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魔界闘神伝  作者: 和和和和
聖人界編
199/305

軋轢






死紅魔(シグマ)さん!?」

 神器を太極の力によって取り込むことによって一時的な神格を得た大貴、神威級神器によって、神位第六位の神の領域に踏み込んだ愛梨とマキシム――牽制し合い、一触即発のまま三つ巴の状態で一触即発の状態で硬直していた三人の意識を、先に始まった戦いの波動が奪う

「神魔と桜……!?」

「む……」

 遥か遠くで行われているというのに、原在(アンセスター)にさえ匹敵する力によって行われているその戦いは、天を揺るがす魔力の奔流と共に、神に等しい力を得た三人の知覚に直接響いてくるほどの力を有していた

「オイオイ、始めやがったぞ」

 当然その力の波動は、大貴達から距離を取っていた者達にも届いている。隔離された空間を震わせるほどの力を奔流で行われる戦いにクロスが意識を傾けると、その力を知覚するウルドが驚愕を禁じ得ない様子で独白する

「力の共鳴……いかに彼らでも、たった一番(ひとつがい)の共鳴でここまでの力に到達しうるなんて……」

 番となった者同士に許された「力の共鳴」。しかし、元の力が強いからと言って、たった一番の共鳴で原在(アンセスター)と同等以上の神格へと至っていることに驚愕を禁じ得ないウルトの傍らで、リリーナがそれに追従する形で言う

「はい。まさか、これほどになっているなんて……」

 その美しい声で紡がれるリリーナの言葉に含まれる意味を理解している瑞希は、それに内心で同意しながら切れ長の目を鋭く細める

(確かに、前々から思っていたけれど、神魔と桜さんの力の成長速度は異常だわ。最初に会ったところとはまるで別人のように強くなっている)

 瑞希が神魔と桜に初めて会ったのは、魔界王の命によって二人をゆりかごの世界――地球へ捕らえに行ったときのこと。その時と比べて、二人の力はまるで別人のように強くなっている


 神能(ゴットクロア)の強さは、その存在の神格に準じるため、生まれながらに決まっており、それ以上に強くなることはできない

 神魔と桜がそれだけの力を得ているということは、それだけの力を生まれながらにその存在に宿していたということ、だがそれを考えても、瑞希には二人が強くなるのが異常なほどに早く感じられた



(どうしてですか、死紅魔(シグマ)さん……? 私は、あなたに神魔さんと仲直りしていただきたかったのですよ)

 遠くから響いてくる神魔と桜、死紅魔(シグマ)が全力全霊を以って殺しあっている力の波動に、天を仰いだ愛梨は、悲痛な表情で唇を引き結ぶと弾かれたように地を蹴る

「皆さん、私についてきてください」

「!?」

 今さっきまで向かい合っていた自分達などもはや眼中にないかのように、安全圏まで避難していたシャリオ、紅蓮、ラグナに声をかけた愛梨を、大貴とマキシムは追うことなく視線だけを送っていた

 共に戦闘の意思が希薄だったこともあり、大貴とマキシムの妨害を受けることがなかった愛梨は、十世界メンバー(仲間)達に声をかけた次の瞬間には、神の領域に至った神速によってその場所へと瞬時に到着していた


「――ッ!」


 暗黒色の魔力を纏い、天を斬り裂くように最上段から放たれた大槍刀と大剣の斬撃と、夜桜色の魔力を纏って横薙ぎに振るわれた薙刀の斬撃が空中で極彩色の光を内包する透明の空間に遮られ、その攻撃を放った神魔、桜、死紅魔(シグマ)が驚愕を浮かべる

