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魔界闘神伝  作者: 和和和和
地獄界編
225/305

最も忌まわしき者






「――なるほど。話は大体分かった」


 リリーナの口からおおよその事情の説明を受けた地獄界王「黒曜」は、その黒い双眸を瞼の下に隠すと共に小さくため息のような声を吐く

「王」

 その時、横から声をかけた鬼の原在(アンセスター)――「六道」の一人である「黄鬼の刈那(カルナ)」から無機質な声がかけられる

 その声に小さく咳払いをした黒曜は、軽く身体を揺らして姿勢を正すと、漆黒の双眸に眼下にいる異世界からの客人達を映す

「――……」

 その微妙なやり取りの中、この世界の王である黒曜の言葉を跪いた体勢で待つリリーナ達は、息を呑んでその裁定を待つ


 大貴達は、先に滞在していた聖人界で世界の方針に背き、法律上は犯罪者として扱っても構わない瑞希を力ずくで奪還し、聖人界そのものと戦闘を行った

 そこに大貴達なりの考えと信念があったとはいえ、それが世界そのものに対する反逆行為、敵対行為と取られても仕方のないものであることは否定しようのない事実だった


「安心しろ。我々としては、今はお前達をどうにかするつもりはない」

「!」

 その重い沈黙を破り、黒曜の口から発せられた言葉を聞いたリリーナは、安堵したように息をついてその表情をわずかに綻ばせるが、即座にそれをかき消して真剣な眼差しで窺う

「ですが、よろしいのでしょうか?」

「ん? あぁ、まあいいんじゃないか? めんど――じゃなくて、向こうから何か言って来るまでは、そのままで。その方が都合がいいだろうしな」

 リリーナの言葉に、ふとその毅然とした声音が微妙に崩れ、黒曜の存在感からあまりにも雑に取り繕われた王の威厳が外れる

(……あぁ。そういうことか)

 それを見ていた大貴は、周囲にいる五人の鬼達が時折視線を黒曜へと向けていた意図を理解して心中で独白する

「今回の件では、世界全体の理を考えて一時的な協力関係を築いてはいるが、だからと言って我々が光の世界――特に聖人界の体面に気を使ってやる必要はないわ」

 それに辟易したように一つため息をついた黄鬼の六道である刈那(カルナ)が、リリーナの問いかけに簡潔に答える


 今は「光魔神を九世界側に引き入れる」という共通の利がある目的によって協力関係を気付いているが、本来光と闇の世界、そしてそこに生きる全霊命(ファースト)達は不倶戴天の敵同士だ

 そしてそれは、現状にあっても変わりはない。あえて戦いはしないが、かといって友好的な関係を築こうという意思があるわけでもないのだ

 故に、闇の世界である地獄界、そこに住まう「鬼」達からすれば、光の世界であり、その中でも特に聖人界は好ましい相手ではない。光魔神たちの行いに、「なんてことをしたんだ」と怒ってやるいわれなどないというのが偽らざる本心だった


「もちろん、今のはここだけの話だけれどね」

 念を押すようにそう告げた刈那(カルナ)がそう言ってリリーナに視線を向ける

 悪戯気にウインクをして語りかけたあどけない少女の姿をした最強の黄戦鬼の言は、リリーナや大貴達に自分達の本心を偽らずに伝えることで親愛の情を示す意味があるものだった

(そういえばこんな感じだったっけ)

 その柔らかな口調を聞く詩織は、聖人界より前に立ち寄った様々な世界の事を思い返して、胸を撫で下ろす


 聖人界での行動に弁解の余地はなく、それもあって、これまでの世界を巡っていた時とは事情が違うのも十分に承知している

 だが、前の世界では、ゆりかごの人間として明確な敵意と蔑意を向けられ、殺意さえ向けられたために委縮してしまっていた詩織は、この世界の人びとは少なくとも神魔達と同様の接し方をしてくれるのだと感じていた


