神々の闘争
「なゼ、ソレはワシの力の中で平然とシておル?」
枯れた枝のように細く、しかしそれそのものが死の化生を思わせる悍ましく、おどろおどろしい指先で詩織を指示した百を超える感染者達が、異口同音にその一言を発する
「――?」
不気味に響くその声で紡がれた言葉に詩織が息を呑む傍ら、それを守る結界を展開する神魔も怪訝そうにその眉を顰めていた
一斉に詩織へと意識を向ける同じ姿をした病の眷属達に、桜と瑞希、静や皇がつられるように視線を向ける中、病神の依り代である厄真はその意味を正しく理解していた
(確かに。いくら、魔力で結界を作ろうが、罹恙神の力が満ちているこの場所で、半霊命――それも、最弱の〝ゆりかご〟がなぜ、ああも平然としている?)
研ぎ澄まされた刃を思わせる攻撃的で鋭い目を細め、神魔の結界に守られた詩織を見る厄真は、この一帯に満ちる罹恙神の神能――罹痛へと視線を巡らせる
罹恙神の力である異常と異変とは健常を害うこと。〝病〟とも呼ばれるその力は、決して細菌やウイルスによって引き起こされるものではない
先天的、後天的に生じる精神の異常や身体の異変――外的要因ではなく、理由があるものもないものも含めた内的要因もまたそんな力の一種なのだ
そして、この一帯には罹恙神の力が満ちており、その病の力による影響をもたらしている。感染者の力による影響ならば、神魔の魔力結界で十分に防ぐことができるだろうが、神位第六位にある罹恙神本体の力の影響を一介の悪魔の力で防ぐことなどできるはずはない
生命体として完成されているがゆえに、外的要因以外での病や異変とは無縁の全霊命はともかく、根源的に異なる存在である半霊命は、その影響を受けていなければならない
そう。本来ならば、詩織は病神の力の影響によって、神経は麻痺し、肉が衰え、骨は軟くなり、肌が爛れる――その力の影響であらゆる異変に見舞われ、その生命活動が脅かされていて然るべきはずなのだ。にも関わらず、詩織にはなんの異変や異常も起きていない。それは、見過ごすことのできない〝異常〟だった
(その理由として考えられるとすれば、光魔神の太極が吸収しているか、そうでなければ――)
罹恙神を宿す依り代として、その力を誰よりも知っている厄真は、異常が起きていないという異常を解明せんと、その視線を向けて沈黙の中で思案を巡らせる
現状、その理由として考えられるとすれば、あらゆる力と共鳴し、その力を自分のものとして取り込む特性を持つ光魔神の太極の力によるもの。そうでなければ――
「――貴様カ?」
「――!?」
厄真と同時に全く同じ結論に達したのであろう感染者の口から悍めいた声が零れ、漆黒の虚を抱く空眼が詩織を守る魔力の結界を展開している神魔へと向けられる
その言葉の意味を掴みあぐねる神魔に、感染者達の明確な害意が向けられた瞬間、戦場に魔力と鬼力の嵐が吹き荒れる
鬼の原在たる緑と青の六道――「静」と「皇」の攻撃が感染者達を呑み込み、神速で肉薄した桜と瑞希の斬閃が厄真の首を斬り落とさんと迸る
「ッ!」
漆黒の魔力を帯び、翼のようにその力を広げる双剣の閃きと夜桜の魔力を纏う恐ろしいほどに澄んだ薙刀の斬撃を回避して飛びずさった厄真は、躱しきれずに掠めた斬撃で受けた傷から血炎を立ち昇らせながら、その攻撃を放った二人の女を左右それぞれの瞳に映す
「油断しすぎよ。不死身だからといって痛みや恐怖がないわけではないのでしょう?」
双剣を構え、凛とした声音で言った瑞希が厄真へ向けて不敵な笑みを向けると、薙刀を構え直した桜がそれに続く
「神魔様には、指一本触れさせません」
