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魔界闘神伝  作者: 和和和和
冥界編
189/305

闇へと続く道を往く





 一点の曇りもない純白に、金色の衣装を施された柱と壁で構築されたそこは、荘厳にして神々しい白亜の城。およそこの世のものとは思えない神々しいほどの美しさを誇って存在するその中の一角に、一つの影が佇んでいた

 一面を壁や柱と同じ純白の床とシャンデリアを抱くそこに佇むのは、淡く発光する金色の髪を腰まで伸ばした女性。ドレスや司祭服、あるいは着物とも取れる純白の衣に身を包んだその姿は、まるで人知を超えた芸術のようだった


「神は、世界を作り、世界を定め、そして世界を作った者達に託した」

 誰にともなく紡がれたのは、聞いている相手こそいないが届ける相手のいる言葉。今はまだ決して届かない場所から送る言の葉

 透明感のある声が一言一言紡がれるたびに、まるで世界が浄められているかのような清らかな響きが空に溶けていく

「しかし、神に世界を託されたもの達は、己が無力を嘆き、まるで母の許へ還ろうとするかの如く神の力を求めてしまう――」

 淡い金白色の燐光を帯び、揺らめくたびにその光と同じ蛍を空に零す髪からのぞく薄い紅で彩られた唇が慈愛に彩られた哀愁の言葉を紡ぐ


 この世に存在するものは、誰もが等しくあるがゆえに誰もが等しく異なる願いを持っている。だが、だからこそ決して同じではない心が立ち塞がってしまう

 時に誰かが、時にもっと大きくて理不尽なものが、あるいは形のないものに願いを阻まれた者達は、それでも己の願いを求め、力を求める――誰にも自分の大切なものを傷つけさせず、自分の守りたいものを守り通せるだけの力を。


「ですが、それは選ばれてはならない選択肢なのです。なぜなら、憎しみも、争いも、犠牲も、弱さも、理不尽も、絶望もまた神そのものなのですから」

 厳かで神聖な響きを持つ声が言葉を紡ぎ、燐光を帯びた金髪から零れた金白光の蛍と共に宙を舞う


 この世界は絶対神によって創造された。神は例外なく「絶対神」のユニットであり、またその欠片(クオリア)――即ち、神片(フラグメント)ユニットでもある

 そして、神とはこの世界にある事象、あるいは概念そのもの。故に、生きとし生けるあまねくものが望まぬものもまた、絶対神の一部としてこの世界に存在し、この世界を形作っている


「だからこそ――」

 忌避するべき概念もまた、神の一端として愛おしむべきもの。受け入れ難くとも、それのみが真理である言葉を紡いだ女性は、淑やかで綺然とした声音で言葉を紡ぐ



「あなたはこの世界にいてはならないのです」





平等を謳うものディクロア・エクアリティ……」


 目の前に佇むもの静かな青年が名乗った名を反芻した大貴は、その存在から発せられている反逆神に列なる存在の神能(ゴットクロア)――「反逆(リベリオン)」の力を知覚して、その表情を険しいものに変える


 神敵と呼ばれる存在である悪意の眷属は、この世界に存在する全てのものの敵。そしてその力は、正当な神に列なる存在である全霊命(ファースト)達にとって、生理的に受け入れ難い不快な感覚をもたらすのだ


「相変わらず、気持ちの悪い力出してやがるな」

 軽い口調で言いながらも、その三つの目と表情には全く余裕がない(くら)は、いつでもその力を発現させることができるよう、その耳に死神羽(神器)を顕現させていた

「――にしても、平等の悪意か。よりによって、厄介な奴を横しやがって……! ()りあうなよ、お前ら。奴はクッソ面倒臭ェんだ」

 死神の原在(アンセスター)として九世界の創世期から生きている(くら)は、その知識として獲得している平等を謳うものディクロア・エクアリティの存在に苦虫を噛み潰しながら大貴達を牽制する


 「平等を謳うものディクロア・エクアリティ」はその名が示す通り「平等」の悪意の化身。

 自身が他者より劣っていることを許せず、平等という聞こえのいい言葉の下に自分より優れたものを引きずり落とし、自分こそが常に世界のヒエラルキーの上位に在ろうとする傲慢な在り方だ


