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魔界闘神伝  作者: 和和和和
聖人界編
212/305

正しさのかたち





 九世界――たった九つの世界を中心とする数えら切れないほどの世界で構成された今の〝世界〟。その中心とも言われる九つの世界の一角を成す「聖人界」。その中枢である白亜の城街「聖議殿(アウラポリス)」は今、光と闇の力が渦巻く戦場と化していた

 世界最初の戦争――「創界神争」終結の後に生まれ、現在至るまで維持されているその街がここまで破壊され、形を失ったのは世界三大戦争に数えられる「異神大戦」、「聖魔戦争」を含めても尚初めてのことだった



 街のように無数の施設を内包した城そのものである聖議殿(アウラポリス)は、、聖人――全霊命(ファースト)が暮らす場所だけあって、その大きさも規格外の一言に尽きる。

 故に、その巨大で広大な街城の門の辺りで起きている戦いは今この場所――聖議殿(アウラポリス)の中心たる聖王閣(グラザナッハ)付近までその戦いの余波を届けるに留まっていた


「いけません、もう戦いが……!」


 遥か彼方で巻き起こる光と闇の力の激突を視覚と知覚で確認した緋髪の天使――「リリーナ」は、自身の武器である長白杖を手に、呻くように小さく美声を零す

 大貴達と十世界がここを訪れるまで、ウルトと共に聖人界の代表である界首「シュトラウス」と話し合いをしていたリリーナは、今周囲を武器を手にした聖人達に囲まれて身動きが取れない状態になっていた

「お願いです。ここを通してください!」

「申し訳ありませんが、いかにリリーナ様のお言葉と言えど、それを承服することはできません」

 切に訴えかけるリリーナの言葉にも、聖人達は身じろぎ一つせず、突きつけた武器の切っ先を下げる様な事はしない


 だが、現状の戦いは門の前で行われているそれとは明らかに異質なものだった。互いに武器を顕現させ、今にも戦闘に発展しそうな様相を呈しているにも関わらず、どちらもその口火を切ろうとしない

 そんな膠着状態に陥っているのは、ひとえにここにいるのが天界の姫「リリーナ」だからだ。「歌姫」と呼ばれ、「闇にすら愛された天使」と呼ばれるリリーナは、その歌声で光、闇、種族を問わずに人気を集めており、その身に危害を加えようとする者はほとんどいない

 法に厳格である聖人達もまた例外ではなく、攻撃さえされなければあえて自分達の方から攻撃を仕掛けない程度には、リリーナを慕っていた


「――っ」

 天界の姫という立場に加え、この場を力ずくで突破しきる自信がないリリーナには、周囲を囲む聖人達に意識を向けて牽制しながら均衡を守ることしかできなかった





「ぐあ……ッ」

 交差する純黒の斬閃と共に神魔と桜の刃が振るわれ、深々と刻み込まれた斬痕から血炎を吹き上げたツェルドが後方へと崩れ落ちる

「ツェルド様!」

 最強の聖人である天支七柱の一角であるツェルドが、いかに魔力を共鳴させた伴侶とはいえ、一番(ひとつがい)の悪魔に敗北したという信じ難い事実に、周囲の聖人達が声を上げる

「――仕留めたと思ったんだけどな」

「まだだ!」

 静かな神魔の声と共に、倒れそうになっていたツェルドの足が強く大地を踏みしめ、おびただしい量の血炎を上げる身体を支えて、燭台槍を振りかぶる

(けど――)

「いい加減邪魔だ!」

 だが、その程度で今の神魔と桜の虚を衝くことなどできはしない。武器を持っていない方の手をかざし、互いに向き合わせた神魔と桜の手の平の間に魔力が奔り、共鳴した暗黒色の力がそのまま極大の魔力砲としてツェルドに叩き付けられる


 全ての光を呑み込む滅殺の闇の力が凝縮された破滅の魔力が炸裂し、その黒い力が戦場を呑み込んで、聖人達の身体に叩き付けられる

 原在(アンセスター)と同等以上の力を持つ神魔と桜の魔力砲は、深く傷ついていたツェルドと共に周囲にいた聖人達を吹き飛ばして、その前に道を作り出す


「先に行かせてもらうよ!」

 それと同時に、声を上げた神魔は、桜と視線を交わして眼前に見える聖議殿(アウラポリス)で最も高い中心の白亜城――「聖王閣(グラザナッハ)」へと向かって地を蹴る

「させるか!」

 最強の聖人(ツェルド)という門をこじ開け、包囲を力ずくで切り開いた神魔と桜に、大貴と刃を合わせているワイザーは、焦燥に駆られた表情でその力を発現させる

「!」

 瞬間、ワイザーの理力によって世界が隔離され、聖王閣(グラザナッハ)への道が閉ざされる


 空間隔離によって尽くされた世界は、神能(ゴットクロア)によって写し取られた世界。そこにある風景の全ては、この世界にあって在らざるものだ

 この空間隔離から逃れるには、それを展開した者と同等以上の神格と力を以って空間を力ずくで破壊するしかないが、いかに今の神魔と桜の力を以ってしても、ワイザーが作り出した空間隔離を容易に突破することはできない