しなやかでありながら決して折れない強い心を宿した淑然とした声音で言う桜は、命に係わるほどの深い傷を負った神魔をこれ以上戦わせないため、先程の霊雷との戦いでは何もできなかった自身を戒めるようにして言う
「ハッ! 面白れぇ」
その言葉に鼻を鳴らして言い放った厄真は、その手に握る武骨な形の大剣に魔力と、離れていても依り代たるその身に宿る病神の力を注ぎ込んでいく
※
光と闇――相反しながらも決して両立しえないこの世の全てをたった一つの力として内包する太極の力が渦を巻き、全てを全へと還す黒白の嵐が吹き荒れる
混じり合うことなく同時に存在し、互いを否定し合いながらもそれによってその存在が確立されている太極の力を従える大貴は、左右非対称色の翼を広げ、手にした太刀を振るう
この世界の万象に共鳴する太極の斬閃が理を超越した神速で振るわれると、それを見計らったかのように黒白の力の嵐を貫いてきた金色の槍の穂先とぶつかり合って火花を散らす
無論、実際は大貴の斬撃が太極の力を貫いてきた金色の戦槍を迎撃したに過ぎない。神位第六位の神格を得たことで、今の太極の力は、並の全霊命ならば、周囲に満ちる黒白の力に触れただけでその存在を構築する神能ごと取り込まれてしまうほどに強力になっている
にも拘わらず、存在全てを呑み込む神の太極の力さえをも貫いて大貴へと攻撃を仕掛けた人物――円卓の神座№9「覇国神・ウォー」の七人の神片ユニットの一人「帝王」は、その周囲に無数の光剣を浮かべながら不敵に笑っていた
「……ッ」
戦の神の眷属の特徴である瞳のない白眼で自分に視線を向けてくる帝王に歯噛みした大貴は、このままでは埒が明かないと考え、黒白の翼を羽ばたかせて一気にその距離を詰める
神の領域に達した神格に比例する神速は、大貴と帝王を世界の理から乖離させ、時間の存在しない無時刻の世界を永遠のものとしていた
そんな神の神速を以って距離を詰め、横薙ぎに振り放たれた大貴の太刀による斬閃は、帝王の腕の中に突如顕現した身の丈にも及ぶ長剣によって阻まれ、太極と戦の力が相殺して火花を上げる
互いに神の神格を持つ二人の刃が互角にせめぎ合い、砕け散る力と共にそこに込められた純然たる意思が擦れ軋んで、世界に溶けていく
「くっ」
「クク」
自分達の力が残滓となって世界に溶けていくのを意識の端で感じている大貴と帝王だが、互角の力を持つはずの二人の表情はむしろ真逆だった
恐らく、一刻も早く自身を退けたいと考えているであろう光魔神の心境をその切迫した表情から見透かす帝王は、そんな思惑を遂げさせないために手にした自身の武器――金色の王笏杖を身の丈を越える巨大な槌へと変える
「な……っ!?」
突如武器が変化したことに驚愕を浮かべ、左右非対称色の瞳を持つ目を見開いた大貴へと容赦なく帝王の槌撃が撃ちつけられ、魂の髄まで砕かんばかりの衝撃と共にその身体を吹き飛ばす
(武器が増えた上に変わった……!?)
全霊命の武器は、それを顕現させる者の神能の形そのもの。そういうものでない限り、武器が変化したりなどしないはずだが、事実帝王の武器はその形状を変えていた
「見誤るなよ、光魔神」
大槌の一撃で吹き飛ばされた、身体が軋むような衝撃に耐える大貴が大勢を立て直したところへ肉薄した帝王は、口端を吊り上げた威厳の笑みを浮かべると、金色の王笏杖を銃のシリンダーが付いた剣へと変化させる
「それは――ッ!」
「これには、見覚えがあるだろう?」
銃のシリンダーを刀身と柄の間に備えるその武器を見て目を見開いた大貴に対し、帝王はその刃を袈裟懸けに振り下ろす
その刃を大貴が太刀で受け止めた瞬間、シリンダーに込められていた力が炸裂し、刃から放出された爆発のような破壊の衝撃波が吹き荒れる
(これは、あいつの――っ!?)
