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魔界闘神伝  作者: 和和和和
地獄界編
234/305

愛苦愛離






 ――「神器・神差衡(メーヴェフ)」。


 十世界地獄界総督たる赤の戦鬼(ぜんき)――「火暗(かぐら)」が持つその神器は、神器の中でも珍しい使用者を選ばない神器の一つだ

 厳密にいえば、誰にでも使えるというわけではないが、持ち主を選ぶという他の神器に比べてはるかに適合率が高く、全霊命(ファースト)の一億人に一人程度の確率で使うことができるとされている


 その能力は、「神の尺度を実現させる」こと。


 それは、すなわち〝相対した相手の強さの総量と、自身の強さの総量の天秤を吊り合わせる〟ということでもある


 「一騎当千」という言葉がある。その意味は、単身で千の兵に匹敵するという意味だが、神差衡(メーヴェフ)は、まさにそれを体現したような能力だといえる。

 相対する敵が千人ならば、その全員分の強さと等しい強さを手にし、相手が原在(アンセスター)ならばそれと等しい神格と力を得ることができる。



火暗(かぐら)の力は分かっているな? 呼吸を合わせるんだ」

 その身に宿した神器の力により、今自分達三人と等しい強さとなった火暗(かぐら)を見据えながら、御門は、参戦してきた示門と実母である緋毬(ひまり)に声をかける

「分かってる」

「ええ」

 御門の言葉に各々の武器を手にして答えた示門と緋毬(ひまり)は、余裕さえ垣間見える火暗(かぐら)へと視線を向ける



 敵の強さと常に等しくなるという能力を持つ神差衡(メーヴェフ)には、「神位第六位以上になることができない」という制約こそあるが、その強さの上限に果てはない。

 これまで、一見圧倒的に戦力で勝っているはずの地獄界が、火暗(かぐら)達を討滅しきれなかった最大の理由が、この神器なのだ

 相対して戦ってしまえば、その強さは地獄界王(最強の鬼)である黒曜や、場合によっては六道全員と等しくなってしまう。


 鬼羅鋼(きらがね)城にいる他の六道達が、下手に助成できないのもその権能によるもの。下手に援護を仕掛けて認識されてしまえば、その強さが火暗(かぐら)に与えられてしまうことを知っているからだ



「オオオオッ!」

 鬼の神能(ゴットクロア)である鬼力を全開にし、神速で肉薄した御門と緋毬(ひまり)の斬撃を鞭状に伸ばした刃で迎撃し、撃ち払った火暗(かぐら)に背後から示門の戦斧が叩き付けられる

 だが、まるで生きているかのように操られた剣鞭の刃がそれを受け止め、相殺される鬼力が赤い火花を散らす

「――まだまだ」

 知覚によって一瞥を向けることもなく示門の斬撃を防いで見せた火暗(かぐら)は、そう言って不敵に笑うと、鬼力を込めた蹴撃を叩き込む

「ぐ……ッ」

 全身にはしる衝撃と共に吹き飛ばされた示門が苦悶の声と共に地面を削りながら後退するのを見届けた火暗(かぐら)が横薙ぎに大剣を振るうと、その刃が御門を捉える

「――っ!」

 瞬時の判断で咄嗟に剣で防いだ御門だったが、その斬撃を完全に防ぎきることはできず、一筋の斬り傷が頬に刻まれて血炎が立ち昇る

 さらにその斬撃と共に、自身の背後に真紅の鬼力球を顕現させた火暗(かぐら)は、そこから極大の砲撃を放って緋毬(ひまり)を迎撃する

「臆するなよ? 心を一つにして戦え。さもないと――」

 神器の力によって御門、示門、緋毬(ひまり)の三人と等しい強さを得ている火暗(かぐら)は、余裕の感じられる声音で、刃を向けてくる伴侶と子供達に声をかける


「お前達の強さが、お前達を殺しかねない」


 相対する敵と強さを等しくする火暗(かぐら)の持つ「神差衡(メーヴェフ)」は、対多人数においてその真価を発揮する、対軍戦滅型能力を持つ神器だ


 「強さを等しくする」という能力が表すように、この神器に得た力では単純にその勝率は半々となるだけに過ぎない

 

 だが、一対一と、一対千では決定的に違うものがある。――それは、そこにある意志だ。一人の意志は常に不変だが、それが千人も集まれば、それを一つにすることは難しい

 不利を悟れば、撤退や退却を考える者、最後まで戦い抜こうとする者などが現れるだろう。そうなれば心がすれ違い、戦いの足並みが乱れる。結果、千人という圧倒的な物量が、勝率半々を大きく割ってしまうことになる

