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魔界闘神伝  作者: 和和和和
冥界編
179/305

落月







「あいつらはいなくなったみたいだな」

「ええ」

 冥界王城全体を呑み込むほどの巨大な爆発を隠れ蓑に、真紅をはじめとする十世界の姿が見えなくなっていることに気付いた大貴は、周囲を警戒しながらもほぼその事実を確信して言う

 真紅達が冥界王城に来る際に使っていた、二頭の竜に引かれる城――十世界の冥界における居城が消えていることを見ても、それは明らかだろう

「ったく、何がどうなってるんだよ?」

 真紅が神器によって作り出した空間から出るなり、次々とあずかり知らぬことが進んでいたことに、大貴は困惑気味に言う


 当初、神器の世界に取り込まれた大貴に接触してきた真紅は、その在り方を問いかけてきた。その時に交わした言葉と刃が語った心は、決して嘘や偽りではなく、本題を誤魔化すための時間稼ぎでもなかった

 つまり真紅は、大貴――光魔神に、九世界と十世界に対する身の振り方を尋ねると同時に、もう一つ別の目的も並行して行っていたということだ

 そのもう一つの目的こそが、真紅達が捕らえた夜薙であることは間違いない。だが、情報が欠如している今の状況ではそれ以上のことは何も分からなかった


「それについては、俺から説明してやろう」

「!」

 そんな大貴の苦々しい言葉に答えたのは、いつの間にかその近くに移動してきていた(くら)の声だった

「真紅と戦ってよく無事だったな。さすがは、光魔神だ」

 大貴と、その隣りで静かに佇んでいる瑞希を交互に三つの目で見た(くら)は、口端を吊り上げて笑うと偽りのない賞賛の言葉を送る

 真紅は、かつて冥界最強の戦力「無言(しじま)」で最強を誇った人物。今の冥界でも、真紅と一対一で戦って勝てるのは、(くら)くらいのものだろう

「いや、俺一人で戦ったわけじゃない」

 冥界の王からの言葉を、素直に受け入れられないと言った表情で大貴が視線を向けたのは、ここまで沈黙を守り、ただ静然と佇んでいる瑞希だった

 真紅と互角以上に戦えたのは、単に瑞希が力を貸してくれたからだ。そうでなければ、知覚のできないことに加え、圧倒的なその戦闘力の前に苦戦は免れ得なかっただろうと、大貴は洞察している

「謙虚な奴だ」

 「例えそれでも」と思って発した言葉に、それでは足りないと答えた大貴に苦笑を返した(くら)は、その表情を引き締めて冥界王の顔になる

「とはいえ、それを話すのはお前の仲間を集めてからだ」

 大貴と瑞希を見据え、王としての毅然とした口調と態度で言った(くら)は、軽く周囲へと意識を向けるように首を動かして、重い口を開く

「あっちの天使の姉ちゃん――それに、あっちにいる悪魔の別嬪さんも、厳しいな」

「?」

 それが、四枚ある翼の一つを失うほどの傷を負っているマリアと、かなり力が弱っている桜の事を指しているのだと察した大貴は、その言葉の意味を掴みあぐねて訝しげな表情を浮かべる

