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魔界闘神伝  作者: 和和和和
聖人界編
214/305

嘘つきの真実(前)





 九世界――この世界では、世界創世の時代神々によって行われた「創界神争」から続く光と闇の全霊命(ファースト)による戦いが終わることなく続いている。

 互いにその存在を補完し合いながらも、相反するものである光と闇の存在は、まるでそれを運命づけられているかのように戦い、そしてそれが歴史を紡いできた


 特に、世界と世界を隔てる空間の境界――「時空の狭間」では特に顕著だ。全霊命(ファースト)は滅多に他世界へ移動しないが、時空の狭間は創界神争の勝者である光の存在、そのリーダー格である天使が定期的に巡回して監視している

 そういった理由もあって、特に理由がない限り全霊命(ファースト)が異世界や世界の狭間へ移動することはない。もし、そういった場所にいる者がいるならば、そこにはすべからく〝世界〟の中では憚られる何らかの理由や目的があると考えてもいい



 数えきれないほど存在する九世界の世界、それよりもさらに多く存在する時空の狭間の一つ――美しく広大な湖畔の風景が焼き付けられた世界を、数人の子供が翔け抜けていた

 幼いながらも光を置き去りにし、距離という概念を存在しないものとして移動する少年と少女は紛れもなく全霊命(ファースト)。――そして、その身に纏う純白の光力がその存在が天使であることを物語っていた

「……っ!」

 子供であっても絶対的な存在である全霊命(ファースト)が逃げる相手がいるとすれば、それはたった一つ、全霊命(自分達と同じ存在)しかありえない

 現にその上空や森の木々を縫って飛翔してくるのは、その身に暗黒の闇を纏う天使の子供達よりもはるかに速い神速で移動する悪魔達の姿だった


 手にその存在の戦う形の具現そのものである武器を携え、世界の理を越えて飛翔する悪魔達は、軽々と天使の子供たちに追いつくと、この世の滅びが具現化したような暗黒の闇を放つ

 その意思によって指向性を与えられ、収束された魔力の闇は無数の流星となって空を走ると、天使の子供たちを呑み込んで天を衝く爆発を引き起こす


 世界を黒一色に塗り潰す深黒が天を衝き、そこに込めれた意思が現実へと顕現して森の木々を薙ぎ払って雲をかき消す

 世界を滅ぼして余りある破壊力を持つ神能(ゴットクロア)の爆発は、世界が誕生する産声とも、世界が死に絶える断末魔にも似ていた


「う……っ」

 戦うことを存在理由とし、存在意義として生まれてきた全霊命(ファースト)は子供であっても十全な戦闘技能を習熟している

 咄嗟に光力の結界を展開して身を守った天使の子供達ではあったが、遥かに神格で勝る悪魔達の前でそれは無駄な抵抗でしかなく、結界は破壊されその身を暗黒の闇に喰らわれて地面に倒れ伏していた


 現実がないほどに白く、神々しいほどに美しい純白の翼は闇に喰われてその一部を失い、身体に刻まれた傷から真紅の血炎を立ち昇らせる天使の子供たちの前に、その足を地につけることなく空に留まった悪魔達がその武器の切っ先を子供たちに向ける

 その武器に宿る魔力には純然たる殺意が籠められており、知覚能力に長けた全霊命(ファースト)の子供たちには、自分達が命を落とす姿が予見に近いものとして幻視することができていた


「これで終わりだ」

「そこまでだ」

 今まさに純然たる殺意が込めれた魔力が宿る刃が光御使いたる天使の子供たちに振り下ろされようとした瞬間、空を裂いて飛来した漆黒の刃の大剣がその境界を分けるように地面に突き刺さる

「!」

 光沢を持つ二メートル近い刀身に、金色の柄を持つ片刃黒剣が半面に殺意に満ちた悪魔達を、その反対側の面に天使の子供達の姿を映す


 その剣が作り出した一瞬の空白。それを再び動かしたのは、上空から飛来した一つの黒影だった

 時間と空間を超越する神速を以って降り立ったその影は、足元まである闇色のコートの裾を翻し、子供たちを背にして悪魔達に相対する

 闇を凝縮したような漆黒の髪に、側頭部から生えた二本の金属質の黒角。その双眸に抱く紫紺の瞳に天使の姿を映したその人物は、地面に突き立てた片刃大剣の柄を逆手に掴んで不敵な笑みを浮かべていた


