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魔界闘神伝  作者: 和和和和
聖人界編
201/305

迷いと決断(ウルト)






 この世界の在り方を決める議場を擁する聖人界の中枢――「聖議殿(アウラポリス)」の遠くにある「外縁離宮」。政枢から外れた聖人達が暮らすその街の中にある庭園を一望できるテラスの壁に、詩織は沈鬱な表情でもたれかかっていた

「はぁ」

 自身の倍ほどの身長を持つ聖人に合わせて作られているため、その上からではなく、壁の間にある隙間から中庭を見下ろす詩織は、不安を滲ませた表情で一つ深いため息をつく

「……」

 詩織を守るように少し離れた場所から見ていたアレクは、何度目になるか分からないそれに耳を傾けながらも、それに対して特に感想を持ったような表情を見せるわけではなく視線を戻す

 詩織が聖議殿(アウラポリス)へと向かった大貴(光魔神)達を心配しているのは一目瞭然だ。だが、一同の無事を知覚で把握しているアレクも、そのことをあえて口にはしない



 この外縁離宮にいる聖人は、「聖人界も天界などの他の光の世界と同程度の多種族との関係性にするべきだ」というウルトの提案に同調した者が大半であり、その心情は「このままでは聖人界は九世界の中で孤立してしまう」という危惧へと集約されると言ってもいい

 アレク自身もまたそのような不安を抱いたためにウルトに同調し、聖議殿(アウラポリス)を追われたが、そのこと自体に後悔はない

 今回の一件においても、世界のために光魔神を九世界側に取り込むという判断は理解できる。その同行者たちについても同様だ。闇の存在には、光の存在として思うところは多少あるが、光魔神の同行者としての事情などなくとも、積極的に攻撃を仕掛けたり、滅ぼそうとも思っていない。むしろ、それなりに好意的な感情を持っていると自負している


 だが、詩織――悪意の眷属たるゆりかごの人間に関しては、そうは思えなかった。神敵たる悪意の眷属が発する力は、この世界に住むものにとって嫌悪感を掻き立てられるもの

 無論、無暗に害しようとは思っていないが、少なくともアレクには詩織に不快感を抱かせないよう、平静に接するのが精一杯だった

 ウルトの通達もあって、この外縁離宮にいる限り、いかにゆりかごの人間とはいえ、よほどのことがなければ攻撃されることは無い。

 アレクが詩織についているのは、護衛や警備という意味では念のためという程度のもの。あとは、最弱の存在(ゆりかごの人間)である詩織が、聖人に合わせて作られた外縁離宮で過ごすにあたり、全霊命(自分達)では分からない不備があった際に対処するためという意味合いが強い


「――!」

 そういった事情から、沈黙を守ったまま距離をとって詩織を知覚の端で意識していたアレクは、不意に生じた時空の歪みにその視線を巡らせる

 外縁離宮の中庭に生じた時空の揺らぎに、視覚的に気付いた詩織が立ち上がる中、そこに生じた門から光魔神をはじめとする聖議殿(アウラポリス)に赴いた面々が姿を現す

「みんな……!」

 その様子に詩織が嬉々とした様子で駆け出し、近くにあった階段を駆け下りようとする。だが、三メートルほどある聖人の身長に合わせて顕在化しているそれは、詩織にとって中々移動に困難を極めるものだった

 移動にまごついている詩織を見かねたアレクは、自身の理力でその身体を包み込むと、そのまま自分と共に一階まで空を滑り降りる

「ありがとうございます」

「いえ」

 理力の浮遊球体から解放された詩織に感謝の言葉を向けられたアレクは、軽く目礼をして応じる

 素っ気ない対応を返したアレクに軽く頭を下げた詩織は、そのまま身を翻して帰還した仲間達の許へと駆け寄っていく

「お帰りなさい」

 知覚能力がないために、その目で初めて無事を確認した詩織は、そこにいる全員に大きな傷などがないのを見て取って安堵に胸を撫で下ろす

「……どうしたの?」

 しかし、実弟である大貴と想い人である神魔をはじめとする者達の無事を見て取り、息をついたのも束の間。桜までもが浮かべている全員の暗い表情を見て取った詩織は、言い知れぬ不安に重さを増した声で訊ねる