「決まってるだろう? 次の戦いに参加できないってことだ」

 その視線の意味を正しく受け取った(くら)は、簡潔にその理由を答えると、それに虚を突かれたような表情を浮かべる大貴に、王としての威厳と意思を宿した声音で宣言する



「明日にでも、戦力を整えて真紅のところに殴り込む」





 冥界王城から遠く離れた洋上。青く広がる海原を突き破って二頭の竜と、それが引く巨大な城が神臓(クオソメリス)の陽光の許へその姿を現す

「十世界冥界の居城でもあるその城の上は、今まで海中にいたにも全く濡れておらず無数の影だけがそこに佇んでいた

「……便利なもんだな」

 空を見上げ、何もないように見える空を見上げて独白した額に漆黒の一本角を持つ赤髪の悪魔――「紅蓮」は、その視線を獣の頭蓋を思わせる兜をかぶった人物へと向ける


 海中で濡れないなど、全霊命(ファースト)にとっては造作もないこと。事象を否定し、思うままに現象を顕現させる神能(ゴットクロア)の力を以ってすれば容易い

 故に、紅蓮が感嘆の声を述べたのは、全く濡れていない城の方ではなく、この竜を含めた本拠地を包み込むように覆っている、知覚のできない力によるものだ


狂牙(クルウガ)が張る結界は、完全に知覚を絶つことができる。俺達はともかく、あんたらを探されたら一発で見つかっちゃうからね」

 その紅蓮の視線に気づいた白髪の死神――「斬黒(ざくろ)」は、骨で作られたような槍戟を手にしている獣頭蓋の兜をかぶった「狂牙(クルウガ)」という名の死神へ視線で誘導して小さく笑う

「それはお気遣いどうも」

 事実を淡々と並べた斬黒(ざくろ)の言葉に、紅蓮は素っ気ない態度で応じる


 知覚のできない死神である真紅達をはじめとした、死神達はまだしも、紅蓮、ジュダ、ラグナ、シャリオはそれぞれが知覚される神能(ゴットクロア)を保有している

 その力を知覚されれば、容易に見つかってしまうのは必定。だが、狂牙(クルウガ)がその武器を介して展開した透明の冥力膜は、外界からの知覚を完全に遮断する隠蔽の力を持つもの。

 これによって、大貴達はもちろんの事、(くら)をはじめとする冥界の死神達からの追跡を逃れることができる


「――つうか、俺的には大貴に来てもらう方がありがたいんだがな」

 先程まで対話していた斬黒(ざくろ)達から視線を背け、話しを終えたとばかりに背を向けた紅蓮が小さな声で呟く傍ら、真紅の許へと歩み寄ったシャリオが丁寧な口調で問いかける

「それで、これからどうするんですか?」

 十世界冥界の総督である真紅は格上に当たる。そのため、形式的に敬語を使って話しかけたシャリオに答えたのは、真紅ではなく澄んだ女性の声だった

「姫に、彼女を引き渡すのです」

 その声に視線を向けたシャリオは、そこにいた人物――「夜死(イエス)」が三つの瞳を向けた先にいる死神の少女を見る

「――ッ」

 夜死(イエス)の武器である手甲から伸びる暗糸に全身を絡めとられ、簀巻きのようにされた黒髪の女死神――「夜薙」が、その三つの目でそこにいる面々を睨むように見据えていた

 死神であるため知覚でその状態を探ることはできないが、消耗を窺える表情と、黒糸に絡めとられたその身体からはわずかに血炎が立ち昇っており、小さくない傷を負っていることが容易に見て取れる

