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魔界闘神伝  作者: 和和和和
冥界編
174/305

心の距離






「神、魔……」

 突如横から乱入し、目の前で闇の神能(ゴットクロア)が凝縮され具現化した漆黒の陣羽織を思わせる霊衣を揺らめかせるその人物に、クロスは思わず声を漏らす

 激しい戦いを経てきたのであろうその身体には、天使以上に優れた悪魔の再生能力を以ってしても癒えきらない傷が残っているが、クロスの眼前に佇むその後ろからは、全く弱っているような様子は見受けられない

「なんで……」

 目の前にいるのは闇の全霊命(ファースト)である悪魔であるはずなのに、クロスはまるでその存在そのものが輝いているような錯覚を神魔に覚えていた

 そんなクロスの声に背を向けていた神魔は、不意に肩ごしに視線を向けると、乱暴にその襟首を掴んで力任せに後方へと放り投げる

「邪魔」

「――おわッ!?」

 突如霊衣の襟首を掴まれ、一気に身体が振り回される感覚に思わず声を上げたクロスは、そのまま神魔の膂力によって力任せに背後に立ち並んでいる高層建築に叩き付けられる

 神器によって作り出された仮初の空間にそびえ立つ摩天楼は、その衝撃で轟音と共に上層階半分ほどが崩落し、崩れた瓦礫が地面に落下して砕ける音が響く

「てめぇ、何しやがる!?」

 その粉塵の中から顔を上げたクロスは、突如実力行使で自分を放り投げた神魔に抗議の声を上げる

 しかし、そのクロスの声を受けた神魔は、金色の瞳を抱くその目と眉をわずかに細め、不快感とも煩わしさとも取れる表情を浮かべ、その視線をシャリオへと向けて背中越しに言う

「あれが誰だか知らないし、二人の関係に興味もないけど、殺す気がないなら下がっててくれる?」

「ふざけるな、俺はシャリオを殺すつもりなんてない!」

 魔力に乗せて届けられた神魔の冷淡で無感情な響きを帯びた声音に、クロスは声を荒げる

 神魔の声に宿る無機質な感情は、目の前にいる敵を排除するという明確で絶対的な意志に基づく戦意と殺意が一体となったものだ

「あっそ。でも、そんなの関係ないよ」

「なんだと……?」

 背後から聞こえるクロスの声を一笑に付した神魔は、自身の武器である大槍刀に暗黒色の魔力を纏させながら普段通りの穏やかな声音でそれに答える


「だって、クロスに死なれると僕が困るからね」


「……!」

 悪魔である神魔の口から告げられた思いもよらぬ言葉に、シャリオだけではなくクロスまでもが虚を突かれたように目を丸くしていた

 一方で神魔は、自身の存在を構築する神能(ゴットクロア)そのものである魔力を戦意に滾らせ、漆黒の霊衣をはためかせながら大槍刀を肩に担ぐ

「――だから、面倒事を処分しておくだけ」

 純然たる殺意に彩られた優しい笑みを浮かべた神魔に微笑みかけられたシャリオは、眼前のあまりにも理不尽な光景に砕けんばかりに歯を噛みしめる

「なんで、悪魔が天使を助ける……!?」

(菖蒲は、死んだのに――!)

 神魔を前にしたシャリオの胸中に湧き上がるのは、悪魔に守られたクロスに対する嫉妬と羨望、そして理不尽な世界に対する憎悪だった


 親友として共に長い時間を過ごしてきたクロスとシャリオは、実の兄弟以上に心を通わせる似た者同士でありながら、対極的ともいえる運命を歩んできている

 クロスは全霊命(ファースト)半霊命(ネクスト)混濁者(マドラス)であるマリアを、そしてシャリオは悪魔である菖蒲――共に禁忌とされる相手に想いを寄せたていた


 マリアは天界王・ノヴァがその保護しているため、暗黙の上でその存在が許されている。だが、ただの悪魔であった菖蒲は、九世界の法によって裁かれこの世にはもういない

 それだけなら、まだ仕方がないと諦めることができた。クロスに羨望と嫉妬を抱きながらも、世界がそうなっているのだからと無理矢理納得することができた


(なんで、お前は俺が欲しかったものを全部、当たり前のように手に入れるんだよ……ッ!)

