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魔界闘神伝  作者: 和和和和
聖人界編
197/305

理想と正義(後)





 天に輝く神臓(クオソメリス)が月から太陽へと変わり、外縁離宮を照らし始めてから少し経った頃、大貴はこの場所の主人であるウルトの許を訪れていた

 全霊命(ファースト)にとって睡眠は娯楽でしかないが夜分に私室――ましてや女性の許を訪ねるのが憚られた大貴は、日が昇りきるのを待っていたのだ

「あら、光魔神様。いかがなされましたか?」

「ああ。ちょっとまた聖議殿(アウラポリス)に行こうと思ってその報告に」

 部屋へと招き入れた大貴が軽く発した言葉を聞いたウルトは、その柳眉をわずかにひそめて透き通った双眸に剣呑な光を灯す

「その理由をお聞きしても?」

「次の世界に行くまで、ここでおとなしくしててもな……ま、ちょっともう少し色々見せてもらおうと思ってな」

 決してサイドの聖議殿(アウラポリス)訪問を心から賛同していないウルトの言葉に、大貴は素っ気ない声音で応じる


 清廉で潔白が過ぎる聖人は、光の存在として闇の存在を正しく嫌悪し、敵視している。まして、光の力を持ちながらも半分闇の力をも持つ光魔神たる大貴は、下手をすれば純粋な闇の存在よりも疎まれる可能性がある

 一応今回の光魔神来界は、天界をはじめとした九世界の同意を得たうえで行われているものであるため、露骨にそれを拒絶することはないだろうが、一抹の不安は拭えない

 昨日は事なきを得たらしいが、あえて再度聖議殿(アウラポリス)へ向かうことはその身の安全を考えるのならば避けた方がいいとウルトが考えるのは当然であり、大貴もそれは重々承知していた


「そうですか……では、私も同行させてもらってもよろしいですか?」

 その大貴の言葉に、どこか嬉しそうに目元を綻ばせたウルトは護衛と案内役の意味を兼ねて自分が同行することを提案する

「いいのか?」

「ええ。監視の方々がいいと言えばですが」

 この外縁離宮は、聖人界の政治に参加する資格を剥奪された者達が集められ、監視されている場所であることは大貴も知っている。

 中でも外縁離宮そのものを作り出した先代界首「ウルト」は、彼らからすれば捨て置くことができない存在だろう

 そんな重要人物が自分に同行して街を離れてもいいのかと尋ねる大貴の至極もっともな疑問に、それを言い出した当人であるウルトも苦笑気味に応じる

「そうか……とにかく、姉貴の事だけは頼む」

「分かっております。念のためにアレクを付けますのでご心配には及ばないかと」

 ウルトの同行は、大貴としても強く否定するものではない。とはいえ、昨日のことを思えば、詩織に気を配っておくことに越したことは無いと考えた大貴の言葉に、ウルトは気分を害した様子もなく好意的に受け止めて応じる

