もしも愛する事が罪ならば
「神魔さんの事は諦めてください」
マリアの言葉に詩織の思考が一瞬止まる
(え? 神魔さんを諦めろって、どういう事? ……もしかしてマリアさんも? ……でもマリアさんはクロスさんの事が好きなんじゃ……?)
突然のマリアの言葉に衝撃を受け、その意味を掴みあぐねて目を見開いている詩織に向き直ったマリアは決意を込めた視線を向ける
※
「九世界は無法じゃない。当然最低限の法が存在し、それを犯せば処罰される」
一方その頃、界道家のリビングでは大貴、一義、薫ら界道家の面々を前にしてクロスが静かに話を始めていた
「例えば『九世界の存在はゆりかごの世界への干渉、及び侵入を禁ずる』という法律がある。――つまり、本来全霊命は、この世界の人間に接触する事はおろか、このゆりかごの世界に入ることすら禁じられている」
「!」
その言葉に、界道家の全員が息を呑む
「俺とマリアは、光魔神への対応のために、天界王様から特別に許可をもらっているが、神魔は違う。もし、神魔がここにいることが魔界にばれたら神魔は間違いなく処罰される事になる」
九世界の法律に照らせば、ゆりかごの世界は「九世界非干渉世界」――つまり、九世界が干渉してはならない世界とされ、この世界と関係を持つ事は禁じられている。
しかしこの世界で光魔神が見つかったため、天使たちの王「天界王」の命令でクロスとマリアは例外的にこの世界に滞在を許されているのだが、「王」の許可なくゆりかごの世界に滞在している神魔はそれだけで罪を犯している事になる
「……えっと、それで?」
クロスの言葉に、その意図を掴みあぐねている詩織を除く界道家の面々が首を傾げる
「そしてその法律の中には『異なる種族、異なる世界の存在との恋愛、交雑を禁止する』っていうものがあるんだ」
「つまり、悪魔なら悪魔、天使なら天使以外の相手と恋をしたり、子供を作っちゃ駄目っていう法律ですね」
クロスの言葉を補足した神魔の言葉にその場にいた面々は目を見開いた
「なっ!?」
「つまり、詩織さん……ゆりかごの人間であるあなたが悪魔である神魔さんと恋人になることは、それだけで九世界の法を著しく犯す行為だということです」
「そんな……」
マリアの言葉に詩織は目を見開く
「な、何で……?」
声を詰まらせる詩織にマリアは判決を告げる裁判官のような淡々とした冷徹な言葉の槌を振り下ろしていく
「いくつか理由はありますが、全霊命には『純種強勢』という特性があります。つまり、原種に近いほど能力が高いということですね」
「……原種?」
その言葉の意味を理解できずに首を傾げた詩織に、マリアは「はい」と小さく呟いて目を伏せると、淡々とした口調で、話を続けていく
「以前話したと思いますが全霊命は神から最初に生まれたモノです。原種に近いという事は単純に神に近いという事。つまり純種に近い者ほど能力が高いのです」
※
「わざわざ弱くなるような交配をする意味がないだろう?」
クロスの言葉に界道家の面々は納得したように頷く
「我々の世界には雑種強勢という異なる種族の間に生まれたものの能力が高くなるという事があるが……全霊命は真逆なんだね」
「そうですね。全霊命はその原種が神から完全に近い状態で生み出され、そこから増えたモノですが、半霊命は交配する事でより強力な種として進化する特性を備えているという事でしょう」
一義の言葉に神魔が答える
全霊命は神から生まれた最初の原種の存在を細分化することで種族としての個体数を確保し、その中で繁栄する存在
対して半霊命は世界から生み出された存在の種が世界に適応して進化していく方法で繁栄していく。
そのため、全霊命が他の種族と交配すればその時点で力を劣化させる事と同義。それを推奨する理由は何も無い
「まあ、でも……それって、そんな大切なことかな……?」
