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魔界闘神伝  作者: 和和和和
聖人界編
219/305

天を支える柱





 黒をも塗り潰す黒色の力を帯びた斬撃が振り抜かれ、その一撃が幾重にも張り巡らされた金色の結界を一層目を容易く破壊し、二層目に突き刺さる

「……ッ!」

 自身の結界に食い込んでいる大槍刀の漆黒の刃を見て、唇を引き結んだ聖人の女性――ビオラは、そのまま後退して弓から理力の矢を放つ

 神速で放たれた無数の理力矢がその大槍刀の持ち主である神魔へと突き刺さろうとしたその瞬間、横から伸びてきた薙刀の斬撃にそのすべてが払い落とされる

「――」

 舞うように薙刀を振るった桜がその名と同じ色をした長い艶髪を翻らせると、神魔がその手から収束した魔力を極大の砲撃として放出する

 理力を帯びた長弓を回転させ、自身の身の丈をも超えるほどの直径を持つ純黒色の魔力砲を受け止めたビオラは、その破壊力に柳眉を顰めて、破壊の闇を相殺してまき散らす


 全霊命(ファースト)自身の神能(ゴットクロア)で構築された武器は、どれだけ細く、脆そうに見えてもその強度はその神格に比例する

 ビオラの弓もまたその例にもれず、精緻な外観とは裏腹に理力を帯びて回転することで、それそのものがあらゆる力を遮断する盾と化していた


(ここに来て、彼らの力が増した?)

 全霊を込めた理力でその一撃を受け止めたビオラは、魂の髄まで響いて来る神魔の魔力砲の威力を実感し、知覚して心中で懸念を強める


 伴侶に呑み許された神能(ゴットクロア)の共鳴を以って魔力を高める神魔と桜は、通常ではありえないほどの力の強化を実現していた

 たった一番(ひとつがい)の伴侶でありながら、最強の全霊命(ファースト)たる原在(アンセスター)に匹敵する力を発現していた神魔と桜だが、大貴が来てからさらにその力を増幅させていた


(いえ、違う? これは――……)

 その力を知覚し、自身の疑念を確信に変えつつあったビオラは、わずかにその目を瞠って己の理力さえも食い尽くす純黒の闇の力を見据える

 確かに、神魔と桜の魔力共鳴による力は著しく増大している。だが、その力の原因はただ単純に二人の共鳴がさらに力を真下ということではないことを、ビオラの知覚が判別してその原因へと意識を向けさせる


(光魔神……!)


 ビオラの知覚の先には、神威級神器を発現させた天支七柱筆頭「マキシム」と戦っている光魔神(大貴)の存在があった

(この二人と力を共鳴させたのね……!)

 太極を司る光魔神の力は、どんな存在とも力を共鳴させることができること。通常その力は、相手の力を自分のものとし、自分の力を強化するために使われる

 だが、その力は「共鳴」というだけのことはあり、相手にもその恩恵を分け与えることもできる。神器と共鳴し、神に等しい神格を得た光魔神が神魔と桜の魔力共鳴に干渉してその神格の上昇を補助していたのだ


 ビオラがその事実に辿り着いたのとほぼ同時、純黒の魔力を纏って肉薄していた神魔と桜が、大槍刀と薙刀を一閃させる

 全てを滅殺力を持つ二人の一撃はビオラの展開した障壁と結界を力任せに打ち付け、純黒の極撃がその一部を破壊し、軋ませ、その余波によってビオラを吹き飛ばす


「く……ッ!」

(なんて力……これほどまでに強くなっているなんて)

 理力の特性によって何重にも展開している自身の結界が砕け、軋む衝撃に苦悶の表情を浮かべながら、神魔と桜へ向けて光の矢を放つ


 いかに光魔神の力によって共鳴しているとはいえ、さすがにその神格は神の領域にまで達してはいない。だがその力は、確実に高まっていた

 だが、その無数の理力矢は、息の合った神魔と桜の斬撃によって全て撃ち落とされ、理力の光となって世界に溶けて行く


「――神魔様」

 理力の矢を撃ち落とし、薙刀を軽やかに操って構えた桜は、流すようにその視線を神魔へと向ける

 その刃に着いた何かを払うように漆黒の大槍刀を振り薙いだ神魔は、桜のその声に肩ごしに視線を向けていつもと同じように優しく微笑み返す

「大丈夫。なんか、凄く調子がいいんだ」

「――……」

 神魔のその言葉を聞いた桜は、ビオラへと視線を向けるとわずかに柳眉を顰めて自身の胸にそっと手を添える

(確かに、これほどの感覚は今までありませんでした……まるで神魔様の神格の奥にあるなにかが呼び覚まされているような――)

