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魔界闘神伝  作者: 和和和和
聖人界編
193/305

大聖廷(レゲスキウム)






 聖人界。九世界で唯一、神格によって引き起こされた事象創造を永続して発動させことができる「理力」と呼ばれる神能(ゴットクロア)を持つ全霊命(ファースト)――「聖人」が支配する世界。


 聖人界を支配する「聖人」は、九世界の中枢たる九つの世界、その中で全霊命(ファースト)が支配する八つの世界の中で唯一議会制の民主政治を敷いている

 この世界で最も正義を愛し、法と秩序を重んじ、光の存在としての誇りを掲げる聖人、そして聖人界が保有するのが、九世界唯一の全霊命(ファースト)専用の牢獄――「聖浄匣塔(ネガトリウム)」だ。


 そこに捕らえている罪人には聖人もいるが、それよりも圧倒的に他の全霊命(ファースト)達の方が多い。


 聖人達は定期的に世界の狭間などへと進軍し、罪を犯した存在を容赦なく蹂躙しては捕らえて法の裁きを下す

 そうして聖人界の法廷で判決を受けた者達が収監されるのが「聖浄匣塔(ネガトリウム)」と呼ばれる監獄だ


 そこに入れられる罪状は様々だが、主に聖人を殺した者、異存在と交わった者――即ち混濁者(マドラス)や、禁忌を犯したその両親などが大半を占めている

 そこで執行される正義と法、罪状と量刑の全ては、聖人の〝正義〟によって決められている。そこに他世界が異論を挟む余地はなく、出身世界への事情説明や身柄の引き渡しなども行われることは無い



 その場所で行われるのは、あくまでも聖人の聖人による聖人のための「正義執行」。九世界の法を執行する場所でありながら、決して自分達以外の存在の裁きを許さない聖域。

 聖人の心と力がなければ生まれなかったこの大聖廷(レゲスキウム)こそ、聖人という存在と、聖人界という世界の在り方を最も強く反映させ、表した場所といえるだろう





「――ここが大聖廷(レゲスキウム)か」

 スレイヤに案内され、連れて来られた建物を見て、ここに来るまでに神魔とクロス、リリーナから思念通話を介して得た情報を思い返しながら、大貴は重い口を開いて独白する


 その眼前にそびえ立っているのは、周囲に立ち並ぶ建造物と同じく、穢れのない純白亜で形作られた神殿のような荘厳な建物だった

 聖人の身の丈に合わせて作られた十メートルを超える巨大な門を備えた円形の建造物は、周囲の建物の中でも、かなり大きなものであり、法と正義を執行する重い責任と重厚な意思を内包しているような堂々たる存在感を以ってそこに鎮座している


「では、まいります」

 背後に一瞥も向けることなく、淡泊に言ったスレイヤが近づくと、白亜の神殿は誰もいないにも関わらず、一同を歓迎するようにその巨大で重厚な扉をゆっくりと開く

「うわぁ……」

(凄く綺麗……)

 大貴達と共にその扉をくぐった詩織は、そこに広がっている光景を目の当たりして思わず感動にも似た感嘆の声を漏らす


 大聖廷(レゲスキウム)の中は、城、あるいは神殿といってもなんら遜色のない神々しさと荘厳さを兼ね備えたものだった

 床一面に真紅のカーペットが敷かれ、天井にはシャンデリアに似た光源。その光によって照らし出される白亜の室内は輝いているように白く、窓と壁に取り付けられたステンドグラスから入り込む極彩色の光が絶妙に調和し、幻想的な光の世界を実現していた


「ここは、聖議殿(アウラポリス)の中で唯一、穢れた存在が正門から入ることを許された場所です。正門から続く、この浄罪の道を通りながら咎人は己が罪を食いあらため、光の捌きへと向かうのです」

