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魔界闘神伝  作者: 和和和和
ゆりかごの世界編
21/305

桜花繚乱






 神魔は閉じていた目をゆっくりと開く。

 瞼の裏に隠されていた金色の瞳が茉莉を見つめ、まるで勝利を確信しているかのように小さく微笑む

「?」

 その笑みに茉莉が眉をひそめたその瞬間、神魔の背後の空間が開いた。

「なっ……」

 それに目を見開いた詩織の視界に鮮やかな桜の花弁が舞う。

 まるで春の桜並木を彩るような風に踊る桜の花弁が空に舞い、静かに佇んでいる神魔の周囲を桜の花弁が舞っているかのような光景を作り出している。

 しかし、それが錯覚である事に詩織はすぐに気付く。詩織の視界に映った神魔を彩る桜の花弁――それは風に軽やかに揺れる桜色の髪だったのだ。

「……女の、人……?」

 神魔の背後に現れたのは、膝裏まで届くほどに長い癖のない桜色の美しい髪を持ち、黒い着物の上に白い羽織りを羽織った女性

 神魔の背後に現れたその女性の美しい桜色の髪の間からのぞく鮮やかな紫色の目が神魔を捉える

「っ、すごい美人……」

 神魔の背後に現れた桜色の髪の女性を見て、詩織が目を見開く。


 癖のない桜色の髪に着物のような霊衣から覗く新雪のように白い肌。

 この世のものとは思えないほどに整った顔立ちは深い慈愛を感じさせ、触れれば消えてしまいそうなほど幻想的で、近寄る事すら憚られるような神秘的な存在感を感じさせる。

 そして、何よりその清楚で淑やかな佇まいからは、その美女の内面の美しさが醸し出されていた。


 絶世の美女。傾城傾国――そんな言葉すら陳腐に感じさせるほど神々しい美しさに、まるで世界がその美しさに見惚れているかのように時間すら止まったように感じられる。

 そんな中、当の本人は、桜色の髪を揺らしながら流れるように優美な所作で神魔の元へと歩み寄り、恭しく一礼する。


「お久しぶりです。神魔様」


(様!?)

 その女性の言葉に詩織が目を見開くが、神魔はそんな反応になど気づいてもいないのか、桜色の髪を持つ絶世の美女に優しく微笑みかける


「うん、そうだね……でも挨拶は後回しだよ、『さくら』」

「はい」

 神魔の言葉に桜と呼ばれた美しい女性が微笑んで頷く

「その人が切り札ですか?」

「そうだよ」

 桜を注意深く見回し、知覚能力によってその力を確認した茉莉は、怪訝そうな表情を浮かべると武器の槍を構え、澄んだ音を槍から響き渡らせる

「随分と強そうなお方ですね」

「でしょ? さすがに僕一人じゃ相手できないから頼めるかな?」

「無論です」

 神魔の言葉に桜は静かに頷く

(随分と余裕ですね……あの桜という女性、神魔さんと魔力はほとんど変わらないというのに……)

 その様子を見ながら、茉莉は桜を知覚して認識したその実力に眉をひそめる

 確かに二対一と数的には相手の方が有利になった。しかし全霊命ファーストの戦いは神能ゴットクロアの戦い。神魔と桜の力が同等という事は、茉莉とは実力が大きく離れている事を意味している。

 そしてそれは、数の優位で容易に覆す事ができるような実力差ではない事も分かり切っているはずだ。しかし、目の前の二人はまるで勝利を確信しているようにしか見えない。

(となると、あの自信の源は恐らく……)