「誰かの知り合いか?」

 目の前に立ちはだかった黒いづくめの男の姿を見た悪魔達は、困惑した様子で互いに視線を配り合う

 その動揺は悪魔達のものだけではなく、今まさに間一髪のところを助けられた天使の子供達にとっても同様だった

「あく、ま……?」

 この場にいる全霊命(ファースト)達には、突如乱入してきたその男の存在を構築する神能(ゴットクロア)が魔力――即ち、悪魔であることが分かっていた

 悪魔であるはずの男が天使の子供達を守り、悪魔の前に立ちはだかる。目に見えて明らかで異常なその事実がこの場に困惑が一体となった静寂をもたらしていたのだ


「余裕がないなぁ、お前ら」


 そして、そんな間を嘲るように軽く笑った乱入者の悪魔は、地面から抜き取った片刃黒剣を肩に担ぐと、悪魔達に向けて不敵な笑みを向ける

「こんな子供を血眼になって追い回すもんじゃない」

 背後に庇った天使の子供達に軽く意識を向けながら、ため息を吐くように言ったその言葉に、これまで沈黙を守っていた悪魔達が声を上げる

「お前こそどういうつもりだ!? そこにいるのは天使! 俺達の敵なんだぞ!」

 乱入者の男の行いは、命を狙われていた子供達を助けたという単なる美談ではない。闇の存在である悪魔にとって、光の存在出る天使は世界創世の頃からの不倶戴天の敵。

 それは、大人であれ子供であれ変わらない厳然たる事実。かよわい子供だからなどという理由で天使を見逃せば、その力はやがて巡り巡って自分や自分の大切なものに向く可能がないと言い切ることなどできはしないのだ

「子供だろ?」

 しかし、そんな同胞であるはずの男の言葉に、悪魔達は怒りを露にする

「ふざけるな! そいつらが強くなればその力が誰に向けられる!? 俺達か、あるいはお前の大切な誰かなんだぞ! 子供だから見逃すんじゃない。子供だから今の内に殺すんだ!」

 子供達を単なる子供と断ずることなく、悪魔達は天使の子供達がもたらす不安と恐怖を敵意に乗せて自分達の前に立ちはだかった同胞を恫喝する

 子供だからと侮らず、一個の子としての脅威を認めて対等以上に警戒する悪魔達とは違い、その前に立ちはだかった悪魔の男は、小さく首を横に振って答える

「この子達は被害者だ。戦いで家族を亡くし、生きる場所を失ってしまった。確かにあんた達が危惧しているように、こいつらが大人になってあんたやあんた達の大切な人を奪う加害者になる可能性も十分にある」

 天使達を守った悪魔の男も、他の悪魔(同胞)達の思いは十分に理解している。そしてそれだけではなく、男の守られている天使の子供達もまたその意味を理解して、沈黙を守って事の成り行きを見届けようとしていた


「でも、それは今の俺やお前達がそうするんだ」


 しかし、そのすべてを理解し、分かった上で男は悪魔達の言葉を否定する


 互いに敵意と敬意を持っているからこそ、誰よりもその力を認めて脅威と考える。それは、この世界に天使と悪魔が誕生したその時から延々と続き、脈々と継がれ、培われてきた歴史そのものだ

 何が始まりかなど、もう誰にも分からない。大切な人を殺された者が敵意を抱き、それが巡り巡って自分達に返ってくる――当たり前だが、断ち切る術のない愛と殺意の永久機関。それが、光と闇の争いというものなのだ


「お前達が天使を敵だと思っているように、天使達も俺達悪魔を敵だと思っている。あんた達にとって大切な誰かが天使や光の存在に殺されているように、俺達もこの子達にとって大切な誰かを殺しているはずだ」

