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魔界闘神伝  作者: 和和和和
ゆりかごの世界編
25/305

十世界を統べる者






 この世界に神はいない。

 いや、正確には「いた」のだ。


 すべての全霊命ファーストの祖にして、この世界とそこに生きとし生けるものすべてを生み出した世界最初にして完全無欠の存在である「神」。

 その神は、「創界神争」と呼ばれる光と闇の神による世界最初にして最大の大戦の後、この世界からその存在を消し、光と闇の神から生まれた異端神だけがこの世界に残った。


 神が去った理由は至極簡単。「この世界を創造したから」だ


 世界を生み出し、この世界のありようを定めた神々は、後の事を生み出した者達に委ねた。さながら「折角自分で考え、行動する力があるのだから、()の言いなりにならずに自分達の事は自分達でしなさい」といった所だろう。


 しかし、この世界から消えた神はこの世界を創造せしめた光と闇の神だけ。その神から生まれし神ならざる神「異端神」はこの世界に残された。

 神から生まれ、神にも等しい存在である異端神。そしてその頂点に位置する「円卓の神座」と呼ばれる神々――


 №0『無極神むきょくしん・ノウト』、№1『光魔神こうましん・エンドレス』、№2『反逆神はんぎゃくしん・アークエネミー』、№3『自然神しぜんしん・ユニバース』、№4『文明神ぶんめいしん・サイビルゼイト』、№5『慾界神よっかいしん・ディザイア』、№6『産誕神さんたんしん・ヴァース』、№7『鏡界神きょうかいしん・ミラー』、№8『夢想神むそうしん・レヴェリー』、№9『覇国神はこくしん・ウォー』、№10『護法神ごほうしん・セイヴ』、№11『司法神しほうしん・ルール』、№12『調停神ちょうていしん・バランス』


 №0を中心として円卓に並べられる最強の十三の異端神は、九世界にとって利益と不利益を同時にもたらす存在。



(最強の異端神、円卓の神座№2、反逆神。十世界に組するこの神は円卓の神座の最強の三柱の一柱。こいつを倒せるのは、同格の神「光魔神」だけ)

 十世界盟主「姫」が同盟を結び、協力を得た反逆神は、円卓の神座の中でも最強の神。即ちこの世界の中で最強といえる存在でもある。

 そして今この九世界でその反逆神に対抗しうるのは光魔神のみ。つまり、いまだ未覚醒とはいえ光魔神の力を宿した大貴は十世界を倒す唯一の希望。

(神がいないこの世界で神を殺すには、神を以って神を制するしかない!)

 自身の武器「天星」の切っ先を大貴に向けた紫怨は、瞳の中に映るその姿に目をわずかに細める

 その目には大貴――すなわち光魔神を覚醒させる決意が宿っており、そしてその未来()にある自身の目的と、それが果たされる日が幻視されている

「!」

(光魔神の覚醒……)

 自身の目的を力強く宣言した紫怨の言葉に、その目的である自分とその力を再認識させられた大貴は手にした刀の柄を握り締めて意識の奥に湧き上がる言葉に耳を傾ける


《お前は自分の価値を理解してないからな》


 紫怨の言葉によって大貴の脳裏に不意に甦ってきたのは、以前聞いたクロスの言葉と、そこに含まれていた意味――



 それは、戦兵レギオンのジュダを筆頭とした十世界のメンバーが大貴を十世界に勧誘しにきた後の事。

「……なあ、光魔神っていうのは何なんだ?」

 十世界、そして神庭騎士ガーデンナイトのシルヴィアが去ったのを見送った大貴は、ポツリと呟く

「大貴……」

 空を仰ぎながら、まるで果ての見えない天のように答えのない答えに視線を向けているように見える大貴の姿に、詩織はその心を案じて不安に彩られた小さな声で呟く

「光にも闇にも属さない神から生まれた神ならざる神、『異端神』の中でも最強の力を持つ円卓の神座の頂点。この九世界で唯一光と闇の力を同時に行使する事ができる存在で、九世界の人間を生み出した神……だな」