 そうして二人を観察していた茉莉は、その実力差にも決して気を緩める事無く、神経を研ぎ澄ませていく。

 茉莉の脳裏に浮かぶのは、ある「可能性」。もし二人がそうであるならば、確かに油断はできないと茉莉は内心で自分に言い聞かせる

「桜、久しぶりだけど鈍ってないよね」

「はい……」

 神魔の言葉に恭しく頷いた桜は、自身の魔力を武器としてその手の中に顕現させる

天桜雪花てんおうせっか!」

 その手の中に薙刀に似た武器を召喚した桜は、神魔の大槍刀とその刀身を重ね合わせる。

 それと同時に二人の身体から魔力が吹き上がり、神魔の漆黒と桜の桜の花弁が舞う夜桜の魔力が折り重なって混ざり合うように融合し、互いの魔力を増幅させていく、

(魔力が共鳴して増幅している! ……これは魔力の融合……!! やはりこの二人……)

 目の前で神魔と桜の魔力が共鳴し、増幅されていく様子を見て、茉莉は目を細めた



「!」

「魔力が増幅している!……あの二人はまさか……っ」

「?」

 その様子に息を呑むマリアに、詩織は首を傾げた



 マリアと詩織の視線の先で魔力を共鳴させ、さらにその魔力を高めた神魔と桜は、武器を構えて戦闘体勢を取る

「……!」

「いくよ!桜」

「はい」

 地を蹴って一瞬で茉莉と距離と詰めた神魔は、サクラの魔力と共鳴し、増幅された強大な魔力を大槍刀に纏わせて力任せに振り下ろす。

(確かに、魔力は増幅されていますが……この程度!)

 振り下ろされた神魔の大槍刀を、茉莉は手に持った槍で受け止める。神魔の魔力が茉莉の槍によって阻まれ、拡散し、天を衝いて荒れ狂う。

 いかに神魔の魔力が増幅されていても、まだ祭りの魔力のほうが上。真正面からの攻撃では魔力値で上回っている茉莉に攻撃が届く事は無い

「……?」

 しかし攻撃を阻まれたはずの神魔の、余裕に満ちた表情に茉莉が疑問を感じたその瞬間、茉莉の真正面に光の速度をはるかに超えて放たれた槍の切っ先が迫る。

「っ!」

 自分の顔に向かって一直線に走った槍の刀身を、茉莉は反射的に身体を捻ってかわすが、頬を掠めた槍の刀身によって茉莉の頬から真紅の血炎が舞う

(っ、なんて攻撃! ……彼の身体の隙間を通してくるなんて!)

 茉莉に向けて放たれた突きは桜の薙刀の刀身。大槍刀を振り下ろし、茉莉に受け止められた神魔の腕と身体の隙間を縫うように放たれた一撃

(ほんの少しでも彼の体勢がずれれば彼に当たっている! なんて信頼。なんて正確無比で大胆な攻撃……!)

 ほんの少しのミスで神魔に当たってしまう様な攻撃をためらう事なく、正確に相手に繰り出す神魔と桜の絶対的信頼の上に成り立つ完璧な共戦

「はっ!」

 桜の攻撃を回避した茉莉に追い討ちをかけるように、世界を水平に両断するのではないかと思われるほどの圧倒的速さと威力を兼ね備えた神魔の一撃が、茉莉の胴を狙って放たれる。

「くっ……!」

 体勢を崩しながらも茉莉は物理法則の影響を一切受けない全霊命ファーストの特性によって、不自然な体勢から魔力を宿した槍で神魔の大槍刀を弾く

 神魔と茉莉、二人の魔力を比べれば茉莉の方が神魔よりも強力な魔力を有している。正面きっての威力なら茉莉に軍配が上がる

「なっ!?」

 しかしその瞬間、茉莉は目を見開く

 弾いたはずの神魔の大槍刀の刀身を、神魔の背後で回転した桜の薙刀の刀身が打ち払って逆向きに弾き飛ばす

(弾いた刀身をさらに弾いて私に打ち返して……!)

