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魔界闘神伝  作者: 和和和和
ゆりかごの世界編
20/305

十世界よりの使者





 闇の静寂を切り裂き、煌めく光が舞う。星々に抱かれた暗黒空間に生じた亀裂の中から銀光が溢れ出し、そこから出現したものが足場の無い虚空の空間に静かに佇む

「……ここが、ゆりかごの世界。そして……」

 見渡す限り漆黒の星々に覆われた世界に白銀の光を纏った一人の女性が降り立つ。

 眼下に見える青い球体を瑠璃色の目に写したその人物は、口元に穏やかな笑みを刻んで穏やかな声音で言葉を紡ぐ

「――光魔神のいる場所」





 ある昼下がり、曇天模様の空の下、その雲の上にある青空を見ようとしているかのように、校舎の窓に寄りかかっている詩織を見た芥子は、その様子に普段と違うものを感じて首を傾げる

「ちょっと、大貴君? 詩織何かあったの? 何か今日様子が……」

「いや、俺も変だとは思ってるんだけど……今朝からずっとあんな感じなんだ」

 芥子に声をかけられた大貴も、心ここに在らずといった様子で空を見上げている詩織に視線を向ける

「マリアちゃんは?」

「いえ、私にも分かりません」

 界道家にホームステイしているという事になっているため、大貴と同様の質問を向けられたマリアは、友人を案じている芥子に悪いと思いつつも何も知らない様子で答える


 だがもちろん、大貴と違ってマリアにはその原因は分かっている


 なぜなら、昨夜神魔に恋する詩織の想いを完膚なきまでに打ち砕いたのは、他ならぬマリア自身なのだから

(詩織さんを傷つけてしまいましたね……それでも)

 心の中で詩織に謝罪しながらもマリアは普段と変わらぬ視線で詩織を見る

(その想いでは、自分以外の全てを傷つける事になってしまいます……)

 自分は混濁者(マドラス)――天使と人の間に生まれた、生まれてはならぬ禁忌の存在。異なる存在の間に生まれた者がどういう人生を辿るのかを、身に染みて知っている



 マリアは、気がついた時には天界の城にいた


 自分を引き取ったのは天界王と、その伴侶たる天界の女王。しかし、決して恵まれた生活をしていたわけではない

 半霊命ネクストである人間として生まれたマリアは、最初何故自分に翼が無いのか、何故、他の天使たちのように神秘の力を使う事ができないのか理解できなかった。だが、そしてやがて自分が人と天使の間に生まれた子供であると知る

「マリアちゃんのお母さんは、マリアちゃんを守るために天界王様にあなたを預けたんですよ」

 マリアには血の繋がらない姉がいた。――正確には自分に優しく接してくれた唯一の天使の女性を、姉のように一方的に慕っていたに過ぎない

 天界王の愛娘。「歌姫」と謳われる九世界でその名を知らぬ者はいないほどに美しく、才に満ち溢れていた姉は王宮から出る事すら許されず、混濁者マドラスとして他の天使達に蔑まれていた自分を受け入れてくれた

 本当は姉も自分に慕われるのは嫌なのでは無いかとも考えたが、それ以上考えないようにした。そうでなければ、自分は孤独の中で絶望することしか出来ないとわかっていたから


 天使として覚醒したのは十五歳になった時。身体が大人になると同時に完成された魂の力で天使としての自分も確立された

 天使の姿を取れるようになってからはある程度外へ行くことも許された。それでも何も変わることはなかった。所詮混濁者マドラス混濁者マドラス。その運命を変えることなどできないのだと知った

「どうして……どうして私は生きているんですか?」

 姉と慕う天使に泣きながら問いかけた事があった。その言葉に、姉は優しく抱きしめてくれるだけで何も言わなかった。優しい姉は安易が慰めを言えなかったのだということは当時のマリアにも痛いほど理解できた。


 それでも自分は恵まれていたと思う


 本来なら両親共々殺されるのが普通の混濁者マドラスでありながら、天界王は、自分を王宮の奥に軟禁するという形で生かしてくれていたのだから



(ごめんなさい、詩織さん。でも、あんな思いをあなたに……あなた達にさせる訳にはいかないんです……)

 力なく項垂れている詩織を横目で見たマリアは、心中で謝罪の言葉を繰り返しながら、その傷心した姿を映す瞳を瞼の下に隠す


 マリアから見ても、神魔が詩織に恋慕の情を抱いているのかは分からない。それでも、明らかに詩織を特別視する神魔と詩織の関係が発展するのを避けたかったからこそ、厳しい言葉で詩織の気持ちを打ち砕く道を選んだ