 虚空を仰ぎ、空虚な答えを求めるように発せられた大貴の言葉を受けたクロスは、その姿を一瞥して淡々とした口調で答える

「それは知ってる!」

 しかし、そんなクロスの答えが不満だったのか、あるいは事務的な対応が気に障ったのかは分からないが、大貴は静かな声の中に苛立ちに似た尖った感情を宿して言い放つ

「俺が聞きたいのはそんな事じゃなくて……」

 そこまで言葉を紡ぎながら、拳を握りしめて唇を引き結んだ大貴に、マリアはその慈愛に満ちた視線を向ける

「光魔神は、今現在この九世界で最強の力を持った存在です」

 言葉足らずなクロスの言葉に、静かに気を立てている大貴を鎮めるように、マリアは静かな声でその言葉を遮る


 自身の価値を思い知らされ、しかし自身の価値に対する不信感が自信よりも上回っている大貴に、マリアはそのわだかまりを解くべく慈愛に満ちた声で語りかけていく

 それは、マリアにとって光魔神(大貴)の護衛としての役目であると同時に、突如異端神の力を手に入れた大貴の姿が、人と天使の混濁者(マドラス)として自身の価値を見失いがちになる自分と重なったことに対する既視感によるものでもあったのかもしれない


「『円卓の神座』と一口に括られていますが、その中でも№0、1、2の三柱の神は、他の神と比べても別格の力を持っています。

 今現在九世界にいるのは、先程シルヴィアさんが言っていたように№2、反逆神だけ。№0は封じられていて、№1――つまり光魔神たいきさんは死んだ事になっていました」

「けど、その死んだはずの光魔神が実は生きていた。これが九世界と十世界にとっては何よりも重要な事なんだ」

「……?」

 粛々と言葉を紡いでいくマリアの言葉を引き継いだクロスの言葉に、大貴は怪訝そうに眉をひそめる

「ええ。先程も申し上げましたが、光魔神は異端神最強の一角です。つまりそれは光魔神(あなた)の力があれば反逆神に対抗しうるということ。

 そして、その力があるという事が、九世界にとってかけがえのない価値を持つのです」

「何で? そんなに光魔神の力ってのは凄いものなのか?」

 大貴の怪訝そうな言葉に、クロスの言葉を引用して強調するように言葉を続けたマリアは、軽く目を伏せる

「ああ。お前は自分の価値を理解していないからな」

「俺の価値……?」

 クロスの言葉に大貴が訝しむと、マリアは優しい笑みをたたえたまま、心に染み入るような天上の声でその理由を説明する

「神のいなくなった現行の九世界において、反逆神は間違いなく最強の存在。そして光魔神はそれと同等の力を持つ唯一の存在――つまりあなたが持つ力は、完全に覚醒すれば、現九世界最強ということです」

「……?」

 マリアが告げた事実を聞きながらも、どこか実感がわかない様子の大貴とその意味と価値を今一つ理解していないであろう詩織が首を傾げる

「世界最強の力だ。欲しがる奴も、危険視する奴も大勢いるだろ」

「あ、なるほど」

 良くも悪くも「力」というものに対して認識が弱い二人を見たクロスがどこか辟易した様子で簡潔に言うと、それを聞いた詩織は合点がいったように目を瞠る

「とにかく、神の力っていうのは九世界で最強の力だ。それを持つお前と、お前に宿った力は九世界の奴らがこぞって欲しがるだけの価値があるんだ。……忘れるなよ」

「……ああ」

 念を押すように言ったクロスの言葉に、一瞬の間を置いて頷いた大貴は、自身の手のひらに視線を落とすと、どこか自嘲とも皮肉とも取れる声で己に宿った力に声を向ける

「最強の力……か」




(これが……俺の価値なのか)

 目の前にいる紫怨たちの一段と、堕天使に捉えられた姉の姿を見て、大貴は内心で自嘲気味に吐き捨てる

 守るために力を求めた。そしてその力を得たと思っていた。しかし、その力は同時に自身と、自分の守ろうとしたものにも危害を加える事になってしまった

(皮肉なもんだな……なら)

