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魔界闘神伝  作者: 和和和和
聖人界編
217/305

正義の道






「はあああッ!」

「オオオオッ!!」


 神器と共鳴することで神に等しい神格を手にした大貴と、神威級神器を使用することで神位第六位と同等の神格を手にしたマキシムが肉薄し、一振りの太刀と七本の大剣がぶつかり合うと、太極と理力に込められた意思が世界を揺るがす



「――!」

「光魔神様達の戦いが始まったようですね」

 足元から響いてくる神の領域に至った力を知覚したシュトラウスが顔を引き攣らせると、それをあざ笑うかのようにウルトの声が耳に届く

「貴様……」

 自立して飛行する花弁を思わせる長菱形の八枚の板型武器を従えたウルトへ向き直ったシュトラウスは、怒りにその顔を歪めて歯噛みする

 現界首と先代界首――互いに聖人界の在り方に対する正義を胸に戦う二人の身体には、血炎を立ち昇らせている無数の傷が刻まれており、理力の特性を利用して常時発動している治癒の力が追いついていないことがその戦いの激しさを物語っていた

「法への反逆に加担し、聖浄匣塔(ネガトリウム)へ攻め込ませるなど、聖人界を貶める蛮行。それが、かつてこの世界の代表として立った者のすることか!?」

 そう言い放つと同時、シュトラウスは手に持った槍に金色の理力を纏わせ、斬閃と共に破壊の嵐をウルトへと向けて解き放つ


 共に神の力を行使し、自分達の知覚の及ばない高次元での戦いとなったことを理解したシュトラウスは、今大貴とマキシムの勝率が五分になっていることを予感し、その声をこれまで以上に焦燥に駆り立てていた

 そんなシュトラウスの糾弾を受けたウルトは、その心情を見透かしているかのように静かに瞳を向け、厳かな声音で語りかける


「シュトラウス。……あなたこそ、正しさに目が眩んでいませんか?」

「なに……?」

 自身の周囲を自立して飛行する花弁翼を前面に集結させ、理力の結界を展開して金嵐の光撃を防いだウルトの言に、シュトラウスが苛立たしげに眉を顰める

「あなた達がしているのが、法に則った正義であるのは否定しません。今光魔神様達がなさっておられるのが、現行の法への反逆であるということも弁解するつもりはありません」

 その意思に従い、天を舞う八枚の花弁翼でシュトラウスに攻撃を仕掛けながら、ウルトは威厳を感じさせる厳格な声音で語りかける


 ウルトも、大貴も自分達がしていることを正当化するつもりはない。現行の法律に対する自身の不服を表明する意思はあるが、だからといって自分がしていることが間違っていないとも思っていない

 今回の行動が将来的にどのような変化をもたらすのかまでは分からないが、現状ウルトや大貴達がしていることは間違いなく法に照らして正しい行いではない

 決して法を軽んじてはいないが、だからといってそれが間違いのないものだとも思っていない。現にウルトも大貴達も、瑞希が囚われた法の根拠を「正しいものではない」と感じたからこそ、こうして刃を手に取っているのだ


「確かに法律は大切です。ですが、法がそうなってるからという理由で、それしかしないのが正しいことなのですか?」

「それは、何の弁解にもなっていない! 法に落ち度があろうと、その不満を法を変えず、変えさせるために自分の信念を押し付けることを正しいと奢るなど傲慢であり、愚かにもほどがあるぞ!」

 天を舞う花弁翼の攻撃を槍と理力の砲撃、結界で捌きながらウルトに肉薄するシュトラウスは、互いの意思がこもった光の破片の中で信念を打ち交わす


 法は正しく、世界の秩序を守るために必要なものだ。だが、それと法を背景に自身の行いの全てを正当化するのは同じことではない

 「正義を守るために犯した悪は正義たりえるのか?」――法律の正しさを免罪符に、それを守ることだけに固執して考えることや変えることを拒むのは正しいことなのか。


「己に責任を持っていますか? 法律に責任を押し付けていませんか? 法と正義を理由に、正しいことが何なのか――本当に大切なものがなんなのか考えることを止めていませんか?」

