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魔界闘神伝  作者: 和和和和
聖人界編
211/305

天秤上の決戦






「始まったわね」

「――始まったな」


 外縁離宮の中心にそびえ立つウルトの屋敷。その高台の部屋から窓の外を見る聖人の姉弟――「シャハス」と「ナハト」は、聖人界の中枢「聖議殿(アウラポリス)」から伝わってくる強大な力の波動を知覚してどちらからともなく呟く

 全霊命(ファースト)として最高位にある者達の戦いによって生じる力の波動は、まるで聖人界全体を揺るがすかのように広がり、それに恐れ戦いたこの世界の半霊命(ネクスト)――「巨獣」達は、敏感にそれを感じ取り、我先にと聖議殿(アウラポリス)から逃げるように遠ざかっていく


あの人(・・・)の狙い通りになるかな?」

 遠くで始まった、この世界の命運すらもかかった戦いを遠い目で幻視するナハトの言葉に、シャハスは静かに目を伏せて呟く

「私達にできるのは、それを信じることだけね。それまでは――」

「ああ。俺達も戦わないとな」

 薄く開いた視線を横へ向けたシャハスがその手に緋色の柄を持つ矛を顕現させると、ナハトも蒼い柄が特徴的な身の丈にも及ぶ戦棍を顕現させる

 それぞれの武器を顕現させたシャハスとナハトは、そのまま屋敷の正門へと移動する


 そして、それを見計らっていたかのように屋敷の正門の前にある外縁離宮の門へと続く道の先に、重厚な太い柄と分厚い刃を持つ偃月刀を肩に担ぐようにしている聖人が姿を現す

 その聖人――この外縁離宮を見張るために、聖人界の議会から派遣されている監視役の一人である「ラーギス」は、二人の前で足を止める


「貴様ら、反旗を翻すつもりか」

 その双眸を怒りで燃え上がらせ、重低音の声音で呻るように言うラーギスに、武器を手に向き合ったシャハスとナハトは、想定された状況に静かに戦意を高める


 聖人界に大貴達が十世界と共に向かえば、それまで異世界からの客人をもてなしていたこの外縁離宮とウルトが少なからず責任が問われるであろうことは想定の範疇だった

 監視役に来ている聖人達が、この外縁離宮を制圧しようとすることが十分に予想できたシャハスとナハトは、ここにいる仲間達と共に決着がつくまでこの場を守り抜く覚悟を持っていた


「傲りが過ぎますよ、ラーギス。今はただ、正義と法の――聖人界の正しさが問われているだけです」

 そう言ってラーギスに向き合ったシャハスとナハトが臨戦態勢の入ると同時、まるで計ったかのように外縁離宮の至る所で同様の接触が発生していた



 今まさに戦場と化そうとしている外縁離宮の中心――ウルトの屋敷の中では、事前にこの可能性を伝えられ、結界で守られた詩織が祈るように手を組んでいた

「神魔さん、大貴、皆……」





 門を破壊し、聖議殿(アウラポリス)へと侵入してきた大貴達と聖人界の戦力の大半が睨み合う中、開戦の証とばかりに、まず動いたのはその先頭に立つ三人――聖人界の聖議会を構成する三つの党の一つ「法党院(ケントルム)」の長であるミスティルだった

 左右に分厚い円盤を備えた身の丈にも及ぶ十字杖にその理力を注いだミスティルが、軽く持ち上げたその石突を軽く地面に叩き付けると、澄んだ金属音を奏でてその背後に巨大な金光球を生み出す


「――来るぞ!」


 聖人の原在(アンセスター)でもあるミスティルの神格が込められた理力の光球は、大貴達へと向けられたその怜悧な視線が険を帯びると同時に、無数の光の雨となって降り注ぐ

 沈黙の内に放たれた理力の閃雨は、その神格に等しい神速を以って大貴達へと一直線に迸る。複雑な軌道を描くことは無く、単純な一直線の軌道を描いた閃雨を大貴達は各々の力を以って迎え撃つ


 大貴の刀身から放たれた黒白の力が光雨と共鳴して相殺し、神魔と桜の共鳴する漆黒の魔力が、光を呑み込む深淵の闇のように光雨を呑み込む

 敵味方問わず、全ての神能(ゴットクロア)と共鳴して神格を取り込む唯一の力を持つ大貴(光魔神)と、共鳴することで原在(アンセスター)にさえ迫る神格を得ることができる神魔と桜は、単純にその力を以ってミスティルの攻撃を相殺してみせる