 しかし、大貴の心の中には絶望も落胆も無い。自分に宿った力がそれだけ恐れられているという事は、裏を返せばその力を使いこなせればそれは自分にとってかけがえのないモノを守る力になるという事なのだから

「……なら、手に入れてやるさ。誰にも届かせない、誰にも傷つけさせない最強の力を!」

 自分に言い聞かせるように言って、大貴は刀を持つ手に力を込める

 自身の力が災いを招くなら、自身の力が周囲の者を巻き込んでしまうのなら、欲し、恐れられるこの力で全てを守り、すべての敵を退ければいい

「……以前よりもゆりかごの毒が薄くなっているな」

「ああ、いい傾向だ」

 その様子を見て小さく呟いた臥角に、紫怨が静かに応じる

「いくぞ……援護を頼む」

「ああ」

 大貴に向かって一直線に飛翔する紫怨に、棍を手にした臥角が続く。

 光をはるかに凌ぐ速さで大貴に肉迫した紫怨は、魔力を通わせた自身の武器を大貴に向けて振りかざす。

 漆黒の魔力を帯びた刃がまるで漆黒の翼のように天を遮り、世界を斬り裂かんばかりの暴虐な力が荒れ狂う。

「っ!」

 紫怨の一撃に大貴が身構えた瞬間、その横を漆黒の闇が光をはるかに上回る速さで通り過ぎ、紫怨の刃を阻む

「なっ!?」

「神魔!」

「させないよ」

 遮られた魔力が漆黒の力の渦となって炸裂し、そこに込められた破壊の意志が、その意志のままに眼下に広がる隔離空間の街を粉々に粉砕する。

「……!」

 紫怨の一撃を大槍刀の漆黒の刀身で受け止めた神魔は、砕け散る眼下の町並みを背に不敵な笑みを浮かべて紫怨と視線を交錯させる

「悪いけど僕の相手をしてもらうよ……聞きたいこともあるしね」

「……臥角!!」

「ああ」

 神魔に攻撃を阻まれた紫怨が声を上げると、それに応じた臥角が漆黒の閃光となって大貴に肉迫してくる

「ムン!!」

 その神格に比例した神速で彼我の距離を無にし、自身の武器である棍棒に魔力を通わせて万物を破壊する鉄槌へと変えた臥角は、その破壊を惜しげもなく大貴に向けて解放する

「!」

 しかしその攻撃に的確に反応した大貴は、自身の武器である刀に光の力の身を纏わせて臥角の一撃を受け止める。

 臥角の棍に込められた魔力が大貴の光の力によって中和され、無力化され、その破壊の力を完全に殺される

「ほう、以前よりも力の扱いが上手くなっているな」

「それはどうも」

 刀で受け止めたにもかかわらず鋼鉄の塊で殴られたような衝撃を伝えてきた臥角の攻撃に、大貴は目を細めて言い放つ。

 自分の力の未熟さは自分が一番よく分かっている。だからこそ大貴は戦いの中で足を引っ張らないように、少しでも力になれるようにとクロスと神魔に協力してもらって力の錬度を高めてきた。

