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魔界闘神伝  作者: 和和和和
聖人界編
208/305

十世界との交渉





 金色の蛍が舞う



 淡く、今にも消えてしまいそうなほど儚いというのに、永遠に輝いているようにさえ思える幻想的なその燐光は、柔らかな風に遊ぶ金色の髪から零れたもの

 腰よりも長く伸びる燐光を帯びた癖のない金色の髪。その身に纏う純白の衣を揺らめかせた女性は、雲海を眼下に見下ろす山の頂に佇んでいた


「あの日、かの神々(・・・・)によってここにあったものが奪われ、失われました」


 その視線の先には、金色の意匠が施された純白色の神殿を思わせる荘厳な建物が佇んでいた。壁などのないその佇まいは、どこか近づく者を憚る祭壇のような厳粛さを纏っていた

 しかし、その頂に設けられた屋根の下には、何かを受け止めるために設けられた円形の台座だけが残されており、どこか大切なものが欠落してしまったかのような寂しさを感じさせる


「今、この世界で紡がれているのは、かつて分かたれたものが一つに還るための物語。あるべきものが、あるべき場所へと変えるための旅――」

 空となった台座を見つめ、届けたいのに届くことのない言葉が届くようにと願いながら天上の美声を以って物憂げに語りかけたその女性は、燐光を帯びた金色の髪を揺らめかせながら、ゆっくりと視線を背後へと巡らせる


 すると、まるでそれに合わせたように風によって流され、溶けた雲海の下に、そこに鎮座する山よりも大きな純白の神殿のような城が姿を現す

 絵にも書けない美しさを持つ純白の神殿城の周りには、純白亜の回廊で繋がった大小様々な純白の建造物が建ち並んでおり、その外には美しい緑と清らかな水、色鮮やかな花と生命の輝きに満ちた悠久の大自然を擁す世界が広がっている

 純白の神殿城と自然が調和し、一体となった光り輝くようなその光景は、何人の立ち入りも阻むような神話の世界を顕現させていた

 

「全てはあなた(・・・)が始めた終わり」


 金色の燐光を帯びた金髪が揺れるたび、そこから零れた光の雫が風に溶けていく。薄い紅で彩られた唇から言葉を紡ぎ、語りかけたその声が静かに空を伝わっていく


「滅びをもたらすための始まり」


 静かに言葉を紡ぎ、紅で彩られた唇を閉じた金髪の女性は、その頭をゆっくりと動かして山の反対側――白亜の神殿城とは逆の位置へ視線を向ける

「そして」

 厳かな声でそう紡いだ燐光を帯びた金髪の女性は、眼下に広がる自然の中に佇んでいるもの――恐ろしいほどに美しい純黒の社殿城を見据えて厳かに呟く



「真の終わりが始まる――」





 夜が明け、天頂に輝く神臓(クオソメリス)が太陽へと変わり、日差しを強め始めた頃、聖人界外縁離宮の中で部屋をでた詩織がその中を歩いていた

 聖人の体格に合わせて作られているため、少々高く移動に難を覚える階段を上り下りし、周囲を見回しながら歩いていると、それを見止めた大貴が詩織に声をかける

「どうしたんだ? 姉貴」

「あ、大貴。神魔さん達知らない? 部屋にも行ったんだけどいないみたいで……」

 口元を手で押さえ、思案を巡らせる詩織の言葉を受けた大貴は、「あぁ」と合点が言ったように独白してその問いかけに答える

「昨日桜と一緒にどこかに行ったみたいだな」

「どこかって、一晩中?」

 神魔と桜が夜に外縁離宮を離れて行くのを知覚していた大貴が言うと、詩織はその言葉に驚愕を露にして言う

「ああ。しかも、しばらく移動してたみたいだが、知覚の範囲外に出たから魔力を知覚できなくなった」

 今にも掴みかからんばかりに詩織に詰め寄られた大貴は、その剣幕に顔をしかめながら半身退きつつ、更に言葉を続ける

 そこまで言う必要があったのかは疑問だが、「どこに行ったのか?」と訊ねられた以上、現在の居場所を説明する必要があると考え、自分が知り得る限りの情報を伝えることにしたのだ

「それって、二人になにかあったかもしれないってこと?」

 大貴の説明を聞いた詩織は、その表情を不安で強張らせて訊ねる


 全霊命(ファースト)の知覚には範囲に限界がある。個人によって差はあるが、概ね数光年単位で知覚することができ、さらに意識を集中させることでその範囲を拡大することができる