 まるで共鳴した神魔の存在に触れるように胸に手を添えた桜は、普段と変わらない共鳴の中で感じるものにわずかな憂いを瞳に灯す

 光魔神(大貴)の太極の力によって神格の共鳴を得た桜は、これまでにないほどに高まった神魔との共鳴魔力の中にそれを感じ取っていた

全霊命(ファースト)の神格では、神威級神器の力なく、神の神格を得ることはできないのが世の理――)

 大貴の共鳴を受けた神魔と桜の魔力は、神位第六位にある神格に引きずられるようにその存在の力を高めている

 だが、全霊命(ファースト)の存在では、神器の補助なしで神の領域に至ることはできない。そのため、どれほど太極の補助を受けてもその力は決して〝神位〟まで至ることはない


 ――はずなのだ。


(ですが、なぜでしょうか神魔様。わたくしには、あなたのお力が今にも存在の限界を打ち破り、神の領域にまで届いてしまうのではないかと思えます)

 神魔と共鳴する桜は、その存在から湧き上がってくる魔力の底に、なにか途方もないものがある様な感覚を覚えていた


 これまでそれに気づかなかったのは、基礎となる自分達の神格がそこまで至っていなかったのか、あるいは神の領域から干渉してきている太極の力が影響しているのかもしれないが、今の桜にははっきりとは分からない

 だが、神位第六位の力となった大貴の力の影響によって、これまでは分からなかった神魔の中にある何かの存在の片鱗を、その命と存在を共有する伴侶である桜はおぼろげに感じ取っていた


「――全てを滅ぼすもの……」

 いつもと同じ位置に立ち、これまでずっと見続けてきた神魔の横顔を見る桜は、その淑然とした美貌の下でふとかつて聞いた言葉を思い返す


 「全てを滅ぼすもの」――神魔の父(死紅魔)がそう呼んだ、神魔のこと。この世に存在するだけで世界を滅ぼすというその在り方が、強くなったその力の内側に感じられるなにかに予感させられる


(神魔様――わたくしは今、少しだけ不安なのです。あなたがわたくしの届かないところに行ってしまわれるのではないかというこの気持ちが)

 だがその感覚の中にあって、桜の中には神魔の中にあるように感じられる「なにか」に対する恐怖はなかった


 何故なら、それが神魔と違うものであるとは思えなかったからだ。あるいはそれは神魔と心中する覚悟があるが故に感じなかったのかもしれないが、桜には不思議とこの神位に近づいて初めて覚えた感覚が単純に悪いものではないように思えていた

 故に桜が何よりも恐れているのは、そんなことではない。自分が神魔の傍らに、これからも伴侶として寄り添っていられるのか、という思いだけだった


(駄目な女ですね、わたくしは――本当に自分の事ばかりです)

 薙刀を握り直してその手に力を込め、自嘲気味に心中で呟いた桜は、それを待っていたかのように地を蹴った神魔に続く

「――ッ!」

 一つに溶けた神魔と桜の魔力に険しい表情を浮かべたビオラは、自身を守るために多重の結界と障壁を展開して極大の理力矢を放つ


 動きを阻み、動きを止めるために空中に展開した理力の障壁を強化された魔力を帯びた大槍刀と薙刀の一閃が一撃の下に破壊し、光の粒子へと還元されていく

 時間と距離を超越した神速の戦戟の中で、純黒色の闇が輝ける正義の光を滅ぼしていくその様は、さながら世界の終焉にさえ似ていた


「桜!」

「はい」

 深く暗い暗黒の力を振るって理力の障壁を一直線に突破した神魔の声に応じた桜は、薙刀の一閃によって魔力の破壊渦を生み出す

 桜が放った黒色の桜吹雪を思わせる力は、今まさに二人へ到達しようとしていた金色の巨大矢を受け止め、せめぎ合い、相殺して神格の衝撃波を生み出す

「――ッ!」

 相殺された力は闇よりも暗い漆黒となり、砕け散った理力の金光を呑み込みながらターミナルエンドを闇に呑み込む。

 全霊命(ファースト)として最強以上の神格の暴虐の圧に晒されたビオラが表情を強張らせる中、その闇の中から、さらに黒い純闇の力を纏った神魔がその姿を現す

(やはり来ましたか!)