「順調に覚醒に向かっているらしいな。……ならば、神への最後の一歩は俺が後押ししてやろう」

「……後悔するなよ」

 距離をとった臥角は、棍に魔力を通して大貴に鋭い視線を向ける。その刃のような視線を受けて、大貴は手にした刀の切っ先を臥角へと向けた





「……レスカ」

「何……って、っと!」

 純黒の翼の堕天使の声に視線を向けたレスカは、堕天使が無造作に放り投げた詩織を受け取る

「ちょっ、危ないじゃない! どういうつもり!?」

「その女はお前がもっていろ。俺は少し戦りたい相手がいる」

「え? あっ! ちょっと!?」

 レスカの言葉に耳を傾ける事無く翼を広げてその場を離れていく。

「……まったく、自分勝手な男」

 純黒の六枚の翼を広げた堕天使から気を失っている詩織を受け取ったレスカは、魔力で詩織を風船のように浮かべながら去って行く堕天使の後ろ姿に嘆息する。

「桜。詩織さんを!」

「かしこまりました」

 紫怨と刃をぶつけ合い、距離を取った神魔の声に涼やかな声が応じる。

 刹那、桜色の癖のない髪が風に舞い、まるで桜吹雪のように空に美しく舞い踊る

「私の相手はあなた?」

「その方を渡していただけますか?」

 白い羽織を風に遊ばせ、清楚に微笑む桜の言葉に詩織を一瞥したレスカは目を伏せて微笑む

「いいわよ」

 そう言って指を軽く振ると、詩織の身体が空中を滑り、桜の元へと流れたかのように移動する

「自己紹介がまだだったわね。レスカよ。そしてこれが私の力『貫刺揚羽かんざしあげは』。……よろしくね」

 まるでこうもり傘のような骨組みを持った身の丈に届く強大な扇を見せつけ、レスカは小さく口元に笑みを刻む。

「……・桜と申します」

 レスカの笑みに応じた桜は、その手に自身の武器である薙刀を召喚してその切っ先をレスカに向ける。

「こちらこそ。……とは言え、そのお荷物を抱えながら私の戦えるのかしら?」

 桜が結界で包み込んだ詩織を一瞥してレスカが微笑む

 詩織を守りながら戦わなければならない桜は、半霊命ネクスト全霊命ファーストの放つ殺気や闘気で命を死なないように結界を作らなければならない。

 だが結界を維持するために常に一定量の魔力を割かなければならず、実力が拮抗したもの同士ではそれが命取りになることもある。

「それが、神魔様に望んでいただいたわたくしの望みですから」

 しかし、それを十分に承知しながらも桜は詩織を結界に包み込み、その身から夜桜の魔力を放出する。

「容赦はしないわよ」

「はい」

 迷いなく言い切った桜の言葉とよどみない魔力を受けて言ったレスカの言葉に桜は優しく微笑みながら冷徹な殺気を放った。





 純黒の六枚の翼が空を切り裂き、純白の翼を広げているクロスの前に立ちはだかる

「堕天使か……俺の相手はお前か」

「ああ。俺の名は『ハイゼル』……そしてこれが俺の力『ラミナコルヌ』」

 そう言って純黒の翼の堕天使――ハイゼルは、手元に自身の光魔力を武器として顕在化させる

 それは槍のように長い柄を持ち、その先端がU字になっている「刺又」。まるで巨大な角のような刀身を持ったその武器を見て、クロスも自身の武器である大剣を顕在化させる

「クロスだ」

「そうか……クロス、お前には聞きたい事がある」

「何だ?」

「お前はあの混濁者マドラスの女と恋仲なのか!?」

「……なっ!?」

 マリアを一瞥したハイゼルの言葉に、クロスは顔を赤らめ、目に見えて動揺する

「何でそんな事お前に言わなきゃなんねぇんだ!?」

「確かめたいからだ。俺と同じ・・・・混濁者マドラスがこの世界で幸福を勝ち得るのかを」

「……!」

 抑制の利いた声で発せられたハイゼルの言葉に、まるで熱が冷めたように一瞬でその表情から困惑の色をかき消したクロスは大剣を構えた





 神魔対紫怨、大貴対臥角、桜対レスカ、クロス対ハイゼル。それぞれの戦いが始まったのを見て、金色の髪をなびかせる青年は、自身の武器である杖を顕在化しているマリアに肩を竦めてみせる。

