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魔界闘神伝  作者: 和和和和
ゆりかごの世界編
22/305

交錯する思惑





 ジュダたちが姿を消し、その存在が知覚から消えたのを確認して、神魔と桜の元へマリアと詩織が歩み寄る

「御見事でした神魔さん、それと……」

 神魔に微笑みかけたマリアは、神魔に寄り添うように淑やかに立っている桜へと視線を向ける

「『桜』と申します。――神魔様からお話は伺っております。マリアさんと詩織さんですね?」

 マリアの視線を受け、清楚な笑みを浮かべて名乗った桜は、礼儀正しく頭を下げる

「あ、はい……」

「神魔様から伺っていた通りの方々ですね」

 顔を上げて微笑んだ桜に、迂闊にも詩織は胸が高鳴るのを感じてしまった

(ぅわ、近くで見ると本当に綺麗な人……)

 穏やかで整った顔立ち、雪のように白い肌、透き通るような紫の瞳、腰まで届く癖のない美しい桜色の髪。

 纏った霊衣は和服に似ており、清楚な雰囲気と相まって、まさに大和撫子といった雰囲気で佇む桜は絶世の美女と言っても過言ではないほどの美しさをたたえている

(でも……この人、なんで神魔さんを様付けで呼んでるの? それに神魔さんとはどういう関係なんだろう……)

 そんな事を考えると、詩織の胸は締め付けられるように痛む

 マリアに言われ、神魔への気持ちを忘れようともした。けれど頭で分かっていても心がそれを認めてくれない

 忘れようとすればするほど神魔の存在が胸の中で大きくなり、その想いが詩織の胸を容赦なく締め付ける

「自己紹介は後だよ、桜。まだ一人残ってる」

 そんな詩織の気持ちなど知る由も無く、神魔は静かに佇んでいる騎士のような出で立ちをしたシルヴィアに視線を送る。

「そうですね。彼女は私達に話があるようです」

 周囲の空間を見回してマリアが頷く。

 ジュダたちが去った事で解放された空間隔離をシルヴィアが再度施し、神魔達を一箇所に留めているのがその理由だ

「そうですね……あの人の神能ゴットクロア、私は今までに知覚した事がないんですけど神魔さんはどうですか?」

「同じく。今まで感じた事のない神能()だね」

「そうですか……」

 神魔の返答を聞いて、マリアはわずかに目を細める

 シルヴィアから今の所、戦意は感じない。だからこそ神魔達も強く警戒しているわけではないが、敵か味方も判然としない今の状態で、決して気を緩める事もない。

「では……彼女は何のために私たちだけをここに閉じ込めているのでしょう?」

「話でもあるんじゃないか?」

 漠然とした不安を述べたマリアの隣にクロスがシルヴィアを伺うような視線を向けながら降り立ち、次いで大貴も左右非対称色の翼をはためかせて神魔達の近くに降りる

「ようやく揃いましたか……」

 全員が一箇所に揃ったのを確認したシルヴィアは、そこにいる全員に聞こえないような小さな声で呟く。

「神魔様、よろしいでしょうか?」

 怪訝そうにシルヴィアに視線を送っている神魔達に、桜が穏やかな声で話しかける

「何?」

「あの方……恐らく『神庭騎士ガーデンナイト』ではないかと」

「っ、神庭騎士ガーデンナイト!」

「その通りです」

 桜の言葉に目を見開く一同に、透き通った水晶のような声で応じたシルヴィアは、神魔達の前に降り立ってその場にいる一同に視線を向ける

「あ、あの、神庭騎士ガーデンナイトってなんですか……?」

 神魔達の背後に隠れるようにして様子を伺う詩織の言葉に、マリアが静かに応じる

神庭騎士ガーデンナイトとは最強の異端神、円卓の神座・№10『護法神ごほうしん』の力に列なる者です」

「……また、円卓の神座ですか!?」

 息を呑む詩織に、シルヴィアが氷のように冷静な視線を向ける

「付け加えるならば私達の神、護法神様は『守護』と『秩序』、『平穏』と『安定』を司る神。対して戦兵レギオンの神、覇国神は『戦争』と『侵略』、『蹂躙』と『略奪』を司る神――つまり彼らと私たちは対であり、対極である存在という事になります」

