流転
閉ざしていた目を開くと、目の前に広がるのは今いる場所――世界と世界の葉zまあの空間にある、世界の光景だ
足元に広がるのは、白い雲を携えた青空。そこを漂う大地の一つに腰掛けながら空を見上げると、空には一面の海が広がっている
陽光を受けて煌めき、波打つ水面のような空。この世のものでありながら、この世ならざる光景に彩られた、美しさと神秘性を同時に内包する世界の境界
「待たせたな、紫怨」
「……臥角」
空間の狭間で座っていた紫怨に、精悍な顔立ちの臥角が悠然と歩み寄ってくる
「揃ったぞ」
臥角の言葉に、紫怨が視線を送ると、その背後に三つの影が現れる
「話は臥角から聞いてるわよ、紫怨」
チャイナ服を思わせる霊衣を纏い、無数の簪で髪を飾りつけた妖艶な女性が、真紅の口紅で彩った口元を歪める
「光魔神を味方に引き込む作戦があるのか?」
妖艶な女性の言葉に続いて、純黒の六枚の翼の天使が紫怨に視線を向けて問いかける
「味方に引き込む必要は無い」
「……フフ」
臥角の言葉に、金色の長髪を遊ばせた線の細い美青年が目を細める
「光魔神を完全に覚醒させ、十世界と対立させればそれでいい」
「なるほど……とは言ってもそれは容易な事じゃないだろう?」
臥角の言葉に、純黒の翼の堕天使が口を開く
「確かにそうね。十世界の目的に心の底から賛同している奴なんてほんの一握り。けれど、それでも十世界が今日今の状態で存続し続けているのは、十世界盟主『姫』のカリスマあっての事。
十世界に所属する者の大半は、姫に惹かれて集まったようなものだもの。十世界の理念などには興味がなくても、姫を喜ばせたいと思っている人ばかりだものね」
「ああ、だからこそ十世界は今、姫の意思とは関係のない『神器集め』をしている訳だからな」
簪の女性の言葉に臥角が静かに応じる
「そうだね。姫は美しい……僕のようにね」
簪の女の言葉に、金髪の男が微笑みを浮かべる。
「あなた、少し黙っていてくれる?」
「おやおや、辛辣だね」
簪の女性の言葉に、金髪の男は余裕の笑みを崩さずにそれを聞き流す。
一瞬簪の女性の眉が不快そうに寄ったが、相手にするにも馬鹿馬鹿しいとでも思ったのか、すぐに視線を金髪の男から外す
「姫だったからこそ、あの悪意を振りまくものを味方に引き入れる事ができたんだろう? ……良くも悪くもな」
純黒の翼の堕天使が話を続ける
「十世界を十世界たらしめているのは、『姫』という唯一無二の存在によるところが大きい。ならば、姫さえいなくなれば十世界は間違いなく空中分解を起こす」
「確かに。」
紫怨の言葉に、金髪の男が同意を示す。
その場にいる全員が、十世界盟主・「姫」がいかに選ばれた特別な存在であり、その存在がどれほどの影響力を持っているのかを身をもって知っている。
「まさか、私達が姫を殺そうとでも言うの!? それこそ不可能よ!彼女が何者なのか知らない訳じゃないでしょう!?」
「心配するな。そんな事はやろうとしても俺たちの力ではできないだろう? ……何よりも、そんな事をする必要がない」
「!?」
簪の女の言葉を否定した紫怨の言葉に、その場にいた全員が怪訝そうに目を細める。
「そんな事よりも、俺達がまずすべき事がある。……臥角」
「ああ……これを見ろ」
紫怨の言葉に頷いた臥角は、そう言って空間に映像を映し出す。
自身の魂、意思と思考の力で制御される魔力を映像として排出する技能。自らの意志を現象として顕現させる神能の力において、記憶や、空想を映像として見せる事は決して難しい事では無い。
「……これは?」
「招待客だ」
「招待客……ね」
臥角が空気中に出現させた映像を見た三人は、口々に想いの感想を述べる。
