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魔界闘神伝  作者: 和和和和
聖人界編
209/305

紡ぐ言の葉、繋ぐ手と手






「ですから、大変申し訳ありませんが、あなたのお力になることはできません」



 大貴が持ちかけた一時的な協力に関する交渉において、互いの思いを言葉にして話し合った結果、愛梨の口からは拒絶の言葉が返された


 聖浄匣塔(ネガトリウム)に捕らえられた瑞希の奪還のため、十世界の協力を取り付けようとした大貴ではあったが、恒久的世界平和を求め、実現しようと願う愛梨を同意させるには至らなかった

 元々前提として難しい議論ではあった。大貴が実力行使さえも計算に入れている中、愛梨達はそれを望まないという、根源的な部分での意見の相違は、言葉を交わしても埋まることはなかった


「そうか」

 愛梨の言葉に、小さくため息をついた大貴が目を伏せると、場に神妙な沈黙が落ちる

 決裂したとはいえ、大貴の交渉は中々に巧みだった。交渉が決裂してしまったことを惜しんでいるのか、先の対話への敬意を示しているのか、しばらくは誰も言葉を発することなく、椅子に座ったままの大貴へと意識と視線を向ける


「なら、俺達と一緒に話をつけに行ってくれるか?」


 しかし、次の瞬間顔を上げて不敵な笑みを浮かべた大貴の左右非対称色の双眸に射抜かれた愛梨は、小さく目を瞠る

「!」

 協力を取り付けられず、落ち込んでいるのかと思われた大貴だったが、そんなことを微塵も感じさせない表情を浮かべると、愛梨を見て話を続ける

「今、ウルトとリリーナが話に行ってるんだが、どうも向こうの頭が固いらしくてな。折角似た様な目的で来てるんだ。一緒に頼みに行くのも悪くないだろ?」

 先程までの交渉がなかったかのような軽い口調で向けられたその言葉は、しかし、先のそれよりもはるかに意味があるものであると、この場にいる全員が理解していた


(悪知恵が働くようになったもんだ)

 互いの信念をすり合わせて協力を取り付ける先の交渉とは違い、ただの同伴を訴えた大貴の言葉に、紅蓮は口端を吊り上げて小さく笑う

(ああ、そうだな。わざわざ殴り込みに行く必要はない……か。十世界(我ら)がいけば、同じこと)

 愛梨を見据え、知人を誘うような気軽な口調で言った大貴の腹に据えられた不可避の切り札に、ラグナは目を伏せて静かにこの交渉の終わりを悟る


 大貴はそもそも、これを言うだけで十世界の協力を取り付けることができた。話し合いによる恒久的な世界平和の実現を理念とする十世界そのものである愛梨が、話し合いにいくことを拒む理由はない。

 むしろ拒んでしまっては十世界(組織)の理念を損なうことになってしまうだろう――例えその先に待っているのが、物理的な意味での攻撃的な歓迎(・・・・・・)であったとしても。


 そんな手段を持っていながらここに至るまで大貴が長々と言葉を交わしてきたのは、その協力関係を築く前提条件に違いが出てくるからだ

 最初の対話は、互いの目的を成すために主に戦力、武力的な同盟を築くためのものであったのに対し、次の話題は共同で嘆願に行く約束を取り付けるもの。結果は同じであったとしても、その質に大きな違いが出てくる


「その意味を分かっておられるのですか? もしかしたら、九世界の方々との関係が悪くなってしまうかもしれないのですよ?」

 できれば、こちら側の提案はしたくなかったであろう大貴の心情と立場を慮り、愛梨は案じるような視線を向けて訊ねる


 先の提案は、光魔神(大貴)十世界(愛梨)が手に手を携えて、共に九世界の一角である聖人界に頼みに行くということ。大貴達が十世界に組したと解釈され、九世界からの信頼を損ないかねない危険性を多分に孕んでいる


「そんなことは、覚悟の上だ」

 確認の意味もあったのかもしれないが、分かりきったことを聞かれた大貴は、愛梨の視線を真っ向から受け止めて抑制された声で肯定する

「あんたの言い分は、嫌いじゃないし、その心がけも正直言ってちょっとすげぇって思ってる。現にあんたに心動かされた奴がたくさんいるから、十世界なんて集まりができたんだからな」