「それがどうした!? だから戦うべきではないと――今ここで刃を引いて、戦いの連鎖を断つべきだというのか!?」

 当たり前のように告げられる男の正論は、この場にいる悪魔達のささくれ立った感情を逆なですることにしかならない


 男の言は当たり前のことだ。そして、その上でこの世界はもうそれを簡単に割り切れないほどの時間と犠牲を積み重ねてきてしまった

 それを因習だと、あるいは悪だと断じることこそ傲慢なこと。それこそが世界が積み重ねてきた、人々の選択と意思によって培われてきた歴史そのものでもあるのだから


「ふざけるな! ここで見逃したそいつらがやがて俺達と戦わないと誰が言える!? ここで出さなかった犠牲が、自分達により大きな犠牲となって返ってこないとでも思っているのか!? そんなことはない! そんなことはありえない!」

 個人の感情が、世界が培ってきた歴史が、当たり前の理が悪魔達に刃を引くことを許さない。子供であろうと、弱っていようと関係がなく、殺せるときに殺す。――それが、光と闇の敵対、互いを最も強大な敵だと認識しているからこそ、正しく支払われる敬意の形だ

「あぁ、そうだな。ここでこいつらを殺すのはあんた達の意思だ。そして、それをさせたくないのも俺の勝手だ――そして、あんた達と戦りたくないっていうのも、俺の本心だぜ」

 刃を引けない悪魔達の心を汲み、その前に立ちはだかった男は肩に担いだ片刃黒剣の切っ先を向けると、暗黒色の魔力を解放する

「……っ!」

 その圧倒的な神格に悪魔達が息を呑み、天使の子供たちが表情を引き攣らせる中、世界から光と命を毟り取り、剝ぎ落とす闇の黒を従えた男が軽い口調で笑いかける

「おっと、自己紹介がまだだったな。俺は『(あららぎ)』。行きずりのしがない悪魔さ」

 心身を削り取る様な殺意が宿る魔力の中、それを全く感じさせない屈託のない笑みを浮かべる片刃黒剣を持つ悪魔の男――「(あららぎ)」に圧倒され、悪魔達は無意識に半歩後ずさっていた

 なまじ知覚を持つが故に、目の前にいる(あららぎ)が自分達よりもはるかに強いと認識できてしまう悪魔達は、自分達の命と天使の子供から手を引くことへの危険性を天秤にかける

「くそ……っ」

「後悔するぞ」

 悪魔達としても殺せるときに殺せばいいと考えているだろうが、命を賭してまで今天使の子供達を殺したいのかと言われればそこまで強行することではないと答えるだろう

 故に、即座に今はこの場は退いた方が懸命だと判断したらしい悪魔達は、その場で戦意を収めると(あららぎ)に背を向けて飛び去っていく

「――……かもな」

 悪魔達が残した捨て台詞は単なる負け惜しみなどではないことも、(あららぎ)はよく理解している。助けたこの天使の子供たちがいつか自分を――あるいは自分の大切な誰かを殺す可能性など、言われるまでもなく分かっている


「大丈夫か?」


 だがそれでも、(あららぎ)は天使の子供達を害そうとはしない。振り返って屈託のない笑みを浮かべた(あららぎ)は、優しく微笑んで手を差し伸べるのだった――





 時空の狭間、豊かな緑と清らかな水をたたえる湖畔を写し取ったかのような幻想世界の中を移動していた(あららぎ)は、その一角――小さな湖のほとりに広がる高原へと足を踏み入れて声を上げる