「対の神……」

「ええ、天使と悪魔、光と闇のようなものですね。彼らと私たちは表裏一体の存在。しかし、そうであるが故に決して相容れない存在です」

 呟いた詩織にシルヴィアは静かに応じる

「で? その神庭騎士ガーデンナイトが僕達に何の用? ……確か護法神はそう……」

 言いかけた神魔の首に一瞬にしてシルヴィアの武器である槍斧の刃が押し当てられる

「……!」

「神魔様!」

 神魔の首筋に、あと数ミリで食い込む位置で刃が止められたのを見て取った桜が反射的に応戦しようと薙刀を握る手に力を込めた瞬間、シルヴィアがそれを怜悧な視線で制する


 シルヴィアの力は、茉莉と同等以上の力を持つジュダと同等。つまりシルヴィアは今ここにいる誰よりも強い。その気になれば神魔の首を一瞬で斬り落とす事も容易いだろう

 今の状態から自分が援護に入るよりも、シルヴィアの刃が神魔の命に手をかける方がはるかに速い――そう判断した桜は、その美貌に不満を称えながらも、神魔の命を守るためにその戦意を下げる


「私は私の意志でここに来ています。不用意な事を口にしないようにしてください」

 それを見たシルヴィアは、その視線を神魔へと移し、異論や反論を許さない抑制の利いた鋭い声で言い聞かせる

「……分かりました」

 その言葉を受けた神魔が、一瞬の思案の後に応じると、それを受けたシルヴィアは、槍斧を消失させてその身を翻す

「あなたが光魔神ですか」

「っ! ……ああ」

 その流麗な髪をなびかせたシルヴィアの視線を受けた大貴は、先ほどのやり取りを思い出して、凛と佇む戦乙女の存在に気圧されそうになりながらも、それに応じる

 凛然とした雰囲気をまとうシルヴィアに気圧されながらも、本能とも意地とも呼べるものによって、気丈に振る舞う大貴は、平静を装ったままで眼前の戦乙女を見据えていた

「円卓の神座の頂点の一角であるあなたは、本来ならば我らの神の元へお招きするところです。……ですが、今のその不完全な覚醒では時期尚早のようですね」

「目的は光魔神か?」

「目的? いえ、ただの通りすがりです」

 クロスの言葉を受けたシルヴィアは、一瞥を向けるとそれを否定――肯定することを良しとしないかのように淡々とした口調で返す

「……あくまでも、白を切りとおされるようですね」

「深入りはしない方がいいよ。関わり合いになりたくない」

 先ほどのやり取りもあって、軽く肩を竦めた神魔の言葉に、桜は静かに目を伏せる

「……かしこまりました」

 そんな二人のやり取りなど意に介した様子もなく、シルヴィアは大貴に向かい合うと、厳かな声音で言葉を紡ぐ

「ですが、円卓の神座の頂点にご挨拶をしないのは失礼かと思いますので、私からは一言ご忠告をさせていただきます」

「……忠告?」

 怪訝そうに眉を寄せた大貴に、シルヴィアはその問いを肯定するように目を伏せる

「十世界には、『反逆神』が組しているようです」

「……反逆神?」

 聞き覚えのない単語に首を傾げた大貴を見て、わずかにその切れ長の目に鋭い光を灯したシルヴィアは、その問いに淡々とした口調で答える

「円卓の神座 №2。光魔神と並んで円卓の神座の頂点に立つ神。そして、あの時(・・・)あなたを殺した(・・・・・・・)神です」

「っ!」

 シルヴィアの言葉に、大貴が目を見開く

「……噂には聞いていたけど、本当に十世界は反逆神(あの神)を味方に?」

 その言葉に驚愕の色を滲ませている神魔の言葉に、シルヴィアは視線だけを向けて応じる

「あの神は味方にはなりませんよ。そういう・・・・神なのですから」

「…………」

 シルヴィアの答えに、神魔は無言で応じる。

 そのやり取りの意図を完全に理解できていない大貴と詩織だが、二人の間に生じている重苦しい空気に言葉を差し挟めずにその様子を見守る

「……では、私はこれで」

 しかし、そんな空気もシルヴィアにとっては、何ら行動を妨げる要因にはなりえなかったらしく、神魔から目を外して大貴を見たシルヴィアは、会釈と共に天に舞い上がり、そのまま空間の門を開いて姿を焼失させる