「なるほど」

「融合神器『融神器(ユナイティア)』。複数の存在を一つの存在へと生まれ変わらせる力を持つ神器が彼女の身体には封じられています

 それを姫の力を持って取り出すことが、今回の真紅様が光魔神と対話すること以外に強硬手段に出られたもう一つの理由でもあります」

 話としては聞いていた神器の持ち主である夜薙を見て呟いたシャリオに、夜死(イエス)は静かな声で答える

「かつて、『ヘイルダートの悪夢』と呼ばれる事変を引き起こした混濁者(マドラス)達は、この神器の力で世界の理を変えようとしました。

 結果的にそれは失敗するのですが、彼女の姉である椎稲(しいな)によって奪われた融神器(ユナイティア)は、その手によって彼女へと融合させられたのです」

 夜薙を見据え、その神器の由来を語る夜死(イエス)の言葉に耳を傾けていたシャリオは、その内容に違和感を覚える

「そんなに簡単に神器の力を使えるものですか? 姫ならばまだしも、随分気軽にその力を使おうとしている酔うように思うのですが」


 神の力の断片である神器は、きわめて強力な力を持っているが誰にでも使えるものではない。そして、一つ使えるからと言って別の神器を使えるかといえばそうではない。

 それと照らして考えれば、その神器を多くの者が使おうとしているように感じられることからの疑問だった


「はい。融神器(ユナイティア)という神器は、使用者を選ばない(・・・・・・・・)特別なものなのです」

 そして、そんなシャリオの至極もっともな疑問に、夜死(イエス)は硬質な声で答える


 確かに、神器の大半は使用者を選ぶ。神か、神の巫女である奏姫でもない限り自由に神器の力を使うことは難しい

 だが、何ごとにも例外はあるもの。神器の中には、ごく少数ではあるが使用者を選ばない――厳密にいえば、全霊命(ファースト)の神格があれば使うことができる――ものが存在することもまた事実なのだ


融神器(ユナイティア)の神器が持つ力は、存在を一つに紡ぐもの。その力は、〝蠱毒〟であり、同時に〝生誕〟としての神格事象を持つもの――つまり、特定の神あるいはそれに準じる力や権能ではなく、生物が交わり新たなに生み出す営みの力を宿したものです」

「……ぁ゛!?」

 夜死(イエス)のその説明を、意識だけ向けて聞いていた紅蓮は思わず怪訝な声を発してしまう

「つまり、男と女が交わって新たな命を生み出すという概念を神格化した神器ということですわ」

 そんな紅蓮の反応に小さな笑い声を交えながら答えたのは、ゴシックドレスを思わせる霊衣を纏った死神の少女――「マルチナ」だった


 神器とは、創界神争において光の絶対神(創造神)闇の絶対神(破壊神)が戦った際、その力が砕けて形を持ったもの。光と闇の神位第一位の神の力は神の全てにも等しい。故に、神器は様々な神の力の断片が込められている

 そのため神器の力は、光、闇、異端を含めた全ての神が持つ神の神能(ゴットクロア)――「神力」の一端やその特性を宿したしたものが大半を占めている


 だが、中にはその例外となるものもがある。


 夜薙に融合した「融神器(ユナイティア)」もそんな特殊な神器の一つ。

 その「融合」の力の根底にあるのは、()びの力。男と女が交わり、全く別の命を生み出すように異なる二つの力を結び、新たなものへと生まれ変わらせる転生の力

 そして、生物が屠った別の命を喰らい、自身の命を繋ぎ永らえさせるように、あるいは力、文化などを取り込んで成長し進化していく力でもある


 絶対神のユニットが神。神のユニットが「全霊命(ファースト)」と「世界」。世界のユニットが「半霊命(ネクスト)」。絶対の位置から無数の個へと枝分かれしていくように、別れた枝を繋ぎ、神へと回帰するように個へと還すことこそが融神器(ユナイティア)の力なのだ



「なんだ。それならそう言えよ。もったいぶった言い回しをしやがって」

 マルチナの説明を聞いた紅蓮は、思わず声を出してしまったばつの悪さを誤魔化そうとするかのように視線を逸らしてぐれた様に言う

「言うなれば、誰にでも備わっている概念を行使する神器であるからこそ、誰にでも使える神器なのかもしれませんわね」

 そんな紅蓮の様子に目を細めたマルチナは、自身の私見を込めた言葉で話を締めくくる

「いえ、私はその意見には懐疑的ですね」

「――『骸』」

 しかし、自身の言葉を否定されたマルチナは、わずかに細められた目から冷ややかな視線をその声の主である片眼鏡の死神「骸」へと向ける

融神器(ユナイティア)は罪の神器。生誕を司りながら、それを冒涜するものです。複数の存在の融合は混濁者(マドラス)に似たもの。故に、我らは自らを律し、禁忌の前で踏みとどまることを求められているのです」