「……」

 飛翔による移動を終え、真紅のカーペットを踏みしめたスレイヤが歩きながら言う言葉に、その後ろ姿を見るリリーナ達がわずかにその柳眉を顰める

 その視線や表情には、大貴を含めた客人達を罪人のように扱うことに対する不満や抗議の念が現れていたが、一同はそれを懸命に押さえつけて前を行くスレイヤに続いた


 スレイヤの言うように、正義を愛する聖人が支配する聖人界において、彼らの言う穢れた存在――闇の存在や、法を犯した咎人がその領域に入ることは許されていない

 だが、唯一それを許しているのが罪人を裁く、この「大聖廷(レゲスキウム)」だ。そういった場所だからこそ、闇の全霊命(悪魔)や、悪意の眷属(詩織)が招き入れられたのは明白だった


(俺達は穢れた存在ってわけか)

《聖人の裁判なんて、聖人の正義を満たすだけのものだよ。九世界の法と照らして間違ってるわけじゃないけど、自分達が裁いて決めなきゃ気に入らないみたいからね――ま、要は大げさで大仰な私刑ってわけだよ》

 そんなスレイヤ――というよりは聖人界の思惑と意思を感じ取って内心で辟易する大貴の脳裏に、隣を歩く神魔から思念通話が届く


 大聖廷(レゲスキウム)で執行される聖人達の正義に関しては何一つ間違っていない。天界をはじめとする光の世界はもちろん、魔界などの闇の世界に用いられている九世界共通の法に則したものだ

 故に聖人達が執行する正義は、九世界から見ても正しいものだ。ただ聖人たちは、全ての(・・・)罪を自分達が裁くことを重んじている


「ここから先は神聖な法廷です。くれぐれも粗相のないように」

 真紅の絨毯を踏みしめながら先頭を歩くスレイヤの言葉に、背後を歩く大貴達は不満を押し殺した沈黙によってそれを肯定する

 光が交錯する純白の廊下を進んだ先には、正門のそれよりも意匠に優れた二つ目の白亜の扉が佇んでおり、スレイヤが近づくと待ちかねていたかのようにゆっくりと左右に開いていく


 純白の石で形作られたかのような扉が開き、その中からあふれ出す光の中へと進んだ大貴達は、瞬き一つほどの時間で、この大聖廷(レゲスキウム)の中心たる法廷へ招き入れられていた


「――っ」


 大聖廷(レゲスキウム)の中心室内正門の廊下から伸びる道は、部屋の中央まで伸びており、そこには通路よりも一回り大きな円形の床に、柵で囲われた証言台のような場所がある

 その前には底が見えないほどに深い床の裂け目があり、それを挟んで扇状に広がっている審判の席が高く連なっていた


「これはまた、大層なお出迎えだね」

 罪人を裁く法廷であるがゆえに、自分達がいる通路の先にある一角が最も低い場所になっている。周囲にある扇形の席に、百人はいるであろう聖人たちが高みから見下ろすように座しているのを見て、神魔が皮肉気に笑う

「……っ」

 三方向から注がれる穢れた者を見る様な冷たい聖人たちの視線に居竦んだ詩織は、身を隠すように神魔に寄り添う

 半ば無意識にそうした詩織の心中を察したのか、桜と瑞希は少しでも聖人たちの視界に映らないようとその身体を使って壁となる位置に立つ


「どうぞ先へ。私はここまでですので」

 一歩脇に移動したスレイヤが、軽くその手で通路の先に在る証言台のような場所を示して大貴達に自分達でそこへ進むように促す

「参りましょう」

 ここで問答をするのも無意味だと判断したリリーナが小さく息をついて歩を進めると、それに大貴達も無言で続く


 決して長くはないが、短いともいえない距離を歩く大貴達に向けられるのは、周囲に座る聖人達からの淡泊な視線。

 九世界の歌姫として多くの者から慕われるリリーナや天使であるクロス、マリアには多少なりとも好意的なものが向けられているが、悪魔である神魔、桜、瑞希には良くて無関心、敵意や嫌悪の視線が送られている

 そこを歩く大貴には、幾分か好奇の混じった蔑むような冷ややかな視線、悪意の眷属である詩織には明確な嫌悪が宿ったものが送られていた


(ったく、やな気分だ)

 好意的なものがほとんどない視線にさらされ、針の筵のような気分になって内心で辟易する大貴を横目に、クロスは聖人達の視線の意図を想像して嘆息する

(単純な闇より、半分混じってる大貴の方がお気に召さないってわけか。光魔神の眷属の人間の方はこんなに嫌っていなかった気がするが……やっぱり、全霊命(ファースト)だからか?)