 数が増え、心が離れ、足並みが乱れるほどに勝率が下がっていく。――神差衡(メーヴェフ)の最も恐ろしい能力はそこにあるといっても過言ではない



「当然だ!」

 淡泊な声で発せられた火暗(かぐら)の声を強い咆哮で打ち消した示門は、渾身の鬼力を注ぎ込んだ大戦斧から、斬閃と共に斬波動を放つ

 それを火暗(かぐら)が同様に放った斬波動で相殺すると、全く同じ神能(ゴットクロア)を持つ二人の鬼力が相殺され、力の欠片となって世界に溶けるように消滅していく

「不思議なものだな。俺達の鬼力は同じものであるはずなのに、こうして攻撃することができるというのは――」

 視界を舞い、消えていく全く同じ鬼力を知覚しながら、火暗(かぐら)は、どこか哀愁を感じさせる寂寞(せきばく)とした感覚に目を細める



 全霊命(ファースト)は自殺することができない。その力たる神能(ゴットクロア)は、全霊命(ファースト)個人の存在そのものにして、魂と意志の顕現

 望むままに現象を拒絶し、事象を発現させるその力は、唯一自分を殺せない(・・・・・・・)。なぜならば、死を恐れ、拒絶することこそが生きていることの証であり、死を覚悟して受け入れることと、死を望むことには本質的に埋めようのない絶対的な違いがある

 故に、神能(ゴットクロア)は自分を殺す事象を顕現できない。そして、神に次ぐ最高位の神格を持つ全霊命(ファースト)を害することができる事象などは無い

 だからこそ、この世界に於いて全霊命(ファースト)を殺すことができるのは、同等以上の神格を持つ神能(ゴットクロア)だけなのだ


 ――だというのに、全く同じ鬼力を以っている火暗(かぐら)と示門は、互いの神能(ゴットクロア)戦わせることができる(・・・・・・・・・・)

 この世に全く同じ性質の神能(ゴットクロア)は存在しえない。もし存在するならば、それは同一人物の力であるはずだ

 だが、火暗(かぐら)と示門の力は、神能(ゴットクロア)の法則を越えて、互いを殺し合うことができる。――それは、存在として同一であるはずの火暗(かぐら)と示門が異なる人物であるということの証でもあった


(存在も、魂も同じだというのに、異なるというのならば、我々は何を以って己という存在を確立しているのだろうな――)


「当然でしょう!?」

 その真紅の瞳に、もう一人の自分ともいえる示門の姿を映し、心の中で自嘲めいたことを考えていた火暗(かぐら)の思考を、鬼力に乗って叩き付けられた鋭い声が現実に引き戻す

 さらに、全霊の鬼力を注ぎ込んだ巨大な鉄棍を携えた緋毬(ひまり)の反対――火暗(かぐら)の反対側に、身の丈に及ぶ大剣を手にした御門が神速で肉薄する

「たとえ同じ鬼力()を持っていても、示門は示門だということです!」

 左右から同時に放たれた御門の斬撃と緋毬(ひまり)の一撃が迸り、さながら翼のように世界にその力を示す

 「最も忌まわしきもの」の片割れであり同様の存在。――その呼び名の通り世界から忌み嫌われて然るべき示門を受け入れていることが伝わってくる二人の言葉と力に、火暗(かぐら)は薄く口端を吊り上げて笑みを浮かべる


「――あぁ、そうだな」


 鬼力を注ぎ込み、刃が分離して鞭のように伸びた剣を振るった火暗(かぐら)は、その斬撃で御門と緋毬(ひまり)を牽制してその攻撃を防いでみせる

「く……ッ」

 まるで生きているかのように天を舞う剣鞭の刃を受け止めた御門と緋毬(ひまり)は、自分の武器から伝わってくる衝撃に苦悶の表情を浮かべる

 御門と緋毬(ひまり)の姿を双眸に映す火暗(かぐら)は、深い愛情と喜びに胸を震わせながら、それでも譲ることのない信念を帯びた力を注ぐ鞭斬撃を見舞う


「俺は、お前達を誇りに思う」


 吹き荒れる強大な鬼力の嵐が御門と緋毬(ひまり)を呑み込み、援護に入ろうとしていた示門を阻むように吹き乱れる

 心から敬意と感謝を込めて告げた火暗(かぐら)は、愛する人との間に生まれた御門と示門、そして愛する伴侶である緋毬(ひまり)をその力で退け、深く優しい眼差しに宿る不変の意思をさらに強くする


「だからこそ、俺はこの道を往く」


 示門、御門、緋毬(ひまり)を単身で圧倒する火暗(かぐら)は、愛する家族と相対してでも、愛する家族皆と過ごす未来の実現のために戦う意志を確なものとしていた

「父上……ッ」

火暗(かぐら)――」

 その意思が宿る鬼力に阻まれ、苦戦を強いられる御門と緋毬(ひまり)は、唇を引き結んで、剣鞭を操る姿を見据える

 火暗(かぐら)が守りたいものを――手に入れたいものがなんなのか分かっているからこそ、示門と御門、緋毬(ひまり)はその前に立ちはだかり、その想いが理解できるからこそ、こうして戦わなければならない現実にやりばのない感情を覚えずにはいられない


「なら私は、あなたを止めなければならないわ」

 特に緋毬(ひまり)は、父として夫として、一人の男としての生き方を貫くその在り方に、一層心を痛めて声を上げる

 悲痛な想いに歪められた美貌を正面から受け止める火暗(かぐら)は、罪悪感と胸を締め付けられるような思いに、その目をわずかに細める


 天上人と恋に落ち、最も忌まわしきものを生み、地獄界を離れて十世界に着いても尚、緋毬(ひまり)火暗(かぐら)を心から愛している

 最も大切なもののために世界の全てを敵に回せる闇の全霊命(ファースト)にとって、その最も大切な人と戦わなければならない苦痛は筆舌に尽くしがたいものがあるだろう

 だが、それでも緋毬(ひまり)火暗(かぐら)の前に立ちはだかるのは、火暗(かぐら)を大切に想っているからこそだ


(あなたがこんなやり方を選んだのは、私が浅はかだったからなのかもしれないわ。――あの時、あなたがあの女と道ならぬ愛に堕ちてしまった時、私がもっとやり方を考えていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに……!)

