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魔界闘神伝  作者: 和和和和
地獄界編
228/305

九世界王会議






 天の頂に座す神臓(クオソメリス)が太陽の顔となり、世界に余すことなく光を届ける時間――地獄界の中枢たる鬼羅鋼(きらがね)城の一角は、緊張感に満ちた重い空気に満たされていた

 鬼羅鋼(きらがね)城本丸御殿から、回廊を通って東へと進んだ先にある大きな舞台。崖か降り注いでくる滝の袂に広がる泉の上に作られた広大な敷地は、色とりどりの木々や花に包まれており、風情ある空間を作り出している


 しかし今、心洗われる様なその舞台の上には、戦意を研ぎ澄ませた大貴が、神魔、桜と共に武器を手にして佇んでいた


 その舞台を見回せるように扇状に作られた席には、詩織をはじめとするそれ以外のメンバーと、椿や御門(みかど)、六道の鬼達が座っており、その様子をそれぞれの感情が宿った視線で見据えている

 そんな異様な空気に包まれる舞台の上――大貴、神魔、桜と相対する位置には漆黒の衣と髪をなびかせた地獄界王「黒曜」が悠然と腰かけており、その整った顔から隠しきれない苛烈な戦意を滲ませていた


「準備はいいか?」

 ただそこにあり、内に秘めた戦意によって空気が灼き切れるような存在を放つ黒曜は、滝の飛沫が舞う空を背にして口を開く

 その言葉に大貴達が小さく頷いたのを見て取った黒曜は、三人をその名と同じ漆黒の瞳に収めたまま声を上げる

「桔梗」

「はい」

 黒曜の声に答えた紫の六道たる女鬼は、その鬼力を以って世界を別の空間に閉ざす、「空間隔離」を展開する

「――『刃鏖(はおう)』」

 それと同時に黒曜は、その存在――鬼力が魂の在り方のままに戦う形を取って顕現した漆黒の太刀が握りしめる


 それは、鍔をはじめとしたあらゆる装飾がない、ただ刃のそのものの形状をした全てが漆黒の太刀だった。

 その黒も光沢を持つ美しい黒ではなく、まるで炎に焼かれ、血を啜って染まったかのような黒は、まるで死と屍を凝縮したかのようなささくれだった終わりを象徴しているかのようだった