 大貴の知覚の外へと神魔と桜が出て行ったということは、そこで何か起きていても、こちら側が把握できないのは間違いない


「それはないだろ。あの二人が簡単にやられるとは思わねぇし、思念通話なら知覚が離れていても届く。一応クロスやらシャハス達とも相談して、しばらくは好きにさせるって結論になってるんだよ。

 姉貴が心配してるのは分かるけどな……あの二人は、特に特別だ。俺達に気を遣って色々とあれなこととかもあるかもしれないだろ?」

 詩織の不安を察しながらも、大貴は狼狽の色を強める姉を落ち着かせようと淡泊に声をかける

 知覚が届かなくとも、世界を隔ててていない限りは思念通話が届く。今の神魔と桜の実力を考えれば、仮に何かあったとしても簡単にどうにかされるはずはない

「それは……そうかも、だけど」

 大貴の信頼は尤もであり、神魔と桜の実力に関しては詩織も一定の信頼を置いている。だが、頭でわかっていることと、心情で求めていることは等しくならない

 大丈夫だと分かっていても、心配してしまう気持ちを抑えることができずに言葉を濁す詩織の姿に嘆息していた大貴は、ふと視線を外へ向けて小さく笑う

「噂をすればってやつか……帰ってきたみたいだぜ」

「!」

 知覚で二人の魔力を捉えた大貴が言うと、詩織は顔を上げる


 基本的に、外縁離宮の主であるウルトがいない状況で中へと直接転移するのは友好関係にある者達でも避けるべき行為

 そのため、外縁離宮の外へと転移して現れた神魔と桜の存在を知覚した大貴が言うと、詩織は慌てて駆けだそうとする


「待てよ。俺と一緒に行くぞ」

 外縁離宮は広い。加えて、階段も何もかもすべてが男性で約三メートル、女性でも二、五はある聖人の基準で作られた街を移動するのに、ゆりかごの人間である詩織の足では、ここから正門まで一日走り続けても到着するのは不可能だろう

 軽く差し出された手を取った詩織は、大貴が展開した黒白の結界に包まれたかと思うと、そのまま中空を飛んで正門へと向かっていった


「神魔、桜」

 時間と空間を超越する神速で移動した大貴は、二人が丁度門をくぐり終えた辺りで追いつき、その前へと詩織を伴って降り立つ

「大貴君、それに詩織さんまで」

 いつもと同じように桜の一歩半右前に立つ神魔は、二人の姿を見止めて目を丸くする

「神魔さん。よかった、心配してたんですよ」

「ああ……ごめんね」

 自身を包んでいた太極(オール)の力が解けるなり、神魔の許へと駆け寄った詩織が安堵の表情を浮かべながら言う

 その目元にはわずかに光るものが滲んでおり、詩織がいかに神魔の事を案じていたのかを雄弁に物語っていた――尤も、その心情の根底にある純な想いはこの場でも桜以外には伝わっていなかったのだが

「何やってたんだ? ちょっと魔力も強くなってるみたいだし」

 悪魔であってもやはり女の涙には思うところがあるのか、詩織の表情を見てわずかに動揺している神魔に、大貴は怪訝そうに問いかける

 大貴の知覚は、明らかに神魔の魔力が強くなっているのを捉えていた。たった一晩で何もなくこれほどまでに力が強くなるとは思わない大貴の質問に、神魔は桜の腰を抱き寄せる

「僕達が二人きりでやることなんて決まってるでしょ?」

「神魔様……」

 悪戯めいた笑みを浮かべる神魔の言葉に、桜はその雪肌を朱に染めて、消え入りそうな声を零しながら恥じらいのあまり視線を伏せる

 桜が浮かべたその表情を見て、詩織の顔に不機嫌そうな黒い帳が下りるが、大貴は小さく咳払いして気を取り直すと、左右非対称色の瞳を向ける

「それだけか? お前達なら、そういうことはわざわざ外に出てまでしないだろ。それに、さっきみたいな話のはぐらかし方も……な」

「あー……」

 まるで見透かしたように言って来る大貴の視線に、桜との抱擁を解いた神魔が、視線を明後日の方向へ向けながら話を逸らせようとする

 その時、外縁離宮の中心に建つウルトの屋敷から、クロスとマリア、そしてウルトとアレクが離れている間大貴達を任された聖人の姉弟――「シャハス」と「ナハト」までもがやってくる