 神速で天を舞う剣鞭の刃を弾き、魂の髄まで響いてくるその衝撃に歯噛みしながら、緋毬(ひまり)は悔いきれない過去へと想いを馳せる


 火暗(かぐら)が先代天上界王「綺沙羅」と道ならぬ愛に落ち、あまつさえ生まれるはずのない命を産み落とした際、緋毬(ひまり)はその事実を地獄界王黒曜へと報告した

 無論、そうすることに逡巡と抵抗はあった。それを知られれば、火暗(かぐら)が殺される可能性も十分にあったからだ


(私は、あの女に嫉妬して、火暗(かぐら)から奪ってしまった。――)

 だが、それでも結果的にその事実を報告したのは、もはや自分では火暗(かぐら)を止めることができないと判断したからだった

 そこに、自分から火暗(愛する人)を奪っていった綺沙羅への嫉妬や恨みがなかったとは言わない。だが、それ以上に愛する人が法と理を犯し続けることを止めることこそが、伴侶たる自分の取るべき道だと考えたからだ


 だが、緋毬(ひまり)が通報した結果、火暗(かぐら)は愛した女性を失い、子供を奪われ、十世界へと入ってしまった――自分達を置いて行ってしまった

 緋毬(ひまり)火暗(かぐら)を愛している。だからこそ、自分の――自分達の許へ帰ってきてほしかった。だがそんな願いも虚しく、火暗(かぐら)は愛する人と子供たちのために、世界を変えるべく緋毬(ひまり)の許から去ってしまったのだ


(分かっているの。あなたは、私から離れていったんじゃない。――全てを取り戻して、やり直そうとしているだけなのよね)

 神速の斬撃を捌きながら、その瞳に痛めた心を表した緋毬(ひまり)は、火暗(かぐら)への想いと共に力を振るう


 緋毬(ひまり)火暗(かぐら)を愛しているように、火暗(かぐら)もまた緋毬(ひまり)を愛している。だが、それと同様に綺沙羅も、示門も、灯も愛しているのだ

 情が深く、強い愛情を持っているからこそ、火暗(かぐら)は失ったままにしておけなかった。大切な家族全ての幸福を願わずにはいられないからこそ、こうして相対することになってしまったのだ


「あなた……ッ!」

「お前が、自分を責めることはないんだ」

 沈痛な面差しを浮かべる緋毬(ひまり)のそんな心中を見透かしているかのように、優しい眼差しと声音を向ける火暗(かぐら)は、それでもその手を緩めることなく斬撃を振るう

《お前はただ怒ればいいんだ。お前を傷つけてばかりの俺を――》

 震える鬼力と共に、脳裏に流れ込んでくる火暗(かぐら)の思念通話に、緋毬(ひまり)はその美貌を歪めて、慟哭にも似た心の声を上げる

《それが、できるなら……ッ、私は……あなたをこんなにも愛していないわ》

 互いを想い合い、守りたいと思っているのに、だからこそ刃を交えなければならない無常な現実がぶつかり合う刃の音と飛び散る鬼力の火花となって、その心を打ち付ける

 運命か偶然か、全員が赤鬼であるがゆえに舞い散る真紅の鬼力の欠片が視界を掠めていく様は、まるで涙を流せない者達が流す血の涙のようだった


(俺は、ただ家族皆で暮らしたいだけだというのに、なぜ……なぜそれが、こんなにも難しい――)


