つ頷く


「――では諸君。これにて解散する」





「貴様と意見が合うのは珍しいな」


 会議が終了し、各々が議場を離れ始めたところで覇国神は、その瞳のない目を愛梨を挟んで反対側に控えるもう一柱の異端神――「反逆神・アークエネミー」へと向ける

 元々この会議が始まる前に、覇国神は反逆神と顔を合わせて先の会議の内容に関して意見をすり合わせていた


 先日の地獄界での戦いには、反逆神の眷族「悪意を振りまくものマリシウス・スキャッター」の一人――「狂楽に享じるものウォール・ド・ライデシレース」が参加し、さらに「傍観者(アノン・ルッカー)」が覗き見ていたことは容易に想像がつく

 それら二人から神器を滅ぼす力を伝え聞いたであろう反逆神が、覇国神の提案に乗ってきたのはある種の必然だったといえる


「こうなることは分かっていただろう? それにそんな訳の分からないやつに、姫を殺されてはたまらないしな」

 そもそも普段なら、一切相談などをしてこない覇国神が事前に呼びつけて話をした時点で、ある程度の見込みがあったのであろうことは反逆神(アークエネミー)には分かっていた。


 反逆神はこの世界における唯一にして絶対の神敵。同じ円卓の神座であっても、他の神々から相応に敵視され、警戒されている。そしてだからこそ、その神々は反逆神のことを良く知っている

 反逆神とその力に列なる眷属は、神に敵対する反逆の存在。それ故に敵対するべきものが失われることを最も嫌う

 世界が滅びるなど、その最たるものの一つ。神が作り出し、反逆神にとって敵対するべき対象である世界という枠組が滅び去るなど、その悪意が認めるはずがない。


 さらに、世界の理に合致しない理念をもって世界に平和をもたらそうとする十世界盟主「愛梨」が危険に晒されることは、その理念の行く末に興味を抱いている神敵(悪意)の観点からしても歓迎するべきことではない

 だからこそ、今回に限り極めて珍しいことだが、覇国神と反逆神は互いの利害の一致から協力関係を結んでいた


「お前はどうする気だ?」

 愛梨に同行することが決まっている覇国神が視線を合わせることなく問いかけると、反逆神は自分達のやり取りを見守っている愛梨と十世界総督達に視線を配ってから口端を吊り上げる

「差し当たっては、〝悪意の王(マリシオン)〟を復活させるところから始めさせてもらうつもりだ」

「――!」

 その言葉に、愛梨を始めとした十世界の面々が息を呑み、一時の意見の一致を見ている覇国神までもが剣呑な光を灯す

 その視線を受けた反逆神は、その身体から神の作り出したこの世の理に叛するその力を断ち昇らせ、普段は自分が向けられる敵意に満ちた表情を浮かべる


「もし、お前達の狙うあれが本当に世界を滅ぼすならば、神敵たる悪意(この俺)と同胞達が全霊を以って滅ぼしてくれる」


 神敵であるがゆえに、自分以外がこの世を害することを――まして、自分の好敵手たる世界を滅ぼしかねない存在を許すことなどできない反逆神は、その意思を十世界と愛梨に示すのだった






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