「確かに。例えば、融神器(それ)を使って天使と悪魔を融合させたらどうなるのかな? 光魔神みたいな奴ができるのか、それともまったく新しい全霊命(ファースト)が生まれたりして」

 その骸の言葉を聞いていた斬黒(ざくろ)は、その意見に一定の共感を示し、そしてふと浮かんだ疑問を口にする


 神格を持つ存在にとって、光と闇という相反する力は決して同じ魂に存在することは無いもの。故に混濁者(マドラス)も光同士、闇同士でしか存在せず、光と闇の存在が愛し合ってもその間に子供は生まれないのが真理だ

 だが、融神器(ユナイティア)の力ならば、異なる種族同士を融合させることができるのか? もしできたとするならば、それはどんなものになるのかは確かに興味の尽きないものかもしれない


「そういえば、融合したその者の人格はどうなるのでしょう? あるいは男と女が融合したらその身体がどうなるのでしょうね――興味はありますが、試すのは恐ろしくさえ思えます」

「確かにー。お前達と融合するなんて御免だね」

 その話を聞いていた白装束のような霊衣に身を包んだ黒髪の女死神「鈴音」が、その目を怜悧に細めて思案げに呟くと、斬黒(ざくろ)はそこにいる全員を見回して笑いながら言う

「それはこちらの台詞ですわ」

「同感です」

 その言葉に、マルチナと鈴音の二人から冷ややかな声が返されるが、斬黒(ざくろ)はそれに笑って答える


 融神器(ユナイティア)によって複数の存在を融合させた場合、その異なる人格がどうなるのか、あるいは性別が違った場合はどうなるのか

 その神器の力を考えるうえで誰でも抱くであろう単純な疑問であり、相応に好奇心も刺激されるが、試してみようという気にはなれない


「そこまでです」

 その時、斬黒(ざくろ)達のやり取りで緩んでいた空気を引き締めるように、夜死(イエス)が軽く手を鳴らす

「無駄な雑談はそのくらいに。私達の目的は、姫の――いえ、我々十世界の理念を実現させるために、この世の理そのものを改変させることなのですよ」

 それによって全員の意識が自分に向けられたことを感じ取った夜死(イエス)が、厳かな声音で自分達の目的を戒めるように言い聞かせる

「姫に融合していただくのは、真の神器に封じられた神。命が絶え、神力そのものとなった神との融合ならば、その心の全ても姫のものになるのですから、そんなことは考えるだけ無駄というものです」


 融合した人格の懸念はもっともだが、幸いにしてこの世界にはその素材に最適なものがある。それは「神器」。その中でも、「真の神器」と呼ばれているものだ。

 神は不滅の存在。仮に命を落としても、絶対神が生きている限り、その神力と神としての名を継承して何度でも生まれ変わることができる。

 そのため神々が争った世界最初の戦争――「創界神争」では、神を倒した神は、その復活を阻止するために様々なものにその存在と力を封じた。それこそが、最初にして真の神器の正体

 つまり、真の神器からならば、力だけの存在になった「神」を取り出すことができる。それと融合すれば、人格も性別も関係なくその力を確実に(愛梨)のものにすることができるだろう


