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魔界闘神伝  作者: 和和和和
聖人界編
210/305

義善者達の戦い





 聖人界の中枢――「聖議殿(アウラポリス)」の門を守護する聖人達。――彼らは、聖人界界首と議会に仕え、それらを守護する任を任せられた聖人界警軍に所属している

 同じ全霊命(ファースト)以外に敵はなく、戦時でもない今の時期にこの世界に攻め込むものなどいないと分かっていても、彼らの監視が緩むことは無い。それはひとえにこの世界の中枢を守る彼らの誇りと意識の高さによるものだ


「!」

 門の前に立ち、静かに過ぎ行く時間を見据えていた二人の門番は、しかし次の瞬間その知覚が捉えたものに顔を上げて、視線を交わす

「この力は……」

「まさか……」

 知覚が伝えてくるその事実に少なくない衝撃を受けながら、顔を上げた二人の門番はその驚愕の事実を裏付けるように、こちらへと歩いてくる十人ほどの集団を目撃する


「なっ!?」


 その姿を見た門番の聖人二人は、あまりにも想定していなかったその面々に、思わず声を漏らしてしまっていた

(なぜ、光魔神と十世界が行動を共にしている!?)

 訪れたのが片方ずつならば、まだ理解はできる。たまたま一緒に遭遇したというのならば、それでも許容の範疇だろう

 だがその二つが肩を並べてきているとなれば、その違和感は決定的なものになる。何故ならそれは、敵対している者同士が手を組んだようなものであり、そして同時に自分達への明確な背信行為となってしまうのだから


 大貴と愛梨――それぞれの集団の長ともいうべき者達を筆頭に、その背後にそれぞれの仲間である天使、悪魔、堕天使が計七人。各々の歩調で歩きながら、ゆっくりとしかし泰然とした様子で聖議殿(アウラポリス)へと向かって歩み寄ってくる

 その様は、門を守護する聖人達にとっては、自分達に対する宣戦布告としか見えないものだった


「こんにちは」

 その双眸に怒りの火を灯す門番達の前で足を止めた愛梨は、三メートルを超える巨躯から睥睨してくるその視線に微塵も臆することなく慈愛に満ちた微笑みを浮かべる

 敵意の全くないその表情で微笑みかける愛梨は、二人が守る巨大な門へと一瞥を向けて穏やかな声音で語りかける


「界首様とお話をさせていただきたいのですけれど、取り次いでいただけますか?」





「…………」

 大貴達が愛梨と共に門の前へ現れた頃、聖議殿(アウラポリス)の中心にある界首の宮殿にして議会会場でもある「聖王閣(グラザナッハ)」の一室では、それを知覚した三人が門の方へと視線を向けていた

(光魔神様)

 この世界の代表である界首「シュトラウス」と対面し、聖浄匣塔(ネガトリウム)に収監された瑞希の解放を要求していた天界の姫――「リリーナ」は、その美貌に沈痛な面色を浮かべて、門の前にいる大貴達へと意識を向ける

(シャハス達から連絡は受けていましたが、まさか、本当に……!)

 そして、その傍らでは外縁離宮の女主人であり、先代界首でもあった「ウルト」は、先立って離宮から思念通話で届いていた話を思い返して、わずかに柳眉を顰めていた

(もう少し、時間がかかると思っていたのに、このままでは……)

 大貴達のことを任せてきたシャハスとナハトからは、光魔神(大貴)が十世界と協力して瑞希を助け出そうとしている旨が伝えられてきていた

 この状況で大貴達が十世界と共に聖議殿(ここ)を訪れたということは、その対話が成立したということの証左でもある


 協力を得る代わりに十世界につくという条件を出すつもりはないという話を聞いてはいたため、戦いを好まない十世界を説得するのは容易ではないと考えていたウルトの思惑は、予想以上に早い段階で打ち砕かれることになってしまった

 そしてこのままでは、聖人界と大貴、十世界の間で決定的な戦いが起こるのは火を見るよりも明らか。そうなってしまえば、九世界の思惑を聖人界(自分達の世界)が台無しにしてしまうことになる