 武器と力と共に互いの意思をぶつけ合うウルトは、シュトラウスに視線を向けながらを自身の心の内を訴えかけ、それに対する答えを求める


「あなたが信じる正しさは、本当にあなたの心が決めたものなのですか?」


「ならば、これがお前の〝正しさ〟なのか!?」

 ウルトの刃のような鋭利な視線と声音は、正しさを訪ねていながら己の信念を譲ることのない決意を持っている

 善悪ではなく、正誤でもなく、己が正しいと信じることを貫く「正しさ」こそが戦いの神髄。その正しさを受け止めるシュトラウスは、大きく手を振るって破壊された壁の向こうに広がる聖議殿(アウラポリス)の街並みを示して声を荒げる


 今、聖議殿(アウラポリス)は聖人界の有史以来最大の被害を被っている。大貴達と警軍の戦いで門を中心に広範囲に破壊が広がり、そして今ウルト達がいる聖王閣(グラザナッハ)もまた、地盤を抉られてその下にある聖浄匣塔(ネガトリウム)を曝け出した状態だ


「この戦いは――この犠牲は、お前達が立たなければ起きなかったものだ! 法の不備を理由に世界に牙を剥くその言い分は十世界のそれと同じだぞ」

 破壊された街並、傷つき倒れた同胞達――それらを指して怒号を放つシュトラウスの言葉に、ウルトはわずかに柳眉を動かす

「正しさは変わり、そして変えられる。だがそれは変わるべき時を満たせばの話だ! このような野蛮な手段が許されるはずはない」

 シュトラウスも、法が完全無欠だとは思っていない。今回の事にも法が想定していなかったことに要因があるのも認めるところだ

 だが、それがこのようなことをしていい理由にはならない。正しく正論を振り翳すシュトラウスの言に、傷ついた街と同胞に胸を痛めながら、ウルトは八枚の花弁翼を使役して語りかける

「守る力がなければ、法は無力です」

「それが、法を守る者の言葉か!?」

 その言葉に激昂したシュトラウスが理力を纏わせた槍の斬閃を結界で防ぎ、花弁翼の理力砲撃で迎撃するウルトは言葉を打ち交わす

「法を守るのではありません。法を守ることで、法が包む人の幸せを――何気ない日常を一つでも多く守るのです」

 武器と武器を打ち合わせ、理力と理力をせめぎ合わせ、ウルトとシュトラウスは互いの攻撃で幾重にも展開した結界を削り合い、傷を負って癒しながら戦う


 法が尊いのは、法そのものではなく、それが人を守っているからだ。理とは違う「法」に守られた者達がそれを守ることで、無秩序よりは安定した安寧を得ることができる

 法を守るのではない。法を守ることでそれが守っている人を守るのだ。ならばこそ、その中に生きる者は考えなければならない。――「どうすれば、人を守る法律を守ることができるのか」を