「それより、失礼とは思いますが、大丈夫なのですか? 大変申し上げづらいことですが、今回の訪問が前回と同じようにいくとは言えませんが」

 言葉を濁したウルトは、大貴へと視線を配りながら申し訳なさそうに目をを伏せる

 光魔神の来訪を受け入れたとはいえ、聖議殿(あの場)にいる聖人達が心から歓迎しているわけではないことをウルトは感じ取っていた

「まあ、そのくらいは覚悟してるさ」

 少なくとも望まれない――もしかしたら、手荒い歓迎を受ける可能性を案じているウルトの言葉に、大貴は苦笑混じりに応じる

「大丈夫」

 昨日の感触から、ウルトの心配を正しく理解している大貴は、当然そのことを踏まえた上でもう一度聖議殿(アウラポリス)へ向かう決意を固めている

 聖人(同胞)達の態度を申し訳なく思いつつ、未だ不完全な覚醒しかしていない自分の身を案じてくれているウルトに声をかけた大貴は、その不安を払拭するための根拠を示す


「心配しなくても、俺には万が一の時の切り札(・・・)がある」





「姫!」


 極大の断罪の光となって神速で振り下ろされたワイザーの斬撃に、たまらず死紅魔(シグマ)をはじめとする十世界のメンバーが武器を手に飛び出す


 原在(アンセスター)としての神格が惜しみなく注がれたワイザーの斬撃は、並の全霊命(ファースト)では視認も反応も不可能なほどの神速で結界に包まれた愛梨を呑み込む

 最上段から袈裟懸けに薙ぎ払われたワイザーの斬撃は、愛梨を確実に捉えてその断罪の光によって消滅させる


 ――はずだった


「……!」

 しかし現実にはワイザーが放ったその渾身の一撃は、斬撃の刃と愛梨の身体を隔てるようにして顕現した半透明の膜のようなものに遮られてしまっていた

「……っ、神器か」

「はい。さすがに、あなたほどの方に全力で攻撃されたら、私も無事ではいられませんから」

 苦々しげに言うワイザーの言葉に、極彩色の光を内包する半透明の光膜盾で自身を守った愛梨が敬意と親愛の籠った表情で微笑む

 愛梨の心情としては、対話で話を済ませたかったのだが自身の生命を守るために仕方なく使ったといったところだろうが、ワイザーの表情には「分かってはいたが使われると面倒だ」と言わんばかりの心情がありありと現れていた

(攻撃型の神器ではなく、自分の身を護る神器とはな……侮られたものだ。ならば、その判断を後悔させてやろう)

 そしてそれと同時に、心中でそう吐き捨てたワイザーの表情には、怒りと共に最大級の警戒が浮かんでいた


 神の力の断片そのものである神器の力は絶大。本来の神の力からすれば微々たるものに過ぎないが、その力は全霊命(ファースト)を圧倒する。事象を制し、現象を総べ、世界の理を支配するその力の前には、いかに原在(アンセスター)であるワイザーでも分が悪い

 その気になれば、ワイザーを滅ぼすことも戦闘不能にすることもできるはずなのに、あえて防御の神器を取り出したところに愛梨が愛梨たる所以と付け入る隙があるともいえるだろう


「仕留め損ねたか。これで終わってくれていればよかったんだがな……いくかミスティル」

 そしてそれを少し離れた場所で見ていた天支七柱の一人である「ツェルド」は、同じく隣で静謐に佇んでいるミスティルに声をかけると己の理力を武器としてその手の中に顕現させる

「――『フルゴール』」

 全霊命(ファースト)にとっての武器とは、己の存在の戦う形そのもの。自身の存在の力である神能(ゴットクロア)を顕現させたツェルドの腕には、自身の身の丈に匹敵するほどの長さを持つ三又の槍が握られていた

 さらにその三又の槍の刃には刀身の中ほどに穴が開いており、ツェルドの意思に呼応するようにそこに光が灯る様は、燭台を思わせる

「やむを得ませんね」

 いかにワイザーとはいえ、神器を発動させた愛梨を相手にしては分が悪いと判断したツェルドの声に小さく独白したミスティルもまた、その手に自身の存在を具現化させた武器を顕現させる

「『リブラリア』」

 ミスティルの存在の形を示したそれは、左右に真紅の円盤を持つ身の丈に及ぶ純白の十字杖の形状を取って顕現する

 金色の衣装を施された白い十字杖の左右には赤い重厚な円盤がそれぞれ一枚ずつ備えられたその形は、杖でもあり、槌でもあり、天秤のようでもあった

「ハアッ!」

「!」

 漆黒の魔力を纏った死紅魔(シグマ)の斬撃に気付き、ワイザーが後方へと飛びずさると同時に、愛梨を庇うように十世界の同行者たちが立ちはだかる

「皆さん」

 二人の悪魔と天使、堕天使の四つの背中を目にした愛梨が小さく目を瞠ると、四人を代表してシャリオが肩越しに振り返って口を開く

「申し訳ありません。お力にはなれないかもしれませんが、もはや見ているだけなど我々にはできません」

原在(アンセスター)か……相手にとって不足はねぇぜ」

 シャリオの言葉に呼応するように、その武器である黒刀身の太刀を顕現させた紅蓮が好戦的な笑みを浮かべて言う


 愛梨には神器があるが、神格で原在(アンセスター)に劣っている自分達では足手纏いになりかねない自覚は当然ある。

 それが分かっていても尚死紅魔(シグマ)達が愛梨を庇うようにして立ちはだかったのは、何よりも愛梨を守りたいという意思。そして、一向に戦う意思を見せない愛梨の意識を叱咤するためでもあった