「僕達に取っては大切なことですよ。それにそれはまだ理由の一つに過ぎません」
薫の言葉に神魔が答える
「例えば詩織が結婚相手に犬を連れてきたらどうする?」
「え?」
唐突に投げかけられたクロスの問いかけに、一義と薫が声を揃えて言葉を詰まらせる
「い、犬かぁ……」
詩織が犬と結婚する姿を想像して薫と一義ががっくりと肩を落とす。特に一義の落胆ぶりは痛ましいと思えるほどだ
「……まあ、例えとしてはどうかと思いますけど……つまりクロスが言いたいのは、意思疎通こそできますが、僕達は悪魔なら悪魔、天使なら天使っていう異なる種族の存在だって事です」
クロスの言葉を引き継いで神魔が言う
※
「異なる種族……?」
「ええ。例えば肌の色が白いとか黒いとか……同じ種族の中に存在する差異は言うなれば『品種』という差です。しかし異なる種族とは、犬と猿というようにその存在の根底を全く異にする生命体を意味しています」
マリアは淡々と詩織に説明する
この地球に暮らす人間のように、肌の色や文化の違いを持つ人間は、あくまでも『地球人』という一つの種族の中での差異でしかない。
しかし、天使や悪魔、ゆりかごの人間は外見こそ似ていて、意志疎通も可能だが、生物学的に、存在的に、全くその起源と根幹を異にしている。それは、全く異なる生命体である事の何よりの証明だ
「異なる種族と交配するという事は、自然の中でライオンと狼が結ばれないように、摂理を踏みにじり冒涜するあってはならないことなのです」
マリアの言葉が詩織の胸を貫く
あってはならない事。この世界において人間と悪魔に恋が生まれる事は、あってはならない許されざる行為だと言われた詩織は、自分の心を否定された事に憤りを覚えて、わずかに苛立ったような強い口調でマリアに言い返す
「……でも、でも、その人達の気持ちはどうなるんですか!?」
「人の気持ちさえよければ何をしても許されると思っているのですか?」
「……っ」
感情に任せて高質化した詩織の言葉を、侮蔑すら込められた冷淡なマリアの言葉が一刀の下に切り捨て、容赦なく打ち砕く
「それは自己弁護ですよ。あなた達の世界では不都合だと感じたら、法律を無視しても許されるのですか? 一個人の気持ち一つでその是非を変えてしまうその程度のモノを『法』などと呼ぶのですか?」
「……っ」
矢継ぎ早に放たれるマリアの冷淡な言葉の槍が、詩織を貫き、その心を容赦なく打ちのめして反論を奪っていく
「このような理由から異種族同士の交雑は禁忌とされます。……ここまで話せば気付いたのでは無いですか?」
言葉の槍に反論を封じられ、唇を噛みしめる詩織に憐れむような視線を向けたマリアは、一度目を伏せると淡々とした声音で自嘲交じりに問いかけ、その答えが返ってくる前に自らその答えを口にする
「私は天使と人間の混血児です」
※
「マリアちゃんが……」
「天使と人間のハーフ」
言葉を詰まらせる界道家の面々にクロスが話を続けていく
「ああ。全霊命と半霊命の間に生まれた子供は、まず存在として安定した半霊命として生まれ、心身の成長と共に全霊命として覚醒するんだ
その結果、マリアの場合全霊命である天使としての姿と半霊命である人間の姿を持つ事になる」
「……だから、マリアは天使と人間の二つの姿をもっているのか……」
合点がいったように、呟いた大貴の言葉に、その会話を聞いていた神魔がさらに残酷な事実を言葉として紡ぎだす
「異種族同士の混血児は『混濁者』と呼ばれ、混濁者は、九世界で最も忌み嫌われる存在とされているんです」
「――!」
神魔の言葉を聞いた大貴の脳裏に、かつての紅蓮の言葉が甦る
《それにしてもお前「マドラス」か。随分と面白い奴が来たもんだな》
(マドラスっていうのはそういう意味だったのか……)
「特に天使は、九世界でも最も想いが強い種族と言われていて、どんな相手にもかなり強く感情移入するからちょっとしたきっかけで恋愛感情に変化しやすいんですよ」