 だが、菖蒲を失い、異なる存在同士で愛し合うことが許される世界を求めて十世界に入ったシャリオの目の前で、愛する者を殺した法の中で生きるクロスが、悪魔と言う禁忌の存在に救われた


 愛する者が生きていて、禁忌の存在であるその人物を愛することが黙認され、敵対するべき相手とも絆を結んでいる。クロスと神魔が見せる光景は、シャリオが望んで止まない自身の願いそのもの

 だからこそ、当然のように自分が求めていたものに恵まれているクロスの姿がシャリオにとってはどうしようもなく恨めしく、羨ましく――憎悪さえ湧き上がってくるかのようだった


「どうしてお前は……お前だけが――!」

 血を吐くような思いで、声を絞り出したシャリオは、自身の持つ大剣に純白の光力を纏わせる

 穢れのない輝くような真白の双翼を羽ばたかせ、世界の理を振り切る神速で神魔まで刹那もなく肉薄したシャリオは、まるで自分が手に入れることができなかった〝憧憬〟を破壊しようとしているかのように、聖大剣を最上段から振り下ろす


「……ッ!」

 さながら天を両断するような純白の神聖な閃きが、神器によって作り出された仮初の世界に刻み付けられる

 聖浄の滅びが宿ったシャリオの大剣による力任せの斬撃は、しかし次の瞬間には純白を呑み込む暗黒色の闇を帯びた横薙ぎの一閃によって迎撃される


 闇の力に対して強い優位性を持つ神聖な光の力を持つ斬撃が容易く弾かれ、白と黒との力の残滓が混在して視界と知覚の中に舞い散ったのを見て、シャリオは目を見開く

 同時に、自身の存在の危険を訴える魂の反応のままに後方へと飛び退き、容赦なく放たれた神魔の追撃の一閃を回避する


「……くっ」

 戦いのみをその存在意義とする全霊命(ファースト)としての、経験と戦闘本能によって、思考よりも早く反射的に距離を取ったシャリオの首元には、神魔の刃が掠めた傷が霊衣を斬り裂いてはっきりと刻み付けられていた

「惜しい……まあいいけどね」

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるシャリオを睥睨し、軽く肩を竦めた神魔は自身の武器である大槍刀を軽く回しながら笑う

「なんで、天使を助ける?」

 その姿を見ていたシャリオの口から、思わずその本音が吐露される


 悪魔と天使は、九世界創世の頃からの不倶戴天の敵同士。神魔とクロスが現状一時的に協力関係にあるとしても、戦闘の結果死に至ることまでは咎められることは無い

 つまり、この状況ならば悪魔である神魔は、天使であるクロスを合法的に見殺しにすることができるということ。だが、それをしないのは、あの悪魔――神魔にとって、クロスの命がそれだけの価値をもっているということの証明だ


「天使を助けてるんじゃなくて、クロスを助けてるんだよ」

 自分が手に入れられなかったものを、それを否定したクロスが手に入れている眼前の光景に嫉妬を隠せないシャリオの狼狽した声に、神魔は辟易した様子で答える

 天使を守ったのではなく、クロス自身を守った――神魔のその言葉を聞いたシャリオは、二人の間にある絆を想像して更なる動揺に声を震わせる

「お前にとって、クロスはそれほど大切な存在なのか」

「は? 何言ってるの?」

 しかし、その言葉を聞いた神魔は、その見当外れの内容に呆れ果ててため息を吐く

「確かに僕には天使を助ける理由も義理もないよ。だから僕がクロスを助けるのは、クロスが僕にとって利用価値があるってだけ」

 背後にいるクロスに一瞬だけ意識を向けた神魔は、悪びれた様子もなく普段通りの口調でシャリオの言葉に答える



 現在、神魔と桜は九世界不干渉世界であるゆりかごの世界――地球へと侵入したことで、極刑を言い渡されている

 その二人がここにいられるのは、異端神を擁する十世界に九世界が対抗するために、最強の異端神の一柱である光魔神――大貴を味方につけるためだ

 光魔神(大貴)にとって親しい存在であったためにその同行者として生き永らえられることになった神魔と桜は、無罪となる条件である十世界の壊滅、あるいは十世界の盟主「奏姫・愛梨」抹殺のために今ここにいるのだ