 自分は混濁者マドラスとしては恵まれている。天界王の公認によって極秘裏に生かされ、そして何よりも――

 いずれにしても、普通はそうはいかない。自分も親も両親の種族はもちろん、それ以外全ての存在から疎まれ命を狙われる。生まれてきた事が罪、生きている事が罪。――ただ生まれてきたという事実だけで、その存在そのものが許されず、まるで呪われたかのように、命を狙われる生涯を送らなければならなくなる


(私にできる事は、ただ詩織さんが一日でも早く神魔さんへの想いを断ち切って、新しい恋を見つけてくれる事を祈ることだけです)

 沈痛な面持ちの下で、ただその恋が少しでも早く思い出に代わってくれることを祈るマリアが視線を向ける中、詩織を案じた芥子がゆっくりと歩み寄っていく

「ねぇ、詩織。あんた何かあったの?」

「…………」

 沈黙をもって応じる詩織に、芥子はその様子を心配そうに見つめて優しく声をかける

「もしかして体調でも悪い?」

「…………」

 しかし、詩織はその言葉に小さく首を横に振って否定の意志を示す

「あ、そうだ。今日帰りにどこかいかない? 何ならロイヤルパフェ奢るよ?」

「…………」

 気を取り直すように務めて明るい口調で言った芥子に、再度首を横に振った詩織は、まるで話しかけないでと言わんばかりにそのまま机に顔を伏せる

「一大事よ。詩織が……詩織がロイヤルパフェを断った!!」

 詩織の言葉に、戦慄に震えながら一直線に大貴の元へと歩み寄った芥子は、まるでこの世の終わりのような深刻な表情で言い放つ

「……いや、それが?」

「あんたは双子の弟なのに、詩織がどれだけロイヤルパフェに人生かけているかも知らないの!? こんな事ありえない!!」

「……パフェに人生かける姉って……」

 深刻に語る芥子の言葉に、大貴は複雑な表情を浮かべる

「一体何があればあの詩織が……! もしかして」

 一人で何事か呟いていた芥子はふと何かを閃き、そのまま机に伏せている詩織の横に移動すると詩織の耳元にそっと囁く

「もしかして……失恋した?」

 その言葉に詩織の肩が震える

「もしかして……図星?」

「う、うぅ、ポピーちゃん……」

 顔を上げた詩織の目に浮かぶ涙に、芥子は慌てて詩織の頭を優しく抱き寄せる

「よしよし、そういう時は女同士話し合うのがベストだ。今日の帰り一緒にロイヤルパフェを食べに行こう」

「……うん」

 声を上げた詩織は、涙を流すまいと懸命に堪えながら小さく頷いた





 その頃、世界と世界の境界、空間の狭間に浮かぶ十世界の本拠地の一角では、一人の人物を囲むように、三つの影が佇んでいた

「さて、紅蓮。光魔神のところに案内してもらうぞ」

「……ああ」

 紅蓮は自分に声をかけた人物に視線を向ける

(「戦兵レギオン」だと!? こんな奴を引っ張り出してきやがって……)

 内心で忌々しそうに吐き捨てた紅蓮の視線の先には、金色の波打つ髪を揺らす茉莉と漆黒の翼に一本の黒角を持った堕天使ラグナがいる

(しかも姐さんにラグナまで……本気で大貴を十世界に引き込むつもりか)