「そう、なのか……?」
補足するように紡がれた神魔の言葉に、一義が絞り出すような声で応じる
「だから異種族との交雑、人間との交雑、光と闇の恋愛――九世界で禁忌とされるこれらを最初に破ったのは天使なんです」
一義の言葉に小さく頷いた神魔は、淡々と言葉を紡いでクロスに視線を向ける。その言葉にクロスが沈黙したのは、それを肯定したのと同義だった
「世界の禁忌を犯して生まれた混濁者は、本来その存在すら許されない。だから両親を含め、世界がその存在を抹殺しにかかる」
「……っ!」
神魔の言葉に一拍の間を置いて続けたクロスの言葉に、界道家の全員が息を呑む
「だからあいつは身に染みて知ってるんだ。……禁忌を犯した者が、その間に生まれた混濁者がどんな人生を歩むかを」
※
「そんな……でもその子供には何の罪も無いじゃないですか」
マリアの言葉に詩織が声を荒げる
両親は禁忌と知っていて愛し合った。しかしその子供には罪は無い。なのに生まれてきた事すら許されないなどという理不尽な事があっていいはずがない
「そうですね。子供には罪がありません……ですが、だからといってそれを見逃す事は出来ないのです」
「……どういう、意味ですか?」
マリアの言葉に詩織が声を詰まらせながら言う
「子供に罪がないからという理由で見逃せば、同じように罪を重ねていく者が増えていくでしょう……子供も親も両方殺す事によって『これは許されない事なんだ』と世間に知らしめ、他の者が同じ罪を重ねないようにするんです」
「っ、そんな……」
マリアの言葉に詩織は息を呑む
特例を作ればどんどん枷が緩んでいく。子供は罪がないと異種族交雑の子供を見逃せば許されるのだという考えが広がり、その法を犯す者が増えていく
そこで容赦ない断罪を加える事でその罪を犯せばこうなると言う事を知らしめ、更なる犯罪を防ぐ事になる
「でも、それって何か非道い……」
呟いた詩織の言葉にマリアは不快そうに眉をひそめるだけで何も言う事はなかった
(非道い……ですか。やはりゆりかごの人間は毒されてるのですね……)
「そして、私があなたにこの話をする最大の理由をこれからお話します」
「……え?」
マリアの言葉に詩織が目を見開く
※
「だから、マリアさんが天界王の命令でここにきたっていうのが僕には不思議なんだよね」
神魔が小さく呟く
「え?」
「さっきも言いましたけど混濁者というのは、両親もろとも殺すのが普通なんです。光の世界はそういうの特に五月蝿いから一世界の王である天界王が生かしておくどころか自分の近くに置いてたっていうのが腑に落ちないんですよ……
だって今回はたまたまマリアさんの力が役に立っていますけど、光魔神がゆりかごの世界にいるなんて知るはずがないんだからさ」
「……ああ。確かに」
神魔の言葉に大貴が小さく頷く
マリアは天界王の命令を受けてこのゆりかごの世界にやってきた。しかし光魔神がこの世界にいる事を知らなかったはずの天界王が世界の法で禁忌とされている混濁者を自分で命令が下せる所においていたという事には疑問が拭えない
「つまり、何で天界王は普通は生かしておくはずがない混濁者を生かしていたのか……って事だね?」
「ええ」
一義の言葉に頷いた神魔の視線を受けてクロスはそれに応じる
「知るかよ。俺が会ったときにはもう天界の城に半分軟禁状態でいたんだ」
「…………」
クロスの言葉に神魔は一瞬怪訝そうな表情を浮かべる
「まあ、話を戻すが、異種族交雑の禁忌の中でも全霊命と半霊命の交雑は特に忌み嫌われている」
「……どうして?」
「誕生率の関係です」
「……誕生率?」
神魔の言葉に一義と薫が首を傾げる
「そうですね……簡単に言えば子供ができる確率です」
「?」