「今回の事に異議を唱え、何らかの処置をするつもりなら、近い内にあちらから何らかの動きを見せるでしょう」

「それまでは、こちらでゆっくりとなさってくださいませ」

 刈那(カルナ)の言葉を補足するように、緑の護鬼(ごき)「静」と紫の護鬼(ごき)である「桔梗」――二人の女性六道が優しい声音で語りかける

「そういうことだ」

 三人の女性鬼達の説明を肯定した黒曜が視線を流すと、それを受けた紫の六道――「桔梗」が小さく目礼して口を開く

「入りなさい」

 その言葉と共に、大貴達が入ってきた鬼羅鋼(きらがね)城下層と通じる扉とは違う別の扉から、巫女服に似た霊衣に身を包んだ女性の鬼が入ってくる


 肩までの長さで切りそろえられた黒髪に、額から伸びる二本の角。伏し目がちの目に抱かれた黒曜のごとき澄んだ瞳。全霊命(ファースト)特有の整った顔立ちは、落ち着いた大人の女性の魅力にわずかに少女のあどけなさを感じさせるもの

 その黒の護鬼(ごき)たる女性は、闇の全霊命(ファースト)でありながら――あるいはそうであるからこそ、魂を吸い取られる様な神々しさと区別のつかない魔性の美を備えていた


「『椿(つばき)』と申します」

 室内に入ってきたその黒の護鬼(ごき)の女性は、黒曜達六道の鬼に深々と一礼すると、大貴達へと向き直り、その場で膝を折って深々と頭を下げる

 床に三つ指を付き、まるで嫁いできたような恭しさを以って礼をした黒の護鬼(ごき)――「椿」は、そのまま顔を上げて大貴を見据える

「誠心誠意努めさせていただきますので、どうかよろしくお願いいたします」

「ど、どうも……」

 当然のように平伏した椿の微笑に、返す反応に困った大貴は、わずかにその表情の端を引き攣らせながらかろうじて声を発する

「その椿が皆様のお世話をさせていただきます。無論、それ以外の者にもお気軽に声をおかけくださって構いません。少しでもお寛ぎいただければ幸いでございます」

 椿と光魔神(大貴)達との顔合わせが終了したのを見て取った桔梗が柔らかな声音でそう締めくくる

「リリーナ様」

「はい」

 それを見届けたところで、この場にいる六人の鬼達の中で未だ沈黙を守ったままの一人――青髪青目の護鬼(ごき)の男が口を開く

 その声に視線を向けたリリーナに、鬼の原在(アンセスター)である「六道」の一角を担う青鬼の男――「(すめらぎ)」は雄々しく悠然とした印象を感じさせる声音で語りかける

「よろしければ、事が落ち着くまでリリーナ様もここに留まってはいかがでしょうか?」

「ご迷惑でないのでしたら、それは願ってもないことですが……」

 地獄界への滞在を勧める(すめらぎ)の言葉に、リリーナは恐縮しながら応じる


 黒曜をはじめ、六道の鬼達が言ったように地獄界としては大貴達が聖人界で行ってきたことの責をこの場で問うつもりはない

 だが、地獄界がそうであっても当の聖人界がそうであるとも限らない。もし聖人界が先の一件を水に流すつもりがなければ、遅かれ早かれ九世界に対して何らかの行動を起こすことは想像に難くない

 もし聖人界が何らかの反応を示した際、大貴達と行動を共にしていれば、可能な限り近くから、できる限り早く対応し力になることができる


「迷惑などと。我らの中にも、あなたのファンは大勢いるのですよ。無論私も」

「光栄です」

 突然来訪し、しかも光の存在である自分が世界の中枢であるこの場所に迎えられることに遠慮と配慮の情を滲ませるリリーナに、(すめらぎ)は口端を緩めて和やかな雰囲気で語りかける


 元々九世界世界にはあらかじめ、向かうメンバーが知らされている。そこに突然加わることを憚ったリリーナだったが、「闇にすら愛された天使」と謳われる天界の姫にして「歌姫」の名を持つ天使はこの地獄界においても貴賓として十分な価値があった