 完全な「闇」の存在である神魔達に〝光〟の執行者として聖人が向ける感情は、正しく純粋な敵意。だが、半分光半分闇の力を持つ大貴に向けられる聖人の視線は、おそらくは、光の力を持っていながら、闇の力をも持っていることに対する生理的嫌悪感に近いものが宿っているように思われた

 当然、聖人界も光魔神を祖に持つ人間、そして九世界の一角を担っている人間界ともつながりがあるわけだが、こういった敵意を向けられたという話は聞いたことがない。

 おそらく、半霊命(ネクスト)には光と闇の力をもつ者も少なからず存在することもあって、人間には無頓着だったのだろう


「よく来たな。異世界の客人達よ」

 リリーナに先導された大貴達が証言台に立つと、真正面にそびえている巨大な席の中央に座っている男が口を開く


 オールバックにされた金色の髪に、雄々しさを内包する理知的で精悍な顔立ち。白を基調とした金色の縁取りが施されたコートの上に、同系色の鎧が胸や肩に装備されている

 巨人という存在の特徴である三メートルを超える背丈も相まって、荘厳な存在感を感じさせるその男は、地に深く根を張った大樹のような重厚な威圧感を以って刃のように鋭いその視線で大貴達を見据えていた


「私が、この聖人界の代表を任されている『シュトラウス』だ」

 そう言って自らの名を名乗った男――「シュトラウス」に応じ、リリーナが恭しい所作で頭を下げる

「ご無沙汰しています界首様」

(こいつが界首か)

 リリーナが合図するのを横目で確認した大貴は、その左右非対称色の目で眼前にそびえ立っている座席に鎮座するこの世界の代表者を見上げる

(目の前で知覚する限り、飛び抜けて強いってことは無いな。ってことは、実力(それ)以外で選ばれた王ってわけだ。この中で桁外れに強いのは、あいつとあいつ――)

 神能(ゴットクロア)の神格の強さを把握する知覚能力によって、この場にいる全員を捉える大貴は、高い座席から自分達を見下ろす聖人界の長「界首・シュトラウス」を見て、心中で分析する

 天界でもそうだったが、光の世界は実力だけで王を選ばない。シュトラウスから感じられる神能(理力)の強さは、そこまで強くはないことから、この聖人界の長は神格の高さで選ばれているのではないと想像することは難しくなかった


 今この法廷にいる人物を知覚する限り、明らかに他と隔絶する強大な力を持っているのは二人。


 界首(シュトラウス)の背後――大貴達から見て正面に当たる場所に座っている聖人たちの中心にいる女性と、シュトラウスの後方にある扉の前に佇んでいる男だ


(この力の大きさから考えて、あの二人が聖人の原在(アンセスター)ってやつか)

「女性の方が『ミスティル』様。男性の方が『ワイザー』様。聖人の原在(アンセスター)である天支七柱に数えられる方々です」

 大貴がその人物達に視線を向けたことに気付いたのか、さりげなくその隣りに移動したマリアが声を潜めて言う

「……!」

(やっぱりか。それに、「ワイザー」ってのは、確かこの街を作ったって奴だったな)


 中央の席に座っているのは、白いファーで縁取りされた純白の頭巾(ウィンプル)に似た被り物から輝くような薄翠色の長い髪を胸元まで垂らしている聖人の女性――「ミスティル」。

 白を基調とした司祭服に似た霊衣に身を包み、そこから覗く美貌は聖母のような慈悲深さと、愛する者を守るために振るわれる無慈悲さが同居しているかのよう


 そして、先程ここに向かう際中でこの聖議殿(アウラポリス)を作ったと言われた「ワイザー」は、逆立った金色の髪に白を基調とした鎧と兜を付けた青年だった

 細身ながら引き締まった体型を強調するような霊衣に身を包み、界首であるシュトラウスの背後で腕を組んで佇み、大貴達に敵意よりも警戒心が強く滲み出た鋭い視線を向けているその姿は、界首の護衛なのではないかと想像させる