「お前、この非常時に何をやってたんだよ?」

 地面に降り立ち、純白の翼を折りたたむなり半目で詰問してくるクロスの視線に、神魔は明後日の方へ向けていた視線を戻して口を開く

「――それより、ウルトさんとリリーナ様は?」

「はぐらかすな」

 自分の言葉を一刀の下にクロスに否定された神魔は、自分に注がれる六対十二の視線に、観念したようにため息をついて重い口を開く

「ちょっと、昔の因縁の決着をつけにね」

「……あいつと戦ってきたのか!?」

 その言葉に、先日聖議殿(アウラポリス)で愛梨率いる十世界と邂逅した際、神魔と桜が戦っていた黒髪双角の悪魔の姿を思い出した大貴が声を上げる

「あいつ?」

 そのことを知らない詩織が怪訝そうに首を傾げる中、神魔をまっすぐに見据えた大貴が口を開く

「で?」

 その言葉が、「結果はどうなったんだ?」という意味であることを正しく理解している神魔は、一度深く息をついてそれに答える

「僕がここにいるのが答えでしょ?」

 大貴の問いかけには、「逃げられた」あるいは「逃がしてもらった」という可能性まで含まれていた。だが、神魔のその答えは、即ち生死という形で決着がつけられたことを示すものだった

「あいつは、お前にとってそこまでして戦う意味があった奴なのか?」

 その言葉に、しばしの沈黙を以って答えた大貴は、ゆっくりと息をつくと静かな声で問いかける


 神魔がしたことを非難するつもりはない。だが、誰にも一言も告げずに外縁離宮(ここ)を出て戦った神魔のやり方は、らしくないとも言える

 いかにウルト達が好意的に接してくれているとはいえ、監視もある中で聖人に良く思われていない闇の全霊命(悪魔)が勝手に外縁離宮の外を出歩けば、心証を悪くする可能性は多分にある

 神魔がそのことを考えずに行動したとは思えない。もしもそうならば、神魔がそうせざるを得ないほどの因縁が二人の間にあったことの証左でもある


 非難しているわけでもなく、詰問しているわけでもない。ただ、知ろうとして向けられる大貴の視線と言葉い目を伏せた神魔は、その目をまっすぐに見据えてゆっくりと重い口を開く

「悪いけど、それには答えたくない」

「お前……」

 その言葉を聞いたクロスが、神魔の対応に不満の意思を表して小さくない激情を露にし、今にも掴みかからんばかりに詰め寄ろうとする

 だが、感情が抜け落ち、全てを呑み込むような金色の視線を神魔から向けられたクロスは、そこに強い拒絶の意思を感じ取って足と声を止める


 クロスは決して臆したわけでも怯えたわけでもない。神魔もまた威嚇したわけでもなければ敵意を示したわけでもない

 だが、神魔が向けた視線は強い拒絶――もっと言えば、例え大貴達であろうとも、その先への詮索を拒む個人の他人の境界を示すものだった。

 もし、これを無理やりにでも聞き出すような無神経なことをすれば、その距離はもう永遠に縮まることは無いだろうと、クロスだけではなく桜を除く全員がそれを理解していた


「お前は……」

 その視線に一瞬だけ言葉を止めたクロスだったが、その脳裏に先日冥界で自分の前に背を向けて立った神魔の後ろ姿が思い起こされる


遠く(・・)はないつもりなんだ》


 光と闇。天使と悪魔――相反するものでありながらも、決してその心は遠いものではないと告げた神魔の言葉を思い返し、ここで話を終わらせることはできないとばかりに己を奮い立たせて口を開こうとする

「それより、ウルト様とリリーナ様から連絡は?」

 だが、クロスが言葉を発するよりも早く神魔の声がそれを遮って、話題を別の方向へと変える

「一応思念通話で連絡は来ましたが、やはりと言いますが状況は芳しくないようです」

 神魔の視線を向けられた赤髪の聖人の女性――「シャハス」は、その事情に踏み込むべきではないと判断してそれに答える

「そう」

 それに神魔が静かな声で答えるのを聞いた大貴は、昨夜から胸に秘めていたことをこれから言葉に変えて発する意味を考えて小さく深く息を吐いて心を鎮める

「じゃあ、神魔。姉貴の事を頼んでいいか? 屋敷まで連れて言ってやってくれ」

 できるだけ平静に、何ごともない雑談のように話を切り出した大貴に、今度はそれ以外の全員の視線が集まる

「どこかに行かれるのですか?」

 全員を代表するかのようにマリアがその意図を尋ねると、大貴は自分を除く全員の視線を真正面から受け止めて頷く

「ああ。俺は瑞希を助けに行く」

「……!」

 その決意表明に、その場にいる全員が小さく目を瞠り、驚愕を露にする

 本来ならば護衛である神魔、桜、クロス、マリアの四人も同行するべき事柄であるにも関わらず、それを自分一人で行くと表した大貴の意味することに思い至り、ナハトが口を開く