「――奴は、平等の下に、自分より優れた力を(・・・・・・・・・)己より弱くする(・・・・・・・)。しかもその上、その特殊な力まで自分のものにしやがるばかりか、自分が受けた傷をそのまま相手に与えてきやがる――当然、自分が攻撃して傷を与えた時には自分は傷つかないっていう能力のおまけつきでな」

 忌々しげに歯噛みした(くら)は、穏やかで余裕に満ちた笑みを浮かべている平等を謳うものディクロア・エクアリティを見て吐き捨てる

「……正直言って死神羽(これ)を使っても、かなり分が悪い」


 わざわざ唱えることも尊重するまでもなく、世界は神によって残酷なまでに平等に作られている。だがそれはあくまで「存在」という大きなカテゴリーで定められたもの。

 同じ種族、生命であっても、生まれた存在、容姿、能力、血統のような、自身では選択の許されない平等。そしてそこから自ら生きるために生き方を選べる平等がこの世界の全ての存在には約束されている


 だが平等の悪意は、個の平等を唱えるもの。しかし、誰一人として同じ人間などいないのだから、最初から個人を平等にするなど不可能。

 平等の悪意を唱える者達は、ただ卑しく優れたものを妬み、浅ましく自らが傷つくことをせずに上位者が持っている者を手に入れようとする



 個を重んじる素振りを見せながら己以外の個を妬み、踏み躙り、己に都合のいいように解釈して己以外の全ての優位を奪う――それこそが、平等の悪意の本質だ



「そう気を立てないでください。私は別にあなた方と争いに来たわけではないのですから」

 神に列なるものと、神敵の眷属である以上、やむを得ないことではあるのだろうが、敵意をむき出しにして言う(くら)の言葉を静かに聞き流した平等を謳うものディクロア・エクアリティは薄く笑ってそこにいる面々を見回す

「シャリオ達からの報告と現状から推察すると――あなた方がここにいるということは、真紅はもう命を落としてしまったということでしょうか?」

 そこにいる面々――特に、真紅達の計画の要となる神器を宿していたという死神の女(夜薙)の姿を双眸に収めた平等の悪意が静かに嘲笑する

 それは、獲物を前にした捕食者の舌なめずりの様であり、十世界(組織)を裏切ってまで成そうとした理念を達成できなかった真紅達を蔑んでいるような笑みだった

「そうだ」

 一見すると穏やかな微笑ではあるが、決して心地よく受け入れられるものではない笑みを受けて一瞬不快感を露にした全員を代表して、(くら)が淡泊な声で答える

「そうですか」

 その言葉にわざとらしいほどの仕草で肩を竦めて見せた平等を謳うものディクロア・エクアリティは、その視線をわずかに鋭利なものに変える

「つかぬことをお伺いしますが、彼が持っていた神器はどうしました?」

「俺が持ってる」

 穏やかに微笑んでいながらも、その表情からは想像もつかないほど冷たい視線を向けてくる平等を謳うものディクロア・エクアリティに、大貴は界棋盤(ドゥアル・スヴァラ)を取り出して見せる

「それは我々のものなのですが」

 暗に渡せと求めて手を差し伸べてくる平等の悪意の化身に、大貴は神器を持っていた手を下げて答える

「戦利品としてやるって真紅本人から言われたんだが?」

「それは証明のしようがありませんよね?」

 感情が抜け落ちたような瞳を向けてくる平等を謳うものディクロア・エクアリティと大貴が視線を切り結び、大気が焼き切れる様な一触即発の雰囲気がその場を支配する

「なら、奪い取るか?」

 太極の力を真紅の神器に絡ませ、そこに込められた神格を自身の力に合一して力を高め始めた大貴を睥睨する平等を謳うものディクロア・エクアリティは、小さく笑みを零す

「……まあ、難しいことではないでしょうが」

 本音かハッタリか、例え神器と共鳴した状態であっても勝てるという余裕を浮かべて言った平等を謳うものディクロア・エクアリティは、高まっていた戦意を冷やすように解く

「今はそれを預けておくことにします。それに、どうにも困った人達がちょこまかと裏で動いているようですからね。万が一の事を考えれば、あなたに力を渡しておくのも我々に都合よく転ぶかもしれません」