 怒りを押し殺しているような、なにか腹に据え難い感情を溜め込んでいるような表情を見せる大貴や神魔達の表情を見た詩織は、視線を巡らせてその原因らしきものに思い至る

「……瑞希さんは?」

 この場にいない――しかし、いなければならないその人物の存在に気づき、恐る恐る訊ねた詩織の言葉に、全員を代表して大貴が口を開く


「実は――」





「そんな! じゃあ、瑞希さんは捕まっちゃったの?」

「ああ」

 大貴の口から聖議殿(アウラポリス)で何があったのかを詩織は、その内容に動揺と困惑を隠せない様子で声を上げる

 詩織が上げた声は、感じたままの思い、抱いたままの考えを率直に述べたものに過ぎない。だが、その詩織の声は、まるで「どうして止められなかったのか」と自分を責め立てているように大貴には感じられた

「――……」

 その話を詩織と共に聞いていたアレクは、思案を深めながら、不快気に眉を顰める

 聖議殿(アウラポリス)での聖人界の行動に不満を感じている様子を滲ませるアレクに気付くことなく、詩織はその視線をウルトへと向ける

「瑞希さんはどうなっちゃうんですか?」

 かつて界首を務め、この聖人界のことについてこの場の誰よりも詳しいウルトに問いかけられた詩織の言葉は、今後の瑞希の未来を訊ねるもの

 他の世界とは違う、「刑罰」を持つこの世界の裁きの基準は大貴はもちろん、神魔達やリリーナにさえ正確には分からない。それを聞くのに、ウルトに声をかけた詩織の判断は最も正当なものだった

「彼女を裁くにあたっては、これまでのことも当然考慮はされるはずです。ですが……それでも、おそらく千年ほどの懲役は免れないかと」

 詩織をはじめ、そこにいる全員に意見を求められたウルトは、思案を巡らせると重い口を開いて沈鬱な表情で答える


 ウルトの見立てでは、魔界王が極刑を選択しなかったように十世界の情報を提供したこと、そしてこれまでの忠誠と働きを考慮すれば、極刑はありえないという意見だった

 「懲役」という判決があるため、よほどでなければ極刑にならない聖人界の裁判事情を考えてもそれはほぼ間違いない。だがそれでも、千年程度の服役は避けられないだろう


「そんなに!?」

 ウルトの見立てを聞き、声を上げた詩織は不安の色に染まったその視線を大貴へと向ける

「……どうするの!?」

「それを今悩んでるんだよ」

 詩織の言葉は、「このまま詩織のことを諦めるのか?」と訊ねるものでありながら、その瞳では「何とかして助けてほしい」と訴えるもの

 詩織の言葉に込められた本心が分かっている大貴は、難しい表情で軽く額を押さえながら、苦々しげな口調で言う

「分かるだろ? 瑞希を取り戻すには、もうあそこに攻め込まなきゃいけない。だがそれは、この世界に戦争を仕掛けるってことだ――いや、場合によっちゃ、九世界そのものと敵対することにもなりかねない」

 しかめられた大貴の表情からは、瑞希に対する聖人界の対応に不満を抱いてはいるが、聖人界に戦争を仕掛ける様なことをすることにも躊躇っているその心情がありありと滲みだしていた


 瑞希が自分の意志で聖人達について行った以上、もはやその身柄は聖人界のもの。それを取り戻すために最も安全で現実的な手段は、他の世界の王からそれを求めてもらうしかない

 だが、世界間の交流が最低限である以上それは公的な力を持たない。まして、正義を尊び闇の存在を敵視する聖人に「瑞希に恩赦をかけて欲しい」と他の世界の王に声をかけてもらったとしても、それが通る可能性は限りなく皆無に近いだろう