「俺たちの目的の第一段階は、光魔神の覚醒を促す事にある。そのためにこいつを最大限利用させてもらう」
「……あまり美しいやり方とは言えないね。僕の美学に反するよ」
金髪の男が、金色の髪を手で弄りながら嘆息交じりに呟く
「今の光魔神では、たとえ十世界と敵対させても死ぬだけだ。我等の目的のためには、最強の異端神・円卓の神座の頂点に位置するその力を、完全に覚醒させる必要がある。そのための鍵だ」
「……随分と余裕がないのね」
金髪の男の言葉に反論する事もなく、話を続ける紫怨に簪の女が言う
「当然だ。事は一刻を争う。お前達も、この間の一件は知っているだろう?」
「光魔神を仲間に引き入れるために戦兵を差し向けたってやつだね」
「ああ。十世界は光魔神を味方に引き込もうとしている。光魔神を仲間に引き入れられたら終わりだ。今現在この九世界で、十世界に対抗できるのは光魔神だけだ。
ならば俺たちの役目は、光魔神と十世界を可能な限り険悪な関係で接させ、敵対の構図を作ること。そして、本格的に十世界と戦うとなればいつ『フラグメント』が出てくるか分からない。
だからこそ、光魔神がまた殺されてしまう前に、手を打っておく必要がある。形振り構ってなどいられない」
紫怨がわずかに語調を強くして言う
「確かにそうね」
「それは美しくないね」
「時間との勝負、か……」
紫怨の言葉の意味を正確に理解している面々は、口々に意見を述べる
「そういう事だ」
そう呟いて紫怨は重い腰を上げて、その場にいる全員を見回す。
「レスカ!」
簪の女が笑みを浮かべる。
「ハイゼル!」
純黒の翼の堕天使が無言で応じる
「椰子白!」
流れる金色の髪を持った線の細い男が、微笑を浮かべて静かに応じる。
「臥角!」
精悍な顔立ちの大男の険しい目が伏せられる。
「これが恐らく、最大にして最初で最後の機会だ。この機を万全に活かして十世界を潰す!」
紫怨が静かに、しかし強く揺ぎ無い信念を込めた視線でその場にいる全員を見回すと、全員が無言のままで微笑み思い思いの反応を見せる
「…………」
その様子を見て、紫怨は目を細める
(ただ……全てあの女の思い通りなのは気に食わないがな……)
「どうしたの、紫怨?」
剣呑に目を細めた紫怨に、レスカが怪訝そうな表情を向ける
「……いや、なんでもない」
呟いた紫怨の視線の先にある画面には、詩織の姿がはっきりと映し出されていた
※
九世界にある空間の狭間。新緑の大地を透き通らんばかりの清水が満たすその空間に、濡れ烏を思わせる艶やかな黒髪を風に揺らす一人の女性が佇んでいた。
「そろそろ、紫怨さんが行動を起こす頃ですね」
新緑の世界を舞う蝶を指先に止まらせた女性は、薄い紅に彩られた唇をわずかに綻ばせる
「魔界と人間界も動き始めました。あとはあなたの思惑通りにあの方が動いてくださる事を祈るばかりです」
「動くさ。……そのために今まで準備してきたんだからな」
女性の澄み渡った声に、いつの間にか背後に立っていた一人の男が答える
腰まで届く漆黒の長髪を風に遊ばせる男は、口元に小さく笑みを浮かべたまま目の前の女性に声をかける
「それよりも、お前は一人で大丈夫だったか?」
「はい。お心遣い感謝いたします」
男に向き直って恭しく頭を下げた女性に、男は口元に小さな笑みを浮かべる。
「そうか。これで準備は整った。……あとは始まるのを待つだけだ。九世界も十世界も最大限利用させてもらうとしよう」
「はい」
男の言葉に黒髪の女性が再度恭しく頷くのだった
※
「はぁ……」
盛大な溜息と共に、詩織は窓の外に視線を向ける。
半透明の窓に映る自分の曇った顔と視線を交わした詩織は、まるで自分自身を見つめ直そうとするかのようにそれを見つめる