「一体なんだったんだ……?」

 特に何かをすることもなく、ただ話をしただけで去っていったシルヴィアにクロスが首を傾げるとそれに応じてマリアも頷く

「……彼女の行動の意図が読めませんね」

 ジュダたちが去った事で解除されたはずの空間隔離を再び施し、神魔達が集まるのを待って接触してきたにも関わらず、他愛も無い会話をして立ち去る。

 シルヴィアが取った一連の言動に、理由や意味があったようには思えない。しかし何も意味がなかったとは考えにくい。

「そうだね……ただ一つ言えるのは、予想以上に厄介な事になってきているってことだよ」

 答えが出ないまま、シルヴィアの消えた天を仰ぎ見ていた大貴達の視線と意識を神魔の言葉が現実に引き戻す

「……そうですね」

 神魔の言葉に同意を示した桜は、シルヴィアの去った方角へ視線を向け、深い思慮の込められた目を細めた。





 その頃、空間の狭間に身を置くシルヴィアは目を伏せて、自らの神能ゴットクロアに思念を乗せて相手に送る思念会話を行っていた

《……。護衛任務において対象への接触と認識、一度目の戦闘を終了いたしました》

《ご苦労。引き続き護衛対象の護衛を行ってくれ》

《かしこまりました……ですが本当にあれ(・・)がそうなのですか? 私には到底そうは見えなかったのですが……》

《何しろまだ「未覚醒」だからな。……だが、間違いなくあれが我等の守護対象(・・・・)、『世界を滅ぼすもの』だ。……だから守らなくてはならない。我等と、我等の主の目的のために》

《はい》

 思念会話を終了したシルヴィアは、空間の狭間の中で閉じていた目を薄く開いた





 同時刻。緑が吹き抜ける草原の中で、オペラグラスを通してその光景を見ていた青年は感嘆の声を上げる

「うっ、ひょお~っ!」

 ニット帽をかぶり、金色の髪で顔の右半分を隠したやや幼い顔立ちの青年が、まるで子供ように好奇心に目を輝かせている

「まさか神庭騎士ガーデンナイトまで出てくるとはねぇ……。狙いはやっぱり光魔神かな? でもどんな理由であれ、守護騎士がしゃしゃり出てきたって事は、ただ事じゃないなぁ」