 緋毬(ひまり)と御門、示門をその舞剣で捌きながら、火暗(かぐら)はあまりにも凡庸で平凡な願いが、これほどに遠い現実にやり場のない思いを強める

 だが、その些細でかけがえのない願いを実現するためにこそ、この戦いがある。故に、火暗(かぐら)の剣鞭の斬撃は、一切の迷いと怯みもなく向けられる

「――ッ」

 飛踊する剣を戦斧で受け流す示門は、真紅の火花が舞い散る中で思念通話を飛ばす


《今だ!》


 火暗(かぐら)の知覚は自分達に油断なく振り分けられているが、今その視線は緋毬(ひまり)へと向けられている

 故に生じるわずかな――些細と呼ぶにさえ足りない些少な意識の隙を衝いて、示門はあらかじめ待たせていたその人物に求める


「――〝孤邑葉佩(こむらはばき)〟!」

 その声を受けた二本角の黒鬼――「椿」は、はるか遠く、鬼羅鋼(きらがね)城の門上、戦場を見渡せる位置でその鬼力を武器として顕現させる

 両手の内に収束した椿の鬼力は、長い柄とその先端に束ねられた金属質の枝状の束を持つ武器――「箒」として具現化せしめていた


 その手の内に自身の武器たる箒杖を顕現させた椿は、自身の鬼力を注ぎ込むと共に周囲に無数の空間穴を生み出す

 それは、鬼力によって作られた空間を結ぶ門。そして鬼力を注がれた箒の穂先はその一振りと共に、伸びて螺旋状に束ねられ、無数の槍となって空間穴へと吸い込まれていく


 その空間の扉が結ぶのは、今まさに示門達が戦っている戦場――十世界地獄界総督たる火暗(かぐら)がいる戦場だった。

 突如周囲を囲むように出現した無数の空間穴から、螺旋状の穂槍が出現して全方位から一斉に地面に突き刺さる


「これは……!?」


 突如出現した槍が剣鞭の範囲内に突き刺さり、その動きを妨げられた火暗(かぐら)が目を瞠る中、その中をくぐり抜けた示門が、その戦斧に渾身の鬼力を込めて薙ぎ振るう

「オアアアアァッ!」

 咄嗟に、一旦武器を鬼力へ還し、再び武器として顕現させた火暗(かぐら)だったが、それよりもすでに肉薄していた示門の方が早い

「――ッ」

 瞬間、渾身の力を込めて振るわれた示門の真紅の斬撃が最上段から袈裟懸けに振り薙がれ、火暗(かぐら)の身体を斬り裂いて、真紅の血炎を噴き上がらせたのだった――。





 鬼羅鋼(きらがね)城の外で十世界と地獄界の鬼達が戦っている中、神魔は結界で守れた王城の内側へと侵入してきた黒髪の悪魔――「霊雷(れらい)」と相対していた

 強く、根深く――そして、もはや変えようのない因縁を持つ霊雷(れらい)は、その端正な顔を憎悪と殺意で染め上げて、漆黒の斬撃を振るう

「死ねぇええッ」

 その存在が武器として具現化した太刀剣から迸る漆黒の魔力に込められているのは、神魔という存在を抹殺し、この世界から滅ぼそうとする霊雷(れらい)の純然たる殺意と滅意だった

「ッ」

 純黒の斬撃が打ち合い、相殺し合って迸る極大の力の渦の中、結界に包まれて神魔の背後にいる詩織は、極黒の力越しに見える、憎悪に染まった霊雷(れらい)に恐怖を覚える

 この神格を帯びた殺意の中に放置されれば、詩織はそれだけで命を落としてしまう。故に、それを阻むために神魔の魔力が作り出す結界が詩織を包み込んで、その命を守っていた


(神魔さん……)

 自身を庇うようにして立ち、殺意しかない霊雷(れらい)の斬撃と魔力の砲撃をその武器である大槍刀によって阻む神魔の背に詩織は祈る様な視線を送る


 全霊命(ファースト)の力である神能(ゴットクロア)は、その意思によって事象を顕現させる。だが、こうして結界で自分を守っている分、神魔の攻撃に回されるべき意志と力がそがれてしまうことを詩織はこれまでの経験から痛いほど理解している

 戦う力もなく、自身を守ることもできず、ただ生きていることさえできないような足手纏いでしかない自分を守るため、戦う力を殺いで戦ってくれている神魔の背に、詩織は心から勝利と無事を願わずにはいられない


「く……ッ!」

 しかし、そんな詩織の憂いと不安とは裏腹に、焦燥の声を噛み殺すのは、圧倒的に不利な状況にある神魔ではなく、攻撃をしている霊雷(れらい)の方だった

「お前、いつの間にこんな強く……!?」

「そういう君は、あの頃から変わってないね」

 大槍刀を介して放たれる神魔の純黒の魔力の斬撃と波動を叩き付けられ、ことごとくその攻撃を阻まれる霊雷(れらい)は、自身のそれを遥かに上回る神格に忌々しげに舌打ちをする


 これまでの十世界との戦いで鍛えられ、高められた神魔の神格と魔力は、すでに全霊命(ファースト)として最高位に近くなっている

 その結果、かつてとほとんど強さの変わらない今の霊雷(れらい)の魔力では、詩織を守るというハンデがあってさえ、神魔の力に圧倒されてしまっていた


(――とはいっても、油断はできないな)

 自身の魔力が霊雷(れらい)を圧倒しているとはいえ、神魔は神速の斬撃と砲撃の嵐の中で、相対する因縁の相手を見据えて警戒を強める

(前と霊衣が違ってる(・・・・・・・)。それに、結界で守れた城の中に一人だけ入ってこれたのも気がかりだ)

 魔力で圧倒し、一見優勢な戦況を作っているように思える神魔だが、その懸念は記憶にあるそれと違っている霊雷(れらい)の霊衣と、鬼の原在(六道)が展開した結界を通り抜けて侵入した未知の力だ