「界首様」

 その時、まるでタイミングを計っていたかのように三人がいるシュトラウスの背後に控えていたスレイヤが口を開き、抑制された淡泊な声音で語りかける

「光魔神と十世界盟主が面会と対話を望んでいるとの報告が門番から来ていますが、いかがいたしましょう?」

 スレイヤの口から告げられた報告を聞いたシュトラウスとウルト、リリーナの三人はそれで合点がいったような表情を浮かべる

(なるほど。そうやって、協力を取り付けたわけですか)

 協力して何かを成すのではなく、単純に「対話」という行動を取るという名目だけで愛梨をこの場所へ連れてくる

 そうすれば、あちら側の名目はどうであれ、聖人界は――否、仮にこの世界ではなくとも、十世界と愛梨に対する攻撃が加えられることになるのは自明の理。結果は共に戦うも同じことだ

「これはまた、随分と早まった真似をしてくれましたね」

 その交渉をおおよそ把握し、平静を装う下で渋面を浮かべるウルトとリリーナの二人に、相対するシュトラウスから、淡白な声音が返される

 その声質自体は柔らかく、まるで子供の悪戯を叱る様な優しささえ感じられるが、その瞳には隠しきれない憤りが宿っていることに、ウルトとリリーナが気付かないはずはなかった

「こうなっては、我らも沈黙を守っているわけにはいきませんね」

 そして、シュトラウスの口からその心中を雄弁に物語る一言が告げられると、慌ててリリーナがその透明な澄声で弁解を図る

「お待ちください。彼らは対話を望んでいるだけです。手段は適しているとは思いませんが、ここで事を荒立てては、九世界と十世界の関係はおろか、この世界の立場も悪くなりかねません。ですから、どうか彼らとの対話に応じていただけないでしょうか?」

 穏やかでありながら焦燥に彩られたその声音は、大貴達自身の意思と、聖人界の立場双方を等しく思いやるリリーナが少しでも状況を良くしようという意思で紡がれていた


 十世界を滅ぼすために光魔神を利用するというのは、九世界の総意であり決定事項。だが今は、大貴達と十世界が協力したことにより、それを損ないかねない危機的な状況にある

 現状は、あくまでも一時的な提携ということだろうが、万が一大貴の心が離れ、十世界に味方するようなことになってしまえば、聖人界が他の世界から責任を追及され、非難されることになるであろうことは想像に難くないことだった


「それは脅しのつもりですか?」

「……っ、そういうつもりではありませんが……」

 しかし、リリーナの憂いもシュトラウスにとっては同意できるものではない

 わずかに険を帯びさせた視線と声音にリリーナがわずかに言い澱んだのを見て取ったシュトラウスは、義憤に燃える瞳と声音で、その意思を言葉に変える

「はっきりと申し上げておきますが、我らは正しく法を執行したに過ぎません。それに不服があるというのは、我ら九世界が定め、遵守してきた法への敵対と反逆です

 確かに他世界で裁かれた者を別世界が裁いてはならないという面に関しては、確かに議論の余地はあるやもしれません。ですがそれならば然るべき手順を踏み、法を改正するのが道理というもの。このような愚挙が許される道理はありません」

 ウルトというよりは、他の光の世界の王の名代としてこの場にいるリリーナに対して敬語を使って答えるシュトラウスからは、その意思を譲るつもりがないことが明確に伝わってくる


 確かに、瑞希を捕縛したのは法の不備があるとはいえ、現状の法では適正の範疇。それを納得できないからという理由で、反対され、容認しては法の権威が失墜しかねないのは間違いない

 まして、大貴達(あちら)は、光魔神(大貴)が九世界にとって、極めて高い価値があることを計算にいれた上で事に当たっている。それは、ある意味で法と世界に対する恐喝と脅迫の面があるのも否めないことだった


「そして今まさに、それが光魔神の手によって踏み躙られようとしているのですよ? 力や立場があるからといって、自分達の思い通りにならないからと法を破ろうとする者達のご機嫌を窺えとでも仰るおつもりですか?」