「どうした詩織? また浮かない顔してるね」
「……ポピーちゃん」
同級生にして親友、「愛崎芥子」の言葉に詩織は覇気のない声と視線で応じる
「うわ。……なんか人生の終わりって感じを出してるね」
「そう、かな……? ハハ」
芥子の言葉に苦笑交じりに答える。
「何かあったの?」
「……うん、ちょっとね」
「そっか……」
気のない返事を返す詩織に、芥子は不安そうに眉を寄せるも、それ以上追求する事なく詩織に視線を向ける
「さあ、集え同士諸君! 君達も我が大和撫子愛好会の一員にならないか!?」
「この声……刀護君?」
「げ……」
その時聞こえて来た聞きなれた声に詩織はわずかに首を傾け、芥子はあからさまに嫌そうな表情を浮かべる。
二人にとっても旧知の中である少年、「火之見櫓刀護」が教室の壇上でなぜか弁論を始めていた
「また布教活動?」
「布教って……」
二人の耳にもう聞き慣れたのか、クラスの面々の呟きが届く
布教というのは、刀護が組織した「大和撫子愛好会」の事だ。未だ会員を得るには至っていないのだが、本人の意思などまるで無視した状態で大貴もここに所属している事になっている。
「男女平等化が進み、女性の社会進出が進んできた昨今! 今の女性は古き良き女性の姿を失ってしまった。
だが、それは違う! 男女平等とは、男と女を同じに扱うという意味ではない! 平等は対等であって、同一ではないのだ!
女は男に理想を求める! だが、男が女に理想像を求めれば『現実逃避』と罵られる。そんな事があって良いのか!? そんな事が許されるのか!? 断じて否! 男が女に理想を求めて何が悪い!?
男が女に求めるものは、見た目でも中身でもなく何よりも癒しだ! 安らぎだ! そんな当たり前の事を願って何が悪い!?
今こそ我々の世代で、間違った男女平等の考え方を正す時だ! さあ、皆で声を大にして叫ぼう! ビバ、大和撫子!!!」
教室に刀護の叫びだけが虚しく響く。
しかし、それに全く動じる事無く刀護は「ビバ、大和撫子!!」と全力で声を上げ続けていた
「何て頭の悪い演説を繰り広げてるんだ、あいつは!?」
正直、知り合いである事も隠したくなる刀護の奇行から目を背け、頭痛がするのか、渋い表情で額に手を当てる
「ハハ、刀護君はいつも元気だね……」
落胆の混じった溜息をつく芥子に、詩織は苦笑してみせる。
演説を繰り広げる刀護の隣には、親友というレッテルを貼られ、まるで同志のように捉えらえられた大貴があからさまに迷惑そうな表情で刀護を見つめており、そのギャップがどこか滑稽に映る。
「顔はそこそこ良いんだから、あれさえなければモテるのに……相変わらず残念なイケメンね」
「……まぁ、人の考え方は自由だから」
「まあ、そりゃあ私も否定まではしないけどね」
詩織の言葉に芥子が腰に手を当てて嘆息する。
刀護の意見を間違っているとまでは言わない。人の考えは自由なのだから。
ただ、あえて刀護の意見に是非を問うならば、時代や世相にそぐわないと言った方が適切だろうか
「でも、あの信念を高らかに、恥じる事無く言い張れる所は尊敬するな」
「馬鹿なのよ、救いようのない筋金入りの!」
「はは……」
断言した芥子に、詩織は苦笑してみせる。
しかしその笑顔とは裏腹に、詩織の胸中には複雑なものが渦巻いていた。
「まあつまり、男にとっての理想の女と、女にとっての理想の女は違うって事なのかしらね」
芥子の言葉に、詩織の表情から笑みが消える
(理想の女の人……)
詩織の脳裏によぎるのは桜の姿。綺麗でおしとやかで、家庭的で、愛する人の事を一途に想い、尊ぶその姿が詩織の胸を締め付ける
「理想の男なら、男から見ても、女から見ても大体似たようなものになるんだろうけど」