帝王が顕現させた剣銃の爆発を振り切って飛翔した大貴は、その手に握られている銃のシリンダーが付いた剣――戦神の眷属の一人である「ジュダ」が持っていたそれと同じもの――に、その瞳に剣呑な光を灯す
「中々楽しんでもらえているようだな。では次はこんな余興はどうだ?」
黒白の翼を羽ばたかせて天を飛翔する大貴を見て薄く笑みを浮かべた帝王は、その言葉と共にその武器をまたも変化させ、大貴のそれと全く同じ形状をした太刀と成してみせる
「!?」
自身と同じ武器を手にしたことに驚愕を露にした大貴が目を見開くと同時に、その眼前に神速で移動してきた帝王が肉薄する
「――ッ!」
「フハハッ」
笑い声と共に振るわれた帝王の横薙ぎの斬撃を大貴の太刀が阻み、黒白と金色の力が相殺し合って爆塵を生じさせる
「こ、の……ッ」
自分と帝王の全く同じ武器が刃がせめぎ合わせるのを見て歯噛みした大貴は、太極の力を解放してそれを弾き飛ばす
「武器を変化させる力……?」
「愚か者」
次々に目の前で形状が変化していく武器を見て大貴が呻くように呟くと、それを聞いた帝王は眉根を寄せて抑制した声で叱咤するように言い放つ
「今は敵である貴様にいわれもなく塩を送ってやるつもりはないが、あまりにも暗愚だというのも腹立たしいぞ」
寸分違わない形状をした同じ武器に、太極ではなく戦の力を注ぎ込む帝王は、その太刀を振るって大貴に斬閃の乱撃を見舞う
「――まだ気づかぬか?」
「っ、まさか俺の力を……?」
次々に叩き付けられる金色の斬閃を紙一重で捌きながら、存在の髄にまで響いてくる力を受け止めていた大貴は、帝王から向けられたその言葉に一瞬だけ思案し、そして理解する
「そうだ。今、余の力は貴様の力を――存在の〝形〟を喰らったのだ」
その言葉と共に、帝王から放出された金色の力が大貴の太極へと喰らいつき、全てを統一するその力にさえも抗って侵食していく
「『略奪』。そして――」
その言葉と共に眼前にいたはずの帝王の姿と知覚が消失すると、大貴は驚愕に目を見開く
「消え……!?」
その姿が消失したと同時に、自身の周囲に無数の帝王が顕現すると、大貴はその全てが確かに知覚できることに混迷を極める
「いや、増えた!?」
「『襲撃』」
全方位から一斉に襲い掛かる帝王の姿に、咄嗟に太極の力を放出して応戦した大貴だったが、その黒白の力も金色の戦力を帯びた剣に斬り裂かれてしまう
「く……ッ」
同格の力であるがゆえに完全に取り込むことができなかった太極の力を斬り裂いた帝王の刃が大貴を掠め、その身体に傷をつける
「『殲滅』」
「ッ!」
刻み付けられた斬痕から血炎を立ち昇らせる大貴は、その傷がいえないどころか、そこからさらに破滅の力が侵食していくのを見て取って息を呑む
しかし、大貴もただその力に押されているわけではない。太極の力を以って自身の身体を蝕もうとする金色の力の残滓を取り込んだ大貴は、己のものとしたその力を使って斬傷を完癒させていた
「これが、こいつの本当の力……!」
次々に様々な力をみせつける帝王の力の本質を目の当たりにした大貴は、先の攻撃で乱れた呼吸を整えながら抑制された声で独白する
心身を落ち着け、冷静に思慮を巡らせる大貴の姿を見据える帝王は、太刀の形をしていた武器を金色の王笏杖へと戻して不敵に笑う
「驚いたようだな。これもまた余の力だ」
先程までは見せていなかったその本当の力を用いて大貴を圧倒した帝王は、威風堂々たる王然とした態度で鷹揚に声を発する
「先も述べたように、余は〝王〟。民がある限り、決して亡びぬ存在。そして、それと同時に、王とは民の全てを己のものとする輩の所有者でもある」
金色の王笏杖を大貴へと向けて牽制しながら言う帝王は、自分の力が持つもう一つの面を見せつけるように、誇らしげに言う