 独り言を呟きながら、青年は湧き上がる興奮を押さえきれずに満面の笑みを浮かべる。

「面白くなってきた。これらかもしっかりと観察させてもらおう」





「……神庭騎士ガーデンナイトか」

「はい」

 十世界の本拠地でジュダから報告を受けた戦王ブレイカーは、その内容を反芻すると、眉間に皺を刻む

「目的は、やはり光魔神か」

「そうではないか、と。あの場であの騎士が出てくるほどの存在となると……」

「それは一大事ですね」

 戦王(ブレイカー)の言葉に同意を示したジュダが、その言葉を終えるよりも先に、静かな声がそれを遮る。

「……っ!」

 その声に視線を向けた戦王(ブレイカー)とジュダは、いつの間にか現れ、自分達の会話を盗み聞きしていたその人物を見て、その表情に明確は不快感を浮かべる

「……貴様」

 そこに立っていたのは一人の青年。まるで導師を思わせる出で立ちに、長い白髪。その白髪の先端が角のように硬質化し、頭の両側と、背中の辺りで反りかえっている

「『平等を謳うものディクロア・エクアリティ』……!」

「その名は呼びにくいでしょう? 親しみを込めて『クロア』とお呼びください」

 苦々しげな声で自身の名を呼ばれた平等を謳うものディクロア・エクアリティは、戦王(ブレイカー)とジュダとは対照的な朗らかな表情で応じる

「お前たちと親しくなった覚えはないな」

「おや、冷たいですね。十世界に所属する同志じゃないですか」

 戦王(ブレイカー)の冷ややかで突き放す、嫌悪感と敵意をあらわにした言葉を受けたクロアは、そんなことなど意に介した様子も見せず、わざとらしく肩を竦める

同志・・だと? 貴様たちと我々を同じにするなよ」

「……やれやれ、嫌われたものですね。それはそうと、お話は伺っておりましたよ戦王様? まさかあなた達の天敵である守護騎士が出てくるとは」

 敵意を露にする戦王(ブレイカー)の言葉に、わざとらしい小さなため息をついたクロアは、どこか皮肉を述べるような声で本題を切り出す

貴様達・・・のせいじゃないのか?」

「言いがかりですよ。……とは言い切れませんね。しかし、それも含めて姫は、我々『悪意を振りまくものマリシウス・スキャッター』を十世界に迎え入れたのでは?」

 自分()に向けられた疑念を否定もせず、しかし肯定もせずに煽るような口調で応じたクロアは、恭しい所作で挑発的な視線を戦王(ブレイカー)に向ける

 その様子を眉間に皺を寄せて見る戦王(ブレイカー)は、張り付けたような微笑を浮かべているクロアが、穏やかな中にも計り知れない悪意が宿った視線を向けていることに気付いて、その眉間の皺をさらに深く刻む

「ならば、我等が同志である事の証明に、あなた達にとって忌まわしい存在である守護騎士。我等が処分いたしましょうか?」

「……必要ない。ここで『フラグメント』を出せば、面倒な事になりかねん」

 一見温厚そうなクロアが、提案と共に垣間見せた目の奥に宿している底知れないものに危機感を覚えた戦王(ブレイカー)は、建前と本心の二つの意味を込めた言葉で応じる


 クロアにしろ、誰にしろ、今の段階で下手に悪意を振り撒くものマリシウス・スキャッターに動かれるのは不本意であり、またこの段階で「フラグメント」を出すのも十世界としては避けたい事態だった。


 当然、その意図を理解しているクロアは、温厚な笑みを浮かべたまま、わざとらしい所作で恭しく頭を下げる

「かしこまりました」

「……他の連中にも釘を刺しておけよ。くれぐれも余計な手は出すな、と」

「心得ております。我等が神にもその旨、お伝えしておきましょう」

 そう言って深々と頭を下げたクロアの姿が霧のように消える

「……奴らが我々の計画の妨げにならなければいいがな」

「はい」

 独白する戦王の呟きにジュダは静かに頷くと、クロアが消えた虚空へとその瞳のない目で視線を送り続けていた



                ※



 細く白い指を三本、丁寧に揃えて床に正座した桜色の髪を持つ美女が深々と頭を下げる

「お初にお目にかかります。『桜』と申します。どうぞお見知りおきください」

「あ、いえ」

「こちら、こそ……」

 恭しい所作で頭を下げ、床に額がつくのでは無いかというほど深く頭を下げた桜に、一義と薫もつられて頭を下げる


(大和撫子だーーーー!)


 界道家一同が、一切の無駄のない流麗な所作を見せた桜の奥ゆかしく慎ましやかな姿に、内心で声を上げる。


 淑やかな居住まいを崩さず、神々しさすら感じさせる絶世の美貌と桜色の髪をたたえる桜の姿は、幻想的なほどの美しさをたたえている

 容姿ばかりではなく、その些細な所作からも感じられるしなやかで、女性的な存在感は、まさに立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花といった体で、大和撫子と呼ぶにふさわしい


「ま、まあ、お好きなところに掛けてください」

「ありがとうございます」

 一義の言葉に微笑んだ桜は、目を奪われるほどに美しい動作で立ち上がると、ソファに座っている神魔の隣に腰を下ろす

(あ! ……っ、)

 神魔の隣に当然のように腰を下ろした桜に、詩織は思わず出そうになった声を呑み込む

(な、何なの、あの人! 神魔さんとはどういう関係なの……!?)