 光魔神の価値も力も十分に理解していながら、清廉かつ誠実に法の執行への誇りを以って行動するシュトラウスの言葉に、リリーナは厳かな声音で応じる

「そうです」

 真摯な瞳でシュトラウスを映したリリーナは、門の前に来ている大貴達と十世界のメンバーへ意識を傾けながら、一言一言己の誠意が伝わるようにその透明な澄声を重厚な声色に染めて語りかける

「彼らは、決して法や世界を軽んじているわけではありません。ですが、彼らは悩んで、考え、そして己の信義を重んじたのです。ですからどうか、法を司る者として、法に関する意義を示した彼らの言葉を聞き入れる余地をいただけないでしょうか?」

 大貴達の人柄を知っているリリーナは、彼らがそこまでしてその意思を示したことに対して、個人として、公的な立場の全てを備えた上で深く誠意の念を示す

 天界の姫であり、世界の歌姫と言われて慕われるリリーナに、求められるならばこの場で床に額を擦りつけることすらいとわないであろう程に真剣で真摯なその想いを乗せた声音を向けられたシュトラウスは、一度静かに目を伏せて口を開く

「話になりませんね。確かに、法があるが故に世界に認められないものはあるでしょう。ですが、人が望む全てを法に組み込めば、それは無秩序と同じ。

 法の中に生きているのならば、自分が認められないことに対して、ある程度までは受け入れなければならない。そしてそれができないのならば、それは――ただの〝犯罪者〟だ」

 一拍の間を置いてリリーナへと返されたシュトラウスの重厚な声音は、個人として、そしてそれ以上にこの世界の代表たる界首としての誇りによって紡がれた揺るぎないものだった


 シュトラウスには、リリーナの誠意も思いも十分に伝わっている。だが、だとしても一部の人間の情に流されて法を変えるわけにはいかない

 法の中で生きていれば、それが柵人あることはあるだろう。誰かのため、そして世界と社会全体のために己を律し、時には耐えることを強いる面が法にはあることも否めない

 だが、だからといって法に守られたまま、自分に都合の悪いところだけそれを無視するなど許されるはずはない。いかなる理由があろうと、法に背くことは犯罪以外のなにものでもないのだから


「我らは例え彼らと事を構えても、世界の正義を遵守します。――むしろあなたは、法を軽んじて短絡的な行動を起こした彼らの方を諌めるべきではないのですか?」

 その視線に険を乗せてリリーナを射抜いたシュトラウスは、何を優先するべきなのかを問いかける

 嘲笑じみた声で言うシュトラウスからは、この一件に関して一切妥協をするつもりがない意志が漂っており、リリーナもどれほどの弁論を重ねてもこれ以上話が進展しないであろうことは容易に想像できた


「それは違います」


「!」

 しかしその瞬間、これまで沈黙を守っていたウルトが口を開き、鋭く研ぎ澄まされた鋭利な視線でシュトラウスを睨み付ける

「元はと言えば、あなた達の所為でしょう? ここまでの事を想定せず、他世界からの客人であらせられる光魔神様方に対して一方的な法の粛清を加えたのですから」

「なに?」

 やや語気を尖らせたウルトの言葉に、シュトラウスは眉を顰めて不快感を露にする

 その攻撃的な視線にも一切動じることなく平静にその視線を受け止めたウルトは、その瞳に鋭い光を宿してシュトラウスを睨み付ける

「正しいことを成すのは善行です。ですが、自分達こそが正しいと信じて疑わないあなた方のどこに正しさがあるというのですか?