 そして、自分達が極刑を免れるために、そして少しでも長く二人で生き続けるために、神魔は同じく同行者に選定されたクロスを失うわけにはいかなかった

 確かにクロスとマリアが死んでも、天界は――あるいは、光の世界は、その代わりを用意するだろう。だが、どこの誰ともしれない光の全霊命(ファースト)より、ある程度気心の知れたクロスとマリアの方がやり易いというだけの事。

 つまり、神魔がクロスを助ける理由は、友情などというものではなく、「自分にとって都合がいいから」という至極単純なものでしかない



「利用価値、だと……そんなことで」

 今では歩む道を違えてしまったとはいえ、親友であるクロスを道具のように考えているような神魔の言葉に、シャリオはわずかばかり憤りを滲ませた声を絞り出す

 ともすれば、風の音にさらわれて消えてしまいそうな掠れた声を震わせるシャリオの声を聞き逃すことなく受け止めた神魔は、軽く肩を竦めて見せる

そんなこと(・・・・・)でもいいんじゃない? 人と仲良くする理由なんて」

「なん、だと……?」

 仲間を利用することに抵抗を露にするシャリオとは対照的に、神魔は穏やかな声音で語りかける

「まぁ確かに君の言わんとしていることは分かるよ。確かに僕とクロスは互いに利用し合う関係――間違っても友達とかそういうのじゃない

 さっきも言ったことだけど、君たちの関係にも過去にも興味はないし、クロスに遠慮して君を生かす義理もないし、戦わない理由もない――僕がやってるのは、たったそれだけの単純で不義理な助力だからね」

 背後にいるクロスにも聞こえるように魔力に乗せて語る神魔は、当然のように冷たく冷酷な言葉を普段通りの優しげな口調で話しながら、シャリオに敵意の籠った視線を向ける


 神魔は、自分と桜が生き残るため、少しでも都合がいいようにクロスを利用するように、クロスが自分達を利用するのも自由だと思っている

 少なくとも、自分と桜の命を直接狙われない範囲でならば、共通の相手を敵と認識し、共に戦うことも吝かではないと考えているのは事実だ


「ふざけ――」

「でもね。たとえ僕とクロスの間にそれほど強い結びつきがなくても、たった一つだけ言えることがある」

 静かに目を伏せ、苦笑混じりに肩を竦めた神魔は、わずかに伏せたその金色の瞳の奥に、ある人物の姿を思い返す


《お願いします。クロスを助けてあげて下さい》


「悪魔でも天使でも、光でも闇でも、相反していても、敵対していても――」

 ここへ向かってほしいと切実な表情で語ったマリアの顔を思い浮かべた神魔は、暗黒色の魔力を纏った大槍刀の切っ先をシャリオに向ける


「大切な人を想う心が届かない程、遠く(・・)はないつもりなんだ」


「――!」

 どこか寂しげな響きさえ感じさせる穏やかな声で神魔に敵意と刃の矛先を向けられたシャリオは、その言葉に息を呑む


 この世は陰陽表裏一体。光があれば闇があり、命あるものは必ず死が訪れる。正義がある限り悪が絶えることは無く、決して相容れることのないそれらが一つとなって世界は構築されている