 その言葉に続けられた大貴の本心に、愛梨は小さく息を呑む


 愛梨の言葉は理想論だ。おそらく、まともな分別がある者なら誰だってそう思うような子供じみた夢物語に過ぎない

 だが、現実にそんな夢を語る愛梨に力を貸そうと思う者達が少なからずいる。それぞれの思惑があるにしろ、実現の目途もない綺麗事に付き合いたくなった者達がいる。

 そして、その者達を動かしたのは十世界が掲げている理念などではない――それを唱えた「愛梨」という人物に、小さな希望を見たからだ


「でも、あんたには決定的に足りてないもんがある」

「!」

 小さく目を瞠った愛梨は、自分に注がれる大貴の左右非対称色の双眸に向き合い、その真意を語る言葉を待つ

「俺は、〝仲間のためなら世界だって敵に回す〟なんて格好いいことは言わねぇんだよ。一つでも多く、できるだけなにも失わずに手に入れるのが俺のモットーだ」

 眼前の愛梨を見つめた大貴は、先の憂いなど微塵も感じていないと言わんばかりの表情で不敵な笑みを浮かべる


「たとえここで、聖人界と事を構えても、何とかしてくれる奴がいるって俺は信じてる(・・・・)んだ」


「……!」

 その言葉に、小さく目を瞠った愛梨に、大貴は真剣な眼差しで確信に満ちた表情と声音で言う

「俺を利用しようとしてる奴。力になってくれるって言った奴――今までのも、これからのも含めて、俺は、俺の知らない奴のことだって信じてる」

 小さく目を瞠る愛梨に、大貴は一言一言噛みしめるように言うと、したり顔にも見える表情で語りかける


 そして、愛梨はその言葉で大貴の言わんとしていることを正しく理解していた。大貴は九世界と敵対してもいいなどとは微塵も考えていない。

 自分がそれをしても、誰かが――これまで出会った誰かや、まだ出会っていない誰かが何とかしてくれると信じているのだ、と。

 いかに大貴に光魔神としての価値があるとはいえ、極めて他力本願で自分勝手。しかし、一見何の根拠もないようにみえて、そこには揺るぎない信頼があった


「あんたは誰も傷つかないようにって思ってるんだろうが、俺はちょっとくらい迷惑かけるくらいの気持ちでいるからな

 仲間ってのは、人を信じるってのはそういうことだ。まあ、できるだけ迷惑はかけたくないってのは本心だけどな」

 軽く肩を竦めて笑って見せた大貴に、愛梨はその表情を優しく綻ばせて小さく笑う

「なるほど……これは、一本取られました」

 口元を手で隠し、少しの間小さく声を上げて笑う愛梨に、クロスとマリアはもちろん、十世界のメンバーさえも驚きを禁じえずに視線を向ける

 時間にして十数秒――本当に短い時間小さく笑った愛梨は、博愛に満ちた穏やかな微笑を浮かべて大貴を見つめる

「誰かを頼るのは……頼ることができる人がいるというのは、とても素敵なことですものね」

(あなたは、誰かもしらない誰かを信じることを培ってきたのですね)