 知覚の全てを塗り潰す闇黒を使って行うであろうその行動を予期していたビオラは、全霊の力を込めた理力矢を神魔へと向ける

 漆黒の刃に純黒の魔力を纏わせた神魔へ向けた理力矢を解き放って炸裂した瞬間、闇と光の中を貫いて飛来した薙刀が多重に張り巡らされたビオラの結界に突き刺さって破壊をもたらす

「っ!」

 神速で放たれた薙刀の刃に結界の一部を破壊され、多重の護りの一角がはがされた理力が粒子となって崩壊する

 それに反射的に意識と視線を傾けたビオラがそこに淑やかに佇む桜の姿を確認した瞬間、眼前の光爆の中からその身を征光に焦がされた神魔が、渾身の闇を纏わせた大槍刀を一閃させる


「オオオオオオッ!」


 全てを滅殺する意思と力を与えられ、世界の理を超えて放たれた横薙ぎの斬撃がビオラの結界を捉え、暗黒の力を吹き上げながら一枚、また一枚と破壊していく

「く……っ!」

 天支七柱の一角たる自身の護りを力任せに破壊して振り下ろされる闇の一撃に歯噛みしたビオラは、神魔を振り払うべく弓を番え、理力光の星から収束光閃光の全てを打ち込む

 その光の嵐は背後からの桜の援護によって一部が相殺、迎撃されるがすべての光を迎撃することはできず、一部が神魔へと命中して征伐の光を炸裂させる

「なっ!?」

 その光によって神魔を退けられると考えたビオラだったが、自身の結界を食い破ろうとする斬撃に衰える様子はない

 その力によって結界を一枚また一枚と破壊しながら迫りくる斬撃に目を瞠ったビオラは、今にも全ての護りを破壊しようとしている破滅の闇に後方へと退く

「離れなさい!」

 距離を取りながら、再び全霊の光を矢に変えたビオラがその鏃を光の奥にある闇へ向け、自分を追って肉薄してきた神魔へ向けて解き放つ

 ほぼ零距離からの最高位の光の攻撃にも全く怯むことのない暗黒へ矢を放ったビオラの目に、自身が放った破壊光の消失によってその中にいた神魔の姿が映し出される

「――っ!」

 その目を漆黒に染めた神魔は、全霊命(ファースト)が持つこの世で最も純粋で純然たる殺意に彩られた金色の双眸でビオラを見据えると、その身を焼く理力の裁光をものともせずにその距離を縮める

 時間と空間の介在を許さない神速を以って肉薄した神魔の漆黒の魔力に、その手に握られた大槍刀が脈打ったように感じられた瞬間、ビオラの知覚と本能がその力に警鐘を鳴らす


 瞬間、その神格のままに振るわれた大槍刀の純黒の斬閃が奔り、一刀の下にビオラの結界全てを両断していた


「く……っ!」

 結界を一刀の下に破壊され、斬撃と共に解き放たれた滅殺の闇の力の直撃を受けたビオラは、全霊の理力を纏わせた弓で神魔の大槍刀を受け止める

 理力を帯びた弓が大槍刀の刃と拮抗して軋みを上げ、存在の髄まで響くほどの暗黒色の純闇の力をビオラは全力を以って耐え凌ぐ


 いかに共鳴に強化された魔力であっても、限りなく神格が近い者同士が十全の状態で刃を交わせば存在そのものである武器を破壊することは困難を極める

 必然、ビオラの弓は神魔の大槍刀を受け止め、力の火花を散らす。互いの信念そのものである武器はその心を研ぎ澄ますようにせめぎ合い、次の瞬間ビオラの胸の中心を刃が貫いていた


「っ!?」


(これ、は……!)