「……行くぞ」

「はい」

 戦兵レギオンと呼ばれた男の抑制の利いた静かな声に、茉莉は目を伏せて礼儀正しく頭を下げた





「――!!」

 突如ゆりかごの世界に存在する地球の大気を引き裂いて出現した巨大な神能ゴットクロアに、界道家でくつろいでいた神魔とクロスの表情に険しいものが浮かぶ

「この力は……紅蓮とこの前の奴らか!!」

 ゆりかごの世界に空間を移動して出現した神能ゴットクロアを知覚して、クロスが歯を噛みしめる。

 神魔達を圧倒するほどの強大な魔力を持つ茉莉、そして堕天使のラグナ。どちらもその力は強大で、特に茉莉の方は、個々にいる誰もが一対一で勝てるような相手では無い

「しかももう一つ、これは戦兵レギオンの……!」

「噂はあったが……十世界が本気になったって事か!」

 神魔の言葉に応じたクロスは純白の翼を広げ、二人は白と黒の星となってそのまま世界に出現した力の許へと飛翔していった。





「――ここがゆりかごの世界か……初めて来たな」

 天を仰ぎ見て感慨深そうに呟いた戦兵レギオンの言葉を聞いた紅蓮は、不満を隠せない様子で視線を逸らす

「魔力と光力が一つずつ……報告と違うが?」

「光魔神と女の天使は、普段人間の姿で過ごしている。『界能ヴェルトクロア』を探れば分かるはずだ」

 戦兵レギオンの言葉に紅蓮が不機嫌さを隠さずにぶっきらぼうに答える

「なるほど」

 紅蓮の言葉づかいも、特に気にとめた様子もなく戦兵(レギオン)の男は瞳の無い目で、目の前に広がる広大な街とそこに生きる数え切れないほど多くの人間を知覚する

「……混濁者マドラスか」

「……?」

 戦兵(レギオン)との背後で、茉莉と並んで立っていたラグナがため息をつくような小さく声で呟いたのを聞き、紅蓮は未だに何を目的に十世界に入ったのか分からない堕天使を見て怪訝そうに眉を寄せる。


 しかし、その思考を遮ったのは、この世界に降り立ったその瞬間に現れた二人の存在だった

 光など遠く及ばない速さで移動できる能力を持つ全霊命ファーストにとって、この惑星の距離など無いに等しい。ほんの一瞬で目の前に現れることなど造作も無い事だ


「お久しぶりです。神魔さんとクロスさん……でしたよね?」

「覚えていてもらえるとは光栄だな」

「だね」

 微笑む茉莉に神魔とクロスは、それぞれの武器を構えて純然たる戦意と殺気を放ちながら茉莉たちと向かい合う。

「私たちは戦いに来たのではありません」

 しかし臨戦態勢を取る神魔とクロスとは裏腹に、まるで知り合いと話すような落ち着いた様子で微笑んだ茉莉の言葉に、毒気を抜かれたような様子で二人は怪訝そうに眉を寄せる

「今日私たちがここに来た目的は……」

「……どうやら連れてくる手間が省けたらしいな」

 茉莉が言葉を紡ごうとしたその瞬間、新たに現れた二つの神能ゴットクロアに、その場にいた全員が反応する

「クロス!」

 それと同時に天空から四枚の翼を広げたマリアと、マリアに抱えられた詩織、左右で色の違う翼を広げた大貴が上空から降り立つ

「茉莉」

「はい」

 戦兵レギオンの言葉に応じた茉莉が軽く手を振ると、周囲一帯の空間が風景ごと切り取られる

「あの人たちってこの間の……」

「はい」

 詩織を結界で包み込んだマリアは、その言葉に頷いて目の前にいる茉莉達を見る

「……でも一人、見た事ない人が……」

「何だ? この神能ゴットクロア……今まで感じた事が無い上に茉莉と同じくらいの強力な力……!」

 紅蓮、茉莉、ラグナと共に立っている男に、詩織と大貴が怪訝そうな表情を浮かべる

 二人の視界に映るのは、頭の両側から突き出した巨大な角、顔に入った紋様と、瞳の無い白目を剥いた様な目が特徴の男。

 しかもその男が放っている強大な神能(ゴットクロア)は、その男の力がこの場で圧倒的に強い茉莉と同等以上である事を否応なく知覚から刷り込むように伝えてくる

「まずは自己紹介をしておこう。俺は『戦兵レギオン』の一人、ジュダだ」

戦兵レギオン?」

 ジュダと名乗った巨大な角を持った白目の男の言葉に、大貴が首を傾げる

戦兵レギオンは最強の異端神・円卓の神座・№9『覇国神はこくしん』の力に列なる者……光魔神にとっての人間のようなものです」

「円卓の神座……! って、確か光魔神(大貴)も……」

 マリアの言葉に詩織が目を見開く

「はい。本来異端神に限らず神と呼ばれる存在の大半には、『ユニット能力』という自らの力に列なる存在である『ユニット』を生み出す能力があります。九世界を支配する光と闇の八種族の全霊命ファーストも、それぞれが光と闇の神に列なるユニットです」