「?」

 単なる負け惜しみや逃げ口上とは思えないその言葉に、大貴は訝しげな表情を浮かべる

 その言葉に疑念を抱いたのは、大貴ばかりではないらしく、神魔、クロス達はもちろんの事(くら)までもが剣呑な表情で、平然と佇む平等を謳うものディクロア・エクアリティを見据えていた

「どういう意味だ?」

 自分達の視線に気づいているはずだというのに、ひたすら沈黙を作る平等を謳うものディクロア・エクアリティにしびれを切らした大貴は、低く抑制した声で先程の言葉の意味を問いかける

「確信がないことを吹聴する趣味はありませんから」

 しかし、そんな大貴の問いかけに対して返されたのは、瞼を落とした平等を謳うものディクロア・エクアリティの曖昧な笑みと言葉

 不穏な響きを残す淡泊な声音で独白した平等を謳うものディクロア・エクアリティは、その身を翻しながら言う

「さて、では私は戻ることにします」

 角のように先端が硬化した灰白色の髪と、側頭部から腰のあたりまで翼のように伸びる鹿のような角を大貴達に見せつけるようにした平等を謳うものディクロア・エクアリティの眼前に時空の門が開く

「待――」

「くれぐれも表に出て来ない脅威に気を付けることです。誰が誰と手を組んでいるのか、誰が誰を裏切るのか……見誤れば取り返しのつかないことになりますよ」

 まるで具体的な話を意図的に避けたように帰還を始めた平等を謳うものディクロア・エクアリティを呼び止めようとした大貴だったが、その言葉は悪意の神片(フラグメント)たる人物の声によって遮られる

 こともなげに告げられたその言葉は、しかし平等の悪意本人が放っている以上の冷たさを以ってそれを聞く者達の中へと流れ込んでいく


「そしてそれは、あなたの周りにる〝誰か〟かもしれません」


「――!」

 肩ごしに視線を向けた平等を謳うものディクロア・エクアリティは、誰もが平等に敵にも味方にもなるという当たり前のことを告げる

 その言葉を聞いた大貴は、まるでそれが見えない手となって自分の首を締め付けているような感覚に見舞われ、それ以上の言葉を発することを止めてしまっていた

「では。また逢う日まで」

 たった一言で信頼を揺るがした平等を謳うものディクロア・エクアリティは、二の句が告げない大貴から視線を逸らして自身が生み出した時空の門へと進んでいく

 その門が閉じた後には、そこにいた悪意は消え、辺り一帯を支配していた吐き気を催すほどの嫌悪感を持つ力の波動も霧散して消失する

「ふぅー。揉めるなよって言っただろ、光魔神。一触即発だったじゃねぇか」

 この世界から平等を謳うものディクロア・エクアリティが完全に姿を消したのを知覚で確認した(くら)は、大きくため息をついて大貴に恨めしげな視線を向ける

「あ、いや……すみません」

 いかに(くら)でも、神敵の眷属と相対するのは楽しくなかったらしいことをその様子から感じ取った大貴は、少々好戦的に出てしまったかもしれないと反省しながら言う

「ま、いいけどよ」

 謝罪の言葉を述べた大貴に、悪意と対峙する緊張感から解放された(くら)が身体の凝りをほぐすように手足を回しながら応じると、背後にいる全員に視線を配る

「そうだ、荼毘。神獄(あの)中から多分十世界の残党が出てくるだろうが、今回のところは見逃しておいてやってくれ。当分は十世界(やつら)もおとなしくしてるだろうからな」

「ああ」

 実父でもある(くら)から視線を向けられた荼毘は、それに淡泊な声音で応じる

「うし。んじゃあ、とりあえず帰るか」

 腰に手を当てた(くら)が勝者の凱旋を宣言すると、そこにいた面々が各々の反応を返す

 この場にいる中で高らかに声を上げる様な性格の人物はいないが、誰もが生きて帰れたことに対する安堵と、勝利の充足感を感じさせる表情を浮かべていた――ただ一人を除いて。

