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魔界闘神伝  作者: 和和和和
地獄界編
231/305

九世界を総べる者達






「奴らは、法を犯して我が世界に多大な損害をもたらした。――これを、看過することはできないと考えている。

 確かに光魔神達は、今九世界に於いて重要な意味を持ち、特例を以って世界を巡っている。だがそれを理由に、法を蔑ろにした勝手な振る舞いが許されていいはずはない。――故に厳正な処分を下すべきだというのが我々からの提案だ」


 聖人界において、光魔神(大貴)とその同伴者たちが取った行動とその結果を簡潔に説明し、自分達の意見を述べた聖人界代表――「シュトラウス」が険しい表情で言い切る

 そこまでそれぞれの姿勢を保ったまま、無言で聖人界界首(シュトラウス)の言葉に耳を傾けていた九世界の各王は、一通りの話が終わったところで軽く身じろぎする

(どのように話を切り出すべきでしょうか……)

 ある者は視線を明後日の方向へ向け、ある者は瞼を閉じたまま、ある者はシュトラウスへと視線を向けている聖人界以外の七人の王達を見回したヒナは、いかに大貴達にとって有利に話を展開するか思案を巡らせる


「それって、なにか問題があるのか?」


 その時、一際大きな身じろぎをして声を発したのは、意外にも九世界の王の中でも最も怠惰な性質を持つ妖界の王「虚空」だった

 こういった会議の場で真っ先に口を開くことがない妖界王の言葉に、初参加のヒナとシュトラウスを除く全員が興身深げに視線を注ぐ

「何だと?」

 だが、遠慮のない声音で告げられたシュトラウスは不快感の籠った憤りに眉を顰め、低く抑制した声で妖界王(虚空)を睨み付ける

 だが、その程度も虚空にとっては何ら警戒に値するものではない。虚空は妖怪唯一にして最強の原在(アンセスター)。片や、シュトラウスは世界の代表であるとはいえ、一介の全霊命(ファースト)に過ぎない。――そもそもの格が違うのだ

「つまり、聖人界首殿が言いたいのは、光魔神達に一泡ふかされて悔しいから、やり返したいってことだろ?」

 公的な場であるからなのか、敬意を払った呼称を用いながらも、虚空の視線と声音にはあからさまな嘲笑の意図が含まれていた

「――妖界王殿、何を聞いておられたのだ? 我々が言いたいのはそういうことではない」

 光の存在として、あまりにも潔癖にして厳格な聖人からすれば、闇の存在である妖怪にそのように言われるの甚だ不本意ではある

 だが、この王会議の場として他の王への侮辱や軽視は避けねばならない。そういった反感を抱きながらも、シュトラウスは虚空の言葉にやや語気を強めて言う

「違わないだろ? つまり〝私達の世界は、たった十人ばかりの奴らに負けました〟――あなた達が言っているのは、そういうことだ。んで、お前達のその体たらくのツケを俺達に払わせるってことだろ?」

 軽く手を動かしながら言う虚空の言葉に、シュトラウスは平静な表情を保ちながら、屈辱に歯噛みする


 虚空の言い分は、ある意味で的を射ていた。今回の言い分は、聖人界が大貴(光魔神)をはじめとするごく少数人に攻め落とされたと公言しているようなもの。

 虚空の嘲笑めいた言葉は、それを恥ずかしげもなく持ち出し、この場で光魔神(大貴)達の断罪を求めていることに対して向けられたものであるといえるだろう


「――っ、奴らは十世界と協力した! 神器や神の力で攻められれば、この中でそれに抗える世界などないだろう!?」

「それを言われると反論できないな」

 そんな当たり前のことなど分かっていなかったはずはないというのに、そう切り返されたのが気に入らなかったのか、やや語気を強めたシュトラウスに虚空は肩をすくめて応じる


 神の力は絶大だ。神威級神器を用いれば神位第六位と同等以上の神格を得ることができるとはいえ、それより上の神格をもつもの――円卓の神座に名を列ねる異端神などと正面から戦えば、いかに九世界といえど勝機はないことはここにいる誰もが知っていることだ

 まして、今回大貴達は十世界と協力した。全ての神器を使うことができる奏姫に加え、最強の異端神である反逆神(アークエネミー)、覇国神さえ擁する十世界は、単純な戦力で言えば九世界全てよりも上であるのは間違いない