「では、お言葉に甘えさせていただきます」

 一瞬にも満たない時間思案したリリーナは、己の中で出したその結論を感謝の礼と共に、六道の鬼達に向ける

「決まりだな。椿、御客人達を部屋に案内して差し上げてくれ」

 リリーナのその言葉に鷹揚に頷いた(すめらぎ)が横目で視線を向けると、それを受けた地獄界王「黒曜」は、この場での話と謁見を終わらせるための言を告げる

「かしこまりました」

 その言葉に一礼した椿は、ゆっくりと流れるような所作で立ち上がり、大貴達に声をかける

「どうぞこちらです」

 椿の言葉に応じ、腰を上げた大貴達が部屋を出ていくと、しばしの静寂の後、椅子に腰かけていた黒曜が盛大に息を吐き出す

「あ~。しんどかった」

「なにがしんどかった、よ! 完全にぼろが出てたじゃない。このグータラ!」

 黒曜のその言葉に、眉を吊り上げた黄の六道「刈那(カルナ)」が、呆れと憤りの入り混じった非難の声を上げる

 その視線の先にいる地獄界王たる黒曜は、先程まで引き締まっていた眦をだらしなく垂らし、気の抜けきった表情で身体を横たえていた

「そうですよ、黒曜様。あなたは地獄界の王なのですから、それにふさわしい立ち振る舞いをしていただかなくてはなりません。特に――いえ、せめてお客様の前では」

「戦いでは誰よりも強くて生き生きしていて素敵なのに、どうして普段はこんなに情けないのかしら」

 それに追従するように紫の六道「桔梗」が凛とした様子で忠言を述べ、それに緑の六道である静が同意と悲観の意を示す


 地獄界王黒曜は、一言で言えば無気力系の男だ。基本様々なことに無頓着、かつ横着で怠惰。何もなければ、何年でも寝て過ごすような生き方をしている

 だが、そんな黒曜も一度戦闘になれば、その力は六道に於いて最強を誇り、普段のなまけた姿が嘘のような荒々しく凶暴な戦意と、戦いのために研ぎ澄まされた理性と知性を見せつける

 最強の鬼として地獄界の王に頂かれる黒曜だが、その分政務に関しては無気力で、こうして周囲が発破をかけているのだ


「その辺にしておけ。今に始まったことじゃないだろ――御門(みかど)

 その様子を見ていた赤の六道「(イクサ)」は、重い口を開くと、部屋の隅に控えていた赤の戦鬼(ぜんき)御門(みかど)へ声をかける

「はい」



「一応聖人界の動向には気を配っておけ。奴らが今回の一件を水に流す気がないなら、そう遠くない内に動きをみせる」





「皆様の住居は、中層の上階にある部屋を使っていただくつもりです」


 椿に案内され、謁見の間を出た大貴達は鬼羅鋼(きらがね)城の中層を移動していた


 いかに広大な城でも、神速で移動すれば即座に目的地に着くことは容易であり、またこの城内を知り尽くした椿ながら、空間の移動で即座に目的に到着することはできる

 だが、城内をゆっくり見てほしいからなのか、その神能(ゴットクロア)――「鬼力」でゆっくりと空を飛翔しているため、それに続く大貴達も必然的にそれに速さを合わせていた


「姉貴」

「何?」

 そんな中、桜の結界に包まれていた詩織に近づいた大貴が、声を寄せて小さな声で言う

「ちょっと、頼みが」

 そう言って耳元で何事かを囁いた大貴に、詩織は小さくため息をついて呆れたように言葉を返す

「そのくらい自分で聞きなさいよ」

 とはいえ、それだけ告げた詩織は、自身の言葉の通りに大貴に質問させ直すことはせず、頼まれたことをそのまま口にする

「あの、椿さん?」


 普段はできるだけ、自分から声をかけるように努めている大貴だが、基本的に見ず知らずの人間と親しくなって打ち解けるのに時間がかかる方だ

 特に、初対面の異性に話しかけるのは苦手としており、必要ではないこと――いわゆる世間話の類――を自分から振るのは遠慮したいらしかった


 対して、詩織の方は比較的初対面の相手にも物怖じせずに話しかけることができる。また、このメンバーの中で唯一戦闘力を持たず、足手纏いになっているという自負から、このような形でも戦いの中に身を置く双子の弟の力になるのは吝かではなかった


「なんでしょうか?」

 そんな姉弟やり取りに関して言及することなく、椿は詩織の問いかけに対して誠意と親しみを感じさせる声音で応じる

「地獄界王様って、どんな人なんですか?」

「……やはり気付かれてしまいましたか」

 その問いかけに、そこに込められる真意を正しく読み取った椿は、肩を竦めて苦笑すると、大貴と詩織を一瞥してから視線を進行方向へ戻して言葉を続ける

「黒曜様は、六道最強の鬼です。凄まじい戦闘力を持ち、戦場ではまさに鬼神の如き強さを誇るのですが、それ以外では、その……何と言いますか、気が抜けて過ぎてしまわれるお方でして……」