「っ!」

 反射的にその一撃を槍で受け止めた茉莉の反対側から、さらに薙刀が襲いかかる

 神魔の大槍刀を弾いた桜がそのまま背後で再度回転し、反対側の側面から茉莉に時間差で攻撃を仕掛けてきたのだ。

「くっ、……はあっ!!」

 瞬間。茉莉の身体から魔力が噴き出し、澄み渡った鈴の音のような音と共に魔力が炸裂したかと思うと神魔と桜を呑み込んで魔力の爆発を引き起こす

 その爆発から後ろ向きに飛び出した茉莉は、肩からわずかに血炎を上げながら地面に着地する

(強い……!)

 神魔と桜の魔力はほぼ同等。つまり一対一なら茉莉の方が魔力の強さから、圧倒的に勝っているはずなのだ

 しかし神魔と桜は二人で戦う事で、その戦闘力を二倍どころか何倍、何十倍にまでも高めてきている

(この二人の魔力なら、二対一でも確実に私の方が強い……けれどこの二人は二対一じゃない。もっとそれ以上に……いえ、限り無く私に近い一対一!!)

 魔力の共鳴によって増幅される魔力量など微々たるものに過ぎない。しかし神魔と桜は完璧な共闘によって茉莉との実力差を限り無く0に近づけている。

 それはまさに一心同体と表現するべき戦闘。神魔と桜対茉莉の二対一ではなく、神魔と桜対茉莉の一対一の戦いだ



「あれが神魔さんの本当の戦闘スタイル……」

 その様子を見ていたマリアは、結界の中であまりにも完成された動きを見せる神魔と桜に思わず息を呑む

「……っ」

(あの女の人、神魔さんとものすごく息が合ってる……)

 一方でその様子を見ていた詩織の胸には刺す様な痛みが走っていた

(……なんでかな?あの人を見てると胸が苦しい……)

 自分自身が桜に対して抱いている感情に、詩織は祈るように重ね合わせた手を力の限り握り締めた。



「なるほど、あなた達は二人で戦う事を得手としていたんですね。それもこれほどの戦い方……魔界、いえ、九世界でも屈指と言えるでしょう」

 茉莉は、対峙している神魔と桜への警戒心を解く事無く、二人を手放しで称賛する。


 茉莉の言葉に嘘偽りは無い。

 戦闘の手段として二人で共闘する事を卑怯とは思わないし、思うべきではない。そんな戦いをする者など九世界には掃いて捨てるほどいる。

 しかしそれを考慮に入れても、目の前の二人――神魔と桜の共闘の水準は、間違いなく九世界でも最高クラスと言っていいものだ。それは戦った茉莉自身が一番よく分かっていた。


「どうも」

「ありがとうございます」

 微笑む神魔と桜を見て、茉莉の表情に一瞬寂しさや悲しさに似た色が浮かぶ

(本当に、うらやましいですね……)

「桜、こっちもいくよ」

「はい、神魔様」

 神魔の言葉に頷いた桜の身体から魔力が噴き出す。漆黒の魔力に桜色の魔力が混ざって舞うその様は夜の闇に桜の花弁が舞っているかのように見える

「参ります」

 その言葉と同時に桜の魔力が渦巻き、夜桜の魔力の渦が今にも茉莉を呑み込もうと、怒涛の如く迫る。

「はぁっ!」

 視界を埋め尽くす強大な力を宿したその魔力の奔流を、茉莉が一刀の元にが斬り裂いて消滅させたその瞬間、茉莉の眼前には薙刀の刀身に魔力を纏わせた桜が肉迫する。

 そのまま舞踊を舞うように放たれる桜の連続攻撃を茉莉は全て阻んでいく。右から左へ、上下左右に超光速で不規則に変化して放たれる軌道の斬撃を茉莉はこともなげに阻む

「っ!」

 茉莉が桜の斬撃を阻んだその瞬間、薙刀を持っていた手を離して、桜が身体を半身離した隙間から魔力を帯びた神魔の大槍刀の突きが放たれる。

「っ!」

 その斬撃を紙一重で回避した茉莉に、さらに桜の流れるような斬撃が放たれ、その斬撃を一瞬で反応した茉莉が魔力を集中させた手で弾く

(今度は彼女が囮……攻防を分担するのではなく、攻防を不規則に入れ替え、変化させる変幻自在の多種多様な攻撃!)