「まさか、一人で乗り込まれるおつもりですか?」

「そんなことはしない」

 この外縁離宮の主であるウルトから大貴のことを任されている身として許容できない意思をその短い言語の端に滲ませたナハトの言は、当人によって即座に破棄される


 今の大貴は、神器「界棋盤(ドゥアル・スヴァラ)」と合一することより、神位第六位級の神格を得て戦うことができる

 その力を以ってすれば、神威級神器を使う天支七柱筆頭「マキシム」とも互角の戦いができるだろうが、勝算は五分に届かないほどだと大貴は見ていた


「俺は別に聖人界と戦争したいわけじゃない。俺は、俺自身として不服の意を見せつけに行くんだ。聖人界の行いが法として間違ってなかろうと、法が常に正しいとも限らない

 法も変わっていくものだと俺は思ってる。そして今回の事は変わるべきものだとも思ってる。だから、俺はここでその意思を世界に示す」

 全員を見回し、その左右非対称色の瞳に映した大貴は、己の決意を意思を抑制された声に込めて訴えかける


 大貴が九つの世界を巡っているのは、現在世界最強の存在である光魔神を取り込み、十世界側と敵対させることが目的だ

 だが、大貴もただ各世界の思惑に踊らされているばかりではない。己の目で見て、感じ、考えることができる。そして大貴は、今回の一件に対して光魔神である自分としての意見を示す決意をしたのだ


 他の世界で裁かれていても、別の世界に行けば裁かれる。――二重の罰科は許されるべきではない。例え九世界が十世界の求めたように、共和関係にならずとも、各々の世界で下された法の裁きを他の世界が塗り替えるべきではないのだ、と。