「皆さん、下がってください。あなた達の力では……」

「姫。お前が力よりも言葉を交わすことを求めるように、ここにいる者は全員言葉よりも先にお前のために身体が動いてしてしまうんだ

 今ここにいる者達は、言葉よりも行動でお前に語りかけている。――そこにある声が聞こえないような女ではないだろう?」

 自分の言葉を遮って背中越しに届けられる死紅魔(シグマ)の言葉に耳を傾けていた愛梨は、自分の前に並んだ頼もしい背中を見て目元を綻ばせる

「……私は、とても幸せ者ですね」

 眼の前に並んだ種族の異なる者達の背中が、何よりも自分の身を案じてくれていることを訴えかけていることに、愛梨はささやかだがこれ以上に無いほどのかけがえのない絆を感じて微笑む


「分かりました。私を守ってください」


 死紅魔(シグマ)をはじめとする十世界の仲間達の思いを噛みしめ、受け入れた愛梨の言葉に応じるように、背後の空間が揺らぎそこから天に浮かぶ円鐘が顕現する

 円形を作り出す白と黒の二色の柱の内側に、宝玉で飾られた金色の鐘を持つ光輪の形状をしたそれは、さながら第二の太陽のように淡く発光しながら天に浮かんでいた


「――『祝神鐘(アルスティゴール)』」


 愛梨がその名を呼ぶと同時に、背後に浮かんだ光輪の鐘が神々しい音を鳴らす。魂の奥にまで届き震わせるような荘厳な鐘の音と共に、愛梨とその周囲に立つ十世界のメンバーの身体が燐光を纏う

「これは……!」

 自分達の身体を覆った燐光に、各々の身体を一瞥した死紅魔(シグマ)、シャリオ、紅蓮、ラグナの四人は、愛梨が呼び出したこの神器の能力を理解して目を瞠る

 神器を献上することはあっても、その全ての能力を知っているわけではない十世界のメンバー達さえもが驚愕を浮かべる中、相対する三人の聖人もその力を知覚して険しい表情を浮かべる

神格()が高まっていく……!?」

神格の上昇(・・・・)だと!? 厄介な力を……ッ!」

 愛梨が召還した鐘型の神器が持つ能力をその知覚で正しく理解したワイザー、ミスティル、ツェルドの三人は、そのことに驚愕を禁じ得なかった


 存在が持つ〝格〟――全霊命(ファースト)における神格とは、生来のものであり、それが後天的に強化されることは無い。仮にあったとしても、それはあくまで本来(・・)備えていた神格が後天的に呼び覚まされたというものでしかない

 だが、愛梨が使った神器の力はそれとは大きく意味を異にしている。光輪の鐘型神器「祝神鐘(アルスティゴール)」は、対象となった者の神格そのものを強化、上昇させる力を有している。――それは即ち、その人物の神能(ゴットクロア)が強くなることを意味していた


「『神全界(ウルグニマ)』!」

 しかし、愛梨の力はそれだけに留まらない。左右の両手中指を覆う白と黒の金属質の指甲が顕現したかと思うと、そこに嵌められた宝玉から生まれた力が渦を巻く

 愛梨の眼前で交差させるように掲げられた指甲から生じたその力は、黒と白(・・・)の力となって渦を巻き、その場にいる全員の神能()を一つに束ねて昇華させる

「この力は……ッ!」

 その力を前に、聖人達と十世界の全員が目を瞠る。何の条件もなくそこにある神能(ゴットクロア)を共鳴させるその力は、全を一に(・・・・)一を全に変える(・・・・・・・)万総の神力の顕現だった

光魔神(・・・)の……!」

 神格の強化と神能(ゴットクロア)の共鳴。二つの神器によって愛梨と紡がれた十世界のメンバー達の力は、これによってワイザー達原在(アンセスター)と比べても遜色がない――否、上回っているかもしれないほどの力へと至っていた

(これが、奏姫の真骨頂(・・・・・・)か……!)

 異端、光力、魔力、光魔力――光と闇、無の力が共鳴して昇華される力に知覚を震わされるワイザーは、その生存本能を含めた存在を粟立たせるそれに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべざるを得ない


 神の力の断片たる神器は、それそのものが神の一部といえるもの。そして、神の巫女の末妹――「奏姫」たる愛梨は、全ての神器を使う力を持っている

 一つ持っているだけで隔絶した力を得ることができるが、誰もが使うことができるわけではなく、一つ使えるからと言って他のそれが使えるわけではない神器の全てを使うことができる奏姫(愛梨)だからこそ可能となるこの権能こそ、「神器の同時並列行使」。複数の神器を操る奏姫にのみ許された力だ