 そして、シュトラウスが問題にしているのは、光魔神(大貴)達が聖人界に弓を引いたこと、法を犯したこと――そして九世界の怨敵であるはずの十世界を手を結び協力関係を持ったことでもある


「そうだな……けどよォ、そもそもお前達の言い分には、根本的なところで間違いがあるんだよ、聖人界界首殿」

 無駄な口論を避け、引き下がった妖界王(虚空)の話を引き継ぐように口を開いたのは、冥界を総べる死神の王「(くら)」だった

 両腕を汲んだまま、死神の特徴である三つの目を向けた黒髪の男は、低く抑制した剣呑な声でシュトラウスへ向けて言い放つ

「そもそも、俺達は聖浄匣塔(ネガトリウム)なんてもんの正当性を認めた覚えはねェ」

 (くら)が言い放ったその言葉にシュトラウスがその表情を険しくすると、それに助成するように横から別の声が発せられる

「そういうことだ。確かに、それ自体はお前達の世界の秩序の範疇だろう。聖人界が聖人界の中で聖浄匣塔(そういうもの)を運営するのは自由で、他の世界(俺達)が意見を差し挟むことではない

 だが、お前達の法の裁きが他の世界まで及ぶなどという権利を認めた覚えはないぞ」

 その声の主は、議席に泰然とした様子で腰かけている魔界の王「魔王」。悪魔を総べる最強の男は、シュトラウスへ向けて咎言を向ける

「そうですね。聖人界として許される範囲で罪を犯した者を聖人界(あなた達)が裁く分には、私達も容認しています。ですが、他の世界――時空の狭間にまであなた達が進出することは許されていないはずです」

 悪魔の王から向けられたその言葉にシュトラウスが表情を険しくする中、それに続くように妖精界王「アスティナ」が澄んだ声で続く

「……っ、それとこれとは別の問題だ!」

 闇の世界の王からばかりではなく、同じ光の存在でもある妖精界王(アスティナ)に苦言を呈されたシュトラウスは、憤りを露にして言う


 確かに、一連の流れは話の趣旨からずれているのは間違いない。だが、確かにその内容に一理あるのもまた事実だった

 現行の九世界の法では、全体で決めたそれに背かない限り干渉されないというのが常識だ。そして、その中には他世界への干渉を最低限にとどめるという条文もある


 それは即ち、聖人界内において、いかなる法的判断が下されようと、聖浄匣塔(ネガトリウム)に罪人を収監しよと他世界が干渉しない代わりに、一歩外に出ればそれが有効ではないことを表している

 その条文では、確かに他世界(・・・)へ干渉してはならないと取り決められているが、厳密に世界として扱われない時空の狭間は例外になる。正義を重んじる潔癖にして崇厳な聖人界は、それをいいことに時空の狭間へと進出し、自分達の裁量で他の全霊命(ファースト)に量刑を下しているのだ


「随分な言い様だな」

 しかし、そんなシュトラウスの言を横から一括したのは純白の翼を持つ光の世界、そして九世界の代表でもある天界を総べる王――「ノヴァ」だった

「天界王殿……」

 自身へと注がれるその視線に、隠しきれない憤りが含まれているのを見て取ったシュトラウスは、それに若干気圧されながらも平静を保ちながら応じる


 天界王の憤りの原因の一つは、十世界が連れ去った聖浄匣塔(ネガトリウム)の最下層に捕らえていた天使の原在(十聖天)であるのは容易に想像できる

 光魔神には天界から二人の天使と、天界の姫(リリーナ)が護衛として同行しており、そこから話が伝わった可能性は十分以上にあった


 それを捕らえていた聖人界にも、法的根拠と世界としての正義がある。しかし、それを九世界の王が集っているこの場で今明言するのは得策ではないと判断したシュトラウスは、沈黙を以ってそれに答えることにする

「我々は、散々お前達の遠征に対する疑念を投げかけてきたはずだ」

 そんなシュトラウスの心中を見透かしているのか、天界王(ノヴァ)はそれについて言及することはせず、それでいて別の切り口から懸念を表明する

「お前達の正義はどうであれ、世界の狭間に戦力を派遣するのはやめろ、と。――だが、お前達は一度たりともまともに耳を貸さなかったのではないか?」

 非難の色を隠さないノヴァの視線にシュトラウスは、わずかに眉を顰める


 九世界は不文律を守りながら、それぞれの世界の在り方を許容してきた。だが、その中で聖人界の世界への干渉は、決して他の八世界から認められているわけではないものだった

 これまで散々その忠告や勧告を聞き入れなかった聖人界に対し、闇の世界ばかりではなく光の世界までもが傍若無人だと受け取り、都合よく自分達の意見を通そうとしている現状が歓迎されるはずもない


「――……ッ」

 聖人の代表としてこの場にいるシュトラウスにとって、これまで聖人界が行ってきたことを否定するつもりなど微塵もなく、自分達の正義に誇りを持っている

(ここに来て、余計なことを(あげつら)いおって……ッ!)