「やれやれ……みんな好き勝手に始めてしまったね。おかげで僕の相手は君になってしまったよ」

「私では不満ですか?」

 まるで嘲られているような言葉を向けられたマリアが、苦笑と共に戦意を漲らせると、その光力の高まりを知覚した金髪の青年は、それに視線を向けて小さく息をつく

「いやいや。君みたいな子は、純粋な戦意と殺意の中で命をやり取りする美しい戦いの美学を否定するだろう?」

「……肯定はしかねます」

 マリアの言葉を聞いた金髪の青年は両手を広げるようにして、その整った顔立ちとは真逆の獣の笑みを浮かべる。

「僕はね、戦いたいのさ。美しく、華麗に、優雅に!! だから戦う相手にも美学を求めるんだよ。

 ただ純粋な殺意と戦意の元で命をやり取りし、生を研ぎ澄ませる。そうする事で戦いはより美しい芸術の領域へと昇華されるんだ!! ――君にこの素晴らしさが分かるかい?」

「……残念ながら」

「やっぱりね……本当に残念だ」

 マリアの言葉に、金髪の青年は落胆したように息をつく

「戦う事は生きる事です。そして殺す事もまた同義。それはこの世界の真理ともいえるものです。

 私は戦いを否定しません。ただ、賛美することもありません。私は私の信じるものと、守りたいものを守るために戦うだけです」

 全身を聖浄な光で輝かせたマリアを見て、金髪の青年は血に飢えた獣のような笑みでマリアを射抜く

「なら、この僕――『椰子白(やしろ)』が君に教えてあげるよ。死の恐怖に晒された時にこそ、命は最も美しく花開かせると言う事を!!」





 紫怨の意志によってはじめられた戦いが火蓋を切ろうとしていたまさにその頃、十世界の中枢では扇形に広がった議場の壇上には、十世界の幹部にして異端神の力に列なる人物――戦王(ブレイカー)が一人佇んでいた

「どういう事だ!? 誰がこんな事をしろと言った!?」

 その存在の特徴である瞳のない目に憤りを露にした戦王(ブレイカー)が抑揚の利いた声の中に僅かな怒気を孕ませる

 空中に浮かぶ球体に映し出されるゆりかごの世界の戦いを見て声を静かに荒げた戦王(ブレイカー)は、そこに集まった十世界の面々を見回すと、その中で最前列に座っている男を睨み付けて声をかける

「……ゼノン!!」

 ゼノンと呼ばれたその人物は、戦王(ブレイカー)の強い語気を受け、金色の視線で壇上にいる怒声の主を真正面か見据える

「俺の命令ではない。そいつらの独断だ」

 釈明も言い訳もするつもりも無いゼノンの言葉に、戦王は口を開く

「だとしても十世界に所属する悪魔の筆頭であるお前が知らないで通すわけにはいかないだろう?」

「…………」

 戦王の言葉に、両腕を組んだ態勢を崩さず、沈黙を守って耳を傾けているゼノンは、感情を全く見せずに場の成り行きを見守る

「紫怨……」

 その様子を議場の奥から見ていた茉莉は、祈るように両手を合わせる

「とりあえず誰かに戦いを止めさせればいいのか?」

「そうだな」

 戦王の言葉に、これまで黙していたゼノンが口を開く

「っ! でしたら……」

「いえ、必要ありません」

 声を上げようとした茉莉を、清流のように澄み渡った声がさえぎる。

 その声の方へ視線を向けると、そこには腰までの長さの金色の髪をなびかせ、背後に先導者ヘイト・アリーダー平等を謳うものディクロア・エクアリティの二人を従えた女性が佇んでいた。