 加えて、瑞希は捕らえられたのはでなく、収監されただけ。聖人界ならば刑を執行し、懲役を終えれば瑞希を解放するはずだ


 つまり、再び瑞希を取り戻すためには、実力行使しかない。だがそれは、聖人界に対する宣戦布告と同義になってしまう

 さらにウルトが言ったように、瑞希は罪には問われるが極刑にはならないだろう。ならば、その刑期を過ごしさえすれば解放されるはず。今聖人界と敵対し、印象を悪化させてまで取り戻すべきかという一点についても考えなければならない


「それは……」

「申し訳ありません。完全に私どもの落ち度です」

 大貴の言っている意味を察しながらも、許容できない様子で詩織が唇を引き結ぶのを見たリリーナは、この場にいる全員の心情を慮って謝罪の言葉を述べる

「リリーナさん……」

「元々九世界は、必要最低限の干渉しかおこなってきませんでした。他の世界に赴くのは、王からその役目を託された使者を除けば、自らの意思で移動する者達ばかり

 これまでは、自己責任の下に行われていたのですが……罪を犯した者が公的に訪界した場合の選択肢を世界として定めていなかったのです。いかに魔界王様が裁かれていても、それは聖人界では適応されません」

 天界の姫という、この場の誰よりも九世界の中枢に近い立場を持っていながら、この事態を回避できない己の不甲斐なさを恥じ入りながらリリーナが深刻な表情で言うと、ウルトもそれに続いて言う

「それならば、私も同じです。かつてこの世界を任された身でありながら、仲間達の在り方を変えることができなかったのですから。私がもっとしっかりしていれば、今回のようなことにはならなかったというのに」

 かつて、自分が変えることのできなかった聖人界の在り方を悔やみ、暗い表情を浮かべるウルトの話を聞いていた詩織は、ふと気づいたように顔を上げる

「じゃあ、それを何とかしたら……」

「いえ、仮に今からその法案を通し、九世界として認可されても、法律が執行される前の事案には適応されません」

 一縷の望みと可能性に思い至った詩織の言葉を、リリーナの無情な言葉が吹き消す


 仮に、九世界の法を変えようとするならば、九つの世界の王達の認可と、それに伴う司法神・ルールによる布告が必要になる

 だが、法律と言うのは変えたところで遡及することは無い。現行の罪で裁かれた瑞希が、改変された法の影響を受けることはないのだ


「まあ、当然だな」

 リリーナのその言葉に淡泊に同意を示したクロスの言を聞いた詩織は、もはや講じる手段が失われたことを察してその視線を大貴へと向ける

「大貴はどう思ってるの? うぅん、どうしたいと思ってるの?」

 その本意を訊ねるべく、真剣な眼差しで光と闇という相反する力を一つの身に収めていることを表しているような左右非対称色の瞳を覗き込む

 意見を求めていながら、詩織の瞳には「助けたい」「助けてあげてほしい」という切な願望が浮かんでいる。その言葉や様子からおそらくは、何とかしてこの場の結論を、そこへと持っていきたいのであろう詩織の意思を注がれた大貴は、小さく息をつくと観念したようにそれに答えるべく重い口を開く

「正直に言えば――ウルト達には悪いけど、聖人界のやり方に納得できないってのが本音だ」

 心中で申し訳なさを感じながらも、聖人であるウルトを一瞥した大貴は、偽りのない自分の意志を言葉にする

「これが法律だってことも、聖人界に落ち度がないことだってことも分かったつもりだ。でも、さすがにこれを仕方がないで納得することはできそうもない」

 聖人界は、ただ法と正義を忠実に執行しただけ。ある意味、ここで瑞希に温情をかけて見逃すのは、ある意味で法を無視することになる

 聖人界に非はない。光魔神の同行者だから、特別に罪を免除して見て見ぬふりをするべきかと言われれば確かに否だろう。だが、頭で分かっているからと言って、心で納得できるとは限らないのだ