 武器も霊衣も、全霊命(ファースト)自身の神能(ゴットクロア)がその存在の特性に合わせて変化したもの。故に、強弱などは関係なくその形状は変わらないのが常識だ

 だが、実際霊雷(れらい)の霊衣は変化している。それは、霊雷(れらい)という悪魔が、存在から何らかの変化を得たことの証なのだ


「本当に、お前は忌まわしいやつですね。でも――」

 自身を圧倒する神魔の魔力に苛立たしげに眉をひそめた霊雷(れらい)だったが、次の瞬間その口端を吊り上げて、不敵な笑みを浮かべる

 そのままその神格の速さで突撃した霊雷(れらい)は、純黒の魔力を帯びた神魔の横薙ぎの斬閃を躱すことなく、その頭部で受ける


 いかに神格の差があっても、霊雷(れらい)に神魔の攻撃を回避できないほどの力の差はない。実際、今まではそ神魔の攻撃を回避していた

 にも関わらず、あえて攻撃を避けなかった霊雷(れらい)の側頭部には神魔の大槍刀の刃が直撃し、滅殺の意志が込められた純黒の力が吹き荒れる


「――!?」

 しかし次の瞬間、神魔は確かに直撃したはずの自身の斬撃が、霊雷(れらい)の頭に受け止められ、傷一つつけられていない事実を見て目を瞠る


 神魔と霊雷(れらい)の力の差は歴然。本来なら、その一撃を生身で受ければ、致命傷を負うどころか、命を落としてもなんら不思議ではない

 だというのに、神魔の大槍刀の刃を頭を受け止めた霊雷(れらい)は、傷一つ追っていなかった


 その事実に一瞬動揺した瞬間、大槍刀の刃を頭部で受け止めたまま霊雷(れらい)の剣が奔り、神魔の肩口に突き刺さる

「く……ッ!」

 肩口に生じた焼けるような痛みに、即座に我に意識を切り替えた神魔は、大槍刀を持っていない方の手から、魔力を波動のようにして霊雷(れらい)に叩き付ける

 その神格のままに標的と定めたものを滅却する漆黒の力が霊雷(れらい)を呑み込み、世界を黒く塗り潰す力の奔流が吹き荒れるが、神魔は自身の攻撃がやはり一切効いていないことを知覚していた

「きゃっ!?」

 神格で勝る神速によって、肩口に突き刺さった刃が貫通するよりも早く、一連の動作を行った神魔は、結界を維持したまま詩織ごと後方へ飛びのく

 結界によって神速の戦いを知覚していた所に突如身体が引っ張られ、その言い様のない感覚に思わず声を上げた詩織は、距離を取って大槍刀を構えた神魔を見て声を詰まらせる

「神魔さん……」

「大丈夫、掠り傷だよ」

 剣を突き立てられた右の肩口から、赤い血炎を立ち昇らせる神魔は、詩織の言葉に簡潔に応じつつ、自身の魔力の残滓が渦巻くその場所へ険しい視線を向ける

 先程放った魔力の波撃の残滓が未だ漂っているその中には、案の定霊雷(れらい)が無傷で佇んでおり、神魔の一撃が一切の痛痒を与えていないことを容易に伺わせていた

「やっぱり無傷か」

「アハハハハッ! どうです!? 理解できましたか!? 私は今まで、わざわざ貴様の攻撃を避けてやっていた(・・・・・・・・)だけでしかないのですよ!」

 忌々しげに小さく舌打ちをする神魔の耳に、霊雷(れらい)は傷一つない自身の身体を見せつけるようにして高笑いをする

 魔力に乗って届けられるその声は、優越感と勝者の愉悦によって満たされる復讐心によって狂喜に染められていた

「どうですか!? 懸命に高めてきた力が一切通じない気持ちは!? あなたが積み重ねてきた罪の日々が無意味だと思い知った気分は!?」

 あの頃からほとんど神格が変わらない霊雷(れらい)とは違い、神魔は当時とは比較にならないほどの強さを手に入れている

 そこに至るまでに、神魔がどれほどの死線をくぐり抜けてきたのか、霊雷(れらい)には知る由もない。だが、そうして高められた神格と強さが自身の前で無力であることに、霊雷(れらい)は強い喜びを覚えていた

「――やっぱり、神器か」

 そんな霊雷(れらい)に冷ややかな視線を送りながら、神魔はその自信と事実と根拠の元となっているであろう力を推測して、苦々しげに眉を顰める

「随分と余裕ですね……まさか、その後ろのものを庇って戦っているからとか、つまらないことを考えているわけでもないでしょうに――」

 そんな神魔の反応が気に入らないのか、霊雷(れらい)は先程までの高笑いが嘘のように不機嫌そうに顔をしかめ、背後の結界の中へと視線を向ける

 詩織を守る結界を展開している分、確かに神魔は力を損なっている。だが、仮にそれがなくとも攻撃が通じないことなど分かりきっている――にも関わらず、何ら動揺や狼狽を見せない神魔の態度が、霊雷(れらい)を苛立たせる

「ん?」

 だが、その言葉と共に神魔の背後にある結界の中へと視線を向けた霊雷(れらい)は、その中にいる詩織を見止めて怪訝な声を漏らす

 これまで神魔にばかり気を取られていた――というより、その存在など歯牙にもかけていなかったために気付かなかった霊雷(れらい)は、詩織を認識し、その表情を怒りに染め上げる