(やはり、恐るべきは奏姫の能力ということね……もし、彼女が全ての神器を集めたならば、その存在はある意味で真の(・・)絶対神に最も近くなる(・・・・・・・・・・)。この資質は他の巫女にはないものだわ)

 交わることなくしかし一つの力の内に同在する白と黒の力によって、高まった神能(ゴットクロア)を共鳴させる愛梨達の姿を見るミスティルは、その双眸に怜悧な光を宿す


 神位第一位である二柱の神「創造神・コスモス」と「破壊神・カオス」が絶対神であるというのは間違いではない。

 だが、実はその二柱の神の前には本当の(・・・)絶対神がいる。かつて、この無すらなかった世界に最初に誕生した一つのもの――それが真の絶対神。そして、その存在が二つに分かれたことで生まれたのが、創造神と破壊神の絶対神だとされている


 絶対神から生まれたのが、神位第一位たる「絶対神」。そして、その絶対神から生まれたのが「神」と「異端の存在」と「神器」。神から生まれたのが「全霊命(ファースト)」と|「世界」。そして世界から生まれたのが「半霊命(ネクスト)」――


 即ち、突き詰めて言えば、この世界にある全てのものは「絶対神のユニット」であるといえる。


 そして、神の力の断片である神器をすべて集めるこということは、神の力の欠片を得るということ。すなわちそれは、神格を除けば絶対神に近しい能力と権能をその身に従えることを意味していると言っても過言ではないのだ


(一体、今いくつの神器を揃えている……?)

 二つの神器を同時併用する愛梨を目の前にしたツェルドは、その力の底へと意識を送りながら平静を装った顔の下で渋面を作る


 愛梨は戦いを好まず、愛梨は神器を集めているわけでもなければ、その力を使ってなにかをしようとしているわけではない。

 だが、十世界の者達は愛梨を守るためにその力を与えている。結果、愛梨の手元には決して少なくない神器があるはず。その最大の力は未知数だが、その事実は少なくとも現状において愛梨と言う存在に対する危険認知をさらに引き上げるには十分すぎるものだった


「だが……」

 しかし何より、この場にいる三人の聖人の原在(アンセスター)が同時に抱いているであろう共通の認識をワイザーはその心中で確認する

(ここまでしても退くつもりがないのか……)


 「恒久的平和」を求めているだけのことはあり、愛梨は戦いを極力避けようとする至高の持ち主であることは九世界全ての者が認識を一つにするところだ

 刃を向けられたなら、己の命や仲間を守るため以外には戦わない。戦うにしても決して相手を殺さない。今回のような案件ならば、戦意と刃を向けられた時で一言残して一時撤退するのがこれまでの愛梨、そして十世界の行動の常だった

 だが、今回は違う。刃を向けられようと、対話を拒まれようと、愛梨は戦う姿勢を見せることで、確固たるその意思を示していた


「よほど、聖浄匣塔(ネガトリウム)の奥が気になるようだな」

 先に語っていた来訪を目的を口にし、どこか挑発的に聞こえるように言ったワイザーの言葉に、愛梨は厳かな声音で応じる

「そうではありません。それもありますが、それだけではないのも本心です」

 自身が神器を使ってまで戦う意思を示したのは、ただ目的のためだけではないことを穏やかに断言した愛梨は、ワイザーとミスティル、ツェルドの三人に視線を向けて言う

「力ある者を対話の席に導くには相応の力がいる。などというつもりはありません。ですが、言葉だけで届かないのなら、想いだけで伝わらないのならば、分かり合うためにあなた方の心の壁を通るものが必要になります」

「それが、その〝力〟か? 正論ではあるが本末転倒だな。恒久的平和世界が聞いて呆れる。結局は力で語り合うのだからな」

 力を纏って心で訴えかけようとする愛梨のその言葉に、ワイザーは嘲るように一蹴する


 力ある者にとって、歯牙にもかからないほどの者の声はとその力の差の分だけ遠い。まして、国や世界といった大きな集団に個人の声を届けることは難しい

 力ない一つの意志で世界が動くことは無く、まして変わることなどあってはならない。声が届くことと、その声が形になることには雲泥の開きがある。それが異なる価値観をもつ者同士であるならばなおのことだ


「返す言葉もありません。言葉で思いは簡単に伝わらない。力で心が繋がり合うことは容易なことではありません。私は私の理想を叶えたいと考えていますが、私はそのために大切な仲間を失いたくないと考えています