 目の前にいる大貴の表情をその透明で澄んだ瞳に映した愛梨は、同時に今日までの日々とその心根までをも見通して言う

 目の前に堂々と佇むその姿からは、自分も知らない――だが、今の大貴を形作る過去、そしてまだ見ぬ未来までもが重なっているようだった


 いかに頼りにしているとはいえ、大貴としても愛梨と親しげな行動をみせるというあらぬ誤解を招くような行動は取りたくはなかっただろう

 だが、それを押してでも十世界と共闘を申し出たのは、そこまでしてでも大貴が瑞希を助けたいと思っていることの裏付けでもあった


「だから心配するな。俺達はこれからも変わらず敵同士のままだ」

 話しは決まったと言わんばかりの表情を浮かべ、椅子から立ち上がって手を差し出した大貴の姿に、愛梨は微笑みを浮かべてそれに応じる

「私は、あなた達を敵だと思ったことはありませんよ」

 いつまでも交わることのない理念を胸に、大貴と愛梨はこれまでと同じ言葉と共に手を交わすのだった





 時はわずかに遡り――大貴達が十世界との交渉に赴いて間もなく。外縁離宮へと帰還した神魔は、大貴達を送り出すと、滞在している屋敷へと戻るために身を翻す

「あの、神魔さん」

 桜を連れ立って部屋を戻ろうとした神魔だったが、それを共にここに残ることになった詩織が意を決して呼び止める

「……なんですか?」

 足を止め、不思議そうに視線を向けてきた神魔に、詩織は頬を膨らませて不満の意を表するとともに、わずかに恥じらって視線を伏せる

「一人にしないでもらえます?」

「いや、置いていったりしませんよ?」

 その言葉に、神魔が苦笑を浮かべながら答えるのを聞いた詩織は、自分の言わんとしていることに気付かない想い人の鈍さに盛大にため息を吐く

「そういうことじゃありません」

「?」

 確かに、この広大な外縁離宮で置き去りにされるのは困るが、詩織が言いたいのはそんなことではない。しかし、そんな詩織の純で複雑な乙女心を全くと言っていいほど解していない神魔は、桜へと視線を向けてその最愛の伴侶に困ったような微笑を返されていた

「そりゃあ、神魔さんと桜さんの時間を邪魔するのは悪いなぁと思いますよ? でも、大貴にはヒナさんがいるし、クロスさんにはマリアさんがいるし、でも私ってこういう時基本一人じゃないですか

 別に寂しくはないんですけど、いくら私でもやっぱり見知らぬ土地で知らない人達に囲まれるのは、心細いんですよ」

 あえてそれを口にするのも恥ずかしいのか、視線を逸らしながら言う詩織の言葉を聞いた神魔は、合点がいったような表情を浮かべる

(なるほど、言われてみればそうか)


 神魔としては、詩織が悪意の眷属である「ゆりかごの人間」ことも踏まえ、かなり気にかけていたつもりではあったが、本人はそれでも不安を強く感じていたのだろう

 特にこの聖人界では、最初に危険を感じている。身を護る力もない詩織が一人で孤独を抱えているというのは考えてみれば至極当然のことだ


(神魔様、そういうことではないのですよ)

 そんな風に考えているであろう神魔へさりげなく一瞥を向けた桜は、その言葉に隠された真意に気付かない自身の伴侶に苦笑めいた表情を浮かべる

「あー……それは、ごめん。気付かなくて」

 桜のその表情に気付かない神魔が謝罪の言葉を述べると、詩織は尖らせていた唇を吊り上げて笑みを浮かべると、悪戯めいた満面の笑みを浮かべてその瞳を覗き込む

「分かればいいです」

 桜へ軽く視線を向け、いつも通りの淑やかで清楚な微笑を返された詩織は、わずかに頬を赤らめながら周囲を見回す

「じゃあ、その辺に座りましょう。大貴達も、そう時間かからずに帰ってくると思いますし」

 外縁離宮は白い街中に清流と豊かな緑を持っており、そこには誰もが利用できるようにベンチなどが置かれた憩いの場所がある

「分かりました」

 この街を作ったウルトの趣向なのだろうが、現状では最適だと考えた詩織が言うと、神魔と桜は視線を交わしてそれを了承する

(きゃー。神魔さんの隣に座っちゃった。こんなのいつ以来だろ? もしかしたら始めてかもしれない)

 聖人の体格に合わせて作られているため、かなり大きなそのベンチに、神魔を女性陣で挟む形で並んで座ると、詩織は思わず緩んでしまいそうになる表情で懸命に引き締める

 特に身体が触れているわけでもないというのに、隣に神魔がいて、その気になればいつでも触れられる距離で並んでいるという事実が、詩織の純な乙女心に飛び上がらんばかりの喜びを感じさせる

(こ、ここはやっぱり何か適当な話題を振らないと)

 舞い上がらんばかりの喜びに胸躍らせている詩織は、隣に座っている神魔と神魔を挟んで座っている桜を意識して口を開く

「な、なんていうか、最近大貴(あいつ)に差を付けられてる気がするんですよね。別に戦う力がどうこうってわけじゃなくて……なんていうか、こう人間性? 的な面で。

 昔から大人っぽいというか、いい意味でも悪い意味でも子供っぽくないやつでしたけど、最近はなんかそれに拍車がかかってるような気がして……やっぱり、私がゆりかごの人間だからなんでしょうか?」

(あれ? なんで私こんなこと話してるんだろ?)