「いや、違うな」


「――ッ!」

 その時、自身の言を否定する声が響き、夜死(イエス)は弾かれたように視線を向ける

 振り返った夜死(イエス)の三つの視線が捉えたのは、自分達の居城である城の頂に立って睥睨している一つの影。短い金色の髪を風に揺らめかせる死神の男だった

「あなたは……夜半(よはん)!」

 そこにいる男を映した三眼をわずかに瞠った夜死(イエス)は、武器である手甲から黒暗糸をいつでも出せるように構える

「なぜここが……」

 臨戦態勢を取った夜死(イエス)の反応を嘲笑うように、夜半(よはん)は武器を顕現させることもせず、ほとんど無防備にゆっくりと降り立つ

「出て行きなさい。ここはあなたのような人が来る場所ではありません!」

 十世界に所属する多くの死神達がいる中に、平然と降り立った夜半(よはん)は、夜死(イエス)の鋭い声に口端を吊り上げて笑う

「そうかな? 周りを見てみろ」

「――!?」

 憐れんでいるようにも、嘲っているようにも取れる夜半(よはん)の笑みに視線を巡らせた夜死(イエス)は、そこで起きていた異常事態に目を瞠る

 そこでは、突然の乱入者に混乱する者と、微動だにせず平然とその様子を見ている者の二通りに分かれている。その中で、斬黒(ざくろ)狂牙(クルウガ)、マルチナ、鈴音、骸そして真紅という、夜死(イエス)を除く最上位陣が反応していないことが困惑を強めていた

「遅かったな」

 そんな異常事態の中、真っ先に口を開いた真紅に夜半(よはん)は不敵な笑みを浮かべる

「し、真紅様?」

 そのやり取りに息を詰まらせる夜死(イエス)の視線の先、その掌から黒い刀の刀身を出現させた真紅は、それを一薙ぎして夜薙を拘束する黒糸を断ち切る

「悪いが、融神器(ユナイティア)は俺が使わせてもらう」

「っ、まさか……あなたは」

 抑揚のない声音で言った真紅の言葉に、夜死(イエス)の中で現状が整理され、一つの結論を導き出す

「裏切った――いえ、売った(・・・)のですか!?」

「違う。俺の忠誠は姫に捧げている」

 強い語気で放たれた夜死(イエス)の詰問を、真紅は感情の抜け落ちた様な平淡な表情で受け止める

融神器(彼女)を献上したところで、姫は御自ら神になるようなことはなさらないだろう。ならば、あの方の御心に沿うよう、俺が神の力を得る」

「――ッ」

 それに答えるように続けられた真紅の言葉に、夜死(イエス)はその考えを察して唇を引き結ぶ

「それは、確かにその可能性はあります! そして、真紅様がなにを懸念されているか(・・・・・・・・)も! ですが、なぜ彼と手を結ばれたのですか!?」

 真紅が言うように、(愛梨)融神器(ユナイティア)を使って、自分達が望んだように神になってくれるとは限らないし、真紅の懸念は回避する手段がある。

 もし愛梨が拒否しても、別の誰かが――真紅が神になるという手段は夜死(イエス)も考慮していたことだ。だが、夜死(イエス)が許容できないのは、夜半(よはん)――かつて、ヘイルダートの悪夢という事変を引き起こした冥界の裏切り者と手を結んだことだ

「理念を実現させるためには、信念を棄てねばならない時もある」

「真紅様……!」

 十世界の理念以上に、愛梨への忠誠心が強すぎるがゆえに、真紅はその願いを叶えることを重んじる

 それを知っている夜死(イエス)は、それを知っていたというのにそれを見誤った過ちと、真紅自身への憤りに胸を詰まらせる

「世界を変えるにしても、器となる神は選ばなければならないだろう? それだけの力を持つ神を選び出す素体は、お前達十世界には用意できまい」

英知の樹(ブレインツリー)……」

 鼻で笑うような夜半(よはん)の言葉に、夜死(イエス)はその所属を察して歯噛みする


 確かに、愛梨の理念を叶えるために世界の事ありを書き換えるとして、全ての神がその力を持っているわけではないのだから、その力となる神は選ばなければならない。

 そのための真の神器を選び出すことは、恒久的平和を掲げる十世界よりも、神とその力を探求している英知の樹(ブレインツリー)の方が適任かもしれない


(そういうことですか……!)