 ですが、それはあなた方も同じはずです。ただ正しくあり続けるだけでは、正義が他人の心を揺さぶることはできないはずです」

 ワイザーの言葉にわざとらしく肩を竦めて苦笑して見せた愛梨は、その凛とした眼差しで眼前に立つ仲間たちと相容れない正義を持つ聖人達を交互に見比べる

「私の言葉や想いでは全ての人の心を変えるには至りません。そして、いかに強い力を振るって勝利を得ても、打ち倒した人の心を自分のものにすることはできません。言葉と力の一方だけで心に響かないのならば、その両方を用いるだけです」

 自身の胸に手を添え、二つの神器によって全霊命(ファースト)の最高位さえ脅かすほどの神格を得た愛梨は、強い意志を宿した瞳でワイザー達を射抜く

「正義を伝えるには心が必要です。同じように私は、私の誠意をこの力に乗せてあなた方に訴えかけたいのです

 私達を見てください。私達は異なる存在であってもこうして心を通わせ、力を合わせることができます。最初から全てを成すことは難しいかもしれませんですが、一つずつ、ゆっくりと確実に積み重ねていけば、きっと世界は変えられる。――私はそう信じています」

 全幅の信頼と確信が込められた声でそう言った愛梨は、自分を守るために戦ってくれる仲間達に深い感謝と友愛の意思が込められた視線を向けて、その心の内にある想いを吐露する


「私は、とても贅沢で欲張りなんです。この世の全ての人が幸せになれるよう、その命と心の全てを守りたい!」


「……甘い毒だな」

 愛梨のその言葉に視線を伏せて応じた天支七柱の一人――「ツェルド」は、燭台槍を構えるとそこに自身の理力を纏わせて地を蹴る

 もはやこれ以上の問答は無用とばかりに戦闘へ入ったツェルドは、その神格が許す限りの神速を以って愛梨に肉薄すると、輝く光を刃の内側で燃やす燭台槍を最上段から袈裟懸けに振り下ろす

「!」

 文字通り全身全霊を込めて放たれたツェルドが放った渾身の斬撃は、しかし愛梨に届くよりも早く横から伸びてきた死紅魔(シグマ)の黒刃大剣によって阻まれていた

 二つの神器によって先程のまでとは比較にならないほどの神格を得た死紅魔(シグマ)の刃は、最も神に近い全霊命(ファースト)たるツェルドの斬撃を受け止めるほどの力へと至っているのだ

「――チッ」

(ここまで……)

 力に込められていた意思が顕現し、空間を軋ませながら大地と大気を震わせる中、苦々しげに舌打ちをしたツェルドは、知覚と本能が訴えてくる警鐘によって反射的に飛び退り、横から伸びてきたシャリオと紅蓮の斬撃を回避する

 原在(アンセスター)たるツェルドの神格を持ってさえ、紙一重で回避することが限界だった二つの斬撃は、その腹部をわずかに掠めて、一筋の切り傷と共にわずかな血炎を零させていた

「逃がすかよォ!」

 だが、攻撃はそこで終わりではない。シャリオと紅蓮、そしてラグナによって放たれたさらなる神速の追撃がツェルドへと迫る

 光力、魔力、光魔力――全く異なる三つの力が打ち消し合うことなく迫り、今まさにツェルドをと合えようとした瞬間、それを遮るように横から飛来した真紅の円盤が壁となってそれを遮る

「……!」

 自身の前に現れた円盤が盾となって三つの攻撃を受け止め、理力を含めた四つの力を散らすのを見たツェルドは、一旦距離を取ってその視線をミスティルへと向ける

 まるで彫刻のように毅然とした凛々しい姿でその場に立つミスティルが手に握っている槌杖からは、先程まではあったはずの右側の槌部分が消えていた

「礼には及びませんよ」

 天秤を思わせる純白の槌杖から伸びる光の糸が、先程自分を守ってくれた円盤へと繋がっているのを知っているツェルドは、ミスティルの淡泊なその言葉に小さく笑みを浮かべて見せる