祝神鐘(アルスティゴール)!」


 その傍らでは、神格を高める神器を発動した愛梨の加護を得たラグナが放った闇染めの黒光と紅蓮の魔力斬が光雨とぶつかり合い、中空で迎撃する

「力が漲ってくる!? ……これなら」

 十世界のメンバーではないが、その力の恩恵にあずかったクロスとマリアは、自身の神格が高められるのを実感する

「どうだ?」

 その隣りで肩を並べ、純白の翼を広げたシャリオに得意げな視線を向けられたクロスは、高まった光力を解放しながら、口端を吊り上げる

「十世界の世話になっているっていうのは不本意だが……正直、いい気分だ」

 愛梨の力を借りていることに思うところはあるが、神器によって高められた自身の力は、今まで見ることしかできなかった強さの高みへの扉を開いてくれている

 存在そのものが髙い次元へと引き上げられる高揚感を噛み締めながら、強くなった光力を解放するクロスの姿にシャリオは笑みを返す

「突っ込みすぎるなよ?」

「お前もな!」

 ミスティルが放った理力の光雨が降り止むのと同時、それを合図として大貴達と聖人達が地を蹴って神速で肉薄する

 その中で先陣を切るのは、単純な神格として最も高い「ワイザー」と「ツェルド」の二人。最速の神速で肉薄したワイザーはその武器である蛮刀に、ツェルドは三又の燭台槍に各々の理力を纏わせて渾身の一撃を見舞う


「――!」


 最上段から袈裟懸けに振り下ろされたワイザーの一閃は、黒白の力を帯びた大貴の太刀が、全てを薙ぎ払うように横薙ぎにされたツェルドの槍斬は、桜と共鳴した神魔の大槍刀の斬撃がそれぞれ受け止め、相殺された神格に込められた純然たる意思が、破壊の衝撃を生み出す


 最も神に近い存在である全霊命(ファースト)の力である神能(ゴットクロア)に込められた意思の力は、物理的な破壊力を以って大気を軋ませ、大地を砕くほどの力を持っている

 だが、相殺されたその力は空間を軋ませることこそあれど、聖議殿(アウラポリス)に破壊をもたらすことは無かった。何故なら、聖議殿(アウラポリス)は天支七柱の一人であるワイザーの理力が作り出したもの。即ち、この街そのものが神能(ゴットクロア)によって形作られているからだ


 そして戦端を切り開いた激突から、ほんのわずかな間を置いて、オーヴァン、ヘイヴァンスが率いる聖人達と、クロス、マリア、シャリオ、紅蓮、ラグナ達の刃が激突して二度目の力の奔流を生み出す

「っ、これは……!?」

 その力の激突を知覚の端で感じ取っていたワイザーは、これまで感じたことのない感覚に瞠目して相対する大貴を見据える

 黒白の力に覆われた太刀は、ワイザーの理力と武器の蛮刀と共鳴し、それを力の源である大貴へと取り込んでいく

(俺の力を……いや、存在そのものを取り込もうとしているのか)

 光魔神の神力――「太極(オール)」が持つ力を目の当たりにしたワイザーは、その身体から理力の波動を放って斬撃と共に力任せに大貴を吹き飛ばす

「――ッ!」

 力任せに刃を振り抜いたワイザーは、自身の武器である蛮刀の刃に絡みついていた黒白の力を横目で一瞥し、苛立たしげに小さく舌打ちする



「ハアアッ!」

 大貴とワイザーが刃を重ねているその横では、共鳴した魔力の斬撃を振るった神魔がツェルドの燭台槍を弾き飛ばし、その隙を衝いて桜の薙刀が神速で振るわれる

「ぐ……ッ」

 神魔の斬撃をかいくぐるようにして放たれたその斬閃が掠め、その頬に一筋の傷を受けたツェルドは、傷口から立ち昇る血炎を視界に収めて苛立ち混じりに歯噛みする

 魔力共鳴によって原在(アンセスター)と同等以上の力を発揮した神魔と桜は、それ以上に息の合った動きでツェルドを圧倒し、優勢な戦況へと持ち込んでいた

(なんだ、この強さは……!? たかが、共鳴でなぜここまで強くなる!?)

 神速で振るわれるツェルドの槍撃や理力の波動は、交互に立ち替わり、入れ替わる神魔と桜の斬撃によって迎撃、相殺され、その隙を衝いてもう一人の攻撃が迫ってくる


 確かに、数の上では二対一と不利がある。しかし、世界創世の頃から存在し、多くの戦いを潜り抜けてきたツェルドからすれば、伴侶による神能(ゴットクロア)の共鳴など見飽きた戦術だ

 だが、神魔と桜の共鳴はそれらと違っていた。確かに二人の力は共鳴が無くとも、全霊命(ファースト)として最上位に近い位置にある。だが、これまで神魔、桜の二人と同等以上の力を持つ共鳴とも戦ってきたツェルドからすれば、二人が共鳴によって高めている力は異常と言わざるを得ないほどに強かった


(一体、どういうことだ!? まさかこの二人には、何かがあるのか!?)