 何もしなければ、神魔と桜は自分を置いて二人だけの世界を作ることを確信している詩織は、懸命に話題を探すも、特に話題も思いつかず、自身の悩みを打ち明ける様な言葉しか出て来なかった

「そんなことはないと思うよ?」

 そんな悩み相談などするつもりもない詩織だが、その心中が分かっていない神魔がそれを無為に聞き流すことはない。当然、先の言葉に対する神魔なりの詩織への答えが返される

「やっぱりそれは大貴君の人柄っていうか、元々の人間性みたいなものじゃないかな? 全霊命(僕達)にだって色んな人がいるわけだから。――まあ、でも最近大貴君が変わってきたっていうのは同意するけどね」

 隣に座っている詩織に視線を向けた神魔は、最近の大貴を思い出しながら答えると、両手の指を絡ませている少女を見て優しく囁く

「でも、詩織さんも変わったと思うよ」

「え?」

 その言葉に目を瞠り、顔を上げた詩織に少し高い位置にある神魔の顔が屈託のない優しい笑みを浮かべる

「ここ最近は特に、魅力的になったよ」

「!」

 神魔のその言葉を聞くなり、詩織の顔が一瞬でゆで上がり、真っ赤に染まる

「み、魅力、的……」

 まるで熱を持った顔を冷やそうとするかのように、両手を頬に当てて視線を逸らす詩織の隣では、神魔が小首を傾げて小さく独り言を呟いていた

「いや、魅力的っていうのは違うかも。うーん、こういう感じ、なんていうんだろう?」

 自身の言葉選びに迷いながら言う神魔の両隣では、桜が平然とした顔で淑やかに控え、反対に紅潮した詩織が舞い上がるという対照的な構図が生まれていた

「で、でも、実際生まれた時から人格ができてるって、羨ましいです。私なんて、過去を振り返ると自分の子供っぽさと言うか、分別がなくて思慮が浅かった子供の時のことに悶絶しそうになりますから」

 しばらく浮かれていた詩織だったが神魔の視線に気づくと、慌てて居住まいを正し、照れ隠しをするように話題を切り替える

 全霊命(ファースト)は生まれた時から、両親の記憶以外の知識を得ているという話を思い出し、幼かった自分の頃の恥ずかしい記憶などを重ね合わせた詩織に、神魔は苦笑を浮かべて言う

「それは僕達も似た様なものだよ。詩織さん達のとは違うかもしれないけど、完成された人格なんてないからね。色々失敗してるし、今から思えば、なんであんなことしたんだろうみたいなことはあるよ」

「へぇ、桜さんもそうなんですか?」

 神魔のその言葉に、意外そうに目と口を丸くした詩織はその視線を桜へと向けて訊ねる

「もちろんです。わたくしなど至らぬことばかりですから」

「私からすると、桜さんのそれは嫌味にしか聞こえませんけどね」

 当然のこととして答える桜の言葉だが、詩織にとってはどこか作り話のような印象を宇変えるものでしかない

 詩織にとって桜は、女性として完璧に近いものに見えているのも、その一助となっているのだろうが、それには隣の神魔も小さな笑みを浮かべて同意を示していた

「はは。それはそうかもね」

「もう、神魔様まで」

 軽い口調で言う神魔に、桜が慈愛に満ちた優しい声音で窘めるように語りかける様子を見ていた詩織は、そこに何者も立ち入ることができないような二人だけの世界を幻視して、軽く空を見上げる

「……大貴達、うまくいくでしょうか?」

 白い雲を抱く青い蒼穹を見上げた詩織の言葉に、神魔と桜は視線を交錯させると目を伏せる


 神魔達からすれば、生存率と勝率を上げるという意味で十世界との共闘は吝かではない。だが同時に十世界と共闘することを考えると、互いの信念や理念などの立場から手放しで歓迎できることではないのも事実だ