 この二人こそ、神から生まれた最初の七人の聖人――「天支七柱」の一角を占める二人の聖人だった


 リリーナとシュトラウスが社交辞令的な挨拶を交わすのを意識の端で聞きながら、大貴がこの場にいる聖人達に意識を向けていると、空間が揺らぎ、そこから空間を転移してきたらしい新たな巨人が姿を見せる

「遅くなったな」

 シュトラウスの背後――護衛として控えているらしいワイザーの隣に現れたその人物を見た瞬間、大貴はもちろんの事、その場にいた全員が息を呑む


「――っ!」


 そこに現れたのは、金色の縁取りがされた純白の全身重鎧に、水晶のような角がついたヘルムを身に纏うワイザーより一回りは大きな体躯を持つ精悍な顔立ちの偉丈夫だった。

 開いた兜面から顔をのぞかせた男がファーのついたマントを揺らして佇むその姿は、威圧感と荘厳な覇気に満ちており、まるで神殿のような神々しさを抱かせる


(あいつ……強いな)

 新たに現れたその聖人の理力を知覚し、息を呑む大貴の傍らで神魔が小さな声で驚きを禁じ得ない様子で独白する

「驚いた。あの人が出てくるんだ……」

「?」

 周囲の聖人には聞こえないように配慮された小さな声で良い、桜と視線を交わしている神魔の様子に首を傾げた神魔の様子を見る大貴に、マリアが小さな声で囁きかける

「あの人は、天支七柱筆頭『マキシム』様。初代聖人界王だった方で、現在は聖浄匣塔(ネガトリウム)を作り、維持しておられる最強の聖人です」

「……!」

 マリアの囁くような声で語られた事実に、大貴は驚きを禁じえずにその目を瞠り、新たに出現した全身白鎧の騎士――「マキシム」を左右非対称色の双眸に映す


 聖人は、今でこそ民主制を取っているが、当初は王によって統括される世界だった。そして、その際に初代聖人界王を務めたのが、聖人の原在(アンセスター)――天支七柱の中で最強を誇った第一の聖人「マキシム」なのだ

 そして、このマキシムの理力によって九世界唯一の全霊命(ファースト)専用牢獄「聖浄匣塔(ネガトリウム)」を作り出し、維持している監獄の支配者でもある


「話を続けてくれ」

 少し遅れて到着したマキシムに視線を向けられたシュトラウスは、それに沈黙を以って答えるとその視線を大貴達に戻す

「さて、リリーナ様。早速本題に入らせてもらうが、十世界に属する者を擁しない我らに、貴殿らは何を求めるのか、教えてもらえるか?」

 世界としての体面的な意味でのものなのか、あるいは個人的にも敬意を抱いているのか、シュトラウスはリリーナに対しては棘のない柔らかな口調で語りかける

「はい。まずは光魔神様に九世界の事を知っていただくことが一つ。そのためにも、この世界にしばしの滞在を許可いただきたく存じます」

 闇の存在を始め、この世界の者達を魅了する透明感のある清らかな美声でその問いかけにリリーナが答えると、不意に横から野太い声が割り込んでくる

「少しいいか?」

 九世界で唯一の議会制民主主義を敷くだけあってか、発現する際に軽く腕を上げて許可を求めているのは、大貴達から見て右側の席に座っている男。

 黒みがかった褐色の肌に、鬣のような白い髪と髭を蓄えたその男は、筋骨隆々とした体躯も相まって他の聖人よりも一回り大きく感じられるほどの威圧感を放っていた

「あらかじめ確かめておきたいのだが、光魔神殿は覚醒した際には、十世界と英知の樹(ブレインツリー)などを滅ぼすつもりがおありか?」

 皮肉なのか、「殿」の部分を強調して言った褐色の肌の男は、重厚感と鋭利さを併せ持つ眼光で大貴を捉えて問いかける

「あの方は、『オーヴァン』様。聖人界の議会を構築する三つの政党の一つ『軍党院(デクストラ)』の党首を務めるお方です」

 その声に視線を向けた大貴の耳に、マリアがそばだてる様な声で囁く

 思念通話を使わないのは、話している内容こそ聞こえないが、微妙な神能(ゴットクロア)の波長でそれを感じ取られてしまうため、それを知覚されて不用意に聖人達をを刺激するのは得策ではないというマリアの配慮によるものだった