「姫……!」

 そこにいる人物を見止めて、その場にいる全員が目を見開く


 流れる金糸の髪。白い肌と整った顔立ち。優しく穏やかな雰囲気を纏ったその女性が現れただけで刺々しかったその場の空気が一瞬で柔らかなものに変えられる。

 腰まで届く金色の髪を両肩の前で三つ編みにして胸の前で揺らすその女性の名は「愛梨あいり」。――十世界の盟主にして「姫」と呼ばれる人物だ


「必要ない……とは?」

 十世界盟主・愛梨の言葉に、戦王(ブレイカー)は怪訝そうに視線を向ける

「彼らを止める必要はないと申し上げています。彼らのしたいようにさせて差し上げましょう?」

 愛梨の言葉に戦王(ブレイカー)が話を続ける

「お言葉ですが、この一件で光魔神が十世界(我々)への敵対心を抱いてしまっては一大事です! 場合によっては九世界との全面戦争に突入する事も……」

「大丈夫ですよ」

 戦王(ブレイカー)の言葉を優しい口調で否定し、愛梨は穏やかに微笑む

「光魔神様はそんな短絡的な事をなさる方には見えません。……私達の想いをありのままに伝えれば、きっと分かって下さるはずです」

「ですが……」

「敵対したから敵になる訳ではありません。戦ったから敵になるのでもありません。私たちの心が敵と定めてしまった瞬間に、敵が生まれるのです。

 この程度で争いになるのなら、私たちが目指す九世界の完全統一などなしえるはずがないと思いませんか?」

 胸に手を当てて愛梨が優しく微笑む


 十世界の目的は、九世界のすべての世界を争いのない一つの世界として統一する事。今までの歴史も、価値観も、全ての障害を越えてそれらを一つにする事は、決して楽な事では無いのだ


「ちゃんと伝えましょう? 刃を向けられても、敵意を向けられても、虐げられても、罵られても、拒絶されても――伝わるまで、届くまで……そして変わるまで。

 すぐには無理でも、少しずつでも私達の声を聞いてくれる人が、私達の言葉に耳を傾けてくれる人が現れてくれます。

 だから光魔神様にも伝わるまで語りかけましょう。私達は守るために武器を取るのと同じように、守るために武器を捨てる事もできるのですから」

 愛梨はその場にいる全員を見回して、優しく微笑みかけながら言う。それはただの夢物語、現実を知らない子供が抱くような幻想と楽観的な希望で彩れられた滑稽な想い

 しかし、愛梨の言葉は、声は、一途で純粋な想いは、そんな馬鹿らしい幻想を実現できるような気にさせる。

「では、しお……彼らを見捨てるのですか?」

「いえ、違います」

 声を上げた茉莉を、愛梨の声が優しく否定する

「ここまでの事をすれば、いかに私がお人好しでも看過できない事くらいは彼らにも分かっているはずです」

「それは……っ」

 愛梨の言葉に、茉莉は言葉を詰まらせる


 紫怨達がしたのは、独断による十世界という組織の秩序の無視と冒涜。これを野放しにすれば組織全体の秩序の崩壊を招く事にもなりかねない。

 いかに姫が甘い性格でも、こんな事をすれば何かしらの罰則は免れることはできないだろう――そしてそれは、当然行動を起こした者達も理解しているはずだ


「つまり、彼らはこの戦いにそれだけの覚悟を以って挑んでいるのです。それこそ、十世界(私達)と決別するほどの覚悟で」

「……っ!」

 愛梨の言葉に茉莉は目を見開く

「それだけ彼らはこの戦いに信念と命を懸けているのです。今の私達がするべきなのは、戦いを止めることでも、彼らの命を守ることでもありません。彼らの覚悟を尊び、戦いの行方を見届けて差し上げることです」

「では姫、奴らを見逃すのですか?」

「見逃すかどうかは分かりません」

 そのやり取りを聞いていた戦王(ブレイカー)がその意思を求めるように問いかけると、愛梨は目を伏せて呟く


 愛梨は十世界の長として十世界の尊厳を守りながらも、紫怨たちの意志を尊び、許し認める道を選んだ

 紫怨たちの考えと覚悟を認め、十世界を裏切ったあり方を許し、それを否定する。紫怨たちのした事は許さない。しかし、その考えと行動に最大級の温情をかけているのだ


「……姫、その甘さがいつかあなたの首を絞める事になりますよ?」

 ゆりかごの世界での戦いに視線を向け、憂いと慈しみ、見守る相反する感情を一つの表情に宿した愛梨に、今まで沈黙を守っていた先導者(ヘイト・アリーダー)が抑揚のない声を向ける

「その時はその時です」

 しかし、その言葉を受けた愛梨は、十世界の同胞達の視線に苦笑じみた微笑みを浮かべて応じる

「皆さんの気遣いと思いやりには感謝しています。でも、私は私のようにしか生きられませんから」

 愛梨はそう言ってから再び言葉に想いを乗せて、その場にいる全員に語りかける。

 無警戒に、愚直に、単純に、純粋にありのままの心を話し、愛梨は満面の笑みを浮かべる。

「とにかく、今はこの戦いを見守りましょう」

「……わかりませした」

 微笑んだ愛梨の言葉に、戦王はしぶしぶと言った様子ながらも頭を下げる。

(紫怨……私は、またあなたを傷つけてしまったの……?)