 手から血炎を上げて、一瞬苦痛に顔を歪めた茉莉に向けて神魔と桜が手をかざし、魔力の砲撃を放つ。

 同時に放たれた神魔と桜の魔力の砲撃が一直線に茉莉を直撃し、切り離された空間全体を震わせるほどの魔力の爆発を引き起こす。

 神魔と桜の放った魔力放棄込められた破壊の意志が世界を満たし、隔離された世界を滅ぼすほどの破棄を現象化し、大地と、そこに存在する全てを崩壊させる。

「……神魔様」

「分かってる」

 桜の声に応じた神魔の目の前で、極大の破壊を引き起こす魔力の爆発が、弾ける様に粉砕される

「――っ」

 神魔と桜の魔力を相殺し、砕け散った茉莉の魔力の残骸が、神魔と桜に向かって降り注ぎ、その爆発の中心から、軽傷を負った茉莉が姿を現す。

(これが、彼と彼女の真の実力……!)

 神魔と桜の魔力砲を、自身の魔力砲で相殺した茉莉は、身体に負ったかすかな傷を一瞥して、離れた位置で佇んでいる神魔と桜を見る。



「……申し訳ありませんでした、神魔様」

「大丈夫だよ」

 破壊された魔力砲を貫通してきた茉莉の魔力砲の破片から桜を庇った神魔は、左肩を魔力で焦がして佇んでいる

「それよりも、このまま持久戦になると実力差で追い込まれる。一気に決めるよ」

「はい」

 神魔の言葉に桜が頷き、二人の魔力が解放される。


 神魔と桜の共戦は、自分たちよりも強力な魔力を持つ茉莉と戦えるほどの戦闘力の飛躍をもたらす。

 だが、だからと言って元々の自力の差を埋めることはできない。

 長期戦になれば、魔力で勝る茉莉が圧倒的優位に戦闘を進められるのは分かりきっている。二人の称賛は短期決戦にしかない。


(……やはり短時間での決着に来るようですね)

 神魔と桜から吹き上がる完全なる殺意と戦意を宿した強大な魔力に、茉莉は槍を持つ手に力を込める

 まるで一人の魔力(・・・・・)と錯覚してしまいそうな魔力を放つ、神魔と桜に向けて茉莉も魔力を解放した。


 瞬間、神魔と桜、茉莉はどちらからともなく地を蹴り、一瞬で激突する

 二人と一人がぶつかり合い、魔力の激突と奔流が巻き起こり、乱舞して炸裂する。光をはるかに凌ぐ速度で放たれる大槍刀と薙刀の乱撃を、それ以上の速度と威力で茉莉の槍が弾き、打ち落とす。

「っ!」

 大槍刀に漆黒の魔力を絡ませた神魔の斬撃が天を衝いて茉莉に炸裂し、さらに桜の魔力が四方八方から縦横無尽に追い討ちをかける

「くっ!」

 破壊力の神魔の一撃と、変幻自在に多方面から放たれる桜の一撃を澄み渡った音と共に茉莉の魔力を帯びた槍撃が粉砕する

(そして次は……!)

 神魔と魔力の魔力波を打ち消した茉莉はそのまま身体を捻りながら体勢を沈める

(先程のまでの攻撃から考えて、この二人は私が攻撃を放った直後を狙ってくる!)

 その読み通りに、茉莉が身体を沈めた瞬間に神魔の斬撃が真横から一直線に斬り払ってくる

「――ッ!」

 茉莉の魔力を感知して先読みしての斬撃。しかし、それよりもさらに一瞬早く回避した茉莉の視界には大きく大槍刀を横薙ぎした神魔の無防備な胴がさらされている

(これで一人!!)