「さあ?」

 そんな複雑な事情から、うまくいくとも失敗するとも思っている様な、歓迎しているようないないような感情で発せられた淡泊な神魔の声に、詩織は意を決して口を開く

「私は、これがきっかけで九世界の人と十世界の人が仲良くなってくれたら嬉しいなって思うんです」

 これまでの経験から、神魔達や九世界の者達が十世界やその理念をあまり歓迎していないことは十分に分かっているが、詩織は自分の率直な気持ちを言葉に乗せて、一言一言選びながら語りかける

 そうしている間、神魔と桜に心の内を見透かされる様な視線を注がれている詩織は、それに答えるように顔を向けると、小さく笑って見せる

「そうすれば、世界はそれなりに平和になって、神魔さん達の罪の帳消しになって、みんな仲良くなって……幸せになれないかなって

 だって、やっぱり、戦わずに済むならその方がいいですし、仲良くできるなら、きっとそれが一番いいんじゃないかと思うんです」

 十世界を滅ぼす以外にも、九世界と愛梨達が仲良くなることで神魔と桜の罪がなくなるかもしれないという淡い期待を抱く詩織は、指を絡めた手を強く握りしめて言う


 詩織としても、これまで意味もなく世界を回っていたわけではない。誰もが自分や、大切な人や世界のために、それぞれの信念をかが掲げ、それゆえに戦ってしまう様子を見てきた

 神魔達や九世界の言い分も、十世界の理想もそれぞれに共感できるところがあり、それぞれがそれぞれを受け入れられない理由にも納得はいく。だが、それが分かっていても、その心のどこかで「もしかしたら」という可能性がよぎってしまう


「ま、難しいことだよね。平和と平穏は似て非なるものだし、平和と幸せは近しいものだけど、必ず等しいものだとは限らないから――結局、直接殺すか、間接的に社会に殺されるかの違いしかないのかもしれないし」

 その言葉を聞いていた神魔は、しばしの沈黙の後に重い口を開いて、軽い口調で答える

「ただ、理屈なんかを全部抜きにして考えれば、そんな夢物語も悪くないと思うよ」

「はい」


 神魔と桜にとって、あくまでも感情と感傷から出たものに過ぎない言葉を、それだけでは済まない現実的な手段を並べて否定するのは――納得するかどうかは別としても――難しいことではない。現に、これまでも難度がそういう話をしてきた過去がある

 だが、詩織もそんなことをを求めているのではない。あくまでもそれを分かった上で述べている詩織の意見をあえて否定するほど、神魔と桜はその考えに敵意を抱いているわけではなかった


「例えば」

 その言葉を聞いた詩織は、不意に緊張した面持ちで言葉を発して神魔と桜の意識を集めると、意を決したように顔を上げて訊ねる

「ものすごく例えばの話なんですけど、もし十世界が世界を支配したとして、今ある色んな禁忌が許されるようになった時、もし神魔さんが悪魔じゃない存在のことを好きになったらどうします?」

「……!」

 詩織のその問いかけに、神魔と桜は小さく目を瞠る

「そうだな……」

 懸命に自分を見つめ、唇を引き結ぶ詩織の表情を見た神魔は、その言葉に軽く思案を巡らせて口を開く

「その人の事をホントに好きだったら、好きっていうんじゃないかな? ――まぁ、桜が許してくれるなら、だけどね」

 あくまでも仮定の話として悪戯じみた視線を向けられた桜は、神魔に微笑を浮かべて答える

 その交錯する視線には、互いへの深い信頼と愛情が宿っており、詩織の仮定が本当の意味で仮定でしかないのだと雄弁に物語っていた

「そうですよね」

 その様子に詩織は乾いた笑いを張り付けながら答え、視線を逸らす

 麗らかな日差しに照らされる詩織の横顔を見た桜は、それに声をかけようと口を開こうとするが、今は自分が何か言うべきではないと思い直してその声を呑む込む

「……!」

「どうやら、大貴さん達が戻られたようですよ」

 その時、知覚で大貴達の存在を知覚した神魔と桜が顔を上げて大貴達の帰還を伝える

 桜の言葉に小さく目を瞠った詩織が二人に連れられてさほど距離の離れていない外縁離宮の門まで迎えに出ると、結界に包まれて全霊命(ファースト)の知覚を与えられた詩織の目に、空から降下してくる大貴とクロス、マリアの姿が映る