「俺は、瑞希も含めた今のメンバーで世界を回っていきたいと思ってる」


「光魔神様……」

 握りしめた自身の拳を見つめ、己の気持ちを再確認するように強い意志の籠った口調で言う大貴に、ウルトとリリーナが小さく声を発する

 その視線に加え、神魔、桜、クロス、マリア、アレクの視線を一身に受ける大貴は、軽く頭をかきながら視線を逸らす

「俺、人見知りなんだよ。あんまり人がホイホイ変わられると居心地が悪くて仕方ない。それに、俺は愛梨(あいつ)みたいにみんな仲良くって柄じゃないからな」

 全員の視線に耐えかねたらしく、照れ隠しのような言い回しで話を濁した大貴の姿を見た詩織は、両の拳を胸の前で握りしめて、嬉々とした視線を送る

「それでこそ大貴よ」

「褒めてるよな?」

 その答えが満足のいくものだったのか、誇らしげな様子で言った詩織の反応に胡乱げなものを感じ取った大貴は、不満気な視線を向ける

「もちろん。神魔さん達やクロスさん達はどう思ってるんですか?」

 その視線に力強く頷いた詩織は、そのまま首を巡らせて神魔とクロス――共に旅をしてきた悪魔(闇の存在)天使(光の存在)の意見と見解を求める

「僕? 決まってるよ。ものすごく不愉快」

 突如話を振られた神魔は、一瞬目を丸くして同じように話を向けられている桜と視線を交わしてから二人の総意としてその言を返す

 その横で同じくマリアと視線を交わしたクロスは、聖人、聖人界と同じ光の世界という立場もあってか、やや明言に詰まった様子を見せながら口を開く

「法律上は間違ってないけどな……正直納得と同意はしかねるってところか」

 語調を濁してはいるが、その声の裏にはこれまでに出た詩織、大貴、神魔、桜の意見に対する同意の感情が滲んでいることにその場にいる全員が気付いていた


 この問題に置いて、クロスがやや微妙な立ち位置にあるであろうことは、大貴をはじめとした付き合いの長い面々には容易に想像できる

 クロスが想いを寄せる最も大切な人である「マリア」は、九世界に於いて禁忌とされる人と天使の混濁者(マドラス)。そしてその生存は、あくまで利用価値があると判断した天界王の一存によって守られているに過ぎない

 つまり、もし聖人界にマリアの素状が知れれば、九世界の法と正義の下に聖人達の手がかかる可能性は限りなく高い。つまり、二人にとって瑞希のことは全く関係がないことではないということを意味する

 ある意味において、このメンバーの中で最も瑞希と近い条件にあるのが、他ならぬクロスとマリアだということには、皮肉めいたものを感じずにはいられない


「なら、私は――助けてあげて欲しいって思います」

 大貴と神魔、クロスの意見を聞いた詩織は、本心では同じことを思っている一同を見回すと、変わることのない己の意思を表明して(こいねが)

「もちろん、戦うのは私じゃないし、何を無責任なって思うのは分かる。でも、私は何とかできるならしてほしいって思う――」

 自身の胸に手を当てた詩織は、己の願いが自分では何一つすることのできない無責任で身勝手なものであるのを分かった上で、それでもその力を持っている者達に向けてその思いを告げる

 命をかけて戦うわけではない。何かあったときに責任を取るわけでも、取れるわけでもない。世界のことなど何も知らない。だがそれでも詩織は無責任に、ただ己の願いだけを告げていた

「だって、瑞希さんは凄くいい人だから。……そうですよね、神魔さん」

「え? あ……まあ、そうだね」

 「瑞希が凄くいい人だ」という部分に同意を求められた神魔は、なぜ自分にその話が振られたのかと考えながらも、それに頷く

「大貴」

 罪を犯しはしていても、悪い人間ではないという認識を、神魔の力を借りて強く肯定した詩織は、祈る様な熱い視線で大貴を見つめる


 最終的にこの場にいる皆を動かすのは、九世界から特待として迎えられた大貴の意思ということになる。大貴が「瑞希を助けてほしい」と言い切れば、リリーナ達は尽力してくれるだろうし、「諦める」といえば瑞希は刑期を終えるまで牢の中で過ごすことになるだろう