 ミスティルの武器である槌杖は、その槌の殴打部分を光の糸で繋いだ投擲型の打撃武器として使うことができる

 さながら天秤の皿のように杖本体から離れるそれは、通常の打撃武器としてはもちろんのこと、先程のように防御にも用いることができるのだ


「ですが、この状況は少々厄介ですね。今のままでは、形勢はかなり不利だと言わざるを得ないでしょう」

 ツェルドを守ったミスティルは、その表情を一際険しくすると、今や原在(自分達)にさえ匹敵する神格を得ている愛梨達十世界の面々を双眸に映す

「一気に行くぜ!」

「待て」

 愛梨の神器によって得た桁外れの神格がもたらす力に興奮する紅蓮が魔力を放出するのを、死紅魔(シグマ)が大剣で遮る

「我々の目的は戦うことではない」

「――ッ」

 淡泊な声でそう言った死紅魔(シグマ)の金色の視線を受けた愛梨が頷くの見た紅蓮は、不満の色がありありと浮かんだ表情で顔を背ける

 その態度で不服を表現しながらも、決して口にはしない紅蓮からワイザー達へと視線を動かした愛梨は、穏やかな口調で語りかける

「私達は戦いを望みません。ですから、どうかあなた達の正義と私達の想いを交わす対話の場を設けていただけないでしょうか?」

「言ったはずだ。お前達と交わす言葉などないと」

 しかし、愛梨の呼びかけを斬り裂くように蛮刀を一閃させたワイザーは、低く抑制された声で断じる

 その巨体から放出される理力を、二つの神器を前にしても一向に翳ることのない純然たる意志で染め上げたワイザーは、誰からともなく地を蹴って愛梨へと向かっていく

「ムンッ!」

 全霊命(ファースト)として発現しうる中でも最速に近い神速で肉薄したワイザーは、全霊の理力を込めた斬撃を横薙ぎに放つ

 だがその刃は、先程のツェルドと同様に死紅魔(シグマ)の刃によって防がれ、更にシャリオの大剣、紅蓮の太刀、ラグナの斬馬刀による攻撃が一斉に放たれる


 しかし、当然ワイザーも同じことを繰り返しているわけではない。三人が刃を放とうとしたその瞬間に、左右へ移動していたミスティルとツェルドが、愛梨へと武器を振り下ろす

 輝く光を刃の中に灯す燭台槍による斬撃と、十字の天秤槌杖による打撃が炸裂し、理力の爆発を以って愛梨達を呑み込む

 容赦や加減のない文字通りの正義の鉄槌が下され、ワイザー、ミスティル、ツェルドの三人の理力が天を衝く光の柱となって吹き荒れた


「――ッ」

 しかし、その理力の光は内側から生じた黒と白を同時に内包する力に絡め取られ、その力の脈動に呑まれていく

 取り込まれた力が、愛梨の両手中指に装着された指甲型の神器へと吸い込まれていくのを見た三人の聖人は、この現象の原因を正しく理解して距離を取る

「なるほど。外部からの力も、共鳴させて取り込むことができるのか……ますます、光魔神の太極(オール)と同じだな」

 一旦距離を取ったワイザーは、目の前で起きている現象の理由を正しく洞察して苦々しげに言う


 愛梨の両中指を覆う指甲の神器――「神全界(ウルグニマ)」は、異端神円卓の神座№1「光魔神・エンドレス」の神力に類する能力を持っている

 存在や種族さえ異なっていようが、互いの存在、神能()を共鳴させてその力を高める太極の力は、味方の力を高めるばかりではなく、相対する者が放った力までをも一つに束ねて取り込む力を持っているようだった


神器(それ)に、他人の心まで一つにする力があればよかったんだろうがな」

「そのようなことはありませんよ。そんな力に頼って一つになった心に意味などありません。私は、平和な世界を目指していますが、その結果よりもそれを成した人々の想いを重視したいと考えているのです」

 皮肉混じりに言ったワイザーに答えた愛梨は、戦意がないことを示すようにその場から動くことなく、あくまでも身を護ることに徹しながら話を続ける

「人が人を想い、痛みを分かち合い、武器ではなく心で語り合うこと。――平和を作るのではなく、お互いの大切なものを共有し、守り合うことができれば、きっと世界は優しくなれます」

 一言一言噛みしめるように想いを込め、愛梨は慈愛に満ちた笑みを浮かべて言葉を紡ぐ

「たとえ今すぐに分かり合えなくても構いません。ですが、考えることを、思いやることを忘れてはいけないと私は思っています

 私達が何を守りたいのか、失くしてしまうもの、戻らないもの、大切なもの……それを一つずつ数えて、伝え合い、分かり合いましょう。心が一つにならなくても、私達はお互いに慈しみ、思いやることができるのですから」

 十世界の理念も、九世界の正しさも、夢想も、現実も強者も弱者も、勝者も敗者も――平和という終着点ではなく、そこへ至る心を共有することを心から願って愛梨は嘘偽りのないその想いを心から訴えていた