「お前の言いたいことは分かったが、どうする気だ?」

 大貴の意思を受け取ったクロスは、それを否定することなく許容しつつも、その手段について訊ねる

 実力行使で奪うつもりがないとは言うが、ことはそんな簡単なことではないことは、大貴にも分かっているはずだ

「ウルトとリリーナの説得にあっちが応じないなら、話して納得させるだけだ」

「?」

 クロスのその問いかけに、不敵な笑みを浮かべた大貴が言うと、その意味を掴みあぐねた詩織が大きく首を傾げる

 詩織程ではないが、それぞれ疑問を覚えているであろう表情を浮かべている神魔達とシャハス、ナハトの二人を見た大貴は口を開いてその手段を示す

「今、そういうのが得意そうな奴が来てるだろ?」

「まさか……!」

 自身のその言葉で、その方法に思い立ったメンバーが驚愕を浮かべたのを見て取った大貴は、それを肯定するように笑みを深める

「そのまさかだ」

「え? え?」

 ただ一人、それを理解していない詩織が困惑の声を漏らすのを見て、桜が神妙な面持ちで花唇を開く

「大貴さんは、瑞希さんを助けるために、十世界の協力を取り付けるつもりです」

「!」

 その言葉に目を瞠った詩織の視線を受けた大貴は、神魔、桜、クロス、マリア、シャハス、ナハト――それぞれの立場で九世界に属する面々を、真剣な眼差しで見据える

「止めるか?」

 十世界に協力を取り付ける考えに対する意見を求めた大貴に、各々視線を交錯させた一同を代表して、最初にクロスが訊ねる

「……勝算はあるのか?」

「やってみないことには分からないが……ゼロじゃないと思ってる」

 その答えを聞いた神魔は、その金色の双眸にわずかに険を帯びさせて話を引き継ぐ

「念のために聞くけど、その代わりに十世界につくとかってことじゃないよね?」

「ああ」

 力を借りる代わりに十世界につくなどという条件を出されては意味がない。神魔の問いかけに答えた大貴の瞳には、その言葉が嘘ではないと思わせる真摯な眼力が宿っていた

「……ま、やってみるだけやってみればいいんじゃないの?」

「オイ」

 しばしの間大貴と視線を交錯させていた神魔が嘆息して言うと、半ば適当なその言葉に、クロスが抗議の声を上げる

「勝手に出歩いてた僕が言えた義理じゃないしね。桜と詩織さんは?」

 その言葉に肩を竦めた神魔は、桜と詩織に意見を求める

「大貴さんのご随意に」

「私も、別に止めません……あの人達なら、大貴に乱暴なことはしないと思いますし」

 神魔の問いかけを受け、桜は淑然とした居住まいを崩すことなく応じ、詩織も思案を巡らせて答える

「ったく――俺はついて行くぞ」

 その楽天的な、というよりは適当な答えに軽く頭をかいたクロスが妥協点として同行を申し出ると、万理魔もそれに挙手をして同意を示す

「ってことだけど、どうするの?」

「まあ、大勢じゃなきゃいいだろ。向こうが一対一でってなら、そうするけどな」

 確認の意味を込めて「同行者はどうするのか?」と訊ねる神魔に、大貴は事前に用意していたであろう答えを告げる

「そう。なら、僕はここに残るよ……話が逸れそうだしね。何か言われたらごめんね」

「そうか……分かった」

 先程十世界の一人である死紅魔(シグマ)を殺したことを暗に匂わせ、在留の意思を示した神魔の言葉に大貴は了解の意思を示す

「わたくしは神魔様と残らせていただきます。詩織さんが仰っていたように、大丈夫だとは思いますが、念のためお気を付けて行ってらしてください」

「私も残ります」

 それに続き、当然のこととして神魔と共に残ることを告げた桜に次いで、詩織も手を上げて同意するのを見た大貴は、小さく頷いてそれを了承すると、その視線をクロスとマリアに向ける

「じゃあ、行くか」

 大貴とクロス、マリアが視線を交わしたのを見て取ったシャハスとナハトは、翼を広げて飛び上がった三人を見上げて簡潔に告げる

「一応、ウルト様達には報告させていただきます」

「ああ」

 その言葉に答え、翼を羽ばたかせた大貴とクロス、マリアの三人は神速で聖人界の空の彼方へと飛び去って行った





「やっぱり、知覚はできないか……」

 雲の上へと飛びあがり、果てしなく広がる聖人界の風景を眺めた大貴は、周囲に目的の人物の力を知覚できないのを確認すると、ゆっくりと瞼を落として思念通話を用いて呼びかける


《話がしたい》


 思念通話は、相手の神能()を知覚したことがあれば、世界を隔てていない限り相手に届けることができる

 以前人間界で誘われた経験があるため、無視されることはないと思っていた大貴の考えは、眼前に生じた時空の扉が証明している


 そこには、大貴が思念通話を送った相手――十世界盟主「愛梨」と、天使「シャリオ」、悪魔「紅蓮」、堕天使「ラグナ」が佇んでいた

「よう」

「ああ」

 これまで散々戦いを挑まれた紅蓮の笑みに大貴が答えると、その様子を見ていた愛梨が優しく目元を綻ばせて語りかける

「中へどうぞ」

 その言葉に頷き、クロス、マリアと共に開いた時空の門の内側へと侵入した大貴は、そこに広がっている何もない白い空間を見回して小さく独白する

「ここは、別の世界なのか……よく思念通話が届いたな」


 世界を隔ててしまうと、知覚が届かないばかりか思念通話も届かなくなる。それで知覚ができるのは、神器や神の能力を除けば、契りを交わした伴侶くらいのものだろう

 そんな中で、何の力も持っていない自分の思念通話が愛梨に届いた事実に小さくない驚きを覚えている大貴に、前を行く愛梨が穏やかに微笑む


「ここは神器・『空領土(レルヴォキス)』で作った領域世界ですから。攻撃されないように知覚も届かないようにしていますが、こちら側からの知覚はできるようにしてあります」