 あなた達は、自分達の正しさを自分達の責任の及ばない法に全面的に預けてしまっているだけです。分からないのですか? あなた方は法を重んじているのではなく、あらゆる責任の所在を法に押し付けているだけでしかないのだということが」

(……ウルト様)

 おそらくこれまで言うべきではないと腹の中に押し込めていたのであろう感情を言葉の端に乗せてシュトラウスを糾弾するウルトに、リリーナは不安げな視線を向ける

 世界と社会を構築する上で法は重要なものであり、軽んじられていいものではないのは間違いない。だが、法こそが正しいと考えるあまり人の心と世界の大局を見失ってしまっては本末転倒だ

「我らがそれを見失っていると?」

「そうです。ここで、光魔神様に手をかけるようなことになれば、聖人界として恥の上塗り以外の何ものでもありませんよ」

 その言葉に不快感を露にしたシュトラウスの怜悧な視線に一切ひるまず、ウルトは荘厳な声音で答える

「愚かな。ここで法を曲げることこそが、世界の恥辱だ」

 ウルトとシュトラウス――共に世界のために互いを違える二人が視線を交錯させ、揺らぐことのないその意思を見せつける

 そして、互いが互いを知っているが故に共に引けないところに立っていることを理解しているウルトは、静かに深く息を吐いてゆっくりと席を立つ

「そう言うと思いました……ですから、私も折衷案を出すとしましょう――『ソーサルフラワー』」

 厳かな声でウルトがそう独白した瞬間、その周囲に理力が集結して具現化し、浮遊する計八つの長菱の金属板を顕現させる

「何のつもりだ?」

 翼とも光背とも取れる銀白色の武器を顕現させたウルトに睥睨され、シュトラウスの双眸に剣呑な光が灯る

「瑞希さんを解放しなさい。そうすれば、ここでこの問題は解決します」

 傍らでリリーナとスレイヤが驚愕を露にしていることなど意にも介さず、シュトラウスへ視線を向けるウルトは淡泊で厳かな声音で語りかける

「話にならないな」

 その言葉を鼻で笑い飛ばしたシュトラウスは、その声音とはかけ離れた視線をウルトに向けた次の瞬間、その腕を神速で振り抜く

 その神格のまま振るわれた一閃は、しかしウルトの背後に顕現した八枚の花弁翼によって受け止められ、相殺された力の火花を散らす


 ウルトの銀白色の翼で防がれたのは、シュトラウスの理力が具現化した金色の装飾がほどこされた荘厳な槍。

 武器というよりも一種の儀礼品、芸術品のような優美で荘厳な意匠を施された槍を手にしたシュトラウスは口を開く


「――『特殊戦闘権限解除』を発令する」

 その口から重厚な声音を発したシュトラウスの言葉に、ウルトは小さく目を瞠って傍らにいるリリーナに向けて語りかける

「界首と三党首の権限を以って、議会に諮ることなく警軍を動かすことができる権利です」

「!」

 それを聞いたリリーナが息を呑むよりもわずかに早く、ウルトを槍の刃で牽制するシュトラウスがそれに続く言葉を発する

「門の前に来ている十世界と光魔神達を制圧せよ! 最悪の場合にはその命を奪うことも辞さない」


 議会制民主主義を持つ聖人界は、世界としての軍――「警軍」と呼ばれる戦力をはじめ、自分達の力でさえ戦闘を制限している

 それは本来、議会によってその力の行使、戦闘を許諾された場合にのみ発動されるのだが、例外的な条件がある

 一つは「何者かによる攻撃を受け、応戦しなければ自身の命が危険になる場合」、そして今回のように議会に諮る時間がないような状況で緊急に戦闘を必要とする場合だ

 その中でも後者を容認するのが「特殊戦闘権限解除」。世界と命を守るために必要と判断された場合、界首、または三人の党首の名のもとに発令できるものだ


「リリーナ様」

 シュトラウスの言葉を聞き、大貴達が聖議殿(アウラポリス)へと敵対行動を取ったと判断されたことを確信したウルトは、自分達の様子を見守っているリリーナに声をかける

「リリーナ様は、光魔神様達の御助力へ向かってください」

「しかし……」

 このままでは、大貴達が非常事態による防衛のためという名目で聖人界の攻撃を受けることが分かりきっているウルトの要請に、リリーナは現状を見回して答えに窮する


 確かにウルトの言う通り、大貴達に危険が迫っているのは間違いないだろう。だが、界首であるシュトラウスに敵対行動を取ったウルトもまた、それと同等以上の危険に晒されているのは間違いない