 神魔の斬撃を受け止めたビオラは、神速の攻防の中で一瞬、だが確実に失念してしまっていた――先程、桜が投擲した薙刀(・・・・・・・・)のことを。


 神能(ゴットクロア)が共鳴しているということは、今神魔と桜の魔力は一時的に重なり、自身の存在で相手の力を行使している状態にあるということ

 ならば、本来なら決して行うことのできない自分以外の武器を手にすることもできるということ。共鳴した二人の魔力が満たす空間で桜の薙刀がその手に戻らなかったことを知覚しかねたビオラの隙を衝く伴侶のみに許された必殺の一撃だった


 だが、あくまでも桜の武器は桜のもの。共鳴状態でも、十分な本来の殺傷力を発動できないことが分かっている神魔は、大槍刀を一閃させてビオラの弓を弾き飛ばす

 その一線によってよろめいたビオラは、先程まで神魔の手に握られていた薙刀が消失し、そしてそこへと滑るように移動してきていた桜色の髪を持つ悪魔が再び自身の武器を手に取るのを見て、目を細める


「無念、です」

 胸の中心から血炎を立ち昇らせ、苦悶に眉を顰めたビオラの瞳は、神魔と桜が魔力を纏わせた刃を振り下ろすのを映していた

 次の瞬間、黒く閃いた純闇の斬閃がビオラの身体に深々と斬傷を刻み付け、その巨躯を大地へと横たえさせる

「僕達の勝ちだ」

 倒れ伏し、苦悶と屈辱に顔を歪めるビオラを背中越しに見据えた神魔は、血炎を立ち昇らせる最強の聖人に向けて宣言する




「ビオラ……!」

 そして、その決着を知覚した天支七柱筆頭にして最強の聖人である「マキシム」が視線を巡らせると、それを阻むように黒白の力が叩き付けられる

「よそ見するなよ」

 全てを合一する太極の力を纏ったその一撃を天を舞う六本の剣の一振りで受け止めたマキシムは、その力の持ち主である光魔神――大貴を見据えてその瞳に険の光を灯すのだった




「生きている……いえ、〝死なせない〟ということですか……つくづく人の信念を踏み躙るのが好きと見えますね」

 全霊命(ファースト)は気を失うことがない。本来なら死に至っているであろうその傷も、愛梨の用いた神器によって、絶命をもたらすことはない

 自身につけられた傷から、そのことをおおよそ察したビオラは、この状況を作り出した十世界盟主に対して恨み言に似た言を述べる

「同感だよ」

 独り言にも似たそのうめき声に、神魔は背後を振り返ることなく答えると眼前にそびえ立っている水晶質の塔――聖浄匣塔(ネガトリウム)を見上げる


「いつか、あなた達にも裁きが下るでしょう。力で法を否定するならば、あなた達の信念も大切なものもまた、力によって失われるということなのですから」


 天支七柱の一角を崩したからといって、この勝利は誇れるものではない。力が法を否定し、その望みを実現するという野蛮な世の真理を体現したものに過ぎない

「――いくよ、桜」

 理力に乗って届けられたビオラのその言葉を背中で受け止めた神魔は、それに答えることなく桜と共に聖浄匣塔(ネガトリウム)の入り口を破壊し、その中へと足を踏み入れるのだった





 天を舞う八つの長菱形をした金属板から収束された理力の砲撃が放たれ、それに続いて槍を携えたシュトラウスが神速で翔ける

 その先に佇んでいるのは、戦意もなにもなく無防備な姿を晒す十世界盟主「愛梨」。だが、その閃光と槍の斬撃は、その周囲を覆う不可視の空間に遮られて愛梨の髪を一房揺らすことさえできなかった