「その考えが間違っていると言っているんだ、奏姫」


 しかし、その愛梨の優しい訴えに対して返されたのは、ワイザーが発した冷淡で酷薄な言葉だった

「確かに、正しさだけでは全てのものを守り、救うことはできないだろう。正しいことがあるということは、悪しきことがあるということでもある」

 互いに想い合う心を説く愛梨を切り捨てたワイザーの言葉は、苛烈なまでの正義感と自身の責任の重さを重んじるものだ


「だがそれは優しさなどではない。ただ自分に甘いだけだ」


 確かに法は正義だが、その法律が全ての人を守ってくれるわけではない。弱い者、時には自分の大切な人のために法に背いてしまう人がいることも紛れもない事実だ

 法を破ることは悪であり、罪である。だが、法を破った者が必ずしも間違っているわけではないことは誰もが知っていることだ

 だが、それを罪の免罪符にしていいはずがない。中には己が短慮で破った者もいるだろう、やむを得なかった者もいるだろう。同情に値する理由をもつ者もいるであろうし、そうではない者もいる

 法を破る理由は様々だ。だが、破られた罪に対する咎は正しくあらねばならない。それが法を守るということだ


「お前の言う優しさは、正しくあろうとするものの意思を踏み躙る暴力に過ぎない。それを、もっともらしく語るお前達が話し合うなど、おこがましいにもほどがある!」

 道を過つ者がいるように、道を守り続ける者がいる。法を守っているからといって、彼らに現況の法に対する不満がないわけではないはずだ

 誰もが当たり前のように気翼正しく生きようとしているというのに、そこからはみ出た者のためにただ無償で全てを許しを与えるのは、彼らに対する冒涜でしかなかった

「故に、我らに下がるという選択肢はない。我らは法を守ると同時に、それを守り続けている者達の誇りを守っているのだ!」

 ワイザーの蛮刀が閃き、ミスティルの槌杖が唸り、ツェルドの燭台槍が煌めく。最強の聖人達の全霊の斬撃は愛梨に届く前に、世界を越えて繋がり合った仲間達によって阻まれて守られる

 全霊命(ファースト)の中でも最高峰であろう神速で移動しながら各々の武器がぶつけ合うことで相殺された力の波動がうなりを上げて聖人界という世界を呑み込んでいく

「対話とは、戦いを避ける術だ」

 刹那の間に無限にも等しい斬撃を交わし、力の火花をぶつけ合うワイザーは相対する死紅魔(シグマ)ではなく、愛梨に言葉を投げかける

「戦いになれば、勝者は全てを得られる代わりに敗者は全てを失う。なればこそ、我らは〝対話〟するのだ。

 全てを失うか全てを手に入れるよりは、一を失っても己の尊厳と命を守るために――故に、平和とは力によって生まれるものだ。そして、だからこそ、我らに対話はあり得ない」


 戦いとは、己の全てを賭けることだ。だが、やはり命が惜しいのは誰でも同じ。死が恐ろしいのは誰でも同じこと

 だからこそ、戦いを避ける選択として対話がある。「全てを失うよりは」と、小さなリスクを許容して相応の者を守り、時にはそれに見合った対価を得る

 対話とは、力が拮抗しているもの同士で行われるもの。そこに圧倒的な差があるならば、対話は必要がない。そして、何一つ譲れないならば、そこに対話の余地はない


「違います! 勝った負けたの話ではありません。私が求めるのは――」

 理想と正義の間に歩み寄る余地がないのだと言うワイザーの言葉に、愛梨は互いの意思の意味するところの違いを訴える


「お前が言うそれに、強者の幸福が……正しく生きている者の心は組み込まれているか?」


 正しく互いの言い分を理解していながら、噛み合っているようで微妙にずれた話を正そうとする愛梨の言葉を遮ってワイザーの抑制された声が重々しく紡がれる

 渾身の力で刃を叩き付け、理力の火花を散らすワイザーの言葉が愛梨の身体を叩く

 決して声を張り上げているわけではないというのに、ワイザーのその声は、まるで鉛を溶かしこんだような質量を愛梨に感じさせるものだった

「強者は幸せだと誰が決めた!? 正しいものが苦しんでいないと誰が言った!? いかな理由があるとて、過つた者のために正しい者が身を切るのが是というか!? 弱者のために強者が労して手に入れたものを与えることが当然だというか!?」