「悪い。ちょっと考えさせてくれ」

 それを分かった上で訊ねてきた詩織の言葉に視線を伏せた大貴は、そう言い残すとそのままその傍らをゆっくりと通り抜けていく


 これまで述べてきた大貴の言葉は本心からのものだが、多くの人が生きていく世界の在り方をただ己の意思を通せばいいわけではない。世界のために己の意思を収めることで調和も必要不可欠だ

 いかにその存在が異端の神であるからといって、世界の法と秩序に敵対してまで自分の意志を貫くべきか否か。――それが大貴を迷わせる根幹の問題だった


「――大貴……」

 自身の考えを整理したいのだろう。外縁離宮内にある自室へと戻っていく大貴の後ろ姿を見送った詩織は、唇を引き結んで背を向ける

 自分の勝手な思いを押し付ければいい詩織とは違い、大貴には光魔神としての立場や九世界との関係性が付いて回るのだから、その決断には相応の覚悟が必要になるのは想像に難くない

「さあ、皆さん。ここでこうしていても仕方がありません」

 感情的になって思わず無責任に言ってしまったと反省し、不安に満ちた表情で目を伏せる詩織の感情と、場の思い空気を打ち消すように、ウルトが軽く手を鳴らして自分へと全員の意識を集める

「詩織さんの仰りたいことも分かりますが、みなさん、とりあえず今は身体を休めてください。――考えを纏める時間も必要でしょうから」

 瑞希の事はかなりデリケートな問題を孕んでいる。これから自分がどうするのか、己の身の振り方を考える時間は必要だと考えたウルトの言葉に、各々が反応を返してゆっくりとその場から散っていく

 神魔は桜と、クロスはマリアと、宛がわれた部屋へと戻っていくその姿を見送る詩織へと視線を落としたウルトは、自身の半分ほどの身長しかない少女に、顔を近づけて優しく囁きかける

「優しいのですね」

「そんなこと、ありませんよ。結局、私は何もできないのに、勝手なことを言ってるだけですから」

 ウルトの言葉に、自虐的に笑った詩織を見たリリーナは、その美貌を綻ばせると、心に染み入る清らかな美声で語りかける

「こんなことを言っても気休めにもならないかもしれませんが、諦めないでください。私も何か方法がないか考えてみますから」

「はい、ありがとうございます」

 慈愛に満ちた微笑を浮かべる緋色の髪を持つ天使の歌姫の双眸に憂いの色が宿っているのを見た詩織は、それを見て、先の展望が望めないことを察する


 リリーナが自分にも分かるような感情を浮かべているということは、それが意図的に向けられたものであるということ。

 その様子から、自身の無力さを悔やんでいるのだろうリリーナの心情を察した詩織には、ただ感謝の言葉を述べることでそれに答えることしかできなかった





「――……」

 外縁離宮の四方には、中央に在るウルトの屋敷よりも高くそびえ立つ塔が立っている。それは、聖人界から監視される外縁離宮の聖人達を監視するために派遣されている聖人達がいる場所でもある