「なっ!?」


 しかし、次の瞬間神魔と桜の前に出現した外の世界へと続く道に、空間隔離を展開していたワイザーは驚愕に目を瞠る

 同時に全てを理解したワイザーは、怒りに染まった視線を、自身の空間隔離に外界へと続く道を作り出した張本人に向ける

(奏姫……!)

 その視線の先では、ミスティルの攻撃を捌き、回避しながら舞うように戦っている愛梨が神魔と桜に慈しむような視線を送っていた


 神器「空領土(レルヴォキス)」。――空間と時空を支配するその力は、欠片でしかなくとも全霊命(ファースト)の空間隔離を遥かに凌ぐ力を持つ

 その力を以って次元と時空を制し、ワイザーの空間隔離を世界へと繋げた愛梨は、薄い笑みを浮かべて言葉を紡ぐ


「彼らは自ら進む道を切り開きました。それをこのような形で遮るのは公平ではありません」

「なにを……!」

 愛梨の言葉に、ワイザーは憤りを露にして砕けんばかりに歯噛みする


 手を組んでこそいるが、十世界と大貴達の目的は同じではない。愛梨はあくまでも対話を求めているのの対し、大貴達は力ずくででも聖浄匣塔(ネガトリウム)に囚われた瑞希を助け出すことを目的としている

 愛梨に取って必要なのは言葉を交わす「機会」であるため、今の状況も望むところといっても過言ではないが、大貴達にとってはあくまでも障害でしかない

 そんな中、神魔と桜は最大の障害の一つであるツェルドをその力で下し、道を作った。ならば、一時的な同盟者としてその願いに助力することは、聖人界は元より大貴達とも友和を求めているる愛梨には、許される範囲の助力だと思えたのだろう


「っ!」

 苛立ちを露にしていたワイザーは、瞬間に肉薄してきていた大貴の斬閃を紙一重で知覚し、その武器である蛮刀で受け止める

「よそ見するなよ」

 全霊の太極を纏わせた太刀でワイザーの蛮刀とせめぎ合わせる大貴は、抑制のきいた鋭い声で言うと、さらにその力を解放する

愛梨(あいつ)に助けられたな」

 先程、愛梨が神器を使ってまで神魔と桜を先に行かせた理由が分かっている大貴は、それを感じ取っているであろうワイザーに向けて、抑制された厳かな声音で言う


 神魔と桜は、瑞希を助けるためにここへ攻め込み、聖人達と敵対している。現に対話を求めている愛梨と違い、二人は機会が許す限り聖人達を滅ぼそうとその力を振るっていた

 それでも犠牲が出なかったのは、それを愛梨が阻んでいたから。そして、あのまま空間隔離によって二人を捕らえ、行く道を阻むということはその力がここにいる別の誰かに向けられることを意味していた


 ツェルドを倒すほどの実力が大貴と愛梨によって抑えられているワイザー、ミスティルに向けられればどうなるか――確実に、この場にいる聖人達は、この拮抗が崩れた戦力によって制圧される

 しかし、例え神器の力を使って死を与えずとも、この場を殲滅して先に進むというのは恒久的平和、対話によって分かり合う理念を掲げる十世界にとって歓迎することではない

 故に愛梨は、神魔と桜を先に行かせるという選択をすることによって、この場の戦線を収束させないようにしたのだ


 砕けた力の火花を散らしながらせめぎ合う刃から。互いに行使する力からワイザーの理力を取り込む大貴は、そのまま許される限りの神速を以って刃を振るう

「くッ……オオオオッ!」

 その斬閃によって肩口に傷を受けたワイザーは、傷口から立ち昇る血炎と苦痛に顔を歪め、理力の波動を打ち出して大貴を迎撃する

 だが、強大な理力の波動も、全ての力を合一する太極の前ではその真価を発揮できない。未熟な力故に統合できない分の傷を受けながらも、大貴はワイザーの力の約半分を無力化せしめていた