「……」

 連れ立って先を歩いていく大貴達と(くら)達をその切れ長の目で見つめる瑞希は、その麗貌を崩さずに沈黙を守っていた

 元々表情の変化が乏しい瑞希がみせたその些細な変化をただ一人見止めていた神魔は、その金色の双眸をわずかに細めると、無言のまま前を行く大貴達へと視線を戻す

「ふふ」

「なんだよ」

 その視界に映るのは、先頭にいる(くら)が白へ還るための時空の門を開くのを待つ二人の死神――シキトと夜薙の姿

 先程の会話で以前よりも心の距離を縮めた二人が寄り添い、抑えきれない笑みを零しながら夜薙はシキトを見つめて、その身を触れるか触れないかの距離に寄り添わせる

「なんでもない」

「もう少し離れろ」

 周囲からのもの言いたげな視線に気づき、渋い顔を浮かべるシキトの言葉に、夜薙は全く悪びれた様子も見せずに満面の笑みを返す

「いーや。その逆なら喜んで」

 むしろ今以上に距離を縮め、身体を触れ合わせたい――という本音が透けて見える夜薙の言葉を聞いたシキトは、抗議のために視線を向けるが、幸色に彩られたその顔に眉間に刻まれた皺を一層深くする

「勝手にしろ」

「はーい」

 その笑顔にこれ以上の抗議を諦めたシキトが盛大にため息をつくと、夜薙はまるでその答えが分かっていたかのように嬉しそうに三つの目を綻ばせる

「――ったく、イチャつきやがって」

「クロスも、さっさとマリアさんに告白したら」

 その様子を見て辟易した様子で独白したクロスに、横から神魔の容赦ない言葉が投げかけられる

「うるせぇよ」

 その言葉に顔を真っ赤にしたクロスが低い声でそう言い放って睨み付けるように視線を向けると、神魔はわざとらしい所作で視線を逸らす

「行くぞー」

 一瞬ほども経たないその程度のやり取りの内に空間の門が開いた(くら)は、背後でのやり取りが聞えていなかったのか、気の抜けた声で言って歩を進め、冥界王城への岐路へとつくのだった





 その頃、冥界の海に浮かぶ小さな島の岬に佇んでいた一人の女性――十世界冥界副総督「夜死(イエス)」は、その三つの目に海原の果てにいるであろう人物を幻視する


「真紅様……」


 真紅によってつけられた傷も万全ではないとはいえ治癒し、その背後に真紅と共に行かなかった十世界の死神達を従えた夜死(イエス)は、その脳裏に別れ際の言葉を甦らせていた


《あとは任せた》


(真紅様、私は気づいていましたよ。あなたがずっとシェオル様を想い続けていたこと。そして、あなたが姫に抱いていた想いにも――)

 隣から見つめてきた真紅の横顔を思い返し、その三つの瞳に慈しむような感情を浮かべた夜死(イエス)は、それに反して胸を締め付ける様な感覚に自嘲するような笑みを浮かべる

「だというのに、やはり私の想いは、あなたに届かなかったのですね」

 自分の心に触れようとするかのように、胸に手を当てた夜死(イエス)は自分が抱き続けてきた想いが届かなかったことを悲しみながら、瞼を閉ざす


(ですが、真紅様。私はあなたの意思を継ぎません。私は、姫と共に願いを叶えるために道を歩き続けることを選びます)

 海から吹き付けてくる潮風に髪を揺らしながら、夜死(イエス)はその風に願いを乗せようとしているかのように心の中で祈る


 真紅は恒久的世界平和という十世界の理念を実現するために、それを成しえない世界の理を改変する道を選んだ

 だがそれは、もたらされる結果こそ同じだが、姫が求める理想とは決定的に違う形をした平和でしかない。届かない願いと、変えられない心に首を垂れるのではなく、まっすぐに向き合っていく――決して果てが訪れることのないかもしれない、心の対話こそが姫が望む理想の実現のための道であるのだから


(真紅様。あなたは、答えを求め過ぎたのです)