「例えば同じ悪魔同士で子供が出来る確率を『一』とした場合、同じ闇の異種族である全霊命との間に子供が出来る確率は『百億分の一以下』、天使と悪魔のように光と闇の全霊命の間には子供は生まれません
でも全霊命と半霊命の間には限りなく百パーセントに近い確率で子供が出来るんです」
「え……っと、それって悪い事?」
「全霊命にとって伴侶っていうのは半霊命にとってのそれを遥かに凌ぐ重要な意味を持っているんですよ」
神魔の言葉に首を傾げる薫にクロスが話を続ける
「恋や愛の行き着く所は契り――つまり男女の肉体関係です」
「え? ……え、えぇ、そうね……うん、そういう見方もあるかも……」
神魔の言葉に一義と薫は顔を見合わせてわずかに頬を赤らめながら答える
価値観によるところもあるかもしれないが、恋や愛の行き着く所は婚姻であり、男女の関係を結んで子供を成すという考えは一つの答えと考えていいものだ
「僕達全霊命にとって契りとは単なる子孫を残すための行為ではなく『互いの神能を交換し合う』という事です
つまり僕達全霊命にとって『伴侶を得る』という事は、自分の力――ひいては命を半分委ねるという意味を持つんです」
全霊命にとって契りとは単に子孫を残すための行為ではなく、自らの存在の力を相手に与え、相手の存在の力を相手から受け取り、自身と相手の命の半分を共有し会うという事に等しい。
愛によって結ばれ、子孫を残し、意志を託すことは半霊命とさほど変わらないが、永遠を生きる事が出来るその人生において魂を交換し合った伴侶は、ある意味子孫を残すよりも重要な意味を持っているといえるのだ
「へ、へぇ……」
(何?この十八禁漫画みたいな設定……)
神魔の言葉に界道家一同の脳裏にそんな考えがよぎる
「もしかして変な事考えてます?」
その考えを見抜いているのか神魔は怪訝そうな視線を向ける
「い、いえ別に……」
「分かりやすく例えるなら……そうだな、あんた達ゆりかごの人間って言うのは、A型の血液型の奴にB型の血液を輸血したら死ぬんだろ? でもA型とB型の血液型の人間の間に子供は生まれる」
「ん? あぁ、そうだね……」
クロスの言葉に一義は同意する
「存在の力というのは原初のレベル――つまり、生命の根源に近いほど異なる存在の力と融合する事が出来るんです。僕達の身体は霊の力そのもの。契りだけが唯一その存在の力を交換する手段なんですよ」
「……ふむ、なるほど」
神魔の言葉に一義が同意の言葉を示す
半霊命のように物理という身体に束縛されていない全霊命の存在はその全てが唯一無二。血も、肉も力も他の誰とも共有できない世界で自分だけのもの
しかしその完全に確立された個性の中で唯一己以外の相手と存在の力を交換する手段が契りにある。ゆりかごの人間が自らの身体構成を宿した塩基と魂の素体を交わらせて新たな命を宿すように、全霊命は存在の根源を宿した力を交換し合うことで相手の力を受け入れ、その間に子供をなす
「人間界でもそうだが、血を契約の証や封印の鍵なんかとして使う術が存在するだろ? 『血』はその存在の生命を維持する媒体。つまりそこに込められた存在の形質は強く、その個人を象徴する個性の塊みたいなものだ
対して契りによって交わされる存在の力は、あらゆる存在の力の中で最も個性の薄い力。最も自分色から遠い力だからこそ、相手と交換し合う事が出来る」
「つまり、血は自分の特性を強く現しすぎるから別の相手には渡せないけど、そういう時に交換する力は個人の性質がほとんど無いから渡せるって事かしら?」
「……ああ、そんなところだ」
先ほどの説明を自分なりに咀嚼して要約し、確認するように問いかけてきた薫の言葉を首肯したクロスの言葉を引き継いだ神魔が、まるで判決を言い渡す裁判官のような重々しい口調で言葉を続ける
「そしてそれ故に異種族の交配の中でも特に全霊命と半霊命の交雑は忌避されます」
「……!?」
※