「法は正義を掲げ、押し付け、人々を管理するものではありません。その内に生きる者達の今と未来、そして世界を守ることです

 あなたには分かっているはずです。十世界がその気になれば、世界の法を力ずくで変えてしまうことができる。私達にはそれをさせないための力が必要なのだと」

 理であれ、法であれ、心であれ、それは人の外と中にあるものだ。人が望めば、それを裏切り否定することもできる

 だが、その全ては絶対的な力の前に無力と化してしまう。それを守るためには、言葉や願いを超える「力」が必要になるのだ

「その話は平行線だ。正義を守るための悪を許すかどうか――我々の答えは〝否〟だ。例えその果てに滅びが待っていようとも」

「悪ではありません。在り方を守ったまま、在り方の違うものと手を取り合うのです」

 金色の槍に光を纏わせ、不変の正義を執行する意思を示したシュトラウスの言に、ウルトは八枚の花弁翼を集合させ、一つの砲身に変えて理力を注ぎ込む


「そのお話、私も混ぜていただいてよろしいでしょうか?」


 臨界まで高まったウルトとシュトラウスの力が解き放たれようとした瞬間、その緊迫した空気をものともしない穏やかな声が響く

「――っ!」

 その声に視線を向けたウルトとシュトラウスは、そこに佇んでいる人物を見て息を詰まらせる

「奏姫……!」

 ウルトとシュトラウスの驚愕に満ちた視線を向けられた十世界盟主「奏姫・愛梨」は、その視線に慈愛に満ちた笑みを浮かべることで応じるのだった





「あっちも本格的に始まったみたいだな」

 神の領域に至った大貴とマキシムがその力を解き放った頃、聖議殿(アウラポリス)の門では、まだ戦いが続いていた

 ラグナがオーヴァンと、紅蓮が聖人達と戦い、神器によって分かれた愛梨がこの場に残った最後の天支七柱「ミスティル」と戦うその傍らでは、今は進む道を違えてしまった三人の天使達が同じ敵に立ち向かっていた


「はぁッ!」

 四枚の翼を広げ、手にした杖から収束した光力の砲撃を放ったマリアに続き、クロスとシャリオが極光を纏わせた大剣を手に神速で空を走る

「オオオオッ!」

 その先にいるのは、聖人界の議会を構成する三つの党派の一つ「民党院(シニストラ)」の代表を務める聖人――「ヘイヴァンス」。

 時間と距離の介在を許さない神速を以って自身へと向かって来る二人の天使の姿を見たヘイヴァンスは、理力を帯びた剣を一閃させてその一撃を受け止める


 三メートルを超える聖人の巨躯から放たれる巨大にして強大な斬撃と、クロス、シャリオの剣撃がぶつかり合って天を衝く

 聖なる光と正なる光がせめぎ合い、相殺されそれぞれに込められた意思を輝かせて消えて行く力の中でその視線が交錯する


「――ッ」

 刀身に光を纏わせ、ただでさえ聖人規格で巨大な剣の刃が巨大化して叩き付けられる衝撃に、クロスとシャリオは互いに後方へと離れて忌々しげに歯噛みする

 瞬間、天空に生じた光が世界を穿つ槍のごとく形を変え、マリアの杖の動きに合わせてヘイヴァンスへ向かって放たれる


 ヘイヴァンスが顕現させた理力の障壁が天穿の光槍を受け止めると同時、それを放った四枚翼の天使――「マリア」はさらに自身の周囲に発現させた光球から無数の閃光を全方位へと放ち、自分達を取り囲んでいた聖人達を打ち払う

 だが、その光の爆撃をものともせず突き進んできた聖人達は、クロスとシャリオが振るった刃が光力を斬閃に乗せて叩き付けることで吹き飛ばす


 クロス、マリア、シャリオは今、愛梨が使用した神器「祝神鐘(アルスティゴール)」によって通常ではありえない神格の強化を施されている

 そのため通常ならとうに制圧されてしまっているほどの数と質の聖人達の存在に囲まれているにも関わらず、互角以上に戦うことができていた

 

 しかし、だからといって一方的な戦いが出きているわけではない。クロス達が放った光力を防ぎきった聖人達は、各々の武器に理力を纏わせて攻撃してくる

「くッ……!」

 自分の背丈の倍以上もある聖人達の攻撃を受け止め、クロス、シャリオ、マリアは苦悶の表情を浮かべる

 純白の翼を広げて飛翔する天使を撃ち落とそうとする正義の執行者たちの断罪の光が世界を奔り、金色の軌跡が世界に美しくも荘厳な紋様を描き出す

(聖人お得意の追尾攻撃(・・・・)か)