「ただいま~」

「あーっ! (あららぎ)だ」

 その声を聞くなり、その一角にいた子供達が顔を輝かせ、(あららぎ)の許へ向かって駆け寄ってくる

 そこにいるのは悪魔、天使をはじめ、九世界の各全霊命(ファースト)が入り乱れており、種族を問わずこの場に集められていることが分かる

「よーし、よーし、野郎ども元気にしてたか?」

「おー」

 種族、男女入り混じった二十人を超える数の子供達に囲まれた(あららぎ)は、自分の身体にしがみついてくる子供たちの頭を半ば無造作に掻き撫でながら、満面の笑みを向ける

「ちなみに、(あららぎ)って呼び捨てにした奴はげんこつ一発ずつな」

「え~!」

 種族の垣根を超え、まるで一つの家族のようになっている(あららぎ)を中心とした集団を少し離れた場所から見ていた黒髪の女性が口を開く

「兄さん」

 透明感のある澄んだ声で呼びかけた黒髪の女性――「瑞希」の声に視線を向けた(あららぎ)は、その凛涼な表情を見て屈託のない笑みを浮かべる

「オイオイ、どうした妹よ。そんな冷ややかな目で見つめられると、お兄ちゃんは傷つくぞ」

 自身に注がれる冷ややかな視線を受けた(あららぎ)が軽い口調で言うが、その本人である瑞希は兄の背後にいる見慣れない子供達の姿を見て、声の温度を一段低くする

「――なんで増えているの?」

 冷たく響くその声に空気を読んだ子供たちがゆっくりと離れていき、一人取り残された(あららぎ)は全く悪気のない笑みを浮かべて胸を張る

「成り行きに決まってるだろ――わひゃぁ!?」

 堂々と言い放った瞬間、瑞希の武器である細身の双剣の一振りが空を貫き、その頬を掠めていくと、それを紙一重で回避した(あららぎ)が間の抜けた声を上げる

「どうした妹よ! 反抗期か!? 反抗期なのか!?」

「いえ。成り行きよ」

 困惑し、混乱して両手を大きく振ることで場を諌めようとする(あららぎ)だが、その姿を冷ややかに見据える瑞希は、皮肉を込めた言葉で切り返す

「やっちまえー!」

 絶対零度の視線を向ける瑞希と、その前に半分腰が引けた(あららぎ)の姿に、子供達から歓声が上がる

「……」

 その異様な雰囲気に初めて触れる天使の子供達が言葉を失い、困惑していると、その傍らに天使の少女が立つ

「あなた達、(あららぎ)さんが連れてきた子達だね」

 その声に視線を向けた天使の子供達に、四対八枚の翼を持つ天使の少女が手を差し伸べて優しい声音で語りかける

「私は『セシル』。よろしくね」

 (あららぎ)と瑞希のやり取りなど意にも介していないかのように微笑んだ天使の少女――「セシル」は、新たにやってきた天使(同族)の子供達に微笑む


「ようこそ。私達のコミュニティへ」





「びっくりしたか? ここにいるのは、お前達と同じように戦いで家族を失った子供達だ」

 世界をあまねく照らす神臓(クオソメリス)が月光へと変わり、湖畔の世界を夜の帳で包み込んだ頃、湖のほとりに蹲る天使の子供達に(あららぎ)が声をかける


 最初こそひと悶着あったように見えたが、その後は瑞希が盛大なため息を吐いて刃を収め、(あららぎ)が連れてきた子供達を迎え入れていた

 子供達の中でも代表格の一人であるらしい「セシル」という天使の少女によれば、(あららぎ)と瑞希の兄妹はこうして身寄りを失くした子供達を囲っており、最初のいざこざもいつもの通過儀礼とも言うべきものだとことだった

 「瑞希さんは(あららぎ)さんを叱るけど、私達の事を邪魔に思ってるんじゃないんだよ」とは、セシルの言だ


「そんなこと言っちゃあ、身も蓋もないかもしれないが、俺達は生まれた時から戦うことを宿命づけられてる。特に光と闇の存在ってくくった日には、もうひでぇもんさ」

 新しく入ったばかりで馴染めていない天使の子供達に声をかけた(あららぎ)は、自分の言葉に返答がないことなど意にも介さずに言葉を続ける

 そう言って背後を見た(あららぎ)の視線の先には、この広場で思い思いの夜を過ごしている瑞希と種族を問わずに集められた子供達の姿があった


 全霊命(ファースト)は神によって生み出された、「神の兵」。絶大な力を持ち、永遠の命と完成された身体を持つ限りなく神に近い完全な存在であるが故に戦うことを宿命づけられたもの。