 天使と悪魔は、九世界の創世以来からの仇敵。光と闇という対極に位置する存在でありながら、しかしその心は決して理解の及ばないものではない

 もしかしたら、光と闇、善と悪、天使と悪魔は相反するものであるがゆえに、なによりも近しいものなのかもしれない


「マリアか……」

 神魔の言葉を聞いていたクロスは、その「大切な人を想う心」を持つ人物について、自身が最も思い当たる人物を思い浮かべ、苦々しげに眉を顰める


 シャリオとの一件の後、クロスはマリアとその姉であるティファに説明した。だがそれは、決して責任感からではなかった

 むしろ、シャリオを救うことができなかった己の罪に押し潰されそうになり、その呵責から逃れるように最悪の事態になるまで話すことのなかった真実を打ち明けたのだ


「まあ、僕に言わせれば、クロスもクロスだと思うけどね」

 ばつが悪そうに照れ隠しの色を強く帯びた渋い表情を浮かべるクロスに、シャリオに切っ先を向けて牽制したまま神魔が声をかける

「……」

 その言葉を聞いたクロスは、その視線を神魔の背へと向ける

 背後を振り返るまでもなく、クロスの視線が自分に向けられているのを確信している神魔は、感情の籠らない視線をシャリオに向けながら、抑揚のない声で言葉を紡ぐ

「彼女が大切なら、彼が誰だろうと殺せばいいだけなのに」

 自分を省みず、クロスの生だけを願っていたマリアの姿と眼前のシャリオを重ねながら、神魔は背後にいるクロスに語り掛ける

 神魔のその言葉が、「マリアとシャリオのどちらが大切なのか?」という問いかけであることを分かっているクロスは、ばつが悪そうに視線を逸らして苦々しく言う

「……悪魔(お前ら)と一緒にするなよ」


 悪魔をはじめとする闇の全霊命(ファースト)は、大切なもののためならば、ぞれ以外の全てを切り捨てることができる。

 例えそれが親族、友人であろうと例外はないだろう――無論、心から望んでそうするわけではないし、それに何も感じないわけではない。だが、その苦悩と選択をほとんど迷うことは無い


 確かに、クロスは、自身の迷いによってまさに命の危機に瀕していた。そうなれば自分の死がマリアを苦薄めることなど十分に分かっていたはずだ

 だが、友として友を手に欠けることが、クロスにはできなかった。愛する人と大切な友人を天秤にかけることなどできなかったのだ


「気持ちは分からなくはないけどさ。それで全部を失ったら後悔するよ」

「同じことだ。片方でも失ったら後悔するだろ」

 その心情を全く理解できないわけでもない神魔の言葉に、クロスは自嘲しながら答える

 大切なものを天秤にかけ、どちらかを選べばもう片方を失う。その時「なぜ救えなかったのか」、「もっと別の手段があったのではないか」――そういう後悔に苛まれるであろう事は想像に難くない

「――違いないね」

 クロスの言葉に肩を竦めた神魔は、シャリオに向けていた大槍刀の切っ先を下げると、その表情を全てを(ころ)す悪魔としてのそれに変える

 死をもたらすことに喜びを覚えることなく、滅びを与えることに心躍らせることは無い。まるでそれが当然のことだと言わんばかりに、息をするような自然さを持つ悪魔の死戦の顔を浮かべた神魔は、これから命のやり取りをするとは思えない優しげな微笑を向ける

「さて、じゃあ始めようか」

「ッ!」

 その言葉と同時に、シャリオは全身から純白の光力を噴き出して大剣を構える


 シャリオが臨戦態勢に入った瞬間、挙動や予備動作を一切必要とせず、全神速力で移動した神魔は大槍刀の刃を力任せに叩き付ける

 さながら世界を引き裂くような漆黒の斬閃がシャリオへと迫り、そして次の瞬間、極大の爆発がこの仮初の世界の空を揺らす

 純白を漆黒が引き裂して消滅させ、そこに込められた純然たる殺意が物理現象として具現化し、摩天楼を薙ぎ払い、瓦礫と化した建造物の破片が渦を巻く


「ぐ……ッ!」

 神格を帯びた意識によって生み出された破壊の渦の中、純白の双翼を羽ばたかせてそこから離脱したシャリオは、肩口から血炎を立ち昇らせながら苦痛と敵意に歯を噛み締める

(思っていた以上に疾い――いや、強いな)

 神魔の身体から放たれる魔力から、おおよその強さは介していたつもりだが、実際に目の当たりにしたその力は、シャリオの想定を上回るものだった

 先程の一合――闇の力に対して優位性を持っている光の神能(ゴットクロア)である自身の光力が、神魔の暗黒の魔力に容易く滅ぼされたことを思い返しながら、シャリオは険しい表情で爆発の中心を睨み付ける

(接近戦は避けた方がいいな。なら――)

 時間さえ介在しないのではないかという時間の中、シャリオの眼前で生じている漆黒の魔力の残滓の中から、大槍刀を手にした神魔がその姿を見せる

「これならどうだ!」

 一撃目で仕留め損ねた敵を殺すべく、冷静にして冷酷な金眼で自分を見据えている神魔を知覚し続けているシャリオは、そこへ向かって光力の極光砲を放つ

 無限の力を持つ存在の根幹から生じる光力を押し固めた極大の純白砲撃は、射線上にある全てを消し去る浄滅の威力をもって神速で神魔へと向かって世界を貫く

(まだまだ!)