「けど、このままじゃこっちも返り討ちだ……だから、通してもらうぞ」

 左右非対称の黒白の翼を広げ、太極(オール)の力を解放した大貴は、相対するワイザーをはじめ、その力が届く範囲の力を取り込んで極大の力へと統合していく

 神魔と桜が先に行ったとはいえ、大貴はこの街には後二人天支七柱がいることを失念していない。そのためには、自身もこの戦場を切り抜けなければならないという意思が大貴を突き動かす

「通さんと言った!」

 その神格が許す神速と力の限り黒白の太極を纏わせた大貴の斬閃が迸り、ワイザーが放った神速の斬撃とぶつかり合って、世界を塗り替える力の波動を生み出した



 ツェルドが道を譲り、ワイザーとミスティルが抑えられている現状にあって尚、天支七柱以外の聖人達もただ手をこまねいているわけではない。

 三メートルを超える巨躯を持つ聖人の中にあって、筋骨隆々とした体躯がさらに一回りその存在を大きく見せている、聖人界三大党派の一つ――「軍党院(デクストラ)」の党首である「オーヴァン」は、身の丈を越えるほどの大戦斧を力任せに振り回す


 神格によって、時間と空間を超越し、触れるもの全てを誅滅せしめるオーヴァンの斬撃は、まさに破壊の力の嵐と呼ぶにふさわしいものだった

 その強大な力の奔流を黒い翼を広げて回避する十世界に所属する堕天使――「ラグナ」は、身の丈にも及ぶ両刃の斬馬刀に漆黒の光を纏わせてオーヴァンの攻撃を迎撃する



「ムゥ!」

 共に破壊力の塊のような武器を行使する者同士、ラグナの斬閃によって己の一撃を防がれたオーヴァンは、その強面を怒りと苦々しさに歪める

「汚らわしい堕天使が!」

 光の存在でありながら闇に落ちた堕天使は、十世界に所属していなくとも法と正しさを遵守する聖人にとっては許しがたい存在でもある

「貴様が生来の堕天使か、汚らわしき堕天使の王の力を以って白い翼を棄てた天使かは知らんが、自ら光の力を捨て、世界に背を向けた者共が世界に認められたいがために十世界の理念に属するなど、恥知らずにもほどがあるぞ!」

 二重に怒りを掻き立てられる存在と刃を撃ち合わせたオーヴァンは、その猛る感情を理力に乗せ、吹き荒れる力の塊として解き放つ

「!」

 それを見たラグナは、瞬間的に黒光の結界を展開し、その一撃を利用してオーヴァンから距離を取る

「皆の者、撃ち落とせ!」

 オーヴァンの怒号が響き渡るとともに、周囲にいた聖人達が各々の武器を手に一斉にラグナへと攻撃を仕掛けていく

 弓や銃筒のような遠距離攻撃の武器を皮切りに、投擲槍のように自身の武器そのものを放つ者、そしてその隙に肉薄して攻撃を仕掛ける者とが一斉にラグナに対して波状攻撃を行う

「っ、あいつ一人でも面倒だっていうのに……!」

 これまで何度か行われてきてたその攻撃を、ラグナは堕天使の神能(ゴットクロア)――「光魔力」の黒光で迎撃し、身の丈にも及ぶ両刃斬馬刀の斬り結びながら捌いていく

「消し飛べ!」

 その一瞬の間を利用し、オーヴァンは自身の背後に生み出した巨大な理力の連星から、極大の砲撃をラグナに向けて放つ

 全てを誅滅せしめる純然たる意思を込められた破壊の極大光砲は神速を以って迸り、聖人達の攻撃を捌いていたラグナを捉える

「オオオオッ!」

 だが、オーヴァンの攻撃はそれで終わりではない。更なる光球を無数に生み出すと、そこから新たな破壊の閃光を奔らせ、さらに自身の大戦斧に纏わせた力を斬閃と共に斬撃の波動として放つ


 聖人の力である理力にだけ許された永続発動の力を利用し、攻撃を持続したまま次々に異なる攻撃が放たれ、初撃の極大砲を黒光で相殺していたラグナへと次々に命中し、天地を揺るがす力を解放して炸裂する

 そこに込められていた純然たる意思が破壊を世界にもたらし、その衝撃波と爆風に身を晒し、鬣のような髪と髭を揺らすオーヴァンは、険しい瞳で自身の力が黒光に内側から食い破られる様を見る