 聖人界全体の戦力を考慮に入れれば、ここに残るウルトも同等以上の危険を負うことは明白だ。その上で彼女を一人残していくことは、リリーナとしても容易に容認することができないことだった


「此度の事は、私達聖人界の落ち度です。ですから、彼は私が説得します」

 しかし、そんなリリーナの心中を察して、ウルトは抑制の利いた声で語りかける


 説得という言葉を使ってはいるが、ウルトはそれが可能だとは思っていない。だが、界首でもなく聖人界において特に重要な存在でもないウルトと、九世界全てが希望を託している光魔神(大貴)――世界全体としてみれば、どちらの優先度が高いかなど明白だ

 ウルトが死んでも世界全体の体勢に影響などないが、光魔神(大貴)になにかあれば、世界に多大な影響がある。ならば、世界のために選ばなければならない


「お願いします。リリーナ様」

 シュトラウスの方へと視線を向けたまま語るウルトの声音に含まれた強い覚悟を感じ取ったリリーナには、迷っている時間はなかった

 唇を引き結んだリリーナは、その一瞬の間にあらゆる可能性を考慮して迷い、そして決意に満ちたウルトの横顔を見て苦渋の決断を下す


「……分かりました」


 血を吐くような思いでウルトの申し出を受けたリリーナは、純白の十枚翼を広げると光力の砲撃によって窓の扉を破壊し、そのまま聖議殿(アウラポリス)の空へと飛び出す

 五対十枚の翼を広げ、神速で飛び去っていくリリーナの姿を横目で見送ったシュトラウスは、スレイヤに視線で合図を送り、ウルトへと向き直る

「愚かな。いかな理由があろうと、法を犯す者の味方をするとは」

 蔑むようなシュトラウスの視線と嘲笑めいた言葉を受けたウルトは、予想の範疇を出ないその話に戦意に満ちた理力を解放して言い放つ


「あなたほどではありませんよ――世界が変われば、法などなんの意味もないというのに」


 法は世界に生きる者が作る者。法が先にあるのではなく、世界が先にあって法が生まれる。もし十世界が世界を制すれば、あるいは世界が滅びれば、現行の法は形をか、場合によっては失われてしまうだろう

 今の世界がその分水嶺にあると知りながら、あくまでも法のみに固執するシュトラウスの考えに意を唱えたウルトの言葉に答え、八つの浮遊する菱板が空を切り裂いた





「やっぱりこうなったね」

 目の前で武器を手に、純然たる戦意に満ちた理力を解放した門番の聖人達を見て、神魔が辟易した様子で嘆息する

 界首(シュトラウス)の「特殊戦闘権限解除」を受け、門番の聖人達は大貴達と十世界の全員を外敵として認識し、戦闘防衛態勢へと移行していた

「さすがに、敵が目の前に来てる状況で呑気に会議するほど馬鹿じゃなかったか」

 それを見て、自身の武器である片刃の剣を顕現させた紅蓮は、戦意を高揚させている聖人を見て口端を吊り上げる

 その言葉の端々に、聖人界への皮肉を滲ませる紅蓮を横目で確認した大貴は、相も変らぬその好戦的な性格にため息を吐く

「投降するならば命は助けてやろう」

「直に警軍をはじめ、聖議殿(ここ)の全戦力がお前達を制圧しにくるぞ」

 二人の門番が戦意を高めて最後の通告をすると、小さくため息をついた神魔が大貴達をかき分けて一番前へと歩み出し、手にした大槍刀に純黒色の魔力を纏わせる

「……っ!」

「それでやめるくらいなら、こんなところにはこないだろ」

 冷淡に響く言葉と共に発せられたその圧倒的な魔力を知覚した門番達が怯んだ次の瞬間、漆黒の斬閃が神速で迸り、聖議殿(アウラポリス)の壁をその力のままに破壊する

「ガッ……!」

 反射的に防御に使用した武器を一刀の下に両断された門番の聖人達は、神魔の斬撃の威力のままに聖議殿(アウラポリス)の壁を突き破って地面に崩れ落ちる

 その一撃によって瀕死に等しい傷を負い、おびただしい量の血炎を立ち昇らせながら仰向けに倒れた門番二人の隣に立った神魔は、大槍刀の切っ先を向けて感情の抜け落ちた金瞳を向ける