「やはり通らないか」

「相手は神器を使っているのですから、妥当なところでしょう」

 距離を取り、忌々しげに言うシュトラウスの言葉に、その背後に佇むウルトが静やかな声音で応じる

 すでに何度か攻撃を試みている二人だが、その攻撃はことごとく愛梨に届くことはなく、その身を守る神器の力によって完全に沈黙させられてしまっていた

「あらあら、随分と嫌われたものですね」

 ほんの少し前まで互いの正義の在り方を巡って矛を交えていた二人が、当たり前のように共闘して自分にその力を向けてくることに愛梨は困ったように笑う

「お前の要求は全て却下だ」

 そんな愛梨の様子とは裏腹に、シュトラウスは法を重んじる世界の代表として世界に永久の平和をもたらすことを願う神の巫女にその一言を叩き付ける


 愛梨、そして十世界の目的は恒久的平和世界。そして今回に至っては、聖浄匣塔(ネガトリウム)の最下層に囚われている〝罪人〟に会うこと

 だが、世界として十世界の理想は受け入れ難く、九世界にすらその存在を隠している罪人に会わせることなどできるはずはない。

 即ち愛梨の意思がどうであれ、世界としてその問題と議論を交わすつもりなどないということだ


「彼女は先々代界首〝ヴィクター〟の代にあそこに永久投獄されることが決定された。しかも天支七柱を二人も殺めて、な――罪状も明らかな重罪人を解放することは法に反する」

 愛梨の申し出を頭ごなしに全否定したシュトラウスだが、その意見が決して私的な感情によるものなどではないことを付け加える

 あえて、世界にも隠している罪人に関する情報を開示したのは、愛梨がそれを言いふらすような人間ではないことへの信頼と、その根拠の提示のためだった


 聖浄匣塔(ネガトリウム)最下層の罪人は、シュトラウスの先々代にしてウルトの先代、初代界首である「ヴィクター」という聖人がその在位中に議会として正式に決定し、正しく裁いた結果の量刑だ

 その罪状は明らか。そして捕縛の際に抵抗して天支七柱の内二人を殺めている。本来ならば極刑となるべき者を「死すら許しがたい」として永遠の罪に下した罪人を簡単に解き放つことはできない