「十把一絡げで語るなよ」

「何だと?」

 堕天使の力である黒光でオーヴァンの理力の光をかき消したラグナは、その身体に小さくない傷を負いながらも、衰えることのない高潔な意志を瞳に宿していた

「てめぇの責任で堕天使になろうが、好き好んで堕天使に生まれたわけじゃなかろうが、そんなもんはどうでもいい! けど俺は、別に誰かと仲良くさせてもらうために十世界にいるわけじゃないんだよ」

 身体に刻まれた傷から血炎を立ち昇らせ、身の丈にも及ぶ両刃の斬馬刀の切っ先をオーヴァンへと突きつけたラグナは、静かに抑制された声で憤りを露にする


 堕天使になるには、堕天使王ロギアの力で生まれ変わるか、堕天使を両親か片親に持つしかない。前者は己の選択と責任。後者は抗いようのない運命でしかない

 だが、それを不幸だと断じ、罪だと一方的に決めつけられるいわれはない。白い翼を棄てた選択を後に後悔することがあるかもしれない。その身の運命を呪い嘆くかもしれない。だが、誰もがその中で生きているのだ――それを外から、知ったような言葉で勝手に決めつけられるのは、ラグナにとって不本意で不愉快なものでしかない


「――お前は、正義のために穢れた道を行く覚悟があるか?」

「……?」

 湧きあがる感情を制御し、自身の存在から生まれ巡る黒光へと残さず還元しながら、ラグナはオーヴァンに問いかける


 ラグナは、失った大切なものを取り戻し、守るために白い翼を棄てて堕天使となった。そのことを間違っていたとは思わないし、後悔もしていない

 大切なもののために、自分が賭けられるもの全てを対価にしたラグナは、正義と声高に叫び尊ぶオーヴァンの真意を得ようとして、小さく首を横に振る


「いや、愚問だったな」

 自ら言葉を投げかけておきながらそれを中断したラグナは、黒光を纏わせた斬馬刀を構えると、オーヴァンを筆頭とした巨大な体躯を持つ者達を見回す


「お前達は、正しいことを正しいと信じて戦っているだけ。俺達は、自分が正しいと信じたことを信じて戦ってるだけなんだからな」





「う、らァああああっ!」

 漆黒の魔力を纏わせた刀を振るい、聖人達の刃を弾いてみせた紅蓮は、周囲を取り囲んでいる巨大な存在をさらにその力で迎撃する

「――ちぃっ」

 横から伸びた来た刃が身体を掠め、刻まれた傷の痛みにわずかに顔をしかめるとそのまま手が焼けるのも構わず自分が扱うとすれば大きすぎるであろうそれを掴むと、力任せに聖人を引き寄せて斬閃を見舞う

 傷口から血炎を上げ、その巨体を揺らす聖人を無造作に放り投げ、追撃をかけようとしていた別の聖人達の動きを封じる

「あァ……やっぱり戦いはいいな」

 無数の聖人達に囲まれ、一人で奮戦する紅蓮は身体から血炎を立ち昇らせ、劣勢に追い込まれている中でもその口端を吊り上げて笑っていた

「なにがおかしい!? 邪悪なる闇のものよ」

 その様子に武器で紅蓮を牽制する聖人達の瞳に、清廉な意志が宿る

「別に。ただ楽しんでるだけさ」

 決して優勢とはいえない戦況の中で笑っているその理由が理解できず、正善とした意志を刃に乗せた聖人達が訝しむ様に簡潔に答えた紅蓮は、久しぶりの――そして、本当に願っていたこの状況に歓喜して魔力を高める


 紅蓮が十世界に入ったのは〝戦うため〟だ。世界の在り方に抗い、世界を変えようとする愛梨と十世界は九世界そのものを敵に回している。――即ち、世界すべての強敵と戦うことができる可能性があった

 だが実際には戦いを好まない盟主・愛梨の意向により自衛を除く戦闘は極力回避し、対話での理解に重きを置いている。それを否定するわけではないが、紅蓮からすれば不満がなかったとはとても言えない


 しかし、今はその愛梨さえもここに立って戦っている。愛梨自身はそれを望んでいないのだろうが、今戦っている――戦えている。そのことが紅蓮には途方もなく嬉しいことだった