「……つまりあの人はその覇国神っていう神の部下って事ですか?」

「ええ。覇国神が十世界についたという噂は聞いていましたが……本当だったんですね」

 説明を咀嚼し、理解しながら問いかける詩織の言葉に、マリアは抑制された静か声で応じる

「ああ。今日は光魔神――お前に我、等十世界の盟主である『姫』の名の下に十世界の総意を伝えに来た」

「俺に?」

 ジュダの言葉に大貴は召喚した刀の先端を下げる

「光魔神・エンドレス……お前を十世界に迎え入れたい」

「――っ!?」

「やっぱりそう来たか……」

 ジュダの口から紡がれた信じ難い言葉に、大貴と詩織は動揺と驚愕を隠せずに目を見開き、神魔はまるで「来るべき時が来た」とでも言わんばかりの様子で静かに呟く

「ああ。我等十世界の願いは、光も闇も無い全ての者達が互いに協力し合い支えあう世界だ。お前にも、全ての世界を統一した新たなる世界を作る手助けをしてほしいとの事だ」

「っ……」

 ジュダの言葉に大貴は息を呑む

 確かに光と闇の世界を一つにし、争いのない世界を作るということは素晴らしく思える。――しかしそれを考える大貴の脳裏に、以前、神魔やクロスが言っていた言葉がよぎる


全霊命ファーストは、何もしなくても生きていられる生物として、絶対的な勝者としての立場と引き換えに戦いに生きることを宿命付けられた存在だってことです》

《皆と仲良くしよう、なんて正直余計なお世話って事かな》


 確かに十世界の言う事も間違っておらず、そこには憧れるような理想がある。しかし神魔達の言葉には確かな現実があり、そして今を受け入れている生き方でもある。

 どちらも間違っておらす、どちらも間違っているような考え方の相違。そういうものなのかもしれないが、その違いが大貴の脳内を駆け巡る

「……っ!」

「お前もどうだ?混濁者マドラスの天使」

「!」

 ジュダの言葉にマリアが小さく目を見開く

(……マリアさん?)

「我等十世界が新たな世界を構築した暁には、異なる種族同士の恋愛や交雑を解禁する事を掲げているのはお前も知っているだろう?」

「!?」

 ジュダの言葉に詩織は目を見開く

 十世界は光も闇も無く、争いのない世界を求めている。だからこそ現在九世界が禁止している異なる世界を生きる種族との恋愛、交雑も解禁する事を公約として掲げている

混濁者マドラスだというだけで存在を否定され、命を狙われ、迫害される。だが生まれてくる事が悪いわけではない。生きている事が罪ではない。だからこそ我等はその差別と迫害をも取り去りたいと思っているのだ」

(異なる種族との交雑を認める……なら、私が神魔さんを好きになっても……でも)

 ジュダの言葉に詩織の心が揺れる

 確かにそれは詩織のように異なる世界に生きる者に特別な想いを抱く者にとっては素晴らしいことなのかもしれない。しかし全霊命ファースト半霊命ネクストが愛し合えば半霊命ネクストが死んでしまうという現実は変わらない

「……詭弁ですね」

 しかしジュダの言葉を、マリアは静かに、しかしある種の嫌悪感すら感じられる冷ややかな口調で一刀の下に切り捨てる

「十世界に混濁者マドラスがいるのは聞いています。ですがそれはただの傷の舐め合いです。

 世界の法を破って生まれ、存在を拒絶された事を『自分たちが悪いのではなく世界が悪い』と世界の所為にして苦しみから逃れようとしているに過ぎません。――けれどそれは自分の存在から逃げた事と同じです!」

 凛と佇むマリアの静かで強い口調に詩織は目を見開く

(マリアさん……)

「確かに混濁者マドラスに対する世界の対応は理不尽で不条理でしょう。しかし混濁者マドラス混濁者マドラスです。その存在の業も全てを受け入れ向き合わなければいけないのです」

(すごいな、マリアさんは……混濁者マドラスである事を受け入れてそれでも前に進んでいける……私なんかとは大違い……)

 絶望するしかない現実の前で立ち止まっている自分の姿と、自分の罪深い存在を受け入れて前を向いて生きているマリアを重ねた詩織は、内心で自嘲して目を伏せる

「確かに九世界は、混濁者マドラスを容赦なく殺すことで『異種族との交雑を禁ずる』という体制を強く内外に知らしめている。

 だが、それは法を維持する側の理屈だ。仮にお前はそう思っていても、誰もがそう思えるわけでは無いだろう?」

 マリアの言葉を一笑に伏すように、ジュダが応じる

「確かにそうです……ですがこのゆりかごの世界がいい例です」

 マリアが切り取られた空間を手で指し示すようにする

「理由があれば犯罪を犯してもいい、責任が取れなければ、法を犯しても罰を受けないというような風習を、『人権を守る』という名目で作り出したためにその特例に人が甘え、法の意味が失われていく……」