 自世界を除く八つの世界が聖人界(自分達)を好ましく思っていないことなど百も承知であり、この場の空気が自分達の世界にとって友好的なものではないことも当然分かっている

 これまで、他の世界からの勧告も自分達の正しさと法の正義を信じて貫いてきた聖人界からすれば、この対応は不本意なことこの上ない

「――……」

(ここに来て、これまでのツケが回ってきたか)

 憤りに歯噛みするシュトラウスの姿を背後から見る補佐――聖人の原在(アンセスター)「天支七柱」の頂点に立つ「マキシム」は沈黙の中で聖人界の立場の悪さを感じ取って目を伏せる


 以前は自身がこの席についていたマキシムは、かつて聖人界王として世界の形を定めるために議論を尽くした

 だが、聖人界の形は変わり、初代、二代目、そして現在の三代目と聖人達によって選ばれた界首がこの場で他の世界との交流を図ってきた

 しかし、潔癖すぎる聖人の性質もあって、これまで聖人界は、他の世界からの言葉に自分達の正義を曲げず、我関せずという態度を貫いて耳を貸してこなかった。

 それが自分達に都合のいい時にだけ賛同を求められても、好意的な反応が得られるはずもない。――この現状は、これまでの聖人界の言動と歴史がもたらした結果だ


 しかし、ここにいるのは仮にも九世界それぞれを総べる王。単に気に入らないからという理由で聖人界の言葉を蔑ろにするような不心得者はいない

「――とはいえ、まあ前置きはこのくらいでいいだろう。貴殿ら聖人界が問題しているのは、いかに特例状況下にあるものとはいえ、光魔神とその随伴者がとった行動は法に反することであり、それを黙殺することはできかねるということだろう?」

 まずもって聖人界を非難したところでその話を終え、話題を切り替えた天界王(ノヴァ)が確認の意図を込めて問いかけると、シュトラウスは面には出さずにいた憤りを解いて平静を守って答える

「仰る通りだ」

 聖人界のこれまでの行いは別として、確かに今回の大貴達がとった行動は九世界としては間違いなく違法――ほぼすべての世界で極刑に処されるほどのものであることはだけは間違いない

 誰一人それが分かっていない人物がいないこの場で、天界王(ノヴァ)の言葉にシュトラウスは抑制された声で答える

「確かに、今回光魔神がとった行動は問題だ。――だが、それは貴殿達にも責任があるのではないか?」

 その言葉に口を開いた魔界王は、天界王の言葉を肯定することで同意を示しつつ、シュトラウスへ視線を向けて言う

「今回、私が九世界の皆に光魔神の事を頼んだのは、かの神の力が十世界に対する切り札になりえるからだ。――少なくとも、彼が十世界に入ってしまえば、我らはもはや対抗する術を失う

 だからこそ、かの神を現九世界(こちら)側へ引き込んでおく必要があった。十世界と敵対させ、絆を作り、彼に我らの考えに同調してもらうために、此度の一件をここにいる皆に頼んだのだ」

 再度確認するように淡々とした口調で言う魔王は、今大貴(光魔神)に九世界を巡らせる提案をした本人として、その意図を改めてここにいる九人の王で共有しようとしていた


 十世界には、現在世界最強の存在である異端神――円卓の神座№2「反逆神・アークエネミー」と№9「覇国神・ウォー」が所属しており、その戦力は九世界全てよりも上回っている

 中でも、神敵である反逆神(アークエネミー)に対抗できるのは、同等の神格を持つ円卓の神座№1「光魔神・エンドレス」以外にあり得ない――故に、完全覚醒した光魔神が自分達の側か、十世界の側かというのは、九世界にとって死活問題なのだ