「余は、覇国神に列なる全ての眷属が持つ武器と能力を行使することができる」
「っ!」
その口から発せられた帝王の能力に、大貴は戦慄を覚えて息を呑む
最強の異端神たる円卓の神座の一柱を成す「覇国神・ウォー」の眷属の王である帝王の力は、その名の通り〝王〟という概念そのもの。
「王」とは、国や集団を成す者によってその存在を確立させるものであると同時に、それらを束ねるものでもある。
そして、王とは人に戴かれ、選ばれて託された者であると同時に、最も優れた者の冠号であり、血脈などによって継承される不確かでありながら確かな称号でもある
故に、王たる概念そのものを体現した帝王の能力は、覇国神に列なる眷属が存在する限り滅びることがなく、同時にその眷属達の力を己のものとすることであるのは必定といえるだろう
先程次々に武器を持ち替え、ジュダの武器を使うことができていたのも、全ての眷属の武器を己のものとすることができるその能力によるものだった
「そして、貴様の武器を写し取ったのも、先程見せたのも、余と同じ七戦帥――余と同じ、覇国神の神片の力だ。もっとも、余と同格の七戦帥の能力は十全にとはいうわけにはいかぬがな」
その一心に眷属全ての背負い、眷属達によって支えられている命を見せつけるようにして言い放った帝王の言葉に、大貴は自身の武器である太刀を握る手に力を込め直す
帝王は全ての眷属の力と武器を使うことができるが、さすがに同格の神片の能力までをも完全に使うことはできない。精々が本来の七、八割程度だろう
だが、それでもその力が脅威であることに変わりはない。そしてそれであるがゆえに帝王は王なのだ
「まったく、よくできたものよな。この世には戦術を模した遊戯がいくつもあるが、そこで取り合う王の駒は大抵すべての駒の平均のような能力しかない」
込み上げてくる笑みを噛み殺すようにして言った帝王は、わざとらしく肩を竦めて言葉を続ける
「だが、それこそが王の真理なのであろう。――人が人を束ねるために存在し、その威光を以って民を征する支配者という名の御輿。自らが行く術を躊躇う者達の導であり、その信を託されたもの」
自らに課せられた責務を血肉として立つ王の在り方を、抑制した力強い口調で語った帝王は、その金色の力を掲げて大貴に言い据える
「王とは、人でありながら人としてあまねく人の上に立つもの。そして貴様は、そういったものさえをも等しく呑み込む〝全〟だ――王が全と戦う。中々に皮肉がきいているではないか」
民によって形作られ、民を全てを所有する王としての戦力を解放した帝王は、その言葉と共に大貴に向けて金色の奔流を放つ
王笏杖と空中に収束した力から放たれた無数の金色砲が、それを阻むように顕現した黒白の太極の力の斬波動とぶつかり合って相殺し、渦を巻いて消滅するのを見届ける
「ハアッ!」
黒白と金色の力の残滓が込められた意思と共に砕け、世界に溶けていく中、神速で肉薄した大貴と帝王は、その武器をぶつけ合う
神の領域へと至った全と、神の領域にある王。――共に〝束ねるもの〟である各々の力をせめぎ合わせ、互いの存在を証明戦とする大貴と帝王は、左右非対称色の瞳と瞳のない白眼を交錯させる
「一つ、訊ねよう光魔神。貴様は、奴の事をどう思っている?」
「仲間だ」
神魔を危険視し、排除しようとしている帝王の問いかけに、大貴は迷うことなく淡泊な声で応じると、刃を振り抜いて王笏杖を弾き飛ばす
「だが、奴は普通の悪魔ではないぞ。見ていただろう? あれは、異常だ」
「だとしても、神魔を殺す理由にはならない!」
不敵な笑みを浮かべ、試すように送られてくる帝王の言葉を、大貴はその思いを乗せた言葉と刃で切り払う