 神魔の力に任せた一閃を槍で受け止め、後方へと押し退けられたツェルドは、間髪入れずに迫ってくる桜の薙刀による連続斬撃を捌きながら、恐ろしいほどに息の合った二人の悪魔を見据える

「桜」

「はい」

 神魔の言葉に桜が共鳴した魔力を薙刀に乗せて振り払うと、純黒の魔力が渦を巻いて炸裂し、援護に回ろうとしていた聖人達を呑み込んで炸裂する

 触れるもの全てを消し去らんばかりの魔力の波動に身を晒し、全身を破壊するような力の奔流に逆らうツェルドは、その闇を裂いて肉薄してきた神魔の斬閃を、理力の斬撃によって迎撃する

「舐めるなよ、悪魔!」

 天支七柱としての、そして聖人としての誇りと正義に戦意を燃やし、全てを征滅させる理力の光を解放したツェルドが全霊の力を以って神魔を吹き飛ばす

 しかしその瞬間、ツェルドの力によって後方へと神魔が薄い笑みを浮かべると、その背後から伸びてきた桜の薙刀が神速によってその胸の中心へと向かって迸る


「――!」


 今まさに桜の斬撃がツェルドを捉えようとしたその瞬間、二つの陣営の刃が激突した戦端の上空に金色の太陽が出現し、それが無数の光雨へと変わって真上から降り注ぐ

「ちっ」

 その攻撃を知覚するなり、桜と神魔は攻撃を中断して、光雨を相殺しつつ、追撃を警戒してツェルドから距離を取る


 大貴とワイザー、神魔と桜が刃を交え、戦場に二度目の光雨が降り注ぐまでの時間は、一秒にも満たないほど

 時間と空間の概念をも消失させる全霊命(ファースト)として最高位の神速で交わされた最初の衝突は、開戦の狼煙と同じく天支七柱の一人であるミスティルの攻撃によって中断を余儀なくされた


(やっぱり、この戦力差はでかいな……!)

 ミスティルの理力が収束された光雨を大剣の斬撃で相殺しながらかいくぐるクロスは、苦々しげに歯噛みして、マリア、シャリオと共に戦場を移動する


 祝神鐘(アルスティゴール)の力で神格を高められているとはいえ、聖人達の方が圧倒的に数で勝っている。強化された分を差し引いてもその戦況は劣勢という他なかった

 加えて、敵として認識したもの以外に破壊の力をもたらさない神能(ゴットクロア)の特性により、ミスティルが放った光雨は、聖人達には一切の傷を与えていない


 相殺を免れたミスティルの光雨が、大地に吸収されていく中を視界と知覚で捉えながら移動する大貴達を視線で追ったミスティルは、二度目の光雨が止むと同時に十字杖を振るう

 身の丈にも及ぶ十字杖の両側に備えられた真紅の円盤が理力の光鎖をしならせ、回転しながら奔る先にいるのは、十世界盟主「愛梨」


「!」

 天秤杖の円皿の一撃を見て取った愛梨は、即座に神器「空領土(レルヴォキス)」を発動させて、純然たる殲意に彩られたミスティルの攻撃を防ぐ

 時空を司り、事象と概念の干渉を拒絶する防御膜によって攻撃を無効化されると同時に、ミスティルは神速で移動し、愛梨へと肉薄する

「ミスティル様……!」

「あなたも懲りませんね」

 あえて空領土(レルヴォキス)を解除し、自身の武器である杖で自分の攻撃を受け止めた愛梨の切な訴えに、ミスティルは麗淡な表情と声音で答える

 真紅の円盤を備えた十字杖は、巨大な槌としてその力を発揮し、その一撃は力を収束させて作り出された愛梨の防御結界を軋ませるほどの破壊力を発揮していた

「一つ、聞かせていただいてもいいですか?」

 その威力から逃れるように後方へと飛びずさった愛梨を逃さずに肉薄したミスティルは、槌杖を横薙ぎに払ってその軌道を力任せに捻じ曲げながら、穏やかな口調で語りかける

「なんでしょう?」

 魂の髄まで響いてくるような槌撃の衝撃に、一瞬眉を顰めて苦悶の表情を浮かべた愛梨は、しかしその表情に不思議と幸せそうな笑みを浮かべていた

「あなたになら、いくらでもこの現状を打破できる力があるはずです。それこそ、反逆神や覇国神の力を借りれば、聖人界(私達)を攻め落とすことなど簡単でしょうし、襲撃者(レイダー)のような力を借りれば、このような大事にしなくとも目的は果たせるでしょう?」