「だが、貴殿らはそれを分かっていながら、彼らに敵対行動を取らせた。そもそも貴殿らが彼女(・・)を捕らえ、裁こうとしなければ光魔神達が十世界と協力することはなかったはずだ」

 分かりきっていたはずだというのに、それを無にするようなことを行った聖人界――その代表であるシュトラウスに向かって、魔王が言い放つ

 幸運にも光魔神がたまたま法を犯した悪魔――神魔と桜――と親しかったことに目を付け、自然かつ有利な条件で九世界側に引き込む手筈を整えていた魔王からすれば、それを足蹴にするような聖人界の行いに憤りを覚えるのは当然の事だろう

「馬鹿な。だからといってあの女の――十世界創始者の罪を見逃せというのですか?」

 しかし、その言い分に対してシュトラウスは、義憤に駆られた声で魔界王を非難する

「その通りだ」

「!」

 あくまで正しく法を執行したに過ぎないことを主張するシュトラウスの言は、魔王の冷淡な声によって一刀の下に切り捨てられる

「世界の存続に比すれば、その程度の罪を見逃すなど些末なこと。しかも、元々彼女――瑞希は、我ら魔界が裁いている。それを貴殿等が私欲に溺れて裁いだだけだ」

私欲(・・)だと!? 我々は――」

 魔王の口から発せられた自世界と世界の法を軽んじるようなその言葉は、さすがにシュトラウスとしても聞き流すことはできない

 その一言に対する不快感と反抗心を露に、訂正の言葉を発しようとしたシュトラウスを横から天界王の声が遮る

「――確かに。現にここにいる九世界の王の内、貴殿ら聖人界を除くすべての世界がそれを容認している」

「それに、私達の意思をリリーナ様に託してお送りしたはずですが? ――ですよね、天上界王様」

 天界王(ノヴァ)の言葉に妖精界王アスティナが同意を示し、その麗しい視線で聖人界の対応に対する疑問を提示し、これまでの議会の中で未だ一言も発言していない王へと視線が向けられる

「は、はい」

 アスティナに突如話を振られた翠金の長髪を持つ天上人の王――「(あかり)」は、一瞬驚きを露にするが、すぐにその居住まいを正して答える

 闇の世界からだけではなく、光の世界からかも批判的な言葉を向けられたシュトラウスは、その拳を強く握りしめて歯噛みする

「あなたからも何か言ってはどうだ? 人間界王殿。光魔神の事となれば、この中で最も関係があるのはあなた達だろう?」

 その時、全霊命(ファースト)の王達が議論を繰り広げる様を見ていた唯一の半霊命(ネクスト)――人間界王「ヒナ・アルテア・ハーヴィン」に妖界王虚空が問いかける

 確かに光魔神は、人間界を総べる人間の神。その処遇や在り方は、そのまま人間界の在り方となるであろうことは間違いない

「はい。では、僭越ながら意見を述べさせていただきます。定期的に光魔神様と交信をさせていただいている身といたしましては、現状光魔神様は十世界よりも九世界の考えに近い立場を取っておられるように思います

 聖人界界首様が問題視しておられる先の一件も、九世界のありのままを見ていただくという点に限れば、一概に誤りとも言い切れないとは思いますが、この上でさらにとなると、やはりお考えを改めてしまわれる可能性は高いのではないかと思います」

 いかに同格とはいえ、全霊命(ファースト)半霊命(ネクスト)には覆しようのない差がある。さらに王になったばかりの若いヒナではこの場で委縮して、進んで発言などできないであろう

 そういった気遣もあって、王の先達として声をかけた妖界王(虚空)の呼び声に恭しく頷き、ヒナは自分の考えを堂々と述べる

「なるほど」

 聖人界の行いを単純に否定するわけではなく、その言い分に一定の理解を示しながらも、これ以上大貴に迷惑が掛からないようにと配慮して言うヒナの言葉に、虚空は鷹揚に頷く

 その意見に、この場にいる王達が相応の反応を示す中、冥界王(くら)は、ふとその話で思い至るところがあって口を開く

「ってか、定期的に通信してるってのは、人間界王殿は光魔神のお手付きなのか?」

「え? そ、それは……」

 突然の問いかけに、ヒナはその顔を赤らめて狼狽する

 全霊命(ファースト)であっても、世界を越えた思念通話は不可能。それができるのは、契りを交わし、魂と存在を共有した伴侶だけだ

「冥界王様、それは下世話というものです」

 顔を赤くしたヒナが、慌てた様子で答えようとする前に、わずかに肩を竦めて苦笑を浮かべた妖精王アスティナが(くら)へ視線を流しながら言う


 至宝冠(アルテア)がそういった能力を持っていることは知らずとも、この場にいる王達からすれば、神の力があれば世界を隔てた通信も可能になるであろうことは容易に推察できる