 そんな四つの塔の一つ――外縁離宮の西にそびえ立つ塔の前で歩を止めたウルトは、そのまま中空へと浮かぶと、最上階まで一気に移動する


 この塔を含め、外縁離宮はウルトの理力によって作られた街。だが、その街の中で四方に立つこの塔だけは、ウルト自身のものではないと言える場所だった

 塔の最上階は、その場所自体が広間のようになっており、この街城とここに住まう者達を監視する役目を与えられた聖人の居住区画にして滞在場所となっている


「これは、これは、ウルト様ではありませんか。珍しいですね、あなたがこちらへいらっしゃるとは」

 最上階まで飛翔し、腰まで届く長い金色の髪を揺らめかせたウルトが最上段にある屋根付きの広間に姿を見せると、そこにいた人物が鷹揚にして大仰な所作でそれを出迎える

 知覚によって分かっていたはずだが、自分の来訪を大袈裟なほどの立ち振る舞いで歓迎したその人物を見たウルトは、それとは対照的な抑制の利いた声で言葉を紡ぐ


「ラーギス」


 そこにいたのは、聖人の最も分かりやすい特徴である三メートルはあろうかという身の丈を持った緑髪の男だった


 和装と洋装の中間にある様なデザインを持つ霊衣は、白を基調とした厳かで荘厳なもの。落ち着いたその雰囲気は、司祭服のような儀礼で着るものに酷似している

 神殿を彷彿とさせる霊衣を身に纏い、足元まで届くコートのような上着を揺らめかせるその人物――「ラーギス」は、ウルトを真正面から見て、わざとらしさすら感じられる言葉遣いと所作で恭しく一礼する


「今日は、もってまわった言い方はやめましょう。そのような気分ではありません」

 ラーギスの歓迎を受けたウルトは、塔の最上階にある白亜の床に降り立つと、金色の髪を揺らめかせて、静かな視線を向ける

 普段は穏やかな光を宿すその瞳に、かつて聖人界の界首を務めていた際に抱いていた毅然とした意志を感じ取ったラーギスは、表情を消してウルトに向かい合う


「――率直に尋ねます。瑞希さんのことをシュトラウス達に知らせたのはあなたですね?」


「はい」

 一拍の間を置いて向けられたウルトの問いかけに、ラーギスは何ら澱むことなく――むしろ、誇りさえ持って答える


 聖人界は昨日の時点で瑞希が十世界の前身に所属していたことを知らない。にも関わらず、翌日にその情報を得ていたということは、そこまでの間にその知識を何者からから得たことになる

 そしてそう考えるならば、ウルトにはそれをした人物はたった一人――今目の前にいる「ラーギス」以外には考えられなかった


「すぐに気づきました。あの女の悪魔が、以前あなたの護衛を務めていた際に遭遇した十世界の女であることに。――あの時は、まだ十世界という名ではありませんでしたが」

 今は外縁離宮の監視を行っているラーギスだが、以前は界首を務めていたウルトの護衛を務めたこともある実力者だ。

 そして、遥か遠い昔、まだ十世界が十世界という名を持っていなかったころ、ウルトと共にその前身となる集団の一部と接触した際に、瑞希もその場にいたのだ。全霊命(ファースト)の記憶力があれば、そのことを覚えていることに何ら疑問はない

「なぜそのようなことをしたのですか?」

 得意げに語ってみせるラーギスの言葉に、眉間の皺を深くして、不快感を滲ませたウルトが硬質な声で言う

 今のウルトは界首ではなく、聖人かの議会からも追われた身。なんらその身に公的な権威や力をもっていないにも関わらず、ただ佇んでいるだけにすぎないその姿と眼光には、軽んじることを許さない存在感があった

「仰っている意味が分かりかねます。私は、あなた達外縁離宮に住む者達を監視するのが役目ですが、罪人を目こぼしすることなどできるはずはありません」

 蟄居こそしていても、一つの世界を総べる王としての風格を持つウルトの視線は、ここで偽りやご機嫌取りの言葉を発することを許さない威圧感に満ちている

 だからこそ、それに返されたラーギスの言葉は、その偽りのない本心そのものであり、言葉による駆け引きなどとは無縁のものだ


 ラーギスの言葉には、役職などに関係なく、一人の聖人としての在り方、聖人界の在り方に対する誇りと自制と自戒が込められていた

 法を順守することを重んじるならば、政治的な意図に左右されない厳格で公正な裁きが必要になる――それは、紛れもなく、最も潔癖で正しくある聖人としての在り方を表したものだ