 内心で疑問と嫉妬に悶絶しながら、詩織はマリアを一瞥する

(やっぱり、私はマリアさんみたいにはなれないよ……)

 胸中と脳内が滅茶苦茶にかき混ぜられるような感覚に、詩織は唇を噛みしめる


《世界の法を破って生まれ、存在を拒絶された事を『自分たちが悪いのではなく世界が悪い』と世界の所為にして苦しみから逃れようとしているに過ぎません。けれどそれは自分の存在から逃げた事と同じです!》

《確かに混濁者マドラスに対する世界の対応は理不尽で不条理でしょう。しかし混濁者マドラス混濁者マドラスです。その存在の業も全てを受け入れ、向き合わなければいけないんです》


 自身が神魔へ向ける感情を確認する度に否が応でも詩織の脳内に甦ってくるのは、マリアの言葉。

(私は、マリアさんみたいに割り切れないよ……!)


 マリアは、自分が全霊命ファースト半霊命ネクストの間に生まれた子供である事を認め、混濁者マドラスが忌まわしき存在である事を当然の事のように受け入れていた

 全霊命ファースト半霊命ネクストの愛が九世界で禁じられている事はしっている。そしてその愛では、愛する人を傷つける事しかできない事も頭では分かっている。だが、分かっていることと受け入れられることは別の問題

 少なくとも、今の詩織にはそれをそう割り切ることは到底できることでも、容認できるものでもなかった


(だって、だからって神魔さんの事を諦めるなんてできないよ……)

 忘れようとして忘れられるような想いなら、苦労はしない。諦めようとしても、忘れようとしても、頭で分かっていても心が認めてくれない

 忘れようとすればするほど、神魔の存在が自分の中で大きくなっていくことに、詩織は葛藤し、苦しんでいた

(私は、神魔さんが本当に好きなの……!)

 頭では分かっている「自分と神魔が結ばれてはいけない」という現実。一度はそう言い聞かせて諦めようと努力もした

 しかし、そこに現れた桜と神魔――自分が想いを寄せる人が、自分ではない女性と親しげに寄り添っている姿を見た詩織は、逆説的にではあるが、それによって自分の気持ちをはっきりと再確認していた

(だから私は……諦めたくない……!)

 全て分かっている。この想いが禁忌である事も、傷つける事しかできない事も、この願いが身勝手である事も、全て分かっている。

 しかし、人が夢を見るように、いつでも願いを抱くように、その心に芽吹いた確かな恋心は小さくとも、簡単に消えること無く、詩織の中に根を張っていた

(私は、私が神魔さんを好きな事を諦めたくない……!)

 祈るように、自分の中に芽生えた確かな想いを包み込むように、詩織は自分の胸にそっと手を当てる

「あ、お前、あの時あそこにいた奴だよな」

「はい」

 そんな詩織の様子に気付く事無く、神魔の横におしとやかに座っている桜を見たクロスは、何かを思い出したような声で言う

「あの時?」

「俺と神魔がここに来るきっかけになった戦いの時、神魔の近くにいた女だ」

 二人が交わした言葉の内容を掴みあぐね、首を傾げた大貴に、クロスがその意味を簡潔に説明する

「桜は僕と一緒に旅してますから」

(一緒に!? 一緒にって事は二人でってことですか、神魔さん!?)

 クロスの言葉を聞いた神魔が、それを補足するように桜を一瞥して言うと、詩織は内心でその事実を糾弾する


 もちろん、声にはなっていないが、詩織の中で芽生え、徐々に大きく育っている恋する乙女心は、想い人である人の女性関係に敏感に反応してしまう

 それがお門違いの感情であると分かっていても、自分でさえ制御できない感情に詩織は今にも張り上げそうになる声を懸命に抑え込む


「一緒にって事は、二人で?」

(お母さん、ナイス!)