 その上で(くら)が先のような問いかけをしたのは、単純な戯れのようなもの。普段のヒナならば、その程度の事は容易に見抜くことができただろうが、それができなくなってしまうのが思慕の情の厄介なところだ


「――と、人間界王殿はこう言っているが、貴界の意見を聞こうか、聖人界界首殿」

「話にならん。奴の機嫌を損ねたくないから、法の罰科をなくせというのか?」

 軽く冗談めかしたやり取りをする(くら)を横目に、人間界王(ヒナ)の意見を受けた天界王の問いかけを、聖人界界首(シュトラウス)が一刀の下に切り捨てる

「なるほど。確かにその意見はもっともだ。だが、逆に問おう聖人界界首殿。貴界の行いによって、万が一光魔神が十世界に加わった場合、どのように責任を取るつもりだ?」

 シュトラウスの言葉に一定の理解の示しながら、天界王(ノヴァ)はその視線に鋭い光を宿して、やや強い語気で言う

「貴殿らが法と正義を尊んでいるのは百も承知。だが、略式とはいえ九世界の総意で決められた事柄を軽んじるその行いが果たして法に照らして正しいと言えるのか?」

「――ッ」

 強い意志が込められたノヴァの言葉に、シュトラウスは奥歯を噛みしめてその視線を受け止める


 いかなる理由があろうとも、光魔神を九世界に取り込むのは九世界の王によって定められた総意。一つの世界だけの判断と行いでそれが軽んじられていいはずはない。――仮にそれが、現行の法に反することであったとしても、だ

 聖人界は現在の世界の法を重んじ、尊んでいる。それは何一つ悪いことでも間違ったことでもない。だが世界の安定と平和のために、それが揺らぎかねない行いをすることは、この九世界王会議を軽んじるに等しことであり、違法ではなくとも正しいことではない


「天界王殿のいうことにも一理ある。――貴殿らが滅びるのは勝手だが、それに我々が巻き込まれるのは甚だ不本意だ」

 その天界王の言葉に、魔界王である魔王が同調し、シュトラウスへ静かな反抗心が込められた視線を向ける

 天使と悪魔、本来は不倶戴天の敵同士であるはずの王が、足並みを揃えて自分達を非難してくることにシュトラウスは、やや語気を強めて反論を試みようとする

「しかし! 我々――」

 だが、魔界王は「続きがあるから待て」という意志を込めて軽く手を向けてシュトラウスの言葉を封じてから話を続ける

「とはいえ、今回は魔界(我ら)にも少なからず非があったと認めざるを得ない面もある。我が世界で裁いたとはいえ、そういった前歴のある人物を同行させたことには一抹の責任があるのは認めるところだ――もっとも、まさか聖人界がこういった行動にでるところまでは想定していなかったが」

 その威風堂々たる居住まいを崩さないまま、魔界王はシュトラウスと他の王達へ向けて謝罪と弁解の意味を込めて言う

 そもそも今回、十世界の創始者でもある瑞希さえ大貴達の中にいなければ、今回の事態には至っていなかっただろう

「――っ!」

(こいつ、まさか……)

 大貴(光魔神)に瑞希を同行させる判断を下した者として形式的にそう告げた魔王が不意に自身へと向けた視線に、不敵な嘲笑が含まれたような感覚を覚えたシュトラウスは、わずかに身じろぎをする

 まるで、罠にかかった獲物を見るような。あるいは、手の平の上で踊る道化を嘲るようなその視線に、一瞬自分達を嵌める意図を疑ったシュトラウスだったが、次の瞬間には魔王の瞳からそんな色は痕跡も残さずに消え去っていた