 強いて不満を上げるなら、愛梨の力で死が阻まれてしまうところだが、紅蓮にとっては「戦う」という過程が最も重要なのであり、生死などさほど気にならない


「楽しむだと!?」

「なんて凶悪な……!」

 その言葉に、男女入り混じった聖人達から、非難とも嫌悪とも取れる声が零れるが、それが紅蓮の戦いを止める要素にはなりえない

「貴様は――」

「言葉はいらねぇよ。お前らの思いは全部武器に乗っかってるさ。……だから、もっと対話(・・)しようぜ」


 紅蓮は戦いを求めている。しかし、それでも戦いを望まない十世界に身を置いているのは、この場所に居心地の良さを感じているからだ

 特に愛梨に対しては、不思議と好感がある。戦いを求める自分とは正反対であるにも関わらず、その態度が不思議と嫌にならない。そうでなければ、とうの昔に十世界を離れていたかもしれない


 咆哮を上げ、魔力を纏わせた刃を風る紅蓮から少し離れたところでは、純白の四枚翼を羽ばたかせたマリアは、自身の武器である杖を手に宙を舞い、理力の波動を舞うように回避しながら光力の波動を放つ

「クロス!」

 マリアが放った極大の閃光が、今まさにクロスへと肉薄していた聖人に命中し、その身を守っていた結界を軋ませる

 それと同時に、即座に振り返ったクロスの斬閃が聖人の巨躯を横薙ぎに斬り裂いて血炎を吹き上げさせると同時に、更に横から飛来したシャリオが駄目押しの一撃を加えてその巨躯を吹き飛ばす

「我らと同じ光の存在でありながら、闇の存在と組みし、あまつさえ十世界と同盟を組むなど、貴様らには誇りもないのか!?」

 聖人の誰かが放った憤りに満ちた声がクロス、シャリオ、マリア――三人の天使の耳朶を叩いて糾弾する

 光の存在として闇の存在と行動を共にしていることへの忌避、十世界に所属する天使への敵意、そしてその十世界と同盟を結んだことへの嫌悪。それらの感情がないまぜになった言葉にも、クロスとマリア、シャリオの心が揺れることはない

「だとさ」

「お前達に言ってるんだろ?」

 そうしている間にも休むことなく襲い掛かってくる聖人達の攻撃を捌きながら言うクロスの目配せを受けたシャリオは、不敵な笑みを浮かべて応じる

(こんなことに、こんなことを考えなんていけないことだろうけど……)

 神器の補助によって力が上がっているとはいえ、そこまで隔絶した力を得ているわけではない。その上数は圧倒的に少なく、戦況は劣勢と言わざるを得ない状況。

 にも関わらず、クロスとシャリオは一切の憂いもなく純白の翼を羽ばたかせ、神聖な光の力を行使して戦場を舞っている――それに加わるマリアは、二人のその様子に思わず口元を緩める


(一緒に戦えてよかった)


「――!」

 瞬間、聖人達の合間を縫って飛来した優美な輝きが横薙ぎに奔り、理力の極大斬閃がクロスとシャリオを同時に打ち据える

 優美な剣を手にしたその人物――聖人界議会三大党首の一人「ヘイヴァンス」の一撃を受け止めたクロスとシャリオは、その威力に歯噛みしながら一旦距離を取る

「クロス! シャリオ君!」

 それを見るなり更なる追撃をしようとするヘイヴァンスを筆頭とする聖人達を、四枚の翼から打ち出した無数の光力砲で迎撃したマリアが鋭い声で呼びかける

 その声に答えるように、ヘイヴァンスが放った理力の斬閃を力任せに打ち砕いたクロスとシャリオが、砕け散る光の力の残滓の中から姿を現す

「まったく、次から次へと……」

 一向に減る気配がない――というより、死を与えられる前に守られてしまう聖人達に悪態を吐くシャリオを横目に、聖人達に光力の斬撃を放ったクロスが声を上げる

「――だがどうする? このままじゃ聖浄匣塔(ネガトリウム)どころか、聖王閣(グラザナッハ)にも簡単に辿り着けやしないぞ」

「確かに、神魔さん達も心配ですしね」

 聖浄匣塔(ネガトリウム)に囚われた瑞希を助けるためにここにきたクロスとマリアにとって、シャリオとの懐かしい共闘も悪くはないが、ここで足止めをされ続けるのは本意ではない