 しかし、シャリオの攻撃はそれで終わらない。同時に純白の双翼を広げると、わずかな翳りさえない新雪のような白羽から、無数の閃光が弧を描いて迸る

 シャリオの双翼から放たれた無数の聖閃は、まるで天から降り注ぐ雨のように空間を埋め尽くし、逃れることを許さない


 シャリオの意思を受けた聖閃は、まるでそれ自身に意志が宿ったかのように縦横無尽の軌跡を描きながら神速で神魔へと降り注ぐ

 極大の威力を持つ砲撃と、回避を許さない無限の弾幕。――それを前にした神魔は、しかし回避する様子も防御する素振りも見せずに魔力を収束すると、それを大槍刀に纏わせて投擲する


「――!」

 自身の戦う形そのものである武器に、自身の純然たる殺意に彩られた魔力を纏わせたそれは、まさに神魔の破壊の力の結晶

 その手を離れるや否や、軌道さえも滅ぼさんばかりの威力をもって天を穿ち、シャリオが放った純白の極光砲を正面から貫く

「――ッ!」

 闇の力に足して優位なはずの光の砲撃が、暗黒の槍撃と真正面からぶつかるや否や、その光を暗黒に侵食され、食い尽くされるように崩壊していく

 それを知覚したシャリオが純白の翼を広げて天空へと舞い上がった瞬間、先ほどまでいた場所を暗黒の一閃が穿ち、突き抜けていく


 あのままその場所に留まっていれば、間違いなく自分の身体が消し飛ばされていたであろう暗黒の代走とによる投擲。しかし、シャリオにはそれで安堵の息をついている余裕などない

 自身が出せる限りの神速を上空に舞い上がったシャリオは、その顔を自分よりさらに高い位置へと向け、その双眸に暗黒を付き従えながら佇む破滅の悪魔の姿を映す


 その右手には漆黒の魔力が凝縮されており、次の瞬間にはそれが魔力の砲撃として放たれるであろうことを、シャリオの知覚と戦闘経験が雄弁に物語っている

「くっ」

 自身よりも高い位置で今まさに魔力の砲撃を放とうとしている神魔の姿を見て取ったシャリオは、その場で直角に飛翔角度を変えると同時に、自身の周囲に光力を凝縮した純白の星を生み出す

 シャリオの周りに生み出された無数の白聖星から放たれた光力の閃光は、半瞬だけはなく放たれた神魔の魔力砲へと注がれる


 上空から真下へと放たれた神魔の魔力砲は、回避を許さない巨大で強大な暗黒の一撃。まるで無明の暗天が落ちてくるような黒色の滅びに、シャリオの放った純白の光撃が突き刺さる

 しかし、その純白の砲撃は、暗黒色の球に命中するや否や、星の光が夜の闇に吸い込まれるように消滅してしまう


「なッ!?」

 全霊を込めた聖光の砲撃が暗黒にかき消されるのを目の当たりにしたシャリオは、驚愕に目を瞠りながら全身を光力の結界で包み込む

「ガ……ッ!」

 次の瞬間、天空から落とされた破滅の闇が光の結界ごとシャリオを呑み込み、純然たる殺意によって顕現する破滅の暗黒が、身体を魂ごと押し潰す

「……っ」

 さながら、夜天が小さな光明を呑み込むかのように、光で照らし出すことが叶わない闇が目の前にあるようなそれは、存在の根源から湧き上がる絶望的な光景と力に、クロスは声を上げることもできずに、ただその戦景を眺める


 シャリオは、世界の法が許していない愛に身を焦がし、大切なものを失った。正義の犠牲となったシャリオを、友として思えば同じように禁忌の存在に想いを寄せる自分と重なる

 法の上でシャリオは悪であり、罪を犯した。しかし心の上ではクロスはシャリオを罰することはできなかった。それが正義だと知っていても、その正しさでは友を救えないことが分かっていた