 ここに至るまでにすで数億を超える刃を交わしていた三人は、次の瞬間、あまりの速さに知覚できていなかった自分達の攻撃を止めた人物に気付いて視線を向ける

「……姫」

「どういうおつもりですか死紅魔(シグマ)さん? あなたならば、私がこんなことのためにあなたをここに連れてきたのではないということは分かっておられますよね?」

 悲壮な表情を浮かべ、その心情を物語る悲痛な色を帯びた声で言う愛梨に、神魔、桜、死紅魔(シグマ)の三人は一旦距離を取って戦闘を中断する

 自身が最も信頼する腹心の一人である死紅魔(シグマ)ならば、仲直りしてほしいという自分の気持ちを正しく汲んでくれていると思っていた愛梨は、このような行動を取った理由を訊ねるように訴えかける

「ああ。だが、どうしようもないこともある」

 愛梨が自分を信じてくれているように、当然死紅魔(シグマ)もそれは分かっている。だが、死紅魔(シグマ)には、あえてその上で神魔を殺したい理由と覚悟があった

「そんなことでは分かりません。死紅魔(シグマ)さんは、これでいいのですか? 仕方がないではなく、心からこうすることが正しいと思っていらっしゃるのですか?

 神魔さんと桜さんもです。これで満足なんですか? 勝っても負けても後悔しないのですか? もっと話し合って、分かり合ってください。こんなこと……悲しいだけです」

 実の親子が望んで殺し合うなど容認できない愛梨は、切実な表情で死紅魔(シグマ)に訴えかけ、同時に神魔と桜にも視線を送る

「――相変わらずだね」

 以前人間界で戦った時から変わっていない愛梨の言葉に冷ややかな視線を返して嘆息した神魔は、死紅魔(シグマ)にだけ向けていた殺意をわずかに、傾ける

 死紅魔(シグマ)はもちろんのことだが、愛梨もまた神魔にとっては倒すべき相手。愛梨が死ねば十世界が瓦解するだけではなく、自分と桜にかけられた極刑が免除されるのだから当然のことだろう


「皆様のお気持ちは分かりました。ですが、それを容認することはできません。ですから……一旦退却させていただきます」


 神魔と死紅魔(シグマ)に、互いに刃と殺意を収める気がない意志を感じ取った愛梨は、二人の意思を尊重しながらも、それを否定して言う

「聖人界の皆様。また、改めてお伺いさせていただきます」

 その場で身を翻し、自分に視線を向けているマキシム、ワイザー、ミスティル、ツェルドへと向き直った愛梨は、厳かな声音でそう紡ぐとその両手を天に掲げる

 よく見ると愛梨の手――「神器・神全界(ウルグニマ)」によって中指が見えないが、それを除くすべてがそうなっていることから――左右合わせて十本の爪全てが極彩色の光を内包する半透明のものに変わっており、それが神器であることを見る者に訴えかけてくる

「あれは……あの時の神器か」

 それが、先の戦いで自分の攻撃を防いだ神器との同じものであることを見て取ったワイザーが目を細める前で、愛梨は天に掲げた両手をゆっくりと左右に開く

 瞬間、その動きに合わせて天が裂け、マキシムの空間隔離によって作り出されていたこの世界を崩壊させる

「これは……次空間を斬り裂いたのか!?」

 愛梨が引き起こしたその現象にこの場にいた全員が目を瞠る中、それを成した十世界盟主は軽く手を振るって神器の力を行使し、自身と十世界に所属する全員を極彩色の光を内包する半透明の力の膜で包み込む

「――ッ」

「無駄だ」

 それを見た神魔が反射的に戦闘態勢に入ろうとするが、それを死紅魔(シグマ)の抑揚のない声が制止する

「先ほど見ただろう? この神器――『空領土(レルヴォキス)』は、次空を支配し、世界を分ける(・・・・・・)力を持っている。

 今、ここの空間は、いわば時空の壁で隔てられた異世界と化しているのだ――この世界の壁に隔てられたが最後、あらゆる力がこちらへ届くことは無い」

 自分達を包み込んでいる極彩色の光を内包する半透明の光膜を見ながら、死紅魔(シグマ)が平淡な口調で忠告する


 愛梨が使った神器「空領土(レルヴォキス)」は、空間を支配し、世界を切り拓くと同時に、無数の世界が異なる時空で隔てられているように、自身が望んだ場所に世界の境界(・・・・・)を定める力を持つ。