先の霊雷との戦いで、神魔は神位第六位以上の神格を持つこともなく神器の守りを破ってみせた
神の力とはいえ、その断片にもならない力の欠片でしかない神器には攻略法がある。直前まで全く手も足も出なかったその力で神器を破ったのは、確かに信じ難いものだったが、それを理由に神魔を殺すなど大貴には考えられないことだ
「そうか? だが、今の貴様に余の言葉をどれほど否定できる?」
大貴の斬撃と共に叩き付けられてくる太極の波動に身を打たれながら、帝王は意味ありげに瞳のないその目を細める
その言葉に何か思い至ったような表情を見せた大貴に、我が意を得たりとばかりに軽く口端を吊り上げて嗤った帝王は、黒白の斬撃を金色の戦力で迎撃しながら話を続ける
「敵であるから殺すとは限らない。悪であるから、罪を犯したから殺すとも限らない。――奴が、そういうものではないとなぜ言い切れる? ――奴の力は、奴の存在はあってはならないものだ」
「勝手に決めつけるな!」
嘲けるように発せられる帝王の言葉が、どういった人物を指しているのかが分かっている大貴は、その言葉を一刀の下に切り捨てて渾身の力を込めた斬撃を袈裟懸けに振り下ろす
大貴がどれだけ信頼していても、その当人がどれほど心根の良い人物であっても、それが殺さない理由と同義ではない
混濁者、最も忌まわしきもの――この世界には、本来あるべき理を外れ、存在することそのものが許されないとされる存在がいることも大貴は知っている
「何が間違ってても、今そこにそいつらは生きてるんだ。ただここにいることさえ許されなくても、生まれてくることを許されてここにいるんだ! だから、その命の価値が他の命より軽いわけじゃない」
確かに、この世の理としてあってはならない存在がいる。それを正しさのために滅ぼすことを一概に間違っているとは言いきれない。たが、正しいとも言い切れないはずだ
少なくとも、今ここにあるその命は、他の誰の命と比べても決して見劣りするものではないのだから
「ならば、確かめねばなるまい?
金色の王笏杖を軋ませ、せめぎ合う武器を、ぶつかり合う神能を今まさに太極へと取り込まんとしている黒白の力に牙を立てられながら、帝王は不敵な笑みを返す
「もしも、奴がこの世にありうべからぬ存在だったならば、貴様の手で殺す覚悟はあるか?」
神魔を殺させないために立ちはだかる自分に、「もしもの時には神魔を殺せるのか?」と訊ねてくる帝王の言葉に、大貴はその金色の斬閃を撃ち落として言い放つ
「俺は、あいつの命を諦めない!」
「それで、何かができるとでもいうのか?」
「知るか!」
その答えともいえない言葉にもの言いたげに眉を顰め、金色の力を剣と槍の群れに変えて流星群のように放ってきた帝王の攻撃を、大貴は黒白の翼を広げて放った太極の力によって受け止め、取り込んでいく
「それが、俺が決めた俺の生き方だ!」
「――っ、余の力を……っ」
太極の力は、光も闇もこの世の全てを内包し、同在させること。相手をも取り込み己の力とする神力の権能を以って帝王の王の力を自分のそれへと変えた大貴は、太刀の一振りと共に神すら還える太極の力を解き放つ
「く……ッ、オ、グアアアアアッ」
受け止めた刃から放たれた太極の力に呑み込まれた帝王は、その威力のままに大地と天を切り裂く黒白の斬波動と共に地面に叩き付けられる
太極の力の刃が断絶し、その斬痕を刻み付けた大地の底からゆっくりと上昇してきた帝王は、その肩口から袈裟懸けに負った深い斬り傷からおびただしい量の血炎を立ち昇らせていた
「それはできないとか、するべきではないとか、そんなのは知ったことか! 俺は、もしもあいつが許されない存在だとしても、俺が全部ひっくるめて、何もかも一つに呑み込んでやる!」