 特に、互いを補完し合う対の存在であり、生来の敵でもある光と闇の全霊命(ファースト)の歴史は戦いと戦争の歴史そのもの。悲劇と惨劇で形作られているといっても過言ではないそれは、星の数を超える犠牲の上に決して消えない憎しみと火種を生み出した


「俺と瑞希も似たようなもんさ――ま、違うところをあげれば、俺達が育ったのは悪魔の子供ばっかりだったってことくらいだけどな」

 俯きながらも視線を向けてくる天使の子供達に語りかける(あららぎ)は、そう言って頭を撫でながら、屈託のない笑みを浮かべる

「で、俺もその時思ったわけだ。大きくなって強くなったら、弱いガキどもを守ってやれる大人になろうってな」


「――嘘ばっかり」


 そのやり取りを遠くから魔力を集中させて聞いていた瑞希は、事も無げに言う(あららぎ)の横顔を見て静かに独白する


 (あららぎ)と瑞希が孤児で、そういった環境で育ったのは事実だ。だがその集まりは、決して子供達を守るなどというものではなかった。むしろその逆――天使をはじめとする光の存在と戦うために、その犠牲と憎悪を利用して集められたものだった

 天使達がそこに攻め込んで来て、(あららぎ)と瑞希以外は全員殺された今となっては誰も知る由はないことではあるが。


「……とは言っても、覚えていない(・・・・・・)んでしょうけどね」

 誰にも聞こえないよう、小さな声で独白した瑞希は、(あららぎ)達に背を向けた体勢で自身の胸の中心を軽く握りしめる

 その瞳に映る悲壮な感情は、閉じられた瞼と共にその胸の奥へと押し込められ、次に目が開かれた時には完全に消え去っていた



「おっと、話が逸れちまったな」

 そう言って遠くにいる瑞希の後ろ姿をさりげなく一瞥した(あららぎ)はその視線を今日助けた天使の子供達に向けると、一番近いところにた少年の頭に手を乗せる

「要は、俺が何を言いたいかっていうと、これからお前達がどう生きてくのかは分からねぇけど、自分の生き死にを自分の力で選べるようになれってことだ」

 そう言って語りかける(あららぎ)の瞳は、子供達に伝えたその言葉とは違う別のことを伝えたいのだと訴えているようにも感じられた

「ここにいる連中は、みんな同じ境遇だ。でも、いつかは敵になるかもしれない。光の存在だろうと闇の存在だろうと、仲良くはなれる。その括りで誰かと戦って殺すんじゃないってことを分かってほしいんだ」


 この世界から戦いをなくすことはできない。戦わなければ生きていけないのならば、せめて自分の意思で何と戦うのかを考え、選んでほしい

 いつかここにいる子供達が、あるいは子供達と(あららぎ)達が戦う日が来るのだとしても、自分達が光の存在であることや、闇の存在であることを理由に戦うのではないのだと知ってほしい――戦う理由と自分の内側に求めてほしいという願いが込められていた


「――ま、今はそれでいいさ」

 その言葉に怪訝そうな表情を浮かべる天使の子供達に笑いかけた(あららぎ)は、そう言って軽くその頭を強く撫でると、無数の星空を抱く夜天を仰ぐ


「いつか、分かる日が来るからな」


 平淡な声音で噛みしめるようにそう結んだあららぎの言葉は、まるで過ぎて行く季節を惜しむかのような物悲しい響きを帯びて夜の静寂の中に溶けていく



 その在り方故に、(あららぎ)のその生き方は変わらなかった。世界の狭間を転々と移動し、戦いで傷ついた者や身寄りを失くした子供達を見れば、天使だろうと悪魔だろうと変わらずに救いの手を差し伸べた

 そうして助けられた子供達も時間と共に成長して大人になっていく。そうして自身を守り、意思を貫くだけの力を得た子供達は、そのまま(あららぎ)達の許で暮らす者と、そこを離れて、それぞれの生き方を選ぶ者とに分かれる――そうやって繰り返されていく出会いと別れの日常を、瑞希はその傍らで共に見続けていた