「――ッ」

 そして、黒曜の手に武器が握られた瞬間こそが戦いの合図。最強の鬼から放たれた黒色の鬼力が、触れるもの全てを破壊するかのような圧を以って大貴達に襲いかかる

 肌を刺すなどという生易しいものではない黒曜の鬼力の覇気に表情を険しくした大貴は、一つの力の内に光と闇を等しく有する黒白の太極を解放する

「魔力共鳴」

 太極が鬼力に干渉し、それさえも己が力として取り込まんとする傍らで神魔と桜もまた互いの魔力を共鳴させる

 幾たびの戦いを経て、原在(アンセスター)と戦えるほどに高まった神魔と桜の共鳴魔力が黒の鬼力と真っ向から拮抗し、そこに込められた純然たる意思同士が火花を散らす


「さぁ、いくぜ」


 大貴の太極と、神魔、桜の共鳴魔力。それを目の当たりにした黒曜は、興奮した様子で軽く舌なめずりをすると地を蹴る

 すべての理の超越する神速のまま、時間と距離を無視して大貴達に肉薄した黒曜は、漆黒の鬼力を纏わせた太刀を一閃させる


 純然たる意思を込められた鬼力は、天空にその斬閃の軌跡を刻み付け、さながら空が裂けたかのような傷痕を刻み付ける

「――ッ」

 そこから伝わってくる魂髄が震えるような力の余波を知覚しながら、大貴は黒白の太極を纏わせた刃を横薙ぎに黒曜に叩き付ける

 だが、その斬撃は黒曜の身体を捉えることなく空を切り、黒白の斬閃を空中に刻み付けるだけに終わってしまう

「――!?」

 だが、それでさえ今の大貴からすれば攻撃になる。大貴の太極の力は、黒曜の鬼力と共鳴し、更にその力を取り込んでいく

「これが光魔神の太極(オール)か」

 自身の力さえも己のそれへと変え、更にそれを使って自分と同等の神格へと昇華していく大貴の太極を間近に知覚し、黒曜はその目を細める

 そして、その隙を衝くかのように、頭上から大槍刀と薙刀――それぞれの武器を手にし、共鳴した魔力を纏わせた神魔と桜が神速で肉薄する

「はァッ!」

 瞬間、神魔と桜の息の合った声と共に放たれた純黒の斬撃が、黒曜の鬼力とぶつかり合うと、天を衝く闇の力が世界を揺るがす

 全てを滅ぼす魔と鬼の闇黒の力の衝突と相殺を遠巻きに離れた場所にいる観戦者達の知覚を灼き焦がし、そこに込められた明瞭な死の気配がその存在の髄まで染み込んでいく

「――っ」

 その力を知覚するクロスは、神魔と桜の魔力共鳴を間近で知覚して表情を強張らせる

 最強の鬼を圧倒する魔の伴侶の力。そのあまりに強大な力を知覚して、誰もが思うところのある表情を浮かべる中、剣呑に眉をひそめた黄の六道――「刈那(カルナ)」がおもむろに口を開く

「彼ら、なんなの?」

 視線を戦場から離すことなく離された刈那(カルナ)の言葉は、詩織をはじめ、ここで観戦している者達へ向けられたもの

「これまで何組もの共鳴を見てきたけれど、彼らのは別格だわ。たった一組の伴侶の共鳴で黒曜に迫るなんて……まだ光魔神の太極(オール)の方が納得できる」

 鋭さを帯びた疑念の言葉は、刈那(カルナ)だけではなくこの場にいる他の六道や鬼達も共有するものであり、所々ことから小さな相槌が返されている


 大貴もまた黒曜と拮抗した力を見せつけているが、それはすべての力と共鳴し、取り込んで自身の力へと変えることができる世界で唯一光魔神だけが持つ太極(オール)によるもの。異端神のそれであるとはいえ、神力によるものなのだから合点はいく

 だが、神魔と桜のそれは違う。何の変哲もないただの魔力。契りを交わし、魂を交換し、命を重ねた伴侶だけが許される共鳴の力によってその力を得ているに過ぎない

 それ自体は珍しくもなんともない。だが、神魔と桜の共鳴は、たった一組の伴侶が高めた力としては破格の一言でしかなかった


「なるほど。これが、ここまで十世界との戦いを生き抜いてきた〝力〟という訳か」

原在(アンセスター)に迫るほどの共鳴。……二人の存在の相性がそれほどに優れている、ということでしょうか?」

 刈那(カルナ)の言葉に応じるように(イクサ)が口を開くと、それに続いて桔梗が自身の見解と推察を述べる


 昨日初めて会ったばかりではあるが、六道をはじめとする者達は、光魔神(大貴)に護衛として神魔達やクロス達が同行しているという程度の最低限の情報は持っている

 そして、最初につけられたそのメンバーが誰一人欠けることなく、変わることなくここまで続いていること。訪れたそれぞれの世界で十世界をはじめ、多くの戦いを生き抜いてきたことを知っている

 未覚醒であるとはいえ、護衛に守られてる最強の異端神たる大貴はともかく、その周囲の護衛が誰一人欠けていないのは奇跡としか言いようがないが、その要因の一つがこの共鳴であるとすれば、納得のいく話だ


「――そう、解釈するしかないでしょうね。私も初めて見るから断定はできないけど」

 その言葉を聞いていた緑の六道――「静」が妖艶な笑みを浮かべながら応じる先では、黒曜と大貴、神魔、桜の三人が激しく刃をぶつけ合っている

「案外、どちらかだけでも良かったかもしれないな」

「…………」

 光魔神の太極と常識を覆すような強大な魔力共鳴。青の六道である(すめらぎ)の独白に、地獄界の鬼達がそれぞれの反応をしているのを見ながら、詩織と瑞希はその瞳をわずかに曇らせる

(やっぱり、神魔さんと桜さんはすごいんだな)

(今更、私があの間に割って入ろうなんて……)

 ずっと神魔へ淡い想いを寄せ続けている詩織と、先日自分が神魔を愛してしまっていることに気付いてしまった瑞希にとってそれは、神魔の伴侶である桜の絶対的な価値と存在感をあらためて認識させられるようなものだった

(でも――)

(けれど――)

 だが、それぞれの瞳に黒曜と戦う神魔と桜の姿を映す詩織と瑞希は、強い意志を宿した面差しでその戦いを見守る

(諦めないんだから)

(もう、諦めることはできないわね)