まるで剥き出しの心が宿ったかのような黒白の太極の力を纏う太刀の切っ先を向けて言い放つ大貴の言葉に、帝王は血炎を立ち昇らせる傷口を抑えながら、その姿を瞳のない目に焼き付けるようにして見据える
果てしなく続く光と闇、万象の流転――「太極」の力たる自身の存在にかけて誓う大貴のその言葉がただの方便や詭弁などではないことは、聞こえてくる声から感じられる強い意志が何よりも雄弁に物語っていた
光魔神は太極の神。そして太極とは、光と闇、善と悪、白と黒、全と無――あらゆる相反するものが同時に、その個性を残したまま共在しているもの。
その力そのものである光魔神ならば、確かに「世界」と「世界にあることが許されないもの」が同時に存在させることができるかもしれない
「――ほう、それは楽しみだ」
ただ仲間だからというだけではなく、自身の誇りと存在にかけて自らを叱咤し、戒めるようにして言う大貴の言葉に、帝王は先の斬撃でつけられた袈裟懸けの傷を癒しながら口端を吊り上げる
戦神に列なる眷属の存在によって支えられるその存在は、例え傷つけられても回復し、何度でも立ち上がる不撓不屈の王意を示す在り方を貫かんとしている
「だが、それが余を退かせる理由にはなりえん。貴様の志がどうであれ、余の決定は王命である。軽々しく下したわけでもない決定を、易々と取り下げる訳にはいかん」
戦神の眷属が存在する限りその存在の永遠を約束されている帝王は、自身の身体を構築する力を取り込んだ黒白の太極の力を消し去り、その完全な姿と力を見せつけて言い放つ
王の決定と行動は、そのまま民の未来にも等しい。単なる体面や虚栄心ではなく、王として下した決断をその程度の事で取り下げることなどできるはずはなかった
「なるほど、王は決して全ではない。だが、全から選び道を示すのが王というものだ」
「それが、お前が選んだことだっていうのか」
揺らぐどころか、更にその強さを増して研ぎ澄まされる戦意を示す帝王の言葉に、大貴は抑制の利いた声で応じる
「――征くぞ。貴様の全意も、我が王道の礎としてくれる」
その誇り高い高潔な魂の在り方を言葉にした帝王の宣言と同時に大貴との間にあった距離が消失し、黒白の太極と金色の戦力が火花を散らす
その純然たる意思により、世界さえも容易く滅ぼす力を発現した神の神能が炸裂し、その力を持つ神格者の望む世界を理から顕現せんとする
そして、太極の黒白、戦の金光が織りなす光が世界を呑み込んで塗り潰した――。
※
「――……」
静かに研ぎ澄ました息遣いと共に、シルヴィアは自身へと迫りくる病神の手を、手にした新しい武器を振るって薙ぎ払っていく
護法神から与えられた神片――「救世主」の力によって、その存在を神位第六位に等しい神格へと昇華させた神庭騎士は、時間と空間を斬り裂くような滑らかな刃の感覚に身を澄ませる
(新しい力が、とても懐かしい――まるで、生まれた時からそうだったかのよう)
神の領域へ至ることで変化した魂の武器形は、まるでずっと使ってきたかのように馴染み、その身に得た神片の力も全く問題なく行使することができていた
その鋭い刃は、神格に比例した神速に伴って空間と時間を切り裂くように滑り、病の力が凝縮した極太の触手腕を弾き飛ばす
シルヴィアの眼前にいるのは、異変と異常――即ち、健常と死の間に存在する病、傷といった概念を司る異端神「罹恙神・ペイン」。
その神能である罹痛の力を増大した罹恙神は、自身の神能が変質した病腫のような仮初の肉鎧に包まれ、凶悪にして巨大な異形の姿となっていた
膨れ上がったかのような巨大な白い身体は、まるで粘土の塊のよう。ゆうに三メートルを越える巨体に、鋭い牙の映えた巨大な口。その体格に見合った太い腕と長い十本を越える触手をなびかせるその姿は、病の神らしく命あるものに本能的な忌避感と脅威を抱かせるものだった