「彼女は、すでに魔界王様によって裁かれています。また、九世界からの要請で世界を回っておられる光魔神様の同行者です。聖人界のみの判断のみで咎を科すべきでないと考えなかったのですか?」

「あなたは、そう思われたかもしれませんし、これまでの世界ではそうだったかもしれません。ですが、それは何の理由にもなりません。少なくとも、現在の聖人界(我々)には」

 光魔神の扱いは、九世界の王達で取り決めた約束に基づくものだが、そこに法的な制約は何一つない。だが、王の間で取り交わされた世界的な口約をないがしろにしていいはずはない

 そういった考えを下敷きとして詰問するような強めの語気で語りかけてきたウルトの言葉に、ラーギスは己の考えを粛々と述べる


 これまでの世界では、例え瑞希が十世界の創始者の一人だったとしても、その世界の王はそれを法で問うことはしなかった

 それは、暗黙の了解でもあり、大きな利益のための小さな対価でもあり、法的に正しくはなくとも世界として何らかの形で利益を孕んでいるからこその判断だったともいえる

 だが、例え九世界のすべてがそうしても、聖人界だけはそれをしない。法を執行する立場にあるからこそ、誰よりも重く法を順守する。それこそが聖人の誇りであり、在り方なのだ


「そうですね」

 かつて、この世界の在り方――否、聖人達(同胞)の心の在り様を変えようとして変えられなかったことを暗に告げられたウルトは、己の無力さを嘆きながら自嘲気味に目を伏せる

「この世界の者達――特に全霊命(ファースト)は、なまじ力を持っているがゆえに、世界の全てをそれで推し量ろうとするところがあります。己の意思を優先し、時には世界を敵に回すことを誇るかのように嘯くものさえいる始末です

 確かにそれは真理の一端でしょう。ですが我々は、法を尊び理性を重んじるからこそ、力を振るうべき相手と時を己の心のみでは定めない」

 嫌悪感を滲ませるラーギスは、ウルトの言に潜ませた意思を揶揄するように、毅然とした表情と口調で言う


 ラーギスの言うように、全霊命(ファースト)は、存在として限りなく完全で最強に近い存在であるが故に、力が最も重要視される風潮がある

 全霊命(ファースト)の力である神能(ゴットクロア)は意思によって示される。それは、世界を望むままに否定し、思うままに作り変えることができてしまう神に最も近しき神能()であることが、法のような秩序より、思いを優先してしまうことの一助だという側面は否定しきれない


 聖人が、闇の存在を忌み嫌うのは、単に「光と闇だから」ではない。必要に迫られれば、己の大切なもののためにそれ以外の全てを切り捨ててしまうことができる在り方が許せないからだ

 そういった考えがあるからこそ、聖人は一層頑なに法を順守する。聖人の始祖にして最強戦力である天支七柱さえも議会の下に置き、全ての力の行使と敵対に個人ではなく世界としての大勢を定めた


「他の世界がそうしているからと言って、無意味に横並びになることになど、こだわる必要はありません。我々は、我々の在るがままに、誇りをもってその生き方を貫くべきなのです」

「シュトラウスの言ですね」

 その言葉は、かつてシュトラウスが議会で訴え、ウルトの願いを阻んだものと同じものだった

 己を界首の座から追いやった懐かしい言葉を噛み締めるように独白したウルトに、ラーギスは小さく首を横に振る

「いえ、聖人界の議会で採択された我らの総意です。個人的にも共感していますが」

 確かにその言葉はシュトラウスが述べたものだが、議会で多くの聖人のが支持した以上、それは聖人達の大勢の意見と同じ。ラーギスもまた、その考え方を肯定している

 聖人界の在り方は、九世界の中でも特に浮いている。それは、聖人達も理解していることだ。だが、だからといって天界をはじめとする光の世界と歩調を合わせる必要などないというのが、聖人界の大半を占める意見であるのは間違いない