「ウルト様も同じ意見なのですか?」

 その言葉を聞いた愛梨が首を巡らせると、ウルトは厳かな声音で応じる

「私達は世界と法の在り方について見解の相違があります。けれど、あなたの理念は受け入れ難いという一点では共通の意識を持っています」

 かつて界首を務めていた頃面識があるウルトは、愛梨の問いかけに迂遠な言い回しで応じる

 あえて単純に肯定しなかったのは、シュトラウスと自分の意見は決して同じではないが、大きな括りとしては同意であるという意味合いを含んでいるからだ


 実をいえば、ウルトは在任中にその罪人を解放すること――釈放、引き渡し、極刑を含めた対応――を議会に提案している

 だが、その提案は聞き入れられることはなく、現在に至るまでその罪人は聖浄匣塔(ネガトリウム)の最下層に繋がれ続けているのだ


「平和とは人が自由でないこと。自由とは人が平和でないこと。そして、法とは平和と自由の均衡を保つことだ」


 そんなウルトの言に含まれた思惑を知っているシュトラウスは、おそらくその意味をある程度察しているであろう愛梨に向けて言う

「平和と自由は両立しない。故にその最良の裁量を図るために法がある。理想の実現ではなく、〝現実との調和〟。それこそが、この世に唯一許された偽りの理想だ」

 愛梨の理想を肯定し、十世界の理想を否定したシュトラウスの視線と言葉が響き、その背後の佇んでいたウルトが厳かな声音で語りかける

「残念ですが、あなたの理想には答えられません」

 先代、当代の界首から揃って告げられた否定の言葉。だが、その程度のことで愛梨が自身の理想を手放すことはなどありはしない

「皆さんの言葉の通りであったとしても、それでも私は世界を、全ての人が分かり合い、幸せになる未来を諦めたくありません

 二人の言い分を正しく理解しながらも、愛梨はその理想を諦めることなく訴えかけようとする

「これで引かぬなら、これ以上どれほど言葉を重ねても同じことだ」

 だが愛梨のその言葉に、シュトラウスはもはや必要な言葉は交わしていると突き放し、理力を纏わせた槍を以って地を蹴る


「お前の成したいことのために、対話を強要するものではない」


 静かな怒りに満ちた声と共に。シュトラウスが最上段から槍の刃を振り下ろす

 自身に倍する身の丈を持つ聖人が放つ金色の極光を纏う神速の斬撃を空間の壁で受け止めた愛梨は、自嘲じみた苦笑を浮かべる

「そうかもしれません」


 自身の願いをどれほど否定され、何度拒絶されても訴えかけ続けている愛梨だが、それは逆を言えばそれに反論する者達の意思を否定していることにも等しい

 対話を望まない相手にそれを望むまで訴えるまということは、ある意味で戦いによって、相手の信念と正しさを否定することと変わらない

 相手が戦うことは否定するというのに、戦わないことを求めるために対話を求め続けるというのは、一人よがりで傲慢な考え方なのかもしれない


「――ですが、『想いが届かなかった』で終わりにしていては何も変わりませんから」

 己の護りたいもののために刃を取り、命を懸ける者達の覚悟と誇りを理解しながら、愛梨はそれでもその志を曲げることなくまっすぐにウルトとシュトラウスに訴えかける

 その瞳は真摯な光を帯び、偽りのない想いを素直に告げれば自身の気持ちが伝わるのだと信じているように思えた

「言葉で分かり合えなければ、武器で語るのですか? 思いが届かなければその人とは関わらないようにすればいいのですか? 私は違うと思います」

 ウルトやシュトラウス、これまで多くの者が言ってきたことは事実だ。だが、愛梨は人と人は分かり合えないで終わるつもりはなかった

 この世界の誰もが、あるいは神でさえそう思っていたとしても愛梨だけは信じ続けているのだ


 「世界全ての人が幸せに手を取り合い、争いを失くすことができる」という理想を


「言葉が分かり合えなければ、伝わるまで語りかけます。思いが届かないなら、届くように努めます。例え邪険にされても、嫌われても、拒絶されても、私は――」

 その瞳に絶対の信頼を宿し、訴えかける愛梨は、自身の心に触れるように己の胸に手を当てて、一拍の間を置いて口を開く


「私の成したいことをなすことを諦めません」


「っ!」

 その言葉と共に愛梨の身を守っていた空領土(レルヴォキス)の世界が消失し、八枚の花弁翼から放たれたウルトの理力砲とシュトラウスの槍の斬波動がその身を直撃する

 突然のその行動にウルトとシュトラウスが小さく目を瞠る中、二人の攻撃を受けて血炎を立ち昇らせた愛梨は、ふらつく足を踏みしめて決意を秘めた凛々しい視線と声音で言う

「ですから、これはこれから私が行うことへの私なりのけじめです」

 そう告げると共に、愛梨の手の中に神々しい意匠が施された大槍が顕現し、空気を裂いて舞った刃が澄んだ鈴を思わせる麗音を奏でる

「神器・墜堕星(グラーシュ)

 その手に神器の槍を携えた愛梨は、それを見て警戒心を高めるウルトとシュトラウスを見据えて厳かな声音で語りかける


「申し訳ありませんが、最下層へは向かわせていただきます」


 その言葉と共に、槍の形状をした神器「墜堕星(グラーシュ)」の刀身が、澄んだ音色で謳い、神秘の光を放った





 この世の全にいて一である黒白の太極を纏い、手にした太刀にその力を注ぎ込んだ大貴に、天を翔ける六本の両刃大剣が意思を持っているかのように襲い掛かる

 神々しい金色の光に刀身を輝かせる六つの大剣を黒白の翼を羽ばたかせて回避し、太極(オール)の力と斬撃で切り抜ける大貴に、瞬間影が落ちる


「っ!」


 それに左右非対称色の視線を向けた大貴は、自身へと肉薄していたマキシムが三メートルを超えるその巨躯から最上段の斬撃を振り下ろす

 神威級神器を発現させ、神位第六位に等しい神格を得たマキシムの斬撃が奔り、天地創造に逆する力を以って大貴を打ち据える


 その身の丈にも及ぶ両刃大剣の刃を大貴が太刀の刃で受け止めると、金色の理力と黒白の太極がせめぎあい、相殺し合いながらその神格を世界に顕現せしめる

 全霊命(ファースト)の存在の限界を超越した世界で最も高い領域の神格が世界に作用し、理力で形作られた聖議殿(アウラポリス)を軋ませる


「――ッ!」

(こいつ……ッ!)