「大貴」

「姉貴……」

 詩織の出迎えが予想外だったのか、左右非対称の黒白翼を折りたたんだ大貴が小さく目を瞠る横から神魔が声をかける

「どうだった?」

「ああ。なんとかなったよ。ま。さすがにここに連れてくるのはまずいから、別の場所で落ち合うことにしてる――今から大丈夫か?」

 この外縁離宮は、聖議殿(アウラポリス)から派遣された監視の聖人達がいる上、一応は九世界の勢力に属する場所。そんなところに十世界の盟主達を連れてくるわけにもいかなかったため、大貴は別の場所で合流することにしていた

「うん。えっと、詩織さんは……」

 大貴の言葉に頷いて答えた神魔は、先程の話題――一人は心細いという話を思い出して、詩織に視線を向ける

「私は大丈夫です。気を付けて行ってきてください。あと、瑞希さんの事をお願いします」

 その視線が向けられる前に答えた詩織は、自分が言っても足手纏いにしかならないのが分かっているため、一抹の憂いさえない表情で外縁離宮に残る意思を示す

 戦えない自分がむしりについて行ったところで神魔達の手を煩わせるだけ。ならば、神魔や大貴達を信じて待ちながら無事と勝利を祈り、瑞希の事を託すことが最善の手段だと詩織は分かっていた

「ありがとう」

 その言葉に優しく微笑んで感謝の言葉を述べた神魔は、軽く腰を曲げて目線の高さを合わせて詩織に向き合うと、屈託のない笑顔を浮かべる

「僕が言っても気休めにもならないかもしれないけど、戦うことができなくたって、詩織さんの心は僕達と一緒に戦場にある。詩織さんも、僕達にとってかけがえのない人なんだよ」

 その優しい視線と言葉に、顔を赤らめた詩織は、自身の胸に灯った温かな幸福の温度を持つ思いを慈しむように噛み締めながら微笑む


「はい。ありがとうございます」


 戦えることが仲間の価値ではない。強いことが大切な人を決める物差しではない。――そんな当たり前のことを、当たり前のように優しく語りかけてくれた神魔の言葉にその想いをより一層強めながら、詩織は天へと飛び去っていく想い人達を見送るのだった






 聖人界の中枢――「聖議殿(アウラポリス)」を遠くに見ることができる小高い丘の上。そこには、これまで敵対していた者達が一堂に会し、肩を並べていた

 光魔神大貴を筆頭に、神魔、クロス、桜、マリア。そして、十世界盟主愛梨を筆頭として、紅蓮、シャリオ、ラグナ――互いの目的のために行動を共にすることを約束した者達は、これまで違う理念を見据えていた瞳で、今同じ目的を見据えていた


「準備はいいか?」

「はい」

 聖人界を吹き抜ける風にその髪を揺らしながら大貴が問いかけると、愛梨が包容力に満ちた穏やかな笑みを浮かべて答える

「こんな日が来るとは、夢にも思っていなかったぜ。今回は休戦だな」

 それに頷いた大貴の許へと歩み寄った紅蓮は、これまで好敵手として求め続けてきた者との共闘に、口端を吊り上げながら軽く握った拳を差し出す

「できれば、ずっと休戦にしてくれるとありがたいんだけどな」

 その視線に肩を竦めて笑った大貴は、左右非対称色の瞳に優しげな光を灯すと、紅蓮が差し出した拳に自身のそれを軽く当てる

「それは無理な相談だ」

 拳から伝わる互いの存在を確認し合った大貴と紅蓮は、互いに笑みを交わしながら肩を並べて同じ目標を見据える




「クロス。前みたいな無様な戦いはするなよ?」

「誰に言ってるんだシャリオ。そっちこそ、足を引っ張るなよ」

 先日、冥界で再会した時のことを引き合いに出して言うシャリオに、渋い表情を浮かべたクロスが答える

「何強がってるんだよ。今は俺の方が強いだろ」

「は? お前の知覚はおかしくなってるんじゃないのか?」 

 そのやり取りの間一度も視線を交わすことがなく、一見いがみ合っているようにクロスとシャリオだが、それを少し離れた場所から見ているマリアにとっては、遥か昔に失われてしまったとても懐かしい姿だった