 目を伏せてマリアが静かに口を開く


 ほんの少しの間に過ぎないが、この世界でしばらく暮らしていれば、特例を作った所為でそこからどんどんと枷が緩み、やがてその法の意味がなくなっていく様が嫌が応にでも目に入る

 このゆりかごの世界の人間は、人権を重んじるあまりに、犯罪者に対して寛容な態度を取る傾向にある。

 罪の理由をその人間の心に求めず、その周囲に押し付ける。「~の所為だ」と罪を犯した者を擁護する。

 何を規制しようと、自らを律する心がなければ意味がない。むしろそれは、「こう言えば犯罪が許容される」という事実を容認させることになり、結果的に犯罪を助長し、悪化させてしまうだろう


「それはただの堕落です。法とは世界の在り様そのもの。人の意志を安易に受けず、世界の安寧と平穏を機械的な鉄の意志を持って執行しなければなりません」

 一度目を伏せたマリアは、ゆるぎない信念を宿したまっすぐな目でジュダを見る

「あなた達がしていることはこの世界・・・・と同じです!」

「……やれやれ、ゆりかごの世界と一緒にされるとはな。……このまま続けても、進展しそうには無いな……」

「はい」

 暗に十世界に入る気はないんだな?と確認してくるジュダの言葉にマリアは静かに強く頷く

「まあいい。お前はどうする? 光魔神」

「俺は……っ」

 ジュダの言葉に大貴は目を伏せる


 ジュダのいう事も分かる。マリアの言う事も分かる。十世界の言う事も分かる。九世界の言う事も分かる。

 ただ利点と不利益がどこに、どのように生じるかの違いでしかないのは大貴にも分かる。――しかし何が正しいのか、どうすればいいのかまでは分からない。今の自分には、世界を選ぶ事ができない。


(ゆりかごの毒はかなり薄れているようだな……だが完全覚醒を妨げているのは、やはりゆりかごの毒なのか?)

 戸惑いを隠せない大貴を見てジュダは内心で呟く


 なぜか全霊命ファーストとして上の下程度の力しか持たない不完全な覚醒の光魔神。

 最強の異端神「円卓の神座」の「№1」にして最強の異端神の一柱であるこの神の力は、神の消えた現在の九世界において、まさに無双の力を持つと言える――にもかかわらずその力は一向に覚醒する兆しを見せず、その理由も不明のままだ