 無防備な神魔の胴に茉莉は魔力を宿した槍での一閃を放つ。その斬撃は神魔の胴を捉え、その身体を真っ二つに両断する。

 ――はずだった。しかし魔力を帯びた槍の刃がその身に当たる寸前で神魔の身体がその場に崩れ落ち、茉莉の一閃を紙一重のところで回避する

「なっ!?」

 茉莉が視線を向けると、桜が一瞬の内に神魔の足を薙刀の柄で払い、霊衣の襟を掴んで力任せに神魔の体勢を崩して茉莉の攻撃を回避させていた

(しまっ……)

 そして同時に茉莉は理解する。この攻撃が自分を誘う罠であった事に。

 体勢を崩しながらも神魔は全く動じる事無く、茉莉の懐に魔力を収束した手を向け、至近距離から魔力の砲撃を茉莉に叩き込む。

(反撃を……)

 それに反応し、迎撃を試みた茉莉の考えを見越していたかのように、神魔の体勢を強引に崩した桜は、神魔を回避させると同時に、茉莉の武器の槍を薙刀の刀身で跳ね上げ、攻撃と反撃を封じる

「くっ……!」

 桜に槍を弾かれ、武器で防ぐ手段を奪われた無防備な茉莉に、神魔が放った魔力が直撃し、その漆黒の魔力砲は茉莉の身体を呑み込んで吹き飛ばす。

「っ! くっ……」

 地平を両断するほどの圧倒的威力と規模の魔力砲が、切り取られた空間の果てまで漆黒の線を引く

「はああああっ!!」

 完全に無防備な状態で打ち込んだ必殺の一撃。本来ならば、勝負が決してもいいはずの一撃だが、神魔と桜は警戒を解かずに、その魔力砲の軌道に視線を送る。

「……!」

 その刹那、漆黒の境界線を引いた極大の神魔の魔力砲が途中で捻じ曲がり、打ち砕かれて大気中に漆黒の風花を舞わせる。

「このくらいの事で……!」

 至近距離から放たれた神魔の特大の魔力砲を、自身の魔力を以って相殺し、破壊した茉莉の眼前に一瞬で神魔と桜が迫る

「そう何度も、不意を衝かれる事はありません!」

 茉莉が魔力を自身の武器である槍に収束する目の前で、神魔の大槍刀と桜の薙刀の刀身が交差するように合わせられる。

「そうでしょうね」

 桜が静かに言う

 元々の自力で劣る神魔と桜が茉莉に対して取りうる戦法は、二人の戦術で相手の裏をかくか、虚を衝く以外には無い。だがそれをしてくる事が分かっていれば茉莉ほどの実力者ならそれに相対する事も容易だ

「だから、真正面から力づくで叩き潰すんだよ」

「……!」

 神魔の言葉に茉莉が目を見開く

 瞬間、合わせられた二人の武器の刀身で二人の魔力が交じり合い、増幅し、それがさらに凝縮されて充実し、膨れ上がっていく。

 漆黒と夜桜の魔力が混ざり合い、漆黒を桜色が縁取って彩る強大な魔力へと変換され、さらに二人の魔力が共鳴し、融合し、何倍にも何乗にも高められていく

(魔力融合……! それほど(・・・・)にこの二人は……)