「魔界王様、一つお伺いしたいのですが、なぜ彼女を光魔神様の同行者として選んだのですか?」

 その言葉にシュトラウス同様なにかを感じ取ったのか、その柳眉を顰めて思案気な面差しを浮かべた妖精界王(アスティナ)が穏やかな声音で問いかける

「知れたこと。戦いを招く餌は一つでも多い方が、我らに有利に働くと思っただけだ。瑞希(あいつ)は十世界からすれば裏切り者だからな」

 アスティナの問いかけに、席にいる全ての王の視線を集めた魔王は、全く動じることもなく言い切る


 九世界からすれば、光魔神と十世界が敵対するために、理由は多い方がいい。神器を取り込んだゆりかごの人間――「詩織」を同行させているのもそのためであり、瑞希もまたかつて十世界に属していた者からすれば裏切り者として敵視するべき人物だ


「それだけですか?」

「当然だ」

 まるでそれ以外の意図があるのではないかと疑っているようなアスティナの声に、魔王は一切の反応を表に出すことなく、鷹揚な態度で答えて見せる


「それなら、もう多数決で決めないか?」


 その時、一瞬生じた緊迫感さえ感じさせる静寂に、辟易した様子で小さく息を吐いた「地獄界王・黒曜」は軽く手を上げて意見を述べる

「確かに、聖人界側の言い分にも一理はある。とはいえ、こういうことはまだ前例がない――悪い言い方だが、こういうことに結論を出せる九世界の法は存在しない――そうだな? 代行者(レプリゼンタ)

 今回の議案の要点をつらつらと並べ、簡単な結論を示した黒曜は、世界の法を司る神――その代行者へ視線を向けて確認する

「お話を伺っていた限りですが、九世界現行法に照らして考えるのであれば、光魔神様の行いは罪です。ですが、特例措置の対象と考えるならば、今回の事態にそれを適応するかどうかは皆さまの判断に一任されます

 皆様の間で決着がつけられないのであれば、我が主に中立的な立場から判決を下していただくという選択もございますが?」

 黒曜の問いかけを受けた代行者(レプリゼンタ)は、あくまでも中立かつ公平な法的観念と立場から、それに対する答えを述べる


 光魔神(大貴)とその同行者の行いそのものは罪。ただ、世界の王たちが光魔神に対してどの程度まで目零すつもりがあるのか、が今回の争点であるのは変わらない

 こういった場合は、自分達で結論を下すか、世界の法の頂点である「司法神」の判断に委ねることになっている


「……そうか。なら、とりあえずここにいる王達の意見を聞いてみることにしようか」

 代行者(レプリゼンタ)の意見を受けた黒曜は、そう言ってここにいる九世界の代表たちを見回すと、不敵に笑って言う

「待て」

「なんだ?」

 しかし、その言葉に異論を唱えた聖人界界首(シュトラウス)は、丁寧に言葉を選びながら異議を述べる

「勝手に取り仕切られては困る」

 先程までの会話の流れを考えれば、自分がいかに不利な立場にあるのかは考えるまでもない。しかし、それを声高に叫べば、自分の都合のいいことしか受け入れられないと思われてしまうのは必至だ

 現状の不利を覆し、確実に自分達の正当性を知らしめるために、現状で結論を出されてしまうのは、シュトラウスとしても望ましいことではなかった

「私は地獄界王殿の意見に賛同しよう」

 しかし、そんなシュトラウスの思惑は、横から聞こえてきた天界王の言葉によって無残にも打ち砕かれることになる

「そうだな。話も長くなりそうだし、俺もそれでいいぜ」

「私も了承いたします」

 天界王(ノヴァ)の言葉に続き、冥界王()妖精界王(アスティナ)が続くと、それに倣うように次々と手が上がっていく

「私も」

 ヒナが手を上げた時点で、賛同の意を示していないのは聖人界界首(シュトラウス)と、天上界王(あかり)の二人のみ。

「…………」

 天上界王は、シュトラウスと他の七人の王からの無言の視線を受け、沈黙を守ったまま軽く手を上げて了承の意を示す

「……っ」

「異存はあるか? これがお前達の世界で言うところの民主主義というやつだろう?」

 自分を除くすべての王が挙手をしたことに歯噛みするシュトラウスへ視線を向け、見せつけるように告げた黒曜は、この場にいる全員を見回して口を開く

「光魔神を無罪とするべきだと考えるか、有罪と考えるか――まずはその二択で決めようじゃないか」

 まずその処遇を決める前に、有罪か無罪かを決めるべきだという意見を含めて王達を見回した黒曜は、沈黙の肯定に頷き、神妙な面持ちで訊ねる

「無罪にするべきだと思う者」

 その言葉に、聖人界を除くすべての王たちが手を上げる


「――もう、聞くまでもないな」


「――ッ!」

 九人の王の内、八人までが出した答えを見せつけられ、シュトラウスは拳を強く握りしめて肩を震わせる

 その心中では、怒りを中心とした様々な感情が荒れ狂っているのだろうが、もはやそれはこの場では何の意味も持たない――それだけの決定的な「結果」だった

「見ての通りだ。今回の一件、我ら九世界の王は光魔神達の行いを不問とし、一切の罪を問うことを認めない――いいな、代行者(レプリゼンタ)