 しかも聖人達が放つ理力の波動は、意識を割かずともその発動を永続させる理力の特性によって、三人の天使達を撃墜するまで追い詰めようという意思を以って追跡してくる

 設置型の罠に、多重の結界と攻撃、そして追尾攻撃――理力という特性が可能とする、他の全霊命(ファースト)とは違う聖人の戦法は、確実にクロス達を追い詰めていた

「――ッ!」

 自身を追尾してくる理力の閃光を光力の砲撃と斬撃で相殺し、時には結界で防いでいたクロスに、神速で飛翔してきた聖人が手にした矛で迎え撃つ

「しま……っ」

 最上段から力任せに振り下ろされた一撃に反応し、受け止めてしまったクロスに天を舞う理力の流星群が一斉に叩き付けられる

「ぐあッ」

「クロス!」

 おびただしい数の理力の流星の直撃を受け、クロスが天を震わせる爆発に呑み込まれるのを見てマリアが声を上げる


 破壊対象を限定している神能(ゴットクロア)の攻撃ならば、味方を巻き込むことはない。そのため、動きを止められれば、天を奔る無数の追尾弾の餌食になることが分かっていたために、クロス達は回避と相殺に神経を注いでいた

 無論聖人達も同じことを考え、天を舞いクロス達の動きを止めるべく動いていた。結果、ついにクロスに対してその目論見が成功したのだ


「っ」

 このままではクロスが狙い撃ちにされることを分かっているマリアは、その隙を衝いて攻撃してきた聖人の攻撃を紙一重で回避する

 肩口に傷を負いながらも四枚の翼を広げてその刃を逃れたマリアは、その武器である杖に光力を注ぎ込みそれを極大の光力砲へと変えてクロスに群がろうとする理力の流星と聖人達へ向けて解き放つ


 全てを神聖な光によって浄滅させる力を持つ極光が神速で天を穿ち、クロスに迫っていた理力の流星をかき消し、聖人達を退ける

 瞬間、その隙を衝いて空を割いて飛来した聖人の理力の刃がマリアの純白の翼を切り裂く。だが、マリアはそれを最低限の傷に留めて、血炎を立ち昇らせながら天空へと飛翔する


「クロス! マリア!」

 激しい混戦の中、シャリオへと理力の光を纏わせたヘイヴァンスが肉薄し、最上段から振り下ろした斬撃を叩き付ける

「ッ!」

 その威力に押し切られたシャリオは、地面を削りながら吹き飛ばされる

 同時に地を蹴ったヘイヴァンスは、大地を引き裂くように吹き飛ばされたシャリオへと神速で肉薄し、その命を絶つべく刃を突き立てる


「シャリオ!」


 しかしヘイヴァンスが振り下ろしたその刃は、横から飛来したクロスが斬撃によって弾き飛ばされ、天地を揺らす衝撃波と共に打ち上げられる

「――!」

「……クロス」

 その身体を理力の光で焼かれ、焦がしたクロスは、背後に庇ったシャリオへ一瞥を向ける

「危なかったな」

「何言ってるんだ。お前に助けてもらわなくても、あんな攻撃でやられたりしねぇよ」

 クロスのその言葉を受けたシャリオは、遠い昔に置き忘れてきた懐かしい感覚を思い返して、口端を吊り上げて言う

「大体、お前の方が重傷だろ? マリアに助けてもらってなきゃ、今頃どうなってたか」

「しばらく会わない内に、随分と礼儀知らずになったもんだ」

 互いに相手を非難するような言葉を投げかけながら、クロスとシャリオの胸中にあるのは、それとはかけ離れた確固たる友愛の情

 互いにそれが分かっているクロスとシャリオは、かつて道を違えた時に失われてしまったはずの感情に、一時だけ心地よく身を委ねていた


「まったく、だから天使というのは駄目なのですよ」


 自分とシャリオの間に割り込んできたクロスと、そのやり取りを見たヘイヴァンスは、辟易としたため息をつく

 それと同時にどちらからともなく地を蹴ったクロスとヘイヴァンスの刃がぶつかり合い、光力と理力の光がせめぎ合う

「情に流され、情によって行動する。この世の秩序を守るのに、罪人にそんなものをかけるなど、愚の骨頂というもの――やはりあなた達天使は、光の世界の代表として相応しくない」