「俺は……っ」

「その男の言葉に耳を貸してはなりません」

「――っ!?」

「なっ!?」

 不意に切り離された空間に響き渡った凛とした声に、全員の視線が一斉にその方向へ向かう

「あれは……」

 そこにいたのは金色の髪をなびかせ、白銀の鎧を纏った女性。翼のような飾りのついた兜をかぶるその様は北欧神話の戦乙女を思わせる

 鋭く凛と研ぎ澄まされた視線。感情の変化が読み取りにくい氷のような表情は持った女性は金色の髪をなびかせて一直線に空を切り、ジュダに向かっていく

「っ! また感じたことの無い神能ゴットクロアか……」

「これは僕も感じたことの無い力だ……異端神に列なっている事は分かるけど……」

「誰だ……? 茉莉やジュダと同等の力だと!?」

 大貴、神魔、クロスが怪訝そうな表情を浮かべ、茉莉、紅蓮、ラグナも驚愕を隠せない様子で突如現れた戦乙女に視線を送っている

 新たに現れた戦乙女の神能ゴットクロアの大きさは茉莉やジュダと同等。それだけでかなりの実力者だと分かる

「……貴様」

「始めまして戦兵レギオンの人……『シルヴィア』よ。――『クラウスターズ』!!」

 シルヴィアと名乗った戦乙女は表情を変える事無く、その手に斧のような刀身を持った槍――「斧槍」を召喚するとジュダに向かって空を切る

「っ! 爆雷天槌ばくらいてんつい!!」

 斧槍を構えたシルヴィアが攻撃してくるのを見たジュダは、銃のシリンダーのような機構を備えた剣を手中に召喚して突如現れた戦乙女の攻撃を受け止める。

 シルヴィアとジュダ。二人の力が拮抗し合いながらぶつかり合い、破壊と相殺を繰り返しながら膨大な力の波動を隔離された世界にまき散らす

「何故お前がここにいる? あの女・・・がこの戦いに手を出す気か!?」

「さあ? 何のことでしょうか」

 氷のような無表情を崩す事無く答えたシルヴィアは、斧槍を握る手に力を込めると、そのままジュダを力任せに吹き飛ばす

「次から次へと……どうなってるんだ!?」

 ジュダとシルヴィアの力が真正面から激突し、強大な破壊の衝撃波を撒き散らすのを見た大貴は、理解が追い付く前に進行していく事態に思わず声を上げる

「どこの誰だか知らねぇが……よくやった!」

「紅蓮!?」

 その様子を傍観していた紅蓮は、その手に抜き身の刀身を持った剣を呼び出すと、そのまま大貴に向かって一直線に走り、漆黒の魔力を纏わせた斬撃を放つ

 その攻撃を手に召喚した刀で受け止めた大貴に、刃を合わせた紅蓮は獣のような笑みを浮かべる

「この間のケリをつけようじゃねぇか! 俺を改心させるんだろ!?」

「……ああ!」

 紅蓮の言葉に口元に笑みを刻んだ大貴の身体から、白と黒の交じり合った太極オールの力が吹き上がる

「あの女……!」

 漆黒の翼を広げたラグナの視界に純白の翼が舞う

 光力を纏わせた身の丈ほどの大剣の一撃を、ラグナは反射的に召喚した自分自身よりも巨大な両刃の斬馬刀で防ぐ

「お前の相手は俺だ!」

「……すぐに終わらせてやるさ」

 純白と漆黒の光が互いを浸食し合い、光の力によって形作られた大剣と堕ちた黒い光によって構築された斬馬刀がぶつかり合い、二つの力がまるで竜巻のように渦を巻いて白と黒の破壊の旋風を巻き起こす。

「……やれやれ、皆勝手に戦い出しちゃって」

「ええ、どうなさいます?」

 金色の波打つ髪を持つ美女「茉莉」に向かい合う神魔は、自身の倍近い長さを持ち、漆黒の刀身を備えた大槍刀を構える

「……どうしますとは言っても、見逃してはくれないのでしょう? ――『夢幻奏槍むげんそうそう』」

 神魔が大槍刀を構えるのを見た茉莉は、苦笑とため息の混じった声で応じながら、その手に自身の魔力を具現化させた槍を召喚する

「あなたでは私に勝てませんよ」

 茉莉の身体から神魔はもちろん、この場にいる誰をも圧倒する強大な魔力が吹き上がり、同時に茉莉の持つ槍が鈴のような澄み渡った音を奏でた。



「いけない。神魔さん一人であの人に勝つのは無理です!」

「そんな、神魔さん……!」

 その様子を見ていたマリアが声を上げ、その背後で結界に守られる詩織が息を呑む

 茉莉の魔力はこの場にいる誰よりも大きい

 全霊命ファーストにとって魔力の大きさは強さと等しい。即ち、自分より強い魔力を持つ相手に挑む事は、自分よりも強い相手と戦うという事だ



「――とはいえ、僕達の力の格は同じ。つまり絶対に勝てないって訳じゃない」

 揺るぎないものとして勝利を確信している茉莉に、神魔はその言葉を嘲笑うように言って視線と戦意を交錯させる


 霊の力には「格」というものがある。それは力によって超えられない「絶対値」。この一線を隔ててしまうと、その力は相手に通じなくなってしまう。だが逆に強い弱いの差があっても、同じ格の中にあれば戦い方や運でその勝敗を覆す事も出来る。

 つまり「格」とは、戦略や戦術、数や運で勝敗を覆す事が出来る力のレベルを指す。茉莉の力は神魔を遥かに上回ってこそいるが格は同格。つまり戦い方によっては勝機を見出す事が出来る


「そうかもしれません……ですが、奇跡に期待していては勝てませんよ」

 確かに神魔が茉莉を倒す事ができないわけではない事は、茉莉自信が一番よく分かっている。しかし、だからといって茉莉の絶対的優位性は揺るがない

「そうだね……だから僕も切り札を出す事にするよ」

「……切り札?」

 余裕の笑みを浮かべる神魔に詩織が首を傾げる

「そんなものが……?」

「本当は呼ばずに・・・・終わらせたかったんだけど、さすがに出し惜しみしているわけにもいかなくなったからね」

「呼ぶ?」

 怪訝そうに眉を寄せる茉莉に不敵な笑みを浮かべて微笑んだ神魔は、ゆっくりと目を閉じて心の中で呼び掛ける

《……来て》





《――はい》

 そして心の中で紡がれた神夜の言葉に、静かに応じる声があった





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