 そうして隔てられた世界は、文字通り擬似的な別世界となり、あらゆる攻撃や現象を概念的に無力化する領域を作り出すのだ

 無論、時空を自在に移動し、あらゆる事象を滅却せしめる神格の力をもってすれば突破することも不可能ではないだろうが、神威級神器の力で神に等しい存在となった愛梨の作り出した領域を破壊するのはこの場にいる誰であっても容易ではないだろう


「どうやら、仕切り直す必要があるようだな」

「そうだね」

 そう言って金色の双眸を向けてくる死紅魔(シグマ)の平静な面差しの下に、忌々しげな感情を読み取った神魔は、大槍刀の切っ先を下げてそれに応じる

《時間と場所はあらためてこちらから連絡する。いいな?》

 それを聞くなり、他者の耳目を憚ったのか思念通話を用いた死紅魔(シグマ)の提案に、神魔は視線のみで了承の意を示す

「では、いずれまたお会いいたしましょう」

 神魔と死紅魔(シグマ)が声を出さずに会話しているのを横目に一礼した愛梨が軽く手を振るうと、十世界のメンバーを包み込んでいる半透明の光膜が中にいる者達ごと世界の空に溶けて消える

 一瞬にしてその場から消失した愛梨と十世界のメンバーの存在が知覚から消えたのを確認したマキシムは、その目を剣呑に細めて神器を解く

「時空を移動したか……これでは、容易に手が出せんな」

 それを見た聖人達がマキシムに倣って刃を収めるのを見た大貴も、神器との共鳴を解除する

 愛梨の性格を考えれば、ここで奇襲をかけてくるようなことは考えられない。素直に退却し、態勢を立て直してくるつもりだろう

「何度来ても結果は同じだ」

 戦意を解き、武器を収めた大貴の耳に届いたマキシムの声は、心なしか愛梨が撤退したことに胸を撫で下ろしているような響きを帯びていた

「神魔様……」

 そして、目の前から死紅魔(シグマ)が消失するのを見届けていた神魔に、横から桜が躊躇いがちに声をかける

 その身中を慮りつつ、迷いながらも声をかけた桜の声に気付いた神魔は、普段と変わらない笑みを向けて優しく微笑みかける

「大丈夫だよ。桜」

 父と同じ黒髪と金眼に、対照的に柔らかな感情を映した神魔は、桜に声をかけると先程まで死紅魔(シグマ)がいた場所に一瞥を向けるのだった





「みんな、大丈夫でしょうか?」

 天頂から注ぐ神臓(クオソメリス)の太陽の光が強くなり、外縁離宮へと差し込んでくるそれを一身に浴びる詩織は、不安を禁じ得ない表情で呟く

 当然それは、ただの独り言ではない。出かけるウルトに詩織の警護を任された聖人――「アレク」に対して向けられたものだ

「ええ。どうやら戦いも終わったようですし、死者もいないようです」

 「聖議殿(アウラポリス)で戦いが始まった」と慌てた様子で出ていった大貴達の事を思い返す詩織は、知覚を持たない自分の代わりに遠くで起きている戦いの結果を伝えてくれたアレクの言葉に一つ胸を撫で下ろす

「まあ、相手は十世界、それも盟主である奏姫が直々に訪れているようですから、最終決戦なってことにはならないとは思ってましたけどね」

 あえてそのことを口にしたアレクは、自身にも言い聞かせるようにそう言って頭の端にあった一抹の不安を振り払うと、努めて笑顔を浮かべる


 愛梨の理念と人格は、九世界の多くの者が知るところであり、そこには皮肉なことに一定の信頼が置かれている

 その場に愛梨がいるのならば、神威級神器を用いた決戦が起こりうる可能性は限りなく低いことは想像できるが、やはり可能性がゼロではない以上それに対する危惧があったのは事実だった