 多夫多妻制が認められている九世界に於いて大切なのは、今の伴侶――桜を敵視することではない。自分を女として神魔に認めさせることであることを、詩織はこれまでの経験から、瑞希は存在として知っている

 同じ人へ想いを寄せる二人は、その人物とすでに心も身体も深く繋がり合っている桜色の髪の女悪魔へ、決意に満ちた視線を送り続けていた

「はああああッ!」

「――ッ」

 純黒の魔力を帯びた大槍刀と薙刀の斬閃を黒太刀の刃で受け止めた黒曜は、そこから伝わってくる衝撃に全身を震わせながら、鬼喜とした笑みを浮かべる

 太刀を握る拳の先に漆黒の鬼力が収束するのを見た神魔と桜が神速でその場を離れた瞬間、先程まで二人がいた場所を暗黒色の砲撃が通り過ぎる


 空間を呑み込み、抉り取らんばかりの破壊の猛威を以って奔った黒の鬼力砲が迸った次の瞬間、その軌道の先で黒の力が渦を巻く

 それは、収束された黒曜の鬼力がほつれていく光景。空を切った鬼力砲に込められた意思と力が、全てを合一する太極に呑み込まれる姿だった


「ほォ」

 自分の攻撃をあえて攻撃へと取り込むために神魔と桜を囮に使った大貴の姿を知覚した黒曜は、愉快そうに口端を吊り上げる

 神能(ゴットクロア)を共鳴させ、自身と同格の神格を得た大貴がさらに己の力を束ねて強化した力を斬撃と共に波動として放つのを見て、黒曜は再度その力を解き放つ


 単純な威力で考えれば、自分の力を上乗せした大貴の一撃の方が勝っていると考えるべきだ。しかし、黒曜は何の逡巡もなくその力を振るい、真正面からそれを迎撃する

 渦を巻く黒と白の力として放たれた大貴の攻撃を、同等以上の力を持つ黒鬼力の斬撃で相殺した黒曜は、そこに込められていた力と意思の残滓に存在の根幹を揺さぶられる感覚に目を輝かせる


「いきいきした顔しやがって」

 真正面から攻撃を相殺した黒曜の表情を見た大貴は、小さく舌打ちをしつつも、その表情をわずかに綻ばせていた

 漆黒の鬼力を纏って佇んでいる黒曜の表情は決して戦いに喜悦を覚えている者のそれではない。殺すことを楽しんでいるわけでもない。――だがその目が、力が、その存在が、この戦いに打ち震えていることがありありと伝わってくる

(……これが地獄界王か)