芥子の言葉に詩織の表情に哀愁が浮かぶ
(理想の男の人……か)
詩織の脳裏によぎるのは神魔の姿。ある日突然自分の前に現れたその人にいつの間にか心を奪われていた。気がつけばその姿を目で追い、目を閉じればその姿が瞼の裏にはっきりと浮かび上がってくる。
桜の姿を思い出すだけで、詩織の心は嫉妬に焦がれる。
神魔の姿を思い出すだけで、詩織の心は恋焦がれる。
「愛情」という同一の感情によって生み出された表裏一体の感情によって、二分割された詩織の心が葛藤し、その心を引き裂かんばかりに苦しめる。
「やっぱり、男の人はそういう女の子の方が好きなのかな……」
詩織の心によぎるのは、神魔と寄り添う桜の姿。幸せそうに微笑む二人の姿。
「詩織……」
ふと呟いた詩織の言葉を芥子は聞き逃さなかった。
「あんた、もしかして彼女のいる人に惚れたの?」
「え!?」
芥子の言葉に、図星をつかれた詩織は頬を赤らめて目を見開く
「好きになった人に実は恋人がいて、しかもその人は超家庭的な人とか?」
「っ……」
まるで見てきたように言い当てる芥子に、詩織は息を呑む
(彼女じゃなくて奥さんなんだけどね……)
「何の話をしてるんですか?」
(マリアさん……)
内心でそんな事を内心で思っている詩織の下に、マリアがゆっくりと歩み寄ってくる
「ああ、まあ内緒の話かな?」
「そうですか……」
芥子の言葉に、マリアはそれ以上追及することなく目を伏せる
(やっぱり、私は神魔さんとは結ばれないんだ……)
人間と悪魔、半霊命と全霊命……決して結ばれる事のない「存在」という壁に隔てられた想いなど、叶わない方が良いのかもしれない
「……で? 結局のところ、その人とはどうなの?」
「どうもこうも……片想いだもん」
「ああ、なるほど」
マリアが離れて行ったのを確認して耳元に囁いた芥子に、半分投げやりになって答えた詩織の言葉に芥子は哀れむような視線を向けて頷く
「でも、これでよかったのかも……」
「何で?」
「だってその人には好きな人がいるんだし、私がしゃしゃり出ても問題がこじれるだけだもん……その方がきっと、お互い幸せになれるんじゃないかって」
「……まあ、ね」
「……でしょ?」
詩織のぼやくような言葉に、芥子は静かに同意を示す
「でも、私はあえて言わせて貰うよ」
「……?」
不意に囁くような声音に強いモノを混ぜた芥子の言葉に、詩織は首だけ動かして視線を送る
「道ならぬ恋をしている友人を止めるのが友達としての正しいあり方だと思う。でも、私はあえてこの言葉を送るよ――詩織はそれでいいの?」
「……っ!」
芥子の言葉に詩織は目を軽く見開く
「好きな男がいて、その人に好きな人や家庭があったとして、それを理由にあんたは諦められるの?」
「そんな事言われても……」
芥子の言葉に、詩織は言葉を詰まらせる
「うん、まぁ、私の言ってる事は違法もいいトコ。でも何もせず、気持ちも伝えないままで諦めるよりは、告った方が色々踏ん切りがつくでしょ?」
「……っ!」
芥子の言葉に詩織は目を見開く
詩織の本心は変わらない。その想いを忘れられるなら苦労はしない。その想いを諦められるならこんなに苦しんでいない。
しかし、その想いが自分も神魔も傷つけると分かっていてそれを押し通す事が正しいとも思えない。
「だからって、告白したってお互いに傷つくだけじゃない」
搾り出すように言った詩織の言葉を、芥子は真正面から受け止める
「それがどうした!? 傷つけられるのが怖くて、傷つけるのを怖がって、恋愛なんてできる訳ないでしょ?」
「ポピーちゃんは、何も知らないから言えるんだよ」
「……まぁ、そうだね。詩織の言う事はごもっともだ」