 多様な光力の砲撃と結界を使い分け、クロスとシャリオを援護する万理はあ、遠くにそびえ立つ聖議殿(アウラポリス)の中心を一瞥して先に進んだ神魔と桜を案じる

「なんでそうなるんだよ」

 マリアの言葉に誰にも聞こえたように小さく不満の声を漏らしたクロスは、渋い表情を浮かべながら、その武器である大剣でヘイヴァンスの攻撃を受ける

 何やら意味深な視線と声音で向けられたその言葉に心中で複雑な感情を抱くクロスを横目にしたシャリオは、そこへ応援のために割り込む

「……そうだな」

 神速で移動し、クロスとせめぎ合うヘイヴァンスの刃を横から弾いたシャリオは、神妙な面持ちで独白すると同時に声を上げる


「姫!」


 死紅魔(シグマ)が死んだ今、この場では紅蓮とラグナのチームリーダーであるシャリオが愛梨に次ぐ地位と指揮権を持っていることになる。

 聞えないほど小さな声だったクロスの独白ではなく、その前の言葉――「このままでは目的地にたどり着けない」という部分に対して肯定の言葉を呟いたシャリオは、果たすべき目的のために未だミスティルと刃を交えている自分達の盟主へと語りかける

「……シャリオさん」

 混迷し、乱戦を極める戦場においても光力に運ばれることで正しく耳に届いたシャリオの言葉に、愛梨はその意識をそちらへ傾ける

「あいつらだけを先に行かせてどうする! 殺さないのも話し合うのも結構だが、こちらにもやるべきことがあるだろ? いつまでもここで時間を使ってる場合じゃないはずだ!」

 それに次いで続けられたシャリオの言葉に、ミスティルの攻撃を杖に纏わせた自身の神能(ゴットクロア)によって逸らした愛梨は、それを噛みしめるようにしてゆっくりと口を開く


 愛梨が――そして十世界が聖人界に来たのには理由がある。戦いを否定し、対話を重んじる愛梨がここに足止めされるのはある種の必然と言えるが、だからといってやるべきことをやらずに終わらせることなどできない


「そうですね」


「!」

 愛梨が厳かに呟いた瞬間、その身に纏う空気が変わったのを感じ取ったミスティルは、行動を起こされる前に機先を制するベく、天秤槌から理力の波動を放つ


 天を穿つ光の波動が津波のように迸り、愛梨を呑み込まんと打ち寄せる。

 愛梨の倍以上の巨躯から放たれる光の波濤は、絶対の正義に裏打ちされた純然たるに戦意によって形作られており、触れたもの全てを浄滅させる天意の一撃だった


 その光の波が容赦なく愛梨を呑み込んだ次の瞬間、一切油断をしていないミスティルの目の前で、その波濤が打ち砕かれ、信じ難い光景をその目に映し出す

「これは……!?」

 全ての神器を使う権能を持ち、無数の神器を持つ愛梨ならば、業腹ではあるが自身が放った全霊の一撃を防ぐことも可能だ。あらかじめ、その可能性を考慮していた愛梨だが、予想だにしなかった眼前の光景にその目を見開く

 その驚愕も必然といえるだろう。何故なら、ミスティルが放った光の波濤がかき消され、その中から姿を見せた愛梨は――二人(・・)に増えていたのだ

「神器……!」

 その現象がなんなのかまでは、さしものミスティルにも判然としない。だが、その現象を引き起こした原因ならば、即座に思いつく要因があった

「はい。神器『禁吟罪宝(アルス・トロメギア)』。自分自身を(・・・・・)並列に偏在させる(・・・・・・・・)力を持つ神器です」

「……神の禁忌――!」

 自慢するわけでもなく、淡々とただ尋ねられたままにその力の源たる神器の権能を答えた愛梨の言葉に、ミスティルはその力を理解して息を呑む


 愛梨が行使した神器「禁吟罪宝(アルス・トロメギア)」の能力は、簡潔に言えば「自分自身を複製する(・・・・・・・・・)」こと。

 そしてそれは、全く同じ存在がが同時に二人以上存在できないというこの世の理に反したものだ。その制約があるからこそ、神や異端神たちは堕格反応(ダグディアス)によって神格と霊格を落としたユニットを生み出しているのだから

 だが、その力(・・・)を神が持たないというわけではない。ただ世界の理を乱し、世界の在り方を崩してしまうために神でさえ使うことがない力というだけだ


「やはり、自分が二人になるというのは少々複雑な感覚ですね……では、こちらは任せます」

 法以前の禁忌の力そのもので自らを二人に変えた愛梨に、蔑意にも似た敵意を向けるミスティルの前で、二人となった十世界盟主は言葉を交わす

 神器によって二人の一人となった愛梨は、その二人分の情報を自分一人で認識している状態にある。二人分の知覚、二人分の感覚、それらを等しく有する現状に居心地の悪さを覚えながら、本体に当たる愛梨は自身にこの間を委ねる