 時間と空間を超越する神速で力と刃を打ち交わした残滓がまだ漂う中に立つ黒曜を見据える大貴は、太極の力を纏う太刀を振るう

 舞台の上に立つ大貴の黒白の力、神魔と桜の共鳴魔力、黒曜の黒鬼力――が噴き上がり、隔離された空間を軋ませていく


「――ッ!」


 再びその力がぶつかり合うかと思われた次の瞬間、三者の丁度中央に当たる部分に、翡翠色の矢が突き刺さり、高まっていた戦意を一射の許に断ち切る

「そこまで。時間よ」

 それに気づいて顔を上げた大貴達の視線の先には、和弓を思わせる武器を手にした緑の六道たる静が凛とした様子で佇んでいた

「ちっ」

 その言葉に興を殺がれたのか、軽く舌打ちをして刃を収めた黒曜に倣って、大貴と神魔、桜も戦意を解く

 中々に乱暴な形で戦いを止めた静へ視線を向けた黒曜は、その身を翻して大貴達へと向き直ると、晴れやかな表情を浮かべて語りかける

「悪いな。朝から俺の準備運動を手伝ってもらって。――何しろ、これから面倒な場所(・・・・・)へ行かないといけないからな」

「いや。元はと言えば俺達が原因なわけだしな」

 観戦席から飛来した桔梗が着物の袖と裾を躍らせながら降り立つのを尻目に言う黒曜に、大貴は肩を竦めて苦笑混じりに言う

「そう言ってもらえると助かる」

 隔離されていた空間が崩壊し、現実の世界へと回帰する中で気さくな笑みを浮かべて言う黒曜は、大貴達との一戦でほぐれた身体を動かして空を仰ぐ


「さて、久しぶりに他の王の顔でも拝みに行ってくるか」





 黒曜が紫の六道である桔梗と共に九世界王会議へと旅立ったのを見届けた大貴達は、この世界での案内人である椿に先導されて、本丸御殿へと続く回廊を移動していた

 庭園を飾る色とりどりの花や木々、勇壮な自然は、季節の移ろいを感じさせる風流な趣が感じられ、四季折々の顔を見せるであろうことを想像でさえ楽しむことができる


「今日は、お疲れ様でした。突然ご無理をお願いして申し訳ありません」


 そんな勇壮な自然に包まれた鬼羅鋼(きらがね)城の景色の中、鬼力で大貴達全員を包み込んで、空を滑るように回廊を移動しながら、椿は感謝と謝罪の言葉を述べる

「黒曜様にやる気を出していただくには、模擬戦(あれ)が一番効果的でして……普段は六道の方々が相手を努めておられるのですが」

「いや。黒曜様にも言ったが、元々は俺達が原因だからな。それになんとなくだけど、鬼ってのも分かったし……いい経験をさせてもらった」


 大貴達が黒曜と戦っていたのは、九世界王会議に向かうためだ。基本的に無気力な黒曜を発奮させ、意識を研ぎ澄ませた状態で会議に臨むためには、ああして戦うのが一番有効な手段なのだが、鬼羅鋼城(ここ)にいる鬼達は全員知っている

 普段は六道の鬼達が交互に相手を務めているのだが、今回は折角だからと大貴達に白羽の矢が立ったというわけだ


「お心づかい痛み入ります」

 自分達が原因という負い目もあるのだろうが、その申し出を受けて黒曜と戦ってくれた大貴達に感謝の言葉を述べた椿は、苦笑を浮かべて話を続ける

「死神の冥力や聖人の理力とは違って、鬼力の差はさほど目立つという訳ではありませんから、期待を裏切ってしまったのではありませんか?」

 光魔神がかつての記憶を失っていることは、王に仕える者達には羞恥の事実。それは「戦鬼(ぜんき)」、「護鬼(ごき)」という鬼の特性についての情報も有していないことを意味する

 生来より別れる鬼の形質、攻撃力に特化した戦鬼(ぜんき)、防御力に優れた護鬼(ごき)などとは言うが、それらと他の全霊命(ファースト)に目に見えて分かるほどの大きな違いはない


「いや、そんなことはない」


 これまで力を知覚されない冥界の死神、意識外での力の永続発動を可能とする聖人界の聖人と、目に見えて分かりやすい特性を発揮する力を持つ者達が支配する世界を渡ってきたこともあって、その違いに落胆しているのではないかと訊ねてくる椿に、大貴は首を横に振る

 確かに、死神や聖人の力のような分かりやすい違いはなかったが、鬼という種族、そしてその戦鬼(ぜんき)という形質の存在が持つ凄まじい戦闘力は交わした力と刃を通してはっきりと感じられた


「ちゃんと、伝わってきた」

 未だそこに残っているように思える黒曜の鬼力を感じているかのように、自身の手を見て言う大貴に、椿はたおやかに微笑んで軽く目礼する

「まあ、どっちかっていうと冥力とか理力の方が特別なだけだからな」

 そのやり取りを聞いていたクロスは、小さく独白して付け加えると、マリアもそれに頷いて言う

「そうですね。ただ、常時その特性を発揮するという点では、神力のそれと同様の性質と言えるかもしれませんが」

「なるほど」

 マリアのその言葉に、大貴は合点がいったように呟く


 確かに、常時特定の能力を発揮するという点においては、冥力も理力も「神」と呼ばれる存在が持つ神能(ゴットクロア)――「神力」の特性に酷似している

 事実、大貴(光魔神)の太極も常時他者の力と共鳴し、その力を取り込む能力を備えている。――尤も、全ての全霊命(ファースト)は例外なく神から直接生まれた現身であるのだから、その性質が似ているのは当然のことなのだろうが


「ですが神能(ゴットクロア)そのものに優劣はありませんよ。ただ、どんな形質を強く顕在化しているか、の違いでしかありません」

 神位を持つ「神」と呼ばれる存在を除けば、全ての全霊命(ファースト)神能(ゴットクロア)に違いはないことを付け加えたリリーナは、大貴に慈笑を向ける

「ああ、そうだな」

 その言葉に、これまで訪れた世界にいた全霊命(ファースト)達の力や戦いを思い返しながら、大貴は同意を示す

「あの、話は変わっちゃうんですけど、黒曜様が行った九世界王会議ってそもそも何なんですか?」

 その時、これまで黙って話を聞いていた詩織が、挙手をして疑問を述べる

「その名の通り、九世界の王が集って開かれる会議ですよ。九世界全ての王が集う話し合いの場といったところでしょうか。

 九世界の九つの世界だけで開かれる『九世界王会議』と、半霊命(ネクスト)の世界も含めた『九世界全王会議』の二つがあり、ここで九世界全体の法律が定められ、世界全土に発布されます」