 心の中で愛悼の意を捧げた夜死(イエス)は、次にその唇を微笑の形に変えて愛する者の心を得るために早まった真紅に語りかける

 その心の言葉が真紅に届くことは無い。自分が懸命に気付いてもらおうとした想いを横目に、夜死(イエス)は自分の想うままに歩き去ってしまった真紅に向けた嫉妬混じりの乙女心を送る


(気付かなかったのですか? 真紅様――)


 瞼を開いて三つの瞳で空を見上げた夜死(イエス)は、まるで真紅に抱き続けた想いを潮風に流そうとしているような寂しげな笑みを浮かべる


(答えを得ても、あなたが想う人の心は得られないのですよ)


 例え神の力を得て愛梨が望んでいるような理想の理念を実現したとしても、その心が真紅に向けられるわけではない

 そんな当たり前のことを失念していたかもしれない真紅に、空を介して苦笑を送った夜死(イエス)は、その身を翻すと残された同胞たちへ向かって歩き出すのだった





 冥界の洋上に浮かぶ島そのものであるテーマパークの形をした世界の中枢――冥界王城に空間を繋ぐ門が開き、そこから戦いを終えた大貴達が帰還する

「あぁ~ようやく帰って来たぜ」

 住み慣れた環境の空気を吸い込み、大きくのびをした(くら)が言う横に、大貴、神魔、クロス、瑞希、シキト、夜薙、ユニ、ヘド、空木が降り立つ

「神魔様」

「神魔さん」

 その帰還を待ちわびていた桜と詩織が姿を見せ、わき目もふらずに神魔の許へと駆け寄っていく

「ただいま」

 その二人を見て神魔が微笑みかけ、それを見て安堵の息をついた詩織はその横に立っている大貴へと視線を向け、今思い出したかのように言う

「と、大貴もお帰り」

「ああ」

 明らかに「ついで」といった口調で言う姉の言葉に、若干の不満を覚えつつも、大貴はあまりべったりされても困るとばかりに淡泊な口調で返す

(俺も、ヒナに連絡しないとな……)

 左右非対称色の瞳で、帰還した神魔とそれを出迎えた桜が心が通い合った様子で視線を言葉を交わすのを見た大貴は、漠然と頭の中にヒナの事を思い浮かべる


 現在、新しい人間界王となった大貴の婚約者「ヒナ・アルテア・ハーヴィン」はその気になれば、世界を越えて通話できる

 だが、大貴に気を使っているのかヒナから連絡が来ることは無い。よほどのことがあればしてくるかもしれないが、今のところ大貴から連絡を取ったことしかない


(俺もまめになったもんだ。まぁ、この頻度じゃ機嫌を損ねているかもしれないけどな)

 折りに触れて、その声が聞きたくなることがあるヒナの事を思い返した大貴は、こまめに連絡を取れない自分に自虐的な感想を抱いて苦笑を浮かべる


「クロス」

 桜と詩織が神魔と大貴を出迎える横で、純白の四枚翼を羽ばたかせたマリアがゆっくりと上空からクロスの前へと降り立つ

(はね)治ったんだな」

 先日の戦いで一枚失われていた翼が完全に再生し、輝かんばかりの純白の翼に戻っているのを見たクロスは少々ぶっきらぼうに言う

「うん。ずっと回復に専念してたから」

 もう少し、気の利いた言葉があってもいいのではないかとも思うマリアが、クロスらしいところでもあるその言葉に微笑む

「クロスも、大した怪我してないみたいでよかった」

「ああ」

 戦いについて行くことができず、その無事を祈ることしかできなかったマリアは、クロスが無事に帰って来てくれたことに安堵し、いたわりの言葉をかける

「それよりもマリア」

 不快慈愛に満ちた笑みを浮かべるマリアの姿を見つめ、鼻腔をつく甘い香りを感じながらその目を満足気に細めていたクロスは、その表情を引き締めると神妙な声音で言う

 その言葉を受けたマリアは、それが何を意味するのかを正しく理解し、一度だけ頷いて見せるとその視線を背後にそびえ立っている冥界王城に向ける

「ここにいてもはっきりと感じられるな」

 クロスの言葉に同意を示すかのように、神魔と大貴をはじめとした戦いに出かけていた者達もまた同じ場所を意識していた


 全霊命(ファースト)には相手の存在の力を知覚し、その種族や個人からおおよその強さまでを判別できる知覚の力がある

 大貴達が冥界王城へ意識を向けるのは、その知覚が中にいる存在を捉えたからであり、そして知覚(それ)ができるということは、その存在が最低でも死神ではないことを物語っていた