「戦いが好きってことですか?」

 言葉を選んでいるのか、これまで澱みのなかった声音を若干濁して言う椿に、詩織はそこから受ける率直な感想を尋ねる

 その忌憚のない意見に、背中越しでも分かる様な苦笑を浮かべた椿は、あえて一拍の間をおいて話を仕切り直すために再び口を開く

「というより、黒曜様にとっては、戦場こそが生きる場所と言った方が適切かもしれません。ですから、戦いのない場所で暮らすことができないのでしょう

 私達も臣下として、六道の方――特に地獄界王である黒曜様が戦場に出ることがないように計らう面もありますから」

 静かな響きで淡々と紡がれる椿の言葉は、自分達の王に対しての敬意を意識しつつ、臣下としての分を弁えたものだった


 戦闘の中で、まさに水を得た魚のように生き生きする黒曜だが、戦いのない場所ではまさに生ける屍のような状態になってしまっている。

 まして世界単位での大きな大戦も長い間はなく、内輪のものや十世界、英知の樹(ブレインツリー)といった要因から起きる小さな戦いにも六道が出向くことはほとんどない

 いかに黒曜が戦いの中で生きるとはいえ、世界の王にして自分達の祖でもある六道――そして、地獄界王を真っ先に戦場に駆り出すことができないという家臣たちの忠義がそういった状況を作り出しているのは間違いなかった


「それ以外に楽しいこと――っていうか、生き甲斐が見つかるといいのかもしれませんけど」

「そうですね。とりあえず今は六道の方が交代で黒曜様のお相手を務めて見えますが……ご本人もこういう時代が一番いいと思っておられるのですが――難しいものです」

 思慮を巡らせながら返された詩織の言葉を受けた椿は、その言葉の後半で表情を曇らせて物憂げに独白する


 黒曜自身、時代が戦乱に戻ればいいと思っているわけではないし、むやみに戦争や戦闘をしたいわけでもない。だが、そう思っていても満たされない心を埋めることができるわけでもない

 戦いの中にこそ己が存在を見出すその在り方は、神の兵として生まれた全霊命(ファースト)の在り方を最も強く体現しているからこそなのかもしれなかった


「そういえば、一つ聞いておかないといけないことがあるんだった」

 詩織と椿のそのやり取りを聞いていた大貴は、今度は自分の口で疑問を告げる

 それは、裏を返せば詩織に頼んだような何気ない疑問ではなく、大貴が光魔神として自分の口で訊ねなければならないものであることの証明でもあった

「何でしょう?」


「この世界の十世界のことだ」


「……そうですね」

 大貴がその疑問を口にすると、椿は今まで微笑をたたえていた表情を一瞬だけ強張らせてから、息を一つ吐いてその緊張を緩める

 その一瞬の緊張にどんな意味があったのか、大貴達には知る由もないが、案内役を任された椿からすれば、訊ねられれば答えるなければならない問いかけであるのは間違いないことだった


「この世界の十世界を率いるのは、『火暗(かぐら)』という赤の戦鬼(ぜんき)で、御門(みかど)様の実の父君に当たる方です」

「……! あいつの」

 椿の口から告げられた十世界を総べる者の情報に、大貴をはじめとした面々が少なからず反応を浮かべる

 鬼羅鋼(きらがね)城の門前で出会い、地獄界王の前まで自分達を案内してくれた赤の鬼「御門(みかど)」。その実父がこの地獄界にいる十世界の筆頭であるという事実は、少なからず一同の心中に波紋を生じていた

「彼は、十世界の理念に同調していますが、決して姫の意に沿う者ではありません」

「――つまり、世界の平和を求めていても、あいつみたいにのんびりしたやり方が好かないって意味か」

 椿の迂遠な言い回しに、大貴はその要点を自分なりにかいつまんで理解し、確認の意味を込めて問いかける

「はい」

「……珍しいタイプだな」

 自身の問いかけに対する椿の肯定の言葉を聞いたところで、大貴はこれまでとは違うその在り方に疑問の声を零す


 大貴達がこれまで出会ってきた十世界のメンバー達は、愛梨の掲げた夢の物語の理想の実現より、愛梨という個人(・・・・・・・)のために戦う者達がほとんどだった

 だが、椿の言葉によれば、地獄界の十世界を率いる「火暗(かぐら)」という男は十世界の理念の実現に注力している――即ち、十世界盟主「奏姫・愛梨」の唱える恒久的世界平和を目的としている。愛梨ではなく、両方でもなく、その理念の方を重んじているというのは、十世界という組織に於いて極めて珍しいと大貴には感じていた