 そして、あの日助けた天使の子供達は大人になり、セシルが一人立ちをしてコミュニティを構成するメンバーも大分様変わりした頃、(あららぎ)達はとある時空の狭間へと足を踏み入れていた。


「ここが、ちょっと前に大規模な戦いがあったってところか」

 天使の青年が一人独白したその目に映る狭間の世界は、緑が薙ぎ払われ、そびえ立つ山々がその形を歪に失い、天に浮かんでいたであろう大陸が地面へと落ちてその形を失っていた

 割れ砕けた大地の至る所に見えるそれは、超常の力を持つ者達の戦いの爪痕。神能(ゴットクロア)に込められた全霊命(ファースト)の純然たる意思の権限によってもたらされたものだった

「うん。なんでも、最近色んな種族を助けて仲間にしてる大きな集団がここにいたらしくて、聖人界が挙兵したって」

 夜の帳の中であっても、なんの問題もなく世界を映す瞳でその景色を見て独白した天使の青年に、長い金髪を持つ天使の少女が答える

(あららぎ)以外にもそんなもの好きがいたんだな」

「物好きは余計だ」

 その言葉に、悪魔の青年が苦笑を浮かべて(あららぎ)に悪戯めいた視線を向けると、その軽口を受けた当の本人は、それに抗議の言葉を返す

「まあ、普通なら避けるこういうところを選んで来る俺達も似た様なもんだけどな」

「気持ちは分かるけれど、あまり気を抜き過ぎなうように気を付けて。ここは、私達にとっても(・・・・・・・)罠のようなものなのよ」

 そのやり取りがあえて緊張をほぐすためのものであることは分かっているが、硬質な声で念を押す瑞希に全員の表情に理解の色が灯る


 (あららぎ)達は狭間の世界を常に転々と移動している。それは単純にこうしてこの場にいるだけで世界を巡回している天使や、正義のために軍を派遣している聖人達に狙われるからだ

 だが同時に、その移動には一定の法則性もあった。(あららぎ)達の目的の一つが、理不尽に殺される者――主に子供達――を守るためである以上、その犠牲者が多く出る可能性がある戦闘が行われた空間というのは移動対象に選ばれる要素を正しく兼ね備えている

 そして、言うまでもなくそれは危険を孕んだ行動だ。なにしろ、今(あららぎ)達が足を踏み入れたこの世界は、(あららぎ)達同様に異なる種族を庇護する集団が攻撃を受けた世界。そこに同様の集団である(あららぎ)達が入ることの危険性など説明するまでもないだろう


「とにかく、俺と瑞希で少し周りを見て回ってくる。お前達は、子供達と適当な場所に隠れていてくれ」

 すでに成人している天使や悪魔達に声をかけた(あららぎ)は、瑞希と連れ立って森の中へと侵入していく

 知覚されにくくなるように限界まで力を抑え、可能な限りの神速(はやさ)で移動する瑞希は、隣を走る兄の横顔を見る

「心配するな瑞希。あいつらも大きく強くなったからな。安心して任せられる――あ、それとも、随分長いことお前一人を構ってやってないから拗ねてるのか?」

 そんな瑞希の視線に気付いたのか、前を向いて移動しながら(あららぎ)は冗談交じりに軽口を述べる


 子供達が多いときは、瑞希に守りを任せて(あららぎ)が単身で行動することが多かったが、今では成長し、コミュニティに残ってくれた子供達に留守を任せることも多くなっていた

 長い間してきたことが少しずつだが確実に実を結び、こうして信頼できる仲間達に囲まれるようになったことを(あららぎ)は心から誇らしく思っていた


「兄さん」

 まるで――というよりは、そのままの意味で家族のことを自慢げに語る(あららぎ)に、瑞希が肩を竦めてわずかに目元を綻ばせる

「……思いあがりすぎだわ」

 先の「構ってもらえないから拗ねている」という言葉に対し、表情を変えずに答えた瑞希に(あららぎ)は悪戯じみた表情で一瞥を送る

「そうか? 昔は、お兄ちゃん、お兄ちゃんって俺の後をちょこちょことついて来てたじゃないか」

「……いつの話よ」

 (あららぎ)の言葉に、辟易したように呟いた瑞希が息をつく


「!」


 瞬間、森の中を駆け抜けていた(あららぎ)と瑞希は、木々の影に隠れるようにして地面に突き刺さっていた一枚の銀板を見て目を見開く

(しまっ――)