 刃を合わせ、光の火花が舞い散る中九世界にとっての敵である十世界のメンバーを守り共闘するばかりか、友情めいた姿勢を見せるクロスに、ヘイヴァンスは非難とも侮蔑とも取れる視線を向ける

「!」

 瞬間、刃を弾いて後方へと飛んだヘイヴァンスの巨躯の残像をシャリオの光力刃が切り裂く

「まるで、自分達聖人が相応しいみたいな言い方だな」

 先の一撃を交わされたッシャリオが舌打ち混じりに軽く鼻を鳴らして言い返すと、ヘイヴァンスは嘲るような表情を浮かべて口を開く

「光の存在でありながら闇の存在と心を通わせて聖議殿(ここ)に攻め入り、この世の害悪そのものであるゆりかごの人間を連れ歩くどころか、この世の理敵である十世界とも親しくしておいて、どこが相応しいといえるのですか?」

 純白の翼を広げ、神速で天を舞うクロスとシャリオの斬撃を展開した結界と斬撃で阻み、理力の砲撃で迎撃し、ヘイヴァンスが言い放つ

「そもそも、今回の事態もこのようなことを光魔神がしないように諌めることががあなた達の役目であるはずです」

 そう締めくくったヘイヴァンスは、本来なら世界と敵対することを止める立場であるにも関わらず、積極的に協力しているクロスとマリアに対して糾弾の視線を向ける

「それは違うな」

 しかしクロスは、ヘイヴァンスのその言葉に微塵も怯むことなく応じると、自身に迫っていた理力の砲撃を大剣の一閃でかき消して視線を切り結ぶ

「俺達の役目は、光魔神の答えを見届けることだ」

 聖議殿(アウラポリス)の中心で神の力を振るっている大貴へと意識を傾けたクロスの斬撃をヘイヴァンスの刃が受け止める

「それが九世界のためになるならそうしたかもな。けど、お前達聖人界の体面と自己満足だけ(・・)を守る場合には当てはまらないんだよ」

「愚かな。法は、世界全ての意思そのものです!」

 クロスの言葉に、ヘイヴァンスはその穏やかな声に隠しきれない怒気を孕ませて言い放つ


 九世界が光魔神(大貴)に世界を回らせている理由はここにいる全員が分かっている。そしてそこに込められた九世界の意図は、「世界の存続と維持」だ。

 光と闇、全霊命(ファースト)半霊命(ネクスト)、全ての存在が互いの領分を守り、侵略も進行もせず、自身の世界を守り続けること――だからこそ、その在り方を壊す十世界を敵視するし、それを守るための手段として光魔神を利用することを考えている


 だが、その考えも大きな括りとしては同じだが、それぞれの世界で微妙に解釈と思惑が異なっている


 特に、今回この聖人界での一件の発端となったことに関しては顕著だ。聖人界は瑞希の罪を許さず裁こうとした結果がこの戦いだが、他の世界ならばそれを黙殺したであろうことは想像に難くない

 にも拘わらず、聖人界は世界全体の利益のよりも正義の執行を優先した。そういう意味で、今聖人界の方針は九世界と対立している


「どうかな? そう思ってるのはお前達だけかもしれないぜ?」

 その刃を力任せに振り抜き、クロスを弾き飛ばしたヘイヴァンスに、シャリオが間髪入れずに斬撃を撃ち込む

「――ッ!」

 その言葉に、ヘイヴァンスの脳裏に先程まで界首と対話をしていたウルトとリリーナの存在がよぎる


 民党院(シニストラ)の代表という立場柄、ヘイヴァンスにはウルト達が訊ねていた際、その情報ももたらされている。

 天界の姫「リリーナ」が他の光の世界の王から得てきた意思代行。それは即ち、他の光の世界までもが今回の聖人界の断罪を良しとしていないこと――あるいは、それを取り下げてでも光魔神に便宜を図ることを是としていること――を意味している


(光の世界の恥さらし共め……! 闇の存在に堕ちる〝天使〟に、光の世界を裏切った〝精霊〟。あまつさえ、あんな忌まわしい存在(・・・・・・・)を王として戴く〝天上人〟――やつらが、我らと同じ光の存在だということさえ我慢がならないというのに……ッ!!)