「なんでだ?」

 当然そうなれば、火暗(かぐら)という人物の行動と目的の根幹に疑問を抱くことになる。その至極当然の疑問を大貴が口にすると、椿はしばしの沈黙を置いてその重い口を開く

「――光魔神様は、〝最も忌まわしき者〟についてご存知ですか?」

「いや」

 椿の問いかけに否定の言葉を発した大貴だったが、自分と詩織以外の全員がその言葉に小さく反応したのを視界の隅で捉えていた

 それだけで、その「最も忌まわしい者」が九世界の者にとって只ならぬ意味を持つものであることを感じ取った大貴は、椿の言葉を待つ


「最も忌まわしい者――それは、天上界を総べる今の王『(あかり)』様のことを指すものです」


「なんでここでそんな話が出てくる?」

 椿の口から告げられたその言葉に、大貴の口からは思わず怪訝な声が漏れていた


 最も忌まわしい者がどういうものなのかは分からないが、ここは地獄界。天上界とその王のことが関係しているとは到底思えない

 しかし、そんな大貴の反応に小さく首を振った椿は、この話に於いて最も重要、かつ必要なことを重苦しい声音で淡泊に告げる


「――赤の戦鬼(ぜんき)火暗(かぐら)は、天上界王(あかり)の実父だからです」


「!?」

 椿の口から告げられたその言葉に、さしも大貴も困惑を隠しきれずに目を見開く


 光と闇の存在の間に子供は生まれない。――それは、以前聞いたこの世界の理だ。まして鬼と天上界の全霊命(ファースト)という異なる存在の親になれるはずはない

 椿の言うように、今の天上界王が鬼から生まれたのだとすれば、それは確かにこの世界の理の埒外に在るもの――あってはならない存在と呼ばれるものだろう


「そんなことありえないだろ!?」

「ありえないから、最も忌まわしき者なのです」

 信じ難い事実に、思わず声を強張らせていう大貴に対し、椿はどこまでも平静に言葉を返す

「なにかの間違えとか……そういうことじゃないんですか?」

 そしてそれを聞いていた詩織も、困惑を隠しきれない様子で恐る恐る椿に問いかける

「それは分かりかねます。ただ、世界にはその様に伝わり、そのように認識されてるのは間違いありません。このことを聞くこと自体もあまり歓迎されることはではありませんから、詮索することもありませんので」

 詩織のその言葉に、椿はその目をわずかに細めたところで、中階層のほぼ最上部にある欄干を越えて廊下に足を下ろす

「私も所詮末端の者ですから、あまり詳しくは存じません。そのことをもっと詳しくお聞きになられたいのでしたら、黒曜様か(イクサ)様にお尋ねになられるのが良いでしょう」

「確か、赤の六道だったな」

 椿に倣ってその場に降り立った大貴は、その中で告げられた言葉に確認の声を返す

「はい。火暗(かぐら)(イクサ)様の腹心の一人でしたから」

 大貴へと向き合った椿は、話題を変えるために軽く一礼して話を止め、その手で廊下に沿うように並んでいる部屋を示す

「こちらが皆様に使っていただく一角となりますので、この中からお好きな部屋をお使い下さい」

「お心遣い痛み入ります」

 感謝の意を示す瑞希に、椿は軽く目礼で応じて言葉を続ける

「城内は自由に出歩いていただいて構いませんが、個人が使っている部屋もありますので、入る際はご注意をお願いします。それと、今夜には皆様の歓迎を兼ねた催しを行いたいと思いますので、是非ご参加下さい」

 一息にそこまで述べた椿は、自身の気力で黒い線を生み出し、大貴達の宿泊区画に隣接する部屋の一つを示す

「私はあの部屋におりますので、なにかご質問などがございましたら、思念通話などでも構いませんので気軽に声をかけてくださいませ」





「――……」

 そうして、いったん解散した詩織は自分で選んだ部屋の中に腰を下ろし、窓の外に広がっている城の敷地を見ながら、小さくため息を吐く

(自由に出歩いてもいいって言われたって、大きすぎて移動するだけでどれだけかかるかわからないんですけど。

 っていうか、今更だけどなんで九世界のお城ってこんなに大きいんだろ? やっぱり、権威を示すためとかなのかな……まあ、全霊命(ファースト)の人たちはこのくらいの大きさなら、別に移動とかにも困らないんだろうけど)