 抑えていたものが噴き出すように、語気を強めて行ったワイザーは刃を振うと、その巨体で愛梨に射抜くような視線を叩き付ける


「お前の優しさに、正しさはあるか!?」


 確かに愛梨の言うように、正義や法が全てを守るわけではない。どこかで誰かを犠牲にして苦しめていることはワイザー達も否定しない

 だが、法を守っている者が苦悩していないと思うのは、そこから零れた者による歪んだ思い込みでしかない。己の不幸を己で憐れみ、あいつらはそうではないのだという一方的な決めつけで同情を誘っているだけでしかない

「正義の裏に悪がある。ならば、平和の裏には戦があり、優しさの裏には甘えがある。そのすべてを否定はすまい。だが我々はなによりも、誰よりも厳しく己を律していなければならない」

「例え、今目の前に傷つき、悲しんでいる人がいたとしてもですか? 法はそういうものだから、諦めて享受するべきだと仰るのですか?」

 己の半分ほどの身の丈しか持たない死紅魔(シグマ)と斬り結びながら断じるワイザーと視線を交錯させた愛梨は、許容できない想いを内包している静かな声で問いかける


 正しいがゆえに悪があるように、平和を求めるがゆえに戦が生まれることもまた道理。全てのものを拾えず取り零してしまうことは否めない

 だが、その零れた者の嘆きに――正しくあることができず、罪を犯した者のそれに同調し、耳を傾けることに対して二人の意見は真っ向から対立していた


「それが、罪であるならばやむなし。罰を与えずして罪を知らしめることなどできはしない」

「それが例え、己に責任がないことだとしてもですか?」

 罪を犯した者が罰を受けねばならないのは間違いない。だが、混濁者(マドラス)のように本人には咎のない罪もある

 それを全て同一のそれとして捉えるのかという愛梨の詰問に、ワイザーは最上段からの斬閃によって死紅魔(シグマ)を退けると、揺るぎない意志の込められた声で応じる

「そうだ。罪は罪。それこそが、法による罰の存在の証明だ」

「そんなこと……」

 本人が罪を犯していなくとも、許されざるその存在があることこそが、罪と罰の在り方であることを説くワイザーの言葉を容認できない愛梨は、それに対する異議を含んだ声を発する


 盟主たる愛梨の意思を汲んでいる十世界の面々は、相対する聖人達を殺そうとはしていない。あくまで、その刃が届くことがないように立ちはだかり、その言葉が届くようにしている

 だからこそ、愛梨とワイザーの会話は成立し、同様にツェルドとミスティルも余裕を以ってそのやり取りに耳を傾けることができる


「分かっただろう? 我々は平行線だ。故に交わることは無い。貴様の理想と世界の正義は、どちらかがどちらかを滅ぼさない限り実現しない」

 しかし、その愛梨の言葉を一刀の下に断じてそう続けたワイザーは、法の正義を脅かしかねない情を振り翳すことに対する敵愾心を露にしていた


 法も心も、叶うことならば誰もがその恩恵御もとに幸福であれればいいと願われている二のは間違いにあ。だが、一人一人の心が、愛がその願いに反してしまう

 それを割り切って許容するワイザーと、悩んでも全てをに手に入れようとする愛梨の想いが、刃ではなく心の火花を散らす


「ならば、あなた方のしていることは何だというのですか? 他の世界を欺いて聖浄匣塔(ネガトリウム)の最下層に捕らえている彼女(・・)も、あなた方の正義だというのですか!?」

 正しくあろうとする聖人達の願いは、十分に愛梨に伝わっている。だが、その反面その正しさが見せているわずかな歪さを知ったからこそ、愛梨はこの世界にやってきた

「――それは……」

 愛梨に問いただされ、初めてその鉄面をわずかに揺らしたワイザーが口を開こうとした瞬間、それを遮るように空間の扉が二つ(・・)開かれる


『――ッ!』


 それを見て、その場にいる全員が息を呑む中、同一世界の空間を繋ぐ二つの時空門の中から、現れた者達がその戦場を見渡す


「マキシム」


 片方の時空門から現れた天支七柱の長の姿にワイザーをはじめとする三人の聖人達が目を瞠る傍ら、もう一つの門から現れた複数の人物の中心にいる人物を見て愛梨が呟く


「光魔神様」


 その視線の先では、神魔、桜、クロス、マリア、瑞希、リリーナ、ウルトと共に現れた光魔神(大貴)が、左右非対称色の視線でその戦場を見ていた





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