軍党院(デクストラ)……か)

 その言葉を聞いた大貴は、自身に注がれるオーヴァンの視線を真正面から受け止めてその問いかけに答える

「今は、まだ決めてない」

「……」

 今はまだ不完全な自分が完全な光魔神となったときにどうするのか――九世界に味方するとして、十世界や英知の樹(ブレインツリー)といった相容れない者達と戦い滅ぼすのかはまだ分からない

 沈黙を回答としているが、わずかにひそめられたオーヴァンをはじめとする大半の聖人達の眉が不服を表明しているのを見て取った大貴は、それに対する答えを続ける

「ただ、だからって(今の)世界に敵対しようとかも思ってはいない――それに、〝異端神らしく、本当の神にはできないことをやってみる〟ってある奴と約束したからな」

 大貴は十世界のやり方が正しいとは思っていないが、間違っているとも思わない。それがこれまでいくつかの世界を回り、出会い、戦ってきた者達との経験を経て出した答えだ

 神に作られながら、神によって定められた世界の運命と理想と現実の中で翻弄され苦しんだ真紅との約束を思い返しながら、大貴は自身に誓った意思を返す


「随分と曖昧な答えなのですね」


 その時、大貴が視線を向けていたオーヴァンがいる席とは反対の方向から、穏やかな男性の声が届けられる

 その声に視線を向けた大貴が見たのは、証言台と大地の穴を隔てて広がっている扇形の席の左側先頭に座っている髪の長い中性的な男性だった


 その額と耳に金色の円環を嵌め、背の中ほどまではあるであろう淡い水色の髪を揺らめかせている青年は、机に両肘をついて大貴達を睥睨している

 一見穏やかそうな面差しと微笑を浮かべているが、明鏡止水の如き瞳の裏からは、その内側に潜んでいる蔑意が透けて見えるようだった


「それでは、今と何も変わらないでしょう?」

 左側から声をかけた長髪の青年は、大貴の答えを暗に批判して鼻で笑う

 大貴の答えは、「九世界に敵対しない」。「十世界も英知の樹(ブレインツリー)もその在り方を理解する」という全てを肯定しつつ否定するものだ。だがそれは、今の世界の形と何も変わっていない

「形が変わっていないからって、中身が変わっていないとは限らない。まだ、具体的にどうしたいとか、どうするとかは考えてないけど、俺は俺なりに世界を見て、色んな奴の考え方に触れて考えるつもりだ」

 自身を睥睨する長髪の男に、左右非対称色の双眸を向けて答えた大貴の言葉には、確固たる意志が込められている


 「光魔神となった自分が何をするのか」は、大貴にとっても考えていかなければならないことだ。今は九世界と十世界を知るためにこうして各世界を回っているが、やがては自分の意志で答えを示さなければならない

 神のいなくなった世界において最強の力を持つからこそ、ただ闇雲に力を振るうのではなく、己の在り方を考えて行かなければならないことを、大貴は漠然とだが確かに理解していた


「やはり、光魔神か……『全て』を選ぶとは」

 その言葉を聞いた聖人界の面が各々の反応を返すのを見て取ったマキシムは、誰にも聞こえないような小さな声で独白する


 光魔神は光と闇を同時に持つ唯一の全霊命(ファースト)。そして、この世に存在する全てを統合する太極――「全にして一、一にして全」たる存在だ。

 大貴自身に自覚があるかは分からないが、九世界も、十世界も、残酷な現実も、守らなければならない現実も、非現実的な理想も、美しい理想も等しく許容し、理解しようとするのはその性質の一端なのかもしれない


「とんだ戯言ですね。所詮は異端神か……」

 しかし、問いかけをした当の長髪の男は、その大貴の返答が気に入らなかったのか、不快気に眉を顰めて小さく舌打ちをする

 さすがにこの場で感情に任せた悪言を吐くほど短絡的ではないが、覚醒した光魔神が十世界や英知の樹(ブレインツリー)を滅ぼすことに消極的なことに対する失望を隠すことはできていなかった