「そっちもですけど……」

 アレクの言葉を聞いた詩織は、それに同調するように曖昧な笑みを浮かべながら答える

 その笑顔に隠されたもう一つの意思を的確に感じ取ったアレクは、その視線を巡らせてはるか遠くにある聖人界の中枢へ赴いた客人達に思いを馳せる

「手荒い歓迎を受ける可能性は低いと思いますよ。そのためい、リリーナ様とウルト様も同行されているのですから」

「そう、ですよね」

 昨日、聖人達から「もう来るな」という意味を込められた言葉を向けられていながら、再び向かったからと言って光魔神や闇の存在に直接危害を加えるようなことはしないだろうと判断したアレクの言葉に、詩織は心配半分安堵半分といった様子で答える

 アレクの言葉で気休め程度に慰められた詩織は、それえも消えない胸中の不安を握り潰すように胸元の服を自身の手で掴みながら、自分にはうかがい知ることができないほど遠い場所にいる大切な人達を想う

 

(みんな、無事に帰ってきて。……神魔さん)


 聖議殿(アウラポリス)に向かった大貴達を案じながら、詩織は想いを寄せる人の身を案じて心の中で祈りを捧げるのだった





「ところで神魔。あの悪魔とは、どんな知り合いなんだ?」

 愛梨達十世界が退散したのを見て取った大貴は、戻ってきた神魔と桜へ視線を向けて率直に問いかける

 一応一連のやり取りを意識の端で捉えていたため、神魔と黒髪金眼を持つ双角の悪魔が知己の間柄にあるらしいことだけはなんとなく察していた

「ああ、うん。個人的にちょっと因縁がある相手なんだ」

 死紅魔(シグマ)との関係がただならぬものだと気付いている大貴に念のために問いかけられた神魔は、具体的な部分を濁しながら軽い口調で笑って見せる

「因縁?」

 この世界に関わっていくという決意をしている大貴は、必要以上に踏み込まないように配慮しながら、必要な問いかけを返す

 大貴にとって神魔はクロスと並んで最も長い関係を持っている人物。無理矢理に話を聞き出そうとまでは思っていないが、仲間として配慮をしたい人物でもある

「差し出がましいようですが、大貴さん。あちらの対応が先ではないかと」

 その時、それまで神魔の背後に控えていた桜が、淑やかな声音で大貴の意識をこの場にいる四人の聖人達へと向ける

 そこに佇んでいるのは、「天支七柱」と呼ばれる聖人の原在(アンセスター)達――「ワイザー」、「ミスティル」、「ツェルド」と、神器の発動を解いた「マキシム」だった

「……そうだな」

 自分達に注がれている四人の聖人達の視線に身を引き締めた大貴は、その中にいる一人の男を見て口を開く

「あの横の男、前の時にはいなかったよな?」

 視線を聖人達に向けたまま、仲間内にだけ聞こえるように呟かれた大貴の言葉は、問いかける形をとっているが、ほぼ確認のために向けられたものだ

「あの方は『ツェルド』様。聖人界警軍特別戦力である天支七柱のお一人です」

「警軍?」

 それに答えたリリーナは、次いで大貴から返された疑問に言葉を選ぶように思案してから口を開く

「分かりやすく簡潔に言えば軍そのものでしょうか。議会制民主主義を敷いている聖人界では、軍は議会直下の戦力で議会の承認がなくては行動できませんから。天支七柱の方々もそれは例外ではないのですよ」

「ああ、なるほど」

 リリーナのその言葉を来た大貴は、おおよその事を理解して淡泊に呟く


 九世界を総べる九つの世界の中で、唯一議会制民主主義を敷く聖人界では界首を頂点とする議会によって世界が運営されており、戦力はその下でのみ振るわれる

 警軍とは、他の世界で言う「軍」に当たり、聖人界の議会の名に従って世界を守るために戦ったり、時空の狭間にまで遠征して罪を犯した者を捕らえたりする者達だ

 議会ですべてが決められるこの世界では、原在(アンセスター)である天支七柱の者でさえ、議会の許可なくして戦闘を行うことができない


(仕方がないんだろうけど、自分の好きなように戦えないってのも面倒かもな)