 ミスティルの心を見透かそうとしているような公平かつ公正な無機質な眼差しを、澄んだ瞳で喜んで受け止めた愛梨は、自分の気持ちが伝わるように微笑む

「簡単なことです――」

 言葉を交わしながらも、一時も休まることのないミスティルの攻撃を捌き、相殺する力の火花の中に身をさらぬ愛梨は、穏やかな声音で答える


「私達は、あなた達に勝ちたいわけではありませんから。正面から、等しく向き合いたかっただけです」


「余裕なのね」

 愛梨のその言葉に静かに答えたミスティルは、理力を纏わせた天秤槌をその神格が許す限りの力の速さで叩き付ける


 ミスティルが訊ねた通り、愛梨には現状をいかようにでもする力はもちろん、それ以前にこのような現状を回避する手段さえ無数に存在した

 これまでは、対話をするという理由があったためにそういった手段を避けていたのだろうが、ここまでの実力的な衝突を想定できる状況で訪れたのならば、その手段を使えばいいはずだ


 だが、愛梨はそれを選択しなかった。十世界に名を列ねる異端神、神片(フラグメント)の力を借りることはおろか、神威級神器も使わず、神器も最低限しか使っていない

 愛梨はそれを対等な条件で戦い、力以上にそこに込められた自分達の想いと、真摯な決意を伝えたいと考えていたが、ミスティルがそれを同じように受け取るかは別の問題だった


「そういう意味ではないのですが……」

 十世界が全力で戦わないが故に聖人界が戦えているという事実を踏まえ、不満を滲ませた清涼な声音で力を振るうミスティルの言葉に答えようとした愛梨は、おもむろにそこで言葉と止めて再度口を開く

「そうかもしれません。きっと、今の世界は、できる力を持つ人ができることをする世界なんです」

 自身の槌撃を杖で捌きながら返された愛梨のその言葉に、ミスティルはわずかにその目に剣の光を宿す


 ミスティルの言う通り、そして誰もが知っている通り、この世界は力あるもののものだ。半霊命(ネクスト)にできないことが全霊命(ファースト)にできるように、全霊命(ファースト)にできないことが神にできるように、そして弱いものにできないことが強いものにできるように。

 その力の種類は様々だろうが、特に単純な「力」の価値は高い。法も、国も、世界も、それを力あるたった一人の存在がどうにでもできるのが、全霊命(ファースト)や神といった、世界の最高位に位置するもの達の力だ

 そして、力も、そして想いも強いものが、世界にその意思を示すことを許される。――今の、大貴や愛梨達のように。


「でも私が――そして、私達が望む世界は、全ての人が同じことをしたいと望む世界です」

 誰もが知り、身を以って理解している絶対的な世界の真理を再確認するように語った愛梨は、しかしその心が望むそれとは違う願いを告げる


 愛梨が願い、十世界が叶えようとしている「恒久的世界平和」とは単に世界から争いがなくなればいいというものではない

 むしろ、それをなす心の在り様こそが何よりも重要なのだ。強者も弱者も、光も闇も、誰もが同じ世界を求める志にこそ愛梨が本当に願うものがある


「それを言っていて、どれだけ愚かなことか分からないのですか?」

 この世の在り方を否定し、この世界生きる全てのものの心の術の在り方を定めようとするような愛梨の言葉に、ミスティルの淡泊な声音が、わずかに剣呑な鋭利さを帯びる

 その言葉とともに振るわれた天秤槌の一撃を受け止め、その威力のままに吹き飛ばされた愛梨は、神速で肉薄してくるミスティルを捉えて、自嘲めいた笑みを浮かべる


「本当に」


 苦笑するように肩を竦めた愛梨は、その武器である長杖を振るってミスティルと武器をぶつけ合わせると優しく笑って真剣な表情で語りかける

「でも、奪われることを恐れて戦い、失うことを嘆いて誰かのなにかを奪うのが〝世界〟なのだと、諦めたくもありませんから」

 最強の全霊命(ファースト)の一角である原在(アンセスター)から放たれる純然たる殺意に心身を晒しながら、それに等しい想いを自身の言葉に乗せているはずの愛梨は、慈愛と博愛に満ちた陽だまりのような笑みを浮かべていた

「私は、失う痛みに向かい合うことは強さではないのではないかと思います。私達は、世界がこういうものだからと、諦めることを諦めなければならないと思うのです。だって――」

 誰かの痛みを自分のものとし、誰かの想いを自分の願いとし、自分の思想(おも)いを世界に(こいねが)う愛梨の心が、その神能()を介してミスティルへと言葉と共に届けられる