「なんだ、それ(・・)は……!」


「ひ……ッ」

 自身へと注がれる霊雷(れらい)の憎悪に満ちた視線に、詩織は結界の中に守られていても尚心身が凍て竦むような恐怖を覚えて声を引き攣らせる

 神魔の結界が完全に阻んでいるため、魔力やそれに込められた殺意などはすべて遮られている。しかし、霊雷(れらい)から発せられる負の感情を、それをして余りあるほどに、詩織に自身の全てを拒絶されているような強い激情を伝えていた

「私の――いや、俺の大切な人を奪っただけでなく、そんな、そんな……汚らしいものを連れているなんて、ふざけているのか!?」

 激情のままに声を荒げた霊雷(れらい)が魔力を噴き出すと、神魔は世界が軋むほどの自分と詩織へのドス黒い憎悪が込められた力の脈動へ侮蔑にも似た冷ややかな視線を向ける

「今頃気付くんだ」

 神魔の冷たい視線とは裏腹に、燃え上がり煮えたぎる暗い感情にその瞳を燃え上がらせる霊雷(れらい)は、あまりの不快感と嫌悪感に、空気を掻き毟るようにしなが濁り果てた心情を吐露する

「許さない! 許さない……っ!  俺から風花を奪い、命を奪ったばかりじゃなく、そんな汚らわしい紛いものを連れてその尊厳まで踏み躙るなんて――っ!」

 最早周囲も見えないほどになっている神魔への憎悪を一層強くした霊雷(れらい)は、手にした剣が音を立てて震えるほど強く握りしめて再び声を荒げる

「やはり、貴様に風花は相応しくなかった!」

「――お互い様だよ」

 咆哮とも慟哭とも取れるその声に目を細めた神魔が静かに言い放つと同時、二人の背後の空間が揺らいで、そこから桜と瑞希、そして大貴が姿を見せる

「神魔様」

「――桜」

 桜色の髪を揺らめかせ、淑やかに降り立った桜がその武器である薙刀を構える傍ら、神魔はその反対側に足を止めて瑞希に声をかける

「瑞希、詩織さんをお願い」

「えぇ」

 神魔の言葉に頷いた瑞希は、自身の魔力の結界で詩織を覆うと、一つに束ねた黒髪を靡かせながら、後方へと下がる

「随分とお仲間に恵まれているんですね――本当に、本当に忌まわしい……!」

「なんだ、こいつ……?」

 その様子に、砕けんばかりに歯を食いしばって呪詛めいた怨言を吐く霊雷(れらい)に、太極の力を纏う太刀を構えた大貴がわずかに困惑したように言う

 その力そのものは決して強くないが、そこに込められている怨念にも似た殺意は、これまでの戦いで感じてきたものとは決定的に違うものだった


 これまで大貴が出会い、戦ってきた相手達は自身の信念のために命を懸け、その実現のためにあらゆるものを排除する戦意と殺意を持っていた

 だが、今霊雷(れらい)から感じられる濃密で粘着質な殺気は、ただ一人――神魔へと注がれている。それは、良くも悪くも身近で低俗な殺意だ


「ごめん。ちょっと個人的に因縁がある人で、僕の事よっぽど殺したいみたいなんだ」

 隠すことなく、年月を経て熟した怨嗟と私怨に塗れた殺意に染まった魔力を発する霊雷(れらい)に困惑する大貴と、不快気に柳眉を顰めた桜に、神魔は苦笑混じりに言う

 その言葉で納得した大貴と桜が戦意を新たにするのを睨むように見据えながら、霊雷(れらい)は純然たる意思に染まった魔力を放出する

「ようやく、この時が来たんですよ。邪魔をしないでくれますか!?」

「気を付けて。そいつ全然攻撃が効かないから」

 自分達に向かって来る霊雷(れらい)に応じた大貴が左右非対称色の黒白の翼を広げるのを視界の端に捉えながら、神魔は桜に一瞥を向ける

「魔力共鳴!」

 違いの命と魂を交換し合った伴侶となったものにだけ許される神能()の共鳴を発動させ、最強の全霊命(ファースト)である原在(アンセスター)にさえ互する力を得た神魔と桜は、その神格のままに霊雷(れらい)へと肉薄する

 神魔への殺意に染められた魔力を放つ剣を振るう霊雷(れらい)の斬撃をその太刀で受け止めた大貴は、全ての力を取り込む太極(オール)の力によってその魔力を自身の力として取り込む

(攻撃が効かない?)