「これは、詩織さんに手を出した罰だ」

 冷ややかな言葉と共にその命を刈り取らんと突き落とされた大槍刀の切っ先が、横から伸びてきた杖によって受け止められる

 瞬間、ぶつかり合って相殺された二つの神能(ゴットクロア)が、そこに込められた純然たる意思のままに破壊を顕現させ、大気と大地を震わせる

「殺さないでください。あえて命を奪う必要はありません」

「――……」

 最後の一撃を横から防がれた神魔は、その杖の持ち主である十世界盟主「愛梨」へと感情の見えない視線を向け、そのまま無言で大槍刀を離す

 それは、神魔といてもそこまで殺すことに固執する必要がなかったという意味もあるが、それ以上にそんなことで言い争っている場合ではない事態に陥っているという現状が原因だった

「出てきたな」

 大貴のその独白が示す通り、門を破壊された聖議殿(アウラポリス)の奥には、すでに百は下らないであろう聖人達が肩を並べて佇んでいた

 その先頭には、「ワイザー」、「ツェルド」、「ミスティル」、「オーヴァン」、「ヘイヴァンス」が佇んでおり、その表情には差があれど、各々憤懣やるせないといった感情が浮かんでいた

「見ろよ。いきなり大層なお出迎えだぜ」

 聖人達が放つ理力を知覚した紅蓮が嬉々として言い、軽く舌なめずりをする前で、聖人界の議会を構成する三つの党の一つ「軍党院(デクストラ)」を束ねる大男――「オーヴァン」が口を開く

聖議殿(アウラポリス)の門を破壊するとは……まったく、正気の沙汰とは思えんな」

 事実、宣戦布告に等しいことをした大貴達を見回し、聖人達を従える三人の党首を代表して笑ったオーヴァンは、次の瞬間その顔を憤怒に染め上げる

「貴様らは、自分達が何をしているのが分かっているのか!」

 怒りを露にし、大気を震わせんばかりの怒声を放ったオーヴァンの言葉に、大貴達は揃って眉をしかめる

「あいつ、声でけぇな」

「言われなくても、分かってるっつーの」

 その大声に不快感を露にするクロスの言葉に、シャリオも同意を示すと、二人は互いに視線を見合わせて小さく笑う

 かつて袂を分かち、道を別れた古き友と何の因果か肩を並べて戦う機会に恵まれたクロスとシャリオは、忘れえぬ懐かしき記憶に思わず表情を緩めてしまったのも仕方のないことなのかもしれない

「ちょっとばかり、頑固で頭の固い連中にお仕置きしてやるか」

「仕方ねぇな。付き合ってやるよ」

 武器を顕現させ、聖人達の軍勢を見据えたシャリオの言葉にクロスが同意するのを見て、マリアは懐かしい二人の姿に、瞳を潤ませる

「……もう、二人ともそんなことを言っては駄目ですよ」

 二人の面差しに、正しさが二人を分かつ前の親しかったころの面影を重ねたマリアは、クロスとシャリオが今でも本当は心の中で互いを親友だと思っているのだと感じ取っていた

 その姿に、マリアの胸の奥にはもしかしたら二人はいつかまた昔のように戻れるのではないかという小さな希望がかすかな灯となって輝いていた

「私達は、話し合いを望んでいます。どうか、武器を収めていただけませんか?」

 それを横目に、前へと歩み出た愛梨が胸の前で祈るように手を組んで訴えかけるが、この状況で聖人達にその言葉が届くはずもない

「ここまでの事をしておいて、どの口で言うのだ!」

「やめましょう、オーヴァン殿」

 門番を力ずくで撃破し、聖議殿(アウラポリス)の門を破壊して侵入した来た賊にも関わらず、さも当然のように飄々とした口調で語る愛梨にさらに怒りを強めるオーヴァンを、隣にいたヘイヴァンスが軽く手で制する