 その力を知覚する者達は、自分達が世界の開闢と終焉の真っ只中にいるような錯覚に見舞われているであろう力の奔流の中、自身に倍する長さの刀身を持つ大剣を受け止める大貴は、その先に見えるマキシムを見据えて歯噛みする

 視線を交錯させて刃を斬り放ってその大剣の斬撃から身をかわした大貴は、自身へと向かってきていた六本の両刃剣を回避して斬閃に乗せた太極の力を叩き付けた


 太刀の軌道にそって放たれた黒白の斬撃で空を自在に舞う六本の剣を迎撃するのを横目で確認した大貴は、マキシムから距離を取って空に踏みとどまる

 黒と白、その色合いが左右で対照的になっている翼で宙にとどまった大貴は、太刀に絡みつく太極の力を一瞥すると、マキシムへと視線を向けて口を開く


「固いな。その神器の力か?」

 大貴――光魔神の神能(ゴットクロア)である太極(オール)は、敵味方を問わず、全ての力と共鳴し、取り込んで自身の力へと変えることができる

 攻撃も防御も含め、あらゆる力を取り込み、無力化できるその力はこれまで大貴を散々助けてくれた。だが、今相対しているマキシムからは、太極の力でその力を奪い取ることが困難だった


 全く取り込むことができないというわけではない。だが、マキシムの存在の力はあまりにも強固なものとなっており、同等の神格であるが故に力が効きにくいという抵抗力を考えても、その強さはあり得ないほどだった


「ああ。光の神位第三位『摂理神・プロヴィデンス』の力の一端、〝絶対防御〟だ」

 まったくと言っていいほど太極がその威を示さないことを訝しんだ大貴のその質問に、マキシムは重厚な声で簡潔に応じる


 マキシムが持つ神威級神器「不変箴言(ヴァルドゼグナ)」は、光の「極神」――神位第三位の神「摂理神・プロヴィデンス」の力の一端を有している

 その力は「絶対防御」。決して揺らぐことのない摂理のように不変のその力は、攻撃はもちろんのこと太極(オール)のような特殊な力を含めて、あらゆる「状態の変化」を拒絶することができる


「――なるほど」

 マキシムのその言葉でおおよそのことを把握した大貴は、その顔をわずかに強張らせて泰然自若とした様子で佇む聖人の巨躯を見据える

 太極の力で中々その力を取り込めない理由を理解した大貴は、しかしそれに怯むことなく神に等しい黒白の力を高めて太刀を構える


「もう、あんた一人だけだぜ」


 刹那さえ介在しえない速度で肉薄し、再び刃を合わせた大貴は巨きく分厚く、鋭い大剣の刃と太刀をせめぎ合わせ、力が擦れる音と衝撃の中で語りかける

 神魔と桜がビオラを下したことを知覚で捉えた大貴の言葉に、マキシムもその事実を理解したうえでその目を細める

「そのようだ」

 最強の聖人「天支七柱」。今この世にいるその五人の内、自分を除く全員が敗れたという事実に信じ難いという思いと自嘲の入り混じったような声で応じたマキシムは六本の剣で大貴を串刺しにセント狙いながら言う

 その刃が空を切り、黒と白の翼を羽ばたかせて天を舞う大貴を見据えるマキシムは、おそらく聖人界始まって以来、最大の被害であることが間違いない今回の戦いに複雑な思いを抱いているようだった

「これ以上戦う意味があるか?」

「戦いを止める理由があると思うか?」

 大貴の目的はマキシムに勝つことでも、ましてや殺すことでもない。戦わずに終われるならそれに越したことはないと考えての言葉ではあったが、それはマキシムにとっても同じことではない

 大貴にあえて戦う理由がないように、マキシムには引けない理由がある。六本の剣の内もう一本を手に以って二刀の構えを取ったマキシムの視線に、大貴は太刀の切っ先を向けて応じる

「だろうな」

 その言葉と共に、しばらくの沈黙を置いた大貴とマキシムは、どちらからともなく地を蹴って肉薄し、刃をぶつけ合う


 天を舞う五本の剣を躱しながら、まるで小枝を振り払うように放たれる二本の両刃大剣の斬撃を太刀の一本と結界、速力で回避する大貴は太極の統合に逆らう不変の理と相対する

 躱しきれない刃が掠めた身体に傷が奔り、金色の理力と黒白の力が弾けて火花を散らしながら、相手の存在を取り込まんとする太極の光闇が不変の護りとせめぎ合う


「光魔神」

「大貴でいいぜ」

 互いが放つ神の神格の中で刃を打ち交わし、砲撃を放ち合いながら、おもむろに切り出したマキシムの玄言に、大貴は軽く笑いながら応じる

 親し気に話しているようであっても、互いの力を支える純然たる必滅の意思には微塵の翳りもない。相手の人格と力への敬意があるからこそ戦の中で、大貴とマキシムは刃と共に言葉を交わす