 そう合理的に考えたからこそ、真紅が英知の樹(ブレインツリー)と内通したのだと理解した夜死(イエス)は、しかしその忠義と背信を許容することができずに歯噛みする

「あなたは――」

「世界を創世した神々は去ってしまった。だが、この世界は、神が作った理が今も尚支配し続けている」

 理解はできるが認めることができ兄といった様子の夜死(イエス)を静かに三つの目で見据えた真紅は、その言葉を遮って淡々とした静かな口調で独白する

 その言葉は、独り言のようでいて夜死(イエス)に向かって囁かれるやり場のない真紅の想いそのものでもあった

「生も。死も。善も悪も。光も。闇も。全霊命(ファースト)も。半霊命(ネクスト)も。全てを任せたと言わんばかりに去っておいて、それが変わらないのは不公平だとは――いや、理不尽だとは思わないか?

 作ったものを、後は任せたと置いて行ったばかりか、自分達は干渉せずに神界から観賞しているだけ。これでは我々はただの実験動物(モルモット)ではないか」

 その言の端々から滲むのは、この世界を創世した神に対する恨み言。そして同時に、世界を作り、命を作り、理を定めて全てを委ねて去っていった神々()への反抗でもある

 与えられたものを、そのかたちのまま残す必要はない。世界も、理も、神が作った者であろうと、それを今管理しているのが自分達のこの世界に生きるものである以上、その望む形を実現できるように、神が定めた全てを書き換えてやるという、真紅の決意だった



「――俺達は、神の被造物であっても、神の玩具になるつもりはない」



「そう。それこそが、英知の樹(我々)の最終到達点でもある」

 その真紅の言葉に呼応するように、夜半(よはん)が両の手を広げて高らかに宣言する

「神の力を解き明かし、神の力を得れば、世界を支配する理を操ることができる。それこそ、十世界の姫が望む完全な平和の実現だって可能になるだろう?

 神が自分達の作ったものを観察するというのならそれでもかまわない。なら、俺達は俺達なりの世界(もの)を作らせてもらうだけだ」

 夜半(よはん)の言葉に、十世界の死神達は一定の理解を示す者、言っていることは分かるが承服しかねると言った不満気な表情を浮かべる者と大きく二つの反応が返される


 世界の恒久的平和を求める十世界と、神の力を求める英知の樹(ブレインツリー)。これまで、相容れることのなかった二つの組織は、そしかしその根源で互いに利を共有することができる

 夢を掲げるのではなく、理想を謳うのではなく、できることを成すのではなく、「できるように作り変える」という実利を伴った手段。そのためにこそ、神の力が必要になる


「そのようなことを、姫が望むとでも思っていらしゃるのですか!? 真紅様達が作ろうとしているのは平和などではありません! 例えそれを実現したとしても、それは、姫が望んだものではないはずです!」

 真紅と夜半(よはん)が――十世界と英知の樹(ブレインツリー)の垣根を超え、九世界のためにことを成そうとするその思想に、夜死(イエス)は抗議の声を上げる


 どれほど素晴らしい理念や理想を掲げようと、誰かが思い描く世界のために、それを害するものを否定する事は愛梨が望む友好的な平和ではなく、〝支配〟と呼ばれるものだ

 その果てに作り出されるものが仮に同じ平和だったとしても、それは決して同じ平和ではない。その在り方を決められ、誰かが望むまま選択を許されずに生き続けることは、その命と心を踏み躙られることと同義