 先程聞いた神魔の忠告を思い返しながら、大貴は太極に取り込んだ霊雷(れらい)の力をそのまま自分とそれと一体化させて打ち返す

 激しい殺意に染まる魔力を取り込んだ太極が渦を巻いて解き放たれ、黒白の力が避ける間も与えずに霊雷(れらい)を呑み込んで炸裂する

「邪魔をするなと、言ったはずですよ」

「――!?」

 しかし、自分自身の神格に加えて大貴の神格さえも共鳴して取り込んだ一撃を、霊雷(れらい)が無傷で凌ぐのは不可能なはずだった

 だが実際、大貴の太極の一撃は霊雷(れらい)にわずかに傷をつけることもできておらず、その力の直撃を身に受けながら、まるでそれを意に介さずに剣を横薙ぎに叩く付けてくる


「――ッ!」


 しかし、霊雷(れらい)の斬撃はそれを見越していたように横から伸びてきた大槍刀の刃によって弾かれ、逆に共鳴する魔力を纏う神魔と桜が息の合った共撃を撃ち込む

 神魔と桜の純黒の魔力の波動が霊雷(れらい)に叩き付けられるが、最強の全霊命(ファースト)のそれに等しい一撃でさえ傷を与えることはできていなかった

「桜!」

「はい!」

 だが、そんなことなど先程まで霊雷(れらい)と戦っていた神魔には容易に想像のついていたこと。故に神魔と桜は、一切の反撃を許さないとばかりに大槍刀と薙刀の刃が振るわれる

 神速で振るわれる大槍刀と薙刀の斬閃、その威力も相まって九世界の王でさえ、対応に手こずるであろう斬撃の嵐の直撃を受けながら、それでも霊雷(れらい)は涼しい顔をして笑っていた

「無駄だというのが、分からないのですか!?」

「大貴君。多分、あの一番上の羽織は神器だ」

 大槍刀の薙刀による斬撃を受けながら、一切の傷を負うことのない霊雷(れらい)の余裕と嘲笑に満ちた言葉を無視し、神魔は大貴に対して告げる

「!」

「その通り。――まぁ、当然気付いているとは思っていましたが」

 自分と面識のある神魔ならば、自身の霊衣が変わっていることなどとうに気付いていただろうことは、霊雷(れらい)も想定の内。まして、その上でこれほどの力を見せていればその答えに辿り着くなど難しことではないだろう

 だが、それを知られたことなど霊雷(れらい)にとって、何ら問題ではない。それを知られたところで自分が負けないことを確信しているからだ

「なら――」

(奴の神器と共鳴する!)

 その言葉を受けた大貴は、共鳴した神魔と桜の魔力と共鳴して自身の神格を高めた上で、太極(オール)の力を解放して霊雷(れらい)の纏う神器との共鳴を図る


 全を一に、一を全とする太極の力は、神器と共鳴することで、それを構成する神の力を引き出し、神位第六位に匹敵する神格を得ることができる

 そうすれば、いかに攻撃を受けつけない神器といえど、その能力を相殺して攻撃を通すことが可能になる――はずだった。


「なんだ……っ!?」

(吸収できない?)

 霊雷(れらい)に太極の力を発動させた大貴は、即座にその異変に気付いて目を瞠る

 その力は、確実に霊雷(れらい)を捉えているはずだというのに、自身の――光魔神の神力である「太極(オール)」の能力が完全に沈黙し、共鳴と同化を阻んでいた

「無駄ですよ」

 そう言い放つと同時に、神魔と桜の斬撃を疎んで後方へと飛び退いた霊雷(れらい)は、口端を吊り上げて優越感に満ちた笑みを浮かべる

 大貴の太極が沈黙していたことを知覚を介して見ていた神魔と桜は、あえてそれを追うことをせず、一旦仕切り直すために距離を取る


「これは、神器『神覇織(ウァルクード)』。――〝神の領域〟を権能として持つ神器です」


 そんな神魔達に見せつけるように、自身が纏っている蛍光の水色のラインが入った黒と白の羽織を軽く広げながら、霊雷(れらい)はその能力を得意気に告げる

「――っ!」

「さすが、理解が早い」

 余裕以上に、神魔に絶望を与える意味で自身の持つ神器の能力を告げた霊雷(れらい)は、その反応を見て目を細め、愉悦に満ちた表情を浮かべる




「嘘でしょ……?」

「どういうことですか?」

 同様にそれを聞いていた瑞希が声を詰まらせると、その結界の中にいた詩織は言い知れぬ不安に駆られて訊ねる

 そんな詩織に視線を向けず、大貴、神魔、桜が相対している霊雷(れらい)を見た瑞希は、苦々しげに歯噛みしながら口を開く

「神は神以外に殺せない。神を害することができるのは神だけ。これはこの世界の絶対の理よ。それはつまり――」




「あらゆる力が効かないってことか……!」

 記憶が無くなっているとはいえ、自身もまた異端神の一柱。さらに、かつて反逆神、夢想神、自然神という同格の神々の力と戦いを間近で感じた大貴は、瞬時にそれが意味するところを理解していた


 神とは、この世界において絶対の存在。神は神位第六位以上の力のないものに殺されることも、害されることもない。

 そんな神の存在の領域(・・・・・)を概念として持つ霊雷(れらい)の神器――「神覇織(ヴァルクード)」は、その断りのままに神位に至らないすべての現象と事象を無力化することができる

 そしてそれは、全霊命(ファースト)神能(ゴットクロア)はもちろん、未覚醒で神位に至っていない光魔神(大貴)太極(神力)でさえ例外ではないのだ


「神格が上がるわけではありません。特別な能力が得られるわけではありません。――ですが、この神器を纏う以上、神位第六位(神の力)に及ばない全ての力は、私を害することができない!」