「……光魔神。今、この世界は滅びの危機に瀕している」

「滅び?」

 あえて光魔神と呼ぶマキシムに苦笑じみた笑みを浮かべて応じた大貴は、大剣の斬撃を太刀で斬り抜け、太極の斬波動を放ちながら訝しげに言う

「異なる存在同士で芽生える愛情と、交雑の忌み仔。そして、理を揺るがす〝呪い児〟――この世を創造した神々が定めていない理に乱れが、世界そのものを滅ぼさんとしている」

「そういえば、そんな話を聞いたことがあるな」

 黒白の力の直撃をあえて(・・・)受けて尚、無傷でそこを通り抜けてきた不変の存在と化したマキシムの飛翔剣と斬撃を防ぎ、躱した大貴が身体に一筋に傷を刻みながら刃を斬り返す


 その話は、大貴も以前聞いたことがあった。異なる全霊命(ファースト)同士の混血、マリアのような全霊命(ファースト)半霊命(ネクスト)の混血――「混濁者(マドラス)」と呼ばれるものは、本来生まれえるはずがない

 なぜなら、この世界の住まう存在は、異なる世界に住まう存在に対して愛を抱くようには創造されていないからだ。

 だが、現に世界にはそれが存在する。その異常事態は、世界創世の頃から存在する原在(アンセスター)であるマキシムには当然のように分かっていることだった


「光魔神。ならばお前は、世界を守るためならば、世界を滅ぼすものを滅ぼすべきだと考えるか?」

「――そう、だな。世界がなくなるのは困るな」

 次いでマキシムから投げかけられた迂遠な言い回しの問いかけに、大貴は太極の力で理力の征波動を防いで後方へと退きながら応じる


 世界を滅ぼすものがいるならば、世界を守るためにそれを打ち滅ぼすというのは最も単純で効果的な結論の一つだ

 大貴にとってこの世界には護りたいものが多くある。ならば、それを守るためにも戦うことを選択するのは不自然なものではないだろう


「ならば、お前が刃を向けるべきはそいつだ」

 一瞬、その脳裏に姉や仲間達、これまでだった人々――そしてヒナの姿を思い浮かべた大貴に肉薄したマキシムは、金光の斬撃をせめぎ合わせて言い放つ

「そんな奴がいるっていうのか?」

 不変であるが故に絶対的な殺傷力さえも持つ斬撃を太極の力で受け止めた大貴は、神格と力がせめぎあい軋む中で自身に倍する身の丈を持つ双眸を見据えて訊ねる


「お前が連れている悪魔の男だ」


「神魔……!?」

 一拍の間を置いてから発せられたマキシムの重々しい声音で告げられたその事実に目を見開いた大貴は、一瞬緩んだ切っ先ごと理力の波動で吹き飛ばされる

「ぐ……ッ!」

 大地を砕き、吹き飛ばされた体勢を即座に立て直しつつ距離を取った大貴に、両手に二本、周囲に五本の剣を備えたマキシムが厳かな声音で言う

「奴は『全てを滅ぼすもの』。存在するだけで、世界を滅ぼす厄因だ」

「なにを、言ってる?」

 次々に告げられる思いもよらなかったことに困惑しつつも、努めて平静に意識を保つ大貴は悠然と佇むマキシムへと向かって太極の斬撃を振り抜く

「神魔が世界を滅ぼす? 一体、なにを根拠にそんなことを言ってるんだ!?」

 横薙ぎの斬閃を大剣の一つで受け止め、天を舞う五本の剣で狙い撃ってきたマキシムの攻撃を回避した大貴が距離を取る

 黒と白の翼を羽ばたかせた大貴を見据えたマキシムは、その詰問の言葉に瞼を落とすと、先の質問に答えるべくゆっくりとその重い口を開く




「十世界に聖浄匣塔(ネガトリウム)最下層にいる罪人の情報を流したのは私だ」





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