 内心で納得し、同情混じりの視線を向けていた大貴達の目の前で固く閉ざされていた聖議殿(アウラポリス)の門扉が開き、無数の聖人達が姿を見せる

「……随分、手荒い感じのお出迎えだな」

 聖議殿(アウラポリス)の中に見える聖人達が軒並み武器を顕現させて臨戦態勢を取っているのを見た大貴は、隠しきれない不快感を顰めた眉根で表して左右非対称色の瞳を抱く双眸を剣呑に細める

 そして、その聖人達を従えるように中央に立っていた人物――「聖人界界首・シュトラウス」が大貴達と同行してきた唯一の同族に視線を向ける

「勝手に出歩いてもらっては困りますね、ウルト」

「シュトラ――失礼しました。界首様。非常事態をお見受けいたしましたので、やむを得ず」

 一瞬その名を呼び捨てにしようとしたウルトは、その言葉を途中で止めると非礼を詫びるように目礼して言う

 ウルトは、いわば政権争いに敗れて外縁離宮に軟禁された身。本来なら、いくら先代界首であるとはいえ、許可なく外に出ることなど許されない。ウルトの謝罪の言葉を聞いたシュトラウスは、「そのことは後回しだ」と言わんばかりにそれに反応を返さずに大貴に視線を向ける

「それに、光魔神様。こちらのお話は済んだと申し上げたはずですが」

「そっちが無くても、こっちにはあるんだ」

 昨日の最後の言葉を引き合いに出して再びの来訪を暗に非難するシュトラウスに、大貴は一歩も退くことなく言い返す

「ほう」

 大貴とシュトラウスで、昨日のやり取りの見解が違うのはやむを得ない。話は終わったと思っているシュトラウスと、まだ終わっていないと思っている大貴の認識では、もとより軋轢がある

 だが、だからと言って大貴の言を受け入れるかは、最終的にこの世界の長であるシュトラウスが決定を下すことになる。シュトラウスが「否」と言えば、大貴にはそれ以上強く出ることはできない

「しかし、ある手間が省けたのも事実です」

 鼻で笑うように大貴のその言葉に笑みを浮かべたシュトラウスは、その表情を界首としての威厳と責任あるものに変えて軽く手を上げる

 それを合図にするように、背後に控えていた武器を持つ聖人達がシュトラウスの前へと移動し、その中から身の丈を超える巨大な鉞を担いだ男が姿を見せた

「オーヴァン……!」

 黒みがかった褐色の肌に、白い鬣にも似た髪と髭を蓄えたその大男とは、筋骨隆々とした体躯も相まって、三メートルを超える背丈を持つ聖人達の中でもさらに一際大きな存在感を纏っていた