 詩織の問いかけに椿は簡潔に答える

「九世界王会議とは、創界神争の後、今の九世界の形が定まった際に設けられた全霊命(ファースト)の王達による話し合いの場に端を発すると言われています。

 闇の絶対神(破壊神)光の絶対神(創造神)に敗れたことで、敗北した闇の世界と勝利した光の世界が互いの不文律を定めるために行われた場だったのですが、それは会議と呼べるほど建設的なものだったとは言えなかったとも伝わっていますね」

「ええ。本来は会議と呼べるほどのものではありませんでした。仲の悪い光と闇の存在が戦争に突入する前に、互いを牽制し合っているような場所だったと聞いています」

 苦笑するように言った椿の言葉に、天界の姫でもあるリリーナが首肯して補足を加える


 「王会議」などと呼ばれているが、当初は滅多に会議らしい会議はされなかった。互いに相容れぬ者達、勝者と敗者が顔を突き合わせ、相手を牽制しつつも全面戦争に突入しないように調整する場だったといってもいい

 光の王に闇の存在を滅ぼすまで戦うという意思の者はなく、闇の王も死に絶えてでも光の存在を滅ぼすべきだとまでは考えていなかった。

 とはいえ、それぞれの主張や誇り、譲れない一線もある。結果、その場は互いの意見と信念を言葉で戦わせるという場所でしかなく、それぞれの世界から出ず、互いに世界に干渉しないという不文律を守り、確かめる場となっていた


「とはいえ、全く話し合いが行われないということではなく、暗黙の了解とされてきたことや、世界への干渉の規定などはしっかり線引きがなされました――異種族同士の交雑の禁止、混濁者(マドラス)の禁忌、ゆりかごの世界への干渉の禁止などですね」


 九世界の王達も、ただいがみ合っていたわけではなく、決めるべきこと、決められるべきことに関しては議論を交わしている

 ほぼ理として誰もが当然のように理解し、実行していた禁忌を明文化したり、他世界への不干渉の確認、万一干渉する場合にはどのような条件が必要になるか、といった部分に関しては忌憚のない意見が交わされれ、法として定められている


 九世界の王達を擁護する意味でも、それを付け加えたリリーナは、その視線を大貴へと向けて穏やかな笑みを向けて語りかける

「光魔神様に九世界を回っていただくことも、九世界王会議として決定されたものです」

「そうなのか?」

 その言葉を受けた大貴が怪訝そうに答えると、それを受けたリリーナは一つ首肯を返してからその理由を説明する

「すでに光魔神様が人間界に入っておられたこともあり、議場での会議ではなく魔界の提案によって各王に提示される形をとっていますが、これは〝略式決議〟という、緊急時、非常時などに用いられる手法で、承認された時点で九世界王会議での議決に相当するものとして取り扱われます」


 会議を開けないほど逼迫した事態、状況においてそれとほぼ同等の権限を持つ事案を提案し、決定することを「略式決議」と呼ぶ

 これは、他の世界などに攻め込まれた際、他の世界に応援などを要請することを想定して作られたもので、永続的効力がないことなどが条件になる。もっとも、あくまで想定されていただけで実践されたことなどないに等しいものではあるが


(そういえば、あの時は神魔と桜が魔界に捕まったり、人間界に招かれたりとかで慌ただしかったっけな)

 リリーナの言葉を聞いた大貴は、その決議が人間界にもたらされる要因となったであろうことを思い返して心中で独白する


 光魔神――大貴の復活という事実を知った魔界王が、十世界に引き込まれる前にその力を自分達に取り込む必要があると判断したからこそ、略式決議という形が取られ、さらに他の王もその重要性を理解したからこそ、即座にその案が了承された

 魔界王はもちろんだが、九世界の王達の決断の速さに感服した大貴が軽く肩を竦めると、その心中を見透かしたかのようにリリーナが口を開く


「ですが、ここ近年まともに行われていなかった九世界王会議の開催に、使われたことがあるかもわからない略式決議の使用。こう見ると、光魔神様が世界に与えておられる影響は絶大ですね」