 一瞬動揺を浮かべたもののすぐに平常心を取り戻した茉莉は、自らの魔力を込めた一撃を二人に向けて放つ

「「はあああああっ!!!」」

 神魔と桜の融合した魔力の一撃と茉莉の一撃が真正面からぶつかり合って炸裂し、空間を軋ませるほどの大爆発を巻き起こす

 世界を一瞬にして漆黒が支配し、そこに込められた純粋にして完全な破壊と抹殺の意志が、物理世界に滅びの現象を引き起こす。




「っ……!」

「神魔さん……!」

 圧倒的な破壊力を持った魔力の奔流にマリアの結界が軋み、その中で眼前に広がる全てが消え去ったのではないかと思われるほどの漆黒の世界に、詩織は祈るように視線を送る。


 空中で身体中から血炎を上げているクロスと相対し、無傷のまま佇んでいるラグナはその強大な魔力の奔流に眉をひそめる

「茉莉と渡り合えるとは……あの二人相当のものだな」

 余裕で茉莉と神魔達が戦っている場所へ視線を向けるラグナの背後から、光力の斬撃が空を切って放たれる

 それを漆黒の光を纏わせた斬馬刀で一刀両断にしたラグナは、その光力の斬撃を放ったクロスに視線を向ける

「神魔に協力するのは癪だが、加勢に行かせる訳にはいかねぇな」

「……その必要は無い」

「何?」

 クロスの言葉にラグナが無表情に応じる

「俺が加勢に行くまでもなくこの戦いは終わる」

「……!」

 ラグナのその言葉にクロスは目を細めた




 それと同じ頃、紅蓮と相対する大貴は強大な魔力の爆発を知覚して息を呑む

「何て強大な魔力だ……」

 大貴の言葉を聞きながら紅蓮は、その爆発の中にいるであろう茉莉に視線を向ける

(まさかあの二人がこれほどの力を持っているとはな)

「あの二人、よほど相性がいい・・・・・らしいな」

「……? どういう意味だ」

 紅蓮の言葉に大貴が怪訝そうに眉をひそめる

「お前には関係ない事だ」

 そう言うと、紅蓮は自信の持つ剣に魔力を注ぎ込む

「こっちはこっちで戦り合おうぜ」

「全く、お前の相手は疲れるな」

 刀に漆黒と純白が絡み合う太極(オール)の力を纏わせて言いながらも、大貴の表情には笑みが刻まれていた。




 強大な魔力の爆発が起きたその場所から、神魔と桜が後方に飛び退く。

「……神魔様」

 左腕から黒煙を立ち昇らせる神魔を案じる視線を向ける桜に、神魔は小さく笑って見せる

「大丈夫、少し巻き込まれただけだから。それよりも気を抜いちゃ駄目だよ。あれで倒せるとは思えないから」

「はい。確かに彼女の魔力を感じます」

 神魔の言葉に頷いた桜は、静かに魔力の爆発の中心に視線を向ける

「……驚きました」

 煙が晴れていくとその中から茉莉の澄んだ声が二人に向けられる

「最後の一撃は加減していなかったんですが……」

 煙の中から現れた茉莉は、身体のいたるところから血炎を上げてはいるが、どの傷も浅く茉莉を倒すまでには至らない

「まあ、当然だね。……僕達もほとんど無傷なのに、僕達より強いあの人が致命傷を負う訳ないか」

「はい、何より正面から魔力の一撃で相殺しておられましたから」

 分かってはいても落胆を隠せない神魔の呟きに桜が静かに応じる

 二人の魔力は茉莉の魔力に劣る。魔力を融合させてその力を増幅しても、茉莉を凌駕するまでには至らない

「認めます。御二人はとても強いと……」

 茉莉が手に持った槍を軽く払うと澄み渡った鈴の音のような音を立てる

(そして憧れます――御二人の絆に)

「……?」

 茉莉の表情に一瞬、悲しそうな、切なそうな、遠い日を懐かしむようなものが浮かび、神魔と桜はわずかに目を細める

「あなた方はそれぞれでは私に敵わないはず……ですが、二人で戦うあなた達の力は、間違いなく上位の全霊命ファーストのそれに匹敵し、或いは凌駕するでしょう。これほどの絆を、私は見た事がありません