 菱形を縦に長く伸ばしたような形状。その長い先端は平たくなっており、厳密には菱形ではなく六角形といった方が適切と思える形状の板は、(あららぎ)と瑞希がそれに気づくと同時に、目覚めたかのように天へと飛翔し、その先端から極光を放つ

「ッ!」

 清廉にして聖烈な光が射られると同時、抑えていたまりょくと解放した(あららぎ)と瑞希は、魔力を纏わせた斬撃でそれを正面から相殺する


 少々雑談をしてはいたが、その間二人は片時も周囲への警戒を怠っておらず、また可能な限りその力を知覚されないように抑えていた。

 その上でその菱板を見落とし、自分達を見つけられてしまったのだから、その点に関しては相手の方が一枚上手だったという他なかった


「二人――ですか」

 その時、その場で滞空したまま動く気配はない菱板に鋭い視線を注ぎ相対する(あららぎ)と瑞希の耳に透明感のある澄んだ女性の声が届く

 そしてそれを合図に、菱板の真下に当たる空間が歪み、そこから時空を歪曲させて道を作ったその声の主が、長い髪を揺らめかせてその姿を見せる


 そこに現れたのは、後頭部で結われた腰まで届く長い金色の髪をなびかせ、祭礼服に似た羽織の下に、マーメイドラインのドレスに似た霊衣に身を包むその女性だった

 その周囲に、その先程先制攻撃を仕掛けてきた板と同じものを七つ、その身を守る従うように浮遊させているその女性は、三メートルに届こうかという背丈を持って黒の片刃黒大剣を構えた(あららぎ)と細身の双剣を携えた瑞希を見据えていた


「聖人」

「気を付けて兄さん……この人、強いわ」

 その身体の大きさとその存在を構築する理力を知覚し間違えるはずなどない。武器を握る手に無意識に力を込めて、(あららぎ)と瑞希は戦意を研ぎ澄ませる


 先程先制攻撃を仕掛けてきた板は、その女性の武器。遠隔で操作する自立型の武器であることが見て取れる

 こういった遠隔自立系の武器は、力を抑えれば本人が息を顰めるよりも知覚に捉えられにくいという利点がある。しかも一連の流れを考えれば、その武器には使用者との知覚的な繋がりまでも有しているらしことが想像できる


 そしてさらにその女性の背後の空間が歪んだかと思うと、十人にもなろうかという聖人達が各々武器を手に現れる

「――……ッ!」

 それを見て歯噛みする(あららぎ)と瑞希に、聖人達を従えて立つ金髪の美女が、厳かな面差しで口を開く



「抵抗せず、投降しなさい。――私は、聖人界界首『ウルト』です」





 聖人界界首・ウルトが立ちはだかるその少し前――(あららぎ)、瑞希達と別れ、反対の方向へと進んでいたコミュニティの面々は、限界まで力を抑えながら、森の中を移動していた


「待って、あれ!」


 その時、一団の中で成人していると思しき一人である天使の少女は、そこに一つの影を見止めて、抑制した声で全員に声をかける

 その声に導かれるように視線を向けた面々は、森の奥――大きな樹にもたれかかるようにして座り込んでいる影を視界に捉えていた

「あれって、怪我してるのか?」

 大樹に寄りかかるようにしているその巨大な影の身体からは、絶え間なく血炎が立ち昇っており、知覚で感じられるその存在も、かなり弱っていることが見て取れた

「聖人……」

 遠目でも自分達に倍する体躯を持っていることを見て取った一団は、それを特徴とする九世界の支配者たる全霊命(ファースト)の一種に即座に思い至って、その意識を研ぎ澄ませる