「さすがは神器。随分と都合のいい力だ」

 愛梨の簡潔な説明を聞いた大貴は、神器に宿った神の力の全能性に辟易したようにため息をつく

「それよりも――」

 そんな皮肉めいた声を背で受けた愛梨は、身を翻して大貴をまっすぐに見つめると、嬉々とした表情を浮かべて幸せが溢れだしているような笑みを浮かべる

「光栄です、光魔神様。まさか、あなたの方からお越しいただけるなんて」

「ああ」

 全く緊張感などない――しばらく会っていなかった友人に再会したような無防備で純粋な笑みを浮かべる愛梨に、大貴は心から答えることはできなかった

 相も変わらぬ人を疑うということを知らないような無垢な笑みを浮かべる愛梨に、信頼に満ちた視線を向けられた大貴は、色々な意味でやり辛い相手を前に気を引き締める


「簡潔に言う。聖浄匣塔(ネガトリウム)に捕まった仲間を助けるために、一時的に手を組んでほしい」


 機先を制するという訳でもないが、前置きの全てを置き去りにして本題を切り出した大貴の言葉に、愛梨は一瞬驚いたように目を丸くするが、すぐにその美貌を綻ばせて微笑む

「随分と率直なお話ですね」

 その言葉に応じるように、神器によって作られた白い空間に人数分の椅子が生み出され、愛梨は穏やかな声で大貴に語りかける

「とりあえずおかけください」

 その言葉に大貴達が椅子に座るのを見届けてから自分も腰を下ろした愛梨は、対面する位置に座った異端神の頂点たる人物にまっすぐに視線を向ける

「光魔神様の仰りたいことは分かりますが、まずは順を追って説明していただけますか?」




「――という訳だ。あんた達も、聖浄匣塔(ネガトリウム)に捕まってる奴を助けに来たんだろ? なら、互いの目的のために協力するのもありなんじゃないかじゃないかと思ったんだ」

 一通りの説明を終えた大貴は、最後に対面する位置に座っている十世界の盟主たる愛梨に、手を組もうと思った理由を付け足して話を締めくくる

「お話は分かりました。まず、瑞希さんを助けたいと思ってくださるそのお心に、深く感謝を述べさせていただきます」

 最後まで大貴の話を目を逸らすことなく聞き届けた愛梨は、納得したように一つ頷いてその場で深々と頭を下げる


 元々瑞希は十世界の前身となる集団に所属していた「十世界創始者」の一人。瑞希が聖人界に捕らえられた罪状が自分に縁のあるものである愛梨は、大貴の心遣いに深い感謝を抱かずにはいられなかった

 その言葉には嘘偽りがなく、例えかつて自分達を魔界に売った離反者でもある瑞希であっても、他の者に向けるものと何ら変わらない好意と仲間意識が伝わってくる


「一つ、確認をさせていただきたいのですが、先程光魔神様は『助ける』とおっしゃいました。それは、いかような手段を想定しての事でしょう?」

 まっすぐに目を見据え、その心の内を見通すような視線を向ける愛梨が神妙な面差しで問いかけてくると、大貴は一拍の間を置いて自分の考えを素直に表する

「必要なら、実力行使も辞さないって意味だ」


 愛梨は他人の全てを信じているが、決して妄信しているわけでもない。その目と素直な心は、人の心を素直に見つめ、その本心をある程度まで見透かしてくる

 その上で、そんな嘘や建前までも無条件に信じようとする愛梨に対し、大貴は偽ることのない考えを言葉にすることで、自身の誠意を示す


「では、私はあなたのお考えを支持できません」


 そして、大貴の言葉を聞いた愛梨は、落ち着いた厳かな声音で己の意思を伝える

「確かに私としても、瑞希さんのことはなんとかしたいと思います。ですが、聖人界の方の決定を力ずくで否定することを良しとはしません

 力を用いれば、多くの血が流れ、多くの犠牲が生まれます。私は話し合いで瑞希さんを解放していただくべきだと考えます」

 自身の胸に手を当て、己の考えと想いを率直な言葉に変えた愛梨に、大貴は視線を逸らすことなく向き合う


 聖人界の行いは正義だ。少なくとも、現状の法律でなんら咎められることではない。そしてそれと同時にそれに不満を覚え、法を変えるべきであると考える大貴の考えもまた尊い

 だが、九世界の恒久的平和を求める愛梨にとって、力を以ってその意思を示すことは決して許容していいことではない。


 言葉で想いを伝え、心を重ねて世界を変えることこそが、愛梨の――十世界の理念であり、理想であり、目標なのだから


「『場合によっては実力行使も辞さない』というお考えは、すでに話し合う前から分かり合うことを諦めているようなものです。私としては、そのようなお考えに賛同することは出来かねます」

「聖人界は、その話し合いに応じないそうだ」

 十世界と言う組織と、愛梨という人物の人格を考えれば想定通りだったともいえる答えに、大貴はわずかに声を強張らせて答える

 こちらに話し合う意思があろうと、向こうに無ければ意味がない。そして話し合っても相手が応じるとは限らない。その可能性を考慮した上でその時は力ずくでも自身の意思を通すという大貴の意思が籠められた言葉を、愛梨は揺るぎないその在り方を宿した瞳で受け止める