激情をかみ殺した詩織の言葉に、芥子は静かに応じる
「じゃあ、こう考えてみたらどう? ――『これは、一つのきっかけ』なんだって。」
「……きっかけ?」
「そう。その人とこれから自分がどうなっていきたいのかって事を、詩織が自分自身で決める為のきっかけ
その人への気持ちを断ち切ろうとしていて、それに戸惑っているなら、後押しになるし、相手の好きな人を押しのけてでもその気持ちを貫きたいって言うなら、その覚悟を決めるきっかけになるでしょ?」
「……でも、私……」
芥子の言葉に詩織は言い澱み、言葉を詰まらせる
「そんなすぐに決める事は無いと思うけど、いつまでもウジウジしてるくらいなら、何か結果を出した方が良いよ。……詩織のためにはさ」
「……うん」
芥子の言葉に、詩織はしばらくの間を置いてから消え入りそうな小さな声で頷く
自分のために、自分が前を向いていけるように背中を押してくれようとする芥子の気持ちは嬉しかった。
「けど、詩織が好きになった人ってどんな人?」
「……内緒」
詩織は、自分を気遣ってくれる友人に苦笑交じりに応える。
(でもね、ポピーちゃん……私は、それを選べるほど強くないよ……)
神魔と桜の間に入れるとは思えない。もし万が一神魔と愛し合えたとして、それで神魔が幸せになれるのか分からない。
しかし、本心では神魔を諦めたくないと思っている。頭ではそれではいけないと分かっている。どちらかを選ぶことなどできない
「焦る事は無いよ。ゆっくり考えてから決めるといい」
芥子は優しく声をかけると、詩織の肩に手を置いて微笑む
「ただ、どっちを選んでも私は詩織を応援するから」
「……うん、ありがとう……ポピーちゃん」
言いながらも、詩織は心の中でその想いを伝えない事を決めていた。
(駄目だよ、ポピーちゃん……だって私が好きな人は、私が好きだって言ったらきっと傷ついちゃうから……)
きっと、それが一番良いのだ。自分が愛する事で神魔が傷つくのなら、自分がその想いを押し殺して身を引けば、全て丸く収まるのだから。
(そうしなきゃいけないの……傷つくのは私だけでいいんだから……)
それが、神魔と、桜と、自分にとって一番良いのだと、最良の選択なのだと、詩織は自分に言い聞かせる。
その瞬間、世界が凍りついた
「え!?」
「これは……!」
瞬時に世界から時空ごと切り離されたその空間に佇むのは、大貴とマリアの二人だけ
「大貴さん!」
「ああ、分かってる!」
マリアの声に応じて一瞬で光魔神の姿になった大貴の隣で、天使の姿になったマリアが純白の四枚の翼を広げて静かに佇んでいた
「……姉貴がいないな」
「恐らく空間隔離の時に切り離されたのでしょう」
周囲を見回して言う大貴に、マリアが応じる。
「それよりも気をつけてください。魔力が三つ、いえ、四つ……」
「一つは紫怨って奴の魔力だな。……もう一つはいつか来てた臥角って奴のだ」
マリアの言葉に知覚を張り巡らせた大貴は、隔離された空間内に確認できる四つの魔力を識別して呟く
「ええ。知覚感知能力も随分使いこなせるようになって来ましたね」
マリアが微笑む。
神能は、種族、個体によって異なり、同一のモノは存在しない。それを知覚すれば見えないところにいる者の種族、個体を識別する事も容易になる。
「とにかく、外に出ましょう。すぐにクロスと神魔さん、桜さんが来るはずです」
「ああ」
マリアの言葉に先導され、大貴は左右非対称色の翼を広げて校舎の外へ飛び出す
世界をそのまま写し取ったかのような空間隔離の世界に存在する物質は、全て実物と同等の硬度や性質を複写されている。
二人の身に纏った力によって校舎の窓ガラスが甲高い渇いた音を立てて砕け散る。
「……ようやくお出ましね」