 得意気に、誇らしげに、自身が与えられた神の力の欠片を行使する資格を述べる霊雷(れらい)は、絶対の勝利を確信して笑う



 「神覇織(ヴァルクード)」の能力は極めて限定的だ。放出された魔力にその力は及ばず、先程のように太極に囚われてしまう。使ったからといって神格が上がるわけではなく、強さが変わるわけでもない

 しかしその能力は、「自身に干渉する神位未満の力の全てを無効化する」という、あまりにもシンプルで単純なもの。故にそれ以外に欠点らしい欠点もないことがこの神器の最大の利点でもあった


(くそ……ッ、やっぱあの神器を渡したのは失敗だったか……!?)

 その能力を理解した大貴は、先日聖人界で十世界に共闘の対価として神器を渡してしまったことを後悔する

 太極の能力や自身の力を過信していたわけではないし、あの対価を払ったことが間違いだったとは思っていない。しかし、こうして神の力しか及ばない存在を前にして、今その力が自身の手元にないことが悔やまれてならなかった


「あらかじめ言っておきますが、神覇織(この力)には使用時間などの制約はありませんよ。つまり、あな達に、私を殺す術はないのです」

 そして霊雷(れらい)は、更なる絶望を与えるために、嬉々とした声音で神魔達が想像しているであろう神覇織(ヴァルクード)の攻略法を否定する

 無論、その言葉をありのまま信じているわけではない。だが、それが嘘ではないことを否定することもまた現状でできることではなかった

「しかし、それはそれ。こんな大勢で一斉に襲いかかられたのでは、煩わしくてかなわないんですよ! これは私と彼の個人的(・・・)な! 私怨に基づく戦いなんです。――それ以外の連中は下がってもらえませんか?」

 そして、そう言って自身の絶対的な強さと優位を示したうえで、霊雷(れらい)は剣を振るって大貴達全員に向かって言い放つ

僕とお前(・・・・)じゃなくて、お前の(・・・)でしょ?」

 その言い分に冷ややかな声で応じる神魔だが、霊雷(れらい)はそれに殺意と憎悪で冷たく凍てついた視線を微笑を返すことで応じる

「そこに、何の違いあるのですか?」

「……確かに」

 互いに殺し合いたいわけではなくとも、片方が殺したがっていれば十分。一方的なこの怨嗟も、十分に二人の因縁といえるだろうと、神魔は肩を軽く竦めて笑う


 霊雷(れらい)の言葉にある意味で間違いはない。今、この場の戦いにあるのは、九世界と十世界という枠でも、大義と信念の相違でもない、単たる二人の因縁だ

 そこに他の人間を関係させることがどうであるのかは、個人の価値観によるところだろうが、今十世界との戦いが行われている現状で、九世界側のカードである大貴を引き留めておくのは好ましいことではないだろう


「神魔。君からも彼らに下がるように言ってくれせんか? そうでないと――私と君の因縁を彼らに言いふらすような真似をしなければならなくなりますよ」

「――!」

 口端を吊り上げて嗤ってみせる霊雷(れらい)の脅迫めいたその言葉に、神魔の隣にいる桜はその瞳に剣呑な光を灯して不快感を露にする


 霊雷(れらい)の強さは今この場にいる者達の中で最下位に近い。いかに不可侵の守りを持っていても、これほどの人数で囲まれて戦っては、本来の目的など何も果たせないのは明白だ

 だからこそ、霊雷(れらい)はその話題を取り上げ、狡猾に執念深く神魔と一対一で戦うことを要求していた


 整った顔立ちも手伝って、口端を吊り上げて嗤う霊雷(れらい)に悍ましささえ覚えるもの大貴達が息を呑む中、殺意の矛先にいる神魔は、わざとらしく息を吐いて応じる

「それは困るね。別に、知られたって困ることじゃないけど、言いふらされるのもいい気分はしないし。……で? その条件を呑んでこっちになんの得があるのさ?」

 一対一で殺し合いたいという条件を呑む代わりに見返りを求める――本来は、成立するとは思えない取引だが、神魔には霊雷(れらい)がこれに乗ってくる確信に近い予感があった


 霊雷(れらい)の行動原理は、すべて「神魔(自分)を殺すため」。そのためなら――それだけのことができれば、多少不利であろうとその状況を作り出せる条件を呑む

 霊雷(れらい)の性格と自身への殺意を熟知している神魔には、そんな未来が予見にも似た形で幻視できていた


「そうですね――」

 そして案の定、神魔を殺す以外の全てが無価値だと考えている霊雷(れらい)は、思案気に思慮を巡らせるような動きを殊更に見せつけると、やがて何かを思いついたように口端を吊り上げて嗤う

「ではこうしましょう。先程の条件を呑んでいただけるのなら――」

 切れ長の目で神魔、そしてその周囲にいる大貴達邪魔者を睥睨した霊雷(れらい)は、たっぷりと一拍の間を置いてゆっくりと口を開く




「私が、火暗(かぐら)を殺しましょう」







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