 クロスも、シャリオも同じだった。神魔の言ったように、最も大切なもののために、別の大切なものを切り捨てることができなかった――二人にとっては、どちらも天秤にかけがたいほど大切なものだったのだ



「くそ……ッ!」

 クロスもシャリオも互いに全てを守ろうとしただけ。しかし、その思いは実を結ぶことなく、互いを傷つけ、互いが守りたかったものを失ってしまったというだけ

 天を穿つ暗黒の波動が生み出す滅びの風に、金色の髪と純白の翼をはためかせながら目を細めたクロスは、まるでやり場のないその思いを打ち消そうとするかのように歯噛みする


(俺達は、結局同じだ)


 自分とシャリオで何が違ったのかは正直分からない。だが、何かが違えば自分とシャリオが逆ったかもしれない。あるいは二人で十世界に身を置いていたのかもしれない


 菖蒲を失ったシャリオは、自分の想いを阻んだ世界の法を許すことができなかったのだろう。そして同時に、男としての愛情と、天使としての自分と、世界の正義の間で葛藤を続けていた

 天界を離れて十世界に身を置いたのも、クロスに刃を向けたのも、結局最後までシャリオの片思いでしかなかった菖蒲への想いが本物であると自分に言い聞かせようとしていたのかもしれない


(俺達は、もう戻れないのか?)

 兄弟のように心置きなく、共にあり続けた昔の自分達を思い返し、その日々への懐古と憧憬の念を抱いたクロスは、そんな自分の考えを一笑に付す

(何を甘ったれたことを言ってるんだ、俺は。――人生に、戻るなんて選択肢はないだろ)

 間違えたなら、そこから正すことはできる。だが、人生にはやり直しも戻ることも許されないなど、誰にでも分かっていることだ

 神に最も近い存在である全霊命(ファースト)であっても、現在を選んで未来を創っていくことは変わらないのだから

(決めたはずだ、俺は。俺は――マリアを守る)

 自分の心に問いかけるように、最も大切なものを心の中で告げたクロスは、拳を握りしめて粉塵の立ち昇る戦場に決意の籠った視線を向けるのだった





「ごほ……ッ」

 地面から体を起こしたシャリオは、全身から真紅の血炎を立ち昇らせながら、身体をよろめかせて立ち上がる

 神魔の一撃によって、展開した光力の結界を力任せに破壊され、そのまま地面に叩き付けられたシャリオは、暗黒色の魔力が持つ滅びの力によってその身を()われて致命傷に近いほど消耗していた

「しぶといね」

 純白の翼は闇によって焼けただれ、真紅の炎に身を焼かれているかのようなシャリオを睥睨した神魔は、その手に大槍刀を顕現させると、その刃に魔力を纏わせる

 それが弱った自分の命を確実に絶つためのものであると察しているシャリオは、滅びの闇を従えて立つ神魔を前に、自身の最期を悟って目を閉ざす

(これまでか……)