「彼らは彼らの矜持の下、ここへと来たのです。ならば、もはや交わす言葉は無粋というもの。自らが犯した罪を悔い改めるよう、ここで正義の鉄槌を下すのが我らのすべきことでしょう」

 そう言って愛梨を筆頭とする十世界のメンバーと大貴達を見回したヘイヴァンスは、その理力を両刃の宝剣として顕現させる

 天頂から降り注ぐ陽光を刀身に煌めかせて言うヘイヴァンスの言葉に、オーヴァンをはじめとした聖人達が手に手に武器を顕現させて臨戦態勢を取る


 全霊命(ファースト)としての神格と実力は上だが、議会を頂点として置く聖人界においては三人の党首よりも格下になるためか、これまで沈黙を守っていたワイザーとツェルド――二人の天支七柱も各々の武器を顕現させる

 三人の党首の一人である「ミスティル」も含め、三人の天支七柱を筆頭として、聖議殿(アウラポリス)の持つ戦力の大半が大貴と愛梨を筆頭とする十人ほどの人物を攻め滅ぼすために立ちはだかる


「桜」

「はい」

 聖人達が放つ理力の清廉で荘厳な力の圧を前にした神魔のいつも通りの穏やかな声音に呼ばれ、淑やかアにその傍らへと参じた桜は求められるままに互いの存在、魂そのものを触れ合わせる

「魔力共鳴」

 存在の根源で繋がりあった者にのみ許される力の共鳴によって魔力を強化した神魔と桜は、各々の武器を携えて聖人達に対峙する

「はい、皆さん」

 今まさに戦いの火蓋が切って落とされようというその時。臨戦体勢に入っていた光魔神と十世界同盟と聖人界両陣営の戦意を挫くように、手を叩く乾いた音が響き渡り、その発生源である愛梨が澄んだ穏やかな声で全員の意識を自身に集める

 誰もが戦意を高めていく中、たった一人その兆しさえ見せない愛梨は、相対する聖人達はもちろん、大貴を含むこの場にいる全員に向けて優しく微笑みかける

「望まぬ形で始まってしまいましたが、私達が望むのはあくまでも対話による平和的解決です。ですから、できれば、私達の声に耳を傾けていただけませんでしょうか? ――力ではなく言葉で伝え合い、勝敗ではなく心で分かり合うのが私の変わらぬ願いです」

 胸に手を当て、全員を見回しながら語りかける愛梨のいつもと変わらぬ言葉に、聖人達は怒りを強め、大貴達は呆れたような表情を浮かべる


 確かに、愛梨が今ここにいるのは、大貴達と共に話し合うため。それが、大貴の説得であり条件の結果でもある

 だが事ここに至っても尚、最低限の自衛と防御以外の戦闘を避けようとする言葉と立ち振る舞いは、愛梨らしいものだった


「お前、変わらないな」

「それが私ですから」

 その姿に感心しつつもため息をついた大貴の言葉に、愛梨は口元を手で隠して、普段通りの人懐っこい笑みでおしとやかに笑う

 半分は皮肉なのだが、それを全く意にも介することなく微笑んだ愛梨の様子から、左右非対称色の双眸を聖人達へと向けた大貴は口を開く

「まあ、聖人界と戦り合うわけじゃないって部分に関しては同感だ。俺達は互いの目的のために一時的に手を組んだだけだ。でも、一時とはいえ、命を預けるぞ」


 大貴達の目的は、聖浄匣塔(ネガトリウム)に囚われた瑞希の奪取。そして愛梨達の目的は、聖人界に恒久的平和を求めることと、同じく聖浄匣塔(ネガトリウム)にいるというとある人物との接触と確保だ

 目的のために協力しているのだという立場を改めて明確にする大貴のやや突き放すような声音で発せられたに、優しく目元を綻ばせた愛梨はそれには何も言わずに目礼する


「お力添えをお願い致します」


 こうして、大貴達と愛梨達十世界による聖人界との戦いの火蓋が切って落とされたのだった






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