「そうですか、手間を取らせましたね」

 良くも悪くも聖人として正常な意見を述べたラーギスの言葉に、ウルトは目を伏せて淡泊に応じると、話しは終わったとばかりに背を向ける

「ウルト様」

 その身を翻し、金色の髪をヴェールのように揺らめかせたウルトを呼び止めたラーギスは、歩を止めたかつての主君にして、現在の監視対象の女性に声をかける

「私は一時あなたの下についていました。あなたの思うところが分からない訳ではありませんが、くれぐれも早まった真似をなさることのないようにお願い申し上げます」

「――……」

 念を押して釘を刺してきたラーギスの言葉を背で聞いたウルトは、それに答えることなく塔から地上へと向けて軽やかにその身を躍らせる


(……一つ、気にかかることがあります)


 慣性を殺し、ゆっくりと地に降り立ったウルトは、その綺凛とした双眸の奥でかすかに抱いていた違和感に問いかける

(おそらく瑞希(彼女)は、おそらく光魔神様を九世界側に引き入れるため、十世界をおびき寄せる囮としての役目も担っていたはず)

 魔界王が、十世界創始者である瑞希を大貴(光魔神)の同行者に選んだのは、光魔神を九世界側に引き入れ、十世界と距離を置かせるために、敵対させる理由を作るためだったはずだ。


 初期に離脱したとはいえ、十世界には未だ瑞希を知る者も多く、瑞希がかつて姫を売ったことを知っている者も多い。場合によっては、十世界側がそれを理由に敵対行動を取ってくれる可能性は十分に考えられる

 かつて界首として言葉を交わした経験から来る印象で言えば、魔界王ならばその判断をしてもおかしくないと思う反面、ウルトはその判断にわずかな疑問を覚えていた

(この事態を魔界王様が予期していなかったのでしょうか?)

 聖人という存在も、聖人界の在り方も、九世界ではある程度認知されていることだ。そしてその事実を聖人界が知ったとき、今回のような行動にでる可能性は十分に予想できたはずだ

 魔界王の為人(ひととなり)を考えると、「いくら聖人界でもそんなことはしない」などと高を括ったとは思えない。もちろん、瑞希が十世界の前身の組織にいたことを知っている者がいない可能性も十分に考えれるが、もしその中に今回の聖人達の選択の可能性が含まれていたならば、そこには魔界王のなんらかの意図があるはずだ


《このままでは、聖人界は九世界から孤立してしまいます》


「――ッ」

 そうして思案を巡らせたウルトの脳裏に真っ先に閃いたのは、自身が最も危惧するこの世界の未来の可能性に関することだった

 聖人界がしていることは法的に正しい。だが、そのことが必ずしも幸運を呼ぶととは限らない。むしろ、敵視されていると言ってもいい。そしてそれは、闇の世界ばかりではなく、光の世界を含め、他の世界からは幾分か批判的な目で見られているのが現状だ

(まさか、このこと(・・・・)も、可能性として含まれていた? いえ、さすがにそれは深読みのしすぎでしょうか?)

 脳裏によぎっている不安による不信の可能性に思案を巡らせたウルトは、その柳眉を顰めて結論を導き出そうと、己の心の中に在るわだかまりへと向き合う

(ただ、いずれにせよこれからの事を選択しなければなりません。ならば、今、聖人として、聖人界の一員として、私がするべきことは――)

 議会で決定されている以上、瑞希の取り扱いを変えさせるのは限りなく不可能に近い。そして事態を先送りすることは得策ではない。

 そう考えるウルトは、ならば今自分がするべきことは、一人の聖人として行動と意思を示すことであると結論付ける


「ウルト様」


「アレク、決めました。私は――」

 そのまま外縁離宮の中心にある自身の屋敷へと戻ったウルトは、それを出迎えたアレクに、この街の代表にして主人たる立場としての結論を告げる



聖議殿(アウラポリス)へと赴き、彼女を取り戻します」





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