「させません!」

 しかし、それをみすみす見過ごすようなことをミスティルがするはずはない。全霊の理力を込めた理力の波動を天秤槌の一閃に乗せて放つが、本体となる愛梨の力によって無力化される

「……ッ!」

 原在(アンセスター)であるミスティルさえ、欠片に過ぎない神器の前では他の全霊命(ファースト)と変わらない。全霊命(自分達)とは一線を画す神の力の前にその端正な顔がわずかに歪む

「『祝神鐘(アルスティゴール)』は残していきます。『憲理章(アイアウス)』と『天上輪(オーバーテア)』はあなたに。空領土(レルヴォキス)は私が持っていきます」

「はい」

 互いに手を重ね、言葉を交わす愛梨と愛梨の姿に、ミスティルはその目に鋭利な光を宿してその姿を見る

 それが、本体である愛梨と神器で生み出されたもう一人の愛梨の間で行われている神器の受け渡しであることはミスティルには明白だった

(二人に分かれたからといって、神器まで二つになることはない。そして、おそらく一つの神器を自分達の所有物として二人で同時、あるいは交互にも使うことはできないといったところですか)

 そのやり取りから、もう一人の自分を生み出す神器の持つ欠点を推察したミスティルが天秤槌を構え、清廉な理力を注ぎ込む

(おそらく、自分を分ける神器にはこれ以上の特筆した能力は無い。なら問題は、彼女が渡された二つの神器の能力……)

 自分が相対することになる愛梨――神器によって生み出された愛梨が、本体から受け取った二つの神器は先程まで使っていたのかも分からない未知のもの。

 そのやり取りを見比べていたミスティルに、話を終えた二人の愛梨が向き合って敬意を感じさせる一礼をする

「では、不躾とは思いますが私は先へ行かせていただきます」

「ここからは、不肖ではございますが私がお相手させていただきたいと思います」

 同じ顔、同じ声、同じ力を持つ同一の存在である二人はそう告げると、本体である愛梨は聖王閣(グラザナッハ)の方へ。そして神器によって生み出された愛梨は長杖を顕現させてミスティルに相対する





「邪魔!」


 聖王閣(グラザナッハ)へと向かっていた神魔と桜は、眼前に立ちはだかるおびただしい数の聖人達に向けて共鳴させた魔力の波動を叩き付ける

 原在(アンセスター)のそれに勝るとも劣らない強大な魔力の直撃を受けた聖人達は、成す術もなくその力の前に吹き飛ばされる

「……っ!」

 本来なら、少なくない数の聖人達を滅殺できていたであろうはずの純黒の渦だったが、一つの命も刈り取ることができずにいるのを見て神魔は忌々しげに眉を顰める


 事実、神魔と桜の攻撃を受けた聖人達は、簡単には動けないほどの重傷こそ負っているのものの死に至る気配はない

 共鳴した神魔と桜の魔力の神格と聖人達の力の差を比べればこの状況は明らかに異常。ならば、そこに死さえ封じる何らかの要因があるのは明白だった。

 ――そして、幸いにも神魔達にはそんな奇跡を可能にできる可能性を持ち、それを実行するであろうしれない人物に心当たりもあった


(神器の力かなにか知らないけど、ここまで殺させないとはね)

 その原因に即座に思い至った神魔は、現状を生み出した理想ばかりを謳う博愛主義者の姿を幻視し、忌々しさ半分感嘆半分に心中で独白しつつ顔を上げる

 あまり好感を抱いていないが、ここまでその信念を貫けるのならばあっぱれとしか言えない神魔とその隣りに並ぶ桜が視線を向けた先では、先の一撃で吹き飛ばされた聖人達の大群の中から、五対十枚の純白の翼を広げる美しい天使がその姿を現していた

「神魔さん、桜さん」

「リリーナ様」

 元々、知覚でそこに誰がいるのかが分かっていた神魔と桜は、聖人達の大群に囲まれて動きを封じられていた天界の姫「リリーナ」を解放し、憂いを帯びたその視線を意に介さずに簡潔に話しかける

「このまま聖王閣(グラザナッハ)へ突っ込みます」

 天界の――そして、他の光の世界の王達と交渉してまで現状を穏便に解決してくれようとしていたリリーナからすれば、今回の神魔達や大貴の行動は決して歓迎されるものではないだろう

 もしかしたら、自分を信じてもらえなかったと思っているかもしれない憂いを抱く美貌へと視線を向けた神魔は、リリーナの立場を慮って弁解も弁明も助力も求めずにそこから先へ進もうとする