「だって私は、誰もが夢のような理想を望んでくれる世界を叶えたいのですから」


「――……」

(なるほど。これが、奏姫――)

 自分と未来、そして耳を傾けてくれる人全ての心を信じ尽くしている愛梨の純真無垢な言葉と瞳に、ミスティルは一切その攻撃を緩めることなく、追撃の一撃を見舞う

(やはり、危険ですね)

 手を差し伸べるように向けられた愛梨の言葉は、ミスティルの警戒心をさらに強め、その攻撃の手を緩めさせることはなかった

「そうですか。ならば、その志はここで折っていきなさい」

 全霊の理力を纏わせた天秤杖を振り翳したミスティルは、同じく全力で自身の攻撃を防ぐべく結界を展開した愛梨に向けて、天地を粉砕せんばかりの一撃を見舞う

「悪を知らぬ者に、正義の何たるかが語れるはずもありません。罪の何たるかを知らない者に、法の尊さを知ることなどできるはずもない。法にしろ、想いにしろ、そのすべてを許さないことで、私達は私達と私達以外の全てを認め、許しているのです

 あなたの願いは、この世の闇と悪と罰の全てに唾し、光と正義と愛の全てを踏み躙る退廃的で、腐敗しきった欺瞞に過ぎません」

 正しさの全てを否定し、過ちの全てを否定し、それが許されることを願う愛梨の心を真っ向から否定するべく放たれたミスティルの一撃は、輝かせる征浄の一撃となって世界を軋ませる

 相殺され砕け散った二つの神能()が星屑のように舞う中、ミスティルの一撃を完全に防ぎきれずに、その身から血炎を立ち昇らせる愛梨が粉塵を吹き払う

「そうだとしても、私はなにが正しいかで世界を語りたくはありません。――私は、何が幸せなのかで世界を語りたいです」

 その身に傷を負い、神器を使っていないために、一つ間違えば命を落としかねないほどに劣勢であるにも関わらず、愛梨は今までと寸分違わない慈愛の笑みを浮かべて、その心と手を差し伸べ続けていた

 その不気味なほどに純粋な博愛にその双眸に険を帯びさせたミスティルは、もはや何度目になるかも分からないほどの愛梨との力の応酬を始める

「私は――」

「そこですね」

 思いそのものでもある力と力がぶつかり合う中、決して諦めることなく話を続けようとした愛梨の言葉を、ミスティルの静かな声が遮る


「――!?」


 その言葉に小さく目を瞠った瞬間、愛梨が踏みつけた地面が輝き、そこから理力の爆発が噴き上がる


 しかも、その爆発に呑み込まれたのは愛梨だけではない。一目の激突から距離を取って移動している大貴達と、十世界のメンバー全てが理力の爆発に呑まれていた


「くッ……これは、理力の地雷か……!?」


 突如地面から噴き上がってきた理力の波動に全身を焼かれ、苦悶の表情を浮かべる大貴は、これまでの情報からその攻撃の正体を推察する

(なるほど、理力ってのはこういうことができるのか)


 聖人の「理力」は、九世界を総べる八種の全霊命(ファースト)神能(ゴットクロア)の中で唯一、永続発動性を備えた力。

 悪魔や天使をはじめ、全霊命(ファースト)神能()はその意思によって力を事情とした発現し、その意思が離れれば力もその指向性を失って無力化される

 だが、理力だけはそうはならない。一度意思を与えて発現させたその力は、本人の死、本人の意思による解除、第三者による破壊などがない限り、永続的にその効果を発動させ続けることができる。

 その力があるからこそ、聖人達は聖議殿(アウラポリス)をはじめとした聖人界の建造物を作り、他の世界にはない全霊命(ファースト)のための牢獄――「聖浄匣塔(ネガトリウム)」を維持することができるのだ


(あの時に仕込んでたってわけだ)

 自身の身体を焼く理力の爆発を振り払った大貴は、この理力の持ち主――ミスティルへと視線を向ける


 大貴達を捉えた理力の地雷は、ミスティルが二度放った光雨の攻撃として大地に設置されていた。思い返せば、目の前で光雨が地面の中へと吸い込まれていっていた

 知覚では捉えられるはずだが、ミスティル自身の強大な理力によってその力が隠され、さらに他の聖人達の理力が幾重にも重なったところに、更に意識を奪う戦闘。これによってミスティルが仕掛けた理力の地雷を見落としてしまっていたのだ


「こ、の……っ!」

 これまでには見ることがなかった常設的な罠として使うことができる理力の利点と脅威をその身で認識した大貴は、その身体から太極(オール)の力を吹き出し、それを以って戦場を呑み込む