「お帰りなさいませ」

 全員が冥界王城へ意識を向けるのを横目に、時雨の出迎えを受けた(くら)は自分に注がれる伴侶の視線からおおよその事情を察して頷く

「――時雨。客だな?」

「はい。リリーナ様がお見えです」

 確認の意味を込めた尋ねられた(くら)の言葉に、時雨は伴侶として以上に、冥界王麾下の死神としての礼を持った態度で答える


 時雨の言う「リリーナ」は、天使が支配する世界――「天界」の王ノヴァとその后アフィリアの愛娘であり、歌姫の名で知られているリリーナのことだ

 その美しい歌声から、光の存在ばかりではなく、闇の存在からも支持されているリリーナは、九世界でも数少ない闇の存在に歓迎を以って受け入れられるであろう希少な存在だ


「そうか」

 時雨の言葉に目を細めた(くら)は、その視線を背後にいる大貴達に向ける

「ついてくるだろ? 多分お前達への要件だぜ」


 冥界王城の謁見の間。玉座を仰ぐ位置に広がっている広間には、一点の翳りさえない幻想的な美しさを持つ五対十枚の翼を折りたたんだ朱色の髪の天使が鎮座していた

 孔雀の飾り羽を思わせる髪飾りでその朱い髪を飾り、振袖とドレスの中間にある様な霊衣を纏ったその姿は、ただそこにあるだけでまるでスポットライトを当てられているかのような輝かしく神々しい存在感に満ち満ちていた


「待たせたな」

 謁見の間の扉を開いた(くら)が入室とづ時に声をかけると、大貴達の力を知覚して気付いていたであろうその人物――天界の姫にして歌姫たる「リリーナ」は、優美な所作でこの世界の王達を出迎えると、恭しく頭を垂れる

「いえ、王務御盛況の事と存じておりますので」

「堅苦しいな。もっと楽にしてくれていいんだぜ」

 本来敵対する関係にある光と闇の存在さえ魅了する歌声を紡ぎ出す清く涼やかで心地よい声を送られた(くら)は、肩を竦めて笑いかける

「お心遣い痛み入ります。では、寛大なる冥界王様のお言葉に甘えさせていただきたいと存じます」

「ああ。それにしても、こんなところで待たずとも、客室で待っていればよかっただろうに」

 ずっと謁見の間で帰りを待っていたであろうことを詫びるように(くら)に声をかけられたリリーナは、小さく首を横に振って微笑む

「いえ、先触れもなくお尋ねした非はわたくしの方にございます。わざわざ冥界の方々にお手間をかけるわけにはまいりませんので」

 固い口調を崩しても構わないと言われていても最低限にして最大級の礼を言葉にして示すリリーナに、(くら)は肩を竦める

「まあ、前置きはこのくらいにして本題に入ろうか。おおよそどういう要件か想像はつくが……」

 これ以上やっても同じようなやり取りにしかならない判断した(くら)は、玉座に上がることをせずリリーナの正面に立って言う

 まるで許可されているにも関わらず言葉を崩さないことへの当てつけにも似た対等な目線での会話に、リリーナは深く目礼することで自身の下位を表す

「はい。冥界(こちら)での光魔神様方のご活躍のほどはいかがだったでしょうか?」

「そりゃあもう大活躍だ。このままここに腰を落ち着けてもらいたいくらいだな」

 満足気な笑みを浮かべた(くら)を見たリリーナは、安堵したふりをしてそれに答える

「それは何よりでございます」

 謙虚な言葉とは裏腹に、大貴達が役に立ち、気に入られることを微塵も疑わずに確信しちえるリリーナの様子に(くら)は満足気に目を細めて応じる


 元々いかにリリーナが世界にその存在を知られた人物であるとはいえ、一世界の王と比べればその格は一段落ちると言わざるを得ない

 対等に話せと言ったり、それを受けながらも言葉遣いをほとんど崩さないという(くら)とリリーナのこれまでのやりとりは、政治的な意図のある腹の探り合いなどではなく、ただの言葉遊びでしかない