 時間と空間を超越する神速での移動を行える全霊命(ファースト)ならともかく、詩織にとってはここに限らず、九世界の施設は大きすぎて気軽に出歩くことなどできない

 そのためには、誰かにお願いして連れて行ってもらうしかないが、さすがに用もないのに見学のためといって連れ歩くのは気が引ける


 九世界の王城や重要施設は、何故かとてつもなく巨大に作られている。その大きさたるや、地球で言えば都市何個分どころか、地図に地形として乗せられるほどに大きい

 まるで遠くにある山を見ているような感覚で壁が見える広さの城内は、その広さとは裏腹に人影はほぼなく、荘厳で豪華な城には不気味なほどの静寂が落ちていた

 理も法則も超越した神速で移動できる全霊命(ファースト)にとって、この程度の広さなど気にならないのかもしれないが、必要性があるのかは疑問に感じられてしまう


 同じように巨大だった人間界の城は、それなりの人員を配していたし、人が使う巨大な乗り物などを停泊させる施設もあったため納得は行くのだが、そういった文明などがないに等しい全霊命(ファースト)達の城がそれ以上に大きい理由には今一つ納得がいかない面があった


(やっぱり、あれだけすごい力を持ってると、地球みたいに必要な大きさじゃ狭く感じちゃうのかな?)

 今更ながらにそんな当たりまえの疑問を抱く詩織は、小さくため息をついて天井を見上げる

 いつもと同じように、神魔と桜だけが相部屋、残りは一人一部屋を借りたため、自分一人しかない部屋は物悲しく映っていた





 地獄界の王城「鬼羅鋼(きらがね)城」。そこから遥か遠く離れた所に広がる海原に浮かぶ巨大な城艦が浮かんでいる

 百キロメートルを超える全長に、無数の砲台を備えた城のような外観。まるで城を戦艦という形に押し込めたようなそれこそが、この地獄界における十世界の拠点だ


 その中心部に建つ天守閣を思わせる艦橋の最上階にある部屋の中央に置かれた椅子に座し、一面に映し出される青い空と海を見据えているのは、真紅の髪と瞳を持ち、額から一本の角を生やした鬼の男だった

 胸元を開けた黒い服の上に袖のない白羽織という霊衣を身に纏い、肩に首元にかけて巻かれたマフラーをなびかせる男は、大きな椅子に身を預けながらも、研ぎ澄まされた刃のような鮮烈な苛烈さを滲ませている


「失礼します」

 その時、その男が座す部屋の背後にある扉が開かれ、一人の女鬼が恭しい所作で入室してくる

 編み込まれた黄色の艶髪と穏やかそうな性格を思わせるおっとりとした目に同じ色の瞳を抱き、額から二本の角を生やしたその女性は、その身に纏う着物とドレスの中間にあるような霊衣を閃かせながら、部屋の中央で座す赤の戦鬼(ぜんき)の男に声をかける

火暗(かぐら)様。組織から、今回共に戦いたいと仰る方が見えておりますがいかがなさいますか?」

「少し前に悪魔が一人来たのは知っているが――姫の使いではないのか?」

 黄の護鬼(ごき)であるその女性の言い回しに疑念を抱いた赤の戦鬼(ぜんき)――「火暗(かぐら)」が疑念の声を発すると、その女性はそれを肯定して頷く


 これまで他の世界では、光魔神がそれぞれの世界を訪れる度に彼らと縁のあるメンバーがやってくることを聞いて知っている

 かつては悪魔「茉莉」を筆頭とする小隊で、今は天使「シャリオ」、悪魔「紅蓮」、堕天使「ラグナ」の三人からなる者達がやってくる可能性に関しては火暗(かぐら)も想定していたことだった


「どうやらそのようです。今は『八雲(やくも)』様と『宇羅(うら)』様が見ておられますが、いかがなさいましょう?」

 しかし、その想定とは違う人物がやってきたという報せを受けた火暗(かぐら)は、判断を求められて真紅の双眸に思案の色を浮かべる


 元々十世界は、全ての世界、全ての存在の友和と平和を理念として掲げる組織。そのため、他の世界への往来に制限はない

 だが、愛梨というたった一人の下に集った集団にそういった意識や協調性は乏しく、また悠久の時間が培ってきた世界への不干渉の不文律から、積極的に他の世界へと赴く者が少ないのが現状だった