 私は決して油断していたわけでも、慢心していたわけでもありません。それでも私をここまで追い込んでいるのは御二人の力です」

 それは茉莉の本心、茉莉は今二人に敵ながらも心からの賞賛を送り、二人の絆に憧れすらも抱いていた

「どうも」

「お褒めにあずかり恐縮です」

 茉莉の心からの賞賛に神魔が微笑み、桜が目を伏せて軽く一礼する

「ですが……私は負けるわけにはいかないのです」

 言った茉莉の身体から漆黒の魔力が吹き上がる

「……来るよ」

「はい」

 茉莉の言葉に、神魔と桜が構える

「参ります」

 茉莉が静かに宣言したその瞬間、茉莉の頭にジュダからの思念が届く

《やめろ、茉莉》

「……!」

「……!?」

 不意に戦意が消えた茉莉に、臨戦態勢を取っていた神魔と桜も同時に戦意を解く

「……申し訳ありませんが、これ以上戦う必要がなくなりました」

 手に持っていた槍を消し去った茉莉は、神魔と桜に視線を向けて微笑む

「……?」

 怪訝そうに眉をひそめる神魔に穏やかな笑みを送った茉莉は、そのままふわりと宙に浮かび上がる

「撤退命令が出ましたので、ここで退かせていただきます」

 そう言って茉莉は、二人に恭しく頭を下げる

「では今日はこれで。私達に縁があればまた」

 その言葉と同時に、茉莉の姿が一瞬で消える

「追い払った……?」

 その様子を見ていたマリアは、驚愕を隠せない様子で小さく呟く

 決して勝ったとは言い難い状況。それでも誰一人命を落とす事無くこの場に立っていることは、茉莉との実力差を考えれば十分すぎるほどの戦果だ

「……よかった」

 その様子を見ていた詩織はマリアの結界の中で安堵の息をつき、寄り添いあう神魔と桜を見て表情を曇らせた





「……止めにしようか、シルヴィア」

 その頃、シリンダーのついたジュダの剣を槍斧で受け止めた白銀の騎士乙女「シルヴィア」は、その言葉にあまり表情を語らない目元をかすかに細める

「俺たちには戦う理由がない。これ以上我々が殺しあうのは無益だ……そうだろう? それともこうするように誰かに命じられた・・・・・・・・のか?」

「……!」

 その言葉にシルヴィアは、ジュダの剣を弾いて距離を取る

「一つ、お尋ねしたい事があります。あなた方はなぜ十世界についたのですか? あなた方の真の主・・・は……」

 シルヴィアが言い終わるよりも先に、ジュダは小さく首を横に振りながらシルヴィアの問いかけを自分の言葉で遮る。

「……簡単な事だ。我等の主はもうこの世にいない……我等の神が十世界の盟主を新たな主として認められたからこそ我々は十世界に組している」

「……そうですか」

 目を細めたシルヴィアは一言だけ呟く

 その目の前に茉莉、ラグナ、紅蓮の順で降り立つ

「今日は退く事にしよう。まさかお前たち・・・・がこの一件に絡んでくるとは、予想外だったからな」

「お前たち? ……何の事でしょうか?」

 ジュダの言葉に、シルヴィアは表情を変える事無く冷たい口調で応じる

「まあ、いい……」

 その言葉と同時に、ジュダ達の背後に空間の門が出現する。

 神能(ゴットクロア)によって、世界と世界を隔てる空間が崩され、二つの世界の局点を一時的につなげる事によって生まれる空間の門が、二メートル近いその存在感をジュダ達の背後からありありと見せつけている。

「光魔神! いい返事を期待しているぞ」

「……!」

 ジュダの言葉に、その近くで様子を見ていた大貴は小さく目を見開く

 その言葉だけを残してジュダ、紅蓮、茉莉、ラグナは空間の門をくぐって帰還する。

「…………」

 ジュダ達の消えた場所を見つめる大貴は、目を伏せたまま無言で佇んでいた




 ※次話で補足しますが、今回登場した「桜」は、序章の最後にちらりと描写がある人です。

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