(なるほど、光魔神()を利用する意思はあるってことか……あわよくば共倒れでもしてほしそうな感じだな)

 決して自分と言う存在が歓迎されてはいないことは分かるが、聖人も自分を無下に扱うつもりはないらしいことをその様子から見て取った大貴は、心中で自嘲する


 この世界の法と秩序を重んじている聖人にとって、最も忌まわしいのは神敵たる悪意だ。その神たる短逆臣は、神がいない今の世界で九世界最強の存在。それを滅ぼすために同格の力を持つ光魔神が必要だという程度の認識はある

 友好的ではないが、敵対もしない聖人達の本心と聖人界の意図は測りかねるが、反逆神共々共倒れになって滅びればいいとでも思っているのかもしれなかった


「あの方は、『ヘイヴァンス』様。同じく聖人界の議会の一角を占める『民党院(シニストラ)』の党首です」

「聖人界の議会は、三つの派閥でできてるんだ」

 大貴の耳元でマリアが小さな声で、左側の席から言葉を発した長髪の青年――「ヘイヴァンス」のことを説明する傍らで、神魔は背後に庇っている詩織に小さな声で囁きかける


 聖人界の議会は、大きく三つに分かれている。オーヴァンが党首を務める「軍党院(デクストラ)」。そしてヘイヴァンスが党首を務める「民党院(シニストラ)」の二大政党と、天支七柱の一人であるミスティルが党首を務める「法党院(ケントルム)」という中立派閥

 そしてこれら三つの党によって議会が開かれ、その進行と調整を一手に担い、最終的に議会で可決された意見を世界の意思として明示するのが「界首」の役目だ


(へぇ……)

(ってことは、あの界首ってのは、本当にこの世界の代表ってことなんだな)

 声を潜めた神魔の説明を聞いた詩織と大貴が、各々の心中で理解していると、真正面に席に座っていたシュトラウスが口を開く

「さて、そろそろ話を戻してもいいかな?」

 そう言って意見を求めたシュトラウスは、この場にいる聖人(同胞)達を見回し、沈黙を肯定と解釈して話を切り出す

 この話題の元々のところは、聖人界内での光魔神(大貴)の滞在だ。オーヴァンの意見で脱線していた話題を戻したシュトラウスは、一拍の間を置いて証言台に集まっている大貴達を見下ろして口を開く

「彼らの聖人界への滞在は認めるが、この聖議殿(アウラポリス)での逗留は認められない」

 まるで判決を下し、刑を読み上げる様な口調で語るシュトラウスは、この世界の界首としてその総意を代弁する

「……!」

「その場所自体は容易できている。滞在するなら、あの場所がいいだろう――君たちにとっても」

 自身に向けられる天使、悪魔、異端の存在の視線を受け止めながら、シュトラウスは淡泊な口調で大貴達に語りかける

 その口調はどこまでも遥か高い場所から見下ろすような響きを帯びており、その心中を雄弁に物語っているかのようだった


「この聖議殿(アウラポリス)の外にある外縁離宮――彼女(・・)が管理するあの街がな」


「……畏まりました」

 シュトラウスの言葉を聞いたリリーナは、その美貌に不服や不満の色を一瞬滲ませたが、聖人界の総意を代弁し、体現するシュトラウスの意思に、軽く目を伏せる


 シュトラウス自身は皮肉のつもりで言ったのかもしれないが、この聖議殿(アウラポリス)にいても、いい思いをしない者が多いのは間違いない

 特に悪意でありながら、最弱の存在である詩織にとってはこの場所での生活は苦しいものになってしまうだろうことが想像に難くない以上、別の場所に居を構えるというのは、確かに「自分達のため」にもいいのかもしれない


「ではスレイヤ。彼らをご案内して差し上げてくれ」

「はい」

 シュトラウスに一瞥を向けられたスレイヤは、小さく頷くと背後に守っていた大聖廷の扉を開かせる

「はぁ、ま、概ね予想通りの展開だな……もうちょっと話がこじれるかと思ったけど。ま。この世界に十世界はいないし、適当に過ごしてさらっと次の地獄界へ行きたいもんだね」