 そもそも、自分が楽しいと思うことを優先する性格の(くら)が、ただ生真面目なだけのやり取りを退屈と感じることは、九世界である程度高い地位にある者なら誰でも知っているようなことだ

 リリーナも当然それを踏まえた上で話しており、丁寧な口調でわずかに慇懃に接することで(くら)を楽しませているという面を見れば、接待的な意味合いも有しているともいえるかもしれない


「それで、冥界王様。これからも光魔神様達に関して何かご予定はございますか?」

 恭しく述べたリリーナは、一転して視線を上げると(くら)を見上げて伺いを立てる

 これがリリーナの「本題」であることをその声音から見抜いた(くら)は、その問いかけに偽りのない本当の答えを返す

「いや。あとはゆっくりしてもらおうかと思ってる程度だな」

 そう言って大貴達に一度視線を送った(くら)はリリーナに向き直って言う


 今回の戦いで、十世界はその総督出会って真紅を失った。また、その真紅が英知の樹(ブレインツリー)と内通していたこと、そしてその結果起こした事件を受けてしばらくは十世界の死神達はおとなしくしているだろうというのが(くら)の見立てだった


「冥界王様がそのようなお気遣いをしてくださっているところにこのような話をするのは極めて不本意なのですが、ようやく、と申しますか……我々の側も準備(・・)が整いました。もしよろしければ、次の世界『聖人界』へと光魔神様方をご案内させていただきたいのですが」

 そして、その(くら)の言葉を受けたリリーナは、深々と頭を下げてその視線を大貴達に向けて要件を切り出す


 元々リリーナがここに来た時点で、(くら)はその目的が次の世界へと大貴達を連れていくことであることを推測していた

 光と闇の世界を交互に訪界している以上、闇の世界である冥界の次は光の世界になるのは必然。そして、その水先案内人にリリーナを立てたのは、九世界の中でも歓迎される性質を持った人物だからだろう――ましてや、次が「聖人界(・・・)」となればなおのことだ


「そうか。まあ、一日二日は休ませてやってくれ。光魔神達も戦いばかりで疲れているだろうからな」

「心得ております。寛大なお言葉感謝の意にたえません」

 腕を組んだ(くら)がその提案に対する了解の意味を込めてそう答えると、リリーナは胸に手を当てて深々と頭を下げる

「ってわけだ。せわしなくて悪いな。まあ、残りの時間はこっちでゆっくり羽を伸ばしていってくれ」

「ああ。そうさせてもらうよ」

 そう言って(くら)に視線を向けられた大貴は、目礼をして答える

(次は、聖人界か。冥界(ここ)はいいところだったから少し名残惜しいけどな)


 最初の人間界は特に顕著だったが、自分が光魔神ということで各世界の王をはじめとする人物に敬意を以って接されるのは大貴としても少々気まずいものがあった

 だが、(くら)はそういうものをほとんど感じさせない気さくな態度で接してくれたことが大貴としても嬉しく、居心地がよかった


 そのことに一抹の名残惜しさを感じながら視線を向けた大貴は、あからさまに嫌そうな顔をしている神魔を視界に収めて眉を顰める

「……?」

 それを訝しんで視線を巡らせれば、神魔程顕著ではなくとも、桜と瑞希、更にはクロスとマリアまでもがどこか渋い表情を浮かべているように見えた

 その原因を考えれば、先程の会話のタイミングから考えて次に赴く世界――「聖人界」のことが原因であるのは間違いないだろう

「?」

 闇の全霊命(ファースト)である神魔、桜、瑞希だけではなく、光の全霊命(ファースト)であるクロスとマリアまでもが歓迎すべからざる表情を浮かべているのを見た大貴は、同じくそれに気づいている詩織と視線を交わしてこれまでにない反応に疑念を募らせる


(なんだ……?)




冥界編―了―

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