 その人物――聖人界三大議会派閥の一つ「軍党院(デクストラ)」の長を任されるオーヴァンの姿に、ウルトは息を呑んで声を詰まらせる


 かつて界首を務めていたウルトには、この場に界首であるシュトラウスと三党の一角であるオーヴァンが軍を率いて訪れていることが意味することがはっきりと分かっていた

 聖人界の戦力と行動は議会の承認を得なけえれば行使できない。それは、例え界首であっても例外ではない

 即ちこの戦力の派遣は、聖人界の議会で確定されたこと――不変にして不動の決定事項であることを意味し、覆すことは少なくとも言葉では事実上不可能に近いということだ


「さて、悪いがおとなしくしてもらおうか」

 低く重厚な威圧感を持つ声で言い放ったオーヴァンの言葉に続くように、周囲にいる聖人達が戦意に満ちた理力を解放する

「これは――っ!」

「こんな仰々しい戦意を放ってどういうおつもりですか!? 光魔神様は御客人のはずです!」

 突如現れた聖人達の戦意を受け、反射的に武器を顕現させて身構えた大貴達の傍らから、同行してきたウルトが非難の声を発する

 先代界首という立場などではなく、一人の聖人として放たれたその声はシュトラウスをはじめ、この場にいる全ての聖人達に向けられていた

「生憎、我らの目的はそちらではない」

 大貴達とは違い、武器を顕現させることなく訴えたそのウルトの言葉を一蹴したオーヴァンが、そう言って鉞の先端を向ける

 それと同時に、これまで沈黙を守っていたツェルドが瞬時に移動し、三又の刃の穴に光の炎を宿す燭台槍の切っ先を瑞希に突きつけていた

「――ッ!」

「奏姫の関係者だそうだな」

 刃を向けた理由を簡潔に告げ、確認するように問いかけたツェルドは、瑞希に対して嫌悪感を露にした冷たい視線を向ける

「瑞希さんが……?」

 その言葉にリリーナとウルトが小さくない驚きを浮かべる中、瑞希に刃を突きつけるツェルドに漆黒の大槍刀と薙刀の切っ先が突きつけられる

 魔力を共鳴させ、今にもその喉笛に刃を突き立てんばかりの殺意に満ちた視線を向ける二人――神魔と桜の姿を交互に視線で追ったツェルドは、威嚇するように抑制した剣呑な声を向ける

「……何のつもりだ?」

「昨日も別の奴に同じようなことを言ったんだけど――それは、こっちの台詞だ」

 いかに全霊命(ファースト)として最強の力を持つ原在(アンセスター)とはいえ、魔力を共鳴させた神魔と桜の力は無視することができないほどの領域へと至っている

 瑞希に突きつけた三又の燭台槍の切っ先を微動だにせずとも、ツェルドの硬質な声には己が身への危険に対する小さくない警戒心が含まれていた


 だが、当然聖人達もそれを黙って見ているわけではない。ツェルドに刃を突きつける神魔と桜に対し、オーヴァンをはじめとする聖人界警軍に属する精鋭たちが各々の武器を向けて「何かすれば即座に攻撃する」という意思を表明する

 そしてそれに対し、大貴とクロス、マリアも臨戦態勢を取り、リリーナとウルトがその様子を固唾を呑んで見守るという形になる


「待って」

 刃を突きつけ合い、今すぐにでも戦闘を始めそうな様子でにらみ合う両勢力を制したのは、誰でもなくツェルドに刃を突きつけられている瑞希だった

 自身に戦意がないことを示すように両手に携えていた武器を消した瑞希は、その切れ長の視線をツェルドに向けて視線を正面から交錯させる

「確かに、私は十世界の前身の組織に所属していました。ですが、それは魔界王様に裁かれ、今はこうして労働奉仕を命じられている身です。すでに、彼らとなんの繋がりもありません」

 瞳を交錯させ、全ての事実を嘘偽りなく述べた瑞希は己の立場と立ち位置を明確にしてツェルドに向き合う


 瑞希が現在の十世界の前身となる組織に所属していた過去を持っているのは事実。それは、大貴達も承知していることだ

 九世界が最も危険視する二つの組織の一翼である十世界に所属していた事実を持つ瑞希が今魔界に属していられるのは、彼らの情報を魔界に売ったから。

 それらの事情諸々を踏まえたうえで、魔界王は瑞希に極刑ではなく労働奉仕という判決を下したのだ


「それをこの世界で定めるのは魔界王ではない。我らが開く聖なる法廷だ」

 自らの罪を認めたうえで、それを償っていることを何ら恥じることなく宣言した瑞希の言葉をシュトラウスはその一言で打ち消す

「お待ち下さい」

 その時、一触即発の空気を打ち消すように、誰もが聞きほれるほどに美しい澄んだ声が、殺伐とした戦場に響く

 まるで戦意や殺意を優しくほぐすような声を発した人物――「歌姫」と呼ばれ、光はもちろん闇の存在からも畏敬の念を向けられる天界の姫「リリーナ」が、その緋色の髪を揺らしながら訴えかける