 神魔と桜の関係に、焼けるような感情を抱いていた詩織は、それを言葉にできない自分に代わってそれを聞いてくれた()に心の中から最大級の賛辞を送る

「はい」

「そうです」

 薫の質問を受けた神魔と桜が当然の事のように声を揃えて頷くと、それを聞いた詩織はその表情を翳らせつつ、平静を装って耳を傾ける

(そんな……神魔さんと二人で……)


 突如現れた神魔と只ならぬ関係を感じさせる絶世の美女――桜に嫉妬し、憤慨していた感情がその一言によって詩織の中で急速に冷たくなっていく

 もしも感情を見ることができたなら、詩織が真っ赤になって憤慨し、青褪めていく目まぐるしい変化を見て取ることができただろう


「神魔様が、そちらの天使さんと消えて以来、あの場所でずっとお待ちしていたのですが、呼んでいただきましたので、こうして馳せ参じた次第です」

 しかし、そんな感情の変化が目に見て取れるはずもなく、内心でショックを隠せずにいる詩織を横目に話は進んでいく

「本当は、桜を呼ばずに終わらせたかったんですけど、十世界とか出てきたので、さすがにそういう訳にもいかなくなりまして」

 穏やかな声音で仔細を説明した桜の言葉を受けた神魔は、今まで桜を呼ばなかった理由を簡潔に述べる


 元々神魔は長期でこの界道家に滞在するつもりはなく、自身の目的を果たせば桜の許に変えるつもりでいた

 しかし、当初はただ紅蓮という悪魔を退ける打のはずだったそれが、大貴の光魔神としての覚醒に加え、十世界まで絡んできたことで延期されていたのだ

 そして今回、自分一人では到底手に負えない実力者――茉莉との相対をきっかけに、今まで待っていてもらっていた桜を呼び、協力を求めた


「神魔君をずっと待ってたの?」

「はい。神魔様から定期的に思念で連絡を頂いておりましたし、神魔様が生きておられる事は分かっておりました(・・・・・・・・・)から」

「……!」

 淑やかに微笑んだ桜の言葉に、言いようのない胸の苦しみを覚えて詩織はわずかに眉を寄せる

(やっぱり、この人……)

 その傍らで、桜の言葉で確信を持ったマリアは、神魔との隣に淑やかに座るその姿へと視線を送る。

「……でも、それでよかったの?」

「はい。もちろん時と場合によりますが、待っているように言われたのにそのお方の元へ参じる事は、そのお方を信じていないようなものですから」

 薫の問いかけに微笑んで応じた桜の言葉に、神魔を除く全員が目を瞠る

「でも、心配だったんじゃない?」

「もちろん、心配させていただいておりました。――ですが、心配させていただけるという事は、それだけそのお方を想わせていただけているという事ですから。

 神魔様の事を想わせて頂きながら過ごすほど、わたくしは、これほどに神魔様の事を想わせていただけているのだと――これほどに想わせていただけるお方がいてくださるのだと実感する事ができます」


(大和撫子だーーー!)


 胸に手を当た桜が、頬をわずかに赤らめて愛おしさを噛みしめるように言うと、その淑やかで奥ゆかしく、健気で献身的な在り方を目の当たりにした界道家全員の心が一致していた。


「そういえば、闇の全霊命(ファースト)って、こういう尽くす系の女の人が多いよね」

「そうだな。まぁ、あのレベルはそうはいないだろうけどな」

「そうだね」

 まさに大和撫子といった所作を見せる桜の様子を見ていたマリアとクロスは、小声で意見を交わして、興味深げにその姿を見る

「ありがとう、桜」

「いえ、先程のはわたくしの勝手な言い分です。神魔様がお気にかけていただくような事ではございません」

 微笑む神魔に、桜はかすかに頬を赤らめる

(神魔さんと桜さんって、すごく通じ合ってる……何であんなに……)

 そんな二人を、気が気でない様子で詩織が見つめる

 胸を焦がす焦燥が詩織を苛み、桜に対して羨望と嫉妬が渦巻く

「……羨ましい」

「あなた、何か言った?」

「いえ、何も」

 一義の独白を聞き逃さずに微笑んだ薫が、槍の様な視線で一義を貫く

「つきましては、よろしければわたくしもこちらでお世話になりたいのですが、よろしいでしょうか?」

 桜の視線に顔を見合わせた一義と薫は、桜に視線を戻す

「それは構わないけど、もう部屋がないの。神魔君と、クロス君と、マリアちゃんの使っている分で全部だから」

「ご心配には及びません。庭先や廊下の隅のような、ご迷惑にならない場所で結構です。特に個室を用意していただかなくても困る事はございませんから」

「それは、そうかもしれないけど……」

 桜の言葉に薫が言いよどむ

 全霊命ファーストは睡眠も食事も必要としない。わざわざ部屋で寝泊りしなくても困る事はないが、だからといって「はい。そうですか」と言う訳にはいかない

「桜。そんなに悩まなくても、僕のとこに来ればいいじゃない」

(ちょ、神魔さん!? それって一緒の部屋で寝泊りするって事ですか!?)