 覚悟を決め、自分の命を終わりを受け入れたシャリオには、神魔が漆黒の刃を持つ大槍刀を振り上げる姿が瞳ではなく、知覚によってはっきりと見えていた

「待て」

「なに?」

 その時響いた声に神魔は今まさに振り下ろそうとしていた大槍刀を止めて振り返る

 同様にシャリオは、その目を開けて視線の先にいる声の主――クロスの姿を見つめていた

「俺がやる」

「!」

 純白の羽を舞い散らせながら、自身の武器である大剣を手にゆっくりと空から下りてきたクロスの言葉に、神魔とシャリオが小さく反応する

「そいつとは、俺が決着をつける」

 その反応をも見たクロスは、二人が何かを言うよりも早く、再度口を開いてまっすぐにシャリオを見据える

 シャリオに向けていた視線を神魔に向けたクロスは、先ほどの自身の言葉に対する覚悟と責任を込めた瞳で訴えかける

「……別にいいけど」

 そんなクロスとしばしの間視線を交錯させていた神魔は、小さなため息と共に殺意に彩られていた魔力を和らげると、大槍刀を肩に担いで身を翻す

「悪いな」

 実際にシャリオを追い詰めた神魔に一言述べたクロスは、中空を歩きながらゆっくりと歩を進め、純白の聖光を纏わせた大剣の切っ先を突きつける

「覚悟はいいか?」

 聖光の刃を向けたクロスの言葉に、シャリオは穏やかな表情で目を伏せる

 そのシャリオの姿は、まるでクロスの手にかけられることを望んでいるかのようだった

「……」

 自身の武器である大剣を高く振り上げたクロスは、うなだれるように膝をついているシャリに向けてその刃を最上段から振り下ろす


 だが、その刃はシャリオの首を斬り落とすことは無く、その寸前で止められる


「……!」

 それに顔を上げたシャリオの瞳が抱いている「なぜ止めた?」という疑問に、クロスはまっすぐ視線を向けて答えを言い放つ

「近いうちに再戦だ」

「!」

 シャリオが目を瞠るのを見たクロスは、その首元から大剣の刃を離して言葉を続ける

「そんな傷だらけのお前を倒しても何の意味もない。――次は、俺は、俺の守るべきもののために、お前と全力で戦う」

 今シャリオを追い込んだのは神魔であり、クロスはシャリオに敗北した――今ここでシャリオを殺しても、結局何も変わらない

 同じでありながら、何かが違ってしまった自分とシャリオ。その二人の過去と現在と未来に答えを出すために、クロスは自分の答えを以ってもう一度シャリオと刃を交える決意を宣言する

「後悔するぞ」

 「今なら確実に自分を殺せる」――そんな意志が見えるシャリオの言葉を聞いたクロスは、それに小さく首を横に振って否定の意を示す

「しないさ。俺は、お前を殺したいわけじゃないんだ」

 たとえ信念を違えても、道が敵対するものであっても、戦わなけれなあならない関係にあるとしても、クロスにとってシャリオはかけがえのない唯一無二の親友だ

「たとえ、お前と戦うことになっても、俺はお前を諦めない。たとえ甘いと言われようと愚かだと言われようと、俺は大切なものを天秤にかけて、選べるような奴には成りたくない」

 そう言ってクロスはその場で身を翻して、傷ついたシャリオから離れていく

 背後から攻撃されるなどとは微塵も思っていない、警戒もしていない油断しきったその姿は、同時にシャリオへの信頼の証でもあった

「……お前は、変わらないな」

 そしてシャリオはクロスの信じた通り、攻撃を加えることなく純白の翼を広げて中空へと舞い上がっていく

 シャリオに背を向け、飛び去っていくのを知覚で捉えていたクロスは、わずかに不満とも呆れているとも取れる表情を見せている神魔と視線を合わせて口を開く

「――今回は、貸しにしておく」

 それは、命を助けてくれたこと、そして折角追い詰めていたシャリオを独断で逃がしてしまったことに対するクロスの感謝と謝罪の言葉

 その素直でない言い回しは、天使としての矜持に反するというよりも、ただ生来の性格に所以する部分に比重が大きいように思えるものだった

「別に貸したつもりはないけど?」

 そのひねくれたクロスらしいと言えばクロスらしい言葉を聞いた神魔は、事も無げに応じる

 自分で言ったように、神魔がクロスを助けたのはただ自分のためでしかない。だから、神魔の言葉は本心からでたものであり、その返しにも特に思うところはない

「俺が気に入らないんだよ。悪魔に助けられたなんてまっぴらだからな。だから、貸しにしろ――百倍にして、熨斗(のし)つけて返してやる」

 しかし、神魔のその言葉に、クロスは強い意志の籠った視線と言葉をまっすぐに返す

 「借りは返す」――クロスのその目は現在の心情を何よりも雄弁に物語り、そしてそこには決して建前ではない感謝の感情が滲んでいた


 人によっては、不謹慎だと、あるいは不誠実だというかもしれないクロスの言葉は、しかし少なくとも神魔にとってはなんら不快でもないもの

 むしろ、仲間でも友でもないが、互いの目的のために互いを生かし合うという神魔とクロスの関係を正確に表現するものだった


「じゃあ、そういうことにしておくよ」

 「今回は助かった。だから、お前が何か困ったときは可能な限り俺が助けてやる」――言葉にせずともクロスにそう言われた神魔は、小さく笑って目を伏せる

 そうして言葉を交わすクロスと神魔の姿を第三者が見ていたのなら、気の置けない友人なのだろうとその関係を邪推するであろうほどに、言葉を交わした二人が浮かべている表情は穏やかなものだった