 全ての力を取り込む黒白の力が迸り、大地の中に潜んでいたミスティルの力を無力化していく中、その間近に蛮刀を携えたワイザーが肉薄する

「そんな余裕があるのか?」

 光魔神(大貴)の命を奪うことさえ躊躇っていない純然たる殺意が宿った蛮刀の一閃に、黒白の力を帯びた逆袈裟の斬撃が返され、刃が激突する金属音と破壊音が衝撃波となって唸りを上げる

「それなりだな」

 ワイザーの一撃を真正面から相殺して見せた大貴は、刃を介し、腕から魂へと伝わってくる衝撃に眉を顰めながらも、あえてそれを打ち消すように口端を吊り上げる

(ミスティルの……いや、この場にいる全員の力を己のものとしているのか)

 大貴が振るった太刀の刃に絡みつく太極(オール)の力が増大しているのを知覚し、ワイザーはその要因を即座に見抜いてその双眸に険を帯びさせる

「まったく、面倒な力だ」

 この世界で唯一、光と闇の力を等しく持つ全霊命(ファースト)であり、異なる力を持つ全てのものと力を共鳴、吸収、統合することによって己のものとすることができる太極(オール)の力に、ワイザーは苛立ちさえ覚えずにはいられなかった



 同様に、ミスティルの理力の地雷を共鳴させた魔力の一撃で消し飛ばした神魔と桜は、互いの身体についた焦げ跡を一瞥して、肉薄してくるツェルドを見る

「神魔様、お怪我は?」

「僕は大丈夫。桜は?」

 刃に空いた穴に理力の炎を灯す、ツェルドの三又の燭台槍の一撃を暗黒色の魔力を纏わせた大槍刀の一撃で打ち払った神魔の言葉に、舞うようにその刃を振るった薙刀の澄んだ斬閃の音と共に桜が応じる

「わたくしも問題ありません――やはり、聖人のこの力は、少々厄介ですね」

「だね」

 薙刀の斬閃を後方へ跳んで回避したツェルドを視界に収めながら、消さない限り効果が続くという理力特有の特性を煩わしく感じながら、神魔と桜は互いの武器を重ね合わせて魔力を共鳴させると、その力を解き放つ

 共鳴する魔力を斬閃と共に放った神魔と桜の一撃は、極黒の滅渦となって迸り、ツェルドごと周囲一帯を呑み込む

「オオオオオオッ!」

 空間を消滅させんばかりの波動をまき散らすまるで世界の滅びを体現したかのような暗黒色の力の渦に、ツェルドは全霊の結界を幾重にも展開し、更にそこに最大の力を込めた理力の砲撃と斬撃で迎撃と相殺を図る


 理力の特性は、設置型の罠として機能する以外にも、複数の力を一度に発動させることができるという利点も持つ。

 むしろ、一度放った力から意思と力を離しても永続的に効果を発揮し続ける理力の神髄は、この力の重複にあるといっても過言ではないかもしれない


「――結界と攻撃を何度も発動して相殺されたか」

 自分と桜の力を共鳴させた暗黒の一撃が無力化されたのを知覚で捉えた神魔は、小さく舌打ちをして桜と共に距離を取る

「でも、それ以上に面倒なのは――」

 そう言って、相対するツェルドから意識を離さずに、その一欠片を向けた神魔は、不快感を露にした声を魔力に乗せて戦場に響かせる

「ねぇ、さっきから邪魔するのやめてくれない? こっちが折角数を減らそうとしてるのに」

 その言葉と共に視線を周囲へ向けた神魔は、先程の一撃でツェルドと共に()し飛ばそうとして呑み込んだ聖人達が半透明の膜につつまれているのを確認する

 この戦いには、天支七柱や三人の党首をはじめとして、聖議殿(ここ)にいる聖人達の大半が参加している。その圧倒的な物量に対抗するため、広範囲を巻き込む攻撃で少しでも数を減らそうとしていた神魔達だが、その目論見はことごとく同盟者である十世界盟主「愛梨」によって阻まれてしまっていた


「そういう訳にはまいりません。私はこの話し合いで犠牲を出したくありませんから」

 時空間と世界を制する神器「空領土(レルヴォキス)」の力を以って、自分達も聖人達も含めて死人が出ないように守っていた愛梨は、神魔の抗議の言葉に慈愛に満ちた笑みを浮かべて応じる