「クロス、シャリオ君。もうそのくらいにして」

 今は離れてしまっていても、昔と変わっていないクロスとシャリオの姿を懐かしむマリアは、今までしてきたように、喜びが滲みだした笑みと声で二人を仲裁するべく歩み寄っていった




「神魔さん」

 各々が小さくない因縁を持った相手と軽く挨拶を交わしている様子を横目に、いつものように桜と共に佇んでいた神魔は、ゆっくりと歩み寄ってきた愛梨に声をかけられる

 ある程度距離を置いて足を止めた愛梨は、神魔が桜と共に自分に向き直るのを待って、一拍の呼吸を置いてから口を開く

「あなたは死紅魔(シグマ)さんを手にかけました」

「それで?」

 かけがえのない腹心であった死紅魔(シグマ)を手にかけた神魔に言葉を向けた愛梨は、それに返された硬質な声に瞼を伏せる

「あの方は、あなたが世界を滅ぼすと信じて――いえ、確信しておられました。そして、私にはその思いを変えることができませんでした」

 死紅魔(シグマ)を失ったことで覚えた己の内にある小さくない悲しみや喪失感に正しく向き合い、その心と意思で包み込んだ愛梨は、瞼を開いて全てを受け入れた寂しげな視線を神魔に向けて語りかける

 神魔が世界を滅ぼすと語り、自分の息子の命をその手で奪うことを頑なに譲らなかった死紅魔(シグマ)の最後の姿を思い返しながら、愛梨は神妙な面差しと共に己の意思を伝えるべく、言葉を紡ぐ

「だから、見せてあげたいのです。あなたがそれ以外にないと信じた道は誤りだったのだと。あなたを救って、一緒に死紅魔(シグマ)さんにあなたが心を痛めて、大切な人を傷つける必要なんてなかったんですよって、この世界から伝えたいのです」

 伝えられなかった言葉と叶えられなかった思いを神魔に重ねた愛梨は、その痛みを噛みしめるように胸に手を当て、真摯な表情で語りかける

「だから――」

 そこで言葉を一旦切った愛梨は、神魔をまっすぐに見据えてその思いを切り出す


「私に、あなたを助けさせてもらえませんか?」


 そう言って握手を求めて手を差し出した愛梨は、自身が望む願いを――死紅魔(シグマ)の遺した言葉と、運命に抗い、理想を叶える意思を伝える

死紅魔(シグマ)さんが諦めていた選択を叶える機会を私にください」

 恒久的世界平和を求めて十世界を作り出した愛梨らしく、定められた世の理と戦う意思を示した言葉に、神魔は、表情を浮かべずに答える


「嫌だよ」


 愛梨から差し出された手に答えることはせず、桜の憂いを帯びた視線にさえ背を向けるように身を翻した神魔は、視線を向けることなく無機質な声音で答える

「あなたに助けてもらうくらいなら、世界を滅ぼした方がマシだ」

 強い拒絶の意思を示したその言葉に、差し出していた手を収めた愛梨は、その後ろ姿に死紅魔(シグマ)の面影を重ねて苦笑を零す

「本当に親子ですね」

 神魔の拒絶の言葉は、単純に自分への敵意などから来ているものではない。世界を滅ぼすと死紅魔(シグマ)に言われ、父を殺めて生きる道を選択した神魔が、自身で決着をつけるべきことだと見据えている目標なのだ

「頑固なところがそっくりです」

 死紅魔()との本当の決着のために、自分の力で己の運命と戦おうとする意思を示す言葉に優しく微笑んだ愛梨に、背を向けていた神魔が肩越しに視線を向けて不敵に笑う

「嬉しくはないけどね」

 決して自分の言葉に依ってはくれないであろう神魔の姿を見据えた愛梨は、しかし微塵もその表情に憂いを宿すことなく、いつも通りの全ての幸福と平和を信じ願う笑みで答える

「でも、私も負けず劣らず頑固なんです。あなたが嫌だと言っても、私はあなたを助けますから」


「……勝手にすれば」


 愛梨に背を向けて一言、そう言った神魔の口元がわずかに緩んでいることに気付いたのは、その傍らに控えている桜だけだった



「よし、行くぞ」


 そして、大貴の言葉と共に、十世界を加えて一時的な協力関係で結ばれた者達は聖議殿(アウラポリス)へと向かって進むのだった





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