 扉が開いたということは、これで話を終わりにするという聖人たちの意思の表れ。退廷を促された神魔は、小さくため息をついて独白する

 元々聖人たちが闇の全霊命(ファースト)を蛇蠍のごとく嫌っていたことを知っているため、この一連のやり取りは神魔達からすればおおよそ予想通り――むしろ、思ったよりも反応が弱かったという程度の認識だった

(うわぁ……聖人の人達って本当に嫌われてるんだ。道理で神魔さん達があんな嫌どうな顔してたわけだ)

 神魔のその言葉に桜と瑞希が無言で同意を示すのを見た詩織は、聖人界に来てからここに至るまでの一連のやり取りを思い返して心の下で感情を引き攣らせる

(ここでどのくらい過ごすのか分からないけど、ちょっと気が重いな)

 この世界に来るなり、聖人に殺されかけた詩織は、神敵たる悪意に対する敵意と嫌悪を隠そうとしない聖人達のことを考えて滅入る気持ちで息をつく

 さすがに露骨に自分を嫌っている人たちと仲良くなれる気がしない詩織は、一礼してシュトラウス達に背を向けたリリーナに合わせて、スレイヤが待つ大聖廷の扉へ向けて歩を進める

「ごゆるりと滞在していかれるといい。異世界の客人達よ」

 退廷を始めた大貴達の背にかけられるシュトラウスの言葉は、一見歓迎しているように聞こえるが、「この世界には十世界もいないし、もう会うこともないだろう」という意味で発せられた皮肉であることは明白だった


「一ついいか?」


 その言葉を背で受けた大貴は、不意にその足を止めて背を向けたこの世界の代表者――「界首・シュトラウス」へと視線を向ける

「なにかな?」

 その言葉を受けたシュトラウスが言うと、大貴はその場で身を反転させてこの世界の代表たる聖人に向き直る

「いや、光魔神としてこの世界の感想を述べておこうと思ってな」

「ほう」

 左右非対称色の瞳をまっすぐに向けてくる大貴の言葉を聞いたシュトラウスは、愉快そうに口端を吊り上げてその先を促す

 さながら道化を見る様な視線を注ぐシュトラウスの真意は、自分達との接見で不満を抱いているであろう光魔神がどのような嫌味や皮肉を述べるのかを楽しもうとするものであることであることは、神魔やクロスの目には明らかだった

「聖人界は十世界にメンバーがいないんだろ?」

「……それが?」

 光魔神(大貴)の悪態を期待していたシュトラウスは、思いもよらないその言葉に、わずかに眉根を寄せると「その通りだがそれが何か?」と言わんばかりの声音でその意図を問いただす

「皮肉なもんだな」

「?」

 その言葉を聞いて小さく笑みを浮かべた大貴は、光と闇が交わることなく一つとなったかのような姿を聖人達の前に堂々と晒しながら言う


「『自分達の理想とする世界を実現しようとしてる』って意味じゃ、十世界にメンバーがいないあんた達聖人界が、一番十世界に似てるよ」


 聖人界は九世界の法と正義。十世界は全ての存在が平和に暮らす世界――思い描いている形こそ違えど、聖人界も十世界も今の世界を変え、己たちが理想と知する世界を実現させようとしているという意味では全く同じ

 十世界で唯一そのメンバーを持たず、おそらく最も十世界と接点が遠い世界であるはずの聖人界が、最もよく似ているというのが大貴の率直な意見だった

「――!」

 嫌味や皮肉などではない。この世界に来て自分が感じたことを素直に述べた大貴に、シュトラウスをはじめとした聖人達がわずかに眉根を顰める

 声を荒げ、怒り狂うようなことは無いが平静を装っているその顔の下では憤りが募っているのだろうことは聖人という存在を知る者からすれば、想像に難くないことだった


「じゃあ、行くか」


 要件を告げた大貴がは、シュトラウス達に背を向けて言うと、神魔やクロス達と共に開け放たれた扉へと向かって歩き始める

 それに続いて歩きだしたメンバーは誰も何も言わなかったが、神魔やクロスがどこか晴れやかな面差しを浮かべていたのは気のせいではないだろう





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