「ずっと語りかけます。言葉を聞いてもらえるまで、何度でも、いつまででも」

 決して己の願いのために他者を否定せず、自分の心を届けることを求める愛梨らしいやり方と言葉に、大貴の目にわずかな苛立ちが宿る

「光魔神様のお話によれば、瑞希さんは懲役千年です。処刑されるわけではなく、時間はあります。焦る必要があるのですか?」

 近日中に処刑されるというのならばまだしも、この早さで一つの世界と事を構えるような判断を下すのは早計過ぎると、愛梨はその言葉の卑劣さを分かっていて(・・・・・・)落ち着くように求める

「時間が来れば、俺達は次の世界に行くことになる。俺は、今までのメンバーでこれからもやっていきたいと思ってるんだ

 少なくとも、ここで瑞希を置いて行くことはできないし、一分一秒でも早く出してやりたいって思うのが人情ってもんだろ。処刑されないから時間がかかっても大丈夫なんてのは、納得いかないな」

 愛梨の言葉は、正面切っての実力行使よりも先に色々な手段を模索すべきだと諌め、冷静な判断を求めるもの

 静かで思慮深い愛梨の視線と言葉遣いに対し、大貴は抑制されてはいるが、不満をありありと滲ませた声で言う

「なるほど。今回の一件を九世界全体の問題にする前に、自分を含めたごく小さな判断という形に落ち着けたいということですね」

 その言葉を受けた愛梨は、合点がいったように小さく語りかける

「現状あなたの価値は、九世界において極めて高い。今ならあなたを引き留めておくために、たった一人の――それも、世界的に見れば目を瞑れる程度の罪しか犯していない人を連れ出しても、大した問題にしない可能性は高い

 ですが、事を成してしまった後ではそう持っていくことは難しくなる。九世界の思惑を逆手に取り、ご自身の価値を十分に把握したうえでのよい手段かもしれませんね」



 現在世界最強の存在である「反逆神」を擁する十世界と相対するにあたり、かの神と同等の力を持つ「光魔神」は九世界に於いて極めて重要な位置づけにある。

 自分達の陣営に引き入れるために特例を重ねて世界を巡らせているほどに重用している光魔神(大貴)を引き留めておくためならば、今回多少の無茶をしたとしても、ある程度目こぼしをしてくれる可能性は高い

 特に瑞希の件は、正義と法に厳格過ぎる聖人界だからこそ起きた問題ともいえる。つまり、逆説的に言えば、他の世界にとって、瑞希の拘留と罪状はそこまで固執するべきことではなく、仮に連れ出されたとしてもつぶれるのは――九世界としても、少々持て余している感のある――聖人界のメンツだけ

 だが、万が一十世界という脅威がなくなってしまえば、九世界はそこまでして大貴のすることを擁護する必要がなくなってしまう。

 九世界の法は、後に改定することはできるのだから、瑞希を取り戻すということを考えるならば、対話と時間を重ねて伸ばすよりも効果があるかもしれない



「――ですが、失礼とは思いますが、その考えは傲慢です。ご自身の思いを世界に認めさせることを前提に、他の方々の意思を踏み躙るものです。いかに円卓の神座№1である貴方であろうと、それは許されるべき行いでないと考えます」

 大貴の思惑を正しく読み取った愛梨だったが、それに対する答えはその考えを非難気味に否定するものだった


 大貴の考えは、かなりの力技ではあるが、一応の効果が期待できる。だがそれは、自分の意志と信念を第一に考え、それを叶えさせることを前提としたものだ

 確かに大貴は光魔神。異端とはいえ、神の名を冠し、完全に覚醒すれば単身で九世界全てを凌駕する力を持つ存在であるのは間違いない

 だが、だからといってその神格を盾に世界の全てを思うままにする権利があるなど、愛梨には到底許容できない考えだった


「そうやって相手の意思を組んで自分が引くのを、相手の事を理解したと思ってのるなら、それこそ傲慢だ」

 愛梨の言葉を受けた大貴は、ゆっくりと深く深呼吸するとその左右非対称色の双眸で世界平和を求める十世界の盟主を見据えて言う

「俺は、俺がやろうとしてることが今の法として正しくないことも十分に分かっている。相手の正しさも考えも理解し、尊重しているからこそそれを真正面から折りに行く

 話し合えば分かってもらえるって考えは、『相手が間違っている』って前提を持っているようなものじゃないのか?」

 現行の法に於いて、自分がしようとしていることが間違っていることは大貴も重々承知している。だが、その上で大貴は自分が正しいと思ったことをしに行く決意を固めているのだ