「待ってください! 勝ち目はあるのですか? そこには天支七柱がお二方も見えるのですよ?」


 しかしその二人をリリーナの切羽詰まった美声が引き留める


 神魔と桜――大貴達が十世界と手を組んでまで聖議殿(アウラポリス)へやってきたのは瑞希を助けるためであることをリリーナは知っている

 ならば二人の目的地が聖浄匣塔(ネガトリウム)であることも想像に容易い。だが、肝心のその聖浄匣塔(ネガトリウム)には、最強の聖人である「マキシム」と「ビオラ」二人の天支七柱が残っている

 いかに魔力を共鳴させて原在(アンセスター)に匹敵する力を得た神魔と桜とはいえ、二人の天支七柱を相手にしては不利は否めないだろう


「それは、何とかします」


 リリーナの忠告は尤もだが、その程度の覚悟はとっくにしている神魔は、リリーナへ一瞥を向けて淡泊に答えると、桜と視線を交錯させてその武器である大槍刀に魔力を注ぎ込む

 瞬間、神速で振るわれた極黒の魔力の波動が眼前にそびえ建つ巨大な宮殿――「聖王閣(グラザナッハ)」の外壁と地盤を突き破り、その下に広がっている空間を露出させる

「聞いてた通りだ」

 九世界唯一の全霊命(ファースト)の牢獄「聖浄匣塔(ネガトリウム)」は、聖王閣(グラザナッハ)の地下に作られている。その在処を、瑞希が連れていかれたのちにウルトから聞いていた神魔は、迷わずにそれを露出させると、桜と共に聖人界の中枢の地下に広がる巨大な空間へと降り立つ

「たしか、――『ターミナルエンド』って言ってたっけ」

「はい」

 事前に聞いていた情報を思い出し、地下に広がっているこの空間の名を独白した神魔に、桜も厳かで淑やかに応じる

「ってことは、あれが聖浄匣塔(ネガトリウム)か」

 そう言って顔を上げた神魔と桜の視線の先には、翼を広げ十字光を戴いているような形状をした水晶質の建造物がそびえ立っていた

 丁度聖王閣(グラザナッハ)本殿の真下に当たる位置に作られているそれの前には、色鮮やかな宝玉で彩られた門を守るように聖人達が陣取っている


 その名前と存在こそ知られてはいるが、その所在や形状も含め、実際に聖人以外で目にした者がほとんどいない「聖浄匣塔(ネガトリウム)」を目にした神魔と桜の胸に感慨などの感情が生まれることはない

 二人の目の前にそびえ立つ芸術のように美しく幻想的で宝石のような神秘の輝きを抱く建物は、ただ二人の前に立ちはだかる障害に過ぎないのだから


「あなた達が初めてですよ」

 その時、静かに響く澄んだ女性の声と共に、聖浄匣塔(ネガトリウム)の前に集まっていた聖人達の群れがゆっくりと左右に割れ、そこから左腕と一体となった巨大な弓を携えた女性が歩みだしてくる

 後頭部で束ねられた膝裏にまで届くほどの長さを持つ紫紺色の髪を揺らし、首回りを白いファーで覆われたドレス型の霊衣を纏ったその女性は、空気を清め正す様な凛とした清廉な存在感を以って神魔と桜の前に立ちはだかる

「九世界の有史以来、罪人以外でここまでやってきた闇の存在は」

 凛々しいその目に鋭利な眼光を灯し、神魔と桜へと硬質な声を向けるその人物の姿に、リリーナは静かに息を呑む

「――ビオラ様」

 この場所――「ターミナルエンド」の守護者にして天支七柱の一人である「ビオラ」は、その理力で形成した矢を顕現させる

 腕と装甲で一体化した弓に張られた理力の光糸を引き絞り、その存在の力を具現化した宝玉を備える金色の矢を向けたビオラは、神魔と桜へとその矢じりを向け、いつでもそれを放てるという意思を番える

「投降しなさい。あなた達がしようとしていることは、世界への反逆です」

 その言葉に目を伏せた神魔は、大槍刀を振るって桜と共にビオラへと向き合う


「生憎、もうそういうところは通り過ぎてるんだ」


「――残念です」

 神魔の言と共に、その志を同じくする桜の視線を受けたビオラは、自分の言葉が二人を止めることができないことを察して、静かに呟く


 刹那、どちらからともなく戦端が開かれ、共鳴した魔力を纏った神魔と桜と、ビオラが放った理力の矢が激突し、天地を震わせる光と闇の波動を巻き起こした





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