 シャリオの斬撃を防ぎ、その純白の翼を視界に映したヘイヴァンスは、その心中を義憤に染める


 全霊命(ファースト)の中で最も正しく潔癖な聖人。――その多くの者にとって、闇と罪と穢れを感じさせる他の光の存在は許しがたいものでしかない

 光の存在であること。正しくあることを何よりも誇りに思っている聖人だからこそ、そんな他の光の存在に世界を任せておくことができず、強行に正義を執行しているといっても過言ではないのかもしれない


「それと、一つ、訂正しとくぞ」

 一瞬とはいえ、その怒りに意識を染めていたヘイヴァンスの耳に、周囲を囲んでいた聖人達の攻撃を切り捨てて肉薄してきたクロスの声が届く

「――ッ!」

 神聖な光力の輝きを帯びたクロスの斬撃を受けたヘイヴァンスが、結界と刃を軋ませるようなその威力に端正なその顔をわずかにしかめる

「俺は、悪魔と心を通わせたつもりは微塵もないし、十世界と慣れ合ってるつもりもない」

 そう言い放ったクロスの脳裏には、悪意(ゆりかご)の存在である詩織と共に、不本意ながらもこれまで長く行動を共にしてきた悪魔――「神魔」の姿が強く浮かんでいた

 そして、軽く視線を流したクロスの目に、十世界に所属するかつての友人――「シャリオ」が答え、その斬撃が結界に身を包むヘイヴァンスに叩き付けられる

「ぐ……ッ」

 クロスとシャリオ、絶え間なく打ち込まれる攻撃の神格が魂へと響き、そこに込められる純然たる意思にヘイヴァンスの巨躯が揺らぐ

「けどな――」

 シャリオの一閃に続き、大剣の切っ先を下げて肉薄したクロスは、横薙ぎの斬撃を叩き付けてヘイヴァンスの身を守る結界を破壊する

 純白の翼を羽ばたかせ、神速で舞う二人の天使がまるで一つの存在になったかのように振るう刃は、絶え間ない斬撃となって乱舞し、強固な理力の守りを削っていく

「光と正しさしかない世界なんて、十世界の理想と大差ないだろ」

 砕け散った結界が理力の残滓となって消失していく中、ヘイヴァンスと視線を切り結んだクロスは厳かな声で言い放つ

「――っ!」

 光と正義が全てだというのなら、それは十世界が掲げる争いのない恒久的平和と同じ矛盾した非現実的な夢物語でしかない――そんな皮肉めいた言葉に、ヘイヴァンスはわずかにその瞳に不快感を灯し、自身の半分ほどの背丈しかないクロスを睥睨する

「貴様――ッ」

 巨人の身の丈にも近しい長さの刀身を持つその剣が振るわれようとした瞬間、シャリオの斬撃が閃き、ヘイヴァンスの腕を中ほどから斬り飛ばす

「こいつらの正義と姫の理想を一緒にするなよ」

 身体から分離した腕とその手に握られた剣が理力の塊となって形を失い消失していく中、シャリオはクロスへ視線を向けて不満をぶつける

「似た様なもんだろ?」

「――……」

 視線を交わすクロスとシャリオを見下ろすヘイヴァンスは、血炎を噴き出す腕の痛みに顔をしかめながら反対の手に瞬時に剣を再顕現させる

 その刃が振り下ろされようとした瞬間、それよりも早くクロスとシャリオの斬撃が閃き、ヘイヴァンスの巨躯に左右袈裟の傷を刻み付ける


「――ッ!」


 その身体を斬断するほどの一撃を受け、傷口から血炎を立ち昇らせたヘイヴァンスの身体が地響きと共に崩れ落ちると同時、手にした大剣を振るったクロスとシャリオは、互いに視線を向けて拳を軽く合わせる