「あれが光魔神か……なるほど」
大貴とマリアが出てきたのを見止めると、簪をつけた妖艶な女性、金髪をなびかせた美青年が目を細める。
「あいつらか……!」
二人と肩を並べる紫怨と臥角を視界と知覚に収め、大貴は自身の力を武器である刀として顕現させる。
「早速警戒か、悪くない程度には戻っているな」
臥角の呟きにわずかに目を細めながらも臨戦体勢を崩さずに、大貴はゆっくりと口を開く。
「……随分突然来たんだな。……また俺を十世界に誘いに来たのか?」
「いや、今回はそれとは別件だ」
「……だろうな。」
紫怨の答えを予想していた大貴は、さして驚いた様子も見せずに呟く
知覚能力は何も相手の力だけを捉えるわけでは無い。大貴の知覚は、そこにいる全員が隠す事無く発している「戦意」をはっきりと感知し、認識していた
その戦意は以前のように十世界へ勧誘しに来たとは思えないほどに明白なものであり、大貴はあくまでも確認として問いかけたに過ぎない
「今回は、お前の力を覚醒させるために来た」
「俺の力を……!?」
「どういう意味ですか?」
紫怨の言葉に怪訝そうに眉をひそめた大貴とマリアの言葉に、低い声が応じる
「そのままの意味だ」
「!?」
その声と同時に、紫怨と臥角の背後の空間が歪み、そこから純黒の六枚翼を持った堕天使がその姿を現す。
「っ、堕天使……」
不意に現れた堕天使が抱えているモノに目を止め、大貴とマリアは目を見開く
「姉貴!?」
「……これは、どういう事ですか?」
抑制されながらも、隠しきれない憤りを孕んだマリアの視線をそよ風のように受け流した堕天使は口元に笑みを刻む。
「心配するな。この女は、まだ殺さない」
堕天使の脇に抱えられた詩織は、意識がないらしく堕天使の腕に無抵抗なままで抱えられ、その身を揺らしている。
「決まっている。こういうモノを懸けた方が、覚醒しやすくなるだろう?」
「……っ!」
紫怨の言葉に、大貴とマリアが息を呑む
「そこまでして、大貴さんを光魔神として覚醒させたいのですか?」
「ああそうだ。お前には一刻も早く完全な光魔神として覚醒してもらわなければならない。神のいない今の世界で十世界を滅ぼすには、最強の異端神であるお前の力が必要だ」
「!?」
紫怨の言葉に大貴とマリアが同時に目を見開く
「十世界を……滅ぼす!?」
「ああ、そうだ。……ちょうど来たようだな」
「!」
余裕の笑みを浮かべた紫怨が上空を仰ぐと、閉ざされた空間が真っ二つに斬り開かれ、そこから三つの力が飛来する。
「なるほど、確かに一人増えているようだ」
空間隔離に穴を開けて侵入してきた神魔、桜、クロスの姿を見止めた臥角は、桜を一瞥して小さく呟く
「神魔様」
神魔の隣でしとやかに佇む桜は、漆黒の六枚翼を持つ天使が抱えている詩織に気付き、静かに口を開く
「……詩織さん」
いち早くそれに気付いて神魔は、桜の声など耳に入らない様子で詩織を抱える堕天使に殺意に満ちた鋭い視線を向ける
「姉貴を離せ!姉貴は関係ないだろ!?」
「悪いが、この女には万が一の時、お前の封印を開く鍵になってもらおう」
「どういう事だ?」
「あの人たちは、大貴さんを光魔神として完全に覚醒させるのが目的みたいなの」
怪訝そうに目を細めたクロスに、マリアが視線を向けずに言う。
「なるほど……確かに、今の十世界を倒すつもりなら、光魔神の力は必要不可欠だね」
言いながらも神魔の金色の視線は、一部の隙も無い完全な殺気を伴って紫怨の背後にいる堕天使を貫く
「……紫怨」
「ああ」
臥角の言葉に静かに応じた紫怨は、その手に矛と斧が合わさったような武器――「天星」を召喚すると、その切っ先を大貴に向ける
「始めるぞ、光魔神覚醒の儀式を!」