 故に火暗(かぐら)は、その人物が今十世界に所属している者だとするのならば、ただそれだけを理由に拒むべきではないと結論付ける


「構わん。通せ」

「かしこまりました」

 その言葉に目礼した黄の護鬼(ごき)の女性の言葉に続き、思念通話で連絡を受けた当事者達が室内に入ってくる


 部屋に入ってきたのは三人。一人はファーのついた襟に、胸にバツ字の金装、腕と足、腰回りを甲冑鎧で包んだ黒の戦鬼(ぜんき)の男と、足元まで届く長い羽織を翻らせる緑の護鬼(ごき)――先程、話に出ていた「八雲(やくも)」と「宇羅(うら)

 そしてその二人に挟まれるようにして立っているのが、今回の来訪者。――蛍光色の水色のラインが入った黒と白の羽織を纏った黒髪の悪魔の青年だった


「――お前がそうか?」

「はい。『霊雷(れらい)』と申します」

 火暗(かぐら)の問いかけを受けた黒髪の悪魔――「霊雷(れらい)」は、その切れ長の目を伏せて深々と一礼する

 そのわざとらしい所作と丁寧な物腰に、その腹に抱えるものが見透かせるように思える火暗(かぐら)は、含み笑いを零してその姿を見据える

「で、要件はなんだ?」

「はい。私も皆様の戦いに参加させていただければと思いまして」

 先に告げていることを改めて聞かれた霊雷(れらい)は、それが自分の真意を探ろうとする火暗(かぐら)の問いかけであることを理解しながらも、あくまで平静に答える

 一切の揺らぎがない霊雷(れらい)の不遜な態度に、愉快そうに目を細めた火暗(かぐら)が視線を動かすと、その両脇に立っている八雲と宇羅もまた不審そうな表情を浮かべていた

「一つ、勘違いを訂正しておこう」

 背もたれに預けていた身体を軽く前に動かした火暗(かぐら)は、指を一本立ててそう言うと、霊雷(れらい)を見据える

「我らは、あくまで〝十世界〟だ。戦いに赴くのではない」

「存じております」

 不遜な笑みを浮かべる霊雷(れらい)と不敵な表情で言う火暗(かぐら)――視線を交錯させた二人は、互いの胸中を探り合いながらも、やがてそれぞれに瞼を伏せて話を終わらせる

「まあ、いいだろう」

「光栄です」

 心にもない建前を述べた火暗(かぐら)がそう答えることを確信していた霊雷(れらい)は、そう述べると共に自身の目的の第一段階を達したことに笑みを深める

「光魔神達はすでに鬼羅鋼(きらがね)城に入っている。とりあえず近い内に動くつもりではあるが、それまでは適当におとなしくしていろ」

「はい」

 そう言って顎で退出を促した火暗(かぐら)は、背を向けた霊雷(れらい)が離れていくのを確認して、もの言いたげな表情を浮かべている黄鬼の女性に視線を向ける

「何か言いたそうだな、『桐架(きりか)』」

「よろしかったのですか?」

 不信感を露にする黄の護鬼(ごき)――「桐架(きりか)」の言葉に、火暗(かぐら)は、部屋を出て行った霊雷(れらい)を思い返して、その視線に険を乗せる

「あれは、断っても勝手に介入してくるつもりだったはずだ。なら、目の届くところに置いておいた方がいい」

 火暗(かぐら)のその言葉に、桐架(きりか)は否定しきれない説得力を覚えて視線を返す

「彼は、十世界を利用しているように見受けられます」

 十世界にいるため社交辞令的に挨拶をしてきたのだろうが、ここで拒絶すれば単身でもその目的を果たそうとする意思と危うさが霊雷(れらい)からは感じられていた

 この組織にいるのも、おそらくはそのため――十世界の理念に共感したわけでも、愛梨に感銘を受けたわけでもなく、自分にとって都合がいいからであり、いつでも組織を離れる意思と覚悟があることを感じ取った桐架(きりか)の言葉に、火暗(かぐら)は口端を吊り上げて不敵に笑う


「あぁ。それも含めて、奴の腹の内を見せてもらうさ」







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