「ここにきて、まだ話し合いって言い張る辺りが本当に嫌な奴」

 一応は同盟関係にあるというのに、殺せる敵を守ってこちらの邪魔をする愛梨の悪びれもしない言い分に、神魔は不快気に眉を顰める

 その隙を衝いて肉薄してきたツェルドの贖罪槍の斬撃を回避した神魔が桜と共に反撃を試みると、そこに愛梨の言葉が届けられる

「仲間が失われてしまえば、互いに刃を収める機が遠のいてしまいます」

「もう、そんな機会はないと思うけど」

 ことここに至って、まだ分かり合うことを諦めていな愛梨の往生際の悪さに辟易しながら、神魔は桜と共にツェルドと神速の斬撃を応酬させる


 元々愛梨がここにきているのは、大貴に「一緒に自分達の想いを伝えよう」と誘われたからだ。無論、大貴達の目的も分かっていたし、ここに来ればこうなることも分かっていただろう。だが、それでも愛梨がここへ来たのは、話し合うことを望み、分かり合えることを信じていたたからだ

 神魔達からすれば、「そんなことは無理だ」と断じるような在り方。しかし、愛梨はこの状況になっても、それを何一つ諦めていなかった


「そんなことはありません。今ならまだ――いえ、私達は、いつでも戦いの刃を収めることはできるのですから」

 今はただ信念と想いが相容れないからこそ、戦闘になっている。だが、誰かが死んでしまえば、そこに怒りが生まれ、失われた痛みが刃を引くことを許さなくなる

 それでも、いつかは分かり合えると愛梨は信じているが、犠牲を抑えることができればその機会は早まるということを愛梨は願っていた

「そう思うなら、せめて周りのうるさいの減らすとかしてくれない?」

 自分の言葉を伝え、分かり合いたいと願っているからこそ、この場から退くこともせず、誰も死なないように取り計らっている愛梨のやり方に、神魔は桜と共にツェルドの攻撃を捌きながら抗議の言葉を送る

 天支七柱だけでも手に余っているというのに、現状は他にも軽く三桁はいる聖人達に取り囲まれている。これまでなんとか戦いながらその数を減らそうと努めてきた神魔からすれば、そうするならば何らかの対処をしてほしいと思うものだろう

「それは、あなた達にお任せします」

 神器を使うなり、十世界のメンバーを呼ぶなりして敵の数か負担を減らすように神魔に求められた愛梨は、ミスティルの攻撃を防ぎながら、静かに応じる

「は? ……あぁ、そういうこと」

 その言葉に一瞬隠しきれない苛立ちで言葉に棘を生やした神魔だったが、即座にその意図を理解して、ツェルドの槍戟を力任せに弾く

「桜」

「はい」

 神魔の言葉に淑やかに微笑んだ桜は、二人の魔力を共鳴させて生み出した暗黒の力渦によって周囲にいた聖人達を薙ぎ払うと共にツェルドから一旦距離を取って、互いの刃を重ねる

 大槍刀と薙刀――共に長い柄を持つ武器の刃を重ね合わせ、共鳴した魔力をそこで高めていく神魔と桜は、燭台槍に、煌々と理力を灯すツェルドをその瞳で射抜く

「この場の面倒臭いやつらは、十世界(あっち)押し付けて行く(・・・・・・・)よ」

「はい」

 愛梨の「あなた達に任せる」という言葉は、現状を打破する手段を任せるという意味だ。聖人達を殺めることを望まず、自分達が命を落とすことも望まない愛梨は、その力が許す範囲でできる得ることを全て成すだろう

 殺す気もない、殺される気もないそんな相手が自分の味方にいて、それが自分にとってさして重要な存在出ないのなら、そもそもこの場に留まって戦う方が無意味というものだ


「――!」

 大槍刀と薙刀、それぞれの武器の刃を合わせた神魔と桜は、共鳴し強化した全霊の魔力を纏わせて、それを自分達の進路を切り拓く槍とする

「させるか!」

 地を蹴り、神速の黒槍そのものとなった神魔と桜の突撃を見て取ったツェルドは、自身の理力を幾重にも重ね、突破不能の壁を作り出す

 瞬間、刹那すら介在する余地のない神速で放たれた神魔と桜の槍突が、ツェルドの理力の障壁と激突して炸裂する


 最強の全霊命(ファースト)である原在(アンセスター)が全力を以って展開した無数の光壁が、神魔と桜の刃が合わせられた暗黒の一撃で軋み、世界を暗黒で塗り潰す

 触れるもの全てを滅殺する意思と力を持つ暗黒の力が、世界で最も高潔な白亜の城街で荒れ狂い、果てのない闇へと呑み込んでいく


「く……ッ!」

 神魔と桜が放つ全霊の一撃を自身が展開した理力の障壁で受け止めたツェルドは、厳善たる光の防御を介して伝わってくる無明の闇の波動に、その巨体をわずかに後ずさらせる

 全ての光を呑み込んでしまいそうなその涯の見えない純黒も、輝く光を容易に消し去ることはできない。二つの力は拮抗し、そこに込めれた意思が相殺された力と共に解放されて、天に渦を巻き、嵐を呼び起す