 真紅達が作りだそうしている平和な世界には、生きた者達は存在しない。心を作られた生ける屍が――生き物の形をした何か(・・)が蠢いているだけだ


「あぁ。お前ならそう言うと思っていたんだ夜死(イエス)。だから俺は、お前をこちら側に誘わなかった」

「……ッ!」

 その言葉に静かに応じた真紅にその三つの目で見つめられた夜死(イエス)は、眼前に立つ十世界死神総督たる死神の身体が黒硬化していくのを見て、息を詰まらせる

 自身の身体そのものを武器と化した真紅は、凶器となった己の手のひらに視線を落とすと、抑圧されていた感情を絞り出すように言う

「間違っていてもいい。この身がどれほど傷つこうが、穢れようが、俺は俺の大切なものが、傷つけられ、失われていくのを見ているのは、もう耐えられない」

 そう言って拳を握りしめた真紅は、夜死(イエス)を揺るぎない意志と決意が宿った瞳で見据える


「手に入れることを世界の理が拒むというのなら、俺は神とでも戦う」


「真紅様……!」

 その意思を理解しながらも否定する夜死(イエス)は、今にも涙がこぼれてしまいそうな悲しげな表情で訴える

 「そんなことはしないでください」という意思がひしひしと伝わってくる声を目を伏せて受け流した真紅は、武器化した自身の手のひらから黒い刀刃を出現させる

「だから俺は神になる。そして、姫の理念を実現し――」

 そう言って、真紅は刀刃の一閃によって夜死(イエス)を斬り裂く

「ッ!!」

 真紅による斬撃を受け、肩口から袈裟懸けに刻まれた傷痕から血炎を立ち乗らせる夜死(イエス)を刀刃の切っ先で持ち上げると、神妙な面差しで言い放つ

「シェオルを取り戻す」

 その言葉と共に夜死(イエス)の身体を軽々と海に向かって投げ捨てた真紅は、自分に注がれる悲しげな副官の三つの瞳に、自嘲するような声で言う

「全ての罪と咎は俺が持っていく」

 血炎に包まれながら、海へと落下していく夜死(イエス)の三つの目と心には、真紅が浮かべていた哀愁の笑みが強く焼き付けられていた


夜死(イエス)、そちら側のことはお前に任せるぞ」


 その言葉を最後に、夜死(イエス)の視界は、青い海の中へと呑み込まれていった





「――それが、真紅の目的だ」

 そう言って話を締めくくった(くら)の前には、大貴、神魔、クロス、桜、マリア、詩織、瑞希をはじめ、シキト達死神の一部が揃っている

 真紅達に逃げられた後、大貴達主要なメンバーを集めて自身が推察した真紅の目的を含めた話をした(くら)の話しが一段落すると、そこには重苦しい雰囲気が漂っていた

「なるほど、神と融合してか……そう言われてみれば、そんな様なことを匂わせてたな」

 真紅とのやり取りや戦いのさなかに発した言葉を思い返した大貴は、神の力に対してみせたその反応に、(くら)が指摘したその意思を垣間見て呟く

 今にして思えば、真紅が大貴と戦ったのは、その意思を尋ねるためだけでは悪、神という力――その片鱗を己の目で確認し、世界の理を変えるに足るものかを確認したかったのかもしれない

夜薙(あいつ)は、何も……」

 そうして大貴が独白する傍らで、シキトは誰にも聞こえないような小さな声で呻く

 これまで幼馴染としてずっと行動を共にし、親しくしてきたはずの夜薙がそのことを自分に伝えてくれていなかったことにショックを隠せない

「夜薙からのたっての希望もあってな。このことを知っているのは、本当に一握りだ」

 そんなシキトの反応に気付きながらも、(くら)はそれをあえて無視してその場にいる全員を見回して言う


 夜薙が姉である椎稲(しいな)から託された融神器(ユナイティア)のことは、(くら)と時雨、そして無言(しじま)をはじめとするごく一部の者にしか知らされず、たっての希望でシキトにさえ伝えられなかった

 それは、自身が想いを寄せるシキトが、姉に恋慕の情を抱いていることを知っていたがゆえの、夜薙なりの配慮――あるいは、引け目や負い目から来るものだったのかもしれない

 いずれにしろ、(くら)は冥界の王として夜薙の進言を受け入れ、求められるままにシキトにさえその事実を伏せていた


「だが、俺が危惧しているのはそっちじゃない」

 小さくないショックを受けているであるシキトを視界に収めながらも、それに対する感情を一切垣間見せることさえしない(くら)は、険しい表情と声音で言う

「姫に献上するなら、まあ夜薙の命は保証されるだろう。だが、あいつはおそらくそうはせず、自分で神の力を独占するつもりだ」

「!」

 (くら)にとって、融神器(ユナイティア)を夜薙が持っている事態は問題ではない

 自身が言ったように、奏姫(愛梨)がいれば夜薙を傷つけることなく神器を取り出すことができるだろうし、愛梨自身がそれを望まないだろう――だが、(くら)は真紅が十中八九夜薙の神器(その力)を独占するであることを半ば確信していた