 聖人は、九世界の中でも特に純粋――清廉で潔癖な存在だ。故に、光の存在らしく闇の存在を忌み嫌い、世界を司る法を何よりも正しく厳守する

 しかし、その正しさ故に独自に世界の狭間を巡回し、法の裁きを執行することで同じ光の世界からも、あまりよく思われていないという一面もある

 当の聖人達は気にしていないだろうが、この世界にいたという様々な種族の集まりを攻撃したのも聖人だというのだから、その存在を警戒するのは必然だろう


「……助けないと」

 しばし、その様子を見ていた天使の少女が発したその言葉に、同じ純白の翼を持つ少年がその肩を掴んで引き留める

「待て」

 そう言って、今にも飛び出していきそうな少女を引き留めた少年は、強く華奢なその肩を掴んだまま、まっすぐに瞳を覗き込む

「他のならともかく、あそこにいるのは聖人だ。……分かるだろ? この世界に攻撃を仕掛けたのは聖人だ。もしかしたら、どこかに仲間がいるかもしれない」

 聖人がどういう存在なのか、それはここにいる全員が分かっている。少女を引き留めた少年の言葉は、誰が聞いても同意を示すであろうものだった

「でも、放ってはおけない。聖人の人に見つけられれば別だけど、他の種族に見つかったら殺されちゃうかもしれないでしょ!?」

「それは……」

 しかし、その当たり前の正論に、天使の少女もまた当たり前の言葉を返す

 聖人は他の存在から好ましく思われていない。仲間に見つけられればいいだろうが、まかり間違ってそれ以外の誰かに見つかれば、殺されてしまう可能性がかなり高いのは間違いないだろう

「ここであの人を置いていったら、それは他の人と同じだよ。私達は、戦う相手を自分で選ぶために生きるって決めたでしょ?」

 悪魔や天使、光や闇そういった括りで敵を決めるのではない。自分の目で見て、耳で聞いて、心で感じて考えて戦うのだと、以前(あららぎ)が言っていた言葉を胸に今日まで生きてきた天使の少女は、その胸に手を添えて強い瞳を向ける

「俺達が(あららぎ)に助けられたみたいに……か」

「けどそれは、自分や仲間の命を危険に晒してまでって意味じゃないだろ」

 その視線と言葉に一里の言い分を認めている二人の天使の少年が、少女の言葉にため息と苦言を返す

 少女が聖人を助けることを望んでいるように、彼らはそれを望んでいない。二人の同族の少年が守ろうとしているものがなんなのか分かってる天使の少女はその背後にいる子供達に視線を向けると、唇を引き結んでその身を翻す

「じゃあ、私が一人で行くから。あとはお願い」

「あ、おい」

 決して自棄になったのでも、感情的になったのでもない。合理的かつ冷静に考えてその決断を下した天使の少女が身を翻して駆け出すのを見た二人の少年は、頭を抱えて互いに視線を交錯させる


「――ったく、もう。仕方ねぇな」


 そう言って純白の翼を広げた二人の天使の少年の顔は、しかしどこか嬉しそうに綻んでいた




「大丈夫ですか?」

「う……っ」

 優しく響いた労わる様なその声にうっすらを目を開けた瞬間、心配そうにのぞき込んでくる少女の顔が真っ先に視界に映し出されていた

(天使……)

 その手に治癒の光を手に宿し、純白の翼を持つ少女と二人の少年が自分の周りに集まっているのを見て取った聖人の男は、おおよその事態を理解していた

「私達は敵ではありません。だから、安心してください」

 治癒の光を注ぎながら、敵意がないことをあえて伝えた天使の少女は、安心させようとしているのか、あるいはその在り様からなのか、優しく微笑みかける

「聖人さん、あなたのお名前を教えてくれますか?」

 その言葉を受けた聖人の男は、しばし三人の天使達を見据えると、気を緩めるため息に似た口調でその問いかけに答える


「……ヴィクトル」


 自らの名を名乗った聖人――「ヴィクトル」は、その治癒に身を委ねるようにゆっくりと俯き、そしてほんの少し――ごくわずかに、その口端を笑みを作る形に吊り上げた





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