「っ……」

 破壊の意志によって死に絶え、まるで荒砂のように成り果てた大地に手をついた三眼の全霊命(ファースト)――死神の男は、全身から血炎を立ち昇らせながら眼前にいるもう一人に死神を睨み付ける

「そんな目で見るなよ、シキト」

 まるで視線だけで自分を攻撃してきそうな血まみれの死神――「シキト」を三つの目を細めて睥睨したもう一人の死神「鎖牙(サガ)」は、戦いの結果別れた明暗のままに勝者の愉悦を浮かべて言う

「ところで、シキト。お前は疑問に思わなかったか?」

「……?」

 見下ろす鎖牙(勝者)と、見上げるシキト(敗者)は、互いに死神の証である三つの視線を交錯させる

「ここに呼ばれたメンバーは、それなりの理由で選ばれている。光魔神は真紅が選んだ。そして、その仲間達とお前――」

 血炎を立ち昇らせ、まともに動くこともままならないシキトを見下ろしながら、鎖牙(サガ)は冷ややかな声音で淡々と言葉を紡いでいく

 その目に宿った硬質な感情は、勝者、敗者という単純な力に対するものではなく、自分の大切なものを見落としていたシキトへ対する蔑みだった

(まさ、か……)

 その言葉の意味を理解したシキトがその先を予測して想像し、目を瞠ったのを見た鎖牙(サガ)は、静かにその答えを問いかける

「なら、夜薙はなぜ選ばれたと思う?」

「ッ!」

 予想通りの鎖牙(サガ)の言葉に、シキトは思わず息を詰まらせる


 この場所――真紅の神器「界棋盤(ドゥアル・スヴァラ)」によって作り出された空間世界に取り込まれた者達には、それなりの理由がある。

 大貴――すなわち光魔神は真紅が対話を望み、その仲間である神魔達、そして神器神眼(ファブリア)を持つ詩織とそれを守っていた桜を取り込もうとしたが、邪魔をされて瑞希が取り込まれた

 シャリオとクロスには因縁があり、シキトと鎖牙(サガ)にも同様に因縁があった。ならば、なぜ夜薙は選ばれた(・・・・・・・)のか。

 シキトと親しかったから? 神器の発動条件を満たすために適度な神能(ゴットクロア)を適当に選んだだけ――ではなかったとしたら(・・・・・・・・・・)


「あぁ、丁度連絡が来た」

 まるで自分という存在の根幹が凍り付いていくような戦慄と恐怖に表情を強張らせるシキトの前で、鎖牙(サガ)は、思念通話を受け取って不敵な笑みを浮かべる

椎稲(しいな)は、ヘイルダートの戦いの中、敵から奪ったあるもの(・・・・)を隠すために、たまたま居合わせた自分の妹――つまり、夜薙に封じ込めた」

 そして、思念通話を解除した鎖牙(サガ)は、シキトを三つの瞳に映しながら淡々とした声音で、夜薙が選ばれた理由を説明していく

 鎖牙(サガ)が一言紡ぐ度、シキトの中で一つずつ事柄が当てはまっていき、そして最悪の――想定もしていなかった事実を浮かびあがらせる


「分かるだろう? あいつらの計画の要だった神器『融神器(ユナイティア)』だ」


 「ヘイルダートの悪夢」――この世界に許されなかった者達が、自分達の存在を世界のものに変えようとした大事変

 その計画の中枢にあったものこそが、神器「融神器(ユナイティア)」。複数の存在を一つの存在へと生まれ変わらせる力を持つ神器だ


「それが、今手に入ったとさ」


 椎稲(しいな)が命がけで守ったものを知っていながら、託したものと託されたものを知らなかったシキトに、鎖牙(サガ)は硬質な声で宣告するのだった




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