 新たな来訪者である桜の住む場所に思案を巡らせていた一義と薫を見ていた神魔の事もなげな言葉に、詩織はその表情を一瞬にして引き攣らせる

「よろしいのですか?」

「もちろん」

 確認を取るようんい問いかけた桜に、優しい笑みを浮かべて頷いた神魔に、ついに詩織の我慢が限界を迎える

「いやいや! よろしくないですよ!?」

 自分が想いを寄せる神魔が、突如現れた絶世の美女と部屋を共にするという事実に、危機感を掻き立てられた詩織は、声を上げると同時に身体を乗り出して反対の意思を示す

「そうね、いくら何でも……」

「……そうだなぁ」

「ああ、それなら心配ないですよ?」

「え?」

 いくら一緒に旅をする仲とはいえ、男女を同じ部屋に泊まらせる訳にはいかないというような表情を浮かべた薫と一義に神魔がけろっとした表情で言う


「桜は僕のお嫁さんですから」


 その瞬間、神魔の言葉に界道家の面々の時間が止まる







「……は?」

「ああ、やっぱりか」

「……ですね」

 クロスとマリアだけは気付いていたのか、平然と座っている

(お嫁さん!? お嫁さんって言うのは、お嫁さんのこと!?)

 しかし、詩織の方はそうはいかない。

詩織が衝撃の事実に思考が混乱している傍らで、比較的冷静な薫が桜に確認する

「そ、そうなの?」

「はい。わたくしは神魔様の妻をさせていただいております」

 神魔の言葉に桜は頬を赤く染めて、人外の美しさを持つ美貌に恥らいの表情を浮かべる

「出産と子育て以外は経験済みですので問題はありませんよ」

「神魔様!」

 神魔の言葉を嗜めるように桜が言う。その様子はもはやただ惚気ているようにしか見えない

「な、なら問題ないわね」

「そう、だな」

 二人がそういう関係であるなら、同じ部屋で寝泊りする事に依存があるはずもない

(お嫁さん……二人は深い仲。神魔さんと桜さんが……)

 肩を並べて座っている神魔と桜を見て、詩織はただ呆然とその事実に打ちのめされていた

(そうよね。そういえば神魔さんは何億年も生きてるのに、恋人がいないなんて事あるわけないわよね……私、なに勘違いしてたんだろ……)

 他の言葉など耳にも入らず、詩織は内心で呆然と言う

 全霊命ファーストに寿命はなく、神夜も詩織達から見れば気が遠くなるほどの時間を生きている。それだけ長い人生なのだから恋人がいる可能性に気付く事もできたはずだ

(一人で浮かれちゃって、私の馬鹿!)

 自分で自分を責めながら、詩織は溢れ出そうになる涙を懸命に堪える

「…………」

(あの方が、詩織さんですか……)

 詩織を一瞥した桜はその目をわずかに細めた





「……今、この瞬間にも刻一刻と世界の崩壊が進行しています」

 そう誰もが聞き入ってしまうほどに美しく澄んだ声が、水面に広がる波紋のように広大な空間に融けていく。

 淡い燐光を纏った金色の髪が軽やかに揺れ、女性の周囲に金白色の蛍を舞い踊らせる。神秘的なほどに幻想的な神々しさを纏ったその女性は、足元に広がる鏡のようなものに視線を落とす

「急がねばなりません」

 その声に同調するように、その空間に無数の影が出現すると、淡く光る金色の髪を持つ美女は、澄んだ透明感のある声で厳かに言葉を紡ぐ



「――世界が滅びる前に」





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