(――硬い)


 神魔と桜、そしてツェルド――ぶつかり合う力が砕ける奔流と、そこに込められていた意思が顕現させた嵐の中、神魔は自身の大槍刀の切っ先がめり込んでいる理力の障壁を睨み付けて忌々しげに歯噛みする

 その眼前では、相殺された暗黒色の闇と厳善たる金光の欠片が舞い踊り、重なり合いながら世界へと溶けて行く


 いかに、今の神魔と桜の魔力共鳴を以ってしても、最強の聖人の一角であるツェルドを突破するのは容易なことではない

 そして、このままではツェルドの障壁を突破することは不可能だろうことも、神魔と桜には分かっていた


「簡単に、通すと思うか?」

 神魔と桜の攻撃から、その意図を読み取っていたツェルドは、三又の燭台槍に渾身の理力を注ぎ込んで、そのまま二人を打ち払うべくそれを真横に大きく振りかぶる

「!」

 しかしその瞬間、息を呑んで目を瞠ったツェルドは、正面の神魔と桜に意識を残したまま、視線を横にずらす

 その視線の先では、相殺され、砕け散った神魔と桜の共鳴した魔力とツェルドの理力が解けて消える前に、黒白の力へと取り込まれていた

(しま……っ)

 それを見て、神魔と桜の攻撃に隠された狙いに気付いたツェルドは、視線を戻して伴侶の悪魔を睨み付ける

「このまま突破できるのが最善だったんだけどね」

 そして、そんなツェルドの視線を受けた神魔は、口端を吊り上げて不敵な笑みを浮かべる


 未だ覚醒が不完全な大貴は、この太極(オール)の力が触れなければ、その神力の特性である力の合一を行うことができない

 共鳴してかろうじて互角に戦えているが、自分達の力では確実にこの場を突破できないと判断した神魔と桜は、自分達とツェルドの力を砕いて、それをさりげなく大貴へと届けていたのだ


「光魔神を突破させるつもりか! ワイザー!」

 そして、神魔と桜、ツェルドの力をその太極(オール)で絡めとった大貴は、その力を取り込んでさらにその力を高める

「させん!」

 その力に、相対するワイザーが蛮刀へと理力を流し込むと同時、大貴は全霊を以って解放した太極(オール)の力を太刀に纏わせ、その一撃を地面に(・・・)突き立てる

「なっ!?」

 それを見て目を瞠るワイザーを左右非対称色の双眸で射抜いた大貴は、不敵を笑みを浮かべて口を開く

「この街、理力でできてるんだろ?」

「!」

 聖人界の街は、誰かが理力によって作ったもの。そして、この聖議殿(アウラポリス)は、ワイザーが作り出している。即ち、この街そのものがワイザーの理力の塊なのだ


「俺にとっちゃ、この場所自体がホームみたいなもんなんだよ!」


 瞬間、太極(オール)の力に取り込まれた聖議殿(アウラポリス)の一角が完全にその力に取り込まれ、神格を高められた白と黒の力が戦場を呑み込む

「なっ!?」

 聖人達も味方も区別せず、この場にいる全員を呑み込んだ太極(オール)の力は、高められたその力を以って、黒白の力に触れる全ての神能()をさらに合一していく

「これ、は……!?」

 その存在そのものが各々の神能(ゴットクロア)で構築されている全霊命(ファースト)達は、大貴が解放した太極の力に、その力、武器、霊衣、身体そのものを取り込まれていく

(我々を、存在ごと呑み込むつもりなのか……!?)

 自分の存在を取り込まれ、強大な何かに呑み込まれる感覚に懸命に抗うツェルドは、その瞬間一瞬にも満たない時間、相対する敵を失念してしまっていた


 自分の身体、武器、力――存在の全てを取り込もうとする力を無視できるはずなどない。何かに取り込まれていく感覚は、死や殺意と言った戦場で覚える恐怖(もの)とはその性質を異にしているのだからなおさらだ

 自分を取り込もうとする力に意識を奪われ、抵抗したツェルドを迂闊だと誰が咎めることができるだろうか


「!」

 だがその瞬間には、黒白の力を通り抜け、神魔と桜が太極に取り込まれて強度を失った理力の防壁を突破してツェルドへと肉薄していた


 刹那、神魔と桜二人の斬閃が神速で(くら)めき、ツェルドの巨体を左袈裟、右逆袈裟で深々と斬り裂いた





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