「からかわないでくれ」

 手放しで賞賛するリリーナのその言葉に大貴が謙遜すると、それを聞いていた椿が目元を綻ばせる

「いえ。そのようなことはございませんよ。何しろこの会議自体は定期的に開かれるものではなく、必要な時に開かれるものですから

 ただ、特に九世界全会議は存在そのものはあるのですが、これまでの歴史で一度か二度しか開かれていませんしね」

 九世界王会議は、定期的に開かれるのではなく、必要に応じて開催される。それがこの状況で行われるということは、光魔神――大貴の重要性の証左に他ならない

「いえ、九世界全王会議は、定期的に開かれていますよ」

「そうなんですか?」

 冗談めかして大貴を賞賛した椿だったが、リリーナの言葉にその目を小さく見開いて知識の違いを認識する

「ただ、ほとんどの世界が参加せず、代表として顔を出した世界の王が〝議論することはありません〟と宣言して開催されないだけです」

「そうだったんですね、知りませんでした」


 この世界には、今回開催される九世界王会議とは別に、半霊命(ネクスト)を含む全ての世界が参加する「九世界全王会議」がある

 九世界の歴史上一、二度開催されただけのその会議は、実は定期的に開催されるものなのだが、議論されるべき内容がないこともあって、多忙な王達が揃わず開催されていない

 そのため、椿のように九世界の大半は九世界全会議も九世界王会議同様に、召集をかけられなければ行われないと思っている者も多いのが実情だった


「付け加えますと、九世界王会議は完全中立、戦闘不許可地帯で行わます。それが『大界議場(レディスレスタ)』。――円卓の神座№11『司法神・ルール』の神殿です」

「!」

 そして、椿の言葉に答えたリリーナがふと思い出したように補足すると、それを受けた大貴は小さく目を瞠る


 九世界王会議は、冷静かつ公平な議論を交わすため、完全中立な存在の立ち合いの下で行われる

 そのために選ばれたのが、その名の通り法律を司る異端神「司法神・ルール」の居城たる「大界議場(レディスレスタ)」だ


(そう言えば、あいつは人の頭に直接話しかける力があるんだったな)

 いかに、九世界王達であろうと、神位第五位と同等以上の神格を持つ司法神の前で軽はずみなことはできない

 加えて、妖精界にいた時にあった「界厳令」のように、司法神は世界全ての存在に言葉を伝えることができる。この力があれば、決定された法律や条項を即座に世界中に広めることができるだろう


「でも、昨日の今日で王様達が集まれるなんて、すごいですね」


 かつて感じた司法神について思いを巡らせていた大貴の横で話を聞いていた詩織は、ふと思いついたように声を出す

「――? あぁ。そうですね、私達全霊命(ファースト)の王は半霊命(ネクスト)の王とは違いますから」

 詩織の言葉に一瞬顕現層に眉をひそめた椿だったが、即座にその言わんとしていることを理解して答える


 詩織達が暮らしていた地球では、こういった時日程を調整するのに時間がかかっていた。だが、九世界の王達は即断即決で会議を行っている

 これは九世界――特に世界の頂点にある九つの世界がそれだけ安定した世界であることの裏返しだった。これといった産業や他世界との交流もなければ、必然内政のみが政務になるわけだが、それもほぼ安定しており、十世界や英知の樹(ブレインツリー)、小さな内紛や違反者を除けばこれと言った問題はない

 そのため、今回のように突然の招集がかかってもさほど苦もなく集まることが出来るのだ


「ま、それだけ九世界の統治にすることがないってことだろ」

「ああ」

 その意図を察した大貴の呟きに詩織が声を漏らしたところで、丁度見計らっていたかのように、一同は本丸御殿へと到着する

「……ん?」

 その時、大貴は自分達が進む回廊の先――本丸御殿の石垣に背を預けるようにして腰かけている一人の鬼を知覚し視認して眉を顰める

 真紅の髪と瞳に、額の中心から生える一本の金角――赤の戦鬼(ぜんき)であることが分かるその人物は、大貴達が近づくと同時にゆっくりと腰を上げて一同を迎えるようにして佇む

(あいつは……)