「世界の理を変えるには、それなりの神格を持った神の力が必要だ。うまく順序立てていかないと、話しにならない。

 だから、英知の樹(ブレインツリー)なんぞと手を組んだんだろう――そしておそらく奴は、姫の目的を実現するのと同時に、もう一つ自分の目的を果たそうとしている」

 世界の理を変えるほどの神格を持つ神は限られている。そして、他の――神界にいる神からの干渉や影響を考えれば、融合する神をうまく揃え、選び、取り込んでいく必要がある

 そのためには、真の神器に封じられた神がどういう神なのかを正しく知る必要がある。だからこそ真紅は、神と探求を目的としている英知の樹(ブレインツリー)に接触したのだと(くら)が告げると、大貴はその言葉に訝しげに眉を顰める

「もう一つ?」

 大貴だけではなく、この場にいる時雨を除く大半の人物が抱いている疑問を代弁したその言葉に、死神の証でもある三つの目をわずかに剣呑に細めた(くら)は、一拍の間を置いて厳かな声で言う


「シェオルを取り戻すことだ」


「――!」

「シェオル?」

 「シェオル」という言葉を聞いた途端、その場にいた者達の反応は大きく二つに分かれた。一つは息を呑むもの、そしてもう一つはそれを理解できない大貴と詩織の疑問

「シェオルは、かつて真紅(あいつ)が惚れていていた死神。俺と同じ、〝二大冥王〟の一人だ」

 そして思わずこぼれた詩織の声に、(くら)がその言葉――「シェオル」という名を持った者について語る


 「原在(アンセスター)」――神から生まれた最初の全霊命(ファースト)は、各々の種族でその人数が異なる。悪魔ならば、皇魔と呼ばれる五人の悪魔、天使ならば十聖天と呼ばれる十人の天使

 そして、死神の原在(アンセスター)こそが、「(くら)」と「シェオル」。――「二大冥王」と呼ばれる二人の死神だ 


「そして、私と同じく(くら)様の伴侶でもあった方です」

 そして、その言葉を引き継ぐように、(くら)の伴侶でもある時雨が、その人物について補足を加える


 全霊命(ファースト)は多夫多妻制。互いの想いさえあれば、何人でも伴侶を持つことができる。王だから、原在(アンセスター)だからということは無いが、(くら)が二人以上の伴侶を持っていることには何ら疑問はない

 だが、その伴侶がここにいないことが。そして「あった」という過去形で表現されたことが、シェオルという人物の身に起きたことをある程度予想させてくれる


「あの……そのシェオルさんという方は、亡くなったんですか?」

 おそらくそうであろうという確信に似たものを抱きながら、詩織が恐る恐る尋ねる


 それを詩織があえて訊いたのは、決して好奇心からなどではなく、真紅という死神の目的がそのシェオルにあるのならば、その人物について知っておくことが必須であり、ひいてはそれが、大貴や神魔のために役に立つと考えたからだ。

 戦う力を持たない自分にできるのは、無知であることを逆手にとって色々なことを聞くこと。それが、詩織が考えた今の自分ができることだ


「いや、違う。あいつは――」

 しかし、その言葉を小さく首を横に振って否定した(くら)は、細めた三つの目に抱かれる瞳に影を落とすと、たっぷり一拍の間を置いてその重い口を開く



「『蒐集神(コレクター)』に喰われたんだ」






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