 その様子を見て目を伏せた茉莉は、祈るように手を合わせる。

 かすかに震えるその身体は今にも折れてしまいそうなほどに華奢で、普段の茉莉を知る者がいれば信じられないほどに弱々しく見えたに違いない。

(私には……紫怨を止めにいく資格なんてない……)

 茉莉の心の中の慟哭は、誰の耳にも届く事はなかった





 純白の四枚の翼が空を斬り裂く

 光をはるかに凌ぐ速度と物理法則を完全に無視する神能ゴットクロアの特性によって速度を全く落とさない直角方向転換や急上昇、急降下を繰り返しながらマリアは天を飛翔する。

(っ、予想以上ですね、あれは……)

「逃げてばかりでは勝てないよ?」

 光を置き去りにし、空間を切り捨てる速度で移動するマリアの背後に椰子白(やしろ)が肉迫し、その手に持った身の丈の程の大剣を振り下ろす

「っ!」

 椰子白(やしろ)が振り下ろした刃をマリアは光力を纏わせた杖で受け止める。

 身の丈ほどに巨大な椰子白(やしろ)の大剣が「切断」というよりは「叩き折る」といった方が妥当な衝撃をマリアに伝え、身体の芯から震わせる

「分かっているよね? 僕の攻撃はここからだよ」

 大刀を受け止めたマリアに椰子白(やしろ)が笑みを浮かべる。

 それと同時に、椰子白(やしろ)の武器の刀身が唸りを上げながら高速で回転を始める。その様は大剣というよりもチェーンソー。高速で回転する刃が魔力の火花を散らせながらマリアの武器である杖の柄を今にも削断しようとする。

「くっ……!」

 今にも自分の五体を細切れに斬り裂こうとする椰子白(やしろ)の大剣の回転刃に怯む事無く、マリアは純白の翼に光力を収束させ、そのままの体勢で無数の光の流星を放つ。

 マリアの翼から放たれた純白の光星は、不規則な軌道を描きながらも椰子白(やしろ)に向けて縦横無尽に空を切り裂く。

「おっと」

 マリアが放った光の流星を回避し、後方へ飛んだ椰子白(やしろ)は回転していた刃を止めて大剣の丸い切っ先をマリアに向ける

「これが僕の武器、『廻茨棘スピーレローターレ』。回転する刀身を持った両刃の大剣さ。回転するこの刃は、敵を抉り、切り裂き、引き千切る……」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべた椰子白(やしろ)は、肩口から大量の赤い血炎を立ち昇らせるマリアの姿を視界に捉える

「君のようにね」

「……っ」

(かすっただけでこの威力……まともに受けたら危ないですね)

 肩口から立ち昇る血炎を一瞥し、苦痛に眉を寄せながらマリアは目を細める。

「僕の武器で命を落とす瞬間、敵はこの世界に真紅の花を残すんだ。大輪の死に華。命の最後を飾るには相応しい美しさだ」

 自身の武器の刀身を指でなぞってうっとりした表情を浮かべる椰子白(やしろ)を前に、マリアは怯む事も臆する事もなく、衰える事を知らない純粋で清廉な光力を身に纏う

「残念ですが、私はここで死ぬつもりはありません」

「なら、どちらかが戦いと人生の最後を彩る真紅の血花となって散るまで殺し合おうじゃないか!!」

 笑みを浮かべた椰子白(やしろ)は惜しみなく魔力を放出し、それに答えるようにマリアも純白の光力を解放する。

「はああああっ!」

 どちらからともなく空を切り裂いたマリアと椰子白(やしろ)は一瞬にして肉迫して激突し、光と闇の力が炸裂した





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