「……示門」

 その人物が先日あったばかりの鬼であることを見て取ったクロスが眉を寄せる傍ら、一同を先導する椿の声がその名を紡ぎ出す

「……誰?」

 当然、自分達を待っていたであろう赤の戦鬼(ぜんき)に気付いていたマリアは、一瞬みせたクロスの反応を見逃さずに尋ねる

「この間、あいつが宴会を抜け出して会いに行ってた(やつ)だ。なんでも、天上界王様の片割れ(・・・)らしいぜ」

「!」

 この中では、唯一その赤鬼――「示門」と面識があるクロスが、普段通りの口調で告げると、それを聞いた大貴達は大なり小なり驚愕を露にして視線を向ける

 クロスが言う「天上界王の片割れ」が何を意味するのかは、先日(イクサ)から聞いた話から理解できた

(こいつが、天上界王の双子の弟の鬼――!)

 つまり、今大貴達の目の前にいる示門という鬼こそが、最も忌まわしき者と呼ばれる天上界王(あかり)の双子の弟――もう一人の最も忌まわしき者であるということだ

「あいつが……」

 その事実を知って呟いた大貴とは異なり、移動する気力の膜を解除した椿は、嬉々とした様子で示門を迎え入れる

「どうしたの!? こっちに来るなんて珍しいじゃない」

「いや。外の世界から来た奴がどんなのかと思ってな」

 その表情を輝かせながら言う椿に気圧されるように身体をずらした示門は、その視線で大貴を見据えて言う

「?」

 その鋭い視線に一瞬怪訝な表情を浮かべた大貴だったが、そこから敵意のようなものが感じられないため、特に気にも留めずに受け流す

「そうなんだ」

 それに気づいているのかいないのか、示門の言葉に優しく微笑んで応じた椿は、これまで見せたことがないような屈託のない笑みを浮かべて話しかける

「楽しそうだね」

「そうですね」

 そのやり取りを見た神魔の呟きに、口元に手を添えた桜が微笑ましそうな表情を浮かべて応じる傍らで、詩織は示門に話しかける椿に感じるものを覚えていた

(もしかして、椿さんってあの示門って人のこと……)

 自分達は客人であることもあるのだろうが、屈託のない純粋な笑みを浮かべる椿を見た詩織は、強い共感を覚えていた


 クロスによれば、示門という赤鬼は最も忌まわしき者の片割れ――即ち、「禁忌の存在」。その相手に特別な感情を抱いているということは、神魔に想いを寄せている詩織からすれば、無関係だとは思えない


(よし。ならここは私が一肌脱がないと)

 半ば義務感にも似た感情に突き動かされるように、自分の中でそう結論付けた詩織は、その決意に手を引かれるように口を声を発する

「あの、椿さん。良かったらお城の中を案内してもらえませんか?」

「え?」

 突然の申し出に椿が目を丸くするのを見た詩織は、その理由を答える

「だって、このお城とっても綺麗な所じゃないですか。聖人界ではずっとお屋敷の中だったので、気分転換とかしたいんですけど、私一人じゃこんな広いところ歩き回れないですから」

 全霊命(ファースト)達とは違い、神速で移動することも空を飛ぶこともできない詩織からすれば、それは当然の言い分だ

 自身が世界で最も劣った存在であるということを逆手にとってそんなお願いをした詩織は、その目的を果たすべく、視線を椿の隣にいる一本角の赤鬼へ向ける

「よかったら、示門さんもご一緒に」

「……!」

 突然この状況で言い出したこととその言葉を聞けば、ここにいる全員がこの時点で詩織の余計なお節介――もとい、気遣いには気づく事が出来ていた

 あまりにも見え透いた思惑だったが、それをどう受け取るかは当人次第。そして、椿はその提案に対して即座に反応を返す

「どうする?」

 身を寄せてきた椿に問いかけられた示門は、自分よりも背が低いためにやや上目づかいで視線を送ってくる日本角の黒鬼を見て小さくため息を吐く

「……行く気満々じゃないか」

 そう言って呟いた示門は、期待に輝いている椿の目と、自分の手に絡められたその細い腕へと交互に向けられる

「あ、あと、神魔さんもお願いします」

 それを見て椿と示門が自分の提案を受け入れてくれたことを確認した詩織は、次いで自分自身のために勇気を振り絞って言う


「え?」


 思わぬ提案を受けた神魔は、思わず気の抜けた声を零し、隣にいる伴侶()と真剣な詩織の眼差しを向けて、再度首を傾げるのだった




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