「聞けば、彼女の処遇は魔界王様によって決定されていると聞きます。ここは、その決定に従うべきではないでしょうか?」

「生憎ですが、例えあなたのお言葉でも、それは承服しかねますリリーナ様」

 その美声で切に願いかけるリリーナの言葉に揺らぐことなく、シュトラウスは信念に染められた言葉でそれを否定する

「法とは、常に厳正で厳格でなければならない。特例などという悪しき慣例が許されるべきではないと考えます」

「ですが――」

 シュトラウスの有無を言わさぬ頑なな言葉に反論を示そうとするリリーナだったが、この世界の代表として選出された男は、それを二の句によって抑え込む

「ご理解を」

 いかに天界の姫であろうと、リリーナの進言は受け入れられないと、きっぱりと跳ねのけたシュトラウスにその様子を見守っていたウルトも声を上げる

 大貴(光魔神)の来訪は、九世界の王達の間で取り決められたことであり、それは聖人界も例外ではない。その同行者の中に、罪を犯したものがいたしても、それがその世界によって裁かれているならば自分達が口をはさむべきではないという意見がその声にははっきりと浮かんでいた

「お待ちなさい、シュトラウス。それはあまりにも――」

「あなたこそ口を慎んでいただこう」

 やや険を帯びた声音で意義を申し立てようとするウルトの言葉を強い語気で打ち消したシュトラウスは、先代の界首でもあった女性に視線を向けてはっきりと言い放つ

「今のあなたには、我らに命じる権利はおろか、意見する権利さえもない」

「――ッ」

 いくら先代であるからとはいえ、ウルトにはもはやこの世界に対する影響力はない。界首として、議会で決定された総意を厳格に執行しようとするシュトラウスは、法を守るという信念と法を執行する責任を誇っていた

 リリーナとウルトの言葉にも耳を貸す様子のないシュトラウスの言葉に、大貴はその左右非対称色の瞳に鋭利な光を灯す

「それを、俺が黙って見過ごすと思うのか?」

「光魔神」

 微かではあるが、確かに不快感を示し不機嫌さを露にする大貴に、シュトラウスはその長身を最大限に利用して、言葉を打ちおろす

「この女は咎人だ」

 三メートルを超える巨躯から放たれる重厚な言葉は、理力が込められているわけでもないというに、まるで現実の質量を持っているかのように大貴を打ち据え、ただ唯一の事実を突きつける

「だとしても、一度裁かれてるんだろ? なら、二度目をする必要も権利もあんた達にはないはずだ」

 だが、それに怯むことなく自身の倍近い巨躯を見上げた大貴は、厳格な正義を宿した爛々と光るシュトラウスの双眸をまっすぐに射抜く

「否。九世界法では、その存在を捌くのはその世界の者。裁かれているかなど問題ではない」

 その大貴の言葉を一刀の下に断じたシュトラウスは、個人としてではなく法の定めでもある文言を並べて答える

 シュトラウスをはじめとした聖人達は、ただ嫌がらせでこのようなこととしているわけでも言っているわけでもない。世界で定められた法を順守し、執行しているだけだ

「確かにそうですが、この場合は――」

 シュトラウスの言葉に、尚も引き下がることのできないリリーナが声を上げて陳情する

「例外は認めぬ!」

 だが、その言葉に打てば響くように返されたシュトラウスの有無を言わさぬ言葉に、それが正しいことが間違っていないことが分かっているリリーナは唇を引き結ぶ

(九世界がほとんど交流をもたなかったことがここにきて仇になってしまっているということですね――)


 九世界では、罪人を捕らえたその世界がその罪を裁く権利を持つ。これは元々九世界同士が最低限以上の交流を持ってこなかったことにも大きな要因がある

 原則として自分達の世界から出ず、精々時空の狭間で活動する程度。そうやって九世界創世からの悠久の時間を過ごしてきた全霊命(ファースト)達の世界では、他世界との関係、干渉がほとんど行われない