「っ」
鞭のようにしなり、全方位から襲い掛かってくる白い病闇の凝縮した肉体の攻撃を天を軽やかに舞いながら捌くシルヴィアだったが、同時に反撃の糸口をつかむこともできずに戦況を膠着させていた
「……!」
しかし、その戦いは決してただの攻撃の打ち合いではない。病神が存在するこの領域はその力のるつぼ。そして、本体を覆い隠す病身の鎧はそれ自体が触れたものに感染し、侵食する〝異常〟の力そのものだ
その肉体を攻撃し、その力を切り払って相殺する度、シルヴィアの持つハルバートに罹痛の力が絡みつき、そこから異変と異常をもたらす病神の力が侵食してくる
(神の力にも侵食してくるなんて、さすがは病の神といったところかしら)
自身の神能が武器として顕在化したハルバートの刃、そしてこうしているだけで身体を介して感染してくる罹恙神の力に鋭利な光を瞳に灯したシルヴィアは、守護の力を以ってそれを浄化して輝く刀身を復活させる
護法神の「神託」を得て神片となったシルヴィアと罹恙神は、共に神位第六位に相当する同格の存在。いかに、罹恙神が異変と異常をもたらす神であろうと、同等の神格を持っているシルヴィアならばその影響を最大限防ぐことができる
だが、逆説的に言えば、同格であるからこそシルヴィアの身体には異変の力が影響を及ぼすこともできる。罹痛に限らず、神格が及ばなければ、即座に命を落とし、神格が上の相手には完全に無力化されるのが神能――即ち、神の力の特徴でもある
そう考えると、同格の相手だからこそ、罹恙神の異変と異常の力の本領が発揮されるといっても過言ではないのかもしれない
「命は意味もなく失われるのではなイ。命あるものには、死が約束さレ、死に至る道筋があル。傷、病――ワシの力は、それそのものダ」
時間が経つごとに、シルヴィアの神託の力に抵抗性を獲得し、その力による影響を抑えていく罹痛の力を纏う罹恙神は、巨大な肉鎧に包まれた中から低く抑制された声で言う
「命」は、そこにあるだけで死が約束されている。そして、その命に定められた死という概念を顕現させるものこそが、「病」や「怪我」といった異変や異常。――そして、それこそが罹恙神が司るものだ
「命あるものハ、ワシの力の前で死に近づく。精々死を直視しすぎテ、呑まれぬようにすることだ」
「…………」
その力で構築された触手と腕を持つ白い肉鎧を纏った罹恙神の言葉に、その目に怜悧な光を灯したシルヴィアが視線を落とすと、救世主と化したその身にカビのようにこびりつき、病闇の力を炎のように立ち昇らせているのが見て取れる
そしてそれはシルヴィアの身体だけではない。罹恙神が存在する一帯が病の黒炎を上げて燃え盛っており、半霊命、空や大地、そして世界までもがその力に呑まれている
「御忠告痛み入るわ」
ただそこに存在しているだけで、全霊命――神さえをも病に侵すその力を視認したシルヴィアだったが、それに動じることなくハルバートの切っ先を罹恙神へと向ける
瞬間、輝くような守護の光が炎のように迸り、シルヴィアの身体を蝕む病巣と周囲の世界を侵食する病の力を浄化していく
「けれど、私は救世主。死に瀕した人を、あまねく絶望から解き放つもの――病理の力で、私を挫くことはできないわ」
その身に守護の神の神託――〝救世〟の意志を宿し、神片となったシルヴィアは、その御心を映すかのように、廉潔に輝く刃を向けて罹恙神へと言い放つ
平定と安寧――あまねくものを死や危険から遠ざける「守護」の神に列なる神片と、あまねくものを死へと近づける異変を司る病の神。――相対し、その力を拮抗させる二柱は、互いの存在の道理を示さんとしていた