「かしこまりました」

 地獄界王黒曜が結論を示すと、司法神の名代として来ていた代行者(レプリゼンタ)は、無機質な声音でそれを了解する

「聖人界界首殿。この決議によって、光魔神とその同行者の罪を問うことはなくなった。そしてその効力は貴殿の世界において、光魔神に助力した者にも適応される」

「なっ!?」

 その結論を受けた天界王(ノヴァ)の言葉に、シュトラウスは目を見開いて声を上げる

 すでに聖人界を離れている光魔神とその同行者だけではなく、聖人界に残った協力者――ウルトをはじめとする外縁離宮の聖人達の罪まで不問にするという内容に、シュトラウスは許容しがたい心境を露にしていた

「当然だろう。光魔神が無罪なら、それに加担した者はお前達の法でも裁くべき罪がないということだ」

 しかし、そんなシュトラウスに天界王(ノヴァ)の口から発せられる淡々とした無機質な声音の言葉が突きつけられる

 光魔神達が無罪ならば、それに関する全ての事象が罪を失う。当然、世界に光魔神達に力を貸した者達の罪が免ぜられることになる

「今更説明するまでもないことだとは思うが、各世界の司法はこの場で定められる九世界の法の下位に位置する。この場で無罪と決められたことを、貴殿らの正義で裁くことは許されない」

「……分かっている」

 念を押すように言う天界王(ノヴァ)の言葉に、シュトラウスは抑え込んだ激情に身を震わせながら絞り出すような声で応じる

 聖人は法の正義を重んじる種族。自分達の思い通りにいかなかったからといって、法をないがしろにするようなことはしない。それを見越した上での言葉でもあった

(思ったより、簡単にことが運びましたね。さりげなく聖人界の協力者の方々を助けて光魔神様――大貴さん達に恩を売る辺りはさすがというべきなのでしょうが)

 終始聖人界が空回りし、一人相撲を取っているような様子だった会議を思い返しながら、ヒナは想像以上に多くの世界が大貴達の味方をしてくれたことに胸を撫で下ろす

 大貴達に協力してくれた聖人達の罪まで放免させることで、さりげなく謝罪の意思を示し、恩を売る老獪なやり方に感嘆しつつ、ヒナは初めての王会議の緊張から深く息を吐き出す


 だが、一見一方的な展開だったように思えるこの結果も、実は薄氷の勝利だったことがヒナは分かっていた

 この結果は、あくまで光魔神――世界最強の異端神――を自分達の側に引き入れておくべきだという考えが王の総意だったからに他ならない。

 もし今と状況や状態が違えば、どのような結果が導かれたのかは分からない。この結果が逆転していた可能性も皆無ではないのだ


「く……ッ」

 半ば九世界の王達全てから否定された形となったシュトラウスが敗北の屈辱と憤りに肩を震わせているのを背後から見据えながら、最強の聖人「マキシム」はその目を細めて剣呑な視線を送る

(「このままでは、聖人界が九世界から孤立してしまう」か……ウルト、お前の危惧はすでに実際のものとして起きているのやもしれんな)

 温和な言葉遣いや擁護するような言葉も出ていたが、他の世界が聖人界を快く思っていないことは、先のやり取りから否応なく感じられるものだった

 これまで他の世界の忠告を聞き入れず、頑なに自分達の正義を貫いてきた聖人界の結果に、マキシムは先代界首を務め、今回の議題にもなった一件で大貴達に協力したウルトの言葉を思い返して憂いる


「ところで、折角こうして九世界の王が集まったのだ。この場を借りて話し合っておきたいことがあるのだが?」

 その時、天界王ノヴァが軽く手を上げ、円席に集った九世界の王達を見回して言う



九世界(我々)の今後の方針について」





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