 そして、そこに全霊命(ファースト)の実力主義の考え方が合わさった結果、現在までその形が続いてきているのだ。これまでは、そのやり方でなんら問題はなかった。だが、今回のように政治的な意図をもって異なる世界同士が干渉する際には、それが大きな壁となって立ちはだかってしまったのだ


「法を個人の情で歪めることなど許さるはずがない。何より、聖人界(我ら)の方が適切な法を執行できるというものです」

 融通が利かないほどに頑なに法に準じる聖人の在り方を執行するシュトラウスは、リリーナの言葉にさえ耳を貸すことはない

 一世界を総べる者として、いかに影響があるとはいえその言を鵜呑みにできないのは当然ではあるが、続けて発せられたその言葉にはウルトが抗議の声を上げる

「それは、他の世界を軽んじる言葉です。取り下げなさい」

「事実を述べたまでだ。咎人を拘束しておく労力がもったいないという理由で、無罪、極刑、労働奉仕のみしか与えらない罰など、正しいものではない」

 確かに聖人の力である理力は、意思と力を注ぎ続けない限りその力が発現しない他の神能(ゴットクロア)とは違う


 一度発動させれば、本人が解除するか破壊するかされない限り永続的にその効果を発揮し続けるその特性があるからこそ、九世界唯一の全霊命(ファースト)専用監獄――「聖浄匣塔(ネガトリウム)」も実現することができているのは間違いない

 だが、三つの判決しかないからといって、他の世界が法を軽んじているわけではないし、まして雑な判決を下しているわけではない。シュトラウスのその言葉は、お世辞にも看過して聞き流せる類のものではなかった


「我らが、貴様の罪を適正に裁く。ご同行願おうか」

「――……」

 光の世界の代行として来ているリリーナの言も、かつて世界を束ねた同胞であるウルトの言葉を受け入れず話を打ち切ったシュトラウスは、その視線をツェルドに刃を突きつけられている瑞希へと向けて淡泊に言う

 その言葉は、訊ねる形をとっているが瑞希の同意など求めてはいない。逆らえば実力行使に移ると、シュトラウスとツェルドをはじめ、この場にいるウルト以外の聖人達がその意思を瞳に宿していた

「行く必要はない」

「行く必要はありません」

 シュトラウスの言葉によって生じた譲れない信念がぶつかり合い、開戦の前の静寂が落ちた空気を打ち消したのは、純白の翼を広げた二人の天使――「クロス」と「マリア」だった

 これまでは同じ光の世界ということもあってか、不満を感じていながらも明確な意思を示すのを避けていた二人は、この事態は見過ごすことができないとばかりにそれぞれの武器を顕現させて参戦の意思を表明する

「何のつもりだ、天使殿?」

 皮肉の意味を込めて敬称を用い、三メートルにもなる身の丈から見下ろすように睥睨するシュトラウスに、その光力に戦意を漲らせたクロスとマリアが揺るぎない意志を示す

「見ての通りだ」

「あなた方の行いは承服しかねます」

 その言葉を受け、この戦場を見回したシュトラウスは、最初から刃を抜いている神魔と桜、そして大貴に加えてクロスとマリアまでもが戦闘意欲を示したこと。リリーナとウルトの様子からそれに同調の意を示していると判断をして、その視線をゆっくりと伏せる


「――残念です」


 そう言って目を開いたシュトラウスの視線を受けたマキシムは、それが「実力行使」を意味するものであることを理解して己が武器を顕現させる

 一度は収められていた最強の聖人の武器――「七剣一対(・・・・)」の剣が姿を現し、手に握られた一振りと、背後に従う六つの刃の切っ先が大貴達に向けられた

「待ってください」

 マキシムの抜刀を合図に、ワイザー、ミスティルまでもが戦闘態勢に入ろうとしたのを見た瑞希は、目の前の刃から目を離すことなく魔力に乗せた声を響かせる


「分かりました。同行します」


 最初の一言で、熱を帯びた戦意に水を打ったように沈めた瑞希は、一度深く息を吐いてからたっぷりと間を取った声で己の決断を示すのだった





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