 確かに、話し合うことで心変わりしてくれるものもいるだろう。だが、だからといって、自分達の考えに賛同しないことを間違っているとするのは、それこそ傲慢だ

「自分の信念を通そうとするくせに、相手の信念は間違ってるんだって訴えて、それに真正面から向き合わないのは卑怯だろ?」

 愛梨を見据えて発せられた大貴の言葉は、助力を求める交渉の対話ではない。だが、愛梨は互いの心を避け出すこのような会話を望んでいることをこの場にいる誰もが理解していた

 クロスとマリア、シャリオ、紅蓮、ラグナ――九世界側と十世界側それぞれのメンバーが見守る中、大貴を見据えていた愛梨が唇を綻ばせて笑う

「あなたは、私の事をよく分かってくださっているのですね」

「冗談だろ。俺にとって、お前は一番訳の分からないやつだよ」

 親しみの込められた愛梨の視線を受けた大貴は、その言葉に抗議を述べながらも、どこか和やかな表情を浮かべている

「ふふ、ところで、ここまでの事をして助けようと思われるなんて光魔神様にとって、瑞希さんは特別な方なのですか? 例えば、恋人のような」

 口元を手で隠しながら上品に微笑んだ愛梨は、聖人界に敵対し、九世界に迷惑をかけ、十世界と組んでまで瑞希を助けようとする大貴の本意を問いかける

 理不尽な法に囚われた仲間を助けたいという大貴の言い分も分からなくはない。だが、小さくないリスクを背負ってまで瑞希を助けようとするそのやり方は、愛梨にとって大貴の心情を訊ねてみたくなるものだった

「別にそんなんじゃねぇよ」

「そうなんですか? 瑞希さんのことをそう思ってくださっているなら、私としてはとても嬉しいことなのですが」

 かつての袂を分かつた仲間が、光魔神と親しい仲に在るのならば歓迎するべきことだと考えている愛梨の言葉に、大貴は小さくため息をついて真摯な新鮮を向ける

「世の中は理不尽なことだらけで、自分の思い通りにいかないことなんてざらだ。だが、それでも承服できないことはあるだろ

 俺は、他の世界で裁かれた奴が別の世界で裁かれるっていうのが気に入らないだけだ。話を聞く限りじゃ、そこは想定されていなかった事なんだろ?」

「その通りです」

 法が間違っているのではなく、埒外でしかなかった一面が表面化しただけ。いままで問題になってこなかったことが、今回問題になっただけ

 九世界の法も、聖人界の在り方も、大貴達の考えにも過ちはない。その言い分を噛みしめ、自分の中へ染み込ませた愛梨は、瞼を開いて大貴の視線に答える


「ですが、やはり私はあなたの願いに沿うことはできません」


 大貴の言葉を噛みしめ、吟味し、そこに込められた意思と願いを可能な限り汲み取って自分の心と対話させた愛梨は、その結末を簡潔に告げる

 その表情は凛と澄み、大貴の願いに対する愛梨の真摯な想いを表していた

「私達も、光魔神様と同じ理由で願いを力ずくで叶えることができます。私の仲間には、あなたと同じ異端神の方が見えますから。いかにマキシム様であろうと、それを正面から打破するのは不可能ではありません

 今回の一件に関しても、襲撃者(レイダー)さん達にお願いすれば、瑞希さんを秘密裏に奪還することも可能ではないかと考えます」

 十世界は、その気になれば九世界を力で制することができる。最強の異端神である反逆神(アークエネミー)に、覇国神(ウォー)。いかに九世界の王が神威級の神器を持っていても、それらより高い神格を持つその神の力の前では無力だ

 今回の一件も、全霊命(ファースト)に知覚されない覇国神の神片(フラグメント)である襲撃者(レイダー)の力を借りれば、一滴の血すら流さずに瑞希を助け出せるだろう

「ですが、私はやはり力で解決することは許容できません。それは、私の信念でもありますし、私を信じて力を貸してくださる多くの方々の信頼を裏切ることにもなってしまいます

 光魔神様のお言葉に、多少なりとも思うところがあったのも事実です。ですが、今ここで光魔神様のお言葉に依り、世界への異論を力で示してしまえば、今後十世界(私達)の言葉は誰の心にも届かなくなってしまうでしょう」

 まっすぐに大貴を見据え、拒否の言葉を述べる愛梨の表情は、組織の長としての毅然とした凛々しさをもったものだった

 それは、ここまで訪ねてその思いを告げてくれた大貴に対する敬意の表れであり、決して揺るがない自身の意思を表したもの



「ですから、大変申し訳ありませんが、あなたのお力になることはできません」



 そして、改めて告げられたその言葉が、白く果てのない世界に静かに、深く残響していった






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