「本来、契りによって存在の力を交換する現象は半霊命の間でも起きています。ですが、霊格の低い半霊命にとってはあってないような微々たるものでしかありません」
「私達には分からないってことですよね……?」
確認するように問いかける詩織にマリアは小さく頷いて肯定する
「ですが、全霊命の神能はこの世界で最も純度が高く、霊格の高い力。物理の中に霊格を押し込めるために劣化させている半霊命にとってその存在の力は受け入れられないほどに強大――」
向かい合うマリアは詩織に向かって淡々と言葉を紡ぐ
全霊命と半霊命。――そのあまりに次元の違う存在の力は、愛し合う契りによって確実に交換されてしまう
「結果、半霊命は契りによって受け取った全霊命の存在に耐え切れずに確実に死にます」
「……!」
実感の籠った表情で語るマリアが告げたその事実を前に、詩織は言葉を失う
※
「マリアの場合は母親の方が天使だったからよかったが、契りを交わしたその瞬間に半霊命の方が命を落とすことも珍しくない」
異なる存在の間に隔たる残酷なまでの壁の説明をしたクロスは、それに息を呑む大貴達を見据えて淡々と話を続ける
あまりに純度の高い最高位の霊格を持った全霊命の霊格は半霊命には大きすぎる。結果的にその魂と肉体はその力を受け入れきれずに崩壊を起こしてしまう
「間に生まれてくる子供はいい。存在の力が交わって生まれたそういう存在だから両方の親の形質を受け継いで生まれる。
だが、全霊命と契りを交わした半霊命は、それが原因で最大で五年――その内九割が一年も保たずに魂と肉体が崩壊して死に至る」
「つまり全霊命と半霊命が愛し合うことは、相手を殺すことに等しいんです」
「……!」
クロスと神魔の言葉に界道家の面々が目を見開く
(そんな、じゃあ、詩織は……)
※
「分かりますか? あなたが神魔さんをどれほど愛したところで、その想いを成就し、愛し合う関係を築けば神魔さんにあなたを殺させ、愛した人を愛したから殺したという罪悪感を神魔さんに背負わせる事になります」
「……っ!」
マリアの言葉に詩織は目を見開き、わずかに身体を震わせる
「それに貴女は百年もすれば朽ちて死ぬゆりかごの半霊命。対して永遠を最盛期のまま生きる全霊命である神魔さんとでは生きる時間が違いすぎます」
詩織に淡々と言葉を紡ぐマリアはさらに言葉を続ける
「その想いはあなたの中に秘め、決して伝えない方がお互いのためです。なぜなら、例え互いに愛し合っていても、愛することで愛する人を殺し、愛する人に殺させる事しか出来はしないのですから」
マリアの言葉に詩織は力なくその場に崩れ落ちる
突きつけられた現実が詩織の中で反芻され、絶望が容赦なくその心を打ちのめす
愛し合えば、愛する人を殺し、愛する人にその罪を一生背負わせる。それが全霊命と半霊命の絶対的な関係
「神魔さんを愛した事が悪いとは言いません……ですが、その気持ちを伝えることは罪です。なぜなら、どう転んでも神魔さんを傷つけることしか出来ないのですから」
「……!!」
死刑を宣告するように、突き放すような口調で発せられたマリアの言葉に詩織は目を見開く
愛する事は悪ではない。
しかし愛することで愛する人を苦しめることしか出来ないのなら、その気持ちを伝えずに終わらせる事が互いにとって最善
愛する事が罪ならば……その想いを伝えない事しか出来ない
「詩織さん……あなたの愛は、あなたの愛した人を傷つけることしか出来ません」
「!!」
目を伏せたマリアの一言が詩織を絶望の淵に叩き落す
愛することすら許されないあまりの不条理に、詩織の目からとめどなく涙が流れ出す
「それを忘れないで下さい」
静かにそう言い放ったマリアは詩織の横をゆっくりとすり抜けて部屋を出て行く
「そんな……」
部屋に残された詩織はその場に膝から崩れ落ち、こみあげる感情のまま叶わぬ愛を思って涙を流すしかなかった