「クロス、シャリオ……」

 ヘイヴァンスの敗北に聖人た位置の意識が奪われ、攻撃の手が緩んだ中でそれを確認したマリアは、胸にこみ上げる温かいものを感じて、二人に慈しみの視線を向ける


「……これで満足ですか?」

 その時、地に倒れ伏して天を見上げたヘイヴァンスがその口を開いて、嘲るような声音でクロスとシャリオに問いかける

「自分達の正しさのために、法と世界に敵対する。――どんな正義も、強大な力の前に屈することをあなた達は証明しようとしている」

 本来なら命を落としていて然るべき傷を刻み付けられたヘイヴァンスは、傷口から血炎を立ち昇らせながら敗北の屈辱と、それ以上に正義への敬虔な思いに声を震わせる

「正しさが正義なのではなく、力こそが正しさを決める――それが、あなた達の望んだ世界ですか!? それをしないために、法があるのではないのか!?」

 それがこの世の真理であることはヘイヴァンスにも十分に分かっているだろう。現実に、今光の存在が勝者であるのも、創世の戦争で光の神が闇の神に勝利したからだ


 だが、世界を最初に形作るのは力であっても、その世界に心で築き上げるものこそが法であるはずだ。力と想いがある者が個人で作るのではなく、全ての者がその思いを傾けて法を守り、世界を回していくこと

 法とは力ではない。法とは心ではない。だが、だからこそ戦乱と死の上に作られた世界に、意思と志あるものありと、新しい世界の秩序を示すことができるのだ


 ヘイヴァンスのそれは、負け惜しみではなく「嘆き」だった。正義が力で否定されることへの正しく悲痛な叫び


「いつも天使だ」

 その言葉を背中越しに聞いていたクロスとシャリオの耳に、ヘイヴァンスの憤りにも怨嗟の声似た声が届いてくる

「闇の存在と愛に落ちるのも、半霊命(ネクスト)と愛し合うのも、混濁者(マドラス)を産み落としたのも――この世の理を最も多く踏み躙っているのは、お前達天使だ」

 天使は純粋で情に厚い。他者を想い、思いを同調させすぎるが故に、光の存在の代表格と目されていながら、天使こそが最も多く、最も早く世の理を乱してきたのは紛れもない事実だった


「そんなお前達がこの世の正しさを守る光の執行者でいいはずがない」


「……かもな」

 ヘイヴァンスのその恨みめいた言葉に、ゆっくりと振り向いたクロスはシャリオを一瞥して憐れみに似た視線を送りながら自嘲混じりに言う


 正しさを示すということは、自らもまたそれに厳しくなければならない。正義を守る者の正しさは自らがその在り様をもって示すものなのだとクロスは以前兄に教わった

 正しさは救いではない。正しいことをすれば、必ず幸福な結末が待っているとも限らない。それを自身の身で経験したクロスはヘイヴァンスの言葉を無下にはできなかった


「あんた達は正しいよ。正しかったから、こうなった――」

 聖人界は法として正しいことをした。何一つ間違っていなかったからこそ、この事態を招いてしまったのだと知っているクロスは、倒れたヘイヴァンスにかつての自分を幻視し、遠くを見ているような目に憐憫の色を宿して瞼を閉じる


「正義ってのは罪深いもんだな」


 そう言ってヘイヴァンスに身を翻したクロスに、一連のやり取りを横目で見ていたシャリオが軽く肩を竦めて語りかける

「お前が正義を否定するなんて、皮肉なもんだな」

「別に否定してねぇよ。俺は、俺が正しいと思ったことをしただけだ」

 かつて正しさのために道を分かつたはずの友が、共に法という名の正義と戦うという運命の悪戯に苦笑するシャリオにクロスはぶっきらぼうに答える

 あの時クロスが守った正しさは、友の――「シャリオ」の命を守ることだった。闇の存在への愛情と言う理の禁忌を犯した友を守るために、その想い人を奪った罪が二人の道を違えさせてしまった――その正しさは、クロスにとってもシャリオにとっても望まぬ結果をもたらしてしまったが。

(そうだろ)

 心の中でそう言葉を続けたクロスは、軽く視線を動かして天空を四枚の純白の翼を広げて舞うマリアを見る


 クロスは法や理を守るためにシャリオの前に立ちはだかったわけではない。シャリオを守りたかったからこそそうしたのだ

 そうでなければマリアを――その身に人間の混じった禁忌の存在たる混濁者(マドラス)に、想いを寄せることなどなかったはずなのだから


「どうした?」

 戦闘の最中だというのに、思わずマリアのことを考えて呆けていたクロスは、シャリオに声に視線を返すと自分の心中を隠すように目を伏せて口を開く

「いや、ただ――」

 そう続けたクロスは、その意識に聖議殿(アウラポリス)の中心で戦っている悪魔――神魔のことを思い返していた


「張り合うやつがいなくなったら、つまらないだろ?」


 まかり間違っても友人とは呼べないし呼びたくもないが、決して敵意ばかいではない感情を抱くいけ好かない悪魔のことを思い浮かべたクロスは、ヘイヴァンスの敗北から立ち直った聖人達の理力を感じ取って光を纏わせた大剣を振るう

「さて、もうひと踏ん張りいくか」

「ああ」

 クロスの張りのある声を聞いたシャリオは、もう少しだけ続くこの懐かしい時間に浸るべく、剣を握る手に力を込めるのだった





 聖議殿(アウラポリス)が震えるほどの力の脈動――それは、各所で起きている戦いによってもたらされる神格に世界が震えることで生じているものだった

 その中を凛然とした表情を浮かべて歩く聖人界界首――「スレイヤ」は、聖王閣(グラザナッハ)の一室に佇むその人物の背後を見て声をかける


「やはりあなたでしたか」

 その声に振り返った人物を見て、スレイヤはその切れ長の凛々しい瞳に鋭利な光を灯す


「アレク」


「スレイヤ」

 何をするでもなく室内に佇んでいたその聖人――「アレク」がスレイヤの声に応じるように、視線を巡らせる

 その表情には普段と同じ色しか浮かんでおらず、この異常事態に見舞われた聖議殿(アウラポリス)、聖人界に対する焦燥などが一切見えなかった

「シュトラウス様との対話のために、最初にこの部屋に案内されて以来、ウルト様が戦闘をはじめても現れる気配もないことを疑問には思っていたのです」

 糾弾の視線を向け、アレクを睨み付けるスレイヤは、その手に自身の理力を収束させて両刃の剣を顕現させる

 金色の柄を持つ両刃剣を手にしたスレイヤは、その切っ先をアレクへ向けると、瞳に宿した刃と同等以上に鋭利な光をさらに強くする

「あなたが、十世界への密告者なのですか」

 訊ねてはいるが、ほぼ確信しているスレイヤの言葉を受けたアレクは、しばし――神速を誇る全霊命(ファースト)にとっては長すぎる一秒近い時間を置いて、その口を開く


「――ああ。そうだよ」


 その言葉を共に棍としてその理力を具現化させたアレクに、スレイヤは怜悧な視線と冷悧な声音で問いかける

「あなたのお兄さんの――『ヴィクトル』のためですか?」

 十世界と密通した理由を問いただすスレイヤの言葉に、アレクはわずかにその目を細め、手にした棍に理力を込めて行く

 沈黙を以って返されたアレクの答えを受けたスレイヤは、静かに瞼を落として息をつく


「そうですか。ならば、申し開きは法廷でしなさい」


 その言葉を合図にしたかのように、アレクとスレイヤは